tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『雨恋』松尾由美

雨恋 (新潮文庫)

雨恋 (新潮文庫)


ある晩、マンションの居間で彼女は語りだした。「わたしは幽霊です。そういうことになるんだと思います」。OL・小田切千波は自殺したとされていた。だが、何者かに殺されたのだ、と訴えた。ぼくは彼女の代わりに、事件の真相を探ることにする。次々と判明する驚愕の事実。そしてぼくは、雨の日にしか会えない千波を、いつしか愛し始めていた。名手が描く、奇跡のラブ・ストーリー。

ミステリ要素が含まれる恋愛小説(あるいはその逆)というのが好きなので読んでみました。
もともと松尾由美さんってミステリやSFが得意な方なんですっけ?
なるほど、ミステリとしてもなかなか楽しめました。
でもやっぱりこの作品は恋愛小説としての側面が一番楽しめると思います。


主人公は失恋したばかり、社会人としても停滞期にある30歳のサラリーマン、渉。
ロサンゼルスに転勤になった叔母の留守を預かって彼女のマンションに住むことになり、都心に近い広い高級マンションの一室で猫2匹と暮らし始めた渉は、ある雨の日に「自分は幽霊だ」と名乗る姿の見えないOLの声を聞く…。
彼女は世間的には3年前に「自殺したということになっていた」が、実際には何者かに殺されたらしい。
幽霊である彼女が無事成仏できるよう、渉は事件の謎を解明すべく、調査を始める。
最近なんだか幽霊が登場する作品ばかり読んでいるような気がしますが、この作品に登場する千波という名の幽霊は殊更不憫に思えました。
幽霊と言えば自由にあちこちを動き回れるという印象も強いですし、実際そういう設定の小説が多いと思うのですが、千波は自分が死んだ場所=渉の住む部屋から出ることはできません。
ある意味地縛霊に近いタイプの幽霊です。
そして面白いのが、渉が事件に関する新事実を一つつかみ、千波が納得するごとに、足の方から徐々に頭へと向かって姿が渉に見えるようになっていくこと。
足が見えない幽霊というのが普通でしょうが、千波は足しか見えない幽霊となるのです。
それが新鮮な設定で、他の幽霊ものの小説とは一線を画しているように思いました。
徐々に足から脛、そしてスカートが見えてくると、はじめは千波を不気味に思っているだけだった渉も、千波に「女性」を感じるようになっていきます。
この辺りの描写がとてもリアル。
私は女性だけれども、男性にとって足からだんだんと女性の身体が見えるようになっていくというのは、頭から徐々に見えるようになるというのよりも扇情的なんだろうなぁというのはなんとなく分かるような気がしました。
こういうのを男性作家が書くともっと生々しくなってしまうのかもしれませんが、松尾さんは女性だからか、ギリギリ生々しくなりすぎない艶っぽさを保っていました。
このバランス感覚が絶妙ですね。


それにしてもこういうストーリーだと大体結末が予想できてしまうのが難しいところだと思います。
途中で予想できる結末でも、うまく読者を感動させなければならない。
個人的な好みで言うと、この作品は描写がちょっと淡々としすぎていて、帯の宣伝文句ほどには感動できませんでした。
もうちょっと心情描写が豊かな方が好みだなぁ。
でも設定の切なさとしてはこれ以上ないでしょう。
幽霊の千波とは雨の日にしか会えない。
どんなに惹かれても、幽霊との未来が望めるわけはない。
事件の真相に近づくたび、彼女の姿が少しずつ見えるようになっていくけれど、完全に謎が解明されたら彼女は成仏してもう二度と会えなくなってしまう…。
事件の謎を解いて彼女の姿を見たい、でも彼女を失いたくない。
この渉のジレンマがひたすら悲しかったです。
☆4つ。