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2007-07-26

「永遠の嘘をついてくれ」――「美しい国」と「無法者」の華麗なデュエット 前編

 『メメント』のあるシーンにおいて、主人公のレナード(ガイ・ピアーズ)は、自らの記憶障害についてモーテルのフロント係に説明する。

レナード:私には障害(コンディション)があるんだ。

フロント係:障害?

レナード:記憶がないんだよ。

フロント係:記憶喪失か?

レナード:いや、違う。短期記憶がないんだ。自分が誰なのかということはわかっているし、自分のことなら何でも知っている。だがケガを負って以来、新たには何も記憶することができないんだ。何もかもが消え果ててしまう。長く話しすぎると、話がどう始まったのか忘れてしまう。私たち[=ピアーズとフロント係]が前に会ったことがあるかどうかもわからないし、次に会ってもこの会話は覚えていないだろう。だから私がヘンに見えたり無礼だったりしたら、それはたぶん……。

[レナードはフロント係が珍虫を見るように彼を凝視していることに気づく。]

レナード:前にも君にこの話をしたんだね?

フロント係:[うなづいて]からかうつもりはないんだが。あんまりにも奇妙なもんで。俺のことを全く覚えていないのか? 何度も話したことがあるんだぜ。*1

メメント [DVD]

メメント [DVD]

「ケガ」とは、妻と共に暴漢に襲われた時のものである。妻は死に、レナードはそれ以来、新たな出来事を記憶することができなくなってしまった。と彼は記憶している。

 彼は復讐にとりつかれている。犯人を探し出し、殺す――彼はただそのためだけに生きている。しかし記憶力を失った彼に、いかにしてそれが可能だろうか? 犯人についての情報を手に入れても、あっという間に忘れてしまうのだ。

 レナードは、失った記憶力を代替する「システム」を作り上げている。ポラロイドカメラや自分宛のメモ、さらにはタトゥーなどである。彼は、妻を殺した犯人を特定する手がかりを、体中に入れ墨していく。服を脱ぐと、彼は頭では覚えていることができない”THE FACTS”(事実)を確認することができる。

THE FACTS:


FACT 1: MALE(男性)

FACT 2: WHITE(白人)

FACT 3: FIRST NAME JOHN OR JAMES(ファーストネーム)

FACT 4: LAST NAME G______ (ラストネーム)

FACT 5: DRUG DEALER(麻薬業者)

Fact 6: car license number: SG1371U(車のナンバー)


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 日本の歴史修正主義者たちが先日『ワシントンポスト』に出した意見広告のデザインは、あたかもこのレナードの身体を模倣したかのようである。”THE FACTS”(事実)と題されたこの広告には、FACT 1からFACT 5までの、慰安婦制度に対する国家関与と強制を否定する「事実」が列挙されている。

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http://nishimura-voice.up.seesaa.net/image/thefact_070614.jpg (←より大きな画像)

http://dj19.blog86.fc2.com/blog-entry-83.html (←テキスト)

 この意見広告は、フロイトが分析したヤカンについての小咄と似た構造をしている。AはBから銅のヤカンを借りる。ところがAが借りたヤカンを返した時には、ヤカンには大きな穴が開いてしまっている。Bの非難に対して、Aは弁解する。

まず第一に、俺はBからヤカンを借りてない。第二に、Bからヤカンを渡された時には既に穴が開いていた。第三に、ヤカンは全く無傷の状態でBに返した。*2

この三つの弁解は、それぞれ別々に見れば、Bの非難に対する反論として妥当なものだ。問題は、これらの弁解がお互いに否定し合っているということだ。Aの三つの反論が同時に成り立つことはない。Aは自らが潔白である理由を列挙していくうちに、墓穴を掘っていくのだ。

 『イラク』において、ジジェクはアメリカのイラク侵攻のいくつもの口実の相互矛盾をこのヤカンの小咄になぞらえて分析している。*3上の意見広告の「事実」の羅列もまた、同じ執筆者によることを疑いたくなるほど奇妙なものだ。

FACT 1-1:日本軍によって女性たちが売春を意思に反して強制されたことを示す史料は発見されていない。

FACT 1-2:軍の名を騙って募集を行った者は処罰されたことを示す史料がある。


FACT 2:女性たちに意思に反して慰安婦となることを強制した者は処罰された。これは日本政府が女性に対する非人道的な犯罪に厳しく対処した証拠だ。


FACT 3:ある軍の部隊がオランダ人女性を狩り集めて強制的に「慰安所」で働かせたが、これが明らかになると軍の命令で慰安所は閉鎖され、責任ある将校は処罰された。


FACT 4-1:元慰安婦は最初はブローカーに連行されたと証言していた。

FACT 4-2:反日キャンペーンが始まってから、彼女たちは誘拐犯が警官の制服のような格好をしていたと言うようになった。


FACT 5-1:日本軍に従軍していた慰安婦たちは、「性奴隷」ではない。

FACT 5-2:彼女たちは、当時は世界的に一般的だった認可制売春制度の下で働いていた。

FACT 5-3:彼女たちの待遇はよかったという多くの証言がある。

FACT 5-4:彼女たちに対する暴力について、兵士たちが処罰されたことを示す記録がある。


[以上は直接引用ではなく僕の独断的な要約です。]

それぞれの「事実」を個別に見れば、日本軍の責任を回避するために役立つかもしれない。「事実」が事実なのであれば。しかし、ここに並べられた「事実」は、反論を待つまでもなく既にお互いに打ち消し合っている。ここに積み上げられた「事実」は、同時に成立しえないからだ。たとえば、軍は関与していないという「事実」と女性たちを強制連行した軍関係者は処罰されたという「事実」を併記することによって、彼らは何を言おうとしているんだろうか?

(↓ネタバレ注意報:『メメント』『ア・フュー・グッドメン』)

 僕は別に、「ヤカンの小咄」のような論理破綻それ自体をあげつらいたいのではない。ついこの前書いた 「「努力が報われる社会」にNO!」という文章でも、ちろるさんという人の次の言葉を共感的に引用した。

私は「野宿者は怠け者だ」という人に二つの言い分で言い返したいです。一つは、いや、怠け者じゃないです、と。仕事がないし、一般の労働市場からはじかれてしまっているのだ、と。あともう一つは、じゃあ、逆に怠け者で何が悪いの? といいたくて。野宿でそんなに悪いのって。……皆、野宿に至った経緯は、大きな問題で言えば、労働市場からはじき出されたというのがあると思うのだけれど、じゃあ今、労働市場に喜び勇んで戻りたいかというと、そう思わないのが「自然だ」と。……怠け者でなにが悪いのって。わたしはそっちを言いたくて。そんなに働くことがいいのかって。*4

我々は日常生活でも、投げかけられる問いに全て真面目に答えたりはしない。たとえば「何歳ですか?」と聞いて「3846328歳です」という答が返ってきたら、それは「そんな質問には答えたくない」という意味かもしれない。ちろるさんの反駁も、同じように理解すべきだと思う。彼女は、「野宿者は怠け者だ」という非難に対して表面的には矛盾した二つの「言い分」を並べてみせることで、怠けるのは悪いことだ、という前提自体を根源的に批判している。また「労働市場からはじかれてしまっている」ということと今の労働市場に積極的に復帰したいとは思わないのが自然だということを同時に言うことで、アリバイ的な「雇用機会」によって隠蔽された社会的排除を告発しているのだ(と僕は勝手に解釈した)。そしてそのレベルで見れば、ここには何の論理破綻もない。

 論理破綻はそれ自体では悪いことであるとは限らない。上の意見広告も、論理破綻によって何を語ろうとしているのかということを考えてみるべきだと思う。さらに言えば、事実を歪曲したり捏造したりすることも必ずしも悪いことではないし、逆に事実を究明することが常に良いことだとも限らない。これについては以前 「学歴詐称事件と「反学校の倫理」」で書きました。問題は事実なり嘘なりによって何をするかということだ。

 たとえば、『ドラえもん』の「世の中うそだらけ」は、こんな話だ。*5100円のアイスと50円のアイスを一つずつ買ったのび太は、ジャイアンに出くわす。

ジャイアンはアイスを買いに行くのが面倒なので、50円を渡してのび太が買ってきたアイスを奪うわけだが、その50円を持って「またひとつ買ってこなくちゃ」と心底良い奴ののび太を呼び止め、「やはり百円のにする」と先ほどの50円アイスと交換。しかし、差額分の50円を払わずに、なんと「どうして?」と言い放つ。

ここからジャイアンが披露するのが有名な詭弁術だ。

つまり、

「はじめに五十円払ったな。今五十円のアイスわたしたな」

そしてコレ

ジャイアン:50円と50円あわせていくら?


のび太:ちょうど100円!


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[僕はこのエピソードの実物を(たぶん)読んでません。上記は↓のリンク先からの引用です。]

http://hendora.com/hendora/hendora09/hendora9.htm

ドラえもん (9) (てんとう虫コミックス)

ドラえもん (9) (てんとう虫コミックス)

こうして、のび太はジャイアンに「騙される」。僕は何年か前にこのネタを2ちゃんねるか何かで見たけれども、つい数日前まで、ジャイアンの理屈のどこがおかしいのかということがわからなかった。けど、どうおかしいのかということはわからなくても、とりあえずそれがおかしいということはすぐにわかった。

 もしのび太がバカで、ジャイアンが詭弁家であるということが問題なのだとしたら、論理学の専門家でも呼んできて、ジャイアンの理屈がどう破綻しているのか解説してもらえばいいだろう。だが、『ドラえもん』のファンであれば誰もが知っているように、問題はそのレベルにはない。問題は、ジャイアンが詭弁を押し通す暴力をもっているということだ。だから、ジャイアンの言葉の内容自体にはあまり意味がない。そうではなくて、彼がここで言おうとしているのは、「俺のこんなにデタラメな屁理屈にもお前は屈服しなければならない。わかったらさっさとアイスをよこせ」ということである。で、のび太の方は、「騙される」ことによって「私はあなたの暴力に屈服するしかないので、バカを演じさせていただきます」とジャイアンに伝えているのだ。分析されるべきなのはこのレベルだ。

 我々は、『ワシントンポスト』への意見広告主の「無知」にあきれる。彼らの行動が、かえってアメリカ議会の反感を招いたことを指摘して、彼らの行動の合理性を疑う。彼らが「国辱的」であるとして批判するブログも少なくない。*6

 だが彼らは、ただ「無知」なのだろうか? ただ間違っているのだろうか? あるいは、彼らと彼らの支持者との関係は、「騙す者」と「騙される者」の関係なんだろうか? 「事実」に対してどれだけ証拠をつきつけても、彼らは「もぐら叩き」のように新たな「事実」をでっち上げ続けるだろう。これは南京大虐殺についても、朝鮮半島からの強制連行についても、沖縄の「集団自決」についても、同じように繰り返されてきたことだ。彼らは、能動的に「無知」であることを選んでいる。証拠が出てくるたびに、「無知」であり続けようと積極的に粘り強い努力をしている。数十人の政治家や知識人によって署名された今回の意見広告に致命的な論理矛盾があることも、ただ彼らが愚かであるということで片付けるべきではない。愚かであるとしても、それは選択されたものである。彼らは、「無知」で不合理で国辱的である。しかしそれが、彼らなりの知性で合理性で愛国なのだとしたら?

 『メメント』もまた、積極的な忘却と「事実」の捏造の物語である。映画の終盤(物語内の時間軸では前半)において、彼は「テディ」という人物の協力を得て、ついに犯人を殺害する。ところがその直後、レナードは「テディ」に騙されていたことに気づく。麻薬業者から大金を奪うことを狙う「テディ」に利用されて、関係ない者を殺してしまったのだ。レナードの怒りを受けて、「テディ」はレナードが自身の「障害」(コンディション)を利用して「事実」を捏造していることを暴露する。彼の妻は事件後も生きていた。そして、「障害」を信じようとしない妻をレナード自身が殺害したというのだ。彼はその後、「生きる意味」を持つために妻が殺されたという記憶を捏造した……。この説明に納得しないレナードを前に、「テディ」はこれとは矛盾するような別の話を始める。レナードは、妻を殺した真犯人への復讐を一年以上前に遂げていたというのだ。ところが彼はそれをすぐに忘れてしまった。だから彼の「犯人探し」に協力し続けたのだと「テディ」は言い張る。

 衝撃を受けたレナードは、呆然としつつも、この話を忘れないうちに、急いで頭を整理しようとする。

(↓衝撃の「真相」に呆然とするレナード)

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(↓レナードの独白)

お前[=「テディ」]が語ったことを知りながら、俺は自分として生きていくことができるだろうか? お前が俺にやらせたことを俺は自分に忘れさせることができるだろうか? ……ハッピー(幸福)であるために、俺は自分に嘘をつくことができるだろうか? お前のことに関しては、答はイエスだ。


(意図的忘却と「事実」の捏造を決断するレナード)

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彼は、自分を利用した「テディ」のポラロイド写真の裏に「彼の嘘を信じるな」と書き込む。さらに、彼の車のナンバーを、犯人を特定する“FACT”の一つとしてタトゥーに加えることを決断し、自分宛てのメモを書く。かくして、今や彼にとって「テディ」が憎き犯人なのであり、彼が(再び)「復讐」を遂げるのも時間の問題だろう。*7彼の記憶障害自体が仮病であるのかどうかは映画からは明確にはわからないが、彼が積極的に誤ろうとしていることは確かだ。彼は誤った「事実」に振り回される受身の犠牲者ではない。むしろ彼は、「生きる意味」を維持するために能動的に「事実」を捏造していく。

(「彼[=「テディ」]の嘘を信じるな」)

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(「タトゥーせよ:FACT 6 CAR LICENSE SG13 71U」)

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 歴史修正主義者もまた「事実」を捏造する者たちである。彼らは、あったことをなかったことにする。事実を葬り去ろうとする。彼らはそうすることで、どのような「生きる意味」を維持しようとしているのだろうか?

 虐殺はなかった。人体実験は行っていない。慰安婦は自由意志で経済活動を行っていた。なぜこんなふうに強弁する必要があるんだろうか? ここでは、虐殺はよくない、ということが前提となっているのだろうか? もし虐殺が好ましくないことでないのだとしたら、特に否定する必要もないはずだ。仮にそれが嘘だとしても、「言わせておけばいい」ということになるだろう。少なくとも(修正主義者側からは)大きな政治問題であるとは意識されないことだろう。

 とすれば、歴史修正主義は歓迎されなければならないのかもしれない。少なくともウヨクが修正主義に走ることは容認されてもいいことになるかもしれない。それは、ウヨクまでもが反戦主義的価値観を常識として共有していることを示すからだ。歴史修正主義とは、平和主義の一種なんじゃないだろうか。

 虐殺は許されない。人体実験は正当化できない。拉致は犯罪である。こう思っている人々は、次の機会に虐殺をしたり容認したりする可能性が低いのではないか。むしろ怖いのは、歴史を直視するウヨクであるかもしれない。そうだ。我々は殺した。焼き払った。レイプした。囚人を使って化学兵器の研究を行った。拉致した。拷問した。そうだその通りだ。諸君、またやろうではないか。こんなことをウヨクが言い出したらそれこそ恐怖ではないだろうか? それに比べれば、修正主義は少なくともよりマシと言ってもいいのではないだろうか?*8

 しかし問題は、国家による蛮行には、たいてい否認がつきものだということだ。

 イラクのアブグレイブ刑務所での米軍による囚人虐待事件*9が2004年に明らかになったのは、米軍の内部調査が漏えいしたことがきっかけであった。この内部調査を行っていたのが、タグーバ将軍(当時)である。彼は上官の命令を受けて調査を行い、報告書にまとめた。いわゆるタグーバ・リポートだ。

 『New Yorker』誌の6月25日号において、シーモア・ハーシュはタグーバをはじめとする関係者への取材に基づいて、ラムズフェルド、ブッシュに及ぶアメリカ国家の無責任体制に迫っている。*10

 ハーシュは、タグーバの半生を紹介している。タグーバは、フィリピンからの移民として出発し、子ども時代には靴磨きや洗車をしていた。軍隊からの奨学金で大学を卒業し、入隊後にもさまざまな差別をくぐり抜け、ついには将軍の地位にまで登りつめた。ところが、アブグレイブ問題の調査という与えられた任務を遂行したために、彼の軍隊を舞台にした成り上がり物語には終止符が打たれることになる。

 なぜか。彼が見てはならないものを見てしまったからである。あるいは、見てはならないものを前にして、穏便に処理するという「お約束」に違反したからである。

 日本のウヨクが慰安所の存在をもはや否定しないように、アメリカ政府もアブグレイブでの惨劇自体を否定することはしない。彼らの公式見解は、これはアメリカのスタンダードから逸脱した少数の犯罪者による例外的な出来事であるというものだ。実際、事件に対するアメリカ当局の第一のリアクションは、「驚き」であった。2004年5月7日の議会での証言において、ラムズフェルド国防長官(当時)は手を広げて見せた。

なんて悲しいことでしょう。「待てよ。見てみろ。これはひどいぞ」と声を挙げる者が実際にいなかったなんて。我々は管理体制をなんとかしなければなりません。法的には問題なく手続きが進んでいたのです。問題だったのは、大統領も、皆さん(議会)も、私も知らなかったということです。そしてその結果として、誰かがただマスコミに秘密報告書を送ったのです。それで(事件が)明らかとなったわけです。

ラムズフェルドは、タグーバ・リポートが報道された時点では、まだリポートを目にしていなかったと言い張った。また、拷問写真についても、報道されるまではペンタゴンの誰も目にしていないはずだと主張した。ラムズフェルド自身は議会の証言前夜になってはじめて写真を見たという。

 今回のハーシュによるタグーバ将軍へのインタビューは、このような「驚き」が欺瞞に満ちたものであったことを明らかにしている。タグーバは、2004年の1月に調査を開始し、3月には組織的な拷問の実態をリポートにして提出していた。しかしペンタゴンは何らの対策を取ろうとも、事件を公表しようともしない。4月下旬になって何者かのリークにより、リポートとアブグレイブ事件はCBSと『New Yorker』にスクープされることになる。性的な辱めを含む拷問の様子を生々しく写した写真が報道された。

 5月7日の議会での証言の前夜、ラムズフェルドはタグーバを呼び出す。

 「これはこれは、あの有名なタグーバ将軍だ――例のタグーバ・リポートの!」。からかうような声で、ラムズフェルドは叫んだ。ミーティングには、ラムズフェルドの補佐官であるポール・ウォルフォビッツ、スティーブン・キャンボーン情報担当国防次官、統合参謀本部長のリチャード・マイヤーズ長官、陸軍参謀長のピーター・シューメーカー将軍、それにクレイドック[中将]らの将校が出席していた。それから3年近くたった今、タグーバはその瞬間を振り返って悲しげに言った。「私は彼らが知りたいのだと思っていた。彼らは当然知りたいのだと。私は状況がわかっていなかった」。

 ミーティングの中で、当局者たちはアブグレイブについての無知を告白した。ウォルフォビッツは「何が起こったのか教えてくれないか」と尋ねた。他の者は「それは虐待なのか、拷問なのか」と問うた。この時のことをタグーバは思い出す。

私は濡れた床に手錠を掛けられて横たわる拘留者の直腸の上に尋問者が物を積み上げて押し付けている様子を説明し、「これは虐待ではない。拷問だ」と言った。場が静まり返った。*7

 それでも、ラムズフェルドがまずこだわったのは、極秘のリポートがどうしてリークされたのかということだった。

 「[タグーバ]将軍、誰がリポートをリークしたのだと思うかね」と彼[=ラムズフェルド]は尋ねた。ひょっとしたら調査について知っている軍幹部がそうしたのかもしれないとタグーバは答えた。「ただの憶測だった。ラムズフェルドは何も言わなかった」と彼は言う(私[=リポートをスクープしたハーシュ]は2006年中盤までタグーバとは会っていない。彼のリポートは別のところから入手した)。ラムズフェルドはまた、必要な情報を与えられなかったことに不満を述べた。タグーバはラムズフェルドが次のように言うのを覚えている。

ああ、この私は他ならぬ国防長官だっていうのに、君のリポートを見てないのだからね。[拷問]写真も見ていないのに、明日は議会で証言してこれについて話さなきゃならないんだ。

ラムズフェルドは話しながら、「私[タグーバ]を見ていなかった。これは[双方向の会話ではなく一方通行の]陳述だった」とタグーバは言う。

前回、日本軍国主義の精神構造の特徴として、丸山眞男が「権限への逃避」を挙げていることを紹介した。これをもじって言えば、米軍上層部の態度には「無知への逃避」が見られると言えるだろう。しかもこれは、意図的な、積極的な「無知」である。タグーバの過ちは、「無知」を演出しあうゲームの最中に、ただ目に見えたことを素朴に報告したことであった。

 タグーバは、「永遠の嘘をついてくれ」という組織の暗黙の了解に違反したのだ。

「永遠の嘘をついてくれ」(中島みゆき)


D

(前略)

君よ 永遠の嘘をついてくれ

いつまでも 種明かしをしないでくれ

永遠の嘘をついてくれ 

一度は夢を 見せてくれた君じゃないか

傷ついたケモノたちは 最後の力で牙をむく

放っておいてくれと 最後の力で嘘をつく

嘘をつけ 永遠のさよならの代わりに

やりきれない事実の代わりに

たとえ繰り返し なぜと尋ねても

振り払え 風のように鮮やかに

人はみな 望む答えだけを

聞けるまで 尋ね続けてしまうものだから

君よ 永遠の嘘をついてくれ

いつまでも 種明かしをしないでくれ

永遠の嘘をついてくれ

出会わなければよかった人などないと 笑ってくれ*8

(↓同じ動画の予備リンク)

http://www.youtube.com/watch?v=TYklQO5jGH0

http://www.youtube.com/watch?v=oSI9Aa43ZtM&NR=1

http://www.youtube.com/watch?v=vlqJGvRT9Zg

(↓ニコニコ。ニコニコは登録しないと見れません。)

http://www.nicovideo.jp/watch/sm724312 ←画質良

http://www.nicovideo.jp/watch/sm76875

 「嘘をついてくれ」とはどういうことだろうか? 嘘は、嘘ではないと信じ込ませることに成功する限りにおいて機能するのではないのか? 嘘が嘘であることを認識している相手に嘘をつくことにどんな意味があるのか? たとえば、僕が合コンに行って「仕事? 自営業。USBメモリってあるでしょ? あれ、僕が発明したんだ。そしたら、黙ってても特許料が入ってくるようになっちゃってね。それ以来、仕事に対するモチベーションを維持するのが難しくってさ。今は半分ひきこもりみたいなもんだよ。まあ、USBメモリも趣味の延長で思わずできちゃったみたいなもんだから、そのうちまたなんかやりたいとは思ってるんだけどね。はっはっは。」と言い張ったとしよう。しかし、こんなこと言っても、誰も信じてくれないだろう。嘘は、単に内容が嘘であるだけでなく、自身が嘘であるということそれ自体について嘘をつくことに成功しなければならないのではないか? 嘘は、「真実」として偽装されてないと意味がないんじゃないだろうか?

 中島みゆきの「永遠の嘘」はしかし、そのような素朴な嘘ではなく、嘘であることが了解された嘘である。嘘は、嘘として相互に了解されつつ共有されうるのだ。「永遠の嘘」を共有する者は、「夢」や「望む答」が嘘であることを知っている。本当の意味で騙されている者なんてどこにもいないのに、まるで嘘として成立しているかのように誰もが振舞っていることこそが、「永遠の嘘」の嘘である。「永遠の嘘」は、それが嘘であるということ自体が嘘である。そしてそれは、「騙す者」と「騙される者」の合作だ。実際、我々を感動させる愛の物語の多くは、死や戦争や貧困といった厳しい現実を前にして、幸福な嘘を共同で演出しあう者たちの姿を描いている(たとえば『ビッグフィッシュ』とか『ライフイズビューティフル』とか『聖なる嘘つき』とか『雲出づるところ』とか)。合コンですぐにバレる嘘八百を並び立てても、「面白い人」としてさらに好感度が上がるかもしれない。ただし、これは既に相手が一定の好感を抱いていて、「永遠の嘘」に参加する意欲を持っている場合だけなので、非モテの諸君にはリスクが大きい。注意してください。

 だから嘘を批判するには、ただ嘘が嘘であることを暴露するだけでは不十分である。嘘が嘘であることは、騙す者も騙される者も先刻承知なのかもしれないからだ。そのような場合は、真実を暴露する者はただ「空気の読めない痛い奴」として処理されるだろう。クリスマスに胸を膨らませる子どもたちに、サンタクロースなんていないんだよと言って聞かせても、プレゼントを買い与える親の義務は免除されない。「永遠の嘘」の批判は、真実を暴露することではない。嘘に気づかないふりをする「お約束」が分析されなければならない。それは、「騙される」者、「無知」な者をも、「被害者」としてではなく「嘘」に参加する共犯者として捉えるということだ。

 ラムズフェルドがタグーバを呼び出したのは、議会での証言を控えて事実を知るためではなかった。「やりきれない事実」を暴いて「種明かし」をしてしまったタグーバ・リポートなど知らなかったという演出をするためだった。

「[よく言っても]ラムズフェルドは現実から目をそむけていた」とタグーバは言う。タグーバはそれまでに、ペンタゴンのいくつかのルートや(イラク戦争を指揮した)フロリダ州タンパの中央軍本部にリポートを何部も提出していた。ラムズフェルドの会議室に足を踏み入れるまでに、彼は数週間に渡って軍指導者にリポートについて説明していたが、シューメーカー将軍を除いて、その内だれからもリポートを実際に読んだということは示されなかった。(シューメーカーは後に誠実さとリーダーシップを賞賛するメモをタグーバに送った)。ある中将に[拷問]写真を見るようタグーバが促すと、中将はこう言って振り払った。

見ることによって関わりあいなりたくないんだ。写真に写っているものを知ってしまったら、その情報をどうすればいいと言うのだね。

 タグーバは、反逆者ではなかった。彼は、アブグレイブ事件について調査せよという命令に忠実に従っただけである。しかし彼の過ちは、その命令とセットになっていたはずの「永遠の嘘をついてくれ」という「お約束」を読み落としたか、無視したことであった。ダチョウ倶楽部のいじめネタで、「〜するなよ! 絶対にするなよ!」というメッセージの「真意」が「〜せよ」ということであり、逆もまた真なりであることは、いじめの傍観者である我々視聴者もあらかじめ了解している。表面上の禁止が実は誘惑であることを承知しているので、傍観者は次に起こることを期待して嗜虐心をたぎらせるのだ。

 タグーバは、この「お約束」ではなく、オモテの命令の方にストレートに従ってしまった。タグーバの忠誠こそが、彼の反逆であったのだ。リチャード・アルミテージら何人かの軍関係者は、タグーバの優秀さや倫理性をハーシュの取材に対して証言している。だがタグーバ・リポートがスキャンダルとして報道されるや、軍や政府にとっては事件よりもむしろタグーバの方が「問題」となってしまった。

彼のリポートが公になって数週間後、まだクエートにいたタグーバは、アビザイド[中央軍司令官]と共にメルセデスのセダンの後部座席に乗っていた。アビザイドの運転手と、ボディガードでもある通訳は、前に座っていた。アビザイドはタグーバの方を向いて、静かに警告した。「お前とお前のリポートは調査されることになるぞ」。

 「彼の言葉に腹は立たなかったが、彼がそんなことを私に言ったということに落胆した」とタグーバは言う。「その時には陸軍に在籍して32年も経っていたが、マフィアの組織にいるのかと思ったのはそれが初めてだった」。

[リポート発覚後しばらくして]タグーバはペンタゴンのアスレチック・センターで、ラムズフェルドと、その上級広報補佐官の一人であるローレンス・ディ・リータに出くわす。タグーバは運動を終えて服を着ているところだった。「私は靴紐を結んでいた」とタグーバは思い出す。「見上げると、彼らがいたんだ」。ラムズフェルドは、ロッカーに服を入れようとしていたが、タグーバに気づくと、「やあ、将軍」と言った。ラムズフェルドの隣に立っていたディ・リータは、皮肉っぽく、「ほら、君がおっぱじめたことを見てみろよ、将軍。君がおっぱじめたことをさ」と言った。

しかし、アメリカ軍内の階梯を32年かけて登ってきてこのとき初めて「落胆した」のだとしたら、タグーバ自身の「無知への逃避」も疑われるべきかもしれない。

 上層部のこのような「無知への逃避」を支えるのは、「無法者」たちの存在である。彼らは公的なタテマエから適度な「距離」を保ちつつ、時に「ダーティワーク」に手を染めていく。上層部は「無法者」に手を焼いている振りをしながら、彼らを野放しにしておく。「無法者」が暴れすぎると、「事件」が起きる。上層部は「事件」に驚いてみせ、「無法者」を「例外的な犯罪者」として「トカゲの尻尾きり」しようとする。「永遠の嘘」が危機にさらされるのは、このような「事件」の後始末においてである。「無法者」は、最後まで演出に協力して、犯罪者の汚名を受け入れるだろうか? それとも、「永遠の嘘」の歌を歌うことをやめて、上層部も地獄に道連れにしようとするだろうか?

 1990年7月のいわゆる「校門圧殺事件」に際して、教育制度の「永遠の嘘」はちょっとした危機を経験することになった。*9当時、神戸高塚高校では、遅刻した生徒を締め出すために、始業時間に鉄製の門扉(約230キログラム)を閉じるという指導を行っていた。この門扉が、閉門ギリギリに入ってきた生徒を圧殺する。

門扉を押した教諭(三九)が顛末書を県教委に提出していたことが、十八日わかった。当日の経過について、「期末考査の初日であるにもかかわらず、(生徒の登校が)かなり遅く、ハンドマイクで五分前から急ぐように再三再四、呼び続けました。」「そこで『三分前』『二分前』とカウントダウンし、「一分前になると『閉めるぞー』と声を出しながら校門のところまで駆け戻り」、「午前八時二十九分三十秒ごろに門扉を閉める体勢に入りました。前日、自分の腕時計を学校のチャイムに合わせていたので、時計を見ながら十秒前から、10、9、8……とカウントダウンを始め『5秒前、閉めるぞー』といって午前八時三十分、チャイムが鳴りはじめると同時に門扉を閉めました」と[教諭は]書いている。[読売(大阪)7・19]*10

結果として一人の生徒が頭蓋底を骨折して脳挫傷を起こし、間もなく死亡した。保坂展人の取材に、現場を目撃した生徒が答えている。

見た。目の前でみた。俺、彼女の二人位前だったから。門が開いているから大丈夫だと思ってたら、いきなりガーッと閉まり始めたんだ。あわてて、友だちと入った時に門は半分くらいは閉まってた。 後ろをパッと見たら、ガーンと挟まれとった。

――チャイムが鳴った瞬間のこと?

そう、鳴った瞬間に俺たちが入ったかどうかという時に門がしまったからな。彼女の右手が前に出ていたよな。立ったまま、体が斜めになって挟まれとった。あんなん閉め方したら、男だって死ぬな。

――それで、どうなったの。

声も何もあげんかった。そのままボテンと倒れたん。学校の外側に。俺、目の前だからびっくりして……。

――H教諭[=加害者の細井敏彦さん]はどうしてたの?

二十秒*11くらいは気づかなかったみたい。まわりにおった子らがワアワア騒いだんだ。『なんちゅうことしようんねん』とか『ムチャクチャすんな』とか言うてたら『誰がじゃ!』と怒鳴り返してきた。

――彼女の後ろに何人かいたの?

後ろに十何人おったな。彼女が挟まれて、門が一回開いた時に何人か中に入ったみたい。

――彼女の様子はどうだった?

もう即死かと思ったもんな。血がでてて、息吸うたびにボッボッって泡かなんかが割れるように口からも、耳からも出てた。すごい血の量だった。

 ちょっと前まで友だちと喋ってるの聞いとったからな。ショックだった。*12

 事件の瞬間については、証言者によって話が食い違う部分がある。ここでは、事件の「真相」に迫ることは目的にしない。注目したいのは、事件後の加害者らの弁解である。単に「遅刻指導」の是非や門扉を閉めるという手段の妥当性についてだけでなく、この事件は無責任一般について考える上でもとても興味深いものだ。たとえば、直接の加害者である細井敏彦元教諭の公判で、当時の校長は次のように証言している(校長は起訴されていない)。

――校門指導が行われる根拠は何ですか。これは校長の裁量だけでするものなのですか。

「もちろん先生の協力がないとできないことですけれど、少なくともある一つの方向づけをすると、それについてはしてくれるものというふうに理解していた」

――校長がもう校門指導をしない、やめるというようなことも校長の権限でできるんですね。

「やめるということを言葉の上では扱えても、なかなかそういうふうにはまいらないのが状況ではないかと思う」

――職員会議は議決機関ではないと調書にいろいろと出てくるんですが。校長が校務運営委員会に諮って、最終的には校長決済で学校運営を図ると、こうなっていますね。

「(うなずく)」

――そうすると、校長権限で校門指導はやめよう、ということはできるんじゃないですか。

「私一人がたしかに、そういった校長としての責任はあるが、具体的な学校教育活動というのはそういうものではない」

――校門指導が[昭和]六二年四月から行われていたことは着任の時に事務引継ぎでご承知になったんですね。

「その中味まではしかと記憶にはないが、前任者のされておりましたことを引き継いで発展する趣旨を先生方に挨拶した」

(中略)

――学校の中でいわゆる体罰というものが先ほど出てきたんですが、直接先生が生徒に力を加えない体罰というのがかなり行われていたんではないでしょうか。

「具体的にどういうことを指しておっしゃっていられるのか」

――まず、遅刻者にペナルティでグランド二周、これは体罰ですね。

「……(返答なし)」

――どうですか。

「……(返答なし)」

――それからプール授業に遅れてきた女子生徒に対して、水着姿のままグランドを走らせる。生徒は校舎やグランドの周りから人の注目を浴びる。そういうことが行われていたことをあなたはご存知ですか。

「具体的にこの事故のあと、保護者の指摘でそういうことを聞いたけれど、いちいち授業中のことで私が直接そういったことの実態を知ることには至っていない」

――そういうことこそ精神的な苦痛を与える、いわゆる体罰ということになるんではないでしょうか。

「授業中の教師の個々の指導ではっきりと議論したことがないので、その教科指導のそれぞれの教師の内面的なもの、性格的なもの、いろんなことで判断することもありますし、これが精神的体罰だと言われても私自身その通りだということで、はっきりお答えすることについては断定致しかねる」*13

[質問者は細井被告の弁護士]

校門の時計だけが知っている―私の「校門圧死事件」

校門の時計だけが知っている―私の「校門圧死事件」

 デジャヴ! 前回、東京裁判での南京大虐殺をめぐる松井大将への尋問を参照した。丸山眞男はこれを「権限への逃避」の一例として分析していた。高塚高校の元校長の証言からは、日本軍国主義者の弁明は、現代でも責任者の責任回避のテンプレとなっていることがわかる。彼の証言は、以下の松井の弁明のいくつかの単語を置き換えたものにすぎない。

検察官 ちよつと前に、あなたは軍紀、風紀はあなたの部下の司令官の責任であるというようなことを言いましたね。

松井 師団長の責任です。

検察官 あなたは中支方面軍の司令官であつたのではありませんか。

松井 方面軍の司令官でありました。

検察官 そういたしますと、あなたはそれではその中支方面軍司令官の職というものは、あなたのキ下*14の部隊の軍紀、風紀の維持に対するところの権限をも含んでいなかつたということを言わんとしているのですか。

松井 私は方面軍司令官として部下の各軍の作戦指揮権を与えられておりますけれども、その各軍の内部の軍隊の軍紀、風紀を直接監督する責任はもつておりませんでした。

検察官 しかしあなたのキ下の部隊において、軍紀、風紀が維持されるように監督するという権限はあつたのですね。

松井 権限というよりも、むしろ義務というと方が正しいと思います。……(中略)

検察官 というのは、あなたの指揮する軍隊の中に軍司令官もあつたからというのですね。そうしてあなたはこれらの軍司令官を通じて軍紀、風紀に関するところの諸施策を行つたのですね。懲罰を行つたわけですね。

松井 私自身に、これを懲罰もしくは裁判する権利はないのであります。それは、軍司令官、師団長にあるのであります。

検察官 しかしあなたは、軍あるいは師団において軍法会議を開催することを命令することは、できたのですね。

松井 命令すべき法規上の権利はありません

検察官 それでは、あなたが南京において行われた暴行に対して懲罰をもつて報ゆるということを欲した、このために非常に努力をしたということを、どういうふうに説明しますか。(後略)

松井 全般の指揮官として、部下の軍司令官師団長にそれを希望するよりほかに権限はありません。(!)

検察官 しかし軍を指揮するところの将官が、部下にその希望を表明する場合には、命令の形式をもつて行うものと私は考えますが……

証人 その点は法規上かなり困難な問題であります*15

[強調と「!」はたぶん丸山による]

〔新装版〕 現代政治の思想と行動

〔新装版〕 現代政治の思想と行動


引用は『現代政治の思想と行動 増補版』から。

 このような「美しい国」の伝統にのっとり、高塚高校の校長を始め、管理職は圧殺事件の責任を実行犯である細井敏彦一人に押し付けようとした。細井はこれに不満である。彼は言う。

私は私の行動によって、結果として一人の少女の命を奪ってしまったのであるから、その結果については、罰を受けるつもりだ。ただ、しかし普段から私一人が特別、強引に門扉を閉めており、その日も安全確認もせずに無茶な門扉の閉鎖を行ったという指摘については納得ができない。*16

 細井の理解では、校門指導は学校全体の方針であった。彼はただその歯車であったに過ぎない。まるで、生徒を虐殺したのは自由な意思を持った人間ではなく、ただあらかじめ定められた役割を果たす「モノ」であったかのようだ。細井は語る。

 門扉にはかなりの重量があるので、低い姿勢でやや俯き加減に押した。門扉を押し始めた時、生徒が数名駆け込んで来るのが見えた。この時、三年生の男子生徒が一人、迫り来る門扉に体を反らし、苦笑いしながら入ってくるのが見え、もう一人の男子生徒がまっすぐ走り抜けたのが見えた。

 これを最後に生徒の姿はなく、入ってくる気配も感じなかった。私は、途中から惰性がつき門扉のスピードがあがってからは、門扉を押すのではなく、門扉の動きに手を添えるようにしていた。スピードがついたので力を入れる必要もなく、顔をあげ正面を見据えていた。門扉は押し切って閉めようとした。

「門限のチャイムの鳴り始めに門扉を閉める」これは、私が着任した昭和六二年四月の職員会議で決定されたものであった。私は立ち番の時、このマニュアルにそって門扉を閉め、遅刻生徒の指導にあたっていた。「鉄則を貫くことが教育である」私は当時、この言葉を固く信じて疑わなかった。他の教師も当然そうしているものと思っていた。

 決められたことを守ることは、教師と生徒の信頼関係の基礎であるという信念のもとに私は慣習的に行われてきたことを、そのままに門を押して閉めていった。*17

鉄の門扉と同じように、細井の行動もまた「惰性」によって支配されていた。彼は「決められたことに従っ」*18ただけなのだ。

 しかし細井は、ただ「か弱き子羊」であったのではない。彼は、高塚高校着任後、教師が自分の机の上を整理することが義務付けられていたり、職員会議で座席が指定されていたりすることを知って戸惑っている。そして彼は、ネクタイ着用の義務をめぐって、英雄的な抵抗の精神を示している。細井いわく、

 重苦しい会議のあと、職員室に戻ろうとした私は、憤然とした顔つきの当時の校長に呼び止められた。校長は「私はみんなにネクタイを締めてもらうようにしているので、君にもぜひネクタイを締めてもらいたい」と私に言った。言われてみればそうである。職員会議では、私を除いたほぼ全員がきちんとネクタイを締めていたのだった。「なぜネクタイを締める必要があるんですか」と私が訊ねると「さすが高塚[高校]の先生は違う。どのセンセイも皆ネクタイをして授業に臨んでいる。この学校の先生の意気込みがよくわかり、素晴らしい」という父兄の賛辞があるというのだ。私は「父兄にほめられるためにネクタイを締めようとは思わない。入学式や卒業式などの学校の儀式には言われなくともネクタイは締めますが、普段は締めようとは思わない。あれで首を締めつけられると健康によくないし、何より形式張ることは私の性には合っていない。私は普段着のままで生徒に接したい」というと、さすがの校長も面映げに「できるだけ締めるようにしてくれ」とだけ言い残して行った。

 ……見晴らしのきく職員室で、教師は「形から入る」という管理職の方針に馴らされ、息苦しい雰囲気が漂っていた。そんな中で私のノーネクタイで通すというささやかな抵抗は続いた。そのかいあってか、校門事件直前には、ノーネクタイの教師がかなり増えていた。*19

 このレジスタンスの闘士に対しては、「君が代」斉唱時に起立を拒否する教師たちと並べて、革命メダルが授与されるべきかもしれない。ともあれ、細井が管理側にとっては「扱いにくい」存在であったことをこのエピソードは示唆しているのではないだろうか。丸山眞男の用語でいうところの、「無法者」である。

 細井や校長らの弁明からは、「決められたこと」がそもそも極めて曖昧なものであったことが浮かび上がってくる。細井が高塚高校に着任した際には、教頭から「校門指導」についての説明があり、「校門は8時30分の呼鈴のなり始めで閉じて指導する」*20ことを明示した文書も配布されていた。ところがその翌年からは、「校門指導」の具体的な方法についての管理職からの指示がなくなってしまう。

校門指導を実施していること、あるいはその目的、意義、具体的方法、生徒へのペナルティなどについては高塚高校校内規定にもいっさい記載されておらず、昭和六三年四月以降は文書化もされていなかった。*21

「校門指導」は「時間外勤務」でもあった。*22それでいて、相変わらず「校門当番表」は毎月配布され続けていた。細井によれば、次のように話した教師もいるという。

生徒指導部長に当番にあたっているので校門に行くように言われた。『何をするんですか』と聞くと、『ま、ええがな。行ったらわかる』と言われたので校門に行ったのですが、何をするのかわからず、じっと立ってました[。]*23

 このような周知不徹底は、教師側だけでなく取り締まられる生徒に対しても同様であった。細井の説明によれば、

 生徒に対しても、校門指導が行われていることについては知らされているものの、

(1)*24午前八時三〇分のチャイムの鳴り始めで門扉を閉めること

(2) ペナルティとしてグランドを二周、雨天時にはこれに代えて、腕立て伏せなどの運動をさせる

(3) 回数に多い者にはボランティアを課す

 という具体的方法については連絡が徹底されておらず、このことは生徒手帳にもいっさい記載されていなかった。

 事故後の生徒の調書には、

「遅刻した場合、どのような手続きがとられ、罰を受けるか等についてこれまで一度も学校の先生から聞かされたことはありません。しかし、他の生徒がグランドを二周走っているのを見て、遅刻すればグランドを二周走らされるペナルティを課せられるんだなと思いました」(一年生徒)

「登校時間については、入学する前の説明会で午前八時三〇分には正門の門扉を閉めるとか、遅刻者は罰としてグランドを二周走らなければならないということは聞いたこともなく、それらはあとになって先輩から聞きました」(一年生徒)という供述が見られる。

 通常、新入生とその親に対して、教頭もしくは生徒指導部長が生徒指導の基本方針、具体的方法などについて説明がなされる。この中でも校門指導についてはまったく触れられなかった。*25

 細井の手記では、このような曖昧さのために、彼が同僚教師としばしば衝突していたことが報告されている。彼は、「校門指導」に際しては、学校側の一貫した姿勢を生徒に示すことが重要であると考えていた。ところが彼の熱意は、同僚教師の「無気力」に阻まれてしまう。

 昭和六三年一一月の校門指導で、私[=細井]はH先生と校門付近に立っていた。門限のチャイムが鳴ると同時に私は門を閉め、門外の遅刻者をチェックしようとしたところ、H先生は私に向かい「皆走って来たんだから入れてやったらどうですか」「門扉はチャイムの鳴り終わりに閉めることになっているんでしょう」と言うので、私は「そんなことはない。門扉はチャイムの鳴り終わりに閉めることになっている」「生徒の肩ばっかりもったら指導はできへんやないか」と強い口調で言った。私がなぜ強い口調になったのかと言うと、遅刻した生徒の眼の前で指導の原則を崩す教師に腹立たしさを覚えたからである。私は原則をいったん崩すと取り返しがつかないことを、痛いほど経験してきた。

 ……この時私は、職員室に戻るとすぐに生徒指導部長のもとに行き、チャイムのなり始めで閉めるのか、鳴り終わりで閉めるのかの確認をした。生徒指導部長は「鳴り始めに閉めることに決まっている」というので、決まっているならもっと徹底して欲しい。現にさっき、それをめぐって校門指導でもめていたばかりだと言った。そこで生徒指導部長は「そんなら明日の職員朝礼で話す」ということになり、私もその翌日、確かに生徒指導部長が朝礼で「チャイムの鳴り始めで門扉を閉めるように」との確認をしたのを聞いた記憶がある。*26

これは「とにかく強引に閉めないように先生方に注意してもらった」*27という教頭の裁判での証言とは食い違っている。

 その真相はともかく、このエピソードからも細井の行動原理が受動的でありしかも同時に能動的であったことをうかがうことができる。彼は「決められたことに従っ」っていた。チャイムの鳴り始めか、鳴り終わってからか、という数十秒の違いでさえ自己の判断ではなく「指導の原則」に従順であろうとした。しかし「指導の原則」なるものは、そもそも明確にはどこにも存在していなかった。それは暗黙の掟であり、彼のような「良心的」教師が「無気力」な教師をしばしば恫喝することによってかろうじて維持されていた。事件後、管理側が細井を「トカゲの尻尾きり」してしまうことができたのも、そのためである。彼は「決められたこと」の忠実なる僕(しもべ)であった。しかし「決められたこと」は誰がいつ決めたのかも、本当に存在するのかもわからない蜃気楼のようなものだった。

 アブグレイブでの拷問もまた、蜃気楼のような暗黙の掟に支えられていた。ジジェクいわく、

 ロブ・ライナー[監督]の『ア・フュー・グッドメン』という、同僚兵士を殺害した罪で起訴された二人のアメリカ海兵隊員についての軍事裁判劇を思い出そう。彼らの行為が意図的な殺人であったと軍事検察官が主張するのに対して、弁護側(トム・クルーズとデミ・ムーア――彼らがしくじるなんてことがどうしてありうるだろうか?)は、被告人たちはいわゆる「コード・レッド」に従っていたのだということを証明することに成功する。「コード・レッド」とは、海兵隊の倫理基準を裏切った同僚兵士を夜間、秘密裏に殴打することを許可する軍事共同体の不文律である。そのようなコードは違法行為を黙認するものであり、「違法」なものだが、同時に集団の結束を再び確かなものにする。それは夜の闇に隠され、否認され、口にできないものであり続けなければならない――公の場では、誰もがそれについて何も知らないかのような振りをするか、その存在を積極的に否定しさえする(そして映画のクライマックスは、予想通り、夜間襲撃を命令した将校(ジャック・ニコルソン)の怒りの爆発である。もちろん、彼が公の場で激情を露わにした瞬間に、彼の破滅が確定する)。そのようなコードは共同体の明文規定に違反するものでありながら、「共同体の精神」を最も純粋に表しており、個人に集団への同一化を促す最も強力な圧力を及ぼしている。

 ……我々はこうして権力が決して認めることなく行う秘密活動の領域に入る。クリストファー・ヒチンスがアブグレイブについて書いた際に間違ったのは、この点においてである。

二つのうちどちらかが必然的に正しくなくてはならない。これらのならず者たち[=拷問を行った実行犯]は誰かの指導下に行動していたか(その場合は法律や服務規程によって縛られていないと考えている者たちが中間から上層部にいることになる)、あるいは、彼らは独断で行動していたか(その場合は、彼らは戦場における反逆者や逃亡者、裏切り者に相当することになる)、このどちらかである。だから、彼らを連れ出して射殺する規定が軍事司法の手続きにないものだろうかと思いたくなってしまうのだ。

問題は、アブグレイブでの拷問はその二つの可能性のどちらでもなかったということである。アブグレイブでの拷問は個々の兵士の単なる悪事に単純化することはできないが、それはもちろん直接的に命令されたものでもなかった――拷問は、一種のひわいな「コード・レッド」的なルールによって正当化されていたのだ。だから、囚人たちを辱め拷問せよというようないかなる「直接的な命令」も発せられなかったなどとアメリカ陸軍指導部が保証することは馬鹿げている。命令が発せられなかったのは当然だ。軍隊生活について知っている者なら誰にでもわかっているように、こういったことはそのようになされるのではないからである。公式の命令はいっさい存在せず、何も書かれていない。ただ非公式な圧力やほのめかしや指示が、こっそりと届けられるだけだ。ちょうど、汚れた秘密を共有する時のように……。*28

The Parallax View (Short Circuits)

The Parallax View (Short Circuits)

 神戸高塚高校における「指導の原則」とは『ア・フュー・グッドメン』における「コード・レッド」のようなものだった。それゆえ、細井敏彦は法の番犬でありながら、一度問題が起きればいつでも「狂犬」として処分されうる危うい位置にあった。「無法者」の哀しいサダメである。*29

 一方、細井をいらだたせた「無気力」な教師たちは、別の視点からは「民主的」とも「進歩的」とも見られるだろう。我々は、細井が「無気力」と表現するものを、「抵抗」として賞賛すべきだろうか?

 この問いに対しては、校門圧殺事件の直前に書き上げられ、直後に出版された本の中で、プロ教師・諏訪哲二が既に答えている。彼によれば、学校とはそもそも、「全員が学校に行かねばならない」という社会的暴力によって支えられている。いかなる実践もこの事実をキャンセルすることはない。諏訪いわく、

 ……あらゆる意味における市民的権利は、学校では奪われている。学校というところは、基本的にそのようなところなのだ。逆に、現在奪われている児童・生徒たちの市民的権利がすべて保障された状態を想定してみれば、学校は学校でなくなるし、だいいち生徒が学校に来ることもなくなるであろう。学校というところは、本質的にダーティなところなのだ。ただしそれは、人類史がそうしからしむるところのダーティさなのであり、決して自民党や文部省が支配しているからダーティであるわけではないのだ。*30

このような学校観には納得できない人もいるであろう。しかし僕はこの一節に、何ら付け加える必要を感じない。「アウシュビッツはダーティである」ということを一言で了解できない人には、9時間かけて説明してもムダである。逆に、アウシュビッツがなぜ悪であるかを長々と説明するとしたら、そんな野蛮なことがあるだろうか? だから、上の学校定義に異議があるという方には、申しわけないが、革命が起きるまで待っていていただくほかない(ただし、「強制」とか「暴力」というのは必ずしもわかりやすい形で現れるとは限らない。特に最近の教育制度の多様化・柔軟化と共に、「強制」は見えにくいものになりつつある。だが国営事業の「民営化」が国家の弱体化を意味しないのと同じように、学校も終焉したわけではない。これについては説明が必要で、説明するつもりだが、それはまた別の機会にやります)。

 では学校の本質が「ダーティ」なのだとしたら、教師とはどのような存在なのだろうか? 諏訪は言う。

 教師は、当該の生徒たちが認めようと認めまいと先験的な権力を持っているし、そうでなければならない。だから、教師は生徒にとって本質的に暴力的な存在なのである。この際、物理的な暴力を使うか使わないかは枝葉末節の問題である。*31

もちろん、教師は絶え間なく生徒を殴り続けているわけではないし、全ての生徒を殺すわけではないし、一度も殴ったことがない者もあることだろう。「生徒は学びたがっている」とか「教師は知を授ける者である」といった「永遠の嘘」に生徒が協力しているうちは、「平和」な学園を維持することができる。しかし一度この演出が崩壊し、裸の王様があたかも裸であるかのように生徒が振る舞い始めたら、教師の暴力性は隠しようがなくなる。どんなに民主的な憲法にも「例外」があるように、どんなにリベラルな学園も超えてはならない「一線」を持っている。その際に露わになる暴力が物理的なものであるか、単位や成績や退学による「おどし」であるか、警察や地域社会であるかといったことは「枝葉末節の問題である」。*32

 「民主的」教師なるものも、このようなシステムの一員として理解されなければならない。彼らは「外部」にいるのではない。諏訪は言う。

 ……[ダーティなちから=生徒に対する威圧性]は個々の教師たちが持っていなければならないし、教師たちが全体として持っていなければならないちからでもある。個々の教師たちの威圧性が希薄な場合には、体育の教師などのいわゆる肉体派の教師たちが集中的にそのちからを発揮している場合も多い。

 ……小学校はともかくとして中学・高校で「安定している」学校には、体育教師であれ誰であれ、暴力的・威圧的に生徒たちのエゴを押さえつけているちからが必ず働いている。教師たちの多くが、そのようなちからの必要性を認識し、それぞれの力量に応じて威圧性を示し得ているところでは、「暴力教師」が突出する必要はない。

 だが、たいていの場合、民主的・進歩的な教師たちはそのような学校存在のリアリティを知らないので、自分の人格性と知力によって生徒たちを心服させていると錯覚している。そういう学校では、誰か特定の教師がダーティな役割を果たさなければならなくなる。つまり、民主的・進歩的な教師が多いところほど「暴力教師」が必要となるのである。*33

[強調を一部追加。]

つまり、「民主的」と「暴力的」は対立するものではない。両者は共存しているのであり、諏訪に付け加えて言えば「分業」しているのである。ハリウッド映画によく出てくる「良い刑事・悪い刑事」(good cop, bad cop)というコンビを思い出そう。横暴な刑事にいたぶり抜かれた後で、やさしい刑事がそっとカツ丼を出してくれる。どっちがよりマシかなんてことはない。(ただし、「民主的・進歩的な教師が多いところほど「暴力教師」が必要となる」というのは言いすぎで、たとえば一部のエリート校や特殊な条件を備えた学校では「民主的」な演出で学園生活を満たすことが可能である。しかしそのようなケースも、やはりエリート校と底辺校の「分業」という文脈から理解しなければならない)。「民主的」教師とは、「誰か特定の教師」の暴力に寄生する臆病者のことである。彼らの「抵抗」は、孫悟空がお釈迦様の掌で踊っているようなものだ。

 細井敏彦は、まさに高塚高校における「誰か特定の教師」に他ならなかった。彼は、教師生活の大半を担任ではなく生徒指導係として過ごした。教科は日本史だが、野球部の監督でもあり、「体育系」に属していた。彼は自分の役回りを「言わば学年の治安維持装置」*34と表現している。彼の手記には、生徒指導に「無気力」な同僚に対するいらだちと共に、「ダーティーな仕事」に対する使命感が綴られている。細井は語る。

 ……毅然とした態度で生徒に立ち向かい、生徒に厳しさを求めようとする教師は少なく、無視(しかと)…を決め込んでいる教師が多数派を占めていた。これらのツケはすべて体育の教師をはじめとする行動力のある教師が被るはめになってしまった。生徒はこのような教師の姿勢を感じとり、教師の顔を見て反応するようになっていた。*35

 生徒指導部に対する他の教師からの風当たりは強い。厳しい指導を行えばやり過ぎたという批判の声を聞き、だからといって指導を緩めると生徒は荒れる。また指導熱心な教師が、生徒にちょっとでも手を出そうものならもう大変だ。すぐに校長のもとに呼ばれ、きついお叱りを受ける。校長は「頼むから手だけは出さんといてくれ」「手を出したらあんたの負けだ」と悲壮な顔をして訴える。「こちとら勝ち負けで生徒指導しているんじゃない」と言いたいが、手を出した側の非は否定できない。

 無気力な教師は何もしないから、当然何の問題も起こさない。彼らは自分の立場からはみ出した行為は一切とらない。言うなれば、校長にとっては安全パイなのだ。

「何で俺たちだけがこんなに悪戦苦闘しなければならないのか」

「何でこんなダーティワークに励まなければならないのか」

 良心的な教師の嘆きは続く。*36

 ここにあるのは、「汚れた英雄主義」とでも呼ぶべきものである。ジジェクは、アレントを参照しながら、いかにしてナチスが残虐行為を合理化していたかを分析している。ナチスの将校たちは、自分たちの行為の重大性を認識していた。細井と同じように、「ダーティ」であることを自覚していたのだ。ジジェクいわく、

ヨーロッパのユダヤ人を粛清するという任務に直面したとき、ヒムラーは「誰かが汚れ仕事をやらなければならないのだ。だから、さあそれに取り組もう!」という英雄的な態度――国家のために立派な行いをすることや自己犠牲を行うのは簡単だが、国家のために犯罪を犯すことはそれよりずっと難しいのだ――を採用した。

「イェルサレムのアイヒマン」においてハンナ・アーレントは、ナチスの処刑者たちが自らの恐るべき行為に耐えた方法を正確に説明した。彼らのほとんどは全然邪悪ではなかった。彼らは自らの行動が犠牲者に屈辱や苦しみや死をもたらすことを知っていた。この苦境に対する彼らの逃げ道はこうであった。

「『私は人々になんと恐ろしいことを行ったのだろう!』と言う代わりに、殺人者たちはこのように言うことが出来た。『職務を果たすときに、なんという恐るべきものを私は目撃しなければならないのだろう! 私の肩に背負われた務めの、なんと重大なことよ!』」

 このようにして彼らは、誘惑に抵抗するためのロジックを反転することができた。彼らの「倫理的」な努力は「殺さず、拷問せず、恥をかかせないという誘惑」への抵抗に向けられたのだ。こうして、哀れみや同情という自然な倫理的衝動に背くという、まさしくその行為こそが、倫理的に崇高であることを証明するものとなってしまった。職務を果たすことは、誰かに危害を加えるという重荷を引き受けることを意味したのだ。

http://d.hatena.ne.jp/flurry/180009

 細井にとっても、倫理的であるということは、暴力を振るわないことではなかった。むしろ「ダーティ」なことに手を染めるという職務から逃げないということが彼にとっての倫理であった。

 そして彼は、そのような英雄的献身にも関わらず殺人者として葬り去られてしまった「被害者」なのである。彼は生徒の反抗や遅刻に手を焼き、同僚教師の「無気力」に妨害され、警察の横暴に傷つき、マスコミに中傷され、管理職に見捨てられた――。彼の手記のサブタイトルは「私の[校門圧死事件]」というものだが、彼の語る「事件」において最大の「被害者」を挙げるとしたら著者自身以外の誰でもないだろう。

 事件の瞬間においてすら、細井は「被害者」である。彼の理解では、「校門指導」は3人の教師の役割分担で行われるはずのものだった。門扉を押す細井からは、校門に入ってくる生徒が見えない。安全確認は、細井以外の教師によって当然行われるはずであった。細井は弁解する。

 ……ハンドマイクを片手に校門の外で、一分前まで「急げ」「あと何分」「校門閉まるぞ」「前の者早足で歩け、後ろの者走れ」「間に合わないぞ」などと間断なく生徒に訴えていた私は、校門内に入っても、五〇秒前、四〇秒前と門外の生徒に向かって叫んでいた。門扉を閉める直前にも門外に確かに「閉めるぞ」と叫んだ。これは門扉に迫り来る生徒が万が一いた場合、その生徒に警告を発する意味であり、門外にいるはずの教師に「門を閉めますよ」という合図でもあった。

 ……通常の校門指導では、門限時間が迫ると、当番教師は全員が校門付近に集合し、門壁付近にたち、生徒に書かせる遅刻簿を抱え、入り来る生徒を制止していた。私は門扉を閉めることが<b>私の分担</b>であり、私の目の届く範囲内(門扉の正面と門外)で生徒の動静を見ていた。列が切れたこともあり、「機を見て直ちに閉める」という<b>私の役割を実行した</b>のであった。私は自分の範囲内での安全確認はしていた。それが、<b>通常は門限時間が迫ると校門前にいるはずの当番教師の姿がこの日に限ってなかったのである。</b>

 ……校門指導における教師の具体的な役割分担は決められていなかったが、経験を重ねていくうちに、役割分担は自ずから決まっていた。<b>これは全教員の共通認識だったと、私は理解している。</b>

 ……私は私の行動によって、結果として一人の少女の命を奪ってしまったのであるから、その結果については、罰を受けるつもりだ。ただ、しかし普段から私一人が特別、強引に門扉を閉めており、その日も安全確認もせずに無茶な門扉の閉鎖を行ったという指摘については納得ができない。*37

[強調は引用者]

 「無気力」な教師の職務放棄を嘆いていながら、役割分担が「全教員の共通認識だった」と理解するのは奇妙にも思えるが、彼によればそれが「指導の原則」であったのだ。しかしさっきも見たように、事件後は「指導の原則」は蜃気楼のように姿を消してしまい、ただ細井の蛮行だけが残ってしまう。細井はぼやいている。

 管理職にハシゴの上に上がらされて、いざ上がってみると、ハシゴをはずされた。ダーティーな仕事ばかりさせられて。こんなに一生懸命やってすべてのものが否定されてしまった。*38

というわけで、管理職との関係においても細井は「被害者」なのであった。「被害者」・細井の助命嘆願は、3000名近い署名を集めたという(署名にオマケをつけるとしたら、『ダーティハリー [DVD]』のDVDコレクションだろう)。

 管理職は「権限」に逃避する。「無法者」は暴れまわりながら、「指導の原則」の道具となる。「民主的」教師は暴力教師との共犯関係から目を背け、ささやかな「抵抗」に陶酔する(このリストには重要なエージェントが欠けている。「生徒」である。生徒を「被害者」と見るかシステムの加担者と見るかということは、この事件に関する反管理教育運動における争点の一つであった。これについても、今回は余裕がないのでまた機会を改めて考える)。彼らは自由な人間であった。それぞれに暴力に加担していた。しかし同時に彼らは、必死にモノであるかのように、暴力に対して責任を負っていないかのように振舞っていた。

 では我々は、善良なる市民は、何をしていたのであろうか? 我々は、人を殺してはならないことを知っている。人を殺させてはならないことを知っている。むやみやたらと鉄の門扉を押してはならないことを知っている。「校門指導」なるものがいかに馬鹿げたものであるか知っている。遅刻を取り締まることが犯罪であることを知っている。そして現に我々は、校門圧殺事件に際して驚き、憤り、管理教育を批判したはずである。校門を閉めたのは私ではない。私は細井を監督する立場にもなかった。では、暴力を憎み、自由を愛する私の責任は免除されるだろうか?

 自分に責任があるかどうかについて迷ったら、サルトルに聞いてみよう。


後編に続きます!!

*1http://web.archive.org/web/20071116110244/http://www.imsdb.com/scripts/Memento.html

*2:Freud, S, The Joke and Its Relation to the Unconscious, 2002, p. 51.

*3:参考→ http://ish.parfe.jp/mt/archives/000115.html

*4:「私は日雇い派遣しかできません (>△<) VIVA じぶん!!★」『フリーターズフリー』 Vol. 01, p. 178. 「「努力が報われる社会」にNO!」での引用には一部タイプミスがありました。失礼しました。

*5:僕は現物を読んでません。こちらを参照しました→ http://hendora.com/hendora/hendora09/hendora9.htm">

*6:たとえば→ http://mickey-mo.mo-blog.jp/nutrocker/2007/06/post_e2b8.html http://suyap.exblog.jp/5752067 http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-268.html">*6

*7http://www.newyorker.com/reporting/2007/06/25/070625fa_fact_hersh

*8:歌詞はyoutubeの動画を勝手に書きとめたので、改行とか仮名遣いとかはいいかげんです。

*9:立場によって、「圧死事件」とも「死亡事故」とも呼ばれる。

*10:保坂展人, トーキング・キッズ編, 『先生、その門を閉めないで』, 1990, p. 154より孫引き。なんか引用符(「」)の使い方とかがヘンなので、写し間違いがあるのかもしれません。

*11:これについては証言者によって時間に幅がある。

*12:保坂, pp. 13-14.

*13:細井敏彦, 『校門の時計だけが知っている―私の「校門圧死事件」』, 1993, pp. 117-121.以下、裁判での証言の引用は全て細井の著書からで、オリジナルは参照していない。

*14:原文で「キ」はものすごーく難しい漢字(JISコード5D60)ですが、「あなたのキ下」っていうのはたぶん「あなたの支配下」くらいの意味だと思います。たぶんね。

*15:p. 119-120.

*16:p. 170.

*17:p. 17.

*18:細井p. 30.

*19:細井pp. 49-50.

*20:細井p. 73.

*21:細井p. 72.

*22:細井p. 25.

*23:細井p. 72.

*24:原文は丸数字。

*25:細井pp. 73-75.

*26:細井pp. 124-125.

*27:細井p. 124.

*28:Zizek, S., The Parallax View, 2006, pp. 369-370.

*29:細井は体制を防衛するために「ダーティワーク」に手を染め、そのためにこそ体制の保護の外に出てしまった。ジジェクいわく、「「テロとの戦い」においては、テロリストだけでなく[政府対テロ部門の]エージェントも哲学者のジョルジョ・アガンベンがホモ・サケル……と呼ぶもの――彼らを殺しても処罰されないような、法律的にはもはや人間と扱われないものたち――になる。エージェントは法権力の代わりとなって活動する一方で、彼らの行為はもはや法によって保護されることも拘束されることもない。彼らは法の領域の中にある空白のスペースで活動するのだ」(http://d.hatena.ne.jp/flurry/180009)。ま、一応は裁判を受けることができた細井はホモ・サケルというわけではないだろうけど。

*30:諏訪哲二, 『反動的!―学校、この民主主義パラダイス』, 1990, pp. 16-17.

*31:諏訪p. 17.

*32:自分はいくら反抗しても弾圧されなかった、と思う人は、「反抗」について再検討するか、弾圧のあり方の多様性について考えてみるかした方がいいだろう。

*33:諏訪pp. 23-24.

*34:細井p. 97.

*35:細井p. 65

*36:細井pp. 103.

*37:細井pp. 169-170.

*38:細井p. 194.

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