tontonの終わりなき旅

本の感想、ときどきライブレポ。

『チヨ子』宮部みゆき

チヨ子 (光文社文庫)

チヨ子 (光文社文庫)


五年前に使われたきりであちこち古びてしまったピンクのウサギの着ぐるみ。大学生の「わたし」がアルバイトでそれをかぶって中から外を覗くと、周囲の人はぬいぐるみやロボットに変わり―(「チヨ子」)。表題作を含め、超常現象を題材にした珠玉のホラー&ファンタジー五編を収録。個人短編集に未収録の傑作ばかりを選りすぐり、いきなり文庫化した贅沢な一冊。

宮部さんの短編集は久しぶりかも。
長編のイメージのある作家さんかもしれませんが、実は短編にこそ名作が多いのです。
今回も期待を裏切らない出来でした。


触れ込みは「ホラー」となっていますが、実際のところホラー要素は薄め。
冒頭の「雪娘」「オモチャ」の2作品には幽霊が登場しますが、怪談のようなものではなく、怖いかといえば「ちょっと怖い」ぐらいのもので、ホラーがあまり好きではない私も全く問題なく読めました。
宮部さんのホラーは、怖さを重視したものではなく、ほろ苦さとか切なさを前面に押し出したものが多いと思います。
これは何もホラーに限らず、宮部さんの書くどんなジャンルの作品にも共通することです。
現実を超えた超常現象を描く際にも、まずは人間の心理や感情という現実をこそ丁寧に描くのが宮部みゆきという作家なのだと思います。


表題作「チヨ子」は、女子大生がバイトでウサギの着ぐるみをかぶると、自分も含めた人間が、その人が子どもの頃に大事にしていたおもちゃの姿で見えるようになるという、可愛らしいファンタジー。
とても短い話なのですが、子どもの頃に大事にしていたぬいぐるみや人形のことを思い出して、ほっこりした気持ちになれました。
子どもの頃に大切にしていたものや大好きだったものの思い出。
人はそれに守られて生きている―という考え方に、大いに共感しました。


そして、最後の2作「いしまくら」と「聖痕」は、短編とは思えないほどの深みと重さと読み応えがありました。
「いしまくら」は、中学生の娘にボーイフレンドができたと知ってあたふたするお父さんがなかなかかわいいです。
お父さん自身の、若かりし頃の思い出と、大人の女性へと成長していく娘の姿とが重なって、なんとも爽やかなラストシーンが印象的でした。
途中で出てくる事件は非常に嫌なものなのですが…。
そして「聖痕」は長編並みにどっしりとした読み応えがありました。
今までの宮部さんらしくなく、ちょっと主題が分かりづらいというか、何を書きたかったんだろうと、しばらく考え込んでしまいました。
実は今ももやもやしたままで、正直読後感はあまりよくありません。
でも、正義とは何か、正義が勝つことが少ないように思われるこの現代で、救世主や神といった宗教的なものの意味は何なのか…。
できれば長編で、もっとしっかり書いてみてほしいテーマだなと思いました。
と思ったら、どうやら長編『英雄の書』とつながっている部分があるようで…。
『英雄の書』も早いうちに読みたいと思いました。


ちょっと不思議な現象を描いた作品ばかりとは言え、宮部さんの書く作品はどんなジャンルでも一番の主題は「人間」なので、とても読みやすかったです。
短編とは思えない読み応えもあり、満足です。
☆4つ。