今日は、深代惇郎の生誕の日。

深代惇郎の天声人語 (1976年)

深代惇郎の天声人語 (1976年)

P43「深い罪業」から(全文)

▼アダムとイブがなぜリンゴを食べたのかは知らない。きっと、なぜ食べてはいけないのかが納得できなかったのだろう。おいしそうなリンゴに手を出して、罪深い人間になってしまった。▼原子エネルギーの解放ほどすばらしい自然の秘密はない。一度それを手にした人間は、もはやその誘惑を退けることはできそうにない。だが、この無限の宝庫を知ったために、人間は深い罪業を作ってしまった。自分だけの問題ではなく、計り知れぬほどの危険を子孫に残した。いささかの過ちも人間を絶滅させるという恐ろしい世界に変えてしまった。▼原子力船「むつ」は、わずか3トン足らずの濃縮ウランを積めば、地球を7周りすることができる。進水式も終え、晴れの出力試験をやろうとしたが、母港の陸奥湾で断られた。日本海に出ようとしたら東北、北海道の漁民に反対された。こうして1年10カ月も身動きならず、とうとうシビレを切らし、夜霧にまぎれて太平洋の沖合千キロに向かった。▼政府は、この航海を認めてくれれば、道路を作ります、体育館や放送施設を建てます、魚価が下がったときの融資の面倒もみますと、大盤振る舞いをみせたが、漁民の抵抗をくずすことはできなかった。政府がこれだけの熱をみせるのは、もちろん、それだけの理由がある。石油価格が高くなり、原子力エネルギーの時代が近づいてきた。2000年までに280隻の原子力船を建造しようという。6年後には、日本の電力の4分の1を原子力でまかなう計画である。したがって「むつ」の成否は「むつ」だけの問題ではない。▼カナリアは空気の汚れをいち早く感じて騒ぎ出すというが、漁民の抵抗は、彼らが海という自然が侵されることにもっとも敏感な本能をもっているからに違いない。原子力の大事故の確率は極小だというが、その被害が極大だと考えれば、技術的な確率計算では説明しきれない。「むつ」の問題は、現代を象徴している。(S49・8・27)

これが、今から37年前のコラム。
wikipedia:むつ_(原子力船)から

原子力船むつは、日本初の原子動力船。1974年9月1日、青森県沖の太平洋で行われた初の航行試験中に放射線漏れを観測。16年にわたり日本の港をさまよい改修を受け、4度の実験航海後、原子炉部分は解体された。これ以降、日本は原子力動力船の計画、建造や購入をしていない。

原子力船で出来たことが、どうして原子力発電所で出来なかったのか?
2011年3月11日以降の今日でも、

「むつ」の問題は、現代を象徴している。