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Ideology Japan(英語ブログ)
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2005-06-29

調査する者とされる者の終わらない関係 第3回 対話は続く?


この連載では、まず、スケッグスが自らの姿を調査の中に位置づけようとしていることを見ました。このことは伝統的な立場からは問題であるとされる可能性がありますが、「フェミニストの視点」理論を紹介することを通して、僕は彼女の試みの正当性を支持しようとしました。「フェミニストの視点」理論は、存在論と認識論の橋渡しをする限りにおいて有用なものでした。しかし、初期の理論家たちが存在のあり方の多様性を軽視していたために、この理論は調査者と被調査者の関係を説明するには不満足なものでした。私たちは、スケッグスは自分と調査対象の女性たちとの差異に敏感であったことを見ました。彼女にとって、両者の関係は弁証法的なものでした。スケッグスは女性たちとの交流を通して絶えず自らの研究を見直しました。しかし、女性たちの生をいかに解釈するかということにおいて意見の相違が生じた場合には、最終的な決定権を握っていたのはスケッグスでした。

さて、結局のところ、この調査は成功だったと言えるでしょうか? 僕の見立てでは、本の内容だけからはそれを判断できないのではないかと思います。既に見たように、スケッグスは調査者と被調査者の関係を弁証法的なものだと見なしていました。しかしながら、弁証法のプロセスはまだ完了していないのではないでしょうか? 弁証法の枠組みでは、異なる要素の間の矛盾は制約とは見なされません。それはより高い次元への変化の源となります。調査対象の女性たちが自分たちから自らの階級的位置を切り離そうとしていたことと、スケッグスの「階級は[調査対象の]若い女性たちの主体性の中心にあった」*1という解釈の間には矛盾があります。だとしたら、本の出版は弁証法的なプロセスの完成を意味しないのではないでしょうか? この矛盾がどのように昇華されるかは、スケッグスと女性たちとの対話が続いていくことにかかっているのではないでしょうか?

スケッグスはこう書いています:「私は若い女性たちに[草稿の]章や論文を渡すことによって、女性たちに調査を説明できる(accountable)ようにしようとした」*2。しかし、女性たちの反応は「何を言ってるのか意味不明」*3というものでした。これは一つには、スケッグスの文章に問題があると思われます。彼女の文章は、はっきり言って難しいです(汗)。これはある書評でも指摘されています。*4まあ結局のところ、彼女は学者向けに書いていたわけです。「私が語りかけていた読者は、私の仕事を若い女性たちにとってアクセス不可能なものにしてしまうような言語を要求していた」*5(←この文自体が難解ですね。。。)と彼女は認めています。

スケッグスは被調査者と「弁証法的な関係」をもっているのだと言います。しかし、言語的な障壁の存在は、そのような関係を自動的に与えられるものであるとは考えることができない、ということを意味します。彼女は、書き言葉であれ、話し言葉であれ、学術研究の結果をより容易に獲得できるようにするような新しい言葉を模索する必要があるでしょう。*6そのような言葉があって初めて、彼女は女性たちとの対話を継続できるはずです。女性たちがスケッグスの解釈にどのようなリアクションを示すかは興味深いものです。彼女たちは自分たちの生における階級の中心性を受け入れるのか、異議を唱えるのか? 対話の結果として、スケッグスの解釈は確認されるかもしれません。あるいは修正を余儀なくされるかもしれません。

ある調査が成功であるかどうかは、その出版からだけでは判断できないものです。出版は弁証法的なプロセスの一段階に過ぎません。対話はそこで終わらせるべきではありません。というわけで、社会調査が成功かどうかは調査者と被調査者のはてしなく続く関係のあり方による、というのがこの連載の結論です。って言うは易く、行うは難しやないかコラ! m9(^Д^)プギャー

*1:Skeggs, B. (1997) Formations of Class and Gender: Becoming Respectable, London: Sage, 74.

*2:Skeggs, B. (1994) ‘Situating the Production of Feminist Ethnography’, in Maynard, M. and Purvis, J. (eds.), Researching Women’s Lives from a Feminist Perspective, London: Taylor and Francis, 86

*3:ibid.

*4:Luttrell, W. (1999) ‘Formations of Class and Gender: Becoming Respectable, by Beverley Skeggs’ (a review), Contemporary Sociology, 28 (3), pp. 290-291.

*5:Skeggs, B. (1994) ‘Situating the Production of Feminist Ethnography’, in Maynard, M. and Purvis, J. (eds.), Researching Women’s Lives from a Feminist Perspective, London: Taylor and Francis, 86

*6:実際にやってるのかもしれませんが本には書いてありません。