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武蔵野日和下駄  このページをアンテナに追加

2008-11-01 きみがくれたぼくの星空

[][] 『きみがくれたぼくの星空』 ロレンツォ・リカルツィ著 (発行河出書房新社2006/6/30)  『きみがくれたぼくの星空』 ロレンツォ・リカルツィ著 (発行河出書房新社2006/6/30)を含むブックマーク  『きみがくれたぼくの星空』 ロレンツォ・リカルツィ著 (発行河出書房新社2006/6/30)のブックマークコメント

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 この物語はミステリーではないので、ネタバレになってもこれからこの物語を読む人の妨げにならないと信じて、思い切ってストーリーに踏み込むことにする。気になる方は、お読みになってから再度お訪ね願いたい。

 これは相当の高齢者小説、最近の言葉で言えば<後期高齢者小説>ということになろうか。物語がスタートする老人ホームの最初のページの主人公の年齢が82歳、78歳の誕生日の二日後に脳血栓で倒れ、2ヶ月間病院で治療を受けたが回復せず、半身に麻痺を抱えた状態で老人ホームに入り4年近くの老人ホーム暮らしをしている。日本の介護保険制度の考え方で言えば、「要介護3、重度の介護を必要とする」にあたり「食事・衣類の着脱のいずれも介護者に介助を必要とする。排せつには全面介助がある」ような状態。この要介護3の状態から、要介護の苦境を脱し要支援の自立した状態にまで回復するのに、主人公に何が必要だったかというのが、ストーリーの柱のひとつ。

 高齢の要介護者が、理学療養士の援助を受けながら、自らの意思で奇跡の回復というか成長を遂げる話。本来なら、この部分のドラマに力を入れてリアルに描いたら、さぞかし優れた作品になっただろうと思うが、この点はチト物足りない。物語は主人公の精神状態というか心理面にひたすら焦点を当てているので、身体的な奇跡的な回復の過程への目配りがややおろそかになっている。この点をもっと掘り下げていたら、文句なしの傑作老人介護小説になっていたかもしれない。

 版元はこの物語を「究極の恋愛小説」という宣伝文句で売りたいらしいが、何人もの書評が首をかしげているように、私も<恋愛小説>というには少し難があり、せいぜいが<純愛小説>どまりではないかと思った。御相手のエレナという70歳を超えるご婦人の描写が期待するほど多くなく、かつての宇宙物理学者である主人公トンマーゾの奇跡的な心理生活の変容もしくは成長に焦点を当てすぎていて、一方的な悲恋の物語になってしまっているように感じた。つまり、主人公トンマーゾとエレナとの高齢者同士の心の通い合いがもう一つのメインストーリー。

 この物語は、三部構成、一部の<天井の節穴を眺めながら>は、主人公が若き物理学者だったころの回想と相当に惨めな介護を必要とする高齢者の老人ホーム生活、周囲の人々すべてに屈折した不満と怒りをぶつけながら如何にQОL最低レベルの生活を強いられていたかを、詳しく具体的に描きだしている。私はこの部分の介護対象者の屈折した心理の描写に一番引かれた。

 主人公が、折に触れて回想する自分のかつての日々、今は亡き妻や事故で失った息子への痛切な思いの哀歓、それらの描写が主人公の奥行きのある人間性を形作ってゆく。意のままにならない被介護者としての日々が、挫折に満ちた主人公の人生に共鳴して、悲痛な現在を見事に描き出して秀逸。入所者の一人、フリッツという名の、死んだ娘を探し続ける知的障害の老女のエピソードは、とりわけ悲しい。この一部の出来が一番いい。

 第二部<きみはぼくに何を期待しているの?>は、この物語の山場、主人公トンマーゾとヒロイン・エレナとの親密なほほえましい日々が描かれる。エレナとは、一種の聖母伝説とはいえないだろうか。屈折して硬直している主人公の心を包み込み、やさしく温かく抱きしめて包容力で包み込み、ようやく老いた自分自身を再発見し受容できるように導いてくれる奇跡の天使、皮肉っぽく言えば、老年期にまで生き延びた男のマザーコンプレックスを最終的に処理してくれる夢の自己発見装置、それがエレナだ。。

 しかしながら、主人公の老年期の課題である自分自身の歓喜にみちた再発見が実現したその時に、エレナは持病の心臓が耐えきれず心不全で亡くなってしまう。このシーンで泣かされる人も多いだろうが、私には、やっぱりそうか、という気持ちのほうが先立ってしまい、泣けるほどではなかった。意外性のないよくある話のパターン通り、欲を言えば、エレナもトンマーゾも共に生きるその先の物語を読みたかった。一緒に老いるとはどういうことなのだろう。

 第三部<その後のトンマーゾは>は、主人公を奇跡の回復に導いた理学療法士ステファノの側から見た、トンマーゾのその後の生き方の回想。トンマーゾから生前の手記、メモ、記録の類を委託され、本書を執筆したことのいわば謎解き。一部と二部は、トンマーゾの一人称視点で語られるが、三部は、第三者ステファノの視点で主人公を敬意をこめてとらえ返すという構成。このやり方で、この物語は、型どおりキチンを幕を閉じる。

 物語全体を取り上げるなら、老後の生き方や神や宇宙をめぐる議論よりも、おそらく著者が老人ホームで見聞きしたであろう日々の些細な人間的軋轢や細かなエピソードの方が興味深かった。そういう細部がしっかり描いてあるからこそ、物語のリアリティーが担保できたような気がする。

 エレナ願望でないものねだりするのではなく、老後にも相当の可能性がありうるという老後のファンタジーとして、素直に読まれることをお勧めする。若い人にも、こういう老後も悪くないなと思って読んでもらえると有難い。

 

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