土佐尚子著「カルチュラルコンピューティング」NTT出版の紹介と関連研究と書籍をめぐる

思考・記憶をサポートするメディア

 「民族の危機、都市の危機、教育の危機はすべて互いに関連しあっている。その大きな危機とは、人間が文化の次元という新しい次元を発達させたことを忘れたときにおこるのだ」。この言葉は、2008年の世界経済の暴落や民主主義の危機の話ではありません。文化人類学エドワード・ホールの1966年の著書『かくれた次元』からの言葉です。

 現在、コンピュータは私たちの生活に種々の形で深く関わっています。パソコンはもとより、携帯電話や、携帯メール、ウェブ、ゲームなど私たちのライフスタイルに深くとけ込んでおり、好むと好まざるとにかかわらず、日常密接に接している道具や、メディアとなっています。コンピュータは当初は「計算する機械」でありましたが、現在では私たちの「思考・記憶をサポートするメディア」となっています。
 伝統文化とコンピュータの関係を見ると、文物の修復や歴史のシミュレーションを「計算する機械」として使用されることが多く、「思考・記憶をサポートするメディア」としては、失われていく文化をコンピュータでアーカイブ化するなどの静止画的手法止まりであり、マルチメディア化、ネットワーク化されているコンピュータの能力を十分活用しているとはいえません。現代社会は、種々の異なる文化背景を持つ人々がコミュニケーションを行うことが日常的であり、自分達自身の文化の歴史を理解したり、異なる文化を理解することが求められています。しかしながら、文化の歴史や異なる文化の理解は、本を読んだり、博物館で文物を見てその文化を理解するのが通常の方法です。だから異なる文化の理解の場合、情報を正確につかみ取ることが、なかなか困難です。
 情報工学の発達により、ネットワーク化・モバイル化・双方向になった私たちの「思考・記憶をサポートするメディア」としてのコンピュータを、もっと有効に文化の理解に使うことはできないだろうか。本書はそのような素朴な疑問から出発して、カルチュラル・コンピューティングという分野、つまり無意識のうちに深く内属している感性・民族性・物語性といった文化の本質を情報化します。そして、ノンバーバル情報とバーバル情報に統合し、文化追体験や文化モデルの交換体験を、コンピュータで取り扱うという分野の可能性を提唱します。未来のコンピュータのコミュニケーション能力に欠かせないカルチュラル・コンピューティングでは、人間が歴史の中で培った各文化の中で行為や文法などの形で蓄えてきたものには文化に固有のまたは文化に共通の形式があると考え、その具体的な方法論といくつかの具体例を示すことにより読者をこの新しい領域に誘うことをめざしています。