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2010-11-11 石垣りんの四詩集のご紹介

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ハルキ文庫版の「石垣りん詩集」を手にして、これまでまとめて読んだことのなかった石垣りんの4冊の詩集を急に読みたくなった。折に触れて読み、気に入っていた戦後詩人だったが、これまで総括的に読んだことはなかった。読んでみて、これは得難い経験となった。心の深いところにしみ通るような、豊かで奥行きのある感動を何度も味わったので、是非紹介したい。

『私の前にある鍋とお釜と燃える火と』(発行書肆ユリイカ1959/12)著者39歳の時の第1詩集。長い間に書き溜めていたと思われる幅広い詩篇を5部に分けて収録している。アンソロジー「銀行員の詩集」に収録された作品を中心に、社会性とメッセージ性の強い作品が1部と2部にまとめられ、3部から5部には私的色彩の濃い詩篇が、後ろへゆくほど増えてくる。前半のメッセージ性の強い労働者の立場に立った、スックと姿勢良く立っている感じのするよく知られている作品よりも、後半の生きる重荷に背を屈め、腰を痛めて手術を受ける原因になったような、私生活が影を落とした作品群に好感をもった。この詩集の中から一篇だけを選ぶとしたら、私なら路地の犬に自分を投影した奇妙な味のする一篇を選ぶ。以下に全編を引用してみよう。描かれている老犬と<私>とのリアルで不気味な交流に注目してほしい。

《犬のいる露地のはずれ》 


私の家の露地の出はずれに芋屋がある、

そこにずんぐりふとつた沖縄芋のような

のそりと大きい老犬がいる。


人を見てやたらに尻つぽを振るほど

期待も待たず、愛嬌も示さない、

何やら怠惰に眼をあげて繩を追つたり

主人に向かつてたまに力のない声で吠える。


犬は芋屋の釜のそばに寝ていたり

芋袋を解いた荒縄で頚をゆわかれたりしている。


その犬

不思議に犬の顔をしているこの人間の仲間

に、私はなぜか心をひかれる。

ことに夜更け

誰もいなくなつた露地のまん中に

犬はきまつてごろり、と横になつている。

そのそばを風呂の道具を片手に十一時頃

かならず通るのだが、


今日という日がもう遠ざかつていつた道のはずれ

ながながと寝そべる犬のかたわらに

私はそつとかがみこむ。


私は犬の鼻先に顔をよせて時々話しかける、

もとより何の意味もない

犬の体温と私の息のあたたかさが通い合う近さでじつと向き合つている

犬の眼が私をとらえる

露地の上に星の光る夜もあれば

真暗闇の晩もある。


私は犬に向かつて少しの愛情も表現しない

犬も黙って私を見ている

そしてしばらくたつと、私が立ちあがる

犬が身動きする、かすかに、それがわかる

私の心もうごく。


この露地につらなる軒の下に

日毎繰り返される凡俗の、半獣の、争いの

そのはずれに犬が一匹いて私の足をとめさせる

ここは墓地のように、屋根がない

屋根のある私の家にはもう何のいこいもなくて。


露地のはずれに犬がいる

それだけの期待が 夜更けの

今日と明日との間に私を待っている。

労働運動(石垣りんさんは組合の役員だった)で語られる括弧付きの「生活」ではない、不気味な日々の暮らしの奥に蠢く剥き出しの生活の有り様を、生々しくリアルに定着していて、思わずドキリとしてしまった。犬と<私>が向き合う空間に、名付けようもない庶民の実存が定着されていて見事な一篇になっている。石垣りんの皮膚の一番柔らかい部分に触れた感じがした。この過酷な疎外感には、迷路の行き止まりに辿り着いた時の、沈殿物のような安堵感がある。この詩篇に注目する人はあまりいないが、石垣りんは、ここから浮上してきて詩人となった人だ。

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『表札など』(思潮社1968/12)著者49歳の時の第2詩集、69年年のH氏賞を受賞した。何冊も詩集をだす詩人には、2冊めで表現者としての自己を確立する人が多い気がしているが、石垣りんもその一人、第1詩集が抱えていた言葉の饒舌なふくらみをそぎ落とし、無駄のない骨格のような言葉が何の支えも要らずに確固として建っているような力強い作品が多くなった。傑作と呼ぶしかない名品が並ぶ。教科書に採用された作品が多いのも肯ける。この中から1編を選ぶのは難しい。どうしてもベストファイブ、ベストテンを選びたくなる。一切の無駄を省いて、鋭利な批評精神が燻し銀のように屹立している1篇を、目を瞑って選び出した。ではどうぞ。

《ちいさい庭》 


老婆は長い道をくぐりぬけて

そこへたどりついた。


まつすぐ光に向かつて

生きてきたのだろうか。

それともくらやみに追われて

少しでもあかるい方へと

かけてきたのだろうか。


子供たち―

苦労のつるに

苦労の実がなつただけ。

(だけどそんなこと、

 人にいえない)


老婆はいまなお貧しい家に背をむけて

朝顔を育てる。

たぶん

間違いなく自分のために

花咲いてくれるのはこれだけ、

青く細い苗。


老婆は少女のように

目を輝かせていう

空色の美しい如露が欲しい、と。

私の母が、父を亡くして一人になったとき、野菜を育てるのを最後の慰めにしていた。植物は、誰が育てても花を咲かせ実を付ける。高齢になって自分一人生き残ったときの、恐ろしいほどの孤独は、著者が未来に投げかけた自画像だろうか。<子供たち>のフレーズが何ともやりきれないが、これが詩人に見えた世の真実だった、恐ろしい批評眼だ。

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『略歴』(花神社1979/5)*著者59歳の時の第3詩集、第四回地球賞を受賞。四部に分けて収録されているが、ブロックに分かれているだけで見出しなどは付いていない。第2詩集が詩人石垣りんのピークだとすれば、この第3詩集は山頂を越えた者の、緩やかな下り坂だ。枯れる年齢でもないので、詩集を充実させるのに難しい年齢かもしれない。子どもの頃の回想が、著者の厳しかった人生の一端を覗かせる印象深い1篇を引用しよう。

《村》


ほんとうのことをいうのは

いつもはずかしい。


伊豆の海辺に私の母はねむるが。

少女の日

村人の目を盗んで

母の墓を抱いた。


物心ついたとき

母はうごくことなくそこにいたから

母性というものが何であるか

おぼろげに感じとった。


墓地は村の賑わいより

もっとあやしく賑わっていたから

寺の庭の盆踊りに

あやうく背を向けて

ガイコツの踊りを見るところだった。


叔母がきて

すしが出来ている、というから

この世のつきあいに

私はさびしい人数の

さびしい家によばれて行った。


母はどこにもいなかった。

石垣りんの寂しい少女時代が目に浮かぶようだ。「村人の目を盗んで/母の墓を抱いた」という情景はいままで見たことがない。著者ならではの胸の奥がキリキリ痛むようなフレーズである。

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『やさしい言葉』(花神社1984/4)著者64歳の時の第4詩集。「坂道」という題の詩篇に黒田三郎に「下り坂」と評されたことをサラリと書いてあって笑ってしまった。確かに、第2詩集「表札など」のあと、石垣りんの詩表現はゆるやかに下降し続けてきた。だが、登山のときでもそうだが、山を下るとき山頂を背後において、かえって裾野に拡がる豊かな景色が楽しめることもある。詩の歴史を飾るほどではないが、年齢と共に力が抜けてなかなか良い佇まいの詩篇に行き当たる。一番気に入った1篇を引用してみよう。

《晴れた日に》 


車一台通れるほどの

アパートの横の道を歩いて行くと

向こうから走ってきた

自転車の若い女性が

すれ違いざまに「おはようございます」

と声をかけてきた。

私はあわてて

「おはようございます」と答えた。


少しゆくと

中年の婦人が歩いてくるので

こんどはこちらからにっこり笑って

お辞儀をしてみた。

するとあちらからも

少しけげんそうなお辞儀が返ってきた。


大通りへ出ると

並木がいっせいに帽子をとっていた。

何に挨拶しているのだろう

たぶん過ぎ去ってゆく季節に

今年の秋に。


そういえば私の髪も薄くなってきた

向こうから何が近づいてくるのだろう。

もしかしたらもうひとりの私だ

すれ違う時が来たら

「さようなら」と言おう

自転車に乗った若い女性のように

明るく言おう。

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さり気ないフレーズを積み重ねながら、ある晴れた秋の日の高齢者の感慨を見事に掬いとっている。やはり石垣りんならではの手腕と言うべきだろう。ほかにも少ないながら、気持ちの良い批評精神がきらりとする詩篇が、時折顔を覗かせる詩集となっている。

一冊を選ぶなら第2詩集「表札など」、少しバラツキがあるのでハルキ文庫の「石垣りん詩集」あたりを手元に置くのがコストパフォーマンスから見てベストだろうか。繰り返しになるが「表札など」における石垣りんの言葉の冴えは素晴らしい。

2010-10-02 詩人鳥見迅彦の<詩集・山の三部作>

[][] 詩人鳥見迅彦の<詩集・山の三部作>(3)  詩人鳥見迅彦の<詩集・山の三部作>(3) - 武蔵野日和下駄  を含むブックマーク  詩人鳥見迅彦の<詩集・山の三部作>(3) - 武蔵野日和下駄  のブックマークコメント

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第三詩集『かくれみち』は、1983年に文京書房から発行された。第二詩集からまたしても14年後、作者73歳の時の詩集である。第2詩集「なだれみち」で、精神と身体に纏い付くような呪縛から自らを解き放って自由な言語空間にたどりついた詩人の生涯は、やがて老年期の足音を聞く時期を迎えた。

鳥見迅彦の最後の詩集、本書では全45篇が、以下の7グループにまとめられている。

・漂泊の日―9篇

・ワタスゲに寄せて―9篇

・十文字峠―10篇

・クララ―6篇

・この世から―6篇

・雲海の渚―4篇

・鳥見植物園―1篇

基本的には山に寄せる想いは終生変わらないが、多分60歳を過ぎた頃から、鳥見迅彦の詩からは、一切の無駄な言葉がなくなった。「漂泊の日」と題されたグループには、付け加える言葉も、取り去るべき言葉もない、緊密で必要十分な言葉が整然と並んでいる。しかも、かなり厳しい表情をして唇を引き結んで渋面を湛えたような、苦いが芳醇な味がする燻し銀の詩篇が並ぶ。味わい深い老年期の詩群の始まりである。作品を引用しよう。

晩秋の人》 


ひとり最後に立ち去る者として

山荘の裏ロから出て

その扉に閉鎖の釘を打つ

晩秋の石をつかんで


隔絶を棲むことに苦しんだ日日よ

さらば閉じよ

書物とペンとからたちのぼった妄執よ

この暗い密室を柩とせよ


白樺の百千枚の金色のカードは

とつぜん自らを空に撒きちらした

落葉松の無数の錆びたレコード針は

燧雨の音をたてて地上にふりそそいだ


大きな火山の頂からは白い煙が

ものうげに立ちのぼっていた

その遠景は葉を落した疎林の向うにあって

無用のもののための焼却炉を思わせた


文字に変えた思索を袋に入れて背負い

すでに寒さに傷んだ腰をかがめてよろめきながら

汚染の都の市へと

苦渋を運ぶ人

滞在を打ち切って都会へ帰る<山荘>の暗喩の透明な奥深さ、そこには幾重にも積み重なった歳月の蓄積がある。

漂泊の日》 


たちまちすさまじい雷雨がやってきた

カミソリ尾根の刃の上で わたしは

うつぶせに身をちぢめる

稲妻がわたしを打ち雷鳴がわたしを打ち

豪雨がわたしを打った


打ちなさい 打ちなさい

打たれるに価するわたしだ

わたしはけっしてゆるされることがない

なぜならわたし自身がわたしをゆるさないから


しかし雷雨は暗い雲を率いてやがて去っていった

濡れ犬のようにわたしは身をゆすった

天には夏の空の青い一部分がすでに見えた


逃亡の旅

漂伯の日日

連続する山みち


山小屋はわたしが隠れる場所

偽りの署名と偽りの表情とで

ひそかな安堵とつかのまの休息とを

わたしは其処で盗む

「ひそかな安堵とつかのまの休息」を取る<山小屋>のイメージが、鳥見の詩の中ではまるで宗教的な意味合いを帯びた場所のような深みを持つ。現代に形を変えて山岳信仰が蘇ってきたかのような不思議な味わいである。これらの詩篇の背後に、遙かに遠ざかった青春の華やぎと徐々に忍び寄ってくる死へのおののきが横たわっている。

この「漂泊の日」の詩群には、ほかにも繰り返し読み返して飽きない、私の好きな詩編が何編もある。緊迫感があるのに安らぎを覚えるという、希にみる深い味わいの詩になってきた。

次の「ワタスゲに寄せて」9篇「十文字峠」10篇は、いずれも一転してやさしい。峻厳な山岳地帯を去り、低山や里山の自然に帰ってきたような穏やかさにつつまれる。ふらりと近所に散歩に出たような気楽さの中に、寄せる思いはやはり軽くはない。お気に入りの1篇を引用しよう。

雑木林ヘ》 


どこか遠くの

雑木林がいいな

ひそかにひとりで

そこへ行こう


去年の おととしの さきおととしの

散りつもる朽葉のにぶい弾力

幾つもの春秋の重なりを踏み

自分の今日をたしかめよう


クヌギやナラやハンノキや

それぞれにそのうつくしい名があるのに

雑木呼ばわりをしていいのかしら

つつましい木々たちの名のあがめられんことを


木々は木々

自分は自分

めぐる木々の肌にわが掌を触れながら

自分の明日の小径を見つけよう


赤やむらさきや白縁の

新芽の玉がまぶしい

ツィッビ ツィッビ ツィッピ……シジュウカラは梢に高く歌い

無名の羽虫はよっぱらいのように低く飛ぶ

この詩を読むまで、私はこんな想いを抱いて雑木林を歩いたことはなかった。雑木林に対する思いがこれで一気に深くなった。

これらの二つのグループに納められた19篇の詩篇には、折に触れて訪れてきた詩情を、磨き抜かれた積年の技法で鮮やかにまとめた小品と言った感じがあり、気持ちを楽にして読み進むことが出来る。これまでの鳥見迅彦を読んできた読者の中には、物足りない想いのする者もいようが、このあたりで鳥見の詩は緩やかな低迷の道に踏み込みはじめたと言うべきかもしれない。

次の「クララ」6篇は、第2詩集「なだれみち」のクララ詩篇の続き。愛らしいエロティシズム漂う小品。明治男の老年期のエロティシズム。

次の「この世から」6篇は、亡き友人を追悼する作品など、死の周辺をあつかうものが集められているが、尾崎喜八を追悼する詩篇などには、力は入っているが何故か空回りするような物足りなさがある。続く「雲海の渚」「鳥見植物園」は、作品数も少なく、詩にも力強さがない。この詩集では、後半になると言葉が内側から輝き出すような力がなくなり、表現にむかう気力が衰えてきたことが伺われる。老化のドキュメントとして読めるが、私には切ない。

この位置から振り返ってみると、この第3詩集のはじめあたりが、鳥見の詩的表現の絶頂期だったのだろう。詩の表現も、限りなく向上するものではなく、ある時期をピークとして、書けなくなったり衰えたり、年齢と共にやってくる衰退の過程も避けて通れないということか。

私にとっては長い間、鳥見迅彦からはすこぶる学んだことは多かった。これからも繰り返し、折に触れて3冊のどれかを手に取るに違いない。蔵書の処分から、最後までこれからも残り続けることだろう。鳥見迅彦は、山岳地帯に詩の表現の豊かな収穫を築いた個性派詩人だった、墓碑銘を建てるとしたらどこが相応しい場所だろうか。これで鳥見迅彦の紹介を終わります。読んでくださった方、ありがとうございました。(完)

2010-10-01 詩人鳥見迅彦の<詩集・山の三部作>(2)

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第二詩集『なだれみち』は、1969年に創文社より発行された。55年から69年までの14年間の作品の中から、山に関係するものを89篇選んだと<あとがき>にある。著者59歳ときの詩集である。「山」に関係しない作品の試みもあっただろうが、詩集にまとめるほどにはならなかったということだろう。既に、登山に特化した山岳詩人としての評価が定まり、動かしようのない高みに登りつめた作者の成果である。

作品の完成度はさらに高くなり、一篇一篇が推敲しつくされて無駄がなく、破綻のない言葉が整然と詩の言葉らしい輝きを発して並んでいる。山岳や登山を主題に、これほどの質と量を書き継いだ詩人は珍しい。小説に山岳小説と呼ばれる一群の作品があるように、これは山岳詩集と呼ぶに相応しい。詩集の構成は7章に整理され、以下のような7つ題のもとにまとめられている。

うしろむきの磔−18篇

登攀者−7篇

ある一年−12篇

雪の精−9篇

空には鷹−13篇

クララ−12篇

ハイマツのハンモック−18篇

7つのグループに分けられ整理された詩篇群を、順番に見ていこう。まず、「うしろむきの磔(はりつけ)」と題されたグループ。それにしても、このネーミングは何とも象徴的にクライミングを視覚化したフレーズだろう。3点で自分の体重を支持しながら、自分の力だけで岸壁をよじ登るクライマーの極限の姿を、その背後の空間から見つめたイメージ。磔(はりつけ)とは進退窮まって身動きの取れなくなったクライマーの極限状況と死を暗示する。鳥見迅彦は、このような設定で山の詩を紡ぐ。単なる自然賛歌から明確に距離を置いていることがおわかりだろうか。

グループ名と同じ題の詩篇を引用しよう。

うしろむきの磔》 

    *

夜がきた。

黒葡萄色の岩壁に

うしろむきの磔。


星のむれが松明をともして

遠くざわめき

地上の小さな罪人をさがしていた。

風がピッコロをふきならし

罰は告げられ

あわれみの余韻も消えた。


「石で打て!」ときこえたような気がする

はやくも前兆の砂がなだれてきて

磔られた者のまつげを打ち

うなじを打ち

肩を打った。

    **

朝がきた。

ばら色の岩壁に

うしろむきの磔。

岳鴉はとむらいのうたを

よろこばしげにうたって舞い

太陽は王のごとく

きらら雲をおしのけて登る。

ひとびとは一本の望遠鏡を奪いあって

はるかに高い処刑をかわるがわる覗いた。


「無辜!」と一人がさけび

太陽へむかって

はげしく指をたてた。

唾。

「生かして返せ!」

    ***

磔をおろせ。

ザイルをかけろ。

柴橇を曳け。

死人の顔を見るな。

石を積め。

薪のためにその白樺を伐り倒せ。

載せろ。

上向きに。

ガソリンだ。

火をつけろ!

    ****

夜がきた。

黒葡萄色の岩壁に

ハーケンが一本。


なまあたたかい人間たちが

かまびすしくたちさったあとの

がらんと暗い

劇場のような

むなしさに

無機として孤独につきささったまま。


丸く穴のあいた鉄の耳で

なだれてゆく砂の音を

それを追う時間の音を

盲いたもののように

そのハーケンは聴いている。

1連と4連の「夜が来た」の間に、朝が来て、日が昇り、地上で群れ騒ぐ人々の、救出と葬儀がサンドイッチ状に挟まれ、1連の事故死したクライマーと4連の一本のハーケンの映像が対比され鮮やかに浮かび上がる。「磔」「処刑」「石で打て」「石を積め」とあるような宗教的なイメージが多用されイメージにキリスト教的な奥行きすら漂う。傑作である。

このグループに集められた18篇の詩群には、危険と背中合わせになって行動するハードな登山者が漂わせる死の雰囲気が流れている。冒険という言葉がもつロマンティシズムを削りとったような厳しさを身にまとった登攀者、レジャーとしての大衆的な登山に背を向け、先端的な登山に向かう戦後の新しい登山者たちの登場を暗示する。

第2のグループ「登攀者」と題された7篇からは、厳しさが退き、山登りを人生の過程にダブらせたような優しさがただよってくる。人は、様々な課題を背負って山を登ることがあると暗示するようになる。母親から自立しようとする青年の心情を、登山に重ね合わせた長編を紹介しよう。正直言ってこの詩を初めて読んだ時、私にはショックだった。硬質で磨きぬかれた剃刀のような言語が現代詩の言語だとばかり思っていたので、この柔らかく弛緩しているとも取られかねない感傷的なマザコン青年の心情のような長編詩に戸惑った。

だが鳥見が<おかあさん>と言う言葉に込めた執拗な追求を考えたとき、これは心理学者小此木啓吾が「阿闍世コンプレックス」で追求した日本の戦後社会像を暗喩にしたものではないかと、思い当たった。もともとの阿闍世コンプレックスにエディプスコンプレックスを加味した、独特の自立障害者<ぼく>の再構築こそ、鳥見独自の戦後社会への適応の物語だったのではないか。このあたりを境に鳥見迅彦の詩は大きく変わった。

山ヘ

   1

ごめんなさい。おかあさん。

あなたの心配そうなまなざしに気づかないふりをして、

あなたの息子は

山へ出発します。

あなたを置きざりに。


甘いお乳はもうたくさん。

ぼくはもうあなたのあかんぼではありません。

ぼくの肩に手などかけないでください。

ぼくのゆくてにうろうろと立ちふさがらないでください。

そこどいてください。


おかあさん! じゃましないで!

ぼくを明日へ、いさぎよく

出発させてください。

遠い山とぼくとのあいだのみちのりをあけてください。

あなたのまわりにたちこめるなまあたたかい靄からぼくを解放してください。


おかあさん、よけいなおせっかいはよしてください。

準備は自分ひとりでやります。

着るものも食べるものも十分に持ちました。

おまもりも持ちました。

迷子ふだも持ちました。


列車はブラインドをおろして深夜の平野を走っています。

北へ。

雪へ。

寒いような、暑いような、いらだたしい空気が車内に満ちています。

なかなか眠れません。


のどがかわきます。

もう煙草もいや。

ウィスキーもいや。

蜜柑もいや。

おかあさん。ほんとに、ごめんなさい。

   2

おかあさん。

あなたとぼくとはもうずいぶん遠く離れてしまっているのに

あなたの呼び声が、ふいに、この耳もとできこえます。

ぼくを乗せて夜中をいそぐ列車のとどろきをすりぬけて

その声は、魔女のように、ぼくを追いかけてきます。


ぼくを抱きとめようとしてさしだしたあなたの手を

じゃけんにふりはらって、この狂おしい旅は出発したのだが。

あなたのこころにさびしい傷を負わせたことで、ぽく自身も

いまは、すこし悔に青ざめています。

ごめんなさい。おかあさん。


果てしない車輪のリズムを、いたずらに

かぞえては、ご破算、やりなおし。

まずしく固い座席に、からだをねじまげて、

眠ろうとして眠れないで、もがいているのは

ひとりの夢想家、ぼくだ。


おかあさん。ぼくの名を呼ばないでください。

ぼくは両耳を両手でおさえ、

目をかたくつぶって、息をのみ、

あなたからのあやしい信号におびえています。

ぼくを読みあげるその声を封じてください。


ぼくから白い山のゆめを奪いとろうとしないでください。

恋のようにせつなく満ちてふくらんだそのゆめをそのままゆるしてください。

遠くひかるまぼろしの山頂へ、

とびたってゆくぼくのたましいに祝福をあたえてください。


おかあさん。いつまでもまぼたきをせずにこちらを見ているその目をとじてください。

明日を見とおす者のような、その暗いまなざし、

その冷い放射をぼくにそそがないでください。

ぼくの内部にしみこんできて大事な大事なヴィジョンをばらばらにこわしてしまおうとするそのむごい力、

その目の意味することをぼくにおしえてください。


いいえ。おしえないでください。

この山行を中止してひぎかえしてこい、などと暗示することをやめてください。

痛いほどの、このむなさわぎを、しずかにおさえてください。

おかあさん。ぼくを山へ、突きはなしてください。

   3

おかあさん。

くるりとうしろをむいて、さっさと

むこうへ行ってしまうおかあさん。

ちょっと待ってください。

たちどまってください。


ぼくがあなたを拒んだあとで、

こんどはあなたがぼくを拒む。そして

いまはぼくがあなたを呼ぶ番だ。けれども

あなたはきこえないふりをして

こっちをふりむいてくれない。


あなたのうしろすがたは

たちまち遠く、もう豆粒だ。

それ以下にちぢまないでください。

消えてしまわないでください。

ぼくを見捨てないでください。


にわかにざわめきはじめたこの胸の騒乱を、おかあさん、

あおりたてないでください。

ぼくをこわがらせないでください。

墜落や埋没の、不幸なイメージのむれを

ぼくから追っぱらってください。


ぼくを待ち伏せするわざわいの在りかを、

そっとしらせてください。

雪と岩とのあいだ、困難と危険とのあいだで、

運命的なアンバランスを余儀なくされるときに、

ぼくを、さっと抱きとめてください。


おかあさん。

あなたの乱れた髪、複雑な皺の顔、

ほそい目、不可解な微笑。

山姥のようなあなたの表情を思いながら、ぼくは

あなたを呼んでいるのです。

   4

ブラインドの隙間に藤色の夜あけを

最初にみつけたのは、ぼく。

眠れぬままに惑乱の時をすごした者に

ひさかたの宇宙からのこのひかり!

ふいにあふれてくる涙がおかしい。


悪いまぼろしにもてあそばれた夜はついに終わった。

ブラインドをはねのけて、

だれよりもはやく、はげしく

この大きな朝に撃たれる権利はぼくのものだ。

そうだ! ぼくは外へひらこう。


汽車は走っている。

単純な目的を単純に追うたくましい生きもののように。

そしてぼくもいまは希望に乗って地上を走る。

いっそう高らかに鳴りひびく鉄の車輪の音を

たのもしいものとしてぼくの耳は聴く。


きょうのひかりにぬれたパノラマは刻々に走る。

農場、木立、丘陵、街道、川……と

風景は回り流れて、やがて

はるかな視野に、逆光の山脈。

何から遠ざかり何へ近づくべきかを、そのとき、ぼくは確める。


おかあさん。

さようなら。

あなたの呪文はもうぼくにききめがない。

あなたとの鬼ごっこはこれでおしまいだ。

あなたは夜の国へ帰って自分のすみかに閉じるがいい。


もう二度と、おかあさん、そこから出てこないでください。

ぼくはあなたに鍵をかけよう。

あなたは暗黒に押しこめられ、

封印され、

埋められる。


さあ、ぼくは釈放だ、自由だ。

岩へ、花へ、雲へ、一目散に

駆けこむことがいまはできるのだ。

高く高く自分をつりあげ、

山の歌に酔うこともできるのだ。

   5

汽車からプラ″トホームに降りたち、階段をのぼり、ブリッジをわたり、改札ロヘむかって下り階段にかかる。あの一種の幸福な時。そのとき

りりしい山支度をした若者の一人が不覚にも足をすべらせたのです。

大きなザックがでんぐりかえり、ピッケルが宙に舞いあがり、

階段を落ちてゆきました。いちばん下まで落ちて止まりました。カメノコの裏がえし。

だれかが、くすくすとわらいました。落ちた人はすぐには起きあがれず、もがいています。


おかあさん。

夜あけのあのうつくしいひかりに洗われて、ぼくは

いきおいよくこの目を信じはじめたのに。

あなたの釣め手がうしろから、いま

ぼくの頸すじをぐいとつかむ。


せっかくかろやかにふくらんだぼくの朝の風船は

あなたの悪い針にさされて、

たちまちちぢんでしまう。

ちぢんだ風船をあなたはそのてのひらにのせて、

ぼくのゆめの目方を疑わしく計る。


おかあさん。

あなたがあの若者を突き落としたのですね。

あなたがあのわらい声をたてたのですね。

あれを見ろ、とあなたはゆびさす。

あの仰向きの悲惨なカメノコ。


あなたの陰謀のなんという凄さ!

ぼくはふたたびあなたに生捕られ、ひきもどされ、

毒を注がれたようにふるえながら

眼下にカメノコを見おろす。

これは破綻の象徽か、と。


山ヘ! けれどもぼくは行かなければならない。

おかあさん。あなたのしつこいつきまといになやまされながら、

不吉のささやきにおびえながら、

不安のさざなみにゆれながら、

躊躇と前進とにひきさかれながら。

長すぎる気もしないではないが、この長編詩を通過することによって、まるで憑きものが落ちたように、鳥見迅彦の詩は自在さを身にまとい、伸びやかに自然の中や山岳地帯を遊び回るようになる。作者にとってこれが何らかの通過儀礼のような意味を持っていたのかもしれないが、その理由はこの詩からは読み取れない。読者には知る必要のないことなのかもしれない。ともあれ、この先には<躊躇と前進>に引き裂かれつつも開放感を手にいれた鳥見の言語空間がある。

次の「ある一年」と題されたグループには、イタリア風ソネットと呼ばれるヨーロッパの定型詩のスタイルを取り、前半2連の4行詩と後半2連の3行詩からなる12カ月の山岳風物詩が収められている。軽妙な山風景の言葉による淡彩風スケッチ、小品ながら粒ぞろいの甲乙つけがたい良い詩が並んでいる。

この後に続く「雪の精」「空には鷹」の二つのグループも、雪山や高原に遊ぶ屈託のない伸びやかな詩情が謳歌され、爽やかな読み味の詩篇が並んでおり、あえて立ち止まって深読みしたくなるような難解な作品は出てこない。

その次の「クララ」と題された12篇の連作は、フランスの象徴派詩人レミ・ド・グールモンの「シモーヌ」詩篇を彷彿とさせるような、愛らしく少しエロティックですらある小品群、ここまでくると鳥見の詩の自在さは、言葉が憩いの空間で遊んでいるいるみたい。一篇を引用してみよう。

キレットのクララ》  

クララよ。

こわがらずに。

もっと股をひらいて。

ぼくのでのひらの上まで、つまさきをのばしなさい。


お祈りがすんだら。

大きく息をして。

もういちどクララよ。

ぼくにとどくようこころみてごらん。


だいじょうぶ。

きみには天使がついている。いや

きみ自身が今は天使だと信じてもかまわない。

天使にしては、おちちが大きいが。


その大きなおちちで。

黒く割れたキレットの岩をこすりながら。

すこしずつ、ずりおりてくることだ。そして二度と

高いところへゆきたいなどと思わないことだ。

何とも自由な中年男の山歌だろう。粘り着くような執拗なコンプレックスを追求していた一時期の鳥見の影は、もはや跡形もない。このクララ詩篇は作者のお気に入りだったのか、この後も書き継がれ第3詩集へと続いてゆく。

この詩集最後の「ハイマツのハンモック」というグループも、全部山の詩、変化と言えば少し人生の味わいというか、人生訓的なニュアンスが漂い、単なる山の讃歌から、登山の場面を背景にした人生のドラマが織り込まれるようになる。名品「みちしるべ」を引用しよう。

みちしるベ》 


   きのう新雪すこし

   きょう晴天

   峠はもみじの満艦飾

「一と足お先きに」とていねいに挨拶をして、峠をくだっていった一人の中年男かある。

四角い行李の包みを背負い、

古びた鳥打をかぶった一見行商人風。

この男、さきほどから私のそばに腰をおろし、真鍮のナタマメギセルをおもむろに取り出して、ゆっくりと古風なけむりを鼻から出していたのだが。

この男、てのひらに、キセルを吹いて火を落とし、たくみにそれを手玉にとりながら、つぎのたばこの火につなぐ、あの奇術のような妙技の心得があった。

マッチは安く、ライターも普及する当節に、これはめずらしい昔風俗を保存する男。

しかもこの男、年のころは三十を幾つも出てはいまい。そのてのひらも百姓のごとくにごつくは見えぬ。へんな男。

ぽかんと口をあけて見とれる私ににっこりと微笑の一瞥。「これでしょう」とてのひらを

ひらいて見せた。「キセルのたばこはこれにかぎりますです。はい」

私の行先をたずね、それならば自分と同じだとうれしそうな顔をした男。

商売はくるしく、戦争はいけませんと歎いた男。

そして「一足お先きに」と立ち去った男。

   *

さて私も長居の腰をあげよう。あの男はもうだいぶ先きをあるいているだろう。

   山はもみじの海

   その海をひとり泳ぐ

   黄に紅に波たちさわぎ

   絢爛たる無人島

峠をくだるほそみちは、しばらくゆくと、思いもかけぬ二股に出た。

はて、これはおかしい。こんなところにわかされのあるはずはない。五万分の一を見よ。

はっきり一本みちに相違なし。

どちらか一つは私にとってたしかににせものなのだ。

きつねむじなのたぐいにばかされまいぞ。

どちらか一つを私はまちがいなくえらばなければならない。けれども私にはそれができない。あてずっぽうをやるにはあまりに私はおくびょうだ。

   とつおいつ

   夕方となり

   夜となり

   途方にくれて

   もみじも暗く

これは不幸へと先まわりした私の妄想で。

白昼の現実は、まぶしいもみじ。やっぱし。二股だ。

私は二つにひきさかされて。

不信と不安の満潮がやかて私の岸にやってきた。

   *

ひょいと目にとまったものかある。小さな紙きれかかたわらの立木の枝先きに伝票みたいにさしてある。

(なんだろう?)

手にとってみると、おや、なにか字か書いてある。

   まよてくれるな

   あとからくる旅のお方

   みぎり山みち

   ひだり行くみち

手帳の一枚をやぶいて鉛筆の金釘流である。

これはさっきのナタマメさんのアドバイスなりと直感する。まよてくれるな、は迷ってくれるなのこと。あとからくる旅のお方とは私のこと。みぎり山みちとは右のみちは山仕事のみちであって旅のお方のみちではないとの意。ひだりのみちこそ私の行くべきみちである。とナクマメさんのみちしるべはかくのごとし。

私は一目散にひだりのみちを駈けおりた。

(ナタマメさんに追いつくことかできるかもしれぬ)

やさしいこころにもういちど会いたい。

ナタマメさんには、けれども、とうとう追いつくことがなかった。

   *

その峠のみちはその日から今も私につづいている。

その連綿の途上で、あれからの十数年間に、

私はナタマメさんの面影によく似た多くの人に大都会の雑踏のなかで行きあったが、

あのへんな男、峠の神さまのお使いのようなその男には

まだ再会できないでいるのである。

わが一生の歩行よ。

かの人をさがせ。

この印象的な散文詩のような味わいはどうだろう。かつて「けものみち」に迷い込み苦渋の泥濘でのたうっていた鳥見迅彦がようやく辿り着いた詩の境地の何と穏やかで奥深いこと。登山や自然とともに人生と楽しみとして受け入れ、過不足なく充足して生きる詩人の自信に満ちた姿がここにある。

ドラマならここで幕を閉じるのも一つのやり方だろうが、この先に第3詩集に実を結ぶ晩年の鳥見迅彦がいる。それが人の生涯というものである。(続く)

2010-09-30 詩人鳥見迅彦の<詩集・山の三部作>(1)

[][] 詩人鳥見迅彦の<詩集・山の三部作>(1)  詩人鳥見迅彦の<詩集・山の三部作>(1) - 武蔵野日和下駄  を含むブックマーク  詩人鳥見迅彦の<詩集・山の三部作>(1) - 武蔵野日和下駄  のブックマークコメント

 若い頃、強く引かれた詩人の一人に鳥見迅彦(とりみはやひこ)がいる。最近、ふと思い出して調べようとしてみたが、忘れられた詩人らしく、情報がほとんど入手できなかった。分かったことは僅かしかない、列挙してみよう。

〔声43年(1910年)2月5日神奈川県に生まれ、横浜商専(現横浜市立大)卒、平成2年(1990年)5月25日に80歳で亡くなっている、本名は橋本金太郎。

∪鐐阿鉾鷙臻ヽ萋阿鰺由に何回か逮捕されて入獄、きびしい拷問と監禁を経験したらしい。その体験を背景にした第一詩集「けものみち」で、昭和30年H氏賞を受賞している。

詩集は、「けものみち」「なだれみち」「かくれみち」の3冊を生前に発行したのみ。

せ崖抓愀犬了蹐諒埣に「山の詩集」という同じ書名で雪華社版と角川書店版、串田孫一との共編著「友に贈る山の詩集」など、計3冊がある。

セ┿錙峪躋悄廖屮▲襯廖廖屬舛ま」などにたびたび寄稿しているが、詩集以外の文章がまとめられた書籍はない。

国会図書館検索では、以下の10点がヒットした。参考のために引用しておこう。

1. かくれみち / 鳥見迅彦. -- 文京書房, 1983.7

2. けものみち / 鳥見迅彦. -- 昭森社, 1955

3. 現代詩鑑賞講座. 第6巻 / 伊藤信吉. -- 角川書店, 1969

4. 現代日本名詩集大成. 第10. -- 創元社, 1960

5. 戦後詩大系. 3 / 嶋岡晨,大野順一,小川和佑. -- 三一書房, 1970

6. なだれみち / 鳥見迅彦. -- 創文社, 1969

7. 日本現代詩大系. 第12巻. -- 河出書房新社, 1976

8. 山の詩集 / 鳥見迅彦. -- 角川書店, 1968. -- (エーデルワイス・シリーズ ; 2)

9. 山の詩集 / 鳥見迅彦. -- 雪華社, 1967

10. 山の詩集 / 串田孫一,鳥見迅彦. -- 社会思想社, 1967. -- (現代教養文庫)

手元には3冊の詩集があるので、著者が言うところの「山の3部作」を取りあげ、鳥見迅彦の詩的成果を紹介してみたい。忘却の彼方に消えてしまうには、いささか惜しいような輝く言葉を紡いだ人だった。

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第一詩集『けものみち』は、1955年5月に昭森社より発行された。あとがきに44年から55年までの12年間の作品から41篇を選んだとあるから、34歳から45歳頃の作品と言うことになる。詩人としての出発は早くない。そのせいか、表現の熟成度、作品の完成度は高く、自己表現のスタイルはすでにここでは確立されている。

内容は3部構成、第1部「手錠と菊の花」は、理不尽に抑圧されたり弾圧されたり、陵辱されたり虐殺されたりする弱者の側に身を置き、過酷な極限状況をリアルに追求した詩篇が10篇。

戦時下の逮捕と拷問の体験が、時を経てこのような詩表現に凝縮したものか、生あるものを包囲する不条理の感覚が痛々しいまでのリアルさで定着されている。以後、この主題とスタイルは、薄められ抽象化されて、登山シーンなどに繰り返し現れ、鳥見迅彦の詩表現の通奏低音となる。ここに彼の表現の原質がある。

第2部「山小屋」は20篇、山岳における登山を主題にしたもの。山の風景を描くよりも、過酷な山岳地帯を背景に、その中で行動する人間の痛切な生存のあり方をクローズアップしたものが多い。登山シーンのワンカットに焦点をあて、生の実存をとらえ返そうとした作品群、印象に残る名品が並ぶ。山岳に分け入る行為者の過酷な視座、ここに鳥見の第2の原質がある。

第3部の「一粒の乾葡萄」は11篇、ここには1部にも2部にも入りきらなかった詩篇がまとめられたもよう。これまでの主題と行動が明確な輪郭を描くような、作品としての強さに欠け、やや見劣りがする。作者がためらい逡巡して、詩としてまとめきれなかった作品だろう。第3部を、私はあまり高く評価出来しない。

鳥見迅彦は、1部における生の極限状況に焦点を当てたような痛切な作品を、その後、作り続けることはなかった。この国が少しずつ戦争体験を形骸化させていったように、生の危機的な有り様をこれほどまでに象徴的に凝縮してイメージ化した詩篇は、創作の背景を喪失したということだろう。ピークは一気に来て去ってしまった。

その代わり、2部に登場したような山岳における登山行動をドラマとした、暴力的ともいえるシーンが今後繰り返し再現されるようになり、鳥見迅彦の作品において、登山を扱った山の詩作品群は、類例のない存在感と輝きを放つようになってゆく。高らかに登山を歌い上げる山の詩人が輝きを増す。

第一詩集『けものみち』から、その冒頭の詩篇を引用してみよう。

手錠と菊の花

この手錠をはずしてくれたまえ

はずしてくれたまえ

この手錠を私にはめたのはそこにいる黒い服の男だが

その男のうしろで

あなたは目をほそめ

きいろい菊の花の小枝で顔をかくし


  ああねじきれるものならねじきりたい

  ねじきって机の上へぽんとおいてさっさとここからでてゆきたい

  左手くびを右手でさぐり右手くびを左手でさすり

  そうして山の尾根みちを風にふかれてあるきたい


けれども黒い男はあやつり人形のように私にちかづき

きやあきやあさけんで私を打ったりした 


  私はさっきたしかに見ていたのだ

  私の両手がわるいことをした子供のように押さえられてしまうのを

  泣きそうになって泣かないでいる子供のようなそのときの自分の両手のありさまを

  パチンという音がピリオドであった

  ひいやりと重みがあった


きいろい菊の花の小枝で顔をかくし

あなたはなぜそんなにいつまでも声なくわらつているのか

私は菊の花のにおいはきらいです

この手錠をはずしてくれたまえ

もういちど私はしずかにいいます

この手錠をはずしてくれたまえ

花の小枝で顔をかくす<あなた>や<黒い男>は、戦前の天皇制機構を象徴しているのは明らか、そして圧倒的に無力な<私>、ここに描き出されている構図は、おそらく鳥見の青春時代につながっている。だが、革命や抵抗の論理で自己防衛する様子が全く窺えないのはどうしてなのか。この構図を人と動物の関係に移行するとどうなるか。もう一篇、動物に自己を投影した作品を引用してみよう。

むささび》  

 落葉と雪とかわるがわる。山奥の秋は疾い。たちま

ち林は巨きな黒い骨の棒縞。

      ●

 黒い林の木木の間を黒い小さな人がゆく。蝋燭の消

えた回燈龍のように黒い林はまわり。黒いその人影は

木木の間にいつも小さく見えかくれした。

      ●

 梢高く。むささびが。小校をちぎってあそんでいる

と。パッと照らす懐中電燈。むささびは。きょとんと

して。まぶしそうに。鉄砲などという飛道具を人間が

持っていても。

      ●

 むささびはくるくるとまわって。こわれたこうもり

傘のように落ちてくる。落ちて。よちよち。かわいら

しい目をして。自分が不意に傷ついた不思議さをたず

ねるように。黒い人の足許へ。その顔を。黒い鉄砲の

台尻が叩きつぶす。

      ●

 石油ランプの灯。囲炉裡の炎。黒い人たち。どぶろ

く。むささびの肉はうまい。鹿よりも熊よりもうまい。

兎よりもうまい。むささびのカツレツ。むささびのテ

キ。串焼き。じゅうじゅうあぶら。舌なめずり。むさ

さび鍋。むささび汁。歌。手拍手。むささび踊り。ヘ

ベれけ。

      ●

 へべれけで眠る頭の上を。黒い林の回燈龍がまわる。

黒い小さな人影。木木の間を。むささびのあのかわい

らしかつた目つき。よちよち。こわれたこうもり傘。

黒い鉄砲。

ここでも明らかに<黒い人影>は権力を意味し、<むささび>に投影された不条理な悲しみには、作者の屈折した思いが塗り込められている、だが、この主題はこれ以降封印され、直接的には二度と詩の主題として再現されることはない。代わって登山が主なテーマとなり鳥見の世界が展開する。

それでは、第一詩集のもう一つの主題、山岳詩篇から一篇を引用してみよう。

山小屋》  

その内側に重石がつるしてある。

ギイーッときしんで、扉はひとりでに閉まる。

夕闇の沁みこんだ一枚の落葉を肩にのせて、その男は入ってきたのだ。

誰もいない。


その男の顔をごらん。

灰色の鼻、黒い唇、額は緑と赤のだんだら。

どすんと尻餅をついて、

大きくみひらいた眼は紫。


山小屋の屋根裏からは煤の珠数がいくつも垂れさがり、この男をのぞきこむ。

男は、うつむいて、山靴の紐を解きにかかる。そして横たわる。

だいぶ疲れているようだな。

塩をふいた眉毛をごらん。溶けてゆく顔をごらん。


  担架はこの男のまどろみをのせてどこへゆくのだろう。

  かわいそうに、またあのものさびしい逆光のなかへか?


    のぼりくだり長かつた山みち。

    うしろからせきたてた斜の時間。

    犬のように飲んだ枯草の下の水。

    ちっぽけな岩壁。

    かじかんだ指。


担架は冷えきったまどろみをのせて

いつそう暗くなつた山小屋へ戻つてくる。そして板敷の上にしずかに置かれる。


この男がどこから逃れてきたのか、たしかなことはわからない。

犬きな玩具箱のなかからか?

ひからびたパンの端からか?

とまつた時計の下からか?

それとも牛乳くさい接吻のあいだからか?


きのう最終列車にさむざむと乗りこみ

目をつぶったまま運ばれて

夜明けに小さな停車場に着いた。それから

自分を初冬の錆びた針でつきさしたのだ。この男は。


  けれどもいまはもう安心。

  扉は閉つているね?


  戸ロでさわいでいるのは、あれは後をしつこくつけてきた風。

  重石は黒い滑車からまっすぐにさがっている。

  だれの爪もここまではとどくまい。


さあ、ランタンに灯を入れよう。

土間のいろりに薪を燃そう。そして

煙と炎を相手に教義問答をしよう。


  ほんとに大丈夫だね?

  誰もここまでは追いかけてこられないね?

山小屋に一人やってきた男とは、作者の自画像でなくて何だろう。単独行で山行きをする作者の心象風景の何と荒涼としていること。この詩集の山岳詩篇には救いの影はほとんど見られない。修行僧のような表情を滲ませた山岳詩篇にも、やがて心癒されたものの安らぎが訪れる日も来るが、それは14年後の、第2詩集を待たねばならない。(続く)

2010-01-10 人生処方詩集

[][] 「人生処方詩集」 エーリッヒ・ケストナー著 小松太郎訳 (発行角川文庫1966/4/30)  「人生処方詩集」 エーリッヒ・ケストナー著 小松太郎訳 (発行角川文庫1966/4/30) - 武蔵野日和下駄  を含むブックマーク  「人生処方詩集」 エーリッヒ・ケストナー著 小松太郎訳 (発行角川文庫1966/4/30) - 武蔵野日和下駄  のブックマークコメント

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 今はなき寺山修司は、この詩集のコンセプトが気に入り、自分でも同名のアンソロジーを編んで新書を作ったりしていた。読んでみるとケストナーのこの詩集は、題名となっている編集方針もさることながら、個々の詩編が大変に素晴らしく、私は長年愛読し、手放さないでずっと持ち続けてきた。

 今回、何となく気になって調べてみたら、この詩集を価値ありと見る人が多いためか、翻訳にいろいろな版があることがわかった。私が気に入っている小松太郎訳のものが2種類(ちくま文庫版と角川文庫版)、飯吉光男訳の思潮社版上下、高橋健二訳の<かど創房>版などが出ていることが分かり、図書館を利用して全部を読み比べてみた。

 まず、小松太郎訳の2種類について、ちくま文庫版は、1952年に創元社から刊行された「叙情的人生処方詩集」の再刊、解説の註には「ここではリズム、テンポの点でより明快な創元社版によった」とされている。創元社版が昭和27年、角川文庫版が昭和41年、間に14年もの開きがある。

 この14年の開きが持つ意味は、小さくない。私の印象では、後になって刊行された角川文庫版の方が、はるかに日本語への翻訳がこなれており、読んでいて実にしっくりする。原作の意味を日本語に移し替えることに多く気をつかった洋風の味付けが、14年後には、和風のよりなじみやすい味付けに変わっている。比べてみて気がつく最大の特徴は、はじめの翻訳では多用されていた漢字の使用が減らされて、ひらかな言葉に置き換えられており、変換された日本語としてよく熟している気がする。この訳を越えるのはなかなか難しそう。

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 続いて、1983年にドイツ文学の翻訳に大きな足跡をのこした高橋健二の翻訳、この本にしかない特徴は、訳詞のはじめに、本編では慎重に省かれたケストナーの戦争詩(反戦詩)が四編挿入され<平和が脅かされてきたら>と題されて載っていることである。ケストナー特有の相当にシニカルな作品が引用されており、ナルホドと感心したが、他の詩編との溝はやはり深い。私としては、別にケストナーが書いた戦争詩をそれとしてまとめて読んでみたという気がした。それ自体が一冊の詩集として編まれる大きなテーマだ。

 それでは本来の処方詩集の方はどうだろう、さすがに日本語としての意味はよく通り分かりやすい。だが私には捻りというか、文体の癖のなさが何故だか物足りなかった。

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 今のところ刊行されているなかで一番新しい飯吉光男訳の思潮社版はどうだろう。特徴は正続2巻に分かれていること、真鍋博風のイラストが所々に配されて、軽妙さを意図した本作りをしている。訳は小松、高橋両氏のものを参照したと断っているように、分かりにくいところは皆無、作者の持ち味を日本語にいかに含ませるかだと思うが、その点は残念ながら私にはよく分からない。もう少し捻りがきいていても良いのではと思うが、好みの問題だと言われればそれまで。

 どれが一番好きかと言えば、小松太郎訳の角川文庫版、好みによるとしか言いようがない。所々、日本語として古い言葉遣いもあるが、私自身古い人間、その古さがしっくりなじめる一因なのかもしれないが、それはそれで構わないだろう。この評価は好みなので、公正な価値判断ではない。

 さて、面白いのはこの詩集の目次、いわゆる目次は後ろに回されて、効能別の索引が前に来ている。詩による処方箋たる所以である。効能書きの下に、ページ数が並んでおり、目指すページがすぐ引けるようになっている。

使用法(索引付)


年齢が悲しくなったら

貧乏にであったら

知ったかぶりをするやつがいたら

人生をながめたら

結婚が破綻したら

孤独にたえられなくなったら

教育が必要になったら

なまけたくなったら

進歩が話題になったら

他郷にこしかけていたら

春が近づいたら

感情が貧血したら

ふところがさびしかったら

幸福があまりにおそくきたら

大都会がたまらなくいやになったら

ホームシックにかかったら

秋になったら

青春時代を考えたら

子供を見たら

病気で苦しんだら

芸術に理解がたりなかったら

生きるのがいやになったら

恋愛が決裂したら

もしも若い娘だったら

母親を思いだしたら

白然を忘れたら

問題がおこったら

旅に出たら

自信がぐらついたら

睡眠によって慰められたかったら

夢を見たら

不正をおこなうか、こうむるかしたら

天気が悪かったら

冬が近づいたら

慈善が利子をもたらすと思ったら

同時代の人間に腹がたったら

 四つの翻訳を比べてみるために、詩集の最初に出てくる「列車の譬喩」という詩編を、刊行順に列挙してみよう。原作が同じなのでよく似ていますが、微妙な違いが面白く、私は読み比べて感心しました。翻訳とは大変なお仕事ですね。

*列車の譬喩(小松太郎訳、創元社版、ちくま文庫版) *列車の譬喩(小松太郎訳、角川文庫版)
ぼくらはみな同じ列車にこしかけ ぼくらはみな おなじ列車にこしかけ
時代を旅行している 時代をよこぎり 旅をしている
ぼくらはそとを見る ぼくらは見倦きたぼくらはそとを見る ぼくらは見あきた
ぼくらはみな同じ列車に乗っている ぼくらはみな おなじ列車で走っている
どこまでか 誰も知らない そして どこまでか だれも知らない
        
隣の男は眠っている もう一人は小言をいっている となりの男は眠っている もう一人はこぼしている
あとの一人はさかんにしゃべっている あとの一人はさかんにさえずっている
駅の名がアナウンスされる 駅の名がアナウンスされる
歳月を走る列車は 歳月を走る列車は
いつまでたっても目的地へ着かぬどうしても 目的地に着かぬ
      
ぼくらは鞄をあけたり締めたりぼくらは荷をあける ぼくらは荷づくりする
さっぱりわけがわからないさっぱりわけがわからぬ
あすはどこへ行くのやら? あすはどこに行っているやら
車掌はドアからのぞいて 車掌がドアからのぞき
ニヤニヤ笑うばかりひとり にやにやしている
       
行きさきは車掌も知らない行くさきは 車掌も知らない
車掌は黙って出てゆく車掌は なんにも言わず出ていく
突然けたたましく汽笛が鳴る!そのとき汽笛が かんだかな唸り声をあげる
列車は徐行してとまる 列車は徐行して とまる
死人がゾロゾロ降りる 死人が いくたりか おりる
      
子供が一人降り 母親が叫ぶ子供がひとりおりる 母親が叫ぶ
死人は過去のプラットホームに死人は 無言で
黙って立っている 過去のプラットホームに立っている
列車はまた発車する 列車は時代を走る列車は駈けつづける 時代をよこぎり ひた走りに走る
なぜだか 誰も知らないなぜだか だれも知らない
      
一等はほとんどガラ明き 一等はほとんどがら明き
ふとった男が一人 赤いビロードにふとった男がひとり 傲然と
傲然とこしかけ 苦しげに息をしている赤いフラシテンにこしかけ 苦しげに息をしている
彼はひとりぼっちで ひどく淋しがっている彼はひとりぼっちだ そしてしみじみそのことを感じている
たいがいは木の上にこしかけている たいがいは木の上にこしかけている
       
ぼくらはみな同じ列車で旅行しているぼくらはみな おなじ列車で旅をしている
現在は、希望をもって 現在は 希望をもって
ぼくらはそとを見る ぼくらは見あきたぼくらはそとを見る ぼくらは見あきた
ぼくらはみな同じ列車にこしかけているぼくらはみな おなじ列車にこしかけている
そして 多くはまちがった車室にそして 大ぜいが まちがった車室に

  鉄道のたとえ(高橋健二訳、かど創房版)


私たちはみんな同じ列車に腰かけ、

時代を横切って旅している。

外を見る。私たちは見飽きた。

私たちはみんな同じ列車に乗って行く。

どこまでか、だれも知らない。


隣の男は眠っている。もひとりは小言を言う。

もうひとりはさかんにしゃべる。

駅名がアナウンスされる。

歳月をかけぬける列車は

ついぞ終点には着かない。


私たちは荷物を出したり、入れたりする。

その意味はわからない。

明日はどこにいるだろう?

車掌がドアからのぞきこみ、

ただにやにやする。


車掌だって、どこへ行くのか、知らない。

彼は無言のまま、出て行く。

とつぜん汽笛がかんだかくわめく。

列車は徐行して、とまる。

死人がぞろぞろおりる。


子どもがひとりおりる。母親がさけぶ。

死人たちは過去のプラットフォームに

無言で立っている。

列車は進む。時代をかけぬける。

なぜだか、だれも知らない。


一等はがらあきだ。

太った男がひとり、赤いビロードに

ふんぞりかえり、苦しそうに呼吸している。

彼はひとりぼっちで、ひどくそれが気になる。

多数の人は木のいすに腰かけている。


私たちはみんな同じ列車で旅する。

現在のところは、希望をもって。

外を見る。私たちは見飽きた。

私たちはみんな同じ列車に腰かけている。

多くの人はまちがった車室で。



  汽車にたとえて(飯吉光男訳、思潮社版)


わたしたちはみんな ひとつ汽車にのって

時を突っきりながら旅行しています

わたしたちは外を見ます もう見あきました

わたしたちはみんな ひとつ汽車にのって走っています

どこまで行くのか 誰も知りません


隣りのひとは眠っています 別のひとは嘆いています

また別のひとはのべつまくなしに話しています

駅の名まえがアナウンスされます

くる年くる年ひたすら突っぱしる汽車は

いつまでたっても終点に着きません


わたしたちは荷ほどきしたり 荷づくりしたり

何が何やら分りません

明日はどこに着くのやら

ドアから車掌がのぞきこんで

あいまいな微笑を浮べています


車掌も どこへ行くのか 知らないのです

ただ黙って 出ていきます

汽笛のけたたましい音!

汽車は徐行して停車します

死んだひとたちが汽車から降ります


子どももひとり 降りていきます 母親の悲しみの声!

死んだひとたちは 無言のまま

過去という名のプラットホームに立っています

汽車は走りつづけます 時を突っきって

どうして走っているのか 誰にも分りません


一等はがらあき

デブの男がひとり 赤いビロードの席に

ふんぞりかえって坐り ハアハア苦しそうに息しています

彼はひとりぽっち そしてそれを痛感しているのです

ほかの人たちはみんな 本のベンチに腰かけています


わたしたちはみんな ひとつ汽車にのって

現在から未来へと旅行しています

わたしたちは外を見ます もう見あきました

わたしたちはみんな ひとつ汽車にのっています

ほとんどの人がまちがった車室に

 石原吉朗の「サンチョ・パンサの帰郷」という詩集の中に、葬式列車という詩編があるが、このケストナーの詩編に触発されたと思われる傑作である。傑作が傑作を生み出した幸福な詩の連鎖と言えよう。全編を引用しておこう。

葬式列車(石原吉朗)


なんという駅を出発して来たのか

もう誰もおぼえていない

ただ いつも右側は真昼で

左側は真夜中のふしぎな国を

汽車ははしりつづけている

駅に着くごとに かならず

赤いランプが窓をのぞき

よごれた義足やぼろ靴といっしょに

まっ黒なかたまりが

投げこまれる

そいつはみんな生きており

汽車が走っているときでも

みんなずっと生きているのだが

それでいて汽車のなかは

どこでも屍臭がたちこめている

そこにはたしかに俺もいる

誰でも半分はもう亡霊になって

もたれあったり

からだをすりよせたりしながら

まだすこしずつは

飲んだり食ったりしているが

もう尻のあたりがすきとおって

消えかけている奴さえいる

ああそこにはたしかに俺もいる

うらめしげに窓によりかかりながら

ときどきどっちかが

くさった林檎をかじり出す

俺だの 俺の亡霊だの

俺たちはそうしてしょっちゅう

自分の亡霊とかさなりあったり

はなれたりしながら

やりきれない遠い未来に

汽車が着くのを待っている

誰が機関車にいるのだ

巨きな黒い鉄橋をわたるたびに

どろどろと橋桁が鳴り

たくさんの亡霊がひょっと

食う手をやすめる

思い出そうとしているのだ

なんという駅を出発して来たのかを

 最後にもう一つ、ケストナーの処方箋詩編の中でもとりわけシニカルなやつを、お気に入りの角川文庫版から引用しておこう。

養老院(老人ホーム、小松太郎訳角川文庫版)


ここは 老人たちの寄宿舎だ

ここでは みんながひまだ

人生の旅の終着駅も

もう 遠くない


きのうは 子供の靴をはき

きょうは ここの家の前にすわっている

あすは 永遠の休息のために

彼岸に 出発する


ああ 一生はいかに長くとも

過ぎ去るのは つかのま

たったいま はじまったばかりではなかったか


ここに 休息のためにすわっている 老人たちは

何はさておき 一つのことを知っている

ここは 最後のてまえの 最後の駅だということを

その中間に 駅はない

 気に入られた方は、是非図書館で捜して見てください。ブラックな諧謔の向こうから、ほんのり暖かい気持ちが伝わってきます。

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(追伸)寺山修司編著の「人生処方詩集」入手した。見るとかつて彼の編著による雪華社発行の「男の詩集」の増補改訂版とある。表紙のデザインから推測すると女性読者を想定しているようだ。男性向けを標榜するような「男の詩集」を改訂して女性向けの「人生処方詩集」を構想するなど、いかにも寺山修司らしくて愉快だった。それにしても66年(昭和41年)の「男の詩集」の前書きが、93年の「人生処方詩集」になってかくもピタリと決まるとは、編集者の笑い顔が目に浮かぶようだ。

 そうとうに昔の記憶なので確かなことは分からないが、内容をみると8割程度元の編著作で引用していた詩編が採用されているようだ。構成が一部と二部に分かれて木に竹をつないだような奇妙な具合になっているので、あるいは二部が「男の詩集」からきて、一部を新たに追加したもかもしれない。

 男の詩集を読んだときの感想とも重なるが、改めて寺山修司の詩の読み手としての能力の高さに、感心した。簡単な目次を引用しておこう。

まえがき

プロローグ

第一部

第一章 ぼくの人生処方詩集/ケストナーおじさんのかわり

第二章 あなたのための人生処方詩集

二部

第一章 一人でいるのがったら耐えられなかったら

第二章 理想を見失ってしまったら

第三章 故郷を思レ出したかったら

第四章 詩がきらいでポーツが好きだったら

第五章 ことごとく腹が立ったら

第六章 死について考えたら

第七章 人生がさびしすぎたら

第八章 小説に飽きてしまったら

私自身の詩的自叙伝

2009-10-02 二つの村上昭夫詩集『動物哀歌』

[][] 二つの村上昭夫詩集『動物哀歌』 村上昭夫著 (発行思潮社1968/11/1)(発行思潮社現代詩文庫1999/12/31)  二つの村上昭夫詩集『動物哀歌』 村上昭夫著 (発行思潮社1968/11/1)(発行思潮社現代詩文庫1999/12/31) - 武蔵野日和下駄  を含むブックマーク  二つの村上昭夫詩集『動物哀歌』 村上昭夫著 (発行思潮社1968/11/1)(発行思潮社現代詩文庫1999/12/31) - 武蔵野日和下駄  のブックマークコメント

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 1冊目の村上昭夫詩集は「動物哀歌」だった。68年にH氏賞を受賞したことを受けた再版で、序文を書いた村野四郎氏の編集だったらしい。66年に300部発行された元の「動物哀歌」には、全部で193編の詩編が収録されていたのが、この時点で77編に精選された。私が20代の初めの頃に読んで、深い感銘を受けたのは、この再版された方の村野版「動物哀歌」だった。

 300部限定の「動物哀歌」は、読みたいとは思ったこともあったが、いつの間にか関心が薄れ、忘れたままになってしまった。何度か、故村上氏の周辺の熱心な動きもあって、全編を収録した版も再版されていたようだが、気付かないまま時間がたった。

 ところが最近になって、図書館の詩集の書架を眺めていて、現代詩文庫版の村上昭夫詩集に「動物哀歌」を見つけ、全編が収録されていることを知った。さっそく借り出してきて、読んでみて吃驚、40年近く前に受けた印象とずいぶん違う。生きることの奥深い哀感を、透明で厳しい倫理観を際立たせながら、呟くように刻んで行く平明な叙情性は変わらなかったが、遙かに人間的な暖かみを伴った、柔らかいふくよかさを今回は感じた。

 全編版の本書を手にするまで、私には村上昭夫は、素晴らしい詩人だが、どこか手が届きそうにない出来過ぎた、親しみの持てない距離のある詩人だった。いつの間にか関心が薄れてしまい、忘れてしまった詩人になっていたのはそのせいかもしれない。

 この違いは何なのだろう。思い当たることは一つ、村野四郎氏による抄出は、村野四郎という詩人によって選ばれた、村野バージョンの村上昭夫だったということ、村野氏の良しとしない作品はカットされてしまったからだった。私は、村上昭夫の詩人としての本当の素晴らしさは、村野四郎氏の篩いから零れ落ちたところにあるという気がした。

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 したがって、40年間の私の勘違いを繰り返さないためにも、68年発行の77編「動物哀歌」という詩集はお勧めできない。古書市場では、相当な価格を付けている物を見るが、無理して入手する価値はない。極端な言い方になるが、77編抄出の「動物哀歌」では、村上昭夫の世界は、純度は高くなるかもしれないが多様な芳醇さを失ってしまいかねないからである。

 では全編版の「動物哀歌」を見て行こう。詩集は、全体を4部に分けて構成されている。各部にはタイトルはないが、テーマが近しい詩編ががまとめられたという印象を受けるので、順番に見て行こう。

 最初に来る第吃瑤蓮∋軆犬離織ぅ肇襪箸發覆辰討い詁以を題材にした哀歌、動物に対する哀歌ではなく、むしろ動物が喚起するイメージを媒介にした人間哀歌となっている。哀しみの奥行きは限りなく深く、生命あるものに共通する哀しみの調べは哀切をとおり越えてむしろ痛々しいほど。存在の深淵をのぞき見るような限りない悲調が胸を打つ。村野版では39編採用されているが、全編版では59編ある。目次から、全編を引用してみよう。*印を付けた詩編が、カットされていたもの。


*金色の鹿

すずめ

*小鳥を葬るうた

熱帯鳥

雁の声

鳶の舞う空の下で

太陽にいるとんぼ 

*カラスの火

鴉の星

鳥の未来

リス

*牛の目

ねずみ

*空を渡る野犬

深海魚

熊のなかで

熊のなかの星

<豚>

宇宙を隠す野良犬

坂をのぼる馬

*失われた犬

*按摩師と笛と犬

*芝居をする猿に寄せて

スクリュウという蛇

*都会の牛

*虎

石の上を歩く蚯蚓

*鳥追い

*私をうらぎるな

化石した牛

巨象ザンバ

*つながれた象

*灰色のねずみ

*あざらしのいる海

*干された泥鰌

死んだ牛

*黒豹

*蟻とキリギリス

象の墓場

*うみねこ

じゅうしまつ 

実験される犬

黒いこおろぎ

捨て猫

*犬

駱駝

こおろぎのいる部屋

ひき蛙

*ひとでのある所

マンモスの背

野の兎

 この第吃瑤鮓る限り、詩として完成度の高いものを取り、短くてそれほど力が込められていないものを省いたと言える。しかし、元々村上昭夫は言葉数が少ないタイプの詩人であり、短いものにも込められている詩情と意味は軽くない。

 目次を引用していて不思議なことに気がついた。村野版には収録されていた<豚>という作品が抜けている。村野版を読んだ時、強い衝撃を受けた作品だけに、これは何としても残念なので、次にそっくり全文を引用しておこう。



悲鳴をあげて殺されて行け

乾いた日ざしの屠殺場の道を

黒い鉄槌に頭を打たせて

重くぶざまに殺されて行け


皮が剥がれてむき出しになって行け

軽いあい色のトラックに乗って

甘い散歩道を転がって行け

生あたたかい血を匂わして行け

臓腑は鴉にくれて行け

そのために屠殺場が近いのだと

思わせるように鴉を群れさして行け


人は涙など流さぬだろう

人は愛など語らぬだろう

人は舌鼓をうってやむだろう

その時お前は

曳光弾のように燃えて行け


 1960年代後半の物情騒然としていたあの頃を彷彿とするような、断定的で硬質な刺々しいまでの言語の熱い輝き、村上昭夫の良い面を代表する作品ではないかもしれないが、私には忘れられない一遍である。それにしても、村上のいつもの哀しみが、憤りに満ちた形をとった時の衝撃力には目を瞠る。20代の私にはショッキングな詩編だった。

 次の第局瑤砲蓮宇宙的かつ宗教的な主題の作品がまとめられている。宇宙を暗喩にして限りなく拡がる広大な心的世界と、宗教性の深淵に沈潜していくような著者の精神世界が、読む者を魂の次元で魅了する。目次を引用しておこう。*印が村野版で省かれていたもの。


星を見ていると

アンドロメダ星雲

*シリウスが見える

賢治の星

*一番星

*悪い道

*ある冬について

*宇宙の話

*宇宙について1

宇宙について2

ひとつの星

*月から渡ってくる船

それが天なのだ

五億年

*雲

*紅色のりんご1

紅色のりんご2

*その以前とその以後

*もっと静かに

オリオンの星の歌

宇宙を信ずべきか

*光の話

*太陽系

*ただひとつの願い

*衣を縫う仏陀

ゆう子

*キリスト

*女人

*荒野

*神の子

*荒野とポプラ

*如来寿量品

去って行く仏陀

精霊船

*神様

*出家する

*乞食と布施

*仏陀を書こう

*破戒の日

*鬼子母神

*経

*エッケ・ホモ

*仏陀

木蓮の花

 全編版46編のうち村野版に採用されたのはたったの16編、この辺りから詩集としての全体的な印象が相当に大きくずれてくる。省かれた作品の中には、詩として完成度の高くないものもあるが、村上昭夫独特の詩情が生き生きと表出されているものが少なくない。

 戦後の混乱期に不治の病とされていた肺結核を病み、療養を繰り返しながら、生きることの意味を手探りしていた著者の息づかいが、生々しく伝わって来る。

 第敬瑤貌ると、類縁性のテーマでまとめたとは思えない、多様な作品の集積に出会うことになるが、この著者の求道的というか探求的というか、精神性の高い特徴は変わらない。目次を引用しておこう。


*タクラマカン砂漠

*其処

*誰かが言ったに違いない

*土よりも深い苦悩を

*ぼくはそれと対決する

四月

*愛

*雪

*夜の色

ミッシング・リンク

*三つの道

*愛の人

*男の背

*一不足の廃兵

氷原の町

*スターリンに寄せて

兄弟

*子守唄 

うた

*北の裸像

*秋

破船

*母について

教えておくれ

*エル

*地底の死体

*ぶよぶよの魂

*かたい川

五月は私の時

*おお それはそれは

*闇のなかの灯

*青い草原

*車をひく父

*靴の音

秋田街道

あいている椅子

*埋火

*枝を折られている樹

エリス・ヤポニクス

*ぼくという旅人

*その山を越えよう

*残るものが残るのだ

*愛宕山の向こう

*ソヴエット・ロシヤ

*長靴をはいて

 46編中、村野版に採用されたのは、僅か13編しかない。省かれた作品には、村上昭夫の息づかいというか、著者の肉声に近いところから出てきている作品にたくさんで出会える。そんな作品を読んでいると、詩の完成度というのは、何なんだろうという疑問すら湧いてくる。贅肉をそぎ落としていく過程で、失うものがいかに多いかに気付かされる。

 最後の第孤瑤任蓮43編中13編しか村野版には採用されていない。目次を引用しておこう。


*終りに

*砂丘のうた

*大人のための童話

*ふと涙がこぼれる

*空洞

*ある音について

*ある笑いについて

*死について

死と滅び

*岩手山

遠い道

*なぜ

*愛さなければならない

お母さん

*世界

山の道

*その恋を

*男

*道

*言葉について

*石に言葉をきざむ

*そんな世界が

*不幸は限りなく続く

*引揚船

*恋をすると

*李珍宇

*戦争1

*戦争2

*戦争3

*戦争4

*戦争5

*戦争6

爪を切る

*悲しみを覗く

*バラ色の雲の見える山

人は山を越える

*河

*河が流れている

*海の向こう

樫の木

病い

*航海を祈る

 この第孤瑤泙覗簡堡任鯑匹鵑任ると、村上昭夫の多様な豊穣な世界が読む者の中に拡がり、何とも言えず心豊かになってくる。41歳で夭折した岩手の詩人の、固有の世界が、確かな手触りを持って立ち上がる、その読後感は素晴らしいの一語につきる。

 本書の解説を読むと、村上昭夫には、全編版「動物哀歌」以外にも、収録されていない作品があることがわかる。友人による人物論によれば、何冊かのノートが存在したこともわかる。書簡類まで含めた、全著作集が発行されるといいのだが、一人の熱心なファンの無い物ねだりかもしれない。

 言葉遣いは平明で、分かりにくいところはほとんどないが、描かれている境地はなかなか深い。何度も繰り返し読んで、少しずつ読み込んでいくしかない世界のような気がする。手応えのある詩がお好きな方に是非お勧めしたい。

 

2009-05-29 いそがなくてもいいんだよ

[][] 『いそがなくてもいいんだよ』 岸田衿子著 (童話屋1995/10/1)  『いそがなくてもいいんだよ』 岸田衿子著 (童話屋1995/10/1) - 武蔵野日和下駄  を含むブックマーク  『いそがなくてもいいんだよ』 岸田衿子著 (童話屋1995/10/1) - 武蔵野日和下駄  のブックマークコメント

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 「童話屋」の編集者田中和雄さんが蒐集した詩のアンソロジーは楽しい。分かりやすくて深く爽やかな詩編を集めた「ポケット詩集」が、ロングセラーを続けているのも納得できる。その名編集者が、岸田衿子さんの詩を集めた詩集を見つけたので手に取った。

 岸田さんの詩集は、目を瞠るような名品に巡り会うこともあるが、言葉数が少ないせいか、時には難解でピンとこないものもあって、好きだけれど少し苦手な感じがぬぐえなかった。

 この小さな本は、さすが田中和雄さんが取捨選択されただけに、実に読みやすい。岸田さんの詩の良いところだけを掬いとってあり、これを読んだら誰でも岸田さんが好きになるにちがいない。気がついたことを書き留めてみよう。

ヾ濺超淹劼了蹐蓮⇒イ靴じ斥佞能颪れているが、実は難しい。時には非常に難解なこともある。理由は、説明が全くないか、あるいはほとんど説明してはくれないから。少ない言葉で自分の感受性や思索を素描してあるので、いったんずれてしまうと、ほとんど意味不明となる。この詞華集には、やや説明的な詩編が集められている。だから分かりやすい。説明的な詩が悪いわけではない、説明の仕方次第で良くも悪くもなる。

岸田衿子の詩は、自然をテーマにしたものが多く、自然をテーマにしたものに優れた作品が集中している。きっとよほど自然が好きな人なのだろう。相当に深く草花や樹木の存在そのものに分け入って暮らしている人にしか書けない感覚を定着してある。そして、そう言う感覚が現代人に対する鋭い批評になっている。読んでいてドキリとする。この本は自然をテーマにしたものが多い。

4濺超淹劼了蹐蓮∋覲佚、絵の具で言うと油絵の具や粒子の粗い不透明水彩ではなく輪郭ははっきりしているけれど透き通るような淡い透明水彩の感じがする。あるいはセロファンをはり合わせたコラージュのような、ステンドグラスのように絵の向こうが遠くまで透けて見える感じがある。透けて見える向こうには深遠な意味や叡智が幽かにちらつく。

ご濺超淹劼了蹐蓮∋劼匹發ら大人や老人まで、どんな年齢の人でも、その人の年齢にあった納得のしかたで受け入れられるような気がする。

 引用して紹介したい作品が多いが、無理して一つに絞って、一点だけ紹介したい。

 花のかず


ひとは行くところがないと

花のそばにやってくる


花は 咲いているだけなのに

水は ひかっているだけなのに


花のかずを かぞえるのは

時をはかる方法

ながれる 時の長さを


ひとは 群からはなれると

花のそばへやってくる


花は 黙っているだけなのに

水は みなぎっているだけなのに

 この本の作りは文庫サイズで、装丁も可愛いので、男性には手をのばし辛いかもしれないが、中年を過ぎた男性にこそ、この瑞々しい感性をお勧めしたい。

2009-03-27 詩集・若葉のうた―孫娘・その名は若葉(増補版)

[][] 『詩集・若葉のうた―孫娘・その名は若葉(増補版)』 金子光晴著 (発行勁草書房1974/1/10)  『詩集・若葉のうた―孫娘・その名は若葉(増補版)』 金子光晴著 (発行勁草書房1974/1/10) - 武蔵野日和下駄  を含むブックマーク  『詩集・若葉のうた―孫娘・その名は若葉(増補版)』 金子光晴著 (発行勁草書房1974/1/10) - 武蔵野日和下駄  のブックマークコメント

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 たくさんある金子光晴の詩集の中で、一番好きな詩集がこの「若葉のうた」、光晴自身の老いの寂寥と、産まれたばかりの幼気な孫娘への愛隣が交錯して、束の間の生の輝きが見事に掬いあげられた珠玉のような名品である。世代や個を越えて続いてゆく命の連鎖が詩句の背後から透き通って見えてくる。多くの人に是非手にとって貰いたい傑作詩集である。

 長い間倦まず弛まず言語表現の技を磨き込んできて、老齢期に差し掛かった詩人にして初めて可能になった切ない表現が随所に散りばめられていて、一遍一遍が息を呑むほどに繊細で美しい。圧倒的な技巧が巧みに角を隠され、言葉の自然な振る舞いのように装われているが、塗りこめられている言語感覚の鮮やかさは名人技と言うほかない。72歳の時に出版され10年後81歳で亡くなったので、典型的な晩年の作品だが、言葉の衰えなど微塵もない。恋する若者のような瑞々しい言葉が紡がれ、押さえ込まれたエロチシズムまでもが仄かに見え隠れして吃驚するやら呆れるやら。

 簡単に構成をたどってみよう。最初に型どおり、孫娘の誕生をつげる[序詩]「森の若葉」がおかれている。

 続いて[孫娘・十二ヵ月]と題された12篇の連作詩編がならぶ。いずれも産まれたばかりの零歳児の孫娘をうたったもの、「朝日文芸」という月刊誌に毎月連載されたものらしい。この1年間の取り組みが、光晴の詩作の弾み車に勢いを付けた。光晴の孫娘への愛情と、詩編への好評が弾みとなって、光晴はこれまで試みたことのない屈折の少ない<至上の愛>とでも呼びたくなるような新たな表現の地平を繰り広げて見せてくれる。どの言葉も類い希な輝きにきらきらしている。12ヶ月分の12篇がそれぞれに独立して鑑賞するに値するとともに、全部が連作としてまとまって1年間の季節の移り変わりを見事に表現している。この国の正月があり、春があり、この国の夏も、秋も、1回限りの零歳児に寄り添って愛しさに身もだえしている老詩人の感性を通して鮮明に愛らしく定着されている。これこそが、光晴が長い年月をかけて追求してきた詩の到達点ではないかと、言いたくなるほどの命の賛歌となっている。

 続いて[若葉の詩]と題された12篇の詩編、孫娘との出会いが生んだ<至上の愛>の詩編は、元の光晴に戻り、読み慣れたいつもの屈折した光晴調が戻ってくる。批評が加わり苦いアイロニーが溢れて、孫娘への溢れる思いから距離ができる。だが、底辺を流れる孫娘の求心力と、自らの老齢化と鋭い批評精神が交錯して、<温かさを含んだ文明批評>と呼びたくなる詩情が絡め取られている。これらの詩編もこれまでの光晴にはなかった境地と言えよう。

 そして長詩[はるばる未来からやってきたもの]孫娘の誕生から得たポエジーの総括、生まれ来る新しい命と、この世を去る者との間に広がる、矛盾に満ちた現実、力作である。

 続く[愛情によせて]は、全部が必ずしも孫娘をうたった詩ばかりではない、ここに納めると落ち着きがいいとの判断だろうが、ささやかな気分転換、間奏曲とでも評すべきか。燻し銀ののような名品がそろっている。

 最後におかれた[若葉と夏芽]3篇の詩が納められているが、小学生に成長した若葉と、新たに誕生した次女の夏芽との、二人の孫たちを巡る詩編、それらの中で長編詩「運動会」が傑作、私はこの詩を読んでから、運動会を見る目が変わった。それほどに二人の孫娘の運動会をみつめる老詩人の目は鋭く温かく深い。長いが全編を引用しよう。この詩人の晩年の白眉、是非全編に目を通していただきたい。

 なお、この詩集だけは最初の初版はおすすめしない。[若葉と夏芽]の3篇がはいっていないからだ。増補版で補充されてこの詩集は一層の充実をみた。「運動会」がないというだけで価値は半減する。入手するなら是非増補版にしてもらいたい。

 運動会


 若葉のうたを書いてから

もう、随分な歳月がながれた。


 そのあいだに鸛(こうのとり)が、

もうひとりあかちゃんを運んできた。


 晩春の頃にうまれたので

みんなで、夏芽と名をつけた。


 椎(しい)の実なりの小さな夏芽は、

はっきりした瞳で、問いつづけた。


 ここはどこなの。あれはなに、

いったい わたしは誰なのと。


 その夏芽が、幼椎園二年生。

姉の若葉は、小学校三年生。


 ことしも秋がきて、どこの小路も

木犀の薫りがたちこめて、尼僧院の


 大木の欅(けやき)並木が、こいそがしく、

黄に、朱(あか)に枯葉をふるい落す頃、


 そこの広庭、ここのあき地で、

たのしい子供の運勤会が開催(もよお)される。


 幼い夏芽の運動会は、十月四日。

そのあと三日置いて若葉の運勣会。


 ふたりは、それぞれ招待状を作って

ねている爺の枕元にそっと置いてった。


 招待状はどっちも念入にふち取りの

花や、苺や、てんとう虫や、片方の女靴、


 王子さまの乗る車などが、色鉛筆で、

飾ったなかに、平仮名で書いてある。


 お爺ちゃま。若葉の運動会にきて頂戴(ちょうだい)。

夏芽の走るのをみてください。


 これではどちらも行かずばなるまい。

幸ひ、夏芽の日は好天気だったが、


 若葉のときは雨で日延べになって、

二日おくれて、やっとその日が来た。


 校長先生や、PTA会長の隣りの

敬老席に、僕は腰をおろして、


 朝の九時から、午后三時まで

子供達の走りくらや綱曳を眺めた。


 塊(かたまり)にとけた子供たちのなかから

若葉ひとりをさがし出すのは大変だ。


 望遠鏡にもなかなかかからない。

ひょっくり近くにいる若葉に、片目瞑(つぶ)ると、


 蛸の口をして、若葉は、応答する。

わが家の誰よりも酒落の分る奴だが


 (洒落などわからぬ男に嫁(かたづ)いたら、

戯(おど)け者といって窘(たしな)められるだらう。


 勝気で、口惜しがりの妹の夏芽は、

とりわけ気苦労な生涯を送るのではないか)


 わが家の小さな姉と妹とは、

よその多勢のなかでみていると、


 他を追いぬいて走る気力に乏しく、

迷惑顔でついて走っているだけだ。


 子供の頃の僕も、おなしだった。

おばあちゃまも、パパもママもそうらしい。


 生き変り飛びつづけてもわがRaceには

ゆくあてもなければ、止り木もない。


 万国旗が風にはためいても、風船が割れ、

つづけさまに花火が空にあがっても、


 子供たちよ、胸をおどらせるな。

歓声をあげるな。僅かな歳月のあいだに、


 むかしなじみの旗が消えて、

みたこともない国旗がたくさん増えた。


 そのたびに、無辜(むこ)の血がながされ、

血泡(あぶら)で、裏町の溝はのどを鳴らした。


 旗のもとに集まる人々の特権を護り、

その優位と、限りない欲望に曳づられ、


 このいたいけな子供たちにも、

悲惨がそのまま引き継がれて、


 灰をかむったしらじらした風景と、

廃墟の思想をふかく身に泌みこませる。


 若葉よ。夏芽よ。お爺ちやま達が

びりっかすの人生をいま迄生延びたのは、


 君たちや、お友達みんなの

危い曲り角を教えてあげたいからだ。


 だが、塩辛い涙と洟水をすすって、

目先がうるんで、君たちの姿までも、


 みえなくなる日が遠くはないのを

そのときが来たらみんな空しいのを


 そんな悲しみを越えてまだ人生があり

路がはてしなく先へつづいているのを、


 さて、どんな顔で見送ればいいのだらう。

小さな姉妹たちの幸福(しあわせ)ばかりの遙曳(ゆれなびき)を


 まだなにも画いてない答案用紙を、

願望(ねがい)通りと信じていればそれでいいのか。


 だが、姉妹よ。君にとって、幸福とは、

ゆたかな暮し、こころ平安などではなく、


 みまもられる眼のあたたかさや

炎のやうな燃えさかるものでもなく、


 苦痛でしか現はすすべのないもの

死と断念しか受留められないもの


 かもしれない! そして、僕は、

君たちに、遥かに届かなくなり


 君たちはまた、できるだけはやく、

僕を忘れてゆくのにまちがいない。


 まだ無毛(かわらけ)の君たちの人生には、

わづかな痕跡しか記されていないが、


 リレー競争やフォークダソスを踊る

君たちの赤組と白組が集っては散る


 ひとりづつが懸命のエネルギーが、

一団の熱気となって鬱々(うつうつ)とひろがり


 その歓声のなかにはすでに、

今日の否定が、底鳴(なり)してゐる。


 もう 番組は終りにちかく、

招待者たちは三人、五人と立上る。


 陽のしづむ空だけが明るく、

夕ぐれ近い寂寥がそこらに這う。


 朝顔の枯れた蔓が、種をつけて、

からみついている金網の方ヘ


 自転車に圧されてよろめく老女を

ころばないやうに支えてやると、


 老女は歯のない空洞な口をひらいて

『お爺さんは 運勤会がお好だね。


 このあいだも 幼稚園で

お姿をおみうけしましたよ』と言ふ。

 『ええ。毎日でもでかけますよ。

でも、膝に水がたまって痛むので


来年はゆかれないかも知れません』

そういうと僕はしっかり胸を反らせ


 それ以上、かかりあひたくないので、

しゃんしゃんと歩いてみせながら


 みるみる遠ざかってから振返ると、

みたくもない老婆の周りにぶら下り、


 多勢の子供たちがとんだり跳(は)ねたり

 この言葉の自在な流れと滞り溢れだす不思議な生命のリズム、素晴らしいの一語につきる。光晴の数多い詩編の中でも、10指に数えたい傑作である。エゴイズムで曇りがちな家族を主題にして、ここまで見事に老境と愛情をともに歌い上げた例は他にない。読みながら胸の奥が熱くなってしばし息を細くして渦巻く思いをもてあました。最後に、詩集の目次も引用しておこう。

[序詩]

森の若葉

[孫娘・十二ヵ月]

元旦

頬っぺた

さくらふぶき

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跋(増補版によせて)/詩集のあとがき

 最後の締めくくりとして付いている「詩集のあとがき」の添えられた、おばあちゃん三千代さんの日記が凄い。僅か二日分しか引用されていないが、光晴のホットな老境ともひと味違うクールな味わいに背筋がひやりとする。最後まで、隈無く読む値打ちがある詩集である。孫が産まれたら、この詩集をお爺さんやお婆さんにお祝いとして是非贈りたい。残された日々を輝かしく生きるための言葉の杖となってくれる気がします。

2008-10-03 のはらうた

[][] 『のはらうた機戞工藤直子著 (発行童話屋1984/5)  『のはらうた機戞々藤直子著 (発行童話屋1984/5) - 武蔵野日和下駄  を含むブックマーク  『のはらうた機戞々藤直子著 (発行童話屋1984/5) - 武蔵野日和下駄  のブックマークコメント

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 装丁、レイアウト、本文レイアウト、内容の構想、内容そのものなどなど、1冊の詩集を構成するすべての条件において、これほどバランスよく作られた本を他に知らない。小型の本なので児童書のコーナーに並んでいると全く目立たないが、おそらく子ども達には到底味わい尽くせないほどの洒落た工夫が盛り込まれた好詩集。これを読んでニンマリ、シンミリ出来ない人は、心が干乾びてしまった人だろう。

 ,海遼椶稜愽住罎鮓ると、作者は<くどうなおこと/のはらみんな>となっている。これが、この詩集のコンセプト。作者である工藤直子さんが、今はほとんどなくなった<野原>に住んでいる<動物や昆虫や自然現象>になりきって、<野原>で発生する多様な自然のドラマを<うた>にしたもの。このアイディアが素晴らしい。

 ¬邯兇箸い世界(小宇宙)で発生する小さなドラマを、そこで暮らしているであろう小動物の1人称の視点に立って詩(うた)を表出するというしかけ。仮構する小動物のネーミングからすでに(うた)が始まっており、表題とあわせ一体となって、わずか数行から数十行のひらがなだけの短詩が出来上がっている。

 ジュール・ルナールの博物誌を連想しないではないが、方法的にさらに徹底しており、この国の風土と言うか風景と言うか、この国の庶民的な感性を巧みに掬いとって見事な詩集になっている。「まどみちお」などが地道に続けてきた児童詩の流れからの開花ととっていいのだろうか。戦後現代詩の水脈とは違うところから生まれてきた作品群のような気がする。

 ち簡圓劼蕕なで書かれているので、仮構された作者名を含め、声に出して読むと、黙読するよりも遥かに楽しい。子どものいる家庭で声に出して読み合うと、皆で盛り上がれて楽しいかもしれない。音読されることを意図した詩集。

 ゥノマトペによる表現の幅を最大限に活用している。日本語が漢字を軸にした表意性の強い言葉のせいか、オノマトペが他の言語より発達しているというが、意識的にオノマトペをこれほど生かした詩集も珍しい。オノマトペを駆使したかな書き詩集の傑作。

 情景を浮かび上がらせるためだろうが、意識的に色彩感のある語句の対比を多用している、ひらがな書きなのに絵画的視覚的なものが立ち上がってくる。野原の世界に広がりと奥行きなどの立体感を作り出している。

 Я簡圓砲修譴箸覆流れる、寂しさや悲しみなどの悲哀の感情はどうしたことだろう。微笑んだり少し声を出してクスと笑ったりしたくなるフレーズもあるにはあるが多くの詩句の背後に、透明な悲しみの陰影がひっそりと隠れている。この情感がいい。

 最後に、本書の目次を引用しておこう。題名と作者名から詩の中身が想像できますか。意外性に富んだ本文は、是非詩集を手にとってご賞味ください。

「し」をかくひ    かぜみつる

はるがきた      うさぎふたご

ひるねのひ      すみれほのか

ゆきどけ       こぶなようこ

おがわのマーチ    ぐるーぷ・めだか

はなのみち      あげはゆりこ

おと         いけしずこ

でたりひっこんだり  かたつむりでんきち

いのち        けやきだいさく

あいさつ       へびいちのすけ

とべ てんとうむし  てんとうむしまる

ひだまり       とかげりょういち

たんじょうび     かえるたくお

いちにち       こうしたろう

こころ        こいぬけんきち

むぎむぎおんど    むぎれんざぶろう

みず         こぶたはなこ

こんなときこそ    もぐらたけし

おれはかまきり    かまきりりゆうじ

なつがくる      かぶとてつお

かわあそび      あらいぐまげん

さんぽ        ありんこたくじ

うみよ(よびかけのうた)わたぐもまさる

わたぐもよ(おへんじのうた)うみひろみ

よるのもり      ふくろうげんぞう

ふところ       たけやぶまもる

すきなもの      みみずみつお

ゆめみるいなご    いなごわたる

しょくじのじかん   あひるひよこ

こころとあし     むかでやすじ

ひるねのゆめ     こねこまりこ

うみへ        おがわはやと

なないろドレミ    にじひめこ

ひかるもの      からすえいぞう

くらし        きりかぶさくぞう

かぜにゆられて    みのむしせつこ

どんぐり       こねずみしゅん

きのうえで      こざるいさむ

じゃんけんぽん    さわがによしお

あきのひ       のぎくみちこ

うちをつくろう    くもやすけ

めがさめた      やまばとひとみ

さびしいよる     こおろぎしんさく

よるのそら      つきとしこ

いいてんき      おおすぎごんえもん

よるのにおい     こぎつねしゅうじ

おいで        ふくろうげんぞう

ふゆのひ       おちばせいいち

やまのこもりうた   こぐまきょうこ

みんながうたう

  てんてんのうた  おたまじやくしわたる

           たんぽぽはるか

           はたるまどか

           つばめひとし

           あめひでき

           ありんこたくじ

           とんぼすぐる

           かきゆうぞう

はるなつあきふゆ   こりすすみえ

ひがしずむ      ゆうひおさむ

 「子どものこころ詩のこころ」と言うサイトに工藤直子さんの講演の記録がありました。「のはらうた」をどうやって書くのかという質問に、「なりきって書く」とおっしゃっています。興味のある方は、以下のサイトへどうぞ。

http://www.manabi.pref.aichi.jp/general/10000284/0/index.html

山猫編集長山猫編集長 2008/10/30 15:17 こんにちは。
「のはらうた」いいですよね。
ふくろうげんぞうさん。かぜみつるクンなどが好きであります。
(^^)

toumeioj3toumeioj3 2008/10/30 17:53 山猫編集長様 コメントありがとうございます。「のはらうた」シリーズは本当に素敵ですね。身の回りから野原が消えてしまい、そのノスタルジーが作品の原動力のような気がします。時折、児童文学の本棚からはみ出る作品を取り上げています。またお寄りください。

2008-06-03 マザー・グースのうた

[][][] 『マザー・グースのうた 全5巻 』 谷川俊太郎訳 堀内誠一イラスト (発行草思社 1975/01 )  『マザー・グースのうた 全5巻 』 谷川俊太郎訳 堀内誠一イラスト (発行草思社 1975/01 ) - 武蔵野日和下駄  を含むブックマーク  『マザー・グースのうた 全5巻 』 谷川俊太郎訳 堀内誠一イラスト (発行草思社 1975/01 ) - 武蔵野日和下駄  のブックマークコメント

 30年以上前に出た古い絵本、ロングセラーを続けて現在もなお現役、今でも新刊本が入手できる素晴らしい出版物、全部で5巻からなる安くない本だが、どれか1冊手にしたら全部ほしくなるにちがいない。f:id:toumeioj3:20080603185631j:image:right

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 英米文学を少しでも読むと、きっとどこかでおめにかかるイギリスの伝承童謡マザー・グースを、この国の現役の希代の天才詩人、谷川俊太郎が翻訳した詞が素晴らしい。この本が世に出て日本語の児童詩の表現レベルが、いつの間にかぐんと高くなった。それだけではなく、谷川俊太郎の詩の世界自体も、この仕事の後で一段と自在になった。同時に二つの稀に見る成果を生んだ画期的な絵本。絵本の形をしているので、その真価が認められていないくてとても残念。 f:id:toumeioj3:20080603191230j:image:rightf:id:toumeioj3:20080603190708j:image:left

 絵本の絵の部分がまた素晴らしい。故堀内誠一さんは、この国の高度成長期のグラフィックデザインの革新者として、また新しい絵本作家として、出版界に偉大な足跡を残した大物デザイナー。無数にある作品の中でも、確実に後世に残り続ける名作の一つが、この「マザー・グースのうた」。彩鮮やかな彩色絵の息を飲むような色使い、鉛筆だけのモノクロ画の斬新なイラスト、一体何人のマンガ家がここから秘かに影響を受けたことだろう、計り知れない。

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 同じ谷川俊太郎のマザー・グースに和田誠がイラストをつけた講談社文庫全4巻シリーズもあり、あれはあれでとても楽しい文庫だが、惜しむらくは手頃な文庫にまとめたもので絵本ではない(単行本も出ていた)。今のところ、この国で出たマザー・グースの絵本としては、堀内誠一が描いたこの全5巻シリーズの右に出るものはないし、今後も出ないような気がしてならない。子どもから大人まで、絵心と童心と諧謔と心の飛躍、同時にたくさんの楽しみが得たい時には、このシリーズを開いてみることをお勧めする。