東京永久観光 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2005-06-18

停滞前線、閉塞前線

「パートから正社員になりかけた矢先にクビを言い渡された」と知りあいからメールがきた。業績の都合で雇用と解雇を繰り返す会社だったのだと憤慨。同じメールに「こんなサイトを見つけた」とあり、それが『遊撃インターネット』(http://www.uranus.dti.ne.jp/~yuugeki/)だったのでちょっと笑う。しかし「今はこのサイトを参考に反撃したい気分」と。笑いごとではないのだった。

浮世の悩みはつまるところ金なのだとつくづく思う。金といえば、カンボジアの外国人学校人質事件で犯人グループが車や銃とともに要求した現金が1000ドルだったというのは、なかなか胸に応えるところがあった。ニュースによれば、この外国人学校の年間授業料は27万円で、カンボジアでは公務員年収の約10倍とか。

アンコールワットは有名でも、シエムリアプという地名はアナウンサーが読み方をとまどう程度には知られていないようだ。私は観光したので「シェムリアップ」は忘れない。97年。当地の安宿はたしか1人1ドルで泊まれた。プラス1ドルで、うまくはないが昼夜の食事まで付いた。数多くの遺跡は、地元民が原付きバイクの後ろに乗せて回ってくれる。朝から出かけ炎天の昼にいったん宿へ戻って休んだあと夕刻まで一日中。これで料金は5ドル。私は2人旅だったので3人乗りしたわけだが、2人で8ドルだったか。ともあれ連続3日間ほど熱帯の森と荒野の道路をあちこち走った。腰や脚はどっと疲れたけれど、アンコール遺跡だけは、行って損したなどと言う旅行者は世界にただの一人もいないだろう。小高い丘から眺めたアンコールワットの全景などもじつに見事なものだった。営業トークがあまり上手でなかったそのバイクの運転手のこともまた忘れがたい。彼は教師をしていたが給料が出なくて辞めたのだと言った。それでこうしてバイクを元手にして稼ぐというわけ。この国では挨拶がわりなのかもしれないが、両親をポルポトに殺されたとも話してくれた。

一方、首都プノンペンでは有名な安宿キャピトルに滞在した。こちらはツインが5ドル(*訂正)だった。そばで見つけた飯屋に日本語を話す青年がいて、いろいろ案内してもらったとき、彼は一度警察官をしたことがあり月給は20ドルしかなかったと言っていた。公務員の年収2万7千円(*訂正)というのは、この月給20ドルの話とだいたい計算が合う。

子供の命や自らの命と引き換えの要求が1000ドルというのは、私たちからみればあまりに悲しい。しかしだからといって私たちは恵まれて幸せだなあともあまり思わない。それは結局、遠くの貧乏より近くの金持ちのほうがやたら気になるからだろう。生活や生存そのものが困難という状況がこの日本に存在しないわけではないという事実を見ないのは非常に問題ではあるけれど、多くの場合、それより熾烈なのは、実につまらぬ比較や羨望の問題なのだ。カンボジアの犯人グループだって、子息を27万円の学校にやれる外国人を羨ましいと思ったかもしれないが、そもそも2万7千円をもらえるだけの近くの公務員のほうを、より羨ましくより憎らしく思っていたとも考えられる。

近ごろ「こりゃもうテロしかないだろ」と内心感じることがあり、たまにここでも顕在化するのだが、先ほどのメールをふくめて、テロが本当に実行されてしまう確率が0%ではないのだと実感するときだけは、「やっぱりテロはいかん」と思い直す。いじめられた腹いせに爆薬を教室に投げこむ者以上に、いじめる者の味方など、私は絶対したくないのだけれど。

ポルポト派というとテロを通り越して虐殺のシンボルであり、また貨幣廃止のシンボルだろうか。そういうわけで、テロは禁止としても、だったら貨幣のテロ(廃止)くらい一度やってみたらどう、と軽く口にしてしまう。が、それはそれでいろいろ経済が困るのだろう。ポルポト派もじつは紙幣を刷っていたとかいう話もあるようだ。その遊撃インターネットにはその紙幣かもしれない画像が置いてある。→ http://www.uranus.dti.ne.jp/~yuugeki/porucash01.html ついでに → http://www.mayQ.net/kaheiron.html「論理そのもののような貨幣」

ところで。近ごろますますどかどか投げ込まれるジャンクメールを完全無視でそのままどかどかゴミ箱に捨てていて、ふと、厳重に管理されてビラの1枚も入り込めないコンクリートの巨大マンションみたいだと感じた。歴史教科書にもやっと載った95〜96年ごろを懐かしがりつつ、インターネットはつまり郊外化したのだと気づく。いやそれ以上にゲート化もじわじわ進み、それに応じてトラックバックやメールはビラ配りと化さざるをえないのかもしれない。そんなものごっそり排除して秩序を守れ、でもいいのだが…。そういえば「隣組の底力」とかなんとかのNHK番組が、落書きに続いて今度は迷惑ビラも私たちの町は一掃しましたと得意げにやっていて、これまたなかなか胸に応えた。

テロはとにかくダメ、人質や爆発物もまずはよそう、と呼びかけたい。そうすると、落書きしたりビラまいたりコメントつけまくったり見知らぬ人にひたすら話しかけたりするくらいしかないようにも思えてくる。それも今やテロ行為?

参考(になるかどうかわからない)http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200505281646036


  

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これぞまさしく自爆テロの日本型オルタナティブと呼ぶべき?

http://d.hatena.ne.jp/toni-tojado/20050618

「ノドン・テポドン・ピカドンプロジェクト」

tokyocattokyocat 2005/06/18 14:08 そうだ、書き忘れていた。シェムリアップには、こんな豪華ホテルが出来ていたのだった。http://www.magellanresorts.co.jp/aman/amansara/ 雑誌で見たことがあり、今度はこういう大名旅行にしたいものだと夢を描いたけれど、私がこういうホテルに楽々と滞在できるようになることは、日本や世界の経済が改善したことを本当に意味するのか。国際経済などと大まじめに語られるが、まったく個人の財布の実感の問題にすぎないということはないだろうか。

190190 2005/06/19 01:26 僕の友人がシェムリアップに住んでいます。事件の現場で写真を撮影してそれを新聞社に売り付けていました。僕は彼のメールなどの表記からシュムリアップだとずうっと思っていました。
カンボジアが貧しいことはもちろん知っていますが、今回の事件の一番の問題は、ひょっとしたら格差が目に見えてしまいはじめたことにあるのかも知れませんね。富もそれを目にすることがなければ憧れを生まないと。

gachapinfangachapinfan 2005/06/19 01:38 190さん>「相対的剥奪」ですね。

toni-tojadotoni-tojado 2005/06/19 13:15 トラバどうも。カンボジアのような、勤労者にとっての「屈辱」感と雇っている立場からの「恩恵」感覚とのすれ違いが、親族の叔母がフィリピン人の使用人に殺害されるに至った経緯をインスピレーションにエイミー・チェアという中国系アメリカ人が『富の独裁者』(光文社)という本を出していました。内田先生のお友達の平川社長もこの書籍を引用していたことがあります。

tokyocattokyocat 2005/06/19 21:20 みなさまコメントどうも。カンボジアと先進国との経済格差をなくすなんて、あまりに困難だと感じてしまう事件でしたが、待てよ日本の水飲みサラリーマンの救済も同じくらい困難ではないかと思ったのです。それがどこに起因するかを考えるに、私たち日本人は、カンボジアの不平等を直視せず怒らないのと同じくらい、自身が被っている不平等もまた直視せず怒らないようにしているように見えるのです。そこへもってきて、toni-tojadoさんの実践は、背景をまったく知らないのですが、ふと革命的いや革命そのものに見えたのです。

toni-tojadotoni-tojado 2005/06/21 00:30 怒ったところでパラダイムが拓けないというという閉塞感があるのでしょう。
ところで、私の伴侶はトゥールスレン高等中学を5年前に訪れました。ああいった負の行為が、アーカイブス的に後年まで保存記録されるというのは、実際にはこの世界でこの一世紀に起こった幾多の虐殺からすれば圧倒的に少ないのかも知れませんが。東京猫さんがトゥールスレンに行かれたのなら、お感じになったことをブログで読みたいです。

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