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2005-07-01

日本列島社会主義化計画

最近なんとしてもニートを働かせねばと政府などは躍起になっているみたいで、そのひとつ「若者自立塾」とかいう事業が報じられていた。ニートを集めた矯正合宿をNPOなどにやらせるらしい。1200人が対象で、まずは税金9億8000万円が使われる。だったらどうだろう、大勢の手を煩らわせるより、いっそ1人あたま80万円余り直接ばらまいてみては。そのほうがニート自身むしろすかっとヤル気も出るのでは。…などと無茶なことを考えずにいられない梅雨のジメジメ。しかし実際、意欲に恵まれない者もいれば、たんに金や金になる仕事に恵まれない者もいるだろう。

この事業の音頭をとるのは、財団法人社会経済生産性本部というところ。9億8千万円の公費は厚生労働省からクネクネとぶんどってきた。もちろんこの団体そのものに毎年毎年流れる補助金等の総額はその程度ではすまない。まあこの手の隠れ省庁的な団体なんて日本には腐るほど、というか腐って湧いてくる虫ほど無数にあるようだから、いちいち気にしてもいられない。それでもそうした団体のサイトには一応決算書がなぜか必ず面倒なPDF書類で付いていて、物好きだなと思いつつたまに眺めたりする。どの団体も事業収入がどうのこうのと胸をはって記しているけれど、そんな無駄事業を発注するのもどうせ親方の省庁がらみなんだろう。かたや主たる支出はというと、当然のごとく職員給与だ。晴れて天下りした偉い役人さまは蓄財に精を出し(つまり税金を食う)、ヒラの役人さんたちもこぞって食い扶持に群がる(つまり税金で食う)の図がありありと読み取れて、まいどまいど意気阻喪する(いや全部妄想です)。ときには「あれ、この年度だけで退職金が3億円? いったい誰だよ、何人で分けたんだよ」などと想像を膨らませずにはいられないのも隠微な楽しみ。というか、ニートを直接雇ったらどうなんだ?

いやいや、べつにいいのである。お金が国庫からふってわいてきてとにかく回っていくことそのものが、もしかしたら国の経済とかなりイコールなのではないかと近ごろ漠然と思うので、ぜんぜんいいのである。たくさんの役所がありさらにたくさんの役所もどきがあるおかげで、そこに居着いている人々や、そこからおこぼれをもらう人々が、こぞって暮らしを支えていけるのなら、大変けっこうなことだ。

こうなったら、日本国民全員が公務員になろうじゃないか。そうしてみんなで広く薄くゆるゆると仕事を分けあい財を分けあおう。社会主義というとソ連や中国などを思い浮かべて目をむく人が大半だけれど、わが邦における昨今の資本制賃労働競争の実態もまた、なかなかどうして目をむくものがあると思われる。そういえば、かつて日本は成功した社会主義国と皮肉られたこともあった。人類史上初めての本当にナイスな社会主義を、プロジェクトXよろしく実現できるとしたら、それはひょっとして我々なのかも。…こんなバカな発想がさほどバカとも思えないのは、梅雨のムシムシのせいか。「そんなことして、日本がどうなってもいいのか!」と怒られそうだ。でも、すでにもうかなりどうにかなってしまっているようにも見えるね。

●若者自立塾について http://www.jiritsu-juku.jp/

x79xxxx79xxx 2005/07/02 07:10 競争しない肉屋と八百屋と農家と畜産家etcでゆるゆると成り立っている社会主義的経済圏があったとします。その隣にはしのぎを削りながら競争している資本主義(=自由競争)経済圏がある。資本主義肉屋が社会主義経済圏に乗り込んできたら競争してる分、資本主義肉屋の方が強いです。ゆるゆるとしていた社会主義肉屋は同じような競争体質に変質するか食いつぶされるか何れかの道を選ぶ事になります。こうして事の是非を問う事もなく半ば強制的に資本主義経済圏は拡大していくのです。
「百人の村」的単純化ではありますが経済のみのバランスを考えればこれは世界的且つ今日的傾向だと思います。そして、経済原理に拠ってコントロールされる世界はより一層、経済原理を主体に廻っていくようになります。
「自由」と「共存」は何処かでバランスを取らなくてはならないのですが今は「自由」が罷り通ってますね。自由の極北は強者のみ富み栄え弱者は飢え死にでもしてろって社会です。こんな社会になってはいけないので歯止めが必要だとは思います。

tokyocattokyocat 2005/07/02 16:38 ふと空想するんですよ。財産や所得の格差なんて意地でも認めない世界になったら、仕事しても生活しても今よりはるかに楽しいんではないかと。仕事の頑張りや出来がひたすら金に還元される社会なんて、じつはまったく楽しくも美しくもないのではないかと。じっさい私が勤めた経験でも、仕事ぶりにかかわらず給料は基本的に一緒という事業所はそれほど珍しくありませんでしたが、それでも良い仕事をしたい人はするのです。だから、社会主義の肉屋は良い肉を提供する気力や技術を失うというのは、必ずしも真理ではないと思うんです。良い肉を作れば他人より金が儲かって楽しいとおもう肉屋と、良い肉を作ればたんに楽しいとおもう肉屋の、どちらが本当に楽しいのかの勝負でしょうかね。我々は他人を蹴落としたいのではなく、ただ蹴落とされたくないだけなのではないか。まあ幼稚な考えかもしれませんが、もうすこし現実的に精緻にナイスな社会主義を構想してみたいです。ぜひ一緒に考えましょう。

tokyocattokyocat 2005/07/16 11:20 [日本は成功した社会主義国]という評は、皮肉ではなかった。