tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『螺鈿迷宮』海堂尊

螺鈿迷宮 上 (角川文庫)

螺鈿迷宮 上 (角川文庫)


螺鈿迷宮 下 (角川文庫)

螺鈿迷宮 下 (角川文庫)


医療界を震撼させたバチスタ・スキャンダルから1年半。東城大学の劣等医学生・天馬大吉はある日、幼なじみの記者・別宮葉子から奇妙な依頼を受けた。「碧翠院桜宮病院に潜入してほしい」。この病院は、終末医療の先端施設として注目を集めていた。だが、経営者一族には黒い噂が絶えなかったのだ。やがて、看護ボランティアとして潜入した天馬の前で、患者が次々と不自然な死を遂げた!彼らは本当に病死か、それとも…。

う〜ん…ちょっと私が期待していたものとは違ったかな、って印象です。
チーム・バチスタの栄光』の番外編的な扱いとは言え、同じ作者による同じ世界を描いた作品にはどうしても同じものを求めてしまうと言うか…。
主人公の天馬大吉が潜入する碧翠院桜宮病院がどうしても本格ミステリに登場する「館」を連想させる描かれ方をしているので、本格ミステリに医療を絡ませた物語を期待してしまったのですが、ミステリとしてはどうにも肩透かしと言うか、物足りないと言うか。
チーム・バチスタ〜』がミステリとしても十分面白い作品だっただけに、私の中で海堂尊さんの本格医療ミステリに対する期待が高まりすぎたのかもしれません。
碧翠院桜宮病院が抱える秘密や特異性の部分はとても面白かったので、ミステリとしてではなく、この部分にこそ集中して読むべきだったのでしょう。
ある種のファンタジーのような碧翠院桜宮病院という世界が、現実問題としての終末期医療をはじめとする医療問題を真っ向から捉えているのはとても興味深いですし、海堂さんならではの視点だと思いました。
以前テレビの討論番組に海堂さんが出演されて「死亡時医学検索」の重要性について話しておられるのを見ましたが、そうした海堂さんの主張が、こうして小説に描かれることによって医療の専門家ではない一般の人々にも伝わるであろうことは、意義が大きいのではないかと思います。
現役の医者としての勤務の合間を縫って、こうして次々に小説を発表されている理由もよく分かります。
この作品は、いえ海堂さんが書かれる全ての作品は、医療の現場から一般の人々に向けて発せられている警告なのでしょう。
現代の、そして将来の医療は、こんなにも危機的な状況にあるのだと。
政府の行う医療行政は問題だらけなのだと。
こうした海堂さんからのメッセージが多くの人に届いて、少しでも明るい医療の未来が見られるようになることを祈らずにはいられません。


また、海堂さんの作品の面白さは個性的なキャラクターにもあると思いますが、今回もその点に関しては期待を裏切りません。
主人公の天馬大吉という、おめでたい名前を持ちながら不運続きの人生を送る落第医学生は、ちょっと私としては共感が持ちにくいキャラクターでしたが、その不運のエピソードはなかなか面白かったです。
大吉の幼なじみである別宮葉子は…いわゆる「ツンデレ」なのでしょうか。
碧翠院桜宮病院のスタッフや入院患者の面々も個性派ぞろい。
チーム・バチスタ」シリーズでおなじみの白鳥は相変わらずですし、ラストには田口先生や藤原看護師もゲスト的に出演するのがうれしいです。
でもなんといっても今回は「氷姫」こと姫宮が抜群の存在感を示しています。
チーム・バチスタ」シリーズに今まで名前は出てきたものの実際には登場せず、どんな人物なのか気になる存在だった姫宮が存分に個性を発揮していてとても面白かったです。
特に姫宮のドジっぷりでどんどん大吉の怪我が増えていく様子はまるでマンガのようにコミカルで笑えました。
こんな看護師さんが実際に病院にいたら怖いですが、なんだか愛嬌があって憎めないキャラクターです。
チーム・バチスタ」シリーズ3作目の『ジェネラル・ルージュの凱旋』にも登場するとのことなので、とても楽しみです。


チーム・バチスタ」シリーズを読んでいないとわけのわからない部分も多いので、きちんとシリーズ順に読んでいくことをおすすめします。
ミステリを期待するのではなく、医療の抱える闇をミステリ風に仕立てたエンタメ小説として読むのが正解です。
あとは…地の文にメタファーが多すぎてちょっと分かりづらい部分があるので、そこのところ何とかならないかなあとも思いますが、これは好き嫌いの問題でしょうか。
☆3つ。