現代の「浦島太郎」に鶴になった話が無い理由
⇒「浦島太郎」にカットされた真の結末 永遠の命もつ鶴に生まれ変わる - ライブドアニュース
もともと、「浦島太郎」が書かれたのは室町時代の御伽草子。その400年後の明治29年に、児童文学者の巌谷小波氏が子供向けに書き直したものが、現在よく知られる「浦島太郎」の物語なのだそうだ。その際、巌谷氏は「約束を破ると良くない」という教訓を伝えるため、鶴になる部分をカットしたらしい。
これが「らしい」とあるように、本人がそう言ったわけじゃなくて誰かの推測であって、俺がそれを疑っているということは前に書いた。
⇒浦島太郎の謎 - 国家鮟鱇
で、今日書いた記事
⇒浦島太郎は玉手箱を開けて鶴になったのか? - 国家鮟鱇
その疑問について考えて書いた記事じゃないんだけれど、結果的にはそうなったかもしれない。
巌谷小波の「浦島太郎」が発表されたのが1896(明治29)年
⇒浦島説話(三浦佑之)
『校註日本文學大系19』が出版されたのが1925(大正14)年
この『校註日本文學大系19』は浦島太郎が玉手箱を開けて鶴になったという解釈を採用していない。少なくとも記述していない。
⇒近代デジタルライブラリー - 日本文学大系 : 校註. 第19巻(コマ番号42)
その理由は既に書いたように
さて浦島は鶴になりて、虚空に飛びのぼりける折、此の浦島が年を龜が計らひとして、筥の中にたゝみ入れにけり、さてこそ七百年の齡を保ちけれ。明けて見るなとありしを明けにけるこそ由なけれ。
としているからで、これでは浦島が鶴になったのは玉手箱を開けた後の出来事とは解釈できない。しかし現在では「折」ではなくて「そもそも」を採用するのが主流なので、玉手箱を開けて後に鶴になったと解釈できる(それがいつの頃からなのかは不明だが)。
以上を考慮すれば、巌谷小波が「浦島太郎」を書いた当時は、浦島が玉手箱を開けて鶴になったという解釈は存在しなかったか、または主流ではなかったのではないかと考えられる。
そういうことではないだろうか?
(追記22:08)
『御伽草子. 後』(今泉定介, 畠山健 校定 1891)もやはり「折」だった。
⇒近代デジタルライブラリー - 御伽草子. 後(コマ番号98)
『御伽草紙』藤井乙男 校註 (有朋堂書店, 1922)も「折」
⇒近代デジタルライブラリー - 御伽草紙(コマ番号175)