桐原いづみ 『ひとひら』

ひとひら 1 (アクションコミックス)

ひとひら 1 (アクションコミックス)


「きっと演劇やっててよかった思うから」
この言葉を聞けただけで、胸一杯になりました。



◆あらすじ◆


極度の上がり症で、人前に出ると声が出なくなる。
そんな麦は高校入学と同時にあるサークルに巻き込まれることに。
勧誘中、そこから脱出したいがために入会してしまうが、そのサークルは演劇研究会だった。
演劇…人前で演技とか大丈夫なのだろうか…



◆感想◆


 とても清々しく読み終えることができました。麦の成長過程が大変すばらしかったです。


 最初のうちの麦は見ていられません。麦の性格が消極的すぎるからでした。特徴的な点は、極度の上がり症なことです。クラスの自己紹介にて、顔は真っ赤で、緊張して声が小さくなるような性格です。人の視線を浴びることが苦手で、人前で転んでちょっと見られたぐらいで涙ぐむほどです。また、もう一つの特徴的なところは、主体性がまったくないところです。高校は友達がいるから選んだということから分かるように、自分の意思がありません。その友達に思いっきり依存しきっています。


 以上のような、引っ込みすぎて箱の中に隠れて出てこないような性格なんですが、演劇に巻き込まれてから麦の成長が始まります。そのきっかけは、麦の「声」にありました。上がり症なだけで、声量はあるし、惹きつける声質を持っていました。それを先輩たちが聞いていたから、麦を勧誘することになります。これを契機に麦は変わり始めます。


 演劇を一から作り上げ、人前で披露するということは、麦の性格から全く縁のないものでした。その過程でも本番でも紆余曲折があり、上手くいかないことや傷ついたこともありました。それでも舞台をやり終えました。もうその時には、以前の麦ではありません。多少の上がり症と、芽生えつつある意思を持った麦になっていました。そこから、もう一回りも二回りも成長していき、友達への依存から友達と助け合いへ、明確な意思を持ち行動する主体性へと変化していきますが、ここまで記述するのは野暮だと思うのでやめます。ただ、そこまで成長されたら、本当に感慨深いものがありました。


 麦の成長をこんなにもはっきりと挙げられるのは、出だしの麦の描写が徹底していたことと、演劇を題材にしたことが原因だと思います。特に後者の原因は大きいと思います。上がり症の克服の題材として、演劇で舞台の経験をすることは妥当だと思います。演技の成長を表現することは難しいかもしれませんが、麦の場合は声が小さくなるということですから問題ありません。ただ、音が入った方がより分かりやすいとは思います(アニメ化していますが、未視聴なのでなんとも言えませんが)。


 全体を通してみると、構成自体はものすごく王道です。部活を通じた成長物語という点では標準的なものです。したがって、成長をどう見せるか、が成否の鍵を握っています。その点で、本作は充分にクリアしていて、大変楽しめました。


 ちょっと難点なところは、登場人物の書き分けが多少上手くいっていないところがあります。そのため、飛び飛びで読むと分からなくなってしまうことがありました。よって一気読みをおすすめします。そうすることの長所が一つあります。それは、野乃先輩の位置づけが最後まで記憶に残りやすいことです。野乃先輩は、麦と同様に演劇を通じて成長した人です。そんな先達と一緒に過ごすことにより、麦もまた成長し、次の後輩と影響を与えられるような人になりました。これを描いた場面は、清々しさを感じると同時に涙が少し出てきました。ああ、よかったなあと思えました。


 ちょっとネガティブなところも書いてしまいましたが、成長物語としてオススメしたい漫画の一つになっています。