東京永久観光 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2005-07-12

あなたが左ならわたしは右

モニターに日本地図が映っている。その映像が九州全体のアップから四国全体のアップへと横に動くとき、それは「右へ動く」のか「左へ動く」のか。…てなことを終電の地下鉄で話した。テレビやビデオの制作者なら「右へ動く」と言う(右パンと呼ぶ)。しかしフラッシュなどのデジタルデータの制作者は「左へ動く」と言うらしい。前者は自分が構えたテレビカメラを「左から右へ動かす」が、後者は自分が手にした地図を「右から左へ動かす」感触なのだそうだ。

我々のイメージ、さらにいうと比喩というものすら、実はすべてこの物理世界と身体の在りように基づいてしか生じない、といった奇妙な説について今あれこれ考えており、互いに示唆的だった。

それとやっぱり「相対性原理」ということを思った。先日、アインシュタインの相対性理論について『ニュートン』が初心者向けに詳しくガイドしているのをぱらぱらと読んだ。解説は佐藤勝彦氏。ことしは特殊相対性理論の発表から100年、アインシュタインの死から50年の年なのだ。しかし、あらゆる知識や経験がノンリニアに刻み込まれた人工知能やはてなのサーバーには、どっちが先か後かなんてのも、相対的な符丁にすぎないんじゃなかろうか。それどころか、歴史や時間の感触そのものが無化していくのかも? 

そういえば、『鏡の中のミステリー』(高野陽太郎・岩波科学ライブラリー)という本があった。「なぜ鏡は左右だけが対称なのか」の問いが「あ、なんだ、そうだったのか!」となる。頭の霧がさあっと晴れる(比喩)。ASIN:4000065556

赤シャツがきつねうどんを食べている(比喩)。

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