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日記なんで。

2016-05-02 相手の可能性を意識して人と話さなければならない歳になった このエントリーを含むブックマーク

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二重らせんの塔@台湾

 先日、大学院修士課程の新入生の前で、講演をさせてもらう機会があった。夢いっぱいのスタートを切ってもらうべく、先輩研究者が研究内容や大学院生活を面白く紹介する、という企画だったのだけど、他にも講演者がいたし、僕はちょっと違う角度から攻めてみたいと思って、自分が会社員を辞めてアカデミアに戻ってきた経緯を説明しつつ、「研究者に向いている人、正直就活したほうが幸せになれる人」みたいな踏み込んだ話を最後にちょこっと挟んでみた。

 最後のスライドの一部をそのまま引用すると、

・「何かを根本から明らかにしたい」という強い気持ち

・命を懸ける覚悟

これらを持ちきれない人は、民間企業に行った方が楽に幸せになれるはずです

という内容で、伝えたかったのは「研究者になるためには、生半可な興味ではダメで、命を懸けられるくらいの強烈な知的好奇心が必要だ。果たしてそれが自分にあるのか、良く問うてほしい」という事だった。これは最近自分がよく考えるようになったことで、結局、研究者としての素質や能力って、学歴でも論理思考でも語学でもなく「どれくらい本気で世界一の研究をやる気があるのか」ということに尽きるのではないかと思うのですよね。「世界初の発見をしたい、発表をしたい」という強い目的意識があれば、思考力だの語学力だの事務処理能力だのといった手段をこなす力は自然についてくる。手段でなく目的。これに尽きると思う。

 で、一通り話し終えた後の質疑の時間、聴衆の新入生から「アカデミアと会社員を行き来してみて、一番感じた違いはなんでしたか?」という質問をもらった。僕は研究内容のほうで質問が出るかなと思っていたので、この質問は想定外で、とっさに出た回答はかなり本音に近いものだったはずなのだけど、

様々な感想があるとは思いますが、会社って言われたことを言われたとおりに、当たり前にやっていればお金をたくさんもらえる、楽な場所だなぁというのが、私が一貫して感じる一番の感想かもしれません。だから、研究者を目指して努力を積み重ねている人が、就職活動や社会人になることを恐れることは全くないですよ

というようなことを言ったと思う。これもここ数年強く思うようになったことなのだけど、「言われたことを言われた期日までに正確にやる」「問題が起こったら速やかに報告して対処する」といった当たり前のことを当たり前にやるだけで、世の中では意外なほど珍重され、評価される。逆に言うと、社会ではそれすらできてないヤバい状況がそこら中で起こっていて、小さい頃から「大人の世界は厳しくて大変だよ」と教えられて育ってきたアレは本当は嘘だったのだ、と感じざるをえないことで溢れている。ゼロをマイナスにしない仕事さえできれば、十分に信頼されてお金を貰える。ゼロをプラスにする、なんてことが求められるのは、本当に一握りの層であって、世の中の仕事の大半は「当たり前のことを当たり前にやり切る」ことで十分に儲かるようにできている。

 そういう、僕が今まさに感じていることを、とっさの質問に対して、出てきたままに自分の言葉で伝えたつもりだった。だけど、この回答に対する会場の反応は「ポカーン」という感じだった。ちゃんと伝わったかな?ちょっと言い過ぎたかも?という不安のまま、次の講演者にバトンタッチ。そして面白かったのは、その次の講演者が、同じく講演の後半で「これから大学院生活を送る皆さんへのメッセージ」みたいなのを紹介していた中で、僕とはかなり違ったことを言っていたことだ。

 この人は僕よりももう少し年上で、指導の経験もあるであろう助教クラスの研究者だったのだけど、彼が紹介していたのが、「学生時代はさっぱりで、よく『自分は研究に向いていない』と口にしていたが、今は一線の研究者としてバンバン成果を出している同僚」の事例で、メッセージとしては、

スランプもあれば、伸び期もある。そのタイミングは、自分にも、周りにも、分からない。だから簡単に「才能がない」と諦めることなく、努力を続けてみてほしい

といったものだった。

 彼の言葉と、僕が言ったこと、どちらが正しいのかという議論はここではしない。賛否はあるだろうけど、どちらも心の底から新入生に伝えたかった自分の意見で、どちらも正しいと思う。

 ただ、これを聞いて、僕自身が思ったのは「あ、俺も歳をとったのだ。気をつけなきゃ」ということだった。なぜか。それは、彼の意見のほうが、大学院生になりたての学生たちに、より信頼を置き、より可能性を見出し、より寄り添った意見だと思ったからだ。対して僕は、今の自分の価値判断軸で、自分が感じていることを、厳しく説得的に本音で語った。果たしてそれが、新入生達にとって、自分事化できるほど身近なこととして受け止められるものだったのだろうか。

 少し回りくどくなったので、一言でいうと、

僕が同じ年齢だったころに、同じ講演を聞いたとして、言っていることを理解し、プラスに捉えることができただろうか?多分、できなかっただろうな。

というのを考えてしまったということだ。その日、僕が話した新入生達は、自分よりも6歳年下だ。僕自身、この6年の間に、ものすごく色んなものを見て成長した。6年前の自分には想像もできないくらい、今の自分は豊富な考え方ができるようになった。じゃあ今、その自分が考えている一番新しいことを、6歳年下の彼らに、必死になって本音で伝えたところで、真意を伝えきることなんてできるのだろうか。限られた時間で伝えるべき内容として、僕が話したことは正解だったのだろうか。むしろマイナスの影響すらあったんじゃないだろうか。色んなことを考えた。


 言いたいことは、この経験を通じて僕は「相手の可能性を意識して人と話さなければならない歳になった」と感じたいうことだ。これまでの人生では、大体話し相手は年上だったから、自分の最先端の本音で話をしても、「浅すぎる」と思われることはあっても「深すぎる」と思われることは少なかったはずだ。だけどこれからは、少しずつ、自分よりも年下に話をしたり、何かを教えたりする機会が増えてくる。こういうとき、自分の考えを自分の経験に基づいて本音で伝えることが、必ずしもプラスには働かず、場合によっては相手の可能性を見落とす結果につながる可能性を考えておくべきではないだろうか。またそうならないように、「若いころの自分が何を考えていて、いかに無知で経験不足だったか」ということをいつまでも思い出せるようにしておくことが大事になってくるなんじゃないだろうか。

 僕も30代が近づいてきて、少しずつ自分のモノの見方、考え方が固まってきたようにも感じる。このことは、自分も「自身の固定観念で伸びしろのある若者に誤った評価を下すオッサン」になる可能性を秘めはじめたということを意味する。これからも、5年・10年くらい歳の違う人間と平気で一緒に仕事をしていくだろうけど、5年・10年で人間がいかに成長するか、ということを決して忘れてはならない。そして成長だけではない。時代背景も違う。今後、自分には持ってない能力や考え方を持った年下が現れることも当たり前になっていくはずだ。そんな中、自分の考えを、自分の経験に基づいて、ただ本音で後輩に伝えていくだけでは、このまま老害まっしぐらではないか・・・そう感じさせてくれた、もしかすると聴衆の新入生以上に勉強になったかもしれない、博士課程2年目の幕開けの出来事だった。

84218421 2016/05/04 22:13 突然ですが、命を懸ける覚悟とは?もう少し説明していただけないでしょうか。

tomotsaantomotsaan 2016/05/06 15:52 与えられた最低要求水準を満たして「こなす」仕事をするのではなく、こだわり抜いて土日もやりたいと思えるくらい仕事に人生を注ぎ込む覚悟、そうやって競争を勝ち抜いて生き残らなければ食っていけないくらい厳しい環境で働く覚悟、という意味です。研究者に限らず、自営業や経営者にも同じことが言えると思います。

「命懸けで仕事をする」ということに関してはこれまでにも自分の考えを書いていますのでよかったら以下の記事もご参考ください。
http://d.hatena.ne.jp/tomotsaan/20140102
http://d.hatena.ne.jp/tomotsaan/20140709
http://d.hatena.ne.jp/tomotsaan/20150412
http://d.hatena.ne.jp/tomotsaan/20150510
http://d.hatena.ne.jp/tomotsaan/20151124

84218421 2016/05/06 20:38 お礼:教えて頂いてありがとうございました。先輩のように頑張ります。

2016-03-10 暖かい雨の朝の通勤の車内にて このエントリーを含むブックマーク

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秋雨メタセコイヤ並木@マキノ

 家から研究室までは片道6キロ、信号は1つだけの田舎道。最近は菜の花や梅も咲いてウグイスも鳴き始めた。朝焼けとケリの鳴声で目を覚まし、ゆっくりと朝食を食べてから、仕事に向かう。田舎の安アパートなので、室温は一桁。部屋でも息が白い。そこでインスタントお茶漬けを食べるのがうまい。東京で会社員をやっていた頃は、満員電車を避けるために毎日5:43の電車に乗っていた。毎日1本ずつ電車を早くして、確実に座れる時間帯を模索した結果たどり着いた時間だ。本当に気が狂っている。5:20に起きて5:38に家を出て小走りでホームに駆け込み、5:54に乗り換えて6:21に会社についてそこでコンビニパンを食べるという分単位で決められた辛くてつまらない毎朝だった。壁に囲まれた建物の1階に住み、オフィスも地下鉄駅直結。天気や季節を感じるどころか、太陽を見ることすらない毎日だった。もう想像できないし、もう二度とやりたくない。今は研究室へは自転車で通っている。寒暖と気候と季節を感じ、きれいな空気を吸いながら通勤サイクリングを楽しんで、研究室につく頃には、程よく汗をかいている。とても健康的だ。雨が降った日は、別の楽しみがある。車に乗っていくことだ。今の車に乗ってから4年以上経つけど、未だに運転していてとても楽しい。やっぱり僕は車が好きだ。そしてMTがどうしようもなく好きだ。4年も乗っていると、スピードとエンジンの回転音で瞬時にギアの回転を合わせる勘が身につく。交差点を曲がるときは、ダブルクラッチヒール&トゥを繰り返して6⇒4⇒3⇒2とギアを落として、後輪駆動独特の押されるようなステアリングを感じながら加速していく。とても楽しい。さらに楽しいことがある。ラジオだ。車で聞くラジオの雰囲気が好きだ。特に、朝の通勤の車内でラッシュの車列の中をトロトロ走りながら聞くやつの雰囲気は格別だ。コンビニの100円紙カップコーヒーを飲みながら通勤できればさらに格別なのだろうけど、年収240万円なのでそこは我慢。というか田舎すぎてそもそもコンビニがない。朝のラジオのチャンネルはαステーションと決まっている。京都ラジオ局なのだけど、植民地である滋賀にも電波が漏洩していて、とても有難い。僕は大学生の頃に散々聞いていたこのチャンネルがとても好きだ。しょうもない効果音ひとつとっても(交通情報が流れる前のテーンテーンテーン↑!とかいう音楽とか)、大学生の頃の懐かしい気持ちがセットになって浮かんでくる。東京にいたときは致し方なく東京FMに浮気したけど、滋賀に来た初日にラジオをつけて京都ラジオが入ったとき、鳥肌が立つほどうれしくて、「やっぱこれが最強」という思いを強くした。それほど東京が嫌いだったということの裏返しでもある。通勤時間帯のαステーションでは佐藤弘樹という声がとても美しいおっさんがひたすら喋っている。これも僕が大学生の時からずっと変わらない。朝と言えばこのおっさんの声だよね、ってのは京都圏では比較的同意を得やすい話題だと思っている。僕は通常車でラジオを聴くとき、適当に音楽を流しているチャンネルを探す。だけどこの朝のラジオだけは、とりとめの無いことを話し続けるこのおっさんのトークでいいや、という気分になる。で、だらだらと聞きながら運転しながら、近所の梅の開花状況や、畑の作物の育ち具合、川の流量などを確認しながら、10分ほどで研究室に到着する。先日の雨の日、いつものように、とりとめの無いおっさんのトークを聞きながら通勤していると、全然とりとめの無くない、深いことを突然話し始めて、それがすごく印象に残った。何かの引用だったのだけど、それが何だったかはきちんと聞いていなくて思い出せない。その後そのネタについて、断片的な記憶を頼りにググってみたりした。だけどそんな話は出て来なくて、ネットに出ないようなマイナーな引用源だったか、僕が勘違いして理解しているだけだという結論に至った。だけどとても印象に残ったので、僕の勘違い作り話かもしれないけど、ここに書いておきたい。それは、人生の岐路での選択にまつわる話で、

自分が本当にやりたいと思っていることを見えづらくしているのは「もったない」という気持ちではないか

という趣旨のものだった。「その高校でこの大学はもったいない」「大企業を蹴って中小に行くなんてもったいない」「理系なのに文系就職するのはもったいない」「苦労して入った会社を辞めるなんてもったいない」・・・といった「もったいない」という気持ち、言い換えれば「他者による評価軸」を打ち破ることで初めて、自分の本心で未来を選択できるようになるのではないか、という内容だ。これを聞いた瞬間、はっとした。こんな深い言葉がこんな朝のラジオで飛び出すとは。おっさんやるじゃん、ってなった。僕は会社を辞める時、まさにこの「もったいない」を周りに言われ続けた。それを辞める会社の人に言われるのは、分かる。家族や友人に言われるのも、まぁ分かる。福利厚生充実給料抜群永久保証の大企業を辞めて、福利厚生皆無将来保証皆無年収240万の学振特別研究員様になるわけだから、普通の感覚からすれば狂っているし、もったいないとしか言いようがないのだろう。面白かったのは、研究者サイドからも「もったいない」と言われまくったことだ。いや、自分の選んだ道、自分の将来、自分で否定するなよ、と思った。あまりにも全方面から「もったいない」と言われるので、僕も弱気になって「ああ、こんなに言われるのなら、辞めたあとに後悔があるんだろうな、覚悟しとこう」という予防線を張るほどになった。だけど今、1年弱経って、僕は愉快なほど後悔していない。強がりではなく、自分でもびっくりするくらいに、本当に「辞めてよかった」という感想しかないのだ。このラジオの話を聞いて合点いったのは、まさに自分がこの「もったいない」の壁を破って、自分の強い意志と責任で選択をしているという自負を実感しはじめているからだと思う。「もったいない」という言葉、資源節約にはいい言葉だ。だけど人間の選択を指して使うのには、あまり好きな言葉ではない。「もったいない」を捨てて、自分の意志を信じた結果、上手くいかない場合もあるだろう。だけど、「もったいない」に縛られてチャレンジしないまま人生を過ごすのと、どちらが正解かと言われると、誰にもわからないのではないか。少なくとも「もったいない」という気持ちに自分が縛られている可能性については一考してみる価値があるのではないか。暖かい雨の朝の通勤の車内の出来事、とても濃い思考と充実感を持って研究室に到着した。おっさん、ありがとう。やっぱりラジオαステーションだ。去年の春に咲いていた花や鳴いていた鳥を再び見かけるようになり「もう会社を辞めて1年か」という思いを強くする。「もったいない」から自分を解放したことが、将来吉と出るか凶と出るかは、全くの未知だ。研究成果もようやく出始めたけど、これがどれくらい評価されるのかはこれからの話だ。将来が本当に分からない。世界レベルで分からない。来年の今頃は海外にいて、次にあの花や鳥が見れるのはだいぶ先になるのかもしれない。これが僕が選んだ選択だ。でも今は、毎日がとても楽しい。ちゃんとやっているし、これでよくないですか?少なくとも、1日のうちのたった10分の通勤時間でそれを十分に感じられるくらい、充実している。明日も楽しみだ。

2016-02-27 大人になると誰も叱ってくれない このエントリーを含むブックマーク

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霧の森@台湾


 先日とある研究会で、ベンチャー企業の若手社員(自分よりも年下)による自社紹介の発表を聞いたのだけど、なんか偉そうだった。周知の事実や根拠の薄いことを、自分のほうが良く知っているかような物言いで自信満々に早口で話し続ける。僕は途中から耳が痛くなってスマホをいじり始めたし、周りもそうしていたようだった。質疑応答では誰一人として質問をしていなかった。

 会場の大多数を占めていた僕よりも歳を重ねた聴衆にとっては、これは単なる「時々いる偉そうな意識高そうな若者」であって、珍しいものではなかったのだろう。だけど、僕はこの人のことが(発表内容は全く頭に残ってないけど)、とても印象に残った。自分にとってはまだ珍しい年下の社会人の発表者だったことや、本人には悪気が無く一生懸命発表しているように見えたこともあるのかもしれない。どのような背景が「偉そうな意識高そうな若者」をつくりだしているのだろう。僕はその後もあれこれと考えずにはいられなかった。


「自分を良く見せる」ことを良しとする教育

 「偉そうな意識高そうな若者」をそうたらしめているのは、「客観的に話すことより、自分を良く見せることに重きを置いている」ことだと思う。僕はこの背景に「良い子を目指す教育システム」があると思う。日本における高校生くらいまでの人生で、自己承認欲を満たしてくれるのは親と先生と友達の3者だ。その中でも大人(親と先生)から承認してもらうためには、マナーを守り、ルールを守り、勉強して、部活して・・・という良い子を演じる必要がある。大人側も、そういう模範的な子を褒めて伸ばす。そして「自分を良く見せることで大人に認められて成功する生態系」が出来上がる。そこで子供時代のほとんどを過ごすことで、大人に自分を良く見せることが無意識的にできるレベルに染みついた人間が量産される。その勢いのまま、自分自身が大人になり、親や先生がいなくなってもそれを止められない、というのが「偉そうな意識高そうな若者」の正体なのではないだろうか。特に、「褒められる⇒成功する」というサイクルを絶やすことなく大人になれた「育ちが良くて高学歴の人達」はこういう傾向が強いと思う。

大人になると叱ってくれる人がいなくなる

 自分が大人になることで怖いのは、「褒めてくれる大人がいなくなること」よりも「叱ってくれる大人がいなくなること」だ。冒頭の発表の場でも、質疑応答の時間に誰も手を挙げなかったことが、僕は怖かった。もし彼が高校生であれば、「もう少し落ち着いてゆっくり話して、言葉遣いも少し相手に気を遣ったほうがいいよ」くらいのアドバイスを先生から受けたことだろう。だけど彼は発表について何のフィードバックを受けることもなかった。別の場所で同じような発表を繰り返すことになるかもしれない。あの場で、彼に「偉そうだな」という感想を持った人は他にもいたはずだ。だけど、誰もそれを口にしなかった。誰もそれを彼に指摘する義理は無いし、「どうでもいい」からだ。大人になれば、よっぽど迷惑になることをしない限り、人に叱られることは無い。自分を客観的に見て方向性を修正するのは、ものすごく難しくなる。

「良い子」の存続に最適化されたインターネット

 この傾向に拍車をかけているのがインターネットの登場だと思う。「個人が相手の顔を見ずに発信できるようになった」ことによって、「良い子」を続けるのはますます容易になっているように感じる。

 「自分を良く見せたい」という人にとって必要なのは、「他人の評価」であって「他人そのもの」ではない。だからブログSNSのように、個人が不特定多数に発信できるシステムはとても合理的だ。相手がどう感じるかや、相手の知識レベルがどの程度かを深刻に考えることなく自分の言いたいことを発信できる。そこに返ってくるコメントでは常に自分の話題の中心軸にあり、相手に話題を持っていかれたり、相手に合わせたりする必要もない。しかも、興味が無い人はそもそも何の反応も返してこないので、基本的にネガティブな反応を目にすることは少ない。まさに自分の承認欲求を効率的に満たすことができるように進化したツールだ。

 ネット登場以前、対面のコミュニケーションしかなかった時代は、相手が自分より知識レベルが高いことに気づいて自分の意見を引っ込めたり、同意できない相手の率直な批判の意見を受けたりする機会もまだ多かったはずだ。インターネットの登場によって、ただでさえ少ない「大人になってから自分を見直すチャンス」を得るのがますます難しくなっているのではないか。そして、批判フィードバックを受けることがないネット上のノリのまま、対面のコミュニケーションに臨んでしまうケースが増えているのではないだろうか。

 あとこれは少し別の話だけど、ネットの登場で「知識の受け売りがしやすくなった」という点も「良い子」の寿命を延ばすことに一役買っているように思う。昔は「外面だけで中身ないよね」といって見破られていたケースも、「Googleで入手した情報を自分の意見のように発信する能力」を人々が獲得するにつれて、だんだん少なくなってきているのではないか。余談だけど、コンサルで働いていた経験から言うと、Googleの登場によって知識格差が無くなった今、「一次情報の価値」はますます高まっているように感じる。「調べれば分かること」と「この人にしか分からないこと」を区別して受信するリテラシーは今後もっと一般的になるだろうし、そうなっていくべきだと思う。


 だらだら書いたけど、自分を良く見せることが悪いと思っているわけではない。情報があふれる中で潰されないようにするためには、アピールは必要だ。言いたいのは、冒頭に書いたような「偉そうな意識高そうな若者」が、叱られて自分を客観的に見直すことができるチャンスが少なくなっているのではないか、ということだ。若い間は「ウザいなぁ」で済まされるのかもしれないが、そのまま歳をとってしまうと、ますます叱ってくれる人が少なくなってフィードバックが効かなくなるし、権力を持ち始めると面倒くさいことになる。ある日突然、取り返しのつかない炎上に発展するかもしれない。これは本人にとっても不幸なことだ。


本題

 と、粗末な議論をしたけど、実は冒頭の発表の話が印象に残ったのは、何を隠そうこれが自分にそっくりでは感じたからだ。偉そうな鼻につく話し方、落ち着きのない早口、とにかく自分事感が半端なく、聞いていて自己嫌悪しかなかった。

 会社員の時に行ったあるプレゼンを思い出した。聴衆は50人以上いて、ほぼ年上。相手は全員業界のプロで、こっちは雇われ調査会社として数か月その業界のことを調べただけだ。とても知識で相手に叶う訳ない。だけど調査の結果を発表しなければならない。こういう時の最適戦略は「とにかく客観に徹する」ことだ。主観を混ぜる余地は一切ない。だけどその時の僕はまだ未熟がゆえ、ストーリーを上手く作って、発表をきれいに見せることに労力を割きすぎた。発表直後に、自分でも「大失敗」と感じた。自説を展開することに必死になりすぎて時間がなくなり、最後は客観的説明すべき部分もきちんと説明できなかった。後日、聴衆のアンケートの結果が返ってきた。「まあまあ」の評価がほとんどで、概ね無記入の自由記述の中に、いくつか「早口すぎる」というフィードバックをくれた人がいた。

 ・・・・・ただ、それだけの話なのだけど、このダメージはでかかった。あれだけ酷い発表だったのにほとんどの人がサイレントだった。だけど数人が「早口すぎる」と書いたということは、もっと多くの人がそう感じていたはずだし、書いてくれた数人は我慢ならないから書いたわけで、本当は「偉そうで早口で聞くに堪えない発表でした」という感想を書いていてもおかしくなかったはずだ。被害妄想なのだろうけど「大人になってから率直に意見を貰うことって本当に無いんだな」ということを強く感じた出来事だった。

 だから今、人前で自信満々に研究の話をしている自分が怖い。多少は面白がってくれる人がいることに安心できるけど、叱ってくれる人がいないことには安心できない。自分がやっていることはどれくらいアピールしていいレベルのことなのだろうか?世の大人たち、とくに科学者は、胡散臭いものを嗅ぎ分ける能力は一級だ。もしかしたら自分も「大したことないことを偉そうに語っている胡散臭いヤツ」になっているかもしれない。だけどそうだとしても、誰もそれを教えてくれないだろう。世の中は想像以上に自分に興味が無いのだから。そしてそう考えること自体、自分の自意識過剰な素性を表す自己矛盾であり、苦しみを増幅させる。

 先日ちょこっとこの日記がネット界隈で話題になった時は、率直な否定的意見もいくつかあってとても参考になった。やはり、自分の立ち位置を客観的に見るためには、否定的な意見が不可欠だ。大人になると、自分を叱ってくれる人が本当にいない。ネガティブな意見をビシバシ言ってくれる人がいて欲しい。でもそんな人、いるのかな。できることなら、5年後くらいの自分に今の自分をボコボコに頭ごなしに否定されてみたい。何を言われるのだろうか。それでも「今のままでいいよ」とか言われそうで怖い。

2016-01-28 生活がゆっくりになってきた このエントリーを含むブックマーク

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紅葉の時期に瀬田川上空に現れるビームの正体@石山寺

 どんなに意思が強い人間でも、周辺環境から受ける影響というのはとても大きくて、「慣れる」というのは怖いことだと思う。会社を辞めて大学院生として研究に戻ってきてすぐの頃は、仕事に対するスピード感や金銭感覚の、前の環境とのあまりの違いに戸惑ったり苛立ったりすることが多かった。前の会社で「終わるわけない、意味が分からない、物理的に詰みでしょ、ふざけるな」とかいいながらも無茶苦茶なスケジュールで体が壊れる寸前まで働いて何とか1週間で仕上げていたような量の仕事に、今の環境では1か月とかかけても怒られない。それは単に、お客さんに指定された納期がないからみんなノンビリしているというだけではなくて、会社で良しとされていた、外注にザブザブお金を使ってとにかく早さを追求するというような働き方が金銭的に無理ということも理由にある。論文読んだり書いたり研究計画立てたりするだけでなく、資料作成・実験器具洗い・事務作業まで、何もかも自分でやらなければならないから、どうしても仕事のスピードが遅くなる。

 で、言いたいのは、研究に戻ってきて時間がたって、少しずつ会社員時代の仕事の仕方を忘れてきているのが怖いな・・・ということだ。4月に研究に戻ってきてすぐの頃は、「納期を自分で決めて、もっと詰めて仕事しなきゃな」とか「お金があったらこんな非効率なことしなくて済むのに」とか思いながらやっていたけど、最近はだんだんと「睡眠時間削ってまでやりたくないなー」とか「頼んだら高いし自分でやっちゃおう」とか考えるようになった。もっと怖いのは、最近だんだんとそれすら感じなくなってきてしまっているということだ。せっかく外の世界の経験を持ち込んできたのだから、こっちのやり方に染まってしまってはダメだと思って、研究に戻ってきた直後に自分が感じた違和感を思い出して自分を奮い立たせようとするのだけど、やっぱり周りの環境の影響力というのは大きくて、自分一人で意思を貫くのは難しい。やはり、そういう環境に身を置いて引き締めることが定期的に必要だと痛感する。

 一方でそれの裏返しになるのだけど、前の環境で無意識的に慣らされていたなぁ、と今になって気づいたこともある。それは「効率よくやって楽することは良いことだ」という考え方だ。会社員時代は「効率よく楽に儲ける」やつが偉かった。効率よくやれば、早く帰れる。効率よくやれば、より多くの仕事を回せる。非定型だった仕事を定型化し、ルーチンワークに落とし込んで、低労力で汎用的に価値を発揮する方法を考えたチームは、社内で表彰された。複雑なものを複雑なまま考えようとするのは愚で、複雑なものは単純化して、楽に処理できるようにするのが正義だった。この考えは、目的がはっきりしているビジネスの場面では正しい可能性が高い考えだ。だけど、非定型でクリエイティブな仕事をするにあたっては、「非効率」の存在を容認しないと良い結果にはつながらないのではないかと思う。これは簡単に言えば「試行錯誤が許されているかどうか」だ。非効率な失敗を繰り返さないとたどり着かない境地というのは、必ず存在する。想定内の状況下で楽な近道を探す能力をどれだけ鍛えたところで、想定外の状況で上手く立ち振る舞えるようになるわけではない。今僕は、4月から今まで、ずっと失敗し続けている実験がある。成功すればそれなりに大発見なのだけど、その可能性は低い。それでも続けられているのは、失敗しながらでないとたどり着けない場所を目指すことを許し、非効率を愚としない、今の環境に身を置けているおかげだと思う。楽に成果を出すことを追求する環境だと、手を出すことは許されない実験だ。4月に研究に戻ってきた当初は、「いかに考えていることを早くやるか」ばかり考えていたけど、最近少しずつ「もっと失敗してもいいんだ」「せっかくならでかい目標を立てたほうがいいな」という気持ちになれてきた。

 結局、自分の考え方や働き方というのは、自分の意思以上に、周囲の環境の影響を受け、形作られていくものだと思う。これは僕の人生の基本戦略でもあるのだけど、人生の岐路においては、「何をやるか」よりも「どこでやるか・誰とやるか」のほうを圧倒的に重視すべきだと思う。研究に戻ってきて1年弱、少しずつ今の環境に染められはじめている中で、自分の意思はあまりあてにせず、会社的な効率的なやり方、研究的な試行錯誤、そのどちらの環境にも自分の身を置けるよう、いろんな人と、いろんな場所で仕事をするように、意識的にやらないとまずいなぁ、と思う。

匿名希望匿名希望 2016/02/09 14:25 初めまして。学振、で検索したら、ここにたどりつきました。
私は、本職は高校教員(文系)ですが、研究者への夢が捨てきれず、自己啓発休暇という形で修士課程に在籍している者です。これからDC1に出願する予定です。
職業はおそらく全然違いますが、あなたの書かれていることにかなり共感しましたので(社会人を辞めて研究者になろうとするなんて、ほんとクレイジーですが、社会人に戻ったら、収入と引き換えに退屈な日々がまた始まるという気持ちの間で葛藤しています)足跡を残しました。
どうか今後もご活躍ください。

春から院生春から院生 2016/02/14 11:35 はじめまして。ツイッターで記事を見かけ、最近の記事を読ませていただきました。
自分は理系大学生で、基礎研究の研究室に身を置いています。最近、就活について考え始めたのですが、tomotsaanさんは就職の時点で研究職につくことは視野に入れず、コンサル業界をターゲットにして就活なさっていたのでしょうか?既出でしたら申し訳ありません。ただ、こんなにも研究への熱意があり、執着がある人が職を考える上で研究職を丸々蹴ったとは考えづらく、コメントさせていただきました。お返事いだだけたら幸いです。

tomotsaantomotsaan 2016/02/15 22:10 >匿名希望さん
コメントありがとうございます。共感いただけてうれしいです。悔いのない選択ができるよう、応援しております。
>春から院生さん
「研究の外の世界を見る」ことが就職の動機だったので、研究職で民間に就職することは一切考えませんでした。就活時のあれこれはこちらの記事にもまとめてますのでよろしければご参考ください。
http://d.hatena.ne.jp/tomotsaan/20111225

春から院生春から院生 2016/02/16 08:39 お返事ありがとうございます。リンク記事、参考にさせていただきます!
ありきたりですが、陰ながら応援しています。

2016-01-14 未来を想像し続ける仕事 このエントリーを含むブックマーク

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超広角で大仏様を撮ってみた@東大寺

去年の4月に安泰な生活を捨て、暗中模索状態でここまで約9か月、本当に不安の中でやってきたけど、やっと論文投稿までこぎつけて、ようやく次のステージに進んだ感覚がでてきた。あとは査読を受けて、最速で3か月ほどで受理されるというところかな。

 まぁ、喜ぶのは論文が通ってからなんだけど、今はとにかく「計画→実行→アウトプット」という研究者としての1連の仕事を1周回せたことにとても安堵している。ここまでアウトプットが無かったことがとにかく辛かった。これまで心の奥底にあった最大の恐怖が「修士の頃に論文が書けてたのは、研究テーマやタイミングに恵まれただけのまぐれだったのでは」というものだった。「果たして3年も研究を離れていてキャッチアップできるのか?」ということも、すごく不安だった。改めて、自分の手でゼロから研究を組み立てて、アウトプットまで持って行けたことは、大きな自信だ。

 もう一つ、「一連の工程感がつかめた」ということも大きい。一通り論文の原稿を書き上げるまでに、どの程度のデータ、分析、インプットが必要なのか、という点だ。当初の想定よりも多かったところも少なかったところもあった。「論文なんて会社員時代の仕事スピードでかかればすぐに終わるっしょ」とか調子に乗っていて、確かにデータ分析やグラフ化の部分では経験が生きて二度手間を最小限に抑えられ大いに捗ったけど、論文書きとなるとやはり会社の仕事に比べて科学ははるかに厳密で、過去の文献を1つも漏らさず厳密に調べ上げる作業など、想定以上に時間がかかったとともに、僕が会社に入ってすぐに感じた「会社の仕事って適当だなぁ」という感覚を再確認できた。今回の経験を通じて時間感覚が精緻化できたことで、次の作戦がかなりクリアに描けるようになったと思う。

 ただこれは、ようやく入口に立ったことを示すに過ぎない。先を見ると、天文学的に優秀な研究者達が職を賭けてすさまじい競争を展開している。今、最前線で戦っているのは、僕の10年くらい上の世代だ。10年後には、自分もそこで戦わなければならない。自分はあと10年で何ができるだろうか?10年後には、どのような研究が必要とされているのだろうか?そう考えると、本当に時間が無いと思う。


 時間が無い中で何をすべきか?最近よく考えるのが、普通に前に進むだけではダメで、世の中の変化よりも早く前に進まなければ勝てないということだ。目先のことは考えないで、常に5年先、10年先、もしかすると30年くらい先の世の中を考え続けてないとダメなのかもしれない。前職が「当たり前のことを当たり前にやりきる」ことを得意とする会社だったこともあるのかもしれないけど、無意識のうちに「前例を踏襲して低リスクな仕事を確実にこなすことで価値を出す」という思想に染まっていたような気がする。それはそれで社会には必要とする人がいた、意味のある仕事だったけど、研究者はそんなことをしていたら即死だ。未来を想像しつづけなければならない、むしろ未来のために失敗することが許されている。

 年が明けて論文を書き上げてから、確実に自分の意識がシフトアップしたような感触がある。自分はもう少し色々挑戦してみてもいいのかもしれないし、それをできるのは自分だけかもしれない。なんだか調子に乗っているけど、それくらいやらないと、やれないと、生き残れないというのも事実だと思う。僕の研究は基礎科学だけど「役に立たない」とは言わせたくない。10年後、30年後に注目を集め、世の中の役立っているかもしれないものを先回りして見つけ出して、未来を変える一翼を担う研究者になりたい。