tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『手焼き煎餅の密室』谷原秋桜子

手焼き煎餅の密室 (創元推理文庫)

手焼き煎餅の密室 (創元推理文庫)


親友・直海の祖母の家を訪ねたら、台所に見知らぬ少年が忍び込んでいた!煎餅を盗もうとしていた彼は、家主に見つかり慌ててとんでもない行動に…(表題作)。美波の家の隣に建つ洋館に住む水島のじいちゃんは、身近で起こる様々な事件の真相を、聞いただけでズバリ言い当てる。表題作を含む五編収録の、ライトな本格ミステリ短編集。大人気「美波の事件簿」シリーズ、前日譚。

天使が開けた密室』『龍の館の秘密』『砂の城の殺人』と今までに3作刊行されている「美波の事件簿」シリーズの番外編。
本編シリーズでは高校1年生の美波が主人公になっていますが、この『手焼き煎餅の密室』では少し時を遡って中学1年生の美波を描いています。
本編の登場人物たちにどのような過去があり、どのようにして出逢ったかが分かって、シリーズを読んでいる読者にとっては本編で描かれていない部分を読むことができてとても楽しめますが、シリーズ未読の読者にも十分楽しめる短編集です。


この作品で特に印象的なのはやはり探偵役の「水島のじいちゃん」でしょう。
実はこの人物、本編シリーズではすでに故人となっているのです。
そのため今まではどういう人物なのかがあまり詳しく書かれていなかったのですが、この短編集では美波や修矢が話す事件の経緯を聞いただけで見事に謎を解き明かしてしまう安楽椅子探偵として大活躍しています。
「もう先が長くはない」ということを本人も自覚しているような描き方がなされていますが、やはり生きている人物として物語に登場すると、その人となりも分かりやすく、シリーズの物語としての幅がこの人物のおかげでかなり広がったような気がしました。
こんなじいちゃんが身近にいたらいいなぁと思わせる、とても魅力的な人物です。
美波や修矢との関係も、意外な部分もあったりしてとても面白く読みました。
巻末の解説にも書かれていますが、この水島のじいちゃんにはまだまだ謎が隠されていそうな感じがするので、ぜひ今後どこかでさらなる番外編を読めたらいいなと思います。


もちろんミステリとしてもなかなかの本格派。
元はライトノベルレーベルの作品だと言って馬鹿にしてはいけません。
全編を通して張り巡らされた伏線を全て回収して謎が解き明かされていく過程が存分に楽しめ、謎解きも論理的で納得のいくものばかりです。
文庫書き下ろしの最後の1編「そして、もう一人」が非常に効果的な役割を果たしていて、連作短編集として王道ではありますがとてもきれいに物語を閉じています。
まだあまりミステリにどっぷり浸かっていない初心者や10代の若い人にとっては連作短編ミステリの入門編としても最適ではないかと思います。
イラストレーターのミギーさんによる挿絵も可愛いし、ぜひいろんな方に気軽に手にとって読んでみて欲しい作品です。
☆4つ。