雨天炎天な日々 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2014-12-26 富士山に登った話 このエントリーを含むブックマーク

富士登山について語ることはそれほど多くない。上り始めの天気は最悪で、去年登頂している弟は「もう中止でもいいんじゃないの」というスタンスだった。天気の回復も見込めない。でも我われは初めてなのである。登山用具一式レンタルし、前後泊に当日の山小屋の予約だってばっちりなのである。そう簡単には諦められない。

協力金を支払い、缶バッチを胸に登山開始。視界は一面、白に覆われている。横殴りの風が霙混じりの雨を叩きつける。猛吹雪の中を登山しているようで、冒険気分はいやがおうにも高まっていく。「上は雹が降っていた」と震えながら降りてくる下山者たちとすれ違う。テレビで見た行列はなく(あれは一番人気の吉田口の話)、視界が利かないせいでむしろ孤独を感じるくらいだ。ただ低山と違い、視界はなくても道迷いの危険はない。

800円の高級富士宮焼きそばを食べ、酸素缶を吸い、たくさんの人に抜かされながらじりじりと上った。宿泊先はは9合目である。到着した時はちょうど晴れていた。雲海富士山の影が映っている。雲が切れる瞬間、下界までクリアに見通すことができる。写真テレビの画面に切り取られる前の、雄大な景色が眼前に広がっている。

宿に到着して2時間後、土砂降りになった。まだ日暮れ前で、山小屋にはまだぞくぞく宿泊客が押し寄せてくる。ひとり半畳もない就寝スペースの壁面にずぶ濡れのザックやレインウェアを架けて寝る必要がなかっただけ、わたしたちはずいぶんラッキーだったのだ。

まったく眠れないと噂の山小屋で、わたしたち家族はしっかり眠った。夜中の2時頃出発しようとするが、外は雨が降っている。朝食用のお弁当を受け取り、さぁ出発というところで母が難色を示した。どうやら雨では外でお弁当が食べれないと不満らしい。こうなると母は動かない。仕方なく山小屋で朝食用のお弁当を食べ、午前3時前に再度出発。雨はさらにひどくなっている。ヘッドライトの明かりだけを頼りに、暗闇の中に飛び出した。ヘッドライトと弟の持つハンドライトの光で、思ったよりも視界は利く。雨が止む気配もなく、風はどんどん吹きつけてくる。ご来光を目指す人々に次々追い抜かれ、時間はどんどん過ぎていく。もうとてもご来光を望めるような状態ではない。

九合五勺の山小屋の前で、ついに父がギブアップした。これまでも酸素缶を手放さなかった父が、高山病でもうこの先へは進めないという。結構元気そうに見えるのだけれど、それはまぁ自己申告なので無理強いはできない。山小屋の中で休もうにも「高山病なら動けるうちに下山した方がいい」と当たり前の理屈で追い払われてしまった。夜が明けるまでにはまだ時間がある。雨風の吹きつける暗闇の中、人の波に逆らって下山するのは危険である。特に母は膝が悪く、下りにひどく時間がかかる。

短い話し合いの結果、弟は父に付き添って下山、母とわたしたち夫婦とは引き続き登頂を目指すこととなった。折りよくツアーの団体が「この先は風もさらに強く危険なので」と、ガイドの指示により下山を始めた。父と弟はツアー客の一員のように最後尾について降り始めた。

ツアーガイドが駄目と判断したものを登り続けてよいものか。しかも母を連れて。悩むところではあった(実際はツアー参加者の中に高山病の人がいたのが下山を決めた直接的な原因だったようだ)けれど、夜明けまでじっと留まっているのも寒くて辛い。じりじりと上を目指して進むことにした。闇が少しずつ薄まり、ぼんやりとあたりの様子が見え始める。相変わらず強風にあおられた雨粒が体中を叩いている。

父と別れてまもなく、頂上へはあっけなくたどり着いた。夜明けの時間は近いはずだけれど、太陽がどこから昇るのかはっきりしない。風に流れた歓声が時折聞こえるけれど、ご来光を拝めた人がいるとは思えない。お鉢巡りも剣ヶ峰への登頂も諦め、夜が明けきるまで山頂の山小屋で時間をつぶした。中にはゴミ袋を雨合羽にして震えている人もいる。天気は一向に回復しそうもない。富士山の奥宮でお守りをもらうことさえ頭に浮かなかった。大きな目的だったはずなのに。

昨日宿泊した山小屋で休んでいた父と弟に合流し、下山開始。相変わらず天候は優れない。下山はとても辛かった。登り以上に母のペースが落ちるからだ。富士登山の途中たくさんの人とすれ違ったけれど、うちの母より太った中高年の人には一度も出会わなかった。二度ほど大きく転倒し、母のリュックは弟が背負うことになった。下山目安が三十分のところを三時間かかった。疲れているので早く降りてしまいたいのだけれど、もちろんそういう訳にはいかない。

でも今思い返しても、富士山は楽しいところだった。高山病さえ心配しなくていいなら、また行きたいなと思う。御嶽山の悲惨な出来事があった後なので、ちょっと怖いとも思うのだけれど。

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2014-12-16 鞍馬天狗に会いに行った話 その2 このエントリーを含むブックマーク

薄暗い森の中をひたすら登り、滝谷峠にたどり着いた。まだ新しい標識が迎えてくれる他には展望もなく、もちろん人影もない。そこでふと、母の膝あたりを這い登る細長い土色の虫がいるのに気づいた。慌てて互いを確認すると、足元から忍び寄る不気味な姿がそこここに見つかる。心中激しく悲鳴を上げ、棒で叩き落し、でこピンのよろしく爪先で弾き飛ばした。こんな魑魅魍魎あふれる場所で、じっと休憩などしていられない。標識に従い、「二ノ瀬駅」方面へと下り始めた。

山道はところどころ崩れているものの、のぼりに比べれば(あるいは単に荒廃に慣れさせられたのか)、人の通る道であることがはっきりとしている分だけずいぶんマシである。途中、「キェーーーン」と鋭い悲鳴のような声がして、二頭の鹿が走り抜けるのを見た。ここは人ではなく獣の棲む場所なのだ。

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人里に下り着いた時は、心底ほっとした。駐車場のある鞍馬駅まで歩いて上る元気はもはやない。小さな二ノ瀬駅のホームで叡電に乗り、今回の可愛い冒険は終了した。

しかしわたしにとってのメモリアルデイはここから始まる。2車両しかない小さな叡電の中で、首にまいていたタオルに血の跡を見つけた。てっきり首筋についた例の吸血生物を潰したのかと思ったけれど、どうやら違うらしい。でもまぁもう血も止まっているし、そこまで気にするものでもない。鞍馬駅で下車し、他に人のいらい構内に座って汗拭きシートを使いながら、ふと自分のTシャツの首元を覗いてみた。何やら気になる影が見える、気がする。Tシャツの模様が映っているのかもしれないと、何度も内外を見比べてみるが、やはり違う。黒い影が胸の上に載っているのである。

大声を上げて立ち上がり、Tシャツを捲り上げて母親に駆け寄った。何かひんやりした物がお腹に触れた。悲鳴を上げてジタバタ喚くわたしに、

「何もついてないよ」

と母は言う。

背後で旦那さんが「落ちた」と、静かに床を指差している。

振り返って覗いたその指先には、ぷくぷくに太って、まるで巨大ナメクジのように膨らんだヤマビルの姿があった。そんなものがずっと首筋に張り付き、満腹してわたしの胸の上で眠っていたのだ。

娘の敵と、母はヒルを踏み潰した。どろりと血が流れる。何かの事件現場みたいだ。しばらく見ていると血だまりから5ミリほどの紐状の虫が這い出している。破裂しても、ヒルはまだ死なないのだ。

後に調べると、山で100匹近くのヒルに襲われたという話もあった。あの途中で引き返してきたハーフパンツにクロックスのサンダル姿の男の子も、きっとヒルの洗礼に出会っていたのだ。そうであればあの怒ったような表情も充分に納得できる。

ヤマビルというのはとても恐ろしいものです。毒性はないようですが、精神的にかなり参ります。みなさまどうぞお気をつけください。

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2014-12-01 鞍馬天狗に会いに行った話 その1 このエントリーを含むブックマーク

6月末の日曜日、両親と旦那さんと4人で鞍馬へ山歩きへ。富士山トレーニングの一環です。息子は受験生なのでお留守番。

叡山電車鞍馬駅近くに車を止め、駅前の巨大天狗写真に残し鞍馬寺に向かう。愛山料200円なり。

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山頂の本殿にお参りし、貴船神社の方へと下っていく。参拝道だけあって山道としてはとてもよく整備されている。鞍馬から山頂まではケーブルで登ることだってできる。サンダルですたすた歩いている観光客の姿も多く見かけたけれど、ピンヒールだけはやっぱりまずい。足は靴擦れだらけになるだろうし、ぴかぴかのヒールだって傷だらけになる。きれいな格好をした女の子の集団のひとりが途中でしゃがみ込みそうになっていたけれど、誰かに背負ってもらうか裸足で歩くか、あまり有効な選択肢はない。彼女たちを追い抜いてからも、山道はまだずっと先まで続いていた。とても気の毒だと思ったけれど、山寺とふつうのお寺は違うんだってことを、もう少し下調べしておく必要があったんだと思う。

しかし、人のことは全く言えないのだった。

参道を歩き終え、川床で賑わう貴船神社周辺を抜けると、人影が急に途絶えた。貴船山登山口に到着。滝谷峠を越えて、二ノ瀬駅へと下るルート。まだ新しい標識に既に不吉な兆候はしっかりと現れていたのだけれど、その時はまぁ危険そうなら引き帰せばいいやと簡単に考える。皆さん、赤テープに手書きで「キケン要注意」などと書かれている場合、それなりに重く受け止めた方がよろしいかと思います。

登り口からすぐのところで、山登りのベテランらしきおばさま二人組みとすれ違い、この先の道がどの程度危険なのかを尋ねてみる。「道が少し崩れていたり、ロープが張ってあるところがあるけれど……。まぁ頑張ってください」との暖かいお言葉をいただく。なるほど、危険とはいえ我われにも通れそうだということだ。お二人の言葉に力を得て、「いざダメとなったら引き返せばいいね」と先に進んだ。

なだらかで開けた明るい道は、しかしながらすぐに終わってしまった。道は急激に荒れ始める。チェーンソーで切り出した木々が何故かそのまま進路に放り出されている。緑深く苔むした倒木は、長い間人の手が入っていないことを感じさせる。木は鬱蒼と茂り、厚い黒雲から時折雨が落ちてくる。地面にのめり込んだ赤い小さな杭だけが、ここが正しい進路だと信じさせてくれる。「道が少し崩れている」というのを、はじめ「全行程のごく一部が崩れている」と理解したのだけれど、それは幸せな勘違いであった。道はあらゆる場所で少しずつ崩れており、ロープが張られた箇所も次々に現れる。

どうにもこうにも心細い。途中、首からカメラを提げた大学生くらいの男の子がひとり、怖い顔をして降りてきた。「こんにちは」と声をかけても無言である。ぬかるんだ道に足元をとられ、眉根を寄せた彼とすれ違う。ハーフパンツにクロックスのサンダルを履いている。被写体を求めてつい入り込んだのかもしれないけれど、良い写真も思い出も手に入らなかったに違いない。

その後は誰ともすれ違わなかった。

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