もっと!とんたんの学び合い帳 Twitter

こんにちは。福島県郡山市の小学校教諭の「坂内智之」です。「学び続ける子どもたち」を合い言葉に「織り重ねる学び」の授業を作っていきます。授業の様子や子どもの様子、教育についての考えなどを書き込みたいと思います。 連絡・問い合わせ・お願いメールは manabiaiとgmail.comを@でつないでください。

2016-06-04

そろそろ再起動しようと思います

Facebookに主軸をおいているのでブログを1年ほど休眠しておりましたが、少しずつまた書き出していきたいと思います。

2015-08-06

『学び合い』を学ぶということ

僕は今は『学び合い』を看板に掲げている教師ではないのですが先日フォーラムにお呼びいただいたのでお礼に何か参考になることでもと思い、ちょいと書きます。

 

フォーラムの分科会を全て覗いたわけではないのですが、分科会が多様であってとても良かったです。その一方で多様であるということは、その一つのベクトルとして、レベルもまた様々な段階があるとも言えますよね。これを「Millerのピラミッドモデル」で表してみます。

 

1.knows   『学び合い』を知っている

2.knows how『学び合い』のやり方を知っている

3.shows how『学び合い』の授業実践を他者に見せることができる

4.does 『学び合い』を持続的に実践できる

こうなると思います。みゆき会での分科会はこのピラミッドの一番上の『学び合い』を対象とした発表を行おうということになり、「なぜ『学び合い』は崩れていくのか」という題名で、持続していくためには何が必要なのかというところを明確にしていこうと考えていました。

 

武田さんの講演会の時に隣に同席した方は「はじめて『学び合い』を学びに来てみました」と仰られてたのですから、フォーラムが終わると1のレベルになりますよね。

 

1〜2のレベルの方は、各地で行われている研究会や凄まじい勢いで出版されている本など、学ぶなど環境は整いつつあるようです。

 

レベル3では、自分の授業実践を「誰にでも」見せられるという領域です。それは自分を理解してくれそうな授業実践仲間だけではなく、管理職や教育委員会の指導主事にも「きちんと見せられる(納得いただける)」という意味です。

レベル4では、持続可能モデルで、ある教科だけとか、ある単元ではやる・やらないのレベルではなく「よどみなく」実践できるということです。

 

実は僕はこの上にレベル5の段階があると考えています。

それは「Internalized」(これでいいかな? 英語苦手なのでニュアンスが違う時には教えて下さい) つまり内在化して説明できない状態、身体に染み込んでいて自分の思考と行動をうまく分離できないという状態です。

みゆき会の古田さんや高橋さんの授業レベルになるとこうなります。ですから、言葉にすることがとても難しいのです。分科会では僕に高橋さんの奥底の無意識を言語化して欲しいという依頼をいただきましたので、あのようなドン引きするくらいの恐ろしいツッコミをしていくことになったのです。

 

何事にも自分がどのレベルの段階にいるのか、そのポジションを正確に把握しておくことが大事です。ポジションが分かると次に自分は何をすべきなのかよくわかるようになると思います。まあ何かの参考にでもなれば。

3年2組3年2組 2016/03/07 00:45 ふと先生を思い出しネットで調べてみたら出ました。
小学生の親になってみて小学校で学ぶべき事の重要さを痛感しております。
家庭まかせ学校まかせでもいけませんが当時を振り返ると今の子達よりも多くの学ぶべき事を学べていたのではないでしょうか!?
子供らしくあれば良いと思い自分は子育てしていますが、それがまた難しいです!
私が小学生だった頃の授業の様に自由にとはいかないでしょうが頑張って下さい!
もっちゃんより

3年2組3年2組 2016/03/07 00:45 ふと先生を思い出しネットで調べてみたら出ました。
小学生の親になってみて小学校で学ぶべき事の重要さを痛感しております。
家庭まかせ学校まかせでもいけませんが当時を振り返ると今の子達よりも多くの学ぶべき事を学べていたのではないでしょうか!?
子供らしくあれば良いと思い自分は子育てしていますが、それがまた難しいです!
私が小学生だった頃の授業の様に自由にとはいかないでしょうが頑張って下さい!
もっちゃんより

tontan2tontan2 2016/03/08 20:55 おおっ もっちゃん!

力もなく、めちゃくちゃやっていて、そしておバカだった教師でした。でも今よりもずっと自由で面白いことをやっていたかもしれませんね。
最初に担任したもっちゃんたちは、やぱり先生の特別な思い出なんです。
もっちゃんが、かぼちゃの絵で市のコンクールで金賞を取ったこともちゃんと覚えてますぜ!その絵もね。

子育てではしっかり同世代(7歳・3歳)です!どうぞよろしくね!

お返事ありがとうございます!お返事ありがとうございます! 2016/03/09 07:35 まさかお返事いただけるとは思いませんでした!
お忙しいとは思いますが是非一度お話しして坂内先生のご意見聞いてみたいことあります!子どもと学校と家庭の関わり方など。
これからの先生のご活躍応援しております!

2015-08-03

潮流を感じた2日

『学び合い』のフォーラムに行ってきました。実は初めての参加です。

昨年のみゆき会で、Iさんに半分冗談で「『学び合い』のフォーラムも、みゆき会のブースを設けてくれるような心の広さが欲しいよね。」と話をしたら、今年はきちんと場を設けてくださり、会に呼んでいただけました。本当に本当に感謝です。お礼に「なぜ『学び合い』は崩れていくのか」という本気の話をすることに決めて、分科会を進めさせていただきました。

 

僕が4年前に『学び合い』に求めていたのは「多様性」でした。ただ当時の組織にはその多様性を受け止めるだけの器がなかったように思います。当時、もし上記のようなテーマで分科会を開いたならば、きっと非難する人の方が多かったことでしょう。でも僕は『学び合い』の成立には、多様性を受け止める力が最も大事だと考えていたので、それを受け止め、認められないことに嫌気がさしました。そういうこともあり、これまで距離をとってきました。

 

今回、僕らが上記のようなテーマでも話が快くできたのは、フォーラムの力が上がり、僕らのような異端な存在も許容できるようになったということなのだと思います。僕が距離を置いているうちに、多くの実践者が力を伸ばしてきたのでしょうね。そうしたことが分かって僕はとてもうれしくなりました。

 

そしてこの2日間に僕は日本の教育の潮流を実感しました。僕は目に見えるような教育の変革は20年後くらいだろうと予測していましたが、もう少しこれは早くなるようです。日本のような国は一旦舵を切ると速いのかもしれませんね。僕がこれから残りの教職年数でできることは何か、もう一度見直してみる必要があるのかもしれません。

 

また、講演された武蔵大学の武田信子さんとも、偶然とは思えないようなタイミングでコンタクトできました。ちょうど今年からコルトハーヘンのリフレクションを授業の事後研究会に取り入れることを決めていましたので、講演会の話から多くのヒントをいただくことができました。予想もしていなかった方向からつながるというのは、単に偶然なのではなく、僕はこれは必然だったのだと思います。これは情報が線ではなく、面で展開されてきていることによるものだと理解しました。

 

僕はこの数年、視野が狭くなってきたような気がします。東京では2日間で新しい潮流を眺め、そして新しい空気を吸い取りました。実りの多かった2日間でした。

長野のNです長野のNです 2015/08/03 19:45 ご無沙汰しております。
坂内先生とフォーラムって、正直結びつきませんでした(汗)。『学び合い』の様子も随分変わったようですね。あの場から離れて5年?、世の中の変化の早さに驚きつつ、日々の仕事を片付けるのに精一杯の自分の姿にがっかりする日々です・・・。

tontan2tontan2 2015/08/06 09:42 N先生
ご無沙汰しています。実はフォーラムの時にある方とN先生の話をちょっとばかりいたしました。N先生の方向性を伺ってとても嬉しく思っています。僕も4年ほど『学び合い』から距離を置いてたので、いろんな意味で新鮮でした。Nさんからまた切れ味のよいお話を伺いたいなと思っています!

2015-07-23

インタラクティブカリキュラムの特性とは

小学校の学級担任性が中学校の教科担任制に比べて優れているのは、子どもへのケアだけではありません。

 

学級担任であるということは学習の垂直方向の力が弱い(つまり教材研究の力が弱い)反面、水平面で学習を捉える・統合する力が強いと言えます。インタラクティブカリキュラムがその典型です。おそらく中学校の先生にはこうした発想はかなり難しいのではないかと想像できます。小学校の先生ならば「ああ、なるほど!」と捉えることができても、中学校の先生が他教科の学習内容に踏み込んで自分の教科を統合的に学ぶイメージ作ることは難しいことでしょう。

 

しかし、入試制度が変わり、教科統合的に学習することが求められるようになってくると、中高等学校の先生も今までのやり方では通用しなくなってくることでしょう。インタラクティブカリキュラムの実践は、学習を合科的統合的に面展開し、教科という枠に揺らぎを持たらします。

 

インタラクティブカリキュラムは小学校の先生ならば、すぐにでも実践し効果を上げられる技術ですが、僕はむしろ中高等学校の先生の実践に期待します。中高等学校の先生がこうした水平面での学習展開ができたら、もともと垂直的な深さを持っているわけですから、カリキュラム上の時間と合わせ、3次元的に学習を構造化することも可能になると考えています。

 

逆に小学校の教師は面で展開することで、必ず教材の検討、特性、目的にアプローチすることになります。複数の教科内容をマッチングさせていくためには、学習スキルに必ず戻らなければならないからです。

 

常にこうしたことを意識して授業をするかしないかで、学びの質が貧弱な授業か、豊かな授業かで差が出てくることでしょうね。

 

2015-07-21

教科担任制のデメリット また

前回は小学校における教科担任制の現状と問題点について書きました。

今回は小学校であるがゆえの問題点について。

 

そもそも小学校ではなぜ学級担任制なのでしょうか? その最大の利点は「1日を通して子どもの状態をつかめる」ということです。小学生にもなればどの子も言いたいことをきちんと伝えられるわけではありません。例えば、おしっこを漏らしてしまう子どももいます。そうした子はおっしこがしたくても、ちゃんと伝えられないのです。学級担任であれば、朝からの観察や日常の変化を拾いやすく、こまめに声をかけたり、先回りして準備したりすることができます。いわゆるこれが小学校の先生の「きめ細やかさ」なのです。

 

前にも書いたように、僕は小学校5年生くらいから心身と頭脳に大きな変化ができると感じます。この根拠は、インタラクティブカリキュラムの実践です。3年生と4年生の変化と、4年生と5年生の変化では明らかに異なります。こうした理由から、小学校5年生くらいになれば教科担任制を導入しても十分に対応できると考えたわけです。しかし、それは「ぼんやり」と子ども集団を眺めた場合です。僕くらい思い切り協同学習をやっているような学級でも、子ども同士では解決できないような、心身の問題を抱えている子どもも一定数出てきます。朝からそうした子どもアンテナを張っていれば気がつけたことが、教科担任制で気がつきにくくなります。学級担任なら「大丈夫?」って声をかけられたことが、できなく発見が遅れることもあるのです。「そんなこと中学校では当たり前。だから学年のチークワークが大事。」そう中学校の先生は思うかもしれませんが、問題が起こる前に小学校の先生は動き出し、ケアをし、未然に問題となることを防いでいることも多いのです。

 

そう思うのは、以前僕が教科担任生となった6年生を担任となったのですが、ある大きな事件が連続して起こり、その問題の原因を見つけるまでに数カ月も要しました。きっと僕が通常の学級担任であったらもっと早くその原因を見つけ、対応を図ることができたことでしょう。しかし、当時はチームワーク(もちろん中学校の先生も含めて)だけでは解決できませんでした。僕は今でのその原因となった子どもに申し訳ない気持ちでいっぱいなのです。教科担任制になったことで、その子どもは僕からすり抜け、問題を重ねていったのです。

 

その戒めは、今でも教科担任制をするときに、極めて気をつけていることです。学習センターが自由席になっているのも、学習のためだけではなくて、子どもの状態を掴むという機能をもたせるという理由もあります。ですから、小学校で教科担任制を導入するには、中学校よりも一段と注意深く子どもを見つめ、ケアしていく力が求められるのです。

 

前回のエントリーの「やっぱり授業」の中味にはそうした僕としての授業感が入っているのです。