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東京JCFへようこそ(東京・御茶ノ水のプロテスタントのキリスト教会です) RSSフィード

2010-12-29

東京JCFへようこそ

23:36

東京JCFのHPができました。

東京JCFウェブサイト→ 東京JCFへようこそ

こちらもお越しくださいね。

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東京JCF(ジャパニーズ・クリスチャン・フェローシップ)は東京御茶ノ水駅から徒歩1分(お茶の水クリスチャンセンター4F国際ナビゲーター)のプロテスタント・超教派・単立のキリスト教会です。

■■

礼拝   毎週日曜日 14:30〜16:00

海外の日本語教会(JCF等)からの帰国者クリスチャン三浦綾子ファンを初めどなたでも歓迎いたします。

お時間あればお気軽にぜひお越しください。

◆連絡先 toyoshi@io.ocn.ne.jp (長谷川)

■長谷川与志充牧師は全国各地で三浦綾子読書会を開催し、イスラエルツアーを企画しチャプレンを務めています。 

■アクセス

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〒101-0062

東京都千代田区神田駿河台 2-1

1 JR 御茶ノ水駅 御茶ノ水橋口より 徒歩1分

2 地下鉄 丸の内線 御茶ノ水駅より 徒歩4分

3 地下鉄 千代田線 新御茶ノ水駅より 徒歩4分

■姉妹教会の所沢ミレニアムチャーチ(日本聖泉基督教会連合)でも

毎週日曜日10:30〜12:00まで礼拝を行っています。

参加希望者はお問い合わせください。

10.12.26 日曜日礼拝メッセージ

23:33

「シメオンとアンナの礼拝」(ルカ2:21〜38)

1.主に従いなさい。

 「さて、モーセの律法による彼らのきよめの期間が満ちたとき、両親は幼子を主にささげるために、エルサレムへ連れて行った。―それは、主の律法に、「母の胎を開く男子の初子は、すべて、主に聖別された者、と呼ばれなければならない」と書いてあるとおりであった―また、主の律法に「山ばと一つがい、または、家ばとのひな二羽」と定められたところに従って犠牲をささげるためであった。そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。・・・彼が御霊に感じて宮に入ると、幼子イエスを連れた両親が、その子のために律法の慣習を守るために、入って来た。すると、シメオンは幼子を腕に抱き、神をほめたたえて言った。・・・父と母は、幼子についていろいろ語られる事に驚いた。」(2:22〜25、27、28、33)

 「わたしの戒めを保ち、それを守る人は、わたしを愛する人です。わたしを愛する人はわたしの父に愛され、わたしもその人を愛し、わたし自身を彼に現します。」(ヨハネ14:21)

2.主を待ち望みなさい。

「そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい、敬虔な人で、イスラエルの慰められることを待ち望んでいた。聖霊が彼の上にとどまっておられた。また、主のキリストを見るまでは、決して死なないと、聖霊のお告げを受けていた。彼が御霊に感じて宮に入ると、幼子イエスを連れた両親が、その子のために律法の慣習を守るために、入って来た。すると、シメオンは幼子を腕に抱き、神をほめたたえて言った。「主よ。今こそあなたは、あなたのしもべを、みことばどおり、安らかに去らせてくださいます。私の目があなたの御救いを見たからです。・・・」」(2:25〜30)

「ですから、あなたがたの確信を投げ捨ててはなりません。それは大きな報いをもたらすものなのです。あなたがたが神のみこころを行って、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です。」(ヘブル10:35、36)

3.主を宣べ伝えなさい。

「また、アセル族のパヌエルの娘で女預言者のアンナという人がいた。この人は非常に年をとっていた。処女の時代のあと七年間、夫とともに住み、その後やもめになり、八十四歳になっていた。そして宮を離れず、夜も昼も、断食と祈りをもって神に仕えていた。ちょうどこのとき、彼女もそこにいて、神に感謝をささげ、そして、エルサレムの贖いを待ち望んでいるすべての人々に、この幼子のことを語った。」(ルカ2:36〜38)

「神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。・・・私たちは、御父が御子を世の救い主として遣わされたのを見て、今そのあかしをしています。」(ヨハネ4:9、14)

10.12.19 日曜日礼拝メッセージ

23:32

羊飼いと博士たち」(ルカ2:1〜20)

1.主の誕生は預言通りになされた。

 「ヨセフもガリラヤの町ナザレから、ユダヤベツレヘムというダビデの町へ上って行った。彼は、ダビデ家系であり血筋でもあったので、身重になっているいいなずけの妻マリヤもいっしょに登録するためであった。ところが、彼らがそこにいる間に、マリヤは月が満ちて、男子の初子を産んだ。」(2:4〜7)

 「あなたの日数が満ち、あなたがあなたの先祖たちとともに眠るとき、わたしは、あなたの身から出る世継ぎの子を、あなたのあとに起こし、彼の王国を確立させた」(サムエル7:12、13)

 「ベツレヘム・エフラテよ。あなたはユダの氏族の中で最も小さいものだが、あなたのうちから、わたしのために、イスラエルの支配者になる者が出る。その出ることは、昔から、永遠の昔からの定めである。」(ミカ5:2)

2.主の誕生は選ばれた人々に知らされた。

「さて、この土地に、羊飼いたちが、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていた。すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が回りを照らしたので、彼らはひどく恐れた。」(ルカ2:8、9)

イエスが、ヘロデ王の時代に、ユダヤベツレヘムでお生まれになったとき、見よ、東方の博士たちがエルサレムにやって来て、こう言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。私たちは、東のほうでその方の星を見たので、拝みにまいりました。」」(マタイ2:1、2)

「主は、・・・低い者を高く引き上げ、飢えた者を良いもので満ち足らせ、富む者を何も持たせないで追い返されました。」(ルカ1:51〜53)

3.主のことは選ばれた人々により伝えられた。

「それを見たとき、羊飼いたちは、この幼子について告げられたことを知らせた。それを聞いた人たちはみな、羊飼いの話したことに驚いた。」(2:17、18)

「「私たちの父祖たちの神は、あなたにみこころを知らせ、義なる方を見させ、その方の口から御声を聞かせようとお定めになったのです。あなたはその方のために、すべての人に対して、あなたの見たこと、聞いたことの証人とされるのですから。」」(使徒22:14、15)

「しかし、あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。それは、あなたがたを、やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方のすばらしいみわざを、あなたがたが宣べ伝えるためなのです。」(ペテロ2:9)

10.12.12 日曜日礼拝メッセージ

23:30

「マリヤの礼拝」(ルカ1:26〜38)

1.救いの約束はすべての人に

 「ところで、その六か月目に、御使いガブリエルが、神から遣わされてガリラヤのナザレという町のひとりの処女のところに来た。この処女は、ダビデ家系ヨセフという人のいいなずけで、名をマリヤといった。御使いは、入って来ると、マリヤに言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。」」(1:26〜28)

 「わたしは、おまえと女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に、敵意を置く。彼は、おまえの頭を打ち砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく。」(創世記3:15)

 「しかし定めの時が来たので、神は自分の御子を遣わし、この方を、女から生まれた者、また律法の下にある者となさいました。」(ガラテヤ4:4)

2.救いとは主をみごもり産むこと

「「こわがることはない。マリヤ。あなたは神から恵みを受けたのです。ご覧なさい。あなたはみごもって、男の子を産みます。名をイエスとつけなさい。・・・」そこで、マリヤは御使いに言った。「どうしてそのようなことになりえましょう。私はまだ男の人を知りませんのに。」御使いは答えて言った。「聖霊があなたの上に臨み、いと高き方の力があなたをおおいます。それゆえ、生まれる者は、聖なる者、神の子と呼ばれます。・・・神にとって不可能なことは一つもありません。」(1:30、31、34、35、38)

「私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映されながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。」(コリント3:18)

3.救いの条件はただ信じ受け入れること

「マリヤは言った。「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」」(1:38)

「「・・・主によって語られたことは必ず実現すると信じきった人は、何と幸いなことでしょう。」」(1:45)

「しかし、あわれみ豊かな神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、罪過の中に死んでいたこの私たちをキリストとともに生かし、―あなたがたが救われたのは、ただ恵みによるのです― キリストイエスにおいて、ともによみがえらせ、ともに天の所にすわらせてくださいました。・・・あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。」(エペソ2:4〜6、8、9)

10.11.28 日曜日礼拝メッセージ

23:27

「神を礼拝する」(粁鯊綮錚横后В院腺隠掘

1.人生の回復は神への礼拝を行うことから

 「彼はその治世の第一年の第一の月に主の宮の戸を開き、これらを修理した。さらに、彼は祭司とレビ人を連れて来て、東側の広場に集め、彼らに言った。「レビ人たち。聞きなさい。今、あなたがたは自分自身を聖別しなさい。あなたがたの父祖の神、主の宮を聖別し、聖所から忌まわしいものを出してしまいなさい。というのも、私たちの父たちが不信の罪を犯し、私たちの神、主の目の前に悪を行い、この方を捨て去って、その顔を主の御住まいからそむけ、背を向けたからです。また、彼らは玄関の戸を閉じ、ともしびの火を消し、聖所でイスラエルの神に香をたかず、全焼のいけにえをささげることをしなかったからです。・・・子たちよ。今は、手をこまねいていてはなりません。主はあなたがたを選んでご自分の前に立たせ、ご自分に仕えさせ、ご自分のために、仕える者、香をたく者とされたからです。」

(29:3〜7、11)

                               「われらを敵の手から救い出し、われらの生涯のすべての日に、きよく、正しく、恐れなく、主の御前に仕えることを許される。」(ルカ1:74、75)

2.人生の喜びは主の恵みを覚えることから

「さて、ヒゼキヤは・・・イスラエルの神、主に過越のいけにえをささげるよう呼びかけた。・・・こうして、エルサレムにいたイスラエル人は、大きな喜びをもって七日の間、種を入れないパンの祭りを行った。・・・エルサレムには大きな喜びがあった。イスラエルの王、ダビデの時代からこのかた、こうしたことはエルサレムになかった。」(粁鯊綮錚械亜В院■横院■横供

「私たちの過越の小羊キリストが、すでにほふられたからです。」(コリント5:7)

「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。だからわたしは人をあなたの代わりにし、・・・」(イザヤ43:4)

3.人生の祝福は主の御心を行うことから

「さらに彼は、エルサレムに住む民に、祭司とレビ人の分を与えるように命じた。祭司とレビ人が主の律法に専念するためであった。この命令が広まるとともに、イスラエルの人たちは、穀物、新しいぶどう酒、油、蜜など、すべての野の収穫の初物をたくさん持って来た。彼らはすべてのものの十分の一を豊富に携えて来た。・・・それから、ヒゼキヤは、その積んだ山について、祭司とレビ人に説明を求めた。すると、ツァドクの家のかしら、祭司アザルヤが彼に答えて言った。「人々が奉納物を主の宮に携えて来始めてから、食べて満ち足り、たくさん残りました。主が御民を祝福されたからです。その残りがこんなにたくさんあるのです。」」(粁鯊綮錚械院В粥■機■后■隠亜

「あなたがたがこれらのことを知っているのなら、それを行うときに、あなたがたは祝福されるのです。」(ヨハネ13:17)

2010-11-25

10.11.21 日曜日礼拝メッセージ

15:29

神殿建設とソロモンの失敗」(砧鷁Φ11:1〜13)

1.異性

 「ソロモン王は、パロの娘のほかに多くの外国の女、すなわちモアブ人の女、アモン人の女、エドム人の女、シドン人の女、ヘテ人の女を愛した。この女たちは、主がかつてイスラエル人に、「あなたがたは彼らの中に入って行ってはならない。彼らをもあなたがたの中に入れてはならない。さもないと、彼らは必ずあなたがたの心を転じて彼らの神々に従わせる」と言われたその国々の者であった。それなのに、ソロモンは彼女たちを愛して、離れなかった。彼には七百人の王妃としての妻と、三百人のそばめがあった。その妻たちが彼の心を転じた。ソロモンが年をとったとき、その妻たちが彼の心をほかの神々のほうへ向けたので、彼の心は、父ダビデの心とは違って、彼の神、主と全く一つにはなっていなかった。(11:1〜4)

 「思い違いをしてはいけません。友だちが悪ければ、良い習慣がそこなわれます。」(コリント15:33)

2.金銭

「金持ちになりたがる人たちは、誘惑とわなと、また人を滅びと破滅に投げ入れる、愚かで、有害な多くの欲とに陥ります。金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。ある人たちは、金を追い求めたために、信仰から迷い出て、非常な苦痛をもって自分を刺し通しました。」(汽謄皀藤供В后■隠亜

「自分の宝を地上にたくわえるのはやめなさい。そこでは虫とさびで、きず物になり、また盗人が穴をあけて盗みます。自分の宝は、天にたくわえなさい。そこでは、虫もさびもつかず、盗人が穴をあけて盗むこともありません。あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからです。」(マタイ6:19〜21)

3.高慢

「あなたの心は自分の美しさに高ぶり、その輝きのために自分の知恵を腐らせた。そこで、わたしはあなたを地に投げ出し、王たちの前に見せものとした。」(エゼキエル28:17)

「人の心の高慢は破滅に先立ち、謙遜は栄誉に先立つ。」(箴言18:12)

「何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。それはキリストイエスのうちにも見られるものです。キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。人としての性質をもって現れ、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われました。それゆえ神は、この方を高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。」(ピリピ2:3〜9)

10.11.14 日曜日礼拝メッセージ

15:27

「知恵を求めたソロモン」(砧鷁Φ3:3〜15)

1.主を愛する

ソロモンは主を愛し、父ダビデのおきてに歩んでいた」(3:3)

 「わが神、主よ。今、あなたは私の父ダビデに代わって、このしもべを王とされました。」(3:7)

イエス・キリストは私たちを愛して、その血によって私たちを罪から解き放ち、また私たちを王国とし、ご自分の父である神のために祭司としてくださった方である。」(黙示1:5、6)       「私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです。」(ヨハネ4:19)

2.知恵を求める

「「・・・しもべは、あなたの選んだあなたの民の中におります。しかも、彼らはあまりにも多くて、数えることも調べることもできないほど、おびただしい民です。善悪を判断してあなたの民をさばくために聞き分ける心をしもべに与えてください。・・・」この願い事は主の御心にかなった。・・・「あなたがこのことを求め、自分のために長寿を求めず、自分のために富を求めず、あなたの敵のいのちをを求めず、むしろ、自分のために正しい訴えを聞き分ける判断力を求めたので、今、わたしはあなたの言ったとおりにする。見よ。わたしはあなたに知恵の心と判断する心とを与える。」(3:8〜12)

「あなたがたの中に知恵の欠けた人がいるなら、その人は、だれにでも惜しげなく、とがめることなくお与えになる神に願いなさい。そうすればきっと与えられます。」(ヤコブ1:5)

3.啓示に従う

ソロモンが目をさますと、なんと、それは夢であった。そこで、彼はエルサレムに行き、主の契約の箱の前に立って、全焼のいけにえをささげ、和解のいけにえをささげ、すべての家来たちを招いて祝宴を開いた。」(3:15).

「ある夜、パウロは幻を見た。ひとりのマケドニヤ人が彼の前に立って、「マケドニヤに渡って来て、私たちを助けてください」と懇願するのであった。パウロがこの幻を見たとき、私たちはただちにマケドニヤへ出かけることにした。神が私たちを招いて、彼らに福音を宣べさせるのだ、と確信したからである。」(使徒16:9、10)

「こういうわけで、アグリッパ王よ。私は、この天からの啓示にそむかず、ダマスコにいる人々をはじめエルサレムにいる人々に、またユダヤの全地方に、さらに異邦人にまで、悔い改めて神に立ち返り、悔い改めにふさわしい行いをするようにと宣べ伝えて来たのです。」

使徒26:19、20)

10.11.7 日曜日礼拝メッセージ

15:24

ダビデソロモン」(サムエル7:18〜29)

1.神殿(教会)を建てる願いを持つ

 「王は自分の家に住み、主がすべての敵から守って、彼に安息を与えられたとき、王は預言者ナタンに言った。「ご覧ください。この私が杉材の家に住んでいるのに、神の箱は天幕の中にとどまっています。」」(7:1、2)

 「ついで預言者ハガイを通して、次のような主のことばがあった。「この宮が廃墟となっているのに、あなたがただけが板張りの家に住むべき時であろうか。・・・山に登り、木を運んで来て、宮を建てよ。そうすれば、わたしはそれを喜び、わたしの栄光を現そう。主は仰せられる。あなたがたは多くを期待したが、見よ、わずかであった。あなたがたが家に持ち帰ったとき、わたしはそれを吹き飛ばした。それはなぜか。−万軍の主の御告げ− それは、廃墟となったわたしの宮のためだ。あなたがたはみな、自分の家のために走り回っていたからだ。それゆえ、天はあなたがたのために露を降らすことをやめ、地は産物を差し止めた。」(ハガイ1:3、4、8〜10)

2.主が神殿(教会)を建てることを覚える

「行って、わたしのしもべダビデに言え。主はこう仰せられる。あなたはわたしのために、わたしの住む家を建てようとしているのか。・・・主はあなたに告げる。『主はあなたのために一つの家を造る。』あなたの日数が満ち、あなたがあなたの先祖たちとともに眠るとき、わたしは、あなたの身から出る世継ぎの子を、あなたのあとに起こし、彼の王国を確立させる。彼はわたしの名のために一つの家を建て、わたしはその王国の王座をとこしえまでも堅く立てる。」(7:5、11〜13)

「するとイエスは、彼に答えて言われた。「バルヨナ・シモン。あなたは幸いです。このことをあなたに明らかに示したのは人間ではなく、天にいますわたしの父です。ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。」(マタイ16:17、18)

3.神殿(教会)建設のための必要な準備をする

「彼はその子ソロモンを呼び、イスラエルの神、主のために宮を建てるように彼に命じた。ダビデソロモンに言った。「わが子よ。私は、わが神、主の御名のために宮を建てようとする志を持ち続けて来た。・・・そこで今、わが子よ。主があなたとともにおられ、主があなたについて語られたとおり、あなたが、あなたの神、主の宮をりっぱに建て上げることができるように。・・・見なさい。私は困難な中にも主の家のために、金十万タラント、銀百万タラントを用意した。また、青銅と鉄とはあまりに多くて量りきれない。それに、それに、木材と石材も用意した。・・・あなたのもとには、石を切り出す者、石や木に細工をする者、各種の仕事に熟練した者など、多くの仕事をする者がいて、金、銀、青銅、鉄を扱うが、その人数は数えきれない。・・・」そして、ダビデイスラエルのすべてのつかさたちに、そこ子ソロモンを助けるように命じた。」(砧鯊綮錚横押В供■掘■隠院■隠粥腺隠掘

10.10.31 日曜日礼拝メッセージ

15:20

ダビデヨナタン」(サムエル18:1〜5)

1.正しい者には苦難がある

 「女たちは、笑いながら、くり返してこう歌った。「サウルは千を打ち、ダビデは万を打った。」サウルは、このことばを聞いて、非常に怒り、不満に思って言った。・・・その日以来、サウルダビデを疑いの目で見るようになった。その翌日、わざわいをもたらす、神の霊がサウルに激しく下り、彼は家の中で狂いわめいた。ダビデは、いつものように、琴を手にしてひいたが、サウルの手には槍があった。サウルはその槍を投げつけた。ダビデを壁に突き刺してやろう、と思ったからである。しかしダビデは二度も身をかわした。」(18:6〜11)

 「あらゆることにおいて、自分を神のしもべとして推薦しているのです。すなわち非常な忍耐と、悩みと、苦しみと、嘆きの中で、・・・ほめられたり、そしられたり、悪評を受けたり、好評を博したりすることによって、自分を神のしもべとして推薦しているのです。」(コリント6:4、8)

2.主は助け手を送って下さる

サウルダビデの家に使者たちを遣わし、彼を見張らせ、朝になって彼を殺そうとした。ダビデの妻ミカルはダビデに告げて言った。「今夜、あなたのいのちを救わなければ、あすは、あなたは殺されてしまいます。」こうしてミカルはダビデを窓から降ろしたので、彼は逃げて行き、難をのがれた。」(19:11、12)

ダビデは逃げ、のがれて、ラマのサムエルのところに行き、サウルが自分にしたこといっさいをサムエルに話した。」(19:18)

「マケドニヤに着いたとき、私たちの身には少しの安らぎもなく、さまざまの苦しみに会って、外には戦い、うちには恐れがありました。しかし、気落ちした者を慰めてくださる神は、テトスが来たことによって、私たちを慰めてくださいました。」(コリント7:5、6)

3.ヨナタンキリストを象徴する

ヨナタンは、自分と同じほどにダビデを愛したので、ダビデと契約を結んだ。ヨナタンは、着ていた上着を脱いで、それをダビデに与え、自分のよろいかぶと、さらに剣、弓、帯までも彼に与えた。」(18:3、4)

ヨナタンは父サウルダビデの良いことを話し、父に言った。・・・サウルヨナタンの言うことを聞き入れた。サウルは誓った。「主は生きておられる。あれは殺されることはない。」(19:4、6)

「したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。」(ヘブル7:25)

                                

10.10.24 日曜日礼拝メッセージ

15:18

ダビデとゴリヤテ」(サムエル17:41〜54)

1.人に仕えた時のように

 「サウルダビデに言った。「あなたは、あのペリシテ人のところへ行って、あれと戦うことはできない。あなたはまだ若いし、あれは若い時から戦士だったのだから。」ダビデサウルに言った。「しもべは、父のために羊の群れを飼っています。獅子や、熊が来て、群れの羊を取って行くと、私はそのあとを追って出て、それを殺し、その口から羊を救い出します。それが私に襲いかかるときは、そのひげをつかんで打ち殺しています。このしもべは、獅子でも、熊でも打ち殺しました。あの割礼を受けていないペリシテ人も、これらの獣の一匹のようになるでしょう。生ける神の陣をなぶったのですから。」」(17:33〜36)

 「小さい事に忠実な人は、大きい事にも忠実であり、小さい事に不忠実な人は、大きい事にも不忠実です。・・・あなたがたが他人のものに忠実でなかったら、だれがあなたがたに、あなたがたのものを持たせるでしょう。」(ルカ16:10、12)

2.自分の慣れた方法で

サウルダビデに自分のよろいかぶとを着させた。頭には青銅のかぶとをかぶらせ、身にはよろいを着けさせた。ダビデは、そのよろいの上に、サウルの剣を帯び、思い切って歩いてみた。慣れていなかったからである。それから、ダビデサウルに言った。「こんなものを着けては、歩くこともできません。慣れていないからです。」ダビデはそれを脱ぎ、自分の杖を手に取り、川から五つのなめらかな石を選んできて、それを羊飼いの使う袋、投石袋に入れ、石投げを手にして、あのペリシテ人に近づいた。」(17:38〜40)

「主は彼に仰せられた。「あなたの手にあるそれは何か。」彼は答えた。「杖です。」」

                                (出エジプト4:2)

「彼は、いつものように、日に三度、ひざまずき、彼の神の前に祈り、感謝していた。」

                                (ダニエル6:10)

3.万軍の主の御名によって

ダビデペリシテ人に言った。「おまえは、剣と、槍と、投げ槍を持って、私に向かって来るが、私は、おまえがなぶったイスラエルの戦陣の神、万軍の主の御名によって、おまえに立ち向かうのだ。・・・この全集団も、主が剣や槍を使わずに救うことを知るであろう。この戦いは主の戦いだ。主はおまえたちをわれわれの手に渡される。」(17:45、47)

「あなたの御名がとこしえまでもあがめられ、『万軍の主はイスラエルの神』と言われますように。あなたのしもべダビデの家が御前に堅く立つことができますように。イスラエルの神、万軍の主よ。あなたは、このしもべの耳にはっきり、『わたしが、あなたのために家を建てる』と言われました。それゆえ、このしもべは、この祈りをあなたに祈る勇気を得たのです。」

サムエル7:26、27)

10.10.17 日曜日礼拝メッセージ

15:04

「神に選ばれたダビデ」(サムエル16:1〜13)

1.末の子

 「しかし主はサムエルに仰せられた。「彼の容貌や、背の高さを見てはならない。わたしは彼を退けている。人が見るようには見ないからだ。人はうわべを見るが、主は心を見る。」」(16:7)

                               「サムエルはエッサイに言った。「子どもたちはこれで全部ですか。」エッサイは答えた。「まだ末の子が残っています。あれは今、羊の番をしています。」」(16:11)

 「すべての聖徒たちのうちで一番小さな私に、この恵みが与えられた」(エペソ3:8)

 「神は高ぶる者を退け、へりくだる者に恵みをお授けになる。」(ヤコブ4:6)

2.主の霊

「エッサイは人をやって、彼を連れて来させた。その子は血色の良い顔で、目が美しく、姿もりっぱだった。主は仰せられた。「さあ、この者に油をそそげ。この者がそれだ。」サムエルは油の角を取り、兄弟たちの真ん中で彼に油をそそいだ。主の霊がその日以来、ダビデの上に激しく下った。」(16:12、13)

「主の霊があなたの上に激しく下ると、あなたも彼らといっしょに預言して、あなたは新しい人に変えられます。このしるしがあなたに起こったら、手当たりしだいに何でもしなさい。神があなたとともにおられるからです。」(サムエル10:6、7)

「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレムユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」(使徒1:8)

                               3.じょうずなひき手

「「わが君、どうか御前にはべるこの家来どもに命じて、じょうずに立琴をひく者を捜させてください。わざわいをもたらす、神の霊があなたに臨むとき、その者が琴をひけば、あなたは良くなられるでしょう。」そこでサウルは家来たちに言った。「どうか、私のためにじょうずなひき手を見つけて、私のところに連れて来てくれ。」・・・ダビデサウルのもとに来て、彼に仕えた。・・・神の霊がサウルに臨むたびに、ダビデは立琴を手に取って、ひき、サウルは元気を回復して、良くなり、わざわいの霊は彼から離れた。」

(16:16、17、21、23)

イエスがガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、ふたりの兄弟、ペテロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレをご覧になった。彼らは湖で網を打っていた。漁師だったからである。イエスは彼らに言われた。「わたしについて来なさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう。」彼らはすぐに網を捨てて従った。」(マタイ4:18〜20)

10.10.10 日曜日礼拝メッセージ

15:02

「退けられたサウル」(サムエル15:10〜23)

1.謙遜は栄誉に先立つ(箴言18:12)

 「サウルは答えて言った。「私はイスラエル部族のうちの最も小さいベニヤミン人ではありませんか。私の家族は、ベニヤミンの部族のどの家族よりも、つまらないものではありませんか。どうしてあなたはこのようなことを私に言われるのですか。」」(サムエル9:21)

 「翌日、サウルは民を三組に分け、夜明けの見張りの時、陣営に突入し、昼までアモン人を打った。残された者もいたが、散って行って、ふたりの者が共に残ることはなかった。」(同11:11)

                              「私は使徒の中では最も小さい者であって、使徒と呼ばれる価値のない者です。なぜなら、私は神の教会を迫害したからです。ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。」(コリント15:9、10)

2.高慢は倒れに先立つ(箴言18:12)

サウルは、サムエルが定めた日によって、七日間待ったが、サムエルはギルガルに来なかった。それで民は彼から離れて散って行こうとした。そこでサウルは、「全焼のいけにえと和解のいけにえを私のところに持って来なさい」と言った。こうして彼は全焼のいけにえをささげた。」(サムエル13:8、9)

「主はあなたに使命を授けて言われました。『行って、罪人アマレク人を聖絶せよ。彼らを絶滅させるまで戦え。』あなたはなぜ、主の御声に聞き従わず、分捕り物に飛びかかり、主の目の前に悪を行ったのですか。・・・主は主の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。まことに、そむくことは占いの罪、従わないことは偶像礼拝の罪だ。あなたが主のことばを退けたので、主もあなたを王位から退けた。」

(同15:18、19、22、23)

3.わたしのために、王を見つけた

「主はサムエルに仰せられた。「いつまであなたはサウルのことで悲しんでいるのか。わたしは彼をイスラエルの王位から退けている。角に油を満たして行け。あなたをベツレヘム人エッサイのところへ遣わす。わたしは彼の息子たちの中に、わたしのために、王を見つけたから。」(サムエル16:1)

                               「しかし私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。」(ガラテヤ2:19、20)

10.10.3 日曜日礼拝メッセージ

14:59

東京JCFの召命」(サムエル7:15〜17)

1.祈りへの召命

 「エルカナには、ふたりの妻があった。ひとりの妻の名はハンナ、もうひとりの妻の名はペニンナと言った。ペニンナには子どもがあったが、ハンナには子どもがなかった。・・・ハンナの心は痛んでいた。彼女は主に祈って、激しく泣いた。そして誓願を立てて言った。「万軍の主よ。もし、あなたが、はしための悩みを顧みて、私を心に留め、このはしためを忘れず、このはしために男の子を授けてくださいますなら、私はその子の一生を主におささげします。そして、その子の頭に、かみそりを当てません。」(サムエル1:2、10、11)

 「最初にあったものは血肉のものであり、御霊のものではありません。御霊のものはあとに来るのです。第一の人は地から出て、土で造られた者ですが、第二の人は天から出た者です。」(コリント15:46、47)

2.御言葉への召命

「少年サムエルはエリの前で主に仕えていた。そのころ、主のことばはまれにしかなく、幻も示されなかった。・・・そのうちに主が来られ、そばに立って、これまでと同じように、「サムエルサムエル」と呼ばれた。サムエルは、「お話しください。しもべは聞いております」と申し上げた。・・・サムエルは成長した。主は彼とともにおられ、彼のことばを一つも地に落とされなかった。こうして全イスラエルは、ダンからベエル・シェバまで、サムエルが主の預言者に任じられたことを知った。主は再びシロで現れた。主のことばによって、主がご自身をシロでサムエルに現されたからである。」(サムエル3:1、10、19〜21)

「私が、『主よ。私はどうしたらよいのでしょうか』と尋ねると、主は私に、『起きて、ダマスコに行きなさい。あなたがするように決められていることはみな、そこで告げられる』と言われました。」(使徒22:10)

3.一致への召命

サムエルは、一生の間、イスラエルをさばいた。彼は毎年、べテル、ギルガル、ミツパを巡回し、それらの地でイスラエルをさばき、ラマに帰った。そこに自分の家があったからである。彼はそこでイスラエルをさばいた。彼はまた、そこに主のために一つの祭壇を築いた。」(7:15〜17)                   「そのころ、イスラエルには王がなく、めいめいが自分の目に正しいと見えることを行っていた。」(士師記21:25)

「ここに、ダビデは千人隊の長、百人隊の長たち、すべての隊長と合議し、イスラエルの全集団に向かって、言った。「もしも、このことが、あなたがたによく、私たちの神、主の御旨から出たことなら、イスラエル全土に残っている私たちの同胞にいっせいに使者を送ろう。・・・」」(砧鯊綮錚隠魁В院■押

2010-09-29

10.9.26 日曜日礼拝メッセエージ

14:09

「賜物を用いる」(マタイ25:14〜30)

1.主は私達に賜物(タラント)を与えて下さった。

 「天の御国は、しもべたちを呼んで、自分の財産を預け、旅に出て行く人のようです。彼は、おのおのその能力に応じて、ひとりには五タラント、ひとりには二タラント、もうひとりには一タラントを渡し、それから旅に出かけた。」(25:14、15)

「私たちは、与えられた恵みに従って、異なった賜物を持っているので、もしそれが預言であれば、その信仰に応じて預言しなさい。奉仕であれば奉仕し、教える人であれば教えなさい。勧めをする人であれば勧め、分け与える人は惜しまずに分け与え、指導する人は熱心に指導し、慈善を行う人は喜んでそれをしなさい。」(ローマ12:6〜8)

「ある人には御霊によって知恵のことばが与えられ、ほかの人には同じ御霊にかなう知識のことばが与えられ、またある人には同じ御霊による信仰が与えられ、ある人には同一の御霊によって、いやしの賜物が与えられ、ある人には奇蹟を行う力、ある人には預言、ある人には霊を見分ける力、ある人には異言、ある人には異言を解き明かす力が与えられています。しかし、同一の御霊がこれらすべてのことをなさるのであって、みこころのままに、おのおのにそれぞれの賜物を分け与えてくださるのです。」(?コリント12:8〜11)

2.賜物を生かして用いたものは主に称賛される。

「さて、よほどたってから、しもべたちの主人が帰って来て、彼らと清算をした。すると、五タラント預かった者が来て、もう五タラント差し出して言った。『ご主人さま。私に五タラント預けてくださいましたが、ご覧ください。私はさらに五タラントもうけました。』その主人は彼に言った。『よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。』」(25:19〜21)

                               

「なぜなら、私たちはみな、キリストのさばきの座に現れて、善であれ悪であれ、各自その肉体にあってした行為に応じて報いを受けることになるからです。」(?コリント5:10)

3.賜物を生かす方法は教会に自らをささげることである。

「だったら、おまえはその私の金を、銀行に預けておくべきだった。そうすれば私は帰って来たときに、利息がついて返してもらえたのだ。」(25:27)

「そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。」(ローマ12:1、2)

10.9.19 日曜日礼拝メッセージ

14:08

「よい隣人となる」(ルカ10:25〜37)

1.キリストは私達を救い出して下さった。

 「ある人が、エルサレムからエリコへ下る道で、強盗に襲われた。強盗どもは、その人の着物をはぎ取り、なぐりつけ、半殺しにして逃げて行った。たまたま祭司がひとり、その道を下って来たが、彼を見ると、反対側を通り過ぎて行った。同じようにレビ人も、その場所に来て彼を見ると、反対側を通り過ぎて行った。ところが、あるサマリヤ人が、旅の途中、そこに来合わせ、彼を見てかわいそうに思い、近寄って傷にオリーブ油とぶどう酒を注いで、ほうたいをし、自分の家畜に乗せて宿屋に連れて行き、介抱してやった。」(10:30〜34)

「わたしの前に来た者はみな、盗人で強盗です。・・・盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。」(ヨハネ10:8、10)

「私はかつて律法なしに生きていましたが、戒めが来たときに、罪が生き、私は死にました。・・・私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します。」

ローマ7:9、24、25)

2.私達は救われた者として人々の隣人になる。

「「・・・この三人の中でだれが、強盗に襲われた者の隣人になったと思いますか。」彼は言った。「その人にあわれみをかけてやった人です。」するとイエスは言われた。「あなたも行って同じようにしなさい。」」(10:36、37)

「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。信じてバプテスマを受ける者は救われます。」(マルコ16:15、16)

「そこで、彼のことばを受け入れた者は、バプテスマを受けた。その日、三千人ほどが弟子に加えられた。そして、彼らは使徒たちの教えを堅く守り、交わりをし、パンを裂き、祈りをしていた。」(使徒2:41、42)

3.キリストは再臨の時私達に豊かな報いを与える。

「次の日、彼はデナリ二つを取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『介抱してあげてください。もっと費用がかかったら、私が帰りに払います。』」(10:35)

「では、私にどんな報いがあるのでしょう。それは、福音を宣べ伝えるときに報酬を求めないで与え、福音の働きによって持つ自分の権利を十分に用いないことなのです。・・・私はすべてのことを福音のためにしています。それは、私も福音の恵みをともに受ける者となるためなのです。」(?コリント9:18、23)

10.9.12 日曜日礼拝メッセージ

14:07

「人を赦す」(マタイ18:21〜35)

1.私達は神から豊かに赦された者である。

 「王はそのしもべたちと清算をしたいと思った。清算が始まると、まず一万タラントの借りのあるしもべが、王のところに連れて来られた。しかし、彼は返済することができなかったので、その主人は彼に、自分も妻子も持ち物全部も売って返済するように命じた。それで、このしもべは、主人の前にひれ伏して、『どうかご猶予ください。そうすれば全部お払いいたします』と言った。しもべの主人は、かわいそうに思って、彼を赦し、借金を免除してやった。」

(18:23〜27)

「なぜなら、律法を行うことによっては、だれひとり神の前に義と認められないからです。律法によってはかえって罪の意識が生じるのです。」(ローマ3:20)

「「先生。律法の中で、たいせつな戒めはどれですか。」そこで、イエスは彼に言われた。「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』これがたいせつな第一の戒めです。『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。・・・」」(マタイ22:36〜40)

2.私達は赦された者として兄弟を赦すべきである。

 「ところが、そのしもべは、出て行くと、同じしもべ仲間で、彼から百デナリの借りのある者に出会った。彼はその人をつかまえ、首を絞めて、『借金を返せ』と言った。彼の仲間は、ひれ伏して、『もう少し待ってくれ。そうしたら返すから』と言って頼んだ。しかし彼は承知せず、連れて行って、借金を返すまで牢に投げ入れた。・・・そこで、主人は彼を呼びつけて言った。『悪いやつだ。おまえがあんなに頼んだからこそ借金全部を赦してやったのだ。私がおまえをあわれんでやったように、おまえも仲間をあわれんでやるべきではないか。』」(18:28〜30、32、33)

「お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。」(エペソ4:32)

3.人へのあわれみは神のさばきに向かって勝ち誇る。

「こうして、主人は怒って、借金を全部返すまで、彼を獄吏に引き渡した。あなたがたもそれぞれ、心から兄弟を赦さないなら、天のわたしの父も、あなたがたに、このようになさるのです。」(18:34、35)

「もし人の罪を赦すなら、あなたがたの天の父もあなたがたを赦してくださいます。しかし、人を赦さないなら、あなたがたの父もあなたがたの罪をお赦しになりません。」

マタイ6:14、15)

「あわれみを示したことのない者に対するさばきは、あわれみのないさばきです。あわれみは、さばきに向かって勝ち誇るのです。」(ヤコブ2:13)

10.9.5 日曜日礼拝メッセージ

14:05

「実を結ぶ信仰」(ヨハネ15:1〜8)

1.御言葉によって実を結ぶ

 「わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。・・・あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら」(15:5、7)                        

「彼女にマリヤという妹がいたが、主の足もとにすわって、みことばに聞き入っていた。」

(ルカ10:39、41、42)

「ひとりの女がたいへん高価な香油の入った石膏のつぼを持ってみもとに来て、食卓に着いておられたイエスの頭に香油を注いだ。・・・するとイエスは・・・彼らに言われた。「なぜ、この女を困らせるのです。わたしに対してりっぱなことをしてくれたのです。・・・この女が、この香油をわたしのからだに注いだのは、わたしの埋葬の用意をしてくれたのです。」(マタイ26:7、10、12)

2.祈りによって実を結ぶ

 「あなたがたがわたしにとどまり、私のことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。あなたがたが多くの実を結び、わたしの弟子になることによって、わたしの父は栄光をお受けになるのです。」(15:7、8)

 「しかしどうか、あなたのしもべモーセにお命じになったことばを、思い起こしてください。『・・・あなたがたがわたしに立ち返り、わたしの命令を守り行うなら、たとい、あなたがたのうちの散らされた者が天の果てにいても、わたしはそこから彼らを集め、わたしの名を住ませるためにわたしが選んだ場所に彼らを連れて来る』と。・・・ああ、主よ。どうぞ、このしもべの祈りと、あなたの名を喜んで敬うあなたのしもべたちの祈りとに、耳を傾けてください。」(ネヘミヤ記1:8、9、11)

3.伝道によって実を結ぶ

「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです。」(15:16)

「それから、イエスは彼らにこう言われた。「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音

 を宣べ伝えなさい。信じてバプテスマを受ける者は、救われます。しかし、信じない者は罪に定められます。・・・」・・・そこで、彼らは出て行って、至る所で福音を宣べ伝えた。主は彼らとともに働き、みことばに伴うしるしをもって、みことばを確かなものとされた。」(マルコ16:15、20)

                              

10.8.8 日曜日礼拝メッセージ

14:02

ヨーロッパへの宣教」(使徒16:6〜10)

1.御霊と幻に導かれる人生

 「それから、彼らは、アジアでみことばを語ることを聖霊によって禁じられたので、フルギヤ・ガラテヤの地方を通った。こうしてムシヤに面した所に来たとき、ビテニヤのほうに行こうとしたが、イエスの御霊がそれをお許しにならなかった。それで、ムシヤを通って、トロアスに下った。ある夜、パウロは幻を見た。ひとりのマケドニヤ人が彼の前に立って、「マケドニヤに渡って来て、私たちを助けてください」と懇願するのであった。パウロがこの幻を見たとき、私たちはただちにマケドニヤへ出かけることにした。神が私たちを招いて、彼らに福音を宣べさせるのだ、と確信したからである。」(16:6〜10)

「神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです。」(ローマ8:14)

「神は言われる。終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。」(使徒2:17)

2.人々に福音を宣べ伝える人生

 「安息日に、私たちは町の門を出て、祈り場があると思われた川岸に行き、そこに腰をおろして、集まった女たちに話した。テアテラ市の紫布の商人で、神を敬う、ルデヤという女が聞いていたが、主は彼女の心を開いて、パウロの語る事に心を留めるようにされた。そして、彼女も、またその家族もバプテスマを受けた」(16:13〜15)

 「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。信じてバプテスマを受ける者は、救われます。しかし、信じない者は罪に定められます。」

(マルコ16:15、16)

3.神に祈り賛美する人生

 「真夜中ごろ、パウロとシラスが神に祈りつつ賛美の歌を歌っていると、ほかの囚人たちも聞き入っていた。ところが突然、大地震が起こって、獄舎の土台が揺れ動き、たちまちとびらが全部あいて、みなの鎖が解けてしまった。・・・看守はあかりを取り、駆け込んで来て、パウロとシラスとの前に震えながらひれ伏した。そして、ふたりを外に連れ出して「先生がた。救われるためには、何をしなければなりませんか」と言った。ふたりは、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます」と言った。・・・看守はその夜、時を移さず、ふたりを引き取り、その打ち傷を洗った。そして、そのあとですぐ、彼とその家の者全部がバプテスマを受けた。」(16:25、26、29〜31、33)

 「彼らが喜びの声、賛美の声をあげ始めたとき、主は伏兵を設けて、ユダに攻めて来たアモン人、モアブ人、セイル山の人々を襲わせたので、彼らは打ち負かされた。」(?歴代誌20:22)

10.8.29 日曜日礼拝メッセージ

14:00

羊飼いについていく」(ヨハネ10:1〜11)

1.私を造られた羊飼い

 「彼は自分の羊をその名で呼んで連れ出します。」(10:3)

 「だが、今、ヤコブよ。あなたを造り出した方、主はこう仰せられる。「恐れるな。わたしがあ

  なたを贖ったのだ。わたしはあなたの名を呼んだ。あなたはわたしのもの。・・・」

(イザヤ43:1)

 「イエスは、・・・彼に言われた。「ザアカイ。急いで降りて来なさい。・・・」「人の子は、失 

 われた人を捜して救うために来たのです。」」(ルカ19:5、10)

2.私のために死なれた羊飼い

 「わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。」(10:11)

 「すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、ただ、神の恵みによ

 り、キリストイエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。」

ローマ3:24)

 「キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした。・・・そし  

 て自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。あなたがたは、羊のようにさまよっていましたが、今は、自分のたましいの牧者であり監督者である方のもとに帰ったのです。」(?ペテロ2:22、24、25)

3.私を永遠に導かれる羊飼い

 「わたしの羊はわたしの声を聞き分けます。またわたしは彼らを知っています。そして彼らは 

 わたしについて来ます。わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。彼らは決して滅びることがなく、また、だれもわたしの手から彼らを奪い去るようなことはありません。」

                     (ヨハネ10:27、28)

「たとい主があなたがたに、乏しいパンとわずかな水とを賜っても、あなたの教師はもう隠れることなく、あなたの目はあなたの教師を見続けよう。あなたが右に行くにも左に行くにも、あなたの耳はうしろから「これが道だ。これに歩め」と言うことばを聞く。」 

 (イザヤ30:19〜21)

「あなたを贖う主、イスラエルの聖なる方はこう仰せられる。「わたしは、あなたの神、主である。わたしは、あなたに益になることを教え、あなたの歩むべき道にあなたを導く。あなたがわたしの命令に耳を傾けさえすれば、あなたのしあわせは川のように、あなたの正義は海の波のようになるであろうに。あなたの子孫は砂のように、あなたの身から出る者は、真砂のようになるであろうに。その名はわたしの前から断たれることも、滅ぼされることもないであろうに。」」(イザヤ48:17〜19)

10.8.15 日曜日礼拝メッセージ

13:58

「エペソでの伝道」(使徒19:1〜7)

1.聖霊に満たされる人生

 「アポロコリントにいた間に、パウロは奥地を通ってエペソに来た。そして幾人かの弟子に出会って、「信じたとき、聖霊を受けましたか」と尋ねると、彼らは、「いいえ、聖霊の与えられることは、聞きもしませんでした」と答えた。・・・パウロが彼らの上に手を置いたとき、聖霊が彼らに臨まれ、彼らは異言を語ったり、預言をしたりした。その人々は十二人ほどであった。」(19:1、2、6、7)

「また、酒に酔ってはいけません。そこには放蕩があるからです。御霊に満たされなさい。詩と賛美と霊の歌とをもって、互いに語り、主に向かって、心から歌い、また賛美しなさい。いつでも、すべてのことについて、私たちの主イエス・キリストの名によって父なる神に感謝しなさい。キリストを恐れ尊んで、互いに従いなさい。」(エペソ5:18〜21)

2.御言葉を聞く人生

 「それから、パウロは会堂に入って、三か月の間大胆に語り、神の国について論じて、彼らを説得しようと努めた。しかし、ある者たちが心をかたくなにして聞き入れず、会衆の前で、この道をののしったので、パウロは彼らから身を引き、弟子たちをも退かせて、毎日ツラノの講堂で論じた。これが二年の間続いたので、アジヤに住む者はみな、ユダヤ人もギリシヤ人も主のことばを聞いた。」(19:8〜10)

 「彼らはアムピポリスとアポロニヤを通って、テサロニケへ行った。・・・パウロはいつもしているように、会堂に入って行って、三つの安息日にわたり、聖書に基づいて彼らと論じた。・・・彼らのうちの幾人かはよくわかって、パウロとシラスに従った。・・・ここのユダヤ人は、テサロニケにいる者たちよりも良い人たちで、非常に熱心にみことばを聞き、はたしてそのとおりかどうかと毎日聖書を調べた。そのため、彼らのうちの多くの者が信仰に入った。」

使徒17:11、12)

3.悔い改めの人生

 「このことがエペソに住むユダヤ人とギリシヤ人の全部に知れ渡ったので、みな恐れを感じて、

イエスの御名をあがめるようになった。そして、信仰に入った人たちの中から多くの者がやって来て、自分たちのしていることをさらけ出して告白した。また魔術を行っていた多くの者が、その書物をかかえて来て、みなの前で焼き捨てた。その値段を合計してみると、銀貨五万枚になった。こうして、主のことばは驚くほど広まり、ますます力強くなって行った。」

                                (19:17〜20)

「その教えとは、あなたがたの以前の生活について言うならば、人を欺く情欲によって滅びて行

 く古い人を脱ぎ捨てるべきこと、またあなたがたが心の霊において新しくされ、真理に基づく 

 義と聖をもって神にかたどり造り出された、新しい人を身に着るべきことでした。」(エペソ4:22〜24)

                               

2010-08-02

10.8.1 日曜日礼拝メッセージ

13:23

エルサレム会議」(使徒15:1〜11)

1.私達は律法を守ることによっては救われない

 「さて、ある人々がユダヤから下って来て、兄弟たちに、「モーセの慣習に従って割礼を受けなければ、あなたがたは救われない」と教えていた。」(15:1)

「さて、私たちは、律法の言うことはみな、律法の下にある人々に対して言われていることを知っています。それは、すべての口がふさがれて、全世界が神のさばきに服するためです。なぜなら、律法を行うことによっては、だれひとり神の前に義と認められないからです。律法によっては、かえって罪の意識が生じるのです。」(ローマ3:19、20)

2.私達は信仰によって救われる

 「しかし、今は律法とは別に、しかも律法と預言者によってあかしされて、神の義が示されました。すなわち、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、それはすべての信じる人に与えられ、何の差別もありません。すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、ただ、神の恵みにより、キリストイエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。」(ローマ3:21〜24)

 「そして、人の心の中を知っておられる神は、私たちに与えられたと同じように異邦人にも聖霊を与えて、彼らのためにあかしをし、私たちと彼らとに何の差別もつけず、彼らの心を信仰によってきよめてくださったのです。それなのに、なぜ、今あなたがたは、私たちの父祖たちも負いきれなかったくびきを、あの弟子たちの首に掛けて、神を試みようとするのです。私たちが主イエスの恵みによって救われたことを私たちは信じますが、あの人たちもそうなのです。」(15:8〜11)

3.キリスト、御霊は律法を成就する

 「わたしが来たのは律法や預言者を廃棄するためだと思ってはなりません。廃棄するためにではなく、成就するために来たのです。」(マタイ5:17)

 「それは、肉に従って歩まず、御霊に従って歩む私たちの中に、律法の要求が全うされるためです。」(ローマ8:4)

 「しかし私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が肉にあって生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。私は神の恵みを無にはしません。もし義が律法によって得られるとしたら、それこそキリストの死は無意味です。」(ガラテヤ2:19〜21)

10.7.25 日曜日礼拝メッセージ

13:24

「伝道旅行に出かける」(使徒13:1〜3)

1.神を愛する

 「さて、アンテオケには、そこにある教会に、バルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、クレネ人ルキオ、国主ヘロデの乳兄弟マナエン、サウロなどという預言者や教師がいた。彼らが主を礼拝し、」(13:1、2)

 「イエスは彼女に言われた。「わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが父を礼拝するのは、この山でもなく、エルサレムでもない、そういう時が来ます。・・・しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。」(ヨハネ4:21、23)

「心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。」(マタイ22:37)

「私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです。」(?ヨハネ4:19)

2.兄弟姉妹を愛する

 「彼らが主を礼拝し、断食をしていると、聖霊が、「バルナバとサウロをわたしのために聖別して、わたしが召した任務につかせなさい」と言われた。そこで彼らは、断食と祈りをして、ふたりの上に手を置いてから、送り出した。」(13:2、3)

 「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」(マタイ22:39)

 「あなたがたに新しい戒めを与えましょう。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。」(ヨハネ13:34)

3.未信者を愛する

 「ふたりは聖霊に遣わされて、セルキヤに下り、そこから船でキプロスに渡った。サラミスに着くと、ユダヤ人の諸会堂で神のことばを宣べ始めた。彼らはヨハネを助手として連れていた。」(13:4、5)

 「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。」(マルコ16:15)

 「・・・なぜなら、主は私たちに、こう命じておられるからです。『わたしはあなたを立てて、異邦人の光とした。あなたが地の果てまでも救いをもたらすためである。』」(13:47)

 「わたしはおまえたちの時代に一つのことをする。それは、おまえたちに、どんなに説明しても、とうてい信じられないほどのことである。」(13:41)

10.7.18 日曜日礼拝メッセージ

17:58

「アンテオケ教会」(使徒11:19〜26)

1.「祈り」による新しい御業

 「「私がヨッパの町で祈っていると、うっとりと夢ごこちになり、幻を見ました。四隅をつり下げられた大きな敷布のような入れ物が天から降りて来て、私のところに届いたのです。その中をよく見ると、地の四つ足の獣、野獣、はうもの、空の鳥などが見えました。そして、『ペテロ。さあ、ほふって食べなさい』と言う声を聞きました。しかし私は、『主よ。それはできません。私はまだ一度も、きよくない物や汚れた物を食べたことがありません』と言いました。すると、もう一度天から声がして、『神がきよめた物を、きよくないと言ってはならない』というお答えがありました。・・・」」(11:4〜10)

 「エレミヤがまだ監視の庭に閉じ込められていたとき、再びエレミヤに次のような主のことばがあった。「地を造られた主、それを形造って確立させた主、その名は主である方がこう言われる。わたしを呼べ。そうすれば、わたしは、あなたに答え、あなたの知らない、理解を越えた大いなる事を、あなたに告げよう。・・・」」(エレミヤ33:1〜3)

2.「御霊」による新しい御業

 「・・・すると、どうでしょう。ちょうどそのとき、カイザリヤから私のところへ使わされた三人の人が、私たちのいた家の前に来ていました。そして御霊は私に、ためらわずにその人たちといっしょに行くように、と言われました。そこで、六人の兄弟たちも私に同行して、私たちはその人の家に入って行きました。・・・そこで私が話し始めていると、聖霊が、あの最初のとき私たちにお下りになったと同じように、彼らの上にもお下りになったのです。私はそのとき、主が、『ヨハネは水でバプテスマを授けたが、あなたがたは、聖霊によってバプテスマを授けられる』と言われたみことばを思い起こしました。こういうわけですから、私たちが主イエス・キリストを信じたとき、神が私たちに下さったのと同じ賜物を、彼らにもお授けになったのなら、どうして私などが神のなさることを妨げることができましょう。」(11:11〜17)

 「神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです。」(ローマ8:14)

3.「宣教」による新しい御業

 「さて、ステパノのことから起こった迫害によって散らされた人々は、フェニキアキプロス、アンテオケまでも進んで行ったが、ユダヤ人以外の者にはだれにも、みことばを語らなかった。ところが、その中にキプロス人とクレネ人が幾人かいて、アンテオケに来てからはギリシヤ人にも語りかけ、主イエスのことを宣べ伝えた。そして、主の御手が彼らとともにあったので、大ぜいの人が信じて主に立ち返った。」(11:19〜21)

 「私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。」(ローマ1:16)

10.6.27 日曜日礼拝メッセージ

13:21

「ピリポの宣教」(使徒8:26〜40)

1.生きるとは礼拝とデボーションをすること

 「すると、そこに、エチオピヤ人の女王カンダケの高官で、女王の財産全部を管理していた宦官のエチオピヤ人がいた。彼は礼拝のためエルサレムに上り、いま帰る途中であった。彼は馬車に乗って、預言者イザヤの書を読んでいた。」(8:27、28)

 「私は一つのことを主に願った。私はそれを求めている。私のいのちの日の限り、主の家に住むことを。主の麗しさを仰ぎ見、その宮で、思いにふける、そのために。」(詩篇27:4)

 「イエスは答えて言われた。「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる』と書いてある。」(マタイ4:4)

2.生きるとは指導者と御霊に導かれること

 「御霊がピリポに「近寄って、あの馬車といっしょに行きなさい」と言われた。そこでピリポが走って行くと、預言者イザヤの書を読んでいるのが聞こえたので、「あなたは、読んでいることが、わかりますか」と言った。すると、その人は、「導く人がなければ、どうしてわかりましょう」と言った。そして、馬車に乗っていっしょにすわるように、ピリポに頼んだ。」(8:29〜31)

 「あなたがたの指導者たちの言うことを聞き、また服従しなさい。この人々は神に弁明する者であって、あなたがたのたましいのために見張りをしているのです。」(ヘブル13:17)

 「神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです。」(ローマ8:14)

3.生きるとは福音を宣べ伝えること

 「サウロは、ステパノを殺すことに賛成していた。その日、エルサレムの教会に対する激しい迫害が起こり、使徒たち以外の者はみな、ユダヤとサマリヤの諸地方に散らされた。・・・他方、散らされた人たちは、みことばを宣べながら、巡り歩いた。ピリポはサマリヤの町に下って行き、人々にキリストを宣べ伝えた。」(8:1、4、5)

 「宦官はピリポに向かって言った。「預言者はだれについて、こう言っているのですか。どうか教えてください。自分についてですか。それとも、だれかほかの人についてですか。」ピリポは日を開き、この聖句から始めて、イエスのことを彼に宣べ伝えた。」(8:34、35)

 「水から上がって来たとき、主の霊がピリポを連れ去られたので、宦官はそれから後彼を見なかったが、喜びながら帰って行った。それから、ピリポはアゾトに現れ、すべての町々を通って福音を宣べ伝え、カイザリヤに行った。」(8:39、40)

2010-06-24

6月13日の礼拝メッセージ

16:42

「捕らえられた使徒達」(使徒5:12〜20)

1.兄弟姉妹があなたを助ける

 「また、使徒たちの手によって、多くのしるしと不思議なわざが人々の間で行われた。みなは一つ心になってソロモンの廊にいた。」(5:12)

 「釈放されたふたりは、仲間のところへ行き、祭司長たちや長老たちが彼らに言ったことを残らず報告した。これを聞いた人々はみな、心を一つにして、神に向かい、声を上げて言った。・・・「・・・主よ。いま彼らの脅かしをご覧になり、あなたのしもべたちにみことばを大胆に語らせてください。・・・」彼らがこう祈ると、その集まっていた場所が震い動き、一同は聖霊に満たされ、神のことばを大胆に語りだした。」(4:23、24、29、31)

 「こうしてペテロは牢に閉じ込められていた。教会は彼のために、神に熱心に祈り続けていた。」(12:5)

2.神ご自身があなたを助ける

 「そこで、大祭司とその仲間たち全部、すなわちサドカイ派の者はみな、ねたみに燃えて立ち上がり、使徒たちを捕らえ、留置場に入れた。ところが、夜、主の使いが牢の戸を開き、彼らを連れ出し、「行って宮の中に立ち、人々にこのいのちのことばを、ことごとく語りなさい」と言った。」(5:17〜20)

 「ところでヘロデが彼を引き出そうとしていた日の前夜、ペテロは二本の鎖につながれてふたりの兵士の間で寝ており、戸口には番兵たちが牢を監視していた。すると突然、主の御使いが現れ、光が牢を照らした。御使いはペテロのわき腹をたたいて彼を起こし、「急いで立ち上がりなさい」と言った。すると、鎖が彼の手から落ちた。」(12:6、7)

3.赤の他人があなたを助ける

 「彼らはこれを聞いて怒り狂い、使徒たちを殺そうと計った。ところが、すべての人に尊敬されている律法学者で、ガマリエルというパリサイ人が議会の中に立ち、使徒たちをしばらく外に出させるように命じた。それから、議員たちに向かってこう言った。「イスラエルの皆さん、この人々をどう扱うか、よく気をつけてください。・・・」彼らは彼に説得され、使徒たちを呼んで、彼らをむちで打ち、イエスの名によって語ってはならないと言い渡したうえで釈放した。」(5:33〜35、39、40)

 「さて、私たちが船でイタリヤに行くことが決まったとき、パウロと、ほかの数人の囚人は、ユリアスという親衛隊の百人隊長に引き渡された。私たちは、アジアの沿岸の各地に寄港して行くアドラミテオの船に乗り込んで出帆した。テサロニケのマケドニヤ人アリスタルコも同行した。翌日、シドンに入港した。ユリアスはパウロを親切に取り扱い、友人たちのところへ行って、もてなしを受けることを許した。」(27:1〜3)

5月30日の礼拝メッセージ

16:39

ペテロの宣教」(使徒3:1〜8)

1.すべてのマイナスは神の栄光のため

 「すると、生まれつき足のなえた人が運ばれて来た。」(3:1)

 「またイエスは道の途中で、生まれつきの盲人を見られた。弟子たちは彼についてイエスに質問して言った。「先生。彼が盲目に生まれついたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか。その両親ですか。」イエスは答えられた。「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神のわざがこの人に現れるためです。」」(ヨハネ9:1〜3)

 「このことについては、これを私から去らせてくださるようにと、三度も主に願いました。し

  かし主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうち

  に完全に現れるからである」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおお

  うために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。」(コリント12:9)

2.私達は皆キリストと同じ姿に変えられる

 「そして、このイエスの御名が、その御名を信じる信仰のゆえに、あなたがたがいま見ており知っているこの人を強くしたのです。イエスによって与えられる信仰が、この人を皆さんの目の前で完全なからだにしたのです。」(3:16)

 「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。なぜなら、神は、あらかじめ知っておられる人々を、御子のかたちと同じ姿にあらかじめ定められたからです。」

ローマ8:28、29)

3.ただ神を賛美する者に

 「彼は、ペテロヨハネが宮に入ろうとするのを見て、施しを求めた。・・・すると、ペテロは、「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい」と言って、彼の右手を取って立たせた。するとたちまち、彼の足とくるぶしが強くなり、おどり上がってまっすぐに立ち、歩きだした。そして歩いたり、はねたりしながら、神を賛美しつつ、ふたりといっしょに宮に入って行った。」(3:3、6〜8)

 「私たちは、非常に激しい、耐えられないほどの圧迫を受け、ついにいのちさえも危くなり、ほんとうに、自分の心の中で死を覚悟しました。これは、もはや自分自身を頼まず、死者をよみがえらせてくださる神により頼む者となるためでした。ところが神は、これほどの大きな死の危険から、私たちを救い出してくださいました。」(コリント1:8〜10)

 「私はあなたのうわさを耳で聞いていました。しかし、今、この目であなたを見ました。」(ヨブ記42:5)

5月23日の礼拝メッセージ

16:36

聖霊降臨」(使徒2:1〜4)

1.聖霊は御言葉を教えて下さる。

 「これは、預言者ヨエルによって語られたことです。「神は言われる。終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。」(2:16、17)

 「ダビデはこの方について、こう言っています。「私はいつも、自分の目の前に主を見ていた。主は、私が動かされないように、私の右におられるからである。それゆえ、私の心は楽しみ、私の舌は大いに喜んだ。さらに私の肉体も望みの中に安らう。」(2:25、26)

 「しかし、その方、すなわち真理の御霊が来ると、あなたがたをすべての真理に導き入れます。」(ヨハネ16:13)

2.聖霊は人々を救って下さる。

 「ペテロは、このほかにも多くのことばをもって、あかしをし、「この曲がった時代から救われなさい」と言って彼らに勧めた。そこで、彼のことばを受け入れた者は、バプテスマを受けた。その日、三千人ほどが弟子に加えられた。」(2:40、41)

 「その方が来ると、罪について、義について、さばきについて、世にその誤りを認めさせます。罪についてというのは、彼らが私を信じないからです。また、義についてというのは、私が父のもとに行き、あなたがたがもはやわたしを見なくなるからです。さばきについてとは、この世を支配する者がさばかれたからです。」(ヨハネ16:8〜11)

3.聖霊は教会を建て上げて下さる。

 「そして、彼らは使徒たちの教えを堅く守り、交わりをし、パンを裂き、祈りをしていた。・・・信者となった者たちはみないっしょにいて、いっさいの物を共有にしていた。・・・そして毎日、心を一つにして宮に集まり、家でパンを裂き、喜びと真心をもって食事をともにし、神を賛美し、すべての民に好意を持たれた。主も毎日救われる人々を仲間に加えてくださった。」(2:42、44、46、47)                            

 「それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。」(マタイ28:19、20)

「あなたがたに新しい戒めを与えましょう。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。もし互いの間に愛があるなら、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。」(ヨハネ13:34、35)