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週刊友蔵

2011-10-05 椿姫

前々年度委員長のPです。

この夏インドに1人旅して、久しぶりにしっかりと本を読み、

色々考えることができたので、ついでに駄文ではあるが書評を書く。

椿姫 (新潮文庫)

椿姫 (新潮文庫)

タイトルは「椿姫

著者はデュマ・フィス

彼は「三銃士」や「モンテ・クリスト伯」で有名なアレクサンドル・デュマの息子である。


あらすじ

19世紀頃のフランスを舞台とした、娼婦であるマルグリットと青年アルマンの恋の物語。

幾人ものパトロンを抱え、艶やかな娼婦として、散財を繰り返すマルグリット

そんなマルグリットに、純で一途な恋をするアルマンと

アルマンの誠実な愛に心奪われ、荒んでいたマルグリットの身と心が

徐々に年齢然とした少女的な感情を取り戻していくお話。


オペラにもなり、非常に有名な小説である。

話は、マルグリットの死後、彼女の遺品で行われるオークションに

語り部が参加するところから始まる。

最初からネタばれであるが、マルグリットは死ぬ。

少女的な感情を取り戻していくとか書いたけど、読んだ頭から死んでいる。

死因は結核。彼女の死の間際の日記も本文に出てくるけど、

人の死んでいく様に鬼気迫るものがあった。


話がそれたので、元に戻す。


語り部は、気まぐれから、マルグリットの遺品での一つである一冊の本を競り落とす。

後日、旅から戻ってきたアルマンがその本を譲ってもらいたいと訪ねてきて、

代わりに、彼がマルグリットとの愛がどのようであったかを語っていくという形で話は進んでいく。


最初はマルグリットは娼婦という身分であり、男からしても、娼婦側からしても

その交わりは、ただの火遊びでしかなく、

その中に身を潰すまで飛び込むのは馬鹿のやることだという言葉を

マルグリットの友人や、アルマンの友人はアルマンに言う。

しかし、愛に燃えるアルマンにはそんな言葉は障害の一つにもなりはしない。

娼婦的な美しさ、艶やかさの中に彼が見つけた少女的可愛らしさ、純粋さに魅了され、

彼はマルグリットにどこまでものめりこんでいく。

そして、それまで娼婦として扱われてきたマルグリットは

1人のレディとして、献身的に接するアルマンの行動、心に魅かれ二人は相思相愛となる。


ここで終われば、ただの良い話で、

現代まで愛される名著としては残らなかっただろうと私は思う。


そんな二人の仲を、アルマンの父は良く思わず、二人の仲を裂こうとする。

アルマンが冒頭で旅に出ていたこと、マルグリットが死んでいることから

この思惑は父の計略通りに上手くいったのだろうという想像にたどり着くのは難くない。


しかし、父の計略は、身分とかそういった世俗的名誉に固執したためではなく、

深い家族愛のためであり、単に嫌気がさすような醜悪さを感じるものではない。

むしろ清廉なものを感じさせるあたりが、名作たりえる理由の一つであったように思う。


恋愛で大事なのは、それまでの生き方がどのようなものではあるかではなく、

その心の本質が救済の余地のある純粋さを持っているかであると語っていたのではないかと思う。

何人と身を重ねようが、その心に輝く物があればよし。

逆に言えば、体が純潔でも性根が腐っていれば駄目という事だ。


恋愛経験に乏しすぎる私にとって、

二人の恋愛の過程における深いと思われる機微については

「そういうものか、ふーん」程度の想いしか抱くことはできなかったが、

全て読み終わってみれば、

相手の幸せを己の身よりも第1に考えることができるような恋愛の深さや

その決断のための葛藤などが、心に痛かった。

携帯小説を低俗とは言わないが、あの中で語られる純愛に感動し、

思考を停止する前に続けて読んでほしい1冊である。


追記

仏文科の友達曰く、フランス小説に娼婦との恋愛は良くある話らしい。

フランスの小説=フランス書院と頭に出てくるような汚れた私には「へぇー」としか言いようがない。

(フランス書院を読んだことはないが)

純な愛とは何なのか、こうまで身を投げだせる愛というものがあるものなのか、

そして自分にこういう愛は見つけられるのか←これ重要

色々と考えた結果、とりあえず書とPCを捨て町に出ようということにした。


本を読んでいるだけでは、運命の相手は見つからないのだ。

行動あるのみである。


追記2

書いていてふと思ったが、

・幾人とも関係を持つ

・本質を理解してくれる男は1人

・その愛で変わる

・第3者の計略で二人の仲は裂かれる

・病気で死ぬ

・真実の愛に気づく


箇条書きであらすじを書くと薄っぺらくなるな。

しかし、携帯小説と通じる点がいくつもあって、時代や国が変わっても、

人の心を引き寄せる物語というのは、変わらない物なんだろう。

本当の中身は全く薄っぺらくないので読むことを薦める。

2011-08-05 人形の家

人形の家 (岩波文庫)

人形の家 (岩波文庫)

 知っている人は知っている、知らない人は全く知らない、イプセンの名作戯曲人形の家」。そこそこ社会的に地位のある夫に嫁いだ、世間知らずの女性「ノラ」が、ある事件をきっかけに自己と社会的な立場を考え、夫から独立するという、当時の新しい女性の在り方をテーマにした物語だ。題名の人形の家とは、物語が始まった当初のノラが、意志も自己もない、ただ夫の好みのための着せ替え人形でしかない、というところから来ている。

 3幕構成で、1,2幕で事件が進行し、3幕目で物語が収束する筋立てで、現代人が読むとやっぱりちょっと急展開な気がしないでもない(まあ、古典と言うのはおおよそそんなもんだが)し、実際のところ、こういう女性の独立の話は現代には腐るほどあるので、あまり娯楽としての目新しさはないけれど、そのすべての原点であるこの物語を読んでみるのは決して悪くはないと思う。

また、イプセンのセリフ回しは物事の確信を突くものが多く、短編だが読みごたえは結構ある。特に次のノラとクログスタの2人のやり取りがとても心に残っている。

クログスタ「法は動機のいかんを問いませんよ」

ノラ「そんな法律は悪い法律に違いないわ」

このセリフは、ノラが過去に家族や夫のために、違法な方法でクログスタから借金をしてしまい(これが、ノラが社会的独立を決意する事件の発端でもある)、その借金をかたに脅された際のやり取りだ。ノラのこのセリフは、彼女の無知を象徴するようなセリフだけれど、同時に法の在り方について、鋭く風刺しているようにも思える。ノラにとっての法律は、良く知らないけれど人のためにあるものだ、という認識だ。だからノラとしては、家族のために違法とされている手段で借金をしたけれど、しかしそれは家族を想っての事なのだから当然許されてしかるべき事だ、と言うわけである。これは確かにまったく道理が通っていない。だが作者は、ノラの口を通じて、もし法というものが人のためにあるのなら、そこにある善意を組み取れないことは法自体に機能的な不備がある、と言っているように思えるのだ。そして、その言葉は、世間知らずな、言いかえれば無垢で世間ずれしていないノラを通じて言わせることで、偽善のない、心からそう思っている言葉として感じられる。会話劇だけでこれをやってのけるイプセンの手腕は素晴らしいものがある。一読の価値はあるだろう。

そして、もうひとつ。これは悪い楽しみ方だが、昔の翻訳は全般的に「なんでこの場面でそういう語尾使っちゃうの」という絶妙な書き方をしてくれるせいで、キャラクタ達がどうにもとぼけたようになってしまって、どこかおかしみがある。人によってはちょっと違和感があるかもしれないが、私はどうにもこの妙な直訳っぽさが好きだ。そういうところに突っ込みを入れながら笑って読むのもいいかもしれない。

そんな感じでお勧めです。

そして読んだらコメントカードを書いて全国読書マラソンコメント大賞に出してみよう!

締め切りは10月初旬、詳しくは生協にて。

(今回、私が読んだのは、角川文庫、昭和二十七年八月十五日初版、イプセン作 山室静訳でして、流石に絶版していたたらしく、とりあえず岩波のサンプル写真を置きました。)

text by 蓬莱ニート

2011-05-07 「内田百けん」

内田百けん (ちくま日本文学 1)

内田百けん (ちくま日本文学 1)

 2008年にちくまから出ているまとめ本を買ってから、3年の時を経てようやく読了しました。いやー、積み過ぎたなー。

 それはさておき、この本は短編、長編含めた百けんの37作品が収録されています。小説も面白いのですが、しかしやはり随筆が凄まじい。もう滅茶苦茶面白いです。何かの雑誌で森見登美彦氏も大好き言っていた百里任垢、これを読むと森見登美彦氏のルーツがこの作家にあることがはっきりとわかります。

百けんはとにかくわけのわからない考え方で生きていた人で、妙なところで変に頑固、それでいて突拍子もなく優柔不断といった偏屈な方。しかしただの偏屈では終わらず、ものすごく特殊な感性を(つまり、馬鹿みたいに面白い突っ込み所を)持った方で、その面白すぎる人間性と思考回路は随筆の中にあふれんばかりに書かれています

 爆笑したのが借金の話。

 この話は、借金術の大家であった(一体どういう術なのか……)百けんが、自分の借金の経歴の中での感想を語っているお話で、最初からへ理屈連発のとんでもない随筆なのですが、中でも次の話は凄かったです。曰く「金を稼いでいるような奴は、自分の金を使っているのだから、お金のありがたみなどこれっぽっちも分からない。借金をして、他人のお金を使ってこそ、お金のありがたみがわかる。また、借りるお金も金持ちから借りたのでは、たくさんあるところから借りたに過ぎず、対してお金のありがたみは分からない。貧しい人から借りてこそ、お金のありがたみがわかる、欲を言えば、同じく借金をしている人の、その借金の内側から借りることで、より一層お金のありがたみがわかる」

 爆笑しすぎて腹筋が割れるかと思いました。恐らくこんなことを考えられる人は、後にも先にも百けんだけだと思われます。他にも突っ込みどころ満載な、彼独特の随筆が何作かあり、読みごたえのある爆笑の一冊となっています。

text by 蓬莱ニート

2011-03-07 獣の樹

獣の樹 (講談社ノベルス)

獣の樹 (講談社ノベルス)

 ある人は舞城王太郎を天才と呼び、またある人は舞城の作品を虚仮威しだと言います。そのどちらも正しいと思います。すなわち、舞城は虚仮威しの天才なわけです。何を言っているかわからない?いや俺にもわかりません。しかしながら、舞城王太郎の魅力はズバリそこにあると思います。設定は破天荒だし、状況は異常かつ異様、人物の行動原理も時々理解不能で、結局何が何だかぐちゃぐちゃだけれど、しかし最後読み終わった後に、なるほど、この話を書いた奴は天才だ、ということだけは分かる。それこそが舞城文学の真骨頂でしょう。

 「獣の樹」を人に薦められる本かと問われたならば、ぶっちゃけあまり薦められないと答えます。だいたい、話の冒頭からして「14歳くらいの、背中にタテガミをはやした少年が、馬から生まれてくる」ですから。現代ものの小説で初っ端にこんな設定を出してくるあたり、読む人を選ぶことは確実。後半もぶっ飛んだ構成ですし、何より残念だったのが、終わりが中途半端だったこと。これはちょっといただけないと思いました。読後感がもやっとすること請け合いです。

 しかし、上記の部分をなんなくスルー、もしくはばっちり耐えられる、あるいは「コズミック」を一度でも読んでいる人にならば、私はこの本をお勧めしたい。なぜなら、以上の部分を差し引いたとしても、面白い部分がかなり多いと思っているからです。

 この本の主題にして、最大の見どころは主人公の成長過程なのですが、これがもう凄く良い。こんなわけわからん設定の話で良く主人公の成長を描いたな、と思うと同時に、この設定ならではの成長の形を描き切っている、とも思いました。舞城オリジナリティが遺憾なく発揮されています。

 物語の最初、馬から生まれ落ちた直後の主人公はまったくの空っぽでした。記憶がなく、常識や善悪の概念、社会通念のようなものを持たない、体と知識だけが14歳の人間(もっともタテガミや、その他妙な力があったりしますが)として生まれます。親も何もわからない主人公は、ある家で拾われることになります。そこから、主人公が人間集団――例えば家族や学校――に触れ合い、彼の成長が始まります。

 何もわからない空っぽの彼には、言葉を額面通りに受け取る、つまり言外に含まれているモノを一切排除してしまうところがありました。そのせいで、彼は日常生活でたびたび問題にぶち当たってしまいます。それは例えば、クラスメイトの皮を剥いだ時であり、殺すぞ、と言われて、全力で殺し返してしまったりしたときです。問題にぶつかる度に彼は考えさせられ、そして人から教えられます。言葉一つの受け取り方、その裏にあるもの、責任の在り処、謝罪の意味。人から言葉ではっきりとは教えてもらえない部分に、逐一細かくこだわって、理屈っぽく筋道立てて、納得いくような答え見つける。そして、恐らく私たちが無意識にそうだと考えている常識を明文化し、理解していきます。まったくの無知から人間への成長。それが極めて丁寧に段階的に描かれています。広げた話の展開を無視し、成長小説としてのみ本作を見るなら(というかある程度までは作者もそのつもりで書いたのではないかと思うのですが)、あの終わり方もありかな、と思えるほどこの本は「成長する」ということが良く書けています。

 薦めづらいですが、もし読む人がいれば、読後の感想が知りたい一冊です。気が向いたらどうぞ!

text by 蓬莱ニート

追記:更新が滞っていたのは正月やテストのせいとかじゃないからね!

2010-12-05 謎解きはディナーの後で

謎解きはディナーのあとで

謎解きはディナーのあとで

題名もさることながら、表紙見た瞬間にびびっときました。ええ、執事とお嬢様で推理小説。しかもよくよく作者を見ると、ユーモアミステリの達人たる東川篤哉じゃないですか。あまりにも自分好みのせいで、本を見つけてから1500円+(税)が財布から消えるまでさほどの時間はかかりませんでした。

 さて、この本がどんな本なのかと簡潔に説明するならば、「令嬢刑事、宝生麗子が事件現場で遭遇した不可解な殺人or殺人未遂事件を、運転手兼執事の影山が、お嬢様を馬鹿にしつつもいとも簡単にその謎を解き明かしてしまう短編集(全6編)」。笑いを誘うキャラクタ設定と会話劇、かつ高品質なミステリが合わさった良作だ。

東川篤哉の作品の良さはキャラ設定の面白さにある。今作もそれが光っている。語り手である宝生麗子は、大企業である宝生グループの一人娘。蝶よ花よと大切に育てられ、何不自由なく大学を卒業。しかし彼女も現代の女性。このまま花嫁修業の家事手伝いなんて嫌だし、だからと言って親の企業で働くのなんてもってのほか。と言うわけでお堅い公務員=刑事に就職。もっとも彼女は立場を弁えた性格なので、某富豪刑事のごとくお金の力を振りかざすようなことはない。それどころか身分を隠して一般女性として振る舞っている。しかし、バーバリ−のパンツスーツを「丸井国分寺店の安物」、アルマーニの眼鏡を「メガネスーパーでサンキュッパ」と偽って地味に着こなす大胆さはちょっと楽しい。刑事としては別に頭が悪いわけではないのだけれど、しかしものすごくきれるわけでもなく、コナン・ドイル的に言うとワトソンポジ。そのため、かしずかれるべき探偵役の執事から慇懃無礼な態度で馬鹿にされるのが彼女の宿命となっている。

そして馬鹿にする方、執事の影山だが、こちらはかなり癖の強い人物。表面上は仕事に実直で、非常に丁寧。誰に対して常に礼儀を忘れない。けれど、時々(いや、割と頻繁に?)その恭しい言葉で、お嬢様への鋭い毒舌を発揮する。推理を説明するときは特に激しい。曰く「お嬢様はアホでございますか?」、「お嬢様の目は節穴でございますか?」「お嬢様、しばらく引っ込んでいてくださいますか」。話が進むにつれ執事もだんだん慣れてきたのか(もしくは2人が打ち解けてきたからなのか)、かなり大胆にお嬢様をからかい、お茶目な毒を吐く。それに対するお嬢様の「ワイングラスをへし折る」等のリアクション芸もあり、この2人の絡みはかなり楽しめる。

 主要な登場人物は、この2人に風祭警部と言う人物を加えた3人。事件パートは風祭&お嬢様、推理パートはお嬢様&執事という進行。風祭警部だが、特に紹介に値しないのでここでは割愛。レギュラーなのに単行本の表紙で微妙にはぶられているあたりからも(ちゃんといるじゃないかって?本屋で購入しようとするとわかる!)、その存在価値は推して知るべし。それでも説明するなら、うざい人の一言に尽きる。

キャラクタの魅力についてはこれくらいにして、推理部分について。読んだ感想としては、かなり正統派のミステリ。事件パートでヒントを提示し、推理パートで一片に回収する。ミステリの要素に限れば、これ以上ないくらいに無駄がなく、洗練されている。ものすごく壮大な謎という感じではないが、おお、と思わせる仕掛けは十分。しかも一話あたり40〜50ページの話でこのクオリティを維持しているのはかなり素晴らしい。さらに言えば執事とお嬢様の茶目っ気溢れる会話は、説明的になりがちな推理パートに一切退屈を感じさせない。短編でサクサク読める×良質なミステリ×謎解き会話が飽きさせない=一気読み!の式が成り立つ。私自身途中で足踏みせずに本を読んだのは久しぶり。エンターテイメント、ミステリ両面から見て十分に納得いく本だ。

 と言うわけで、「謎解きはディナーのあとで」。非常に面白いので、ちょっと読んでみてはいかがでしょう?

Text by 蓬莱ニート