2012-02-14
■「アドバイス」の謎
無責任であることに無自覚な「普通の人」 - 模型とかキャラ弁とか歴史とか
上記の記事とその反応を読んで、以前から抱いていた疑問を思い出した。
念のため断っておくと、私はD_Amonさんの記事に対しては全面的に共感する立場だ。差別しないでよ、程度のことを書いただけで何度も「はてサ」呼ばわりされてきた身としては、決して他人事でもない。した覚えのない「糾弾」をしたとか言われたり、「近づかないようにしよう」とか言われたり……。
で、私が抱く疑問というのは、こういった記事に対して「アドバイス」をしてくる人たちに対するものだ。
はいはい、君が言っていることは正しい。しかしそんな言い方では「普通の人」から引かれるって。もっとよく考えなよ。……と、そういった趣旨の「アドバイス」をしてくる人が毎回のように出てくる*1。面倒くさいので具体的に名前を出すことは控えるけれど、上のはてなブックマークにもそういう人たちが何人もいる。
しかし、なぜその人たちは「普通の人」ではなく「左翼」(サヨク)の側にアドバイスをするのだろう。たとえば「普通の人」の側に向かって「左翼はいいことを言ってるんだよ。語り口にドン引きしたりせず、是々非々で判断しなきゃ」と、「左翼」の言葉に耳を貸すように働きかける人はなぜいないのだろうか*2。
とりあえず私の経験と偏見と想像力と内心の忖度力に基づき、いくつかの仮説を挙げることにする。
- (1)労力説
- 人口比率を考えると「普通の人」に対して「左翼」のほうが圧倒的に少ないので、説得の手間が少なくて済む「左翼」の側に重点的にアドバイスする。
- (2)マイノリティ軽視説
- 上と似ているが、譲歩するなら少数派の側だという固定観念のために、多数派にあたる「普通の人」に考えを変えてもらうという発想が出てこない。
- (3)難易度説
- 「左翼」のほうが「普通の人」よりも説得しやすい(忠告を聞き入れてくれる)、あるいは「普通の人」の説得は無理だ(忠告を聞いてくれない)、といった理由でより容易な側へ。
- (4)藤崎詩織説
- 左翼に味方して、友達に噂とかされたら恥ずかしいし……という左翼に対するよくわからない忌避感。
- (5)俺は一味違う説
- 左翼(サヨク)を自称するアドバイザーの、あいつらとは一味違う自分を演出したいというしょうもない欲望。
- (6)悪意説
- そもそもアドバイスのつもりなどなく、単に「左翼」が嫌いだから適当にくさしたいだけ。あるいは、「普通の人」が「左翼」の言葉に耳を貸さなくていい口実を作るための補助。
- (7)その他
- ここに挙げた以外で、私の想像の及ばない別の理由。
わざわざIDコールはしないけれど、もしアドバイザーの自負がある方がこれをお読みになったなら、どれがご自身の行動原理に最も近いか回答を頂けると嬉しい。
2011-12-10
■T-3donさんに質問と要望
予告していたT-3donさんネタ。なんと年内に完成した。実は以前のコメント欄でのお返事もまだ待っている状態なのだけど、書き上げたらさっさとアップしたくなる性分なので並行してやることにする。
タイトルの通りだがT-3donさんに対する質問および要望だ。もしかすると「なんで私だけ目の敵にするんだよ!」と逆切れしているだけに見えるかもしれないが、それなりに回答の価値のある内容を含んでいるつもりなので、できれば真面目にお相手していただきたい。id:T-3don
質問編
私の以前のエントリとはまったく無関係ではあるけど、以下のようなコメントを見かけた。実はまったく知らない方なのだが、このコメント自体は私も同感だ。
kananaka [これはひどい] [6で74] 『韓国の子たちが電車の中でしゃべるのが嫌で…けった』違うだろ、「相手が非力な子供だから安心して」蹴ったんだろ。度しがたい。 2011/09/16
はてなブックマーク - 登校中の東京韓国学校児童に暴行、日本人男性 聯合ニュース
なぜこれを唐突に引用したかというと、このコメントにはT-3donさんもスターをつけていらっしゃるからだ。暴力男の供述を否定し、「相手が非力な子供だから安心して蹴った」と恣意的に決めつけ、度し難いとネガティブ評価を下しているこのコメント。おそらくはT-3donさんが以前に述べられた下衆認定の要件*1を満たしているはずだ。にも関わらず、なぜこの方の場合はT-3donさんの下衆認定を免れているのだろうか。
分からない振りをするのも白々しいので率直に述べるが、T-3donさんが恣意的で下衆と非難するのは相手の発言がご自身の意に沿わない場合だけ、というのが真相だろう。私はそれで納得するし、それをもってT-3donさんの人間性をどうこう評するつもりもない。
しかしそのように決めつけられるのはT-3donさんにとっては不本意かもしれない。また、その決めつけによって再び下衆認定されるとしたら私も不本意だ。なので上記の推測が正解かどうか、T-3donさんに真偽を問い合わせる形を取る。もし推測が事実に反しており、T-3donさんの尊厳を傷つけるようであるなら、「そんなことはない」ときっぱり否定していただきたい。その際、kananakaさんの発言は恣意的な決めつけや批判にあたらないことを説明してくださってもいいし、下衆認定基準をより精密に再定義してくださってもいい。
これは批判でも糾弾でも皮肉でもなく素朴な問いかけのつもりなので、お気楽に回答していただいて結構だ。
要望編
上と似た話ではあるけど、かつて私のエントリにT-3donさんがおつけになったブックマークコメント。
T-3don [差別] カジュアルな差別。/でもさ、”わざわざ苦悩するようなポーズも見せてくれなくていい”ってのは、嫌みに過ぎないか? 大体、Mukkeさんが苦悩しているように見えたなら、その時彼は本当に苦悩してるよ。 2011/01/15
はてなブックマーク - 「この差別主義者めー」 - 徒労の雑記
ここで引用されている「苦悩するようなポーズ」については別の機会に詳しくやれたらと思うが、とりあえず今回は「嫌みに過ぎないか?」の箇所を取り上げる。
たとえばMukkeさんが他人(特にMukkeさんから見て人格低劣で愚かな相手)に対し「死ね」と罵倒の声を向けたり、「あらあらうふふ」と嘲笑したりすることをT-3donさんはこれまで一度も問題視なさっていないと思う。つまりMukkeさんが他人に死ねなどと過ぎた言葉で罵倒することは気にせずにいられるけど、Mukkeさんに対して過ぎた嫌味*2が言われることは看過できない……。そういうスタンスであろうと判断する。
念のためだが、これを歪んだ党派性だとか、Mukkeさんを批判しないのは不公正だとか言ってT-3donさんを批判するつもりはない。誰に何を言おうと言うまいとそれは個人の自由であるし、そもそもT-3donさんがそれらの罵倒や嘲笑に共感なさっているのであれば批判しないのが当然だ。
しかし、非対称な態度を取られる(ように感じる)当人としてはあまり気分がよくないというのも正直な感想ではある。そこでT-3donさんに要望したい。一度だけでも結構なので、「Mukkeさんが他人を嘲笑したり罵倒したりすることは一向に気にならない」あるいは「遺憾に思っているが何も言わない」とはっきり言明していただけないだろうか。理由は説明なしで構わないので。
私は今後もMukkeさんネタのエントリをいくつかアップする予定なのだが、その度にT-3donさんがエントリの一部分を抜き出してネガティブコメントをお残しになるのではないかと嫌な被害妄想を抱いている。しかし堂々と上記のようなスタンス表明をしていただけるのなら、かなり私の気が楽になるので、どうかよろしくお願いする。
これも上の質問と同様、批判でも皮肉でもないつもりなので、できれば私の人格をなじることなしにお返事を頂きたい。なんらかの事情でこの要望に応えられない(応えたくない)、あるいは私が知らないだけですでにMukkeさんに苦言を呈していらっしゃるという場合も、その旨をはっきり述べていただければ幸いだ。
*1:『根拠を示せず正解が複数あり得る解釈を元に人を非難することは、要するに恣意的な解釈に基づいて人の言動を非難する、という事に他なりません。少なくとも論者としてはこの上なく下衆い行為だと思います。』http://d.hatena.ne.jp/toroop/20110919/p1#c1316887584
*2:あれは正直な気持ちを書いただけなのだけど、確かに嫌味として成立しそうなのでそういうことにして進める。
2011-11-12
■T-3donさんへの返答・補足
からの続き。今のところは下のエントリのコメント欄でT-3donさんの返信を待っている状態なのだけど、一か月以上も音沙汰がない。しかしIDコールしてまで催促するのも気が引けるため、とりあえずまだ待っているという意思表示だけしておく。
ついでなので、私が特に返答を求めている二つの論点を再確認。
まず一つ目。最初のエントリで挙げた事例1〜3はいずれも相似形であり、そのすべてに同じように対応しなければおかしい……。私がそう主張しているものとT-3donさんはお思いになったようだ。私はコメント欄でそれが誤った思い込みであることを説明したのだけど、果たして納得していただけたのだろうか。これについてのご見解をお聞きしたい。まるで納得していない、ボンクラすぎて話にならない、嘘をつくな、といった返答でも一向に構わないので。
そして二つ目。私が下衆である理由として述べられていた以下の二点(この後もっと増えるかもしれないけど)について。
- (1)エンターテインメント性の多寡で態度を変えていると不当に決めつけること
- (2)その恣意的な解釈に基づいて人の言動を非難すること
このうち(1)については、Mukkeさんご自身の反応があるまで正当か不当かの客観的指標は存在しないだろうから*1、T-3donさんが「不当」とお思いになるのならそれはそれで構わない。それによる下衆呼ばわりも、納得はできなくとも我慢はできる。
問題は(2)だ。私は「言い方が悪い」「糾弾だ」などと言われないよう、非難と読まれそうな文言をできるかぎり排除して最初のエントリを書いたつもりだった。にも関わらず恣意的解釈で非難するのは下衆だと言われてしまい、大変に困惑している。「恣意的」はともかく「非難」については明確な事実誤認だと考えており、これによる下衆呼ばわりにはまったく納得できない。そして我慢しがたい。謝罪は無理にしても、下衆呼ばわりを撤回する程度はしてほしいところだ。「非難の意図があるのは明らかじゃん!」とお思いであるのなら、既定の事実であるかのようにほのめかすのではなく、ご自身の言葉ではっきりそう決めつけるのが誠実な態度だろう。もちろん、客観的な根拠を示すことによって私がMukkeさんを非難していると証明してくださっても一向に構わない。あるいは、下衆の範囲を拡大し、恣意的解釈だけでアウトとなさるのも。
以上の二点についてT-3donさんの返答をお待ちしていることをここに明記しておく。できれば前のコメント欄で何事もなかったかのように続けていただきたいのだけど、このエントリのコメント欄に書き込んでくださっても構わない。私は最低でも、互いにまるで納得していないという意思表示をしあったうえで話を終えたいと思っている。「お前の態度が気に食わない」的な不貞腐れによって対話打ち切りという腰砕けな結末は本当に避けたい。
なお私は「下衆の極み」呼ばわりされたことを強く根に持っているので、返答のあるなしに関わらず再度T-3donさんへの言及は行なう予定だ。もしかしたらMukkeさんネタとまとめるかもしれない。筆が遅いので早くとも年明けになるだろうけど。
*1:私としては事実を言い当てている確信があるので、万一Mukkeさんが「ねーよwwww」と否認なさるようなことがあれば、「ここまで恥知らずな嘘つきだったとは……」と愕然とする予定だ。正直なところ、T-3donさんの擁護さえなかったなら、Mukkeさんは「その通りです……」と自省ないし苦悩するそぶりを見せ、無難に話を終わらせることができたと思っている。
2011-09-19
■T-3donさんへの返答
広告を消す方法を教えてもらったので実行。これで三か月はすっきりするだろう。
さて、前回のエントリをアップして二日が過ぎたが、意外に盛り上がらない。もし炎上でもしたらとワクワクしていたのは杞憂に終わったようだ。
はっきりとした批判は今のところT-3donさんのブックマークコメントだけのようなので、それにお返事しておこう(IDコール id:T-3don)。なお慇懃無礼にならないよう丁寧語は使用しない*1。
T-3don [議論] デモとポスターと仇敵の間に違いなどいくらでもある。犯罪行為とデモ、復讐と抗議と対抗、感情と理性、幾多ある中から「エンターテイメント性の多寡」なんぞとくくってみせるのは下衆の極みとしか言いようがない。 2011/09/18
はてなブックマーク - 称賛できるのはどんなとき? - 徒労の雑記
それぞれの事例に「違いなどいくらでもある」とは言われるまでもなく当然だ。私はそういった多くの差異の中から、Mukkeさんらの「温度差」を説明できるものを書き出したのであって、そのことはちゃんと文章中に明示している。
事例1におけるMukkeさんらのご機嫌なコメント群を読めば、あの復讐行為を娯楽的に楽しんでいたのは明らかだろう。一方で事例2を楽しんでいる気配はまったく感じられなかったので*2、エンターテインメント性の大小を「温度差」の原因のひとつとして挙げることは妥当であると私は考える。
私のその見解に異論がおありであるなら、Mukkeさんらの温度差を生み出したものが何であるのか、T-3donさんご自身の考えを示していただきたいと思う。犯罪行為とデモ、復讐と抗議と対抗、感情と理性、幾多あるという違いの中から、あの温度差を説明できるものを。100文字では難しいだろうから、ここのコメント欄かご自身のブログあたりに書いていただくのがいいかもしれない。
私は「下衆の極み」などと言われること自体は気にしないのだけど、人を公然と侮辱するのであれば、せめてその根拠を問われたとき不貞腐れず答えるだけの誠実さは見せてほしいと思っている。「内心の忖度自体がよくない」などと急に別の話を持ち出す、あるいはその他ゴニョゴニョ理由をつけての回答拒否は避けていただけると嬉しい。
もちろん「気にしない」というのは他人の表現の自由を尊重するという意味であって、決してその評価を受け入れるという意味ではない。人死にをキャッキャと楽しんでいる人たちを下衆と非難するのであれば理解できるが、なぜ楽しんでいると指摘した側の私が下衆の最上級呼ばわりされるのか。倒錯にもほどがあるだろうと思う。
ついでに、温度差を生み出したであろう主な三要因の一つとして挙げたものに対し、『「エンターテイメント性の多寡」なんぞとくくってみせるのは〜』と書かれたことにも異存がある。私はそれ以外にも二つの要因を挙げているし、異議申し立てをする主体(被抑圧側か否か)の区別も事例3に絡めて言及している。あたかも私がエンターテインメント性だけですべてを説明しているかのような書き口は承服できない。
さらについでに述べておくと、たとえば事例2で黒い彗星さんを称賛(あるいは支持)してもいい理由だっていくつも用意できるはずだ。しかしMukkeさんらがそれらをことごとく不採用にしているという事実も強調しておきたい。こういうことを書くと、何かを「やらない」ことを責めるのは酷だ、などと言われてしまうのが定番だけど、そういった不作為によってどんな不公正が維持されているかは目を逸らさず直視してもらいたいところだ。
2011-09-17
■称賛できるのはどんなとき?
はてなダイアリーに広告が出てくる条件は三か月以上の放置だと思っていたら、なんとすでに広告が表示されている。知らないうちに仕様が変わったのだろうか……。
とりあえず予告していたMukkeさんネタの第一弾(IDコール id:Mukke)。ただし続けるのが面倒くさくなった場合や、予想以上に悪評が集まって私が拗ねた場合などは早々にシリーズ打ち切りとなるだろう。
念のため断っておくと、私は決してMukkeさん個人に含むところがあるわけではない。Mukkeさんと同じような言行をしている人々全員に対して含むところがある。Mukkeさんの名前はたまたま代表格として挙げているものと受け取ってほしい。
事例1:レイプ犯焼き殺し事件(仮)
まずは私がたまたまブックマークしていた古い記事から。2005年のスペインで、娘をレイプされた母親がレイプ犯にガソリンをかけて焼き殺すという事件が起こった(らしい)。それに関するMukkeさんのコメントが以下。
Mukke [2ch] [Europe] [性] [犯罪] [これはすごい] [GJ] 理屈では許しちゃいけないんだろうが,心の中で喝采を叫んでる俺がいる。/復讐は何も生まないかもしれない。誰も救われてなんかいない。でも,復讐するひとは,何かを生み出したり誰かを救うためにやるんじゃない。 2009/02/27
はてなブックマーク - 痛いニュース(ノ∀`):娘を強姦した男に母親が復讐。ガソリンをかけて焼き殺す
こういった母親への称賛が、ブックマークコメントの中でも一定の割合を占めていた。しかし私はMukkeさんのものを含め、母親の行為に快哉を叫ぶ声にはまるで共感できない。それどころか嫌悪さえ感じる。自分と無関係な復讐劇をエンターテインメントとして楽しんでいるようにしか思えないからだ*1。
母親の行為を称えている人々のうち、「復讐を手伝って下さい。具体的にはガソリンの調達とか」と頼まれて協力に応じる人がどれほどいるだろう。ほぼ全員がなんやかんやと口実を設けて協力を拒むのではないだろうか。それも、申し訳なさではなく「なぜ自分を巻き込もうとするのか」という怒りを覚えながら。少なくとも、「かような壮挙に力添えできるとは光栄の極み」と喜んで手を貸す人は絶対にいないと確信できる。
この件についてはまだ述べたいことがあるのだけど、長くなるので省略。
事例2:在特会デモ立ちふさがり事件(仮)
続いて昨年の事件。2010年12月4日、在特会のデモに対して妨害に出た人がいた。妨害といっても、デモ行進の前に一人で立ちふさがるというささやかなものだけれど。デモを妨害した「黒い彗星」という人は在特会から暴行を受け、さらに警察に不当に勾留されるという悲惨な結果になった。この事件についてのMukkeさんのコメントは複数あるが、とりあえず以下のものを引用する。
Mukke [珍虱連] [民主主義] [racism] [社会] [左右] ドレスデンの例を挙げられると悩むけれど,それでも俺は,自力救済が認められるべきでないと考える。まずわれわれが求めるべきはデモが暴走した時に警察が速やかにそれを鎮圧することだ。 2010/12/08
はてなブックマーク - ペットボトルを置いて - 過ぎ去ろうとしない過去
このように、黒い彗星さんの行為に対しては否定的な見解を述べていた。悪人にガソリンをかけて焼き殺す行為はウキウキと称賛していたMukkeさんが、このケースでは打って変わって冷厳なまでの「良識派」となっている。結果の取り返しのつかなさから見れば、こちらのケースのほうが遥かに支持しやすいと思うのだけれど、Mukkeさんにとっては逆であるらしい。
事例1と事例2の「差分」
二つの事例に関し、Mukkeさんと同様の「温度差」を見せている人はそれなりに多くいるような気がする。その温度差を生み出すものはいったい何なのだろうか。
それはまず、エンターテインメント性の多寡であると推測する。娘の復讐のためにレイプ犯を焼き殺す母親。まるで映画の題材になってもおかしくはないドラマチックな事件だ。だからこそ事例1は大いに支持されるのだろう。逆に事例2は面白くない。被差別者が差別者に異議申し立てをしようとして殴られ、逆に加害者として公権力に弾圧されるなんて、あまりに陰鬱で盛り上がりに欠ける。この面白みのなさが冷淡な目で見られてしまう大きな要因だろう。
次に、事件との距離感だ。事例1はスペインという遠くの国で起こった。日常生活とはほとんど関わりのない世界の出来事なので、対岸の火事を眺めるかのような気楽さで、娯楽として消費することができる。一方で事例2は同じ日本国内で起こった身近な出来事だ。そのため嫌な生々しさを感じてしまうということもあるかもしれない。
それと関連して、事例2を認められないもっと深刻な理由もあるだろう。仮に黒い彗星さんの行為を正当だと認める立場に立つなら、自分たちが目を背け続けている日本社会の欺瞞に正面から向き合うことを避けられないはずだ。それはとても難しいし苦しい。やりたくない。なので認めることはできない。誤った行為として切り捨てなければならない……。セーフティな位置にいるマジョリティの身勝手さか、それとも罪悪感の裏返しによるものか、いずれにせよそういった心理があるのではないかと思う。
もちろん要因はほかにもあるだろう。しかし、とりあえず考えついたものは以上だ。せっかくなので当人らに答え合わせを求めてもいいが、ほぼ全員に否定されて私が悲しい思いをしそうなのでやらない。しかし自主的に答えてくれる人がいるなら歓迎する。
疑問
ところで、悪趣味な疑問ではあるが、仮に事例2における動機が「復讐」であった場合、Mukkeさんらの反応はどう変わっていただろう。たとえば、在特会にヘイトスピーチを浴びせられ自殺した妹の復讐としてあのデモの前に立ちふさがった……というドラマチックな動機が述懐されていたなら、復讐GJの声はあがっていただろうか。
なんとなくだけど、それはないような気がする。「復讐としては的外れでしょぼい」「どうせならガソリンかけて燃やせ」「もっと娯楽性の高い復讐をしろ」「在日ごときが日本人に逆らうのは不遜」などと心ないことは言わないにしても、「よくやった」と称賛する姿も想像しにくい。
非常に気になるので、これも自主的に答えてくださる方がいるなら歓迎する。
事例3:ヘイトスピーチ塗りつぶし事件(仮)
ここで話を変えて、今年8月に起こった最近の事件を取り上げる。
視覚的ヘイトスピーチの暴力 | LUNATIC PROPHET
視覚的ヘイトスピーチを塗りつぶす突発ひとりオフ会の報告 | LUNATIC PROPHET
リンク先を読めばわかるように、有村悠さんという人がヘイトスピーチを書き込んだポスターを発見し、後日その文章部分をマジックで塗りつぶしたという流れだ。有村さんの行動には私も全面的な敬意を表する。もし私が資産家だったら10万ペリカくらいはカンパしていただろう。
なぜこの話が出てくるかというと、これら二つのエントリがアップされたのはちょうど今回の記事を書き始めた時期であったからだ。Mukkeさんは有村さんの行動に対しどのような反応を見せるだろう? そのような好奇心にかられ、私は当該エントリのはてなブックマークを密かに観察していた。
私の予想するMukkeさんの反応は、「立派ではあるが、法を無視する行為を認めてはいけないと思う。ポスターの表現も侵害するべきではない。先走らず駅員か警察に任せるべきだった」と苦悩の面持ちで述べるというものだった。Mukkeさんが事例2を覚えていて、かつ整合性を貫こうとするなら、それが自然だと思ったからだ。
あるいは、有村さんへの称賛が多勢を占める中で否定的なコメントを発するのは気まずいと考え、この事件への言及をしないという選択もあるかも……などと勝手に心配していたが、数日後に無事(?)Mukkeさんのブックマークコメントがついた。
Mukke [racism] [これはすごい] [GJ] ありむー超偉い。そへぶ! 2011/08/10
はてなブックマーク - 視覚的ヘイトスピーチを塗りつぶす突発ひとりオフ会の報告 | LUNATIC PROPHET
私の予想は見事に外れた。どうやらこの場合はGJと言えるらしい。果たして事例2との整合性は考慮されているのだろうか。ある意味、予想を裏切られたのは予想どおりではあるけれど。
Mukkeさんに限らず、今回の件で素朴な称賛が集まった要因としては、有村さんが日本人であることが大きいのではないかと思う。これが在日外国人によるものだったら、後ろめたさと申し訳なさと罪悪感で心がきしむ。しかし日本人が自らの手で過ちを正したのであれば、逆に誇らしく喜ばしい気持ちになれる。そのため事例2で冷淡な態度を見せていた人でも有村さんを称賛するのだろう。私は勝手にそう納得している。
いつもながら心の汚れた想像ではあるけど、もしポスターの問題箇所を黒く塗りつぶしたのが有村さんではなく、たとえば在日三世と名乗っているブロガーの人であったら、かなり空気は違っていたような気がする。素直に称賛する人の割合は少なかっただろうし、逆に「器物損壊」「表現の自由の侵害」「自力救済は認められない」などといった否定的なコメントは数倍になっていたのではないだろうか。いわゆる炎上も起こしていたかもしれない。
まあだからどうというつもりはなく、特にオチもなく終わる。