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野村茎一作曲工房臨時ポータル2 RSSフィード

2010-09-26

9月26日(日)

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 昨夜は(昨夜も、か?)寝そびれて、就寝が5時を過ぎてしまった。父の起床と交替に眠りに入った。幸いなことに、今日は日曜日だったのでカミさんが父の朝食を用意してくれた。家族が朝食を終えたところで起床。

 カミさんの提案で、今日はパントリーの整理・整頓をすることになり、実際、午後にそのとおりにした。期限の切れてしまった食材がいくつも見つかったが、缶詰めなどは外見が膨らんでいない限りOKと判断して処分する食材を最小限に抑えた。無駄になってしまったのが主に粉類だった。上手に全て使い切るには計画性と記憶力が必要だ。

 今日は夕食当番だったので(そういえば昼食も作った)、昨日買い求めてきた料理系雑誌に載っていた「おもてなし料理」でテーブルを飾った。豚ロースの大きなブロックを、厚手のアルミ・チタンフライパンでじっくりと火を通して根菜を添えるだけなのだが、たまたまうまく焼き上がって(レシピの時間どおりに火を止めただけ)、好評を博した。ゆっくりと立ち上がって、胸に手を当て軽く会釈して拍手に応える。

 ほら、これで私も次の炊事当番だってやる気にさせられるというわけだ。このブログの読者諸兄よ、食事を用意してくれる人には感謝の言葉を忘れないように。明日は、さらに気合いの入った料理が並ぶことだろう。

 

 小学校中学年の頃にジュール・ベルヌの「15少年漂流記」を読んだ。痛く気に入って、将来は友だち15人と一緒に絶対無人島で生活しようと決めたくらいだった。後で知ったことだが、カミさんも「15少年漂流記」の熱心な読者だったという。その翌年あたりにヘイエルダールの「コンティキ号漂流記」を読む気になったのも15少年の影響かも知れない。しかし、漂流するにあたってひとつ問題があった。それは少年たちが乗船していた帆船が「スクーナー」というタイプであったことだ。これがよくわからない。図書館で調べると確かに、スクーナー、シップ、バークなどという帆船の種別が図とともに記されている。しかし、縦帆も横帆も同じように読者に面を向けて描かれているので、分かった気になれなかった。それに風と帆の関係が理解できないので、なぜスクーナーが横転せずに前進できるのか不思議でならなかった。

 いま、急に思い立ってウィキペディアで「スクーナー」「バーク」を調べたら、小学生の時に読んだ本とほぼ同じ帆装図が描かれていた(まるで古代エジプトの人物図のようだ)。今では何の不思議もないが、小学生には分かりにくい場合があるだろう。

 なぜ、こんなことを書いたかというと、昨日、上田毅八郎(うえだ・きはちろう)という人の帆船画集に出会ってしまったからだ。その瞬間、昔の記憶が鮮やかに甦ってきた。一時期、船の模型作りに熱中したことがある。木製の本格的なキットは小・中学生には金銭的にも技術的にも歯が立たなかったのでプラモデルが多かったのだが、その箱の絵の多くが上田画伯のものだったのだ。とても欲しかったのだが高価で手が出ない。そこでカミさんが裏技を思いついた。

「これ、お父さんのために買って行ったら?」

 グッドアイディアだ。父は樺島勝一や小松崎茂のファンであったはずだ。

 というわけで、この画集は無事、父の書棚に収まった。今日の午前中には、父と一緒に飽かず眺めては帆船談義に花が咲いた。画集には載っていなかったが、そういえば開南丸も機帆船ではあったがスクーナーではなかったか。父はすぐに「白瀬 矗(しらせ・のぶ)が南極へ行った時の船だな」と言った。私が父の歳になった時に、それだけの記憶を保てるだろうか。エンデバーやサスケハナ、咸臨丸のように帆船マニアでなくとも知っている歴史的な船は別として、果たしてカティ・サーク(ティー・クリッパー)やヴィクトリー(ネルソン提督の乗艦)を覚えているだろうか。

 父方の祖父は若い頃、外国航路の船員だったそうだ。母方の叔父も若い頃、どうしても船員になりたくて仕方がなかったが周囲の反対で諦めたと聞いたことがある。船好きは我が家の血なのかも知れない。


 

 

 

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