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2005-01-27

在日韓国人の国籍と権利について

都国籍条項訴訟:「哀れな国」痛烈に批判 原告の鄭さん

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20050127k0000m040077000c.html

この件が特にどうというのではないが、よい機会なので、原則的な考えをまた書き留めておく。以前書いたこととあまり変わっていないけれど。

http://www.mayq.net/zainiti5.html


「日本国民と違う国籍」と「日本国民と同じ権利」の両方を日本国に要求するというのは、なんかやっぱり奇妙だし矛盾しているように思う。しかし、単純に「在日だけは例外」と考えるのもなかなか実際的かなとも思う。理由は、よく言われるとおり、日本に住む外国籍の人のうち在日だけは移り住んだ背景などが明らかに例外的だと思えるからだ。むしろ、在日を例外にしないほうが奇妙なのだとみることもできる。

私は、日本人と在日韓国人は同じ日本列島界隈の住人であり同じ日本社会の住人であり同じ政府の支配を受けている、と捉えている。だからこのさい、その実質に名目(国籍)を合わせたほうが、私はすっきりする。しかし、在日だけは例外なんだから制度だって例外でもいいじゃないか、と考えることもできるわけだ。

そのとき私が思いつくのは、たとえば在日韓国人にだけ韓国と日本の二重国籍を認める方法。あるいは、同じ「国籍」でも、望んだ人にだけは「日本」という呼称を記載しないような子供だましみたいな方法。そうして晴れて同じ「国民」となった在日と日本人が、「日本」という国名の正否について協議してもいいだろう。しかし、こうした方法には同意せず、あくまで「日本国民と違う国籍(韓国籍)」と「日本国民と同じ権利」の両方を望む人もいるのだろう。そこはしかし、もう少し本音を言いあうことで歩み寄る余地があると思う。

しかしまあ、どうせ例外を認めるのなら、「日本国民と違う国籍」と「日本国民と同じ権利」の両方をわざわざ実現させるという特別ヘンな制度が実現したからといって、私がすっきりしないだけで、特になにか実際的に困ることはないのかもしれないのだが…。



トラックバックがあったのでちょっと追加(2.2)。

《そんなにまでして朝鮮人に歩みより捧げ物をしてさらに日本を否定して、日本をどうしたい。》http://d.hatena.ne.jp/bebebe/20050128

この最後の部分についてですが――

「アメリカ人」や「中国人」「フランス人」と呼ぶときの「〜人」の実質は、在日コリアンと日本人とで、ほとんど同じではないでしょうか? だったら、権利はもちろんですが、名目(国籍)も同じがいいんじゃないかな〜と私は思うのです。だから、引用にある「朝鮮人」が在日コリアンを指すのだとしたら、私は「朝鮮人」の多くは「日本の人」だと考えています。そういう日本を否定したくないからこそいろいろ書きました。在日と「日本人」がいる日本を見ないのは変だとかんじて書きました。在日問題は国際問題ではなく国内問題だと思います。


さらに補足(3月23日)

訴訟との関連で在日韓国人と書きましたが、台湾・中国大陸・朝鮮半島等の出身者で事情が同じなら、対応を変える理由はないと思います。それから、権利回復の要求が朝鮮籍より韓国籍の人からのほうが目立つように思い、在日朝鮮人とは書きませんでした。

強制しようと書いたのではありません。「在日は日本国民と同じ権利を持つべきだが、同時に在日の国籍が日本国民と同じであるべきとは考えない」という主張に対して、では「二重国籍」または「日本という名称を使わない国籍という制度」はどう? と問うたのです。

no nameno name 2005/02/22 11:24 この訴えは定住外国人を日本人と同一に扱えというものではなく、権力に関わるような職に外国人は就けないことを認めたうえで、その範囲を形式的に「管理職」ということで切るのではなく、より実質的に判断して限定せよというものだと思います。大雑把に言えば「外国人が総理大臣になったら困るけど、外国人が婦長さんになってなんか困るの?」ってこと。決して日本人と同一の権利を求めたものじゃないですよ。
参政権についても国政レベルと地方レベルに区別して考えてほうがいいと思います。最近の定住外国人にも参政権をという主張も、そのほとんどが「国政レベルで認める必要はないけど、より生活に密着している地方自治レベルでは認めるべき」というものです。
(デリケートな問題なので匿名でスイマセン)

tokyocattokyocat 2005/02/22 13:02 no name さんへ
この人やほとんどの定住外国人が求めるのは、地方自治レベルの参政権にすぎないということですね。だとすると、「国籍は日本国民と別個・権利は日本国民と同一」という要求に対して「奇妙だし矛盾する」と書いた私は、仮想もしくはごく少数の人に対して論じていたということで、そこは認識を改めないといけませんね。とはいえ、私自らが「国民と同一の権利および国籍を在日に」と求めることはかまわないと思っています(私が国民であれ在日であれ)。むしろ、在日に国政参政権は必要ないと考える正当性や意図がよく分からないのです。なぜかというと、繰り返しになりますが、「在日は名目は外国人でも実質は外国人ではない」と感じるからです。やや乱暴な言い方ですが、もし国政レベルの参政権が私の生活に密着していないなら、私も国政レベルの参政権は要りません。(…本当に密着していないかもしれないので、本当に要らないかもしれない。私は国会や内閣の動きをテレビでただ見物しているだけかもしれない…)