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  • 2010年01月05日(火) ダルタニアスの歌/堀江美都子,こおろぎ’73,コロムビアゆりかご会

    『M-1グランプリ』とは何を目的に、何を審査しているのか?

    M-1グランプリ創設の目的

    島田紳助『M-1グランプリ』を創設した目的については、色んな所で深く詳しく語っていますが、ここで一番重要なポイントだけを出すと、「漫才を復権しないといけない」というものでした。つまり98年とか99年の段階で、漫才というのは島田紳助が「復権させないといけない」と思うような所まで衰退していた。

    もちろんこの時点で、吉本のなんばグランド花月には、数年前の新喜劇ブームの影響で、お客さんは沢山入っていましたし、漫才師だってその後のお笑いブームの初期を支える人たちは、既に沢山デビューしていました。だからここでの「漫才が衰退している」というのは、メディアの上の話と考えていいでしょう。

    テレビで漫才を披露する機会が無くなっている。それが故に新しい人が、漫才を目指さないことの危機感などが、『松紳』という番組で島田紳助松本人志の二人が、「漫才を捨てた負い目」と共に、度々語る姿がM-1前夜によく見られました。

    この頃は大阪だと、吉本や松竹の若手育成部門は、所属芸人に対して「漫才はするな、コントをしろ、テレビに出られないぞ」という方針でやっていた頃であり、東京には寄席やライブで漫才をしている芸人はいても、全国放送のネタ番組なんていうのは、ほとんど無かった時期で、全国放送の漫才寄席番組というのは正月だけのものだった。

    関西ローカルの花月中継の番組や、深夜にローカルで若手の番組はあっても、メジャーの舞台で漫才を披露する舞台というのがないことが、漫才というジャンルの衰退を現していたし、そのムードを加速していたから、それを何とかしないといけない。という思いから出来たのが、『M-1グランプリ』という番組を生み出した最大の理由です。そこには斬新な新しいスタイルの漫才を発掘するなんて事は全く無い。

    M-1グランプリ』創設当初の、芸人に参加してもらうための一番大きかった引きは、「優勝賞金1000万円」でも、「審査員に松本人志」でも、「日本一の漫才師の称号」でもなく、「ゴールデンタイムの全国放送の番組でネタが出来る」ということが、最大の引きだったんです。

    2009年の『M-1グランプリ』のオープニングの煽り映像で、2001年の楽屋裏の映像が流れていましたが、その際にアメリカザリガニの柳原が、楽屋で「こんなん初めてや、ゴールデンでネタが出来る」と語っているシーンが、かなり印象的に使われていたのですが、あれはおそらくここ数年のうちにお笑いを見始めた人には、意味が完全には伝わっていないと思うのです。

    アメザリは、こんな言い方はしたくないんですが、テレビ露出ということだけでいえば、松竹芸能の若手エースとして、当時の方が今より露出自体は多かった。そんなアメザリですら「全国放送のゴールデン番組でネタができる」ということ自体に感動していたし、他のフットボールアワーも、チュートリアルも、キングコングも、ハリガネロックも、事前番組で「ゴールデンの全国放送に出るのが初めて」ということのプレッシャーを口にしていた。

    この時点でこの五組は他の賞レースでの優勝経験や、深夜番組や関西ローカルのレギュラー番組があったりする人たちだったのに、一年目のM-1は多くの出演者が、決勝のプレッシャーではなく、ゴールデンタイムの全国放送、ということ自体にプレッシャーを感じていた。そのぐらい若手の漫才師が大きなテレビの舞台で、ネタを披露するなんてことはなかった。M-1当初の目的は、「若手芸人に漫才に目を向いてもらう」ことであり、そのために「漫才をメジャーなステージに復権させるためのステージ」、それがゴールデンタイムの全国放送という舞台設定で、『M-1グランプリ』を行う最大の理由でした。

    だからこの年の『M-1グランプリ』には、吉本所属の芸人の中にも、品川庄司などを筆頭に、エントリーしなかった芸人が、東京吉本を中心に何組かいました。色々と彼らは理由を語っていますが、最大の要因は「ゴールデンの番組に出演してネタができる」という、決勝に残ることの最大の副賞が、魅力ある引きに感じなかったのでしょう。

    当時の出演者の証言でいうと、2001年の中川家と、2002年のますだおかだは、「優勝を逃したら、漫才を辞めなくてはいけない」という風に考えていたことを、揃って語っていますが、これだけのプレッシャーを感じた理由というのも、今となっては分かりにくくなっていますが、ここまで書いてきたように、瀕死の状態だった「テレビ演芸」や「漫才」というものを復権させる、「漫才のメジャー復活の一大プロジェクト」というのが、『M-1グランプリ』だったわけです。

    そこに大本命の一番人気で出るプレッシャーというのは、要するに吉本とか紳助に、「おまえたちに漫才復権をかけるから、そのためにこれだけの道具立てをしました」と言われているようなもんなんですよ。一つの競技のメジャー化のために、大きなプロジェクトを莫大な投資で始めたから、今度のオリンピックで責任取ってメダル獲ってこい、と言われているわけです。ましてますだおかだは外様だったわけだから、そのプレッシャーたるや半端無かったでしょう。

    かなり一人歩きしてしまいましたが、2002年の優勝後のシャンパンファイトで、増田さんの有名な「テレビに出ているだけが、面白い芸人じゃありません。ライブにはオモロイ芸人が沢山います」というのも、テレビでネタやる番組が、一つもなかった当時の状況を念頭に置かないと、間違えることになるとも考えています。

    一人歩きというキーワードで、もう一つ言わせて頂くと、「M-1が革新的な新しい漫才を評価する場所である」という誤解が広まっているのは、2001年の麒麟と、2002年の笑い飯の審査員のコメントや、後々の感想などが、一人歩きした結果したというのもあると考えています。この二回の大会は、関西以外の地域で視聴率が良くなかったこともあって、みんなどんな大会だったか覚えていない。そして審査コメントだけが切り取られて、一人歩きしてしまったというのも、僕はかなり大きいと考えています。

    2001年の麒麟の漫才は、ネタそのものはよくあるメタ漫才だし。2002年の笑い飯もボケ、ツッコミ入れ替わりの漫才って、前例がない画期的な漫才ということでもないし。多分そういうところだけを評価されてる訳じゃないけど、短い時間でインパクトがあるコメントしないといけない、という番組上の事情もあったろうし、実際に麒麟の田村や笑い飯の技術的な課題が、当時から審査員は後日談のコメントで指摘していましたし。

    M-1とは当時衰退していた、漫才界をメジャーに復権させるための大会だった。ということが、衰退していたということが分からない人たちには、伝わりにくくなっているのかも知れない。しかしあくまで『M-1グランプリ』は漫才をメジャーにするため、そしてメジャーとなった漫才界という舞台で、活躍できる漫才師を世に送り出すのが、この大会の最大の目的です。だからこそメジャーで成功した、テレビで活躍したことのある芸人ばかりが、審査員にズラリと並んで、「その日一番面白い漫才を決める」というコンセプトを、毎回のように大きく打ち出して番組が始まるのです。

    M-1のコンセプトは、最初の数年が「漫才をメジャーの舞台に戻す」であり、その後は「そのメジャーの舞台で活躍できる漫才師を世に送り出す」というのは、2003年以降の優勝者と、審査傾向を見れば明らかでしょう。

    M-1グランプリ』は王道の漫才を求めて、優勝者を毎年決定している。

    全ての基準はフットボールアワー

    では『M-1グランプリ』の考える、王道の漫才とはなんだろう? ということをテーマにするのなら、一番分かりやすく例に出せるのは、いや現在の傾向を作り上げたといっても良いのが、2003年のM-1チャンピオン、フットボールアワーです。

    彼らが『M-1グランプリ』で証明したことは、漫才とは個々のボケが重要なのではなく、全体の流れで見せる芸である。ということです。そして2003年以降は、そういう漫才しか、『M-1グランプリ』で優勝していないのを、「俺たちのM-1は革新的な漫才を評価する大会じゃなかったの?」と騒いでる方々には見えていない。

    そもそも「革新的な漫才というのは何?」という疑問が僕にはあるんですけどね、単純に自分が好きだったけど、評価されなかったり、世間が面白いと認めていないことを、単に革新的と言って、評価しなかった人を皮肉っているだけなんじゃないですか? という疑問は僕はいつも残っています。

    僕の中で革新的ハードルの基準の上下を最大まで上げると、M-1で一番革新的なこと、破壊活動をやったのは、2002年のテツandトモだけなんですけど、これは「革新的なことやるのが、M-1だ」と言ってる人のほとんどが賛同してくれないと思うんですよね(笑)、もう少しハードルを下げると、2002年のおぎやはぎ、2003年の千鳥、2004年のPOISON GIRL BAND、あと意外に思われそうなところでは、2006年のライセンスですけど、でも革新的な漫才と、一番面白かったというのは、別物として考えていましたから、この人達が優勝するべきなんてことは、夢にも考えたことはありませんでした。

    そもそも革新性というのは、個人の好みとか、これまでに見てきたものの流れとかで、大きく印象が変わってしまうものですから、2007年のキングコングの革新性を、大竹まことは高く評価していたけど、誰も耳を貸さなかったわけでしょ? お笑いを評価するにあたって、一番個人的な評価になるものが、「その日一番面白い漫才を決める」という大会で、重視することがないのは当然でしょう。

    話をフットボールアワーに戻します。M-1に革新的なことがあったというのなら、彼らの漫才こそが、最大のM-1の革命的な出来事でした。彼らが2002年、2003年に披露した漫才は、その後のM-1の漫才の評価基準を確定付けたと言えるでしょう。

    フットボールアワーはM-1を前にして、「漫才とは会話(の演技)で成立させる4分間のショートストーリー」である、という定義を掲げて漫才作りに挑んで、2002年の「ファミリーレストラン」のネタで、前年の6位からファーストラウンドの1位通過というジャンプアップを果たし、2003年には「結婚記者会見」「SMタクシー」で、「奈良県立民俗博物館」のネタで衝撃を与えた笑い飯を破り、M-1チャンピオンに輝きました。

    この三本のネタはいずれも、始まりがあって終わりがある、しっかりしたエンディングのある、ストーリー性に富んだ漫才となっていて、岩尾のキャラクターを印象付けながら、後藤が丁寧にストーリーを進めていく、構成に優れた全体の流れで見せる漫才になっています。一つのボケや一つのシーンのインパクトではなく、全体の印象の良さが評価される漫才こそが、『M-1グランプリ』における王道になりました。

    この三本の漫才は総合的なレベルが高い割に、一つのシーンやフレーズが強調されることがなく、一つ一つ個々のボケのインパクトは、非常に薄いものばかりです。しかし全体の印象や流れで見せる笑いというのは、普通の人、お笑いを見慣れていない人には、そちらの方が見やすいし、印象に残りやすい漫才になります。

    今年や去年に、NON STYLEパンクブーブーの優勝を当然と言っている。お笑いを普段そんなに見ていない人に、「どこが面白かった?」という質問をしても、具体的にどの部分がという返答は、ほとんど返ってきません。「全部面白かった」とか「雰囲気が良かった」というような抽象的な返事がほとんどです。これはどういうことかというと、そんなに普通の人は漫才を一生懸命見ていないという言い方も出来ますが、もう少し違う言い方をすると、一つ一つのフレーズを追っかけるような漫才は、お笑いを見慣れていない人には、笑い所が分からないのです。

    エンタの神様』という番組は、どうしてネタの台詞にテロップを出すのか? ということの答えにもなるのですが。去年でいえば東京ダイナマイトのような漫才は、普通の人にはどこで笑わそうとしているのか、という所を見つけること自体が困難なのです。だから『エンタの神様』は、テロップを出しているところは、芸人さんが笑わそうとしているんですよ。という合図を視聴者に出しているのですが、これはもう自分が見つけられるような、お笑い見慣れている人になると、なかなか気付かないことです。一般の人は感性が合わないから笑っていないのではなく、笑わせるところに気付いていないから、そういうネタで笑わないのです。

    客を選ぶ「並列的な漫才」ではM-1は勝てない

    ネタを全体の流れではなく、設定がお題となって、お題に対して一つずつボケを出していくような、個々のボケやフレーズで勝負するネタは、お笑い業界では「並列的なネタ」という、やや否定的なニュアンスを込めた言い方で呼ばれています。

    この「並列的なネタ」というのは、劇場や普通のネタ番組などで披露する分には良いけれど、賞レースなどでは評価されないから、やるべきではないと長く言われ続けています。これは一つの理由に、先ほどから書いているように、お笑いを見慣れていない人には、伝わりにくいということがあります。

    そしてもう一つの理由に、芸人経験者や、台本作家などが審査員にいた場合、所謂「並列的なネタ」(以下、「並列ネタ」とも言います)というのは、ネタ作りをしている人にとって、比較的作りやすいということを知っているのと、「一般の人には伝わりにくい」ということを知っているから、どうしても評価が厳しくなってしまう。要は大喜利の回答を並べているだけ、という要素もあるので、演技としての漫才の評価のポイントも少なくなってしまう。

    でもお笑いを見慣れている人には、理解がしやすいですし、インパクトのある大きなボケを乗せることも出来ることがあるし、芸人さんにとっては、構成力がいらない上に、お客さんが読み取ってくれる人たちばかりなら、大きなボケを並べやすいので、爆笑を取りやすいネタの形なので、小さな劇場とかで、かけるのには向いているタイプのネタです。あと理論とかが勝っている人には、演技とか構成ではなく、発想力だけで芸人を評価したいという人たちが、少数派ではあるんですが目立つ動きとしてあって、その人達には発想力だけを評価できる、「並列的なネタ」は評価が高くなる傾向があります。*1

    だから過去の『M-1グランプリ』において、結果にブーイングが多く出た回は、笑い飯南海キャンディーズ、オードリーが負けた年などが挙げられますが、この三組は凡庸な「並列ネタ」ではないんですが、それでもレベルの高いボケが続く「並列的な漫才」が、いずれも構成力に優れた、ストーリー性のある流れで見せる漫才に、いずれも敗れて2位に終わっていることは、もっと注目されて良いと考えています。

    しかし理論が勝っているような人や、お笑いをテキストとして分析したい人には、どうしても「並列ネタ」の方が、評価が高くなる傾向があります。これはブラックマヨネーズの吉田や、バナナマンの設楽の発言とかが、やたらと書き起こしされて、お笑いファンの分析の対象になっている時も思ったのですが、雰囲気や流れで見せる漫才というのは、非常にテキストとして評価しにくいです。それと同じようにバナナマンなら、日村の顔の面白さというような「見たら分かる面白さ」というのは、評価がしづらいけど、設楽や吉田の理屈っぽさと言うのは、テキスト化の容易さから、非常に評論を乗せやすいところがある。これと同じ事が「並列ネタ」の、お笑いを見慣れている人、分析したがる人への高評価につながっていると考えています。*2

    だから僕は一つ一つのフレーズや、その出す順番を考察していくようなやり方は、別にそれが好きな人はやっても良いんですが。それをどれだけ突き詰めていっても、フットボールアワーNON STYLEの「流れで見せる漫才」より、笑い飯やオードリーの「並列的な漫才」より上だという根拠にはならないし、『M-1グランプリ』の過去の傾向が、「流れで見せる漫才>並列的な漫才」という、他の賞レースと変わらない傾向で、ずっとやっているのに、一昨年や去年のM-1でいきなり審査基準が変わったような言い方は、僕は大きく疑問が残ります。とりあえずM-1の審査の妥当性を語るにあたって、言葉の選び方や出し方に特化した評論自体には意味があっても、M-1批判に結びつけるのは意味がない。漫才は一つのフレーズやボケの面白さを見るというのは、実は凄い少数派の物の見方で、そしてM-1はゴールデンタイムのテレビ番組という、メジャーコンテンツだということです。

    「並列的なネタ」について補足しておくと、このやり方でもお笑いを見慣れていない人にも、伝わる方法があります。それは強烈なキャラクターをボケ側に乗せるというやり方で、例えば大木こだま・ひびき横山たかし・ひろしのように、ボケが強いキャラを出していくこと、またお約束ギャグを散りばめることで、「並列的なネタ」でもお客さんに、笑い所というのを分かりやすく提示することで、お客さんに笑うポイントを気付かせている。ギャグ漫才におけるギャグフレーズというのは、バラエティ番組のテロップの代わりだと考えて良い。

    この強いキャラクターを乗せることで、「並列ネタ」を、一般の視聴者にも分かりやすく、また審査員にも凡庸な「並列ネタ」に思わせないことに成功したのが、2004年の南海キャンディーズであり、2008年のオードリーで、これに失敗したのが、2009年のモンスターエンジンや南海キャンディーズ。また笑い飯も初期の頃は「ダブルボケ」という漫才のスタイルで、高いテンションで「変われ」というやり取りをすることが、笑い飯の漫才を、「並列的なネタ」と気付かせない熱量となっていた。

    ボケとツッコミが入れ替わって漫才をするというのは、別に笑い飯が始めたわけでもないし、有名なところでは『オールザッツ漫才』のシャンプーハットですが、決して珍しいスタイルではありませんでした。ただそれが笑い飯の代名詞になったのは、漫才のスタイルというよりは、笑い飯のキャラクターとして浸透したことでした。だからここ数年の笑い飯が「鳥人」を出すまで、決勝で最終決戦にいけないようなことが続いていたのは、「俺の方がおもろいこと出来るから変われ」という熱のあるやり取りが、無くなってしまったからというのが、一番の要因だったように思います。そして2009年に「鳥人」という壮大なストーリーの漫才を用意したけど、二本目に昔のパターンの漫才なのに、20代の頃のような熱量のあるキャラを出せなかったのが、僕は単純な2009年の笑い飯の敗因だと思っています。

    しかしこの強いキャラクターを乗せるというやり方には、一つだけ大きな弱点があって、それはキャラに拒否反応を示されたら、どうしようもないということです。だから先に名前を挙げた大御所にしても、いずれも力のある、大阪では大きな賞も取っている大師匠なのに、阪神・巨人やカウス・ボタンと比べて、一枚下の扱いを受け続けるのは、そういう絶対的に拒否反応を示す層がいるということです。これはM-1で比較的成功した、南キャン、オードリーですら、一定数の拒否反応には勝てなかった。あのオードリーの時の紳助のコメントは、主語が「自分は」というものだったから、色々と反発も買いましたが、あれは「こういう漫才は人を選ぶよ」という意味が、込められていると捉えても良いコメントだったと考えています。*3

    M-1というメジャーイベントにあって、客を選ぶ「並列的なボケの漫才」より、万人に理解しやすい「流れで見せる漫才」のほうを評価する傾向がある。というのは一貫した審査傾向であり、僕は漫才のメジャーイベントとして、この傾向を強く支持します。*4 *5

    時代ごとに変わる漫才の定義

    M-1にける漫才とは「会話(の演技)で成立させる4分間のショートストーリー」という定義が、フットボールアワーの決勝の漫才によって作られました。以後はその流れに沿う形で、「個々のボケではなく、全体の流れで見せる芸」という見方で、アンタッチャブルブラックマヨネーズ、チュートリアル、サンドウィッチマン、NON STYLE、そしてパンクブーブーと、かなり審査基準の優先事項となり、優勝者が選定されていきました。この傾向に、僕はブレを感じるところがありません。

    ではどうして、フットボールアワーの漫才スタイルが、新しい基準となったのか、という所を紐解いていきたいと思います。

    漫才ブームの初期にあって、そのブームの中心になった漫才というのは、ブーム以前から人気があった人を除くと、星セント・ルイス、B&B、ツービート、のりお・よしおザ・ぼんちといった方々が挙げられます。このブームの漫才の特徴は、特にボケの人間がハイテンポで定番ギャグをまくし立てる漫才で、この中で当時、革新的と称されたB&B、紳助・竜助、ツービートといった新しい漫才も、ボケがとにかく喋るのを、ツッコミがたまに諫める、本人達曰く“16ビートの漫才”というスタイルで共通していて、とにかく早く沢山のボケを散りばめるということだけに、特化していく形となりました。

    漫才ブームは、大学生の男性をメインターゲットに狙った、当時の仕掛け人たちの意向によって、若者に受ける漫才を中心としたため、年長の星セント・ルイスビートきよしが、早々に自ら漫才ブームから撤退し、他のブームの担い手たちの多くが、スピードと発想力を要求される、漫才ブームのスタイルについていけなくなり、お笑いブームはこの後も『オレたちひょうきん族』に引き継がれますが、漫才ブーム自体は、2年と少しの短命なものとなり、このスタイルの漫才は短期間で過去のものとなりました。

    そして次の時代には、後期の紳助・竜介太平サブロー・シロー、そしてダウンタウンたちの漫才が、主流となっていきます。この時期の漫才の主流は、ダウンタウンのことを横山やすしが「チンピラの立ち話」と非難したことがありましたが、「チンピラの立ち話で結構、それが面白かったらいいじゃないか」と松本が後日に応酬したことがありましたが、この時期に起きた新しい漫才の流れは、面白い人の立ち話とでもいうべき、即興性と自由度の高い漫才が主流となっていきます。

    サブロー・シローのようなボケとツッコミが入れ替わり、モノマネや歌ネタが沢山出てくる漫才や、ダウンタウンのように台本無しでフリートークのように見える漫才は、その後に大きな主流となって、多くのエピゴーネン、フォロワーを生むことになりました。特にダウンタウンのフォロワーは後を絶たなかったのですが、みんな形をなぞるだけでとても再現することは出来ないでいました。この「なんちゃってダウンタウン」の駆逐というのも、紳助と松本にとっては大きなテーマとなったのです。

    中川家ますだおかだはもちろん、ハリガネロックアメリカザリガニ矢野・兵動ティーアップ、東京でも爆笑問題、くりぃむしちゅー浅草キッド、キャイ〜ンと、面白い人が二人で喋ってるだけで、それが面白い漫才になるというスタイルが、90年代の漫才のスタイルとなっていきます。

    しかしこの当時は、東京のテレビ番組や、若手の舞台というのはコント全盛になっていたこと、またこのスタイルの漫才が、簡単そうに見えてレベルの高い技術が必要なことから、ここに名前を挙げられなかった多くの漫才師が、挑戦して挫折していったこともあり、漫才界自体の発展は、苦しい時期が続いていくことになった。そして紳助は漫才復興と、ダウンタウンのコピーではない、新しい一過性のブームに終わらない、漫才の担い手を育てるために、『M-1グランプリ』を創設して、そのプロデュースと審査をしていくことになる。

    2001年と2002年の選考は、そういう目で見返すと面白い。2001年当時の漫才のトレンドの前線にいた、中川家ますだおかだハリガネロックアメリカザリガニの四組、そしてクラシカルな漫才ながら実力者のDonDokoDon、そしてフットボールアワーキングコング、チュートリアルという、当時関西で次代を担う期待をされていた三組が入り、革新的な未知の魅力として、麒麟おぎやはぎの二組、という10組が決勝に選ばれました。

    2001年はなぜかこの決勝の場でネタおろしをした、おぎやはぎの自滅的な最下位(不備の多かった一般投票の採点を除いてもブービー)だけが、例外的なものになってしまいましたが、中川家がダントツの優勝、そして他の三組が五位以下を引き離して、ベスト4グループを作り実力を示して、無名の麒麟が大きなインパクトを残しました。

    その一方で、キングコング、チュートリアル、フットボールアワーの三組が、紳助、松本を中心に非常に厳しい採点を受け、特に松本人志はフットとキンコンに55、チュートリアルに50という最低点を投じています。このときの三組の漫才は、いまの彼らの漫才の完成系の原点となる要素は見られるのですが、まだまだダウンタウンの影響の強い、コピーのような漫才という見られ方も残る内容でした。

    この年は、中川家ハリガネロックますだおかだアメリカザリガニという実力者、麒麟という新星を、お茶の間にお披露目すること、そして紳助・松本両名による「ダウンタウンのエピゴーネンはいらない」という強烈なメッセージを、審査員と若い漫才師たちに送る大会となりました。これ以降、ダウンタウンの模倣のような漫才は、M-1決勝では見られなくなり、チュートリアル、キングコングは長く雌伏の年を過ごすことになります。またこの時期は、ブラックマヨネーズや2丁拳銃といった後のファイナリストや優勝者も、そういった漫才を続けていて、準決勝止まりだったこと。またフットやチュートの同世代の芸人の多くが、最終的に脱却することが出来ずに、多くの2丁目劇場で過ごした漫才師が、準決勝が限界で終わることになった。

    2002年は優勝した中川家は不参加ですが、残りの上位三組は引き続き決勝に残り、フットボールアワーおぎやはぎに、もう一度チャンスが与えられ、新たに笑い飯、ダイノジ、テツandトモ、そして敗者復活戦からスピードワゴンが選出されました。スピードワゴンは準決勝の最終審査で、最後の一枠をダイノジと争っていたという証言もあり、それが事実なら準決勝の審査員が思う、上位九組が決勝に出揃った形になりました。

    この年は笑い飯おぎやはぎの二組が、革新的な新しい漫才スタイルを提示し、上位進出を果たした一方で、前年上位の実力者ハリガネロックアメリカザリガニの二組が、強いインパクトを残すことなく敗退、そしてフットボールアワーが一年で、大きく漫才を変えてくることになり、ますだおかだと優勝を争うまでになりました。

    フットボールアワーのスタイルは、当時の大阪の若手に蔓延していた、ダウンタウンの影響を強く受けたスタイルではなく、また革新的すぎて一部の人には通用しなかったり、一部の人にしか分からないということもなく、この年の大会ではますだおかだの地力の強さに、逃げ切られましたが、これまでの流行やダウンタウンの模倣を、一気に過去のものにしてしまいました。

    これ以降、このフットボールアワーの提示した「漫才とは会話(の演技)で成立させるショートストーリー」という漫才が、その後のM-1における漫才の基本になっていきます。それはどうしてなのか? ということです。

    M-1グランプリ』は吉本興業と、大阪の朝日放送が主催者で、発起人は大ブームとなった漫才ブームの牽引者の一人で、現在テレビタレントとして売れっ子の島田紳助です。この三者が考える「日本一の漫才師」という定義は何でしょうか? 花月とテレビの漫才番組の両方で大トリがとれる漫才師こそが、「日本一の漫才師」と考えるのは、自然なことではないでしょうか?

    じゅあその基準で、現在「日本一の漫才師」の位置にいるのは誰か、それはオール阪神・巨人と中田カウス・ボタンの二組です。

    この二組は前述の漫才ブームの時期には、一時アイドル的な人気を誇りながらも、漫才ブームには乗らなかった。この二組は漫才ブームの頃から、当時の流行りとは違う漫才のスタイルで、特にオール阪神・巨人に関しては、吉本が一過性のブームではなく、永続的に漫才界を担ってもらわないといけない。という判断から漫才ブームにあえて乗せないという方針が取られた、という伝説がありますが、その頃から両名がテレビ用の漫才として、今日までやり続けていた漫才スタイルが、「漫才とは会話(の演技)で成立させるショートストーリー」という、フットボールアワーが行き着いたスタイルだった。

    しかしこれが、この二組のスタイルこそが、いつの時代も老若男女に受ける漫才のスタイルとしての完成なのか、それともこの二組に対する、紳助を筆頭にした後輩芸人達の尊敬心が、こういうスタイルの漫才を評価して、みんな向かうようになったのかは、まだ僕も判断が難しいところです。ただM-1とは、ポスト阪神・巨人、ポストカウス・ボタンを生み出したいという、主催者の思惑と、審査員の思いがあるということは、かなり分かりやすい話ではないでしょうか?

    阪神・巨人やカウス・ボタンはもちろん、M-1優勝者達は、フットボールアワーアンタッチャブルブラックマヨネーズ、チュートリアル、NON STYLEと、みんな共通して短い時間で、初見の人にも演者のキャラクターを伝えるツカミがあり、そのキャラクターに沿った形で、始まりがあって終わりのある、ストーリーのある漫才が展開されるという共通性があります。だからM-1の審査員が理想とする漫才は、やはりフットボールアワー以降、ブレていないとはっきりと言えると思います。

    もちろんこういう漫才だけしか優勝できない、ということは決してないです。去年も含めて笑い飯には何度もチャンスがあったと思うし、一昨年のオードリーもかなり惜しかったと思うのですが、結局はネタが二本無かったということに尽きるでしょう。M-1の決勝が優勝争いで、ネタを二本させるというのは、漫才のバリエーションを見ているというよりは、商業的に芸人としてやっていくにあたっての、量産性を見られているというニュアンスの方が、強いのではないでしょうか?

    もちろんオードリーや笑い飯の二本目のネタを評価する人もいると思いますが、でも2008年のオードリーと、2003年や2009年の笑い飯は典型的な「並列的な漫才」な上に、一つのボケが印象に残りすぎるタイプのネタで、それは漫才として全体のイメージが弱いから、一つのボケがあまりにも鮮明に残りすぎている、ということでもあると思います。

    今の漫才が、大阪吉本流になっていくことの是非

    このように僕はM-1の審査は、吉本と大阪の放送局が、新たに花月とテレビの演芸番組で、大トリが取れる漫才師を欲している。ということを主催者の意義として考え、現在その位置にいる阪神・巨人やカウス・ボタンに成り代われる存在を、M-1の決勝審査員は探し求めているという風に考えてみました。

    しかしこの吉本とか、大阪の臭いが強すぎる傾向が、押し付けられることに対する違和感とか、危機感というものがある人、もう単純に好き嫌いの嫌いに理由付けているだけの人も含めて、沢山いると思います。

    でもまず吉本と大阪の流儀が、M-1によって漫才のスタンダードになるのは、仕方ないでしょう。だって吉本と大阪の放送局と上方漫才の芸人で、立ち上げたのが『M-1グランプリ』で、それで漫才がテレビの世界において、ペンペン草状態だった時期に始めて、テレビコンテンツとしての漫才を復活させたんだから、吉本の上方漫才の文化が、漫才界の新たなスタンダードになって、何が悪いと言えるのでしょう。それを批判できるのは、同じ時期や、それ以前に復権の努力をした人たちだけですよ。その人達は、実力及ばずに実現できなかったにしても、それは僻みや妬みであっても、言う資格はまだあると思う。でもそれ以外の努力しなかった人たちに、批判する資格はないですよ。

    それこそ東京の放送局のほうが、お金もあるわけだし、人的資源だって、東京にも爆笑問題、浅草キッドくりぃむしちゅー、キャイ〜ンと、漫才やっている人たちは吉本以外にも沢山いたのに、彼らにテレビの大きな舞台で漫才する場所を与えずにいたんだから、今更言えることではないですよね。

    先ほどのM-1はポスト阪神・巨人で、花月でトリを取れる芸人を見出すというような言い方も、アンチ吉本の人には気に入らない結論だったと思うけど、でも実際に他事務所でも、ますだおかだアメリカザリガニ、サンドウィッチマン、ナイツの四組は、M-1をきっかけにしてNGKの通常公演に出演したように、吉本はこの価値観で事務所関係なく、公正な審査をしているし、結果を出した芸人を劇場や番組において遇していると思います。

    吉本ってもはやタレントプロダクションというよりは、テレビや劇場の制作という面が強くなっているから、M-1がきっかけで他事務所の芸人がスターになっても、自社制作の番組やイベントに出て貰えば、大きな利益につながるビジネスモデルに、既になっているんですよね。それは去年、どれだけオードリーやナイツが、吉本制作の番組に出演していたか、ということを考えれば明らかです。

    というか決勝の審査員に、吉本臭が強いといわれても困るところがあるんですよね、去年の七人中四人なら、日本の漫才師の数における吉本芸人の比率考えたら、これでも本当は少ないんですよね。あと実際問題、吉本以外の審査員に大物芸人は、オファーあってもかなり断ってるみたいだし。実際にもっと東京の感性を入れてほしい。という風な向きもあるけど、ビートたけしが断ってるのなら、他に誰がいます? 結果的にラサール石井南原清隆、大竹まこと、渡辺正行、東国原知事と、「漫才師じゃない」といわれるタレントやコントの人が入るのは、関西の芸人ばかりにならない配慮ですが、あそこに並んで見劣らない、東京の漫才師出身で、いまも売れてる人なんて、たけしさん以外で、誰がいるのかという話ですからね。東京の漫才師を審査員に入れろという人も、おぼん・こぼんや、(存命の頃の)セントルイスに、あそこに座ってもらいたい訳じゃないでしょ?

    ビートたけしの下の世代で、テレビで売れていて、現役や元を問わずに漫才師となると、いきなり浅草キッドとか爆笑問題とかになってしまって、この辺だと世代的にも、芸歴的にも、出演している芸人とまだまだ近すぎるんですよね。

    それと東京のこの世代の芸人さんって、本人達の責任では全く無いんだけど、テレビでほとんど漫才していない。という説得力の無さがついて回っちゃうんですよね、だからどこまで現実的な話だったのか分からないけど、浅草キッド水道橋博士が、「敗者復活戦の審査員にオファーされたけど、自分はテレビで漫才していないから断った」という趣旨のつぶやきをTwitterに投稿していたけど、爆笑問題も大阪に暮らしていると、新年に羽織袴で漫才しているイメージしかないですからね。この辺の人たちが、漫才をテレビでする環境を整えてからでないと、実際に審査員してもらうのは難しいと思う。ただ今後の世代交代を考えると、この年代の人たちには、東京はもちろん大阪の芸人さんにも、もう少し全国放送のゴールデンタイムのテレビ番組でしっかり漫才する環境を、整えてもらいたい所なんですが。

    M-1にはこういった明確な基準があって、準決勝常連ぐらいのレベルで戦えている出場者は、もう大概分かって色んな事に納得して参加しているわけで、だから参加していない人もいるわけだし、もうちょっとそういうことは、視聴者に分かって上げてほしいなと思います。M-1だけが漫才じゃない、という考えはもちろん正しいし、例えば『爆笑レッドカーペット』や『レッドシアター』のような番組が、立ち上がってM-1とは違うベクトルで芸人さんを輩出する動きもあるわけですからね。

    ただどっちにも乗れないような芸人さんを、支持しているようなお笑いファンのためにも、若い女の子じゃなくても行きやすい大阪の劇場や、地方の人のためにもDVDや、お笑いライブのネット配信、地方公演というものが、もう少し活性化してほしいですよね、せっかくM-1でファンになっても、笑い飯も、千鳥も、東京ダイナマイトも、POISON GIRL BANDも、年に一回M-1でしか、自分のいる環境では見られない。という状況が続くのは寂しいですからね。そのためにはいまよりももっと、お笑い産業が充実するためにも、底辺を広げるようなメジャーに売れる漫才師を、これからも『M-1グランプリ』には、生み出してもらいたいと僕は思っております。

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    *1:だから芸人や、お笑いファンには大喜利が好きな人が多い。

    *2:漫才を文字起こしして分析すること自体は、決して悪いことではないですが、ただそれはあくまでも台本の評価でしかなく、漫才は台本の出来と同じぐらい、演者の演技力やキャラクターも均等に大事なものなのに、そこが評価出来ないやり方でしかないという限界がある。

    *3:M-1の審査コメントは、本質的な批評やアドバイスに、笑いを取りたいという欲求も混ぜて、紳助も、松ちゃんも、リーダーも、えみちゃんも語っているところがあるので、あんまり額面通りに取らないで、聞いた方が良いと思います。

    *4:漫才において、一つのフレーズ、一つのボケだけを殊更に強調して、面白がるというのは、自分には「懐かしのアニメ最終回の感動シーン」なんかで、「クララが立った」のシーンを30秒だけ見て、それで号泣しているようなことにしか見えなくて。やっぱりそれは違うんじゃないの? という思いがいま強くもなっています。

    *5:ヘッドライトとかハライチ、ナイツは、ワンフレーズの羅列漫才ではあるんだけど、きちんと世界観を作って進行いるところが、他のセンスの良いフレーズの羅列漫才との違いとなっている。ただヘッドライトは大阪レベル(千鳥もそうかな)、ナイツとハライチは、まだまだその世界観に好みの差が出るレベル。そして笑い飯やオードリーは、優勝争いか出来るレベルではあった。

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