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2005-02-05

ジリリリンと鳴る電話の音が懐かしい


本屋でこんなムックを見つけた。『Style of comedy―桑原茂一のスタイルのあるコメディ』。脚本集になっている。衝動買い。CDが附き実演もされている。もうまさにスネークマンショー復活! …というより、桑原氏は90年代以降もこうしたコメディを継続して制作してきたようで、その傑作が一つにまとまったということのようだ。

彼らのコメディはしかし、笑いだけに解消されるのではない(ご存知のとおり)。奇妙な毒と物悲しさ? とにかくそういうムズムズするこれをどうしていいか分からなくてとりあえず笑っておけ、という感じだろうか。こういう味は「みなさまのもの」というのが前提になっている公共の電波では実現しにくい要素でもあろう。お笑いブームの多様なコントも、私はどれも好きだが、こうした味だけはまず出ない。ただ、深夜に偶然見たあるコントが、なにかそういう特殊なムズムズを感じさせたのを覚えていて、それはバナナマンというコンビであり(そのときは名前を知らなかった)、しかもバナナマンは桑原チームの一員でこの本にもコメントを寄せているのだった。やっぱり!

映画のラストシーンが終ってクレジットに切り替わった瞬間に流れる音楽が、その映画を見終わった気持ちにどれだけフィットするかというのは、興味深い問題。人間の素晴しさを感動的にもり立てる音楽などが多いわけだが、これまで何度か述べたように『レザボア・ドッグス』のエンド曲「ココナッツ」だけはとにかく忘れられない。つまりあの映画の奇妙さは、あの音楽の奇妙さによってでなければ解消できなかったのだと思う。

というふうに考えて、スネークマンショーでもこのCDでも、コメディの終点に乗り入れるようにしてインパクトの強い音楽がただ響き渡ることの大事さもなんとなく分かってくる。笑いによっても説明によっても解消できないそのムズムズは、この抜群にセンスのいい楽曲だけが引き受ける。あるいは、この種の音楽だけによって共有されていた現代的で特異な何かを、このようなコメディだけが初めて言語化できた、とみてもいいのかもしれない。

音楽はコメディ中にもしばしば流れる。人の声およびそうした音のささいな表情や陰翳がむしろ多くを語っている。しかも声や音は無数のノイズを含んでいるのであり、そのノイズがまた巧妙に配置されてこそ、このコメディの独自の味は研ぎ澄まされるのだろう。脚本集のほうはというと、音楽がない代わりに風変わりな絵画がいくつも配置されている。画像のイメージとノイズは脚本と巧妙に共振していく。

このような表現物は、やはり他のいろいろな表現物とは明らかに一線を画していると思われてくる。

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Style of comedy―桑原茂一のスタイルのあるコメディ ASIN:4835606817 

スネークマンショー ASIN:B0000DZ8D9

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