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2017-07-12

80年代、村上春樹、高橋源一郎、吉本隆明


『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』と『優雅で感傷的な日本野球』、吉本隆明による当時の書評がネットに出ているので、読んでみた。小説自体を読み直しているかのごとく はまりこむ。

https://allreviews.jp/review/490

https://allreviews.jp/review/315

2作は、80年代の日本を代表する小説であり、80年代の私の心情を浮上させる小説でもある。それなのに、じつは吉本隆明のこの書評は当時読んでいなかった。

何故だ? そう考えて、自分が今以上に未熟で無知だった時代を懐かしく思うとともに、「あ、そうか、ネットがなかったか」と気づく。

当時、この書評に触れていたら、小説と並ぶほどのインパクトを受けただろうし、小説に並ぶほど 読みふけっただろう。そして、自分でもあれこれ言いたくなって、実際にあれこれ言っただろう。…だが、どこに? 当時はツイッターはないのだった!

逆にいえば、80年代にインターネットが普及していたら、『世界の終り』も『日本野球』も、吉本隆明の書評も、すぐさま読まれ、さんざん語られ、そして、またたくまに記憶の彼方へ、タイムラインの下へと、通り過ぎていったかもしれない。時代や人生を揺さぶるほどの小説と書評であるというのに。

今は、どれほどの小説であれ書評であれ、沈み込むように潜り込むように読むということは、もはやできない。『優雅で感傷的な日本野球』は当時すでに兆していた物語や思想の高度消費の耐えられない軽さをこそ伝えていたのかもしれないが、今やその耐えがたさと避けがたさは、彼らの想像をも絶する。

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