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2005-03-08

死に組、生き組


イタリアの民間人が米軍に撃たれて死ぬなんて「あってはならぬ」(少なくとも建前としては)。しかし、イラクの民間人が米軍に撃たれて死ぬこともまた「あってはならぬ」(少なくとも建前としては)。でも今回のニュースを見ていると、同じ「あってはならぬ」の希望にもあまりの格差が感じられる。「同盟先進国の高官や記者をイラクの一般人と同じく無造作に撃ち殺す(撃ち殺そうとする)とは何ごとだ!」といった、おかしな憤りが混じっているように思えてならないのだ。また誤射か故意かという話もあって、ぜひとも白黒はっきりさせてほしいが、これだって、じゃあイラク人への爆撃や乱射はどうかといえば、同様に疑わしい場合があるのだろう。だったら同じく《誰かが責任を取らなくてはいけない》。ところが我々は、米軍に撃たれたイラク人となると名前も職業も顔も分からないし数も多すぎるしいちいち検証していられません、とでもいうような、すこしも理由にならない理由をこしらえて関心を捨ててはいないだろうか。「あってはならない」というより「あってもしかたない」の気分。そんなのが世界や私の常識なら、もう少し憂鬱になってしかるべきだ。戦争を私の努力で減らすことは難しいかもしれないが、こうした報道の格差からくる憤慨の格差を減らすことくらいは、自らの努力でできる。


*参考:アサヒコムの記事(http://www.asahi.com/international/update/0305/003.html

《イラクのバグダッドで武装勢力に拉致されていたイタリアの左派系新聞マニフェスト紙の女性記者、ジュリアーナ・スグレナさん(56)が4日、1カ月ぶりに解放された。しかし、解放後にバグダッドで米軍検問所を車で通過しようとした際、米兵から銃撃され、同行の伊情報機関員(50)が死亡。スグレナさんら3人も負傷した。誤射とみられるが、イタリアでは解放を喜ぶ間もなく、米軍への怒りの声が高まっている。 (中略)

 ロイター通信によると、ブッシュ米大統領は4日、ベルルスコーニ伊首相に電話して遺憾の意を伝えた。マクレラン米大統領報道官は同日、「ブッシュ大統領は伊政府と連携し、事件の徹底解明にあたることを首相に確約した」と述べた。

 同首相は同日、会見で「電話で知らせを聞いて凍りついた。米軍の行動について説明を聞くため、米国大使を呼んだ。誰かが責任を取らなくてはいけない」と述べた。(3/5)》


*こちらも参考:共同通信「イラク人死者、10万人超 科学的調査で推計」(04年10/29)

http://university.main.jp/blog/archives/002178.html

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