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  • 2007年08月02日(木) For フルーツバスケット/堀江由衣

    ナイナイに学ぶ継続力 : 80年代後半〜90年代前半を回顧するブログ

    ナインティナインに関しては、「オールナイトニッポン」を聴いている人と聴いていない人では、お笑い界での立ち位置とか意味合いについての印象が、全く違うんじゃないかと思います。

    いまのネタ番組全盛、テレビよりも舞台だというムードが強いお笑い界において、もしかしたらナイナイはかなり低く見られている可能性もあるけど、でも僕はナイナイはダウンタウンというより、とんねるずを目指している人だと思っていて、とんねるずというのはお笑いとして先鋭であることよりも、長くメジャーの位置にいることを選んだ人であって、そのフォロワーであるナインティナインは正当な後継者になっているというのが、こういう記事を読むとよく分かります。

    千原兄弟ジャリズムがダウンタウンを掲げていて、ナインティナインがとんねるずを掲げているというのは、凄い今の状況というよりは、90年代の関西の若手お笑い界を考える素材として、かなり重要なモノがある気がします。もっと言うと90年代前半のブームを彩った方々は、関西の若手芸人でもダウンタウンより、とんねるずにベクトルが向いていた人が多かったような気がする、ぴのっきおとかチーム0とか、その後のWACHACHAブームで、ダウンタウンのフォロワー一色になったけど、ナイナイと雨上がり決死隊ぐらいしか、WACHACHAブームの渦中にいなかったあの世代の人たちで、生き残っているのっていないから、分かりにくくなっている面もあるのでしょうが。物凄くまとまってないですが、にづかさん、これを受けてやってくれませんか、とか投げてしまいそうです(笑)。

    でも天素とWACHACHAブームの間とか、天素の前にいま語り継がれているのとは違うベクトルのムーヴメントとかもあった、とんねるずやウッチャンナンチャンのフォロワーも関西にはいたし、そこそこの地位を築いていた人もいたとかいうことは、僕は今となっては語り継がれていないけど、そういうのがあったことは確かだし、語り継がれるべきではないかと思います。

    圭・修、トミーズ、山田森脇のざまKAN、今田東野130Rを中心とした吉本新喜劇ブーム、テレビのツボあたりが、90年代の関西お笑い界をいま語ると抜け落ちてしまうように、天素とWACHACHAの間とか前後に起きていたことで、いまあまり語り継がれていない重要事項というのは、結構あるような気がしてならないです。

    千原兄弟ジャリズムによるWACHACHAブームが、いまの大阪のお笑い状況の良い部分と悪い部分の両方に直結していると思うんですが、その前に何があったのか、その裏では何があったのかというのが、かなり語り継がれていなくて、分からなくなっている部分というのは大きくて、そこが分からないから負の部分を変えることが出来ないというのはあるような気がする。

    あの時代の前とか裏を語れる人というのが、演者にしてもファンにしてもWACHACHAブームの渦中にいた人の意見が多くて、実情とは少し距離があるような言説が多いような気がしています。特に芸人証言の方になると信頼性がかなり薄いものが多いように思います。

    天素が東京発のブームだという雨さん何かが言ってる証言にも、僕は当時を経験している身からして違和感はあるし、ダウンタウンの2丁目ブームと千原兄弟の2丁目ブームの間の時代という、実はナインティナインも雨上がり決死隊も千原兄弟ジャリズムよゐこますだおかだ矢野・兵動らを送り出した時期であり、NGKにいまのようなお客さんが入るようになった新喜劇ブームがあり、ナイトスクープテレビのツボEXテレビ、そして各局民放が競って夕方にお笑い芸人による帯番組をやっていた、あの90年代真ん中ぐらいの関西お笑い界というのは、今一度総括出来ないものかなと思うのですが、あの当時の状況がいまとなってはよく分からないというのが、ナインティナイン千原兄弟のお笑いマニアの評価の分かれ方にあるような気がします。

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