2006-10-15 信長と安土城跡、『信長の館』
■信長と安土城跡、『信長の館』
ブログに書くのがとても遅くなってしまいました。 先日の10月8日は安土城跡と安土城考古博物館、『信長の館』に行ってきました。 前日の土曜日は春と一緒で、伊吹山に登頂して、湖北の木之本の温泉のある己高庵(ここうあん)という旅館に一泊しましたが、湖北地方はなかなか味わい深い所です。 安土城跡は想像以上に壮大なもので、ゆっくりと周ると一時間半のコースになっていましたが、周ってみて、やはり織田信長という人は、壮大な夢を城にも持っていたことを再認識しました。 ご存知のように、明智光秀による本能寺の変で信長が亡くなり、安土城の天主・本丸等が焼失して、1585年に廃城となっています。 見学するのも、今年の8月までは料金はいらなかったのが、9月からは500円いるようになっていましたが、皇居、大阪城、姫路城でも、外回りではそのようなことがないのに、維持費やこれからの発掘とか改築に掛かるのでしょうが、ちょっと残念な気持ちがしました。 以下 Wikipediaより引用します。
信長はこの城を丹羽長秀を総普請奉行に据え、足かけ7年の歳月をかけ完成させた。築城の目的は岐阜城よりも京に近いため利便性があり、加えて北陸街道から京への要衝に位置していたことから信玄亡き後信長の最大の脅威であった上杉謙信の上洛を阻止できる立地条件にあったためとされている。その規模の大きさ壮麗さは太田牛一や宣教師の記述で明らかなように天下布武、信長の天下統一事業を象徴する城郭であり、山頂の壮麗な天主に信長が起居、その家族も本丸付近で生活し、家臣は山腹あるいは城下の屋敷に居住していたとされる。
横にある安土城考古博物館では「信長の城・秀吉の城−織豊系城郭の成立と展開−」という催しをしていて、織田信長から豊臣秀吉への天下統一にしたがって、城作りもこの二人により大きく変化しましたが、その織豊系城郭の展示をしていて興味深いものでした。
『信長の館』はその隣になるのですが、 1992年 スペイン・セビリア万国博覧会の日本館メイン展示に、総合プロデューサーであった作家の堺屋太一が、安土城天守閣の最上部(五、六階)の原寸復元がメイン展示としたのを、万博終了後、安土町に移され保存・展示したのが『信長の館』です。
以下のHPに上手に安土マップと安土城跡と安土城考古博物館とともに紹介されています。
http://www.azuchi-shiga.com/kakudai-map.htm (安土マップ)
http://www.azuchi-shiga.com/n-yakata.htm (信長の館)
信長のことを書いた小説で私が読んで印象的なのは、 やはり『国盗り物語』(司馬遼太郎)、 『織田信長』(山岡壮八) 『下天は夢か』(津本陽)ですが、一気に読んだのは山岡壮八のですが、『国盗り物語』がほんとうの面白さでは一番でしょうか。 『下天下か夢か』には、織田信長がもっとも愛した側室の吉乃のことがかなり重みを置いて描かれていましたが、信長は伊達政宗と同じように、母(土田御前)の愛をあまり得られず、その愛情は弟(信行)に注がれましたが、跡目争いの絡みから、伊達政宗と同じく、弟を殺害しています。 伊達政宗も晩年まで母の愛を求めたのは有名ですが、信長が側室に後家さんを好んだのは、母の側にいるような気持ちになったかもしれない、側室に安らぎを感じたのかもしれません。 織田信長が男の子十ニ人、女の子十人も子供をもうけたというのは、姻戚関係としての戦略として、子供を沢山つくることにあったのでしょうが、それとともに信長は短い夜に、母のような後家の側室に、母への愛を求めた結果かもしれません。
話が戻りますが、 安土城は総普請奉行は丹羽長秀ですが、実際の責任者である棟梁は本当に大変だったろうなと、安土城跡を周っている時に思いましたが、この安土城築城を託され棟梁父子の物語を、 作家の山本兼一が小説にして第11回松本清張賞を受賞していました。 時間がある時に読んでみたいです。
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以下の本は復元関係ので、おもしろそうな本。
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『国盗り物語』は、読んでから随分経過してますが、ボクはこの小説で「明智光秀」や「雑賀孫一」が印象深く残りました。
『馬上少年過ぐ』は以前読みました。「伊達政宗」は優れた武将だけれども、天下取りをするには生まれた場所が中央から、離れすぎていましたね。それと、あと10年早く生まれていたら、歴史も変わっていたのかもしれませんね。
曹操で一番有名な漢詩は「短歌行」 ですが、いつ読んでもよいですね。
對酒當歌 酒にむかいて まさに歌うべし
人生幾何 人生 幾何(いくばく)ぞ
譬如朝露 たとえば 朝の露の如し
去日苦多 去る日苦(はなは)だ多し
慨當以慷 慨して当に以て慷すべし
憂思難忘 憂思 忘れ難し
何以解憂 何によりて 憂いを解かん
唯有杜康 唯だ 杜康有るのみ
(曹操 「短歌行)
私が更に凄いと思うのは彼が兵士の哀しみや望郷までも思って漢詩をつくっているところでしょうか。 そのような英雄はちょっといないですね。
「却東西門行」 の最後のところです:
奈何此征夫 奈何せん此の征夫
安得去四方 戎の馬は鞍を解かず
戎馬不解鞍 鎧と甲は傍らを離れず
鎧甲不離傍 何れの時にか故郷に反らん
冉冉老将至 冉冉老い将に至るべし
何時反故郷 故郷は安んぞ忘るべけんや
神龍藏深泉 神竜は深き淵に蔵れ
猛獣歩高岡 猛獣は高き岡に歩む
狐死歸首丘 狐は死なんとして帰って丘に首う
この出征者たちをどうしよう
どうしても自由に去ることはできない
馬から鞍を解くことはできず
鎧かぶとはそばを離せない
そのうち老いが迫ってくるのだ
いつの日に故郷へ帰れるだろうか
神竜は深い泉にひそみ
猛虎は高い岡を歩む
キツネは丘にこうべを向けて死ぬ
故郷を----どうして忘れることができよう
「却東西門行」には、英雄であるにも関わらず、一種センチメンタルな想いを吐露してるところは、彼の別の一面を見るようです。政治面・経済面にばかり注目してると、こういった点を見落としてしまいますね。やはり、人物評価は多角的・立体的にしなくてはいけませんね。いい勉強になります。
あと、口幅ったいようで申し訳ないのですが、2−4行目までの書き下し文と口語訳から考えて、5行目が脱落しているのではないでしょうか。ボクの思い過ごしならば、すみません。
奈何此征夫 奈何せん此の征夫
安得去四方 安くにか四方に去り得ん
戎馬不解鞍 戎の馬は鞍を解かず
鎧甲不離傍 鎧と甲は傍らを離れず
冉冉老将至 冉冉老い将に至るべし
何時反故郷 何れの時にか故郷に反らん
神龍藏深泉 神竜は深き淵に蔵れ
猛獣歩高岡 猛獣は高き岡に歩む
狐死歸首丘 狐は死なんとして帰って丘に首う
故郷安可忘 故郷は安んぞ忘るべけんや
この出征者たちをどうしよう
どうしても自由に去ることはできない
馬から鞍を解くことはできず
鎧かぶとはそばを離せない
そのうち老いが迫ってくるのだ
いつの日に故郷へ帰れるだろうか
神竜は深い泉にひそみ
猛虎は高い岡を歩む
キツネは丘にこうべを向けて死ぬ
故郷をどうして忘れることができよう
当方も、曹操のことは、三国志演義をもとにした吉川英治、横山光輝のマンガとNHKの人形劇の『三国志』を覚えているくらいです。 『三国志演義』は曹操を悪役にしていますが、歴史家の陳寿の正史をもとにした『三国志』は曹操が本当の主役ですね。 陳舜臣の『秘本 三国志』は正史をもとにしているので、いつか読もうと思っています。 曹操は絶対の権力者でしたが、彼の漢詩は偉ぶらず、心の弱さや悩みも率直に表現していながら、雄大さを感じます。 曹操は武勇の関羽に惚れ込んだらなんとしても引き止めようとしますね。ああいうところも好きです。 趙雲は高潔で武勇に優れた、関羽に劣らない英雄というイメージが残っていて、関羽の次に私は好きでした。
『国盗り物語』はおもしろかったですね。斉藤道三、信長、明智光秀の人物がくっきりと描かれていました。あげていただいたほかの信長関連の本としては、小説ではありませんが、秋山駿の『信長』が文芸評論家の全エネルギーをかけて、信長という天才と対決……夢中で読んだ記憶があります。
織田信長関連、安土城のご紹介ありがとうございました。