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2005-03-21

失われた10年よりもっと失われた何か


小谷野敦氏の「辞職顛末」という文書を知る。驚愕。

http://d.hatena.ne.jp/sunchan2004/20050301


阪神淡路大地震や地下鉄サリン事件から10年、「あれが日本の曲がり角だった」というのが合言葉のようになっているが、たとえば小谷野氏にしてみれば、どうしたってこの94年そして98年が曲がり角だったはず。不謹慎だが、地震やサリン(のニュース)どころの騒ぎじゃなかっただろう。

地震やサリンの教訓(というのが何なのか今ひとつ不明なところもあるが、それはそれとして)を、たしかに風化させてはいけないと思う。しかし我々個人は、もっと忘れてはならないこと、じつは白黒つけるべきだったことを、それぞれ黙って抱えている。日本の経済や社会を格調高く論じるのもいいが、こうした些細ながら重大な恨み辛みをおろそかにすべきではない(しかし明らかにおろそかにしている)。自分しか見つめ直すことができない自分の事件を、今からでもいいからきっちり検証してみる意義はきっと大きい。他人が読んでも間違いなく退屈しない。

《そのまま、もう一軒行こうということになった。私は帰りたかったが、それが許される雰囲気ではなかった。KSは私を哀れむような目で見て、まあ運命だと思って、と言った。次の寿司屋へ移ったとき、Wは私を見て、なに怯えてんだよ、と言い、HNが、誰かて怯えるわ、と言った。私には事情がよく分からなかった。なぜこのような男が学者をやっているのか、そしてなぜみんながそれを承認しているのか。それはほとんど強姦に等しい行為だった。》

《『恩讐の彼方に』という菊池寛の小説がある。しかしあれは、親の仇が、改心しているから許すのである。Wは改心などしていない。だから私は許さない。》

ちょっと、筒井康隆『文学部唯野教授』を思い出した(講義以外のドタバタ部分)。あんなのが本当にあるんだ! というかんじ。

ついでにこれも思い出した。

絶望書店日記』2003/4/17「小谷野敦氏からの電話」

http://home.interlink.or.jp/~5c33q4rw/nikki/2003_4.htm

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