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2011-05-10 「SMペディア」という超個性的なSMデータベースのご紹介

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先日亡くなったSM小説界の大御所、団鬼六について調べていて、面白いウェブサイトを見つけたので紹介したい。名付けて「SMpedia/SMペディア/SM大百科事典」、今後コンテンツがさらに充実することを期待したい。

http://smpedia.com/index.php?title=SMpedia

分類されているカテゴリーが、緊縛師/文筆家/写真家/絵師/仕掛人/雑誌/出版社/昭和SM文化/SM源泉文化/SM周辺文化などどなっていて、なんだか本格的、サブカルチャの最北端に位置すると思われる分野にも、こういう本格的なデータベースが造られているということに、嬉しくなってしまった。SMを文化としてとらえているこのサイトの視点は貴重である。

サイトの紹介記事を以下に引用してみよう。

 SMペディアは、わが国が誇る戦後SM文化の誕生と進化の課程を歴史として正確に後世へと伝え、同時にこれからのSM文化のさらなる発展の一助となるために設立された、非営利のWikipedia型データベースです。

 SM文化に直接関わる人物・事項のみならず、間接的にも影響を与えたエロ文化を広く取り扱っております。SMと関連が薄そうなページもありますが、何らかの形でSM文化の形成に影響を与えたと判断した物ですので、ご了承ください。

 Wikipedia型のデータベースので、常に現在進行形で作業が行われております。情報が不十分なページが多くありますが、逐次情報を追加していきますので、ご了解ください。

 SMペディア2009年11月3日に設立され、現在まで 1,286 本の記事が登録されており、総閲覧回数は 2,568,073 回を数えています。(SMペディアのロゴは喜多玲子の作品を、また左の風呂場の絵は畔亭数久の作品を使わせていただいております。)

 SMpediaはご自由に書き込みができます。書き込み方はWikipediaと同じですので、そちらをご覧ください。自己宣伝はおやめください。また、書き込まれた記事は、アドミニストレーターグループによる大幅な加筆・修正が行われますので、ご了承ください。

万人に開かれたSM趣味というのも、何だか奇妙な感じがしてしまうけれど、少数のマニアだけが情報を秘かに集積しているよりも、好奇心が旺盛なばかりにSMの世界にも関心を持つ私のような者にも、分け隔てなく開かれているということはとても有り難い。

ただ「SM文化のさらなる発展」などと、あまりに高らかに宣言されると、いささか照れくさくなって身体を縮めてしまいたくなる。ネットの世界では、こういった遊びが誰に気兼ねすることもなく出来ると言うことは素晴らしいことである。管理人さんにエールを送りたい。

2008-12-15 官能小説用語表現辞典

[][] 『官能小説用語表現辞典』 永田守弘編 (発行ちくま文庫2006/10/10)  『官能小説用語表現辞典』 永田守弘編 (発行ちくま文庫2006/10/10) - 武蔵野日和下駄  を含むブックマーク  『官能小説用語表現辞典』 永田守弘編 (発行ちくま文庫2006/10/10) - 武蔵野日和下駄  のブックマークコメント

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 新刊書店をぶらついていて、いつの間にか<官能小説>と呼ばれるコーナーが空間を確保し、だんだん領地を拡大していることが気になっていた。以前に<エロマンガ評論>について書いたとき、<エロの壁>について触れたが、ビデオショップでは、暖簾で仕切られてアダルトビデオが大きな空間を占拠している。書店でも何だかそこだけ別の世界でもあるかのように、目に見えないベールのようなものを感じて気になっていた。

 今回は、個々の官能小説作品ではなく、表現領域として独立したジャンルを形成している官能小説の<表現の次元>をのぞいてみるために、格好の参考図書を見つけたので紹介したい。古語辞典の宣伝文句をもじって言えば、<用例全訳>ならぬ、用例の長文引用が本書の特徴、どんな場面でどんな風に活用(笑)されているかが分かるように工夫されているところが面白い。類書に柴田千秋という人が編纂した「性語辞典」というのがあるが、そちらの方は語彙数では遙かに勝っているが、用例の質量では、本書の方が充実している。官能表現は、語彙の意味よりも、その使用例の方が興味深いのではないだろうか。

 以前に国際線の機内で、深夜の退屈を紛らわせようと本書を読み出して、目がさえて困ったことがあった。末尾に解説を書いておられる重松清さんの説明にもあるように、官能小説の値打ちは読書の<感動>にあるのではなく<興奮>にこそあるのであり、その表現が目指すところは狭くて明快、紛れようがない。煎じ詰めれば官能小説の価値もそこにある訳で、その目的を達成するための言語表現の創意工夫が物凄い。日本語がもっている表現機能を駆使して、隠喩暗喩の技法はもとより可能な限りの<興奮>をめざす表現方法の多様さには、眼を見張るものがある。

 例えば大項目の一つであるオノマトペ、日本語のオノマトペをかくも真剣かつ熱心に追求しているジャンルは果たして他にあるだろうか。これが実際に音響として発生する場面を想像すると、ラブホテルは騒音の坩堝となってしまうだろうという気がする(笑)。この勢いと活気があれば、いずれこのジャンルから源氏物語に肩を並べるような現代の好色文学が誕生するようになるかもしれないと期待してみたくなるほど(笑)。

 欲を言えば、このジャンルの作品の文化史的な流れの解説と、細分化された官能小説内部の枝分かれ状態、そして各ブロックごとの現時点における評価の高いベスト作品の紹介があれば、もっとよかった。自分で探すのは疲れてしまいそう(年かな)。

 本書の構成は、辞典といっても五十音順ではなく、表現対象の部位と領域によって分類してあり、男性女性の性器については詳しく部位ごとに細分化してし整理してある。参考のために、大項目だけ引用しておこう。

女性器−陰部/クリトリス/陰唇/膣/陰毛/愛液/乳首・乳房/尻/肛門

男性器−ペニス/陰嚢/精液

オノマトペ

絶頂表現

 官能表現に関しては女性器が224ページ、男性器が61ページを占めており女性の方が圧倒的、やはり官能表現とは女性器を表現の主たる対象とする表現領域であることがこのことからもよく分かる。たかがポルノと侮るなかれ、されどポルノと言い返したくなるほどの膨大な表現領域を形成している分野なのである。興味のある方は、一度手の取ってみられることをお勧めしたい。日本語の表現力ってこんなに凄いのかと驚愕されることを請け合いです。

 

2007-06-07 ファニー・ヒル

[][] 『一娼婦の手記−ファニー・ヒル−』 ジョン・クリーランド著 中地知夫訳(発行田園書房)  『一娼婦の手記−ファニー・ヒル−』  ジョン・クリーランド著 中地知夫訳(発行田園書房) - 武蔵野日和下駄  を含むブックマーク  『一娼婦の手記−ファニー・ヒル−』  ジョン・クリーランド著 中地知夫訳(発行田園書房) - 武蔵野日和下駄  のブックマークコメント

 英国産の古典ポルノを代表するファニー・ヒルの日本語訳は、何種類あるのだろう。気になったのでネットで調べてみた。仝吟二訳(美和書院)1951年⊂掌予潴(紫書房)1951年清水正二郎訳(浪速書房)1965年さ氾跳魄譟焚禄仆駛漆啓辧1967年ザ疇7虧(角川文庫)1968年γ飜邱デ渓(田園書房)1969年Ш岸達夫訳(浪速書房)1982年┻收邊科震(宝島社)2005年伴吉彦訳(ドットブック版)、半世紀近い期間になんと9種類の翻訳が出ており、その中で文庫に加えられたものが3種類、ネットを利用したものが2種類、この国の出版業界は相当にこの古典ポルノがお気に入り。これほどに出版業界を魅了する魅力は、この本のどこにあるのか、考えてみたくなった。

 私が所有し愛読している版は、吉田健一訳の河出書房新社版と中地知夫(中野好之)訳の田園書房版、いずれも原作の1749年すなわち18世紀のイギリスの時代性を尊重したらしいやや古風な文体の日本語訳。画数の多い漢字の使用頻度がたかく、一つの文章が長く構文が複雑で、通読にしばし緊張を強いられるような、かっちりした文体のベールを幾重にも潜り抜けて、主人公のあられもない行状が浮かび上がってくる読み味には何ともいえない優雅な味わいがある。

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 とりわけ気に入っているのが、中地知夫訳の田園書房版、訳者が「正確さをこころがけた逐語的翻訳」と謙遜するように、「原作の体裁と持ち味をなるべく正確に」伝えようと配慮されているようだ。文章の息が長く、しっかりした日本語の構文が、よじれたり千切れたりすることなく明快に綿々と続いて、読み手を引きつけて離さない。現代風の短いスピードのる文体の対極にある時代がかった古風さがなんとも言えない。

 訳者は、元々はお堅い近代イギリスの歴史書および哲学書の翻訳で著名な中野好之氏、カッシーラー、レスリー・スティーヴン、エドマンド・バーク、バートランド・ラッセル、ボズウェル、ギボンなどの翻訳家。言ってみれば『ローマ帝国衰亡史』の文体で、古風で艶麗な古典ポルノを現代日本語訳したものと考えたほうがいいかもしれない。私には「正確さをこころがけた逐語的翻訳」が、とてつもなく面白く読めてしかたがない。余計な文学的な配慮を通さず、直裁に原作のエロティシズムが伝わってくる感じがする。見事な翻訳と言っていいのではないか。

 内容にいってみよう。思いつくままに箇条書きに整理してみると、

,海譴呂△訃女の性を切り口にしたファンタジー、成長の物語、一種の教養小説である。書簡の形式をとっているので、視点のずれようが無く、体験談として語られるのでかなりリアルである。全文が地の文、会話文など皆無、綿々と続く手紙調の古風な文体が、時には優雅、時には限りなく猥褻に、物語を進めてゆく。

筋の切り替え、場面の転換で不幸や悲惨を予想させるが、ストーリーはいつも明るくまとまり、主人公は常にプラス志向で楽天的に事態を切り開いてゆく。襲いかかる試練を見事に自分のチャンスにして、性の喜びを思う存分に謳歌、読者を喜ばせてくれる。

自分を含め登場してくる女性男性の肉体の艶やかに絢爛たる美しさ淫らさを、何の衒いもなく描写、読み手を楽しませてくれる。古風な文体でこれをやるので、まるで優雅な踊りを描写しているようで気持ちがいい。

ぜ膺邑の性格が田舎娘からスタートするせいか、素朴で素直、気になるトラウマも暗さも無く、天真爛漫といいたいほどに朗らか、ばかばかしいほどのサクセスストーリーになっているところが面白い。

ゴ凌瓦稜┥譴良措未世、直接的な性器の表現は一切なく、すべて間接的な暗喩を多用、巧みに連想を誘い、露骨な表現を回避しているせいでややもどかしい感じもするが、味わいは優雅、しつこくなくさっぱりしている。半透明のモザイクかボカシがかかっているような感じ。人によっては、かえって猥褻感を強調すると感じるかもしれない。要するにもどかしくファジーな表現を読者の経験と想像力で脚色できる面白みとでも言おうか。

 この作者は、この1作で終わった人らしいが、無理もない。この絶妙のバランスは、次の作品が困難だろう。遠い東洋の島国で、これほどまでに気に入られて出版業界に迎えられるなんて、作家冥利につきるというもの。映画化され、DVDでも販売されているようだが、私はこの古めかしい書簡体で読むのが、由緒正しいファニー・ヒルの賞味法だと思っている。

 入手するとしたら、ちくま文庫になっている中野好之訳のものがお薦め。現在絶版のようだが今なら古書店に廉価でたくさん出ている。田園書房版の単行本の方が、もう少し訳が古風で味わいがあるが、1969年発行のものなので入手は難しいかもしれないが、こちらのほうが本として遥かに優雅、所有していて楽しい。

 原作の英文が全文タダで読めるサイトがある。興味のある方は、次のURLにアクセスしてみてほしい。長い長いセンテンスの複雑な構文をもつ古典的な英文が、きっとあなたを歓迎してくれるはず。(下の画像はWikipediaからの借用)

http://fiction.eserver.org/novels/fanny_hill/

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 最後に、本書の目次を引用しておこう。

第一信

 身の上話 ロンドン出京 口入屋 ブラウン夫人邸 共寝の友 新しい粧い 取引 試練 クロフツ氏 華やかな世界 近衛兵 新しい懸念 ポリーの饗宴 合戦再開 安堵と希望 邂逅 愛への門出 合歓の喜び 愛の夢路 陶酔 チャールズ 新生活 ジョーンズ夫入 有為転変 悲嘆と絶望 H氏との出会い 金の負目 愛なき接触 囲われの身 H氏の粋狂 復讐計画 愛への惑溺 ウィルとの交情 恍惚境 交際のつづき 優しき従僕 不始末 今後の思案 新出発

第二信

 新居到着 学園編入 コール婦人の庭訓 エミリー ハリエット 乙女の嘆き ルイザ 憐れみの天使 田舎舞踏会 ルイザの演奏 ハリエットの演技 エミリーの演出 晴れの舞台 彼氏との共寝 新しい獲物 ノーバート氏 芝居 処女の名誉 心の疼き 脱線 パーヴェル氏 鞭打 生贅 痛みと疼き エミーの失敗 呪わしき光景 倒錯 お人好しのディック 道化の杖 遠出 水遊び 余裕と分別 老恩人 恋人への思慕 奇蹟的再会 青年チヤールズ 愛と羞恥 愛の勝利 美徳の喜び

 僅か二通の手紙の形式だが筋書きがけっこう起伏に富んでいることがお分かりいただけるだろう。優雅な古典ポルノを是非ご賞味あれ。

2007-05-31 『我が秘密の生涯』第1巻

[][] 『我が秘密の生涯』第1巻 作者不詳 田村隆一訳 発行学芸書林  『我が秘密の生涯』第1巻 作者不詳 田村隆一訳 発行学芸書林 - 武蔵野日和下駄  を含むブックマーク  『我が秘密の生涯』第1巻 作者不詳 田村隆一訳 発行学芸書林 - 武蔵野日和下駄  のブックマークコメント

 これは、全11巻に及ぶ膨大な性の自叙伝の第1巻、何種類かの日本語バージョンがあるが、この学芸書林版が元になる原版。かなり以前に絶版になっているので、現在は古本でしか入手できないが、稀に見る存在感のある本なので、チャンスがあったら手に入れられことをお薦めする。初版発行は1975年、今から32年前。

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 内容を一言で言えば、主人公の生涯にわたる性の遍歴の赤裸々な記録。ひたすら女性をかきくどきいかにして性交を成就させたかを、道徳ぬき、文学的装飾ぬき、読者への配慮などまったくなしに、綿々とひたすらに書き綴ったもの。

 女性の性のみをターゲットに、これだけ集中して情熱的に行動できるということに対する驚嘆そして馬鹿ばかしさ、しかもそのことの記憶を丹念に掘り起こし、黙々と記述していく根気と執念、かつて歴史上にかかる途方もない男が存在した記録として、翻訳者も言うように、「文明人」の愛読書たる資格があるのかもしれない。あまりに一途に、目標に向かって突き進むので、そのために金にも名誉にも自分の健康にすら目もくれず、快楽へ突進する姿は、性のドンキホーテとでも言いたくなるほど。

 その一途な純粋さにおいて、読んでいるうちに、猥褻な場面の連続にもかかわらず、濁った感じ、厭らしい感じは、次第に薄らいでゆくから不思議、目標とする女性を手に入れるための卑劣なたくらみ、相手の人間性に対する無配慮、何て酷いと思いつつも、余りにナリフリかまわない一途さに、滑稽なパントマイムを見る思いすらする。悲愴なまでの一途さに、私は何箇所かで思わずニンマリ。

 この本を密かに愛読する紳士がいたとしても、決して不思議ではない。虚飾と物語性を排した19世紀後半のイギリス紳士の性の自叙伝、この第1巻は5歳あたりから20歳ごろまでの体験談。記述からは地域性も時代背景も一切が関係なしと言わんばかりに排除されているので、いつのことかどこのことか、さっぱり分からない。だが、記述からかすかにこぼれ落ちてくる感触から、薄っすらと主人公(作者)が生きていた時代らしきものを浮かぶ程度、そのかわり主人公と相手の女性とのやり取りは克明にクローズアップで映し出されるようになっている。この本を歴史資料と評価するのは、以上のようなわけで間違っている。

 読み味は、一言でいえば、退屈の一語、相手が変るだけで、発展がほとんどない。しかし、事が事だけに興味深いし、性欲以外の雑音がないので、意外と不快感や嫌悪感は感じない。時間がない忙しい人にはお薦めしないが、世にも稀な書物を読んで見たい人には、こんな本もあるよ、こんな人生もあるよと言って推薦してみたい。

 最後に、第1巻の目次を引用しておこう。

第一章 幼児期の幻のcunt

第二章 性のめざめゆく過程

第三章 下女たちとのたわむれ

第四章 自涜の驚異

第五章 大願成就−シャーロットとのいきさつ

第六章 母性的なメアリの愛

第七章 百姓娘姉妹との交歓

第ハ章 天井舞台の興奮

第九章 ある労働者の妻と街娼

第十章 シャーロットとの邂逅と二人の女の奇妙な関係  

第十一章 ウォータールー街娼の手管

第十二章 新しき姉妹の同時妊娠のこと

第十三章 ウォータールー街のフランス女

第十四章 フランスから連れてこられた娘

訳者あとがき

2006-07-29 バブル期の出版物の白眉、傑作パロディー絵物語

toumeioj32006-07-29

[][] 『江戸紫絵巻源氏』 井上ひさし著・山下勇三絵(発行話の特集)(画像は本書の表紙+背表紙)  『江戸紫絵巻源氏』 井上ひさし著・山下勇三絵(発行話の特集)(画像は本書の表紙+背表紙) - 武蔵野日和下駄  を含むブックマーク  『江戸紫絵巻源氏』 井上ひさし著・山下勇三絵(発行話の特集)(画像は本書の表紙+背表紙) - 武蔵野日和下駄  のブックマークコメント

 1990年頃を頂点とするこの国のバブル経済期は、経済史的にはとんでもない狂乱物価で庶民が苦しんだ時代だったかもしれないが、文化創造の面から振り返ると、大人にとっては類稀な面白い時代だったともいえないことはない。庶民の頭とお財布がまれにみる発熱状態だったので、実に奇妙な(今から振り返ると)現象が多数発生していた。あの時代を視点を変えて振り返ってみると面白い。

 とまあこんな前置きをしておいて、最近、読み返して改めて感心した本を紹介しよう。それは、かの有名な「源氏物語」と「偐紫田舎源氏」を合わせてとことんパロディーにした井上ひさしの文章と山下勇三のイラストを組み合わせた「江戸紫絵巻源氏」なる大人の絵物語。

 文庫版が文芸春秋社から85年に出ているが、こちらの方は山下勇三さんのイラストは表紙だけ、題名になぜ<絵巻>の文字があるのか訳が分からないのではないか。この作品の面白さは、井上ひさしのとんでもないパロディー文と山下勇三の猥雑でエネルギッシュないイラストが絶妙な紙面レイアウトで一体となった時、ベストの効果を発揮するものだった。1976年1972年までの「話の特集」誌を飾った、連載が何よりも面白かった。 

 だから、この作品は話の特集に連載された当時のレイアウトで読むと、一番楽しめる。そして、この夢のような組み合わせを実現した本が、話の特集発行の「江戸紫絵巻源氏」。

 井上ひさしのパロディー文章だけでも、電車の中でチト気が引ける。文庫も持っているが、表紙をカバーで隠していても中身が猥雑であまりに面白いので、読むのに苦労したことをおぼえている。周辺の視線が木になる本ってあるでしょう。あれです。話の特集版はと言えば、電車の中はおろか、小さな子供のいる家庭ではきっと置き所に困るはず。つまらないエロ本と混同してもらっては困るが、熟しきった大人向けの文化には、往々にしてこういうお子様向きではない作品があるもの。

 文庫にしても上下の2巻、本書はさらに分厚く500ページを越える、それらの見開き全ページが猥雑な文章とイラストの連続、これを奇書といわずして何と呼べばいいか分からない。500ページから熱いパロディー精神がこれでもかこれでもかと溢れ出して止まらない。

 日本語の言葉の含みを最大限に駆使した文章なので、この可笑しさはほぼ別の言語には翻訳不可能。しかし、何という持続する表現エネルギー。この国がバブルに向かう一番エネルギッシュな時代が生んだ作品というしかない過剰な傑作。

 今ならまだネットで探せば、話の特集版がなんとか入手可能、大人の書斎の奥深くに潜ませる、大人の極上の娯楽作品に加えてみてはどうだろう。

2006-04-03 『夜のパリ』ジャック・プレベール

toumeioj32006-04-03

[] 『夜のパリ』ジャック・プレベール(画像は、散歩の途中で見かけたあでやかなスイセン)  『夜のパリ』ジャック・プレベール(画像は、散歩の途中で見かけたあでやかなスイセン) - 武蔵野日和下駄  を含むブックマーク  『夜のパリ』ジャック・プレベール(画像は、散歩の途中で見かけたあでやかなスイセン) - 武蔵野日和下駄  のブックマークコメント

 蔵書を整理をしていたら、詩のアンソロジーが出てきた。ペラペラとめくっていたら、懐かしいプレベールの詩が注意を引いた。以前に読んで、何というフランスの粋な表現かと、心底感じ入った一編。モンタンがシャンソンで歌い、ご存知の方も多いと思うが引用してみよう。

 渋い声でこんな台詞を耳元でささやかれたら、多くのご婦人方は、とてもたまらないのではないか。その一方、余りに気障で蹴飛ばしてやりたくなるかもしれないとも思う。では。

『夜のパリ』  ジャック・プレベール


夜の中 三本のマッチを擦る 一本また一本と

一本目は隈なくきみの顔を見るため

二本目はきみの目を見るため

三本目はきみの唇を見るため

そして真暗闇はそれらをすべて思い返すため

きみをこの腕の中に抱きしめて

2005-06-04 うす曇り外へ出ると木陰は涼しいが光の中は蒸し暑い

toumeioj32005-06-04

[][] 「ベッドサイド」(1986〜2000)林あまり(新潮文庫)   「ベッドサイド」(1986〜2000)林あまり(新潮文庫)  - 武蔵野日和下駄  を含むブックマーク  「ベッドサイド」(1986〜2000)林あまり(新潮文庫)  - 武蔵野日和下駄  のブックマークコメント

 俳句にバレ句というのがある、この人の短歌はほとんど<バレ短歌>、こんな言葉があるかどうか(笑)、林あまりさんの短歌はとにかく凄い。性感をそのままゴロリと白昼の広々とした交差点の真ん中に放り出したようなあっけらかんとした潔さがある。言葉の組み合わせが喚起する卑猥さは、眠気が吹っ飛ぶ強烈な言語ハードパンチ。隠微に隠れ潜む感受性がエロスの要素なら、彼女の公明正大な性愛表現はアンチエロスと言いたくなるほど。きわめて露骨そして汗ばむほどに熱っぽい。発熱した後に急激に冷えてゆく虚無感も超リアル。並みのポルノグラフィーには到達できそうもない性愛の落差を抱え込んでいるところが凄い。この感覚は、体験によるよりもおそらく磨きぬかれた言語感覚と繊細な想像力の賜物だろう。体験や感覚をなぞっていたのではこれほどに直裁な表現は生まれまい。

 私が気に入ったのは、表現の露骨さもさることながら行間に流れる透明な孤独感、スピードのある寂しさの感覚。たった41音にどろどろした性愛の泥沼を切り抜く言葉のメス、切れ味が鋭いから読んだ後に不快なものが残らないのだろう。林あまりは綺麗好きな人のようだ。読み返してみて前回のときの記憶も印象もすっかり消えていることに驚いた。林あまりの言葉は、痕跡をとどめないほど速い。神経に絡みつくような粘液質な性愛表現が時間とともにさっと拭い去られて消えるのは素晴らしい言語特性といえまいか。それとも単なる健忘症か(笑)。

 好き嫌いはあるだろうが私は林あまりの表現が気に入っている。彼女の最良の表現ではないかも知れないが、彼女以外に口にする歌人がいないような林あまり的な作品を15首だけ抜き書きしてみよう。一首でも共感できた人は一度歌集を手にとってみても損はしない。


舌でなぞる形も味もあなたは知らない

 わたしにはこんなになつかしいのに



うしろからじりじり入ってくる物の

 正体不明の感覚たのしむ



まず性器に手を伸ばされて

 悲しみがひときわ濃くなる秋の夕暮れ



あなたの上にからだを落とす

 ほとんどの重荷は下ろしてしまった気がする



いま咲くと言ってから咲く

 営みの声のすこしの嘘なつかしく



筋肉の収縮はきっとあなたのほうが

 よくわかっているわたしのからだ



ひざまずいて蜜を吸ったり

 花畑でするようなことしているふたり



さあ波に乗らなくては さざ波を二つ見送る

 大きい波、来た



右脚をしずかにひらかせ首にかけ

 ピアニストの指芯に届きぬ



性交も飽きてしまった地球都市

 したたるばかり朝日がのぼる



カーテンの向こうはたぶん雨だけど

 ひばりがさえずるようなフェラチオ



手の中の小鳥のようにひくひくと

 終わってちいさくなったおちんぽ



夕焼けが濃くなってゆく生理前

 ゆるされるなにもつけないSEX



交わりののちにシーツにくるまれて眠る

 ほとんど死体に近く



なにもかも派手な祭りの夜のゆめ火でも見てなよ

 さよなら、あんた


以上で引用は終わり。