tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『砂漠』伊坂幸太郎

砂漠 (新潮文庫)

砂漠 (新潮文庫)


入学した大学で出会った5人の男女。ボウリング、合コン、麻雀、通り魔犯との遭遇、捨てられた犬の救出、超能力対決…。共に経験した出来事や事件が、互いの絆を深め、それぞれ成長させてゆく。自らの未熟さに悩み、過剰さを持て余し、それでも何かを求めて手探りで先へ進もうとする青春時代。二度とない季節の光と闇をパンクロックのビートにのせて描く、爽快感溢れる長編小説。

森見登美彦さんが京都を舞台にした小説を得意とする人なら、伊坂幸太郎さんは仙台を舞台にした作品を得意とする人。
今回は仙台にある国立大学(東北大?)に通う学生たちを描いた青春小説です。


名前に方角を表す漢字が入っているという理由で呼び出されて一緒に麻雀卓を囲み、以後一緒に行動するようになった北村、西嶋、東堂、南、そして鳥井。
恋をしたり、事件に巻き込まれたり、学祭のイベントに参加したり…と普通の大学生のような、そうでないような学生生活を共に送る5人。
それぞれキャラが立っているのがいいですね。
ラモーンズを聴き、妙な論理の演説を吹っかける西嶋をはじめ、すごい美人なのに全く愛想がない東堂、ぎゃはは笑いを響かせる鳥井…と非常に個性的な面々が揃っていますが、おとなしくて常識的な南や、いつも物事を空高くから眺めているようなところのある北村といった、地味でまともな登場人物も埋もれることなくちゃんと存在感を示しています。
けれどもやっぱり西嶋のキャラクターが強烈。
見た目は小太りの可愛らしさのない熊、誰も聞いていないのにアメリカの軍事行動に対する非難を滔々と語り続ける…はっきり言ってうざい(笑)
近くにいたら絶対苦手なタイプだなぁ…と思いつつ、そこは小説だからなのか何なのか、読んでいるうちにだいぶ慣れました。
深く付き合わなければよさが分からないタイプではあるけれど、性格が悪いわけではないので、小説の登場人物として出てくる分には面白くていいキャラクターだと思います(笑)


青春小説としては、すでに書いた通り、ありそうでなさそうな大学生活という感じでしょうか。
ノスタルジーに浸るわけでもなく、甘く切ないわけでもなく、比較的淡々とした調子なのはいつもの伊坂作品らしいと言えるかと思います。
タイトルの「砂漠」は、西嶋の演説に散々登場するアメリカが侵攻する中東の国々のイメージなど、いろいろな意味が込められているのかなと思いますが、一番大きな意味は学生生活と対比しての「社会」なのでしょうか。
確かに学生の頃は社会は砂漠のように荒涼としていて乾いたところ…というイメージもありましたね。
でも実際に社会に出てみると、ちゃんと学生の頃のように楽しいこともあるし、そんなに悪いことばっかりじゃないよ、と北村たちに言ってあげたくなるのは私の年齢のせいでしょうか(笑)
とにかくいろいろなことを経験して社会に出て行く彼らにエールを送りたくなります。


最後にちょっとした仕掛けもありましたが、伏線の張り方がうまい伊坂さんの作品としてはちょっと物足りない感じもしました。
読後感はよかったけれど、またあっと驚かせてくれるような作品も読みたいです。
☆4つ。