2005-11-02 山田風太郎と勝海舟 「コレデオシマイ。」
■[辞世][名言] 山田風太郎と勝海舟 「コレデオシマイ。」
山田風太郎が人間の最後の言葉としてあげた三大傑作の中でも一番好きだったのが勝海舟の言葉です。
勝海舟: 「コレデオシマイ。」
今はの際にいふべくおもふべき真の一大事は
一字半句もなき倒惑」
尾形乾山: 「うきこともうれしき折も過ぎぬれば
ただあけくれの夢ばかりなる」
「胸が苦しいからブランデーをもってこい」と家人に命じた勝海舟は、「こんどはどうもいけないかもしれんぞ」と言いつつ、ブランデーを飲み、脳溢血で倒れ意識を失った。 彼が、最期に呟いたのは、たったヒトコト。 『コレデオシマイ』
となっています。 以前に、「福沢諭吉と小栗上野介」のことを日記、id:tougyou:20050203で書いたのですが、ダブりますが福沢諭吉に『痩我慢の説』で江戸幕府の重臣でありながら、裏切りものとしてボロのチョンに批判された時に、「行蔵は我に存す。毀誉は人に存す。我に与からず我に関せずと存じ候。」という言葉で返しましたが、その言葉どおり最後の仕上げはやはり見事です。 明治になってから、旧幕臣としてなんとしても徳川慶喜を明治天皇に謁見させることで二人の和解を見届けることでしたが、1898年に尽力がみのって見事にそれをやりとげ、翌年の1899年に逝ったことでしょうか。 楽しめる時には楽しんで、やるべき時にはそれをやり遂げることが出来たというのは、勝海舟はやはり人生の達人でもあったのだと思ってしまいます。
尚、勝海舟のライバルで幕末の幕府最高の人物とも評された小栗上野介は、故郷の領地に戻り百姓をして暮らしていました。 官軍に無実の罪で捕まり、3人の部下と共に川原に引き出され、大勢の村人が見守るなか斬首されました。小栗の無実を訴える人々に向かって一言、
「お静かに」
これが最後の言葉であったとのことです。
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