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September 15(Sat), 2018

[] 23:09

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9月になってから天気のせいか気圧のせいか、体も頭も動きが鈍い。

夜のランニングもサボり気味で、今月はまだ三回しか走っていない。一週間走っていないとランニングで使っているアプリからメールで届くフィットネスレポートに、大きく「今週はご一緒できませんでしたね!」と書かれてしまう。よく出来たアプリだ。思わず「ごめんーm(_ _)m 雨の日が多かったからどうしても。来週こそは一緒に!」なんて返信したくなる。恋愛の一歩手前な関係性が臭ってちょっと楽しい。

どうやら本当に頭が鈍ってる。


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それにしても自然災害が多い。

やれ地震だやれ台風だと、次から次に押し寄せてくる。国土面積からしても、これだけ自然災害が集中している国は珍しい。世界広しといえどもトップクラスなんじゃないかと思う。外国の人はきっと思うに違いない。どうしてこんな土地に住んでいるんだ、と。台風の進路や活断層マップを見てもこの国が地理的な欠陥を抱えているのは明白だ。でも、だからといってこの国を去ることができるかと問われれば、いや、それは無理。産土(うぶすな)ってそんな簡単なものじゃない。

人類がアフリカで誕生したことを考えると、日本は長い旅の果てにたどり着いた安住の地だ。アフリカからユーラシア大陸に渡り、シルクロードを東の果てまで進んで、さらに海を渡った先の島、それが日本。そうやって安住の地を求めてたどり着いたこの場所が、こんなにも自然災害が多かったというのはちょっと残念な話でもある。その結果として日本人は自然と向き合って生きざるを得なかった。多くの日本人が持つ宗教観ヨーロッパのような唯一神的なものではなくて、自然宗教アニミズムの流れを持つ多神教的なものだというのも、つまりはそういう事なんだと思う。よく言われる、農耕民族だから〜、といった理由だって要は同じことだ。人類の旅の最後に行き場をなくした僕たちの祖先は、どんなに自然災害が多くてもこの土地を愛するしか道が無かった。この場所で畑を耕すしかなかった。

よく海外の映画や小説を読んでいると登場人物が気軽に住む場所を変えるので驚くときがある。ミュージシャンとかもそうだ。ニュージャージーからブルックリンみたいな引越しなら距離的にも意味合い的にも納得しやすいけれど、ニューヨークからパリだの、ロンドンからシドニーといった距離をさらりと引っ越してしまう。これって日本人には難しい感覚だと思う。

日本人は土地に執着が強い。それも自分が生まれた土地に。産土信仰というものがあるくらいだ。その背景には、行き場をなくした僕たちの祖先が自然災害と闘い、あるいは神として崇めてきた歴史がある。多くの命を奪う自然、そしてこの土地が、一方で日本人を作り上げて来たんだな、と、そんな当たり前のことを災害ニュースを見ながらぼんやり考える。

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言わずと知れたジブリの傑作アニメもののけ姫』の終盤、主人公アシタカがこんなセリフを言う。

「シシ神は死にはしないよ。命そのものだから。生と死と二つとも持っているもの。」

この言葉が、今すんなりと腑に落ちる。キリストは救う者だけれど、シシ神は奪いもする。もちろんその違いは優劣じゃない。

ただ単純に、多くの日本人にとっての神の在り方としては、それが「自然」だということ。『もののけ姫』の海外評価があまり高くないのって、その辺りの感覚の違いなんだろうなぁ。

鰻 2018/09/21 08:27 『もののけ姫』を自分が何の違和感もなく観ることができるのは、この国で生まれ育ってきたからなのかな、とふと思いました。

September 01(Sat), 2018

[] 06:11

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台風の影響か久しぶりに涼しい夜。

この夏、僕の住む街では49日間も熱帯夜があったそうだ。

それって、つまりこの街は熱帯地域ってことじゃないのか。


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ここからはこのブログについての話。

興味あれば。


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はてなダイアリー2019年の春をめどにサービスを終了するという。

続きを読む

casooncasoon 2018/09/03 02:05 私も学生の頃にこのブログに辿り着いて7・8年が経ちますが、ゆるりふわりと拝見させ続けてもらってます。どうぞこれからもマイペースに書き留めてください。ふとしたときにtomotomさんの感性に浸るのが日課(月課?)になっています。

鰻 2018/09/05 05:40 二つの理由に共感しました。
今年良かったことのひとつは(まだ9月ですが)、こちらのブログに出会えたことです。
これからも読ませていただければ、とても嬉しいです。

tomotomtomotom 2018/09/08 00:21 コメントありがとうございます。
更新頻度は低いですが、これからもゆるーく続けていきますので、今度ともよろしくお願いします。

August 23(Thu), 2018

[] 02:44

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先日、英誌エコノミストが発表した「世界で最も住みやすい都市ランキング」で、前年まで7年連続で首位だったメルボルンオーストラリア)を抜いて、2018年ウィーンオーストリア)が1位になった。今年ウィーンを観光した身としてはちょっと嬉しい。確かにウィーンは人も優しいし芸術に溢れているし、街の規模も丁度良いサイズ感でとても観光しやすい街だった。特に交通機関はすごく便利で市内の移動がとても楽だった印象がある。と言うより、便利すぎて最初はむしろ戸惑うくらいだった。

オーストリアへはチェコから列車で入国したのだけど、列車で国境を超えるのが初めてだったこともあって、ウィーンに着いて入国審査とかあるのかなぁ、ドイツ語だったら困るなぁ、なんてぼんやり思っていたのにこれがまったくの杞憂だった。ウィーンに到着して列車を降りてから改札を探して歩いていると、あろうことかそのまま駅の外に出てしまい、慌てて引き返すも改札はないという驚きの事態に。でもこの道が正規ルート。入国審査が無いのは大体の欧州間であれば当然らしいけれど(シェンゲン協定)、国際鉄道から降りた後に改札が無いのにはさすがに驚いた。これは地下鉄に関してもそう。

驚くことに市内を走る地下鉄の改札は、基本的には公園の入り口くらいの区分けしかされてない。自動改札は当然のように無い。横の方に切符を差し込むボックス(時刻が刻印される)が申し訳なさそうにあるけれど、そこに切符を差し込んでる人もほとんど見かけない。券売機はあるものの駅員は見当たらない。一応、車内で検札は行なっているらしいけれど、自分は3日間ウィーンにいて一度も検札されなかったし、されてる人も見かけなかった。トラム(路面電車)にいたっては、最後までチケットを買う場所すらわからなかった。

乗りたければ自由に乗って、降りたければ自由に降りて好きなところへ行けるのがウィーンの交通システム。住みやすい都市に選ばれるのも納得できる。このシステムは一見すると無賃乗車し放題だけれど、観光で訪れた人は最初に公共交通機関の3日通し券を買うだろうし、住んでる人は定期券を持ってる人がほとんどらしいし、さらに言えば駅員の数が少なくて済むからコスト面で考えても理にかなったシステムなのかもしれない。自動改札を設置しなくてもいいし。このシステム日本にも導入してほしいけど、さすがに無理だよなぁ。朝の通勤ラッシュ車内で検札するとか現実的じゃないか。


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ウィーンといえば。

前のブログで「ミッションインポッシブル」を観に行きたい、と書いていたけれど、映画館に観に行く前に過去作をおさらいしようと前作「ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション」をamazonビデオで観ていたら、ウィーンのシーンがあってテンションが上がった。しかもウィーン国立歌劇場が舞台になっていて、ここは数ヶ月前に中にも入ったところ。なんだろう、この観ている映画に行ったことのある場所が出てくるワクワク感。ウィーンなんてテレビ画面越しには今後何度も目にする街だろうけれど、実際行ったことあるってだけでテンションが上がってしまうから不思議。

で、そんなテンションが上がった状態で新作「ミッション:インポッシブル/フォールアウト」を見に行ったら、今度はロンドンが舞台になっていて、あー!テートモダン行ったことあるー!とまたテンションが上がってしまった。一年前までは海外に行ったことがなかったから気がつかなかったけれど、なるほど、海外旅行をするとこんな映画の楽しみ方もできるのかと新しい発見だった。ちなみに「キングコング:髑髏島の巨神」は、去年行ったベトナムハロン湾で撮影されてるし、「ボーン・レガシー」の最後のシーンは話の中ではフィリピンだけれど、これも多分ハロン湾で撮影してる。「ボーン・レガシー」の方は知らずに見ていたからテンションあがったなぁ。

それにしても映画の趣味が小学生みたいだ。特に最近は頭を空っぽにして見られるエンタメ映画ばかり観てる気がする。


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前のブログで「カメラを止めるな!」と「万引き家族」を観たことについて、凄く良かった、としか書かなかったので、少しだけ感想を。「ミッション:インポッシブル/フォールアウト」についても。



ミッション:インポッシブル/フォールアウト」

このシリーズは昔から吹き替えで見ていたから今回も吹き替えで鑑賞。今作の重要人物であるCIAの凄腕エージェントの喋りがやけにモタっとしていて、と言うかはっきり言うと全然凄腕エージェントじゃない間の抜けた喋り方で、なんだろうなぁと思っていたら最後のクレジットにDAIGOと書いてあって納得。あー思い返したら確かに竹下元総理の孫DAIGOの声だった。でも、なんでこのキャスティングなんだろう。話題作りや大人の事情で吹き替えにタレントを差し込むことに文句を言うつもりはないけれど、選定を誤るとどっちも得しない気がする。

でも映画自体は面白かった。そんなことあるか?!と突っ込むのはもはや野暮で、大きなスクリーン、そして大きな音で豪快なアクションを楽しむ事が出来れば、それ以上は何も求めなくて良いと思う。



万引き家族

少し前に中国版のポスターが素晴らしいと話題になっていたけれど(→)、2枚あるポスターのうち本編では映っていない花火が全面に描かれているポスターに実はちょっと疑問を抱いた。デザインは素敵だけれど綺麗な花火を描いて「花火を楽しむ幸せな家族」っぽい絵にしてしまうのはちょっと違うんじゃ無いかな、と。だってこの映画は花火(=華やかな表の世界)を観ることが出来ない場所で暮らす人達の物語だから。音は聞こえるけれど、それを観ることはできない。観るために外へ出るわけでもなく、樹木希林にいたっては「昔観に行ったけれど‥」と花火にもはや興味すら示さない。観えない花火によって彼らの生き方を表現している重要なシーンだから、花火は描かれないことに意味があるんじゃないかなぁ、って、あれ、これは映画の感想じゃないな。



カメラを止めるな!

この鑑賞後の気持ち良さって何なんだろうかと自分なりに考えた結果、「フリ→オチ」と「伏線→回収」という二つの気持ち良くなる要素を同時に昇華してることが、この映画の特筆すべき気持ち良いポイントなんじゃないかと勝手に結論。この映画はざっくりと3部構成になっていて(エンドロールを含めると4部構成)、第1部で伏線を張り、第2部でフリをして、第3部では2部のフリに対するオチで1部の伏線を回収するという巧みな構成になっているのがポイント。気持ち良さのコンボが成立してる。しかも「フリ」「オチ」「伏線」「回収」の全てが単体でボケとして機能していて、さらにはこの映画は基本的にその4つの要素しかないことも気持ちいいポイントなんじゃないか。

と、書いてはみたものの、これは本作を観ていない人にはさっぱりピンとこない話。世間では、ネタバレせずにいかにこの映画の面白さを伝えられるかが一種のゲームみたくなってる気がするけれど、そうさせるのもこの映画のパワーなんだろうなぁ。いい映画。

鰻 2018/08/28 11:06 国が違えば、鉄道事情もだいぶ違うのですね。
できることなら行ってみたくなりました。

私は映画の感想を人に伝えることが苦手なので(上手くまとまらないのです)、「その映画、観たいなあ」と思わせてくださるtomotomさんの文章に惚れ惚れします。

tomotomtomotom 2018/09/02 06:01 いやいや、たいした感想は書いて無いですよー。
むしろ本筋とは関係ないことしか書いてないです笑
激推しするようなしっかりとしたレビューって恥ずかしくて書けないんですが、それでも「観たいなあ」と思ってもらえたなら嬉しいです。

August 12(Sun), 2018

[] 06:28

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映画館に行かない生活が何年も続いていたのに、ここ最近は決して頻度は高くないものの定期的に映画館に足を運んでる。定額制配信サイトで映画を大量に観ることが出来るこの時代に、その月額の倍近い値段を払ってしかも大きいスクリーンでポップコーンを食べながら観る贅沢な嗜みの、その素晴らしさを齢30を超えてやっと理解してきた。これは多分、ストリーミング全盛の時代にレコードが再評価されているのと同じ仕組み。カウンターであり新鮮さ、全く別のメディアだからこそ見えてくる活路、というか、別の楽しみ方。

作品と媒体の関係性は思った以上に深くて、媒体が変われば作品の楽しみ方も変わってくる。その振り幅が大きければ大きいほど楽しみ方は増えるし、作られる作品の幅も広がるだろうから、メディアが多様化していくのは良い事なのかもしれない。(が、危惧しなきゃいけない面も多々あると思ってる)


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ちなみに最近は『万引き家族』と『カメラを止めるな!』というミーハー丸出しな映画鑑賞をしているけれど、どちらも凄く良かった。次は『ミッションインポッシブル』が観たい。


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先日、映画上映までの空いた時間に、知り合いと何気なくペットショップへ行ったのだけど、そこで知人から聞いた話が衝撃だった。スコティッシュフォールドの話。


言わずと知れた、折れ耳が超絶可愛い猫スコティッシュフォールドについての衝撃の真実。

スコティッシュフィールドの最大の特徴である折れ曲がった耳は「軟骨異形成」という遺伝的疾患で、50年前にスコットランドで生まれたその疾患猫を人為的に掛け合わせて作られたのが現在ペットショップで目にする可愛らしいスコティッシュフォールド。「軟骨異形成」は当然耳以外にも影響が出るもので、耳が折れているスコはほぼ100%の確率で何らかの障害があるという。具体的には、しっぽの硬直、手根骨や足根骨の不整列、関節軟骨の不全などで、それらは一生涯、猫に痛みを与え続けることになる。スコティッシュフォールドの特徴である、後ろ足を前に投げ出したいわゆる「スコ座り」も後ろ足に体重をかけると痛いからあの姿勢になっているらしい。辛すぎる。人間が意図的に繁殖させた疾患のある猫の、その疾患である耳や座り方を指差して「可愛い」「癒される」なんて言う残酷さ。そして猫たちの受ける痛みに目を向けない身勝手さ。原産国であるイギリスでは動物愛護観点から繁殖が禁止されているらしいけれど、日本やその他の輸出先の国では禁止されていない。

調べてみるとペットの人工交配による障害は猫だけに止まらない。例えばブルドッグは人工交配を繰り返した結果、愛らしいルックスの代償として、高い確率で皮膚の病気や呼吸障害を起こし、さらには骨格的に自然分娩も出来ない品種になっている。

ブリーダーたちは「珍しい毛色が売れるから」といった理由だけで無理な近親交配させて、障害のある犬を生み出している。耳の聞こえないダックスフント、両目のないチワワ、脳に障害がありその場で回り続ける柴犬。これらの売り物にならない犬がどうなるかなんて容易に想像がつく。

人間って本当に残酷だ。徳川綱吉がこの現状を知ったら発狂するかもしれない。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm816927


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先日8月8日が「世界猫の日」ということで、昔飼っていた猫(と言っても家猫でなく、野良猫が住み着いただけ)の写真を眺めていたのだけれど、悲しいかな、記憶の中では可愛かったのに今になって見返すと全然可愛くない。ブサ可愛い、ではなく、ただのブサイク。

でもまぁ、それで良いのかもしれない。それでも当時は充分可愛く思えていたわけだし、可愛い容姿を求め過ぎると先述したような弊害が出てしまうのだし。どんな容姿であれ、そこに愛しさを感じられる心が持てれば最強なんだと思う。

鰻 2018/08/15 06:56 猫たち、犬たちの痛みを想像すると、可哀そうでなりません。
人間も地球上の生き物の一種類に過ぎないのに、どうして他の生き物をそのような形で苦しめることができるのだろうと、憤りを覚えます。

お写真の猫ちゃん、とっても可愛いです。
その上こんなお茶目なポーズをされたら、なおさら駆け寄ってしまいます^^

tomotomtomotom 2018/08/24 02:19 僕はわりと、人間の愚かさも全部ひっくるめて「自然」だと考えちゃうんで、
あまり可哀そうだと思いたくないんですけど、でもやっぱり辛いですよね。
https://front-row.jp/_ct/17200244
ちょうど昨日、イギリスで子猫子犬の販売を禁止する事が決定したみたいです。

鰻 2018/08/28 10:44 販売禁止の記事、拝見しました。
犬たち猫たちが不幸にならないことを祈ります。

July 25(Wed), 2018

[] 03:26

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夕方、土の湿った匂いがどこからか漂ってきて、案の定、雨。

この町では何日ぶりかの、いや、たぶん何週間ぶりかの雨が降る。

連日の猛暑のこともあって「恵みの雨」と言いたいところだけれど、そう言ってしまうことにどこか不謹慎な気持ちを抱かずにはいられない、そんな平成最後の夏。


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それにしても暑い。

今日でこそ気温は下がったものの、この街では連日のように38℃だ39℃だと猛暑が続いて、天気予報をみると沖縄よりも随分と暑い。なんだそれ。暑すぎて蚊も飛んでない。

蚊は飛んでないけれど、セミはうだるような暑さの中、ジージジと鳴き続けてる。土の中で溜まりに溜まった思いの丈をぶつけるように鳴いている。うるさい。

(ちなみにセミの鳴き声を「ジージジ」と表現したけれど、僕の住む名古屋市にはミンミンゼミは生息していない。ミンミンゼミが生息するには暑すぎるらしい。だから市内にいる限り「ミーンミン」という鳴き声は聞けない。)


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そういえば以前、周期ゼミがどうして一定の周期、それも素数で大量発生するのか、といったネットの記事を読んだことがある。

北アメリカに生息する周期ゼミ(13年ごと17年ごとといった素数周期で大量発生するセミ)が12年や16年では無く素数である13年や17年の周期になったのは、素数の最小公倍数が理由だという記事。


キーになるのは最小公倍数の大きさ。素数の最小公倍数は他の数の最小公倍数に比べると大きいことがセミの周期を決定した要因だという。例えば12と14の最小公倍数は84。つまり12年周期のセミと14年周期のセミが次に交雑できるのは84年後ということになる。それに対して13年周期と14年周期だと182年後、17年周期と18年周期だと306年後といったように、素数周期で発生するセミは他の周期のセミと交雑する機会が圧倒的に少ない。そして素数以外のセミはいろんな周期のセミと出会うことができる。それはまるでいい事のようにも思えるけれど、実際は違う周期のセミが交雑してしまうと生まれてくる子供の周期が乱れてしまい、発生した年に個体数が少なく交雑できないなんて事も起きてしまうという。それに比べると、他の周期ゼミと交雑せずに13年周期17周期の同じ周期で子孫を残していった素数ゼミは確実に個体数を増やすことができる。これが何十万年、何百万年と繰り返されることによって、現在では素数周期のセミだけが生き残ることとなった、という記事。


数学的で面白い話だな、と思うと同時に、こんなことを人間が頭をひねって考えているのに、当のセミたちはそんなこと知る由もないというのはなんだか可笑しい。

セミからしたら自分が素数年で発生している事実どころか、その17年間、街からセミが姿を消してることも知らない。幼虫だって自分が17年も地中にいる意識なんて無いだろうし、卵を産んだ親だって子供が17年も土の中にいるなんて思ってない。そもそも卵が孵化する前に死んでしまう。子供の成長どころか我が子を目にすることすらない。

人間は時間軸で物事を考えるけれど、セミは永遠のような土の中と刹那の地上を生きるだけで、そこに時間なんてない。瞬間と永遠。そこに人間の時間軸を入れ込んで考えるのは、セミからしたら滑稽に見えてしまうかもしれない。

鰻 2018/07/31 09:20 周期ゼミの話、とても興味深いです。
そうですよね、セミからすると滑稽に見えそうですね。
でも、もっと知りたいと思ってしまうのが人間の性なのでしょうか。

平成最後の夏と思うと、なんだか切ないような、複雑な気持ちがします。

tomotomtomotom 2018/08/12 06:17 コメントありがとうございます。

「平成最後の〜」って乱用されすぎて、もはや禁止ワードな気がするんですけど、
それでも来年の春まではことあるごとに耳にして、その度に胸にグッときちゃいそうですね。