tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『風に舞いあがるビニールシート』森絵都

風に舞いあがるビニールシート (文春文庫)

風に舞いあがるビニールシート (文春文庫)


才能豊かなパティシエの気まぐれに奔走させられたり、犬のボランティアのために水商売のバイトをしたり、難民を保護し支援する国連機関で夫婦の愛のあり方に苦しんだり…。自分だけの価値観を守り、お金よりも大切な何かのために懸命に生きる人々を描いた6編。あたたかくて力強い、第135回直木賞受賞作。

私が今までに読んできた森絵都さんの作品の中では、少し毛色が違う作品だなぁというのが第一の感想です。
この作品は短編集であり、主人公もそれぞれ立場も性格も全く異なる人物であり、ストーリー展開もミステリ風であったり主人公の成長小説風であったりと一見バラバラの6つの短編から成りますが、最後まで読めば一つの確固としたテーマがあることに気付かされます。


人間が10人いれば、10通りの価値観があり、何にプライオリティを置いて生きるかは人それぞれです。
仕事が一番という人がいれば、家族が一番という人も、自分の趣味が一番という人もいるでしょう。
あるいはどれか一つを一番とは決めずに、あれもこれも…と欲張るのもまた一つの選択肢です。
この作品は、そんな人によって違う「大切なもの」を抱えて生きる人々を描いています。
私にとって一番印象に残った作品は、人気女性パティシエの秘書として奮闘する女性を描いた「器を探して」でした。
極上のスウィーツを作り出す才能に魅せられ、人気パティシエの元で働くことになったはよいが、彼女のわがままに振り回され、挙句には恋人から「僕と彼女とどっちが大切なの?」と迫られてしまう主人公ですが、泣きたくなるような状況にもめげず、自らの仕事を完璧にこなそうと頑張る強さが魅力的でした。
この恋人の男が「私と仕事とどっちが大事なの?」的な、今時女でも言い出さないような女々しいセリフを吐くのでイライラしましたが(解説の方も同じだったようですが)、主人公は最終的にはこの恋人も、上司である人気パティシエさえも手玉に取っているようで痛快でした。
働く女はしたたかで強いですねぇ。


表題作の「風に舞いあがるビニールシート」も素晴らしい作品でした。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)で働く主人公とその上司との出会い、結婚、そして別れを通して、主人公の成長を描いています。
難民問題のことや国連の難民支援活動などについて、かなり綿密な取材と調査をされて書かれたのであろうことがよく分かる力作です。
難民救済のために危険な紛争地域や戦場へ向かう夫と、家庭のぬくもりで夫を自分の元に引き止めようとする妻と。
2人の価値観は大きくずれ、やがて「愛しぬくことも、愛されぬくこともでき」ずに2人は別れを選びます。
自分にとって「大切なもの」を守ろうとしても、それが現実とは上手く折り合いがつかずに結果的に失ってしまうこともある…。
けれどもこの作品の主人公は一番大切なものを失った後に、もう一つの大切なものに気付いて再生していきます。
その姿が力強く感動的で、思わず涙してしまいました。


自分にとって大切なものと、思い通りに行かないことも多い現実と。
どのように2つを結び付けて、どんな生き方をしていくか。
そのヒントが詰まった短編集だと思います。
どの作品も読後感がよく、自分にとって一番大切なものとは一体何なのか、それを守るためにどのように生きて行きたいのか、いろいろと考えさせられました。
☆4つ。




♪本日のタイトル:Mr.Children 「GIFT」 より