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2005-11-25-Friday “セシル”をめぐる冒険

浅香唯の歌、「セシル」。初めて聴いたときから、「映画で見たセシルのように嘘は言いたくない」という歌詞の意味が気になってました。

いろいろ調べた結果(ググっただけ)、この“セシル”とは映画「悲しみよこんにちは」の主人公のことらしいと判明したのです。

[]『悲しみよこんにちは『悲しみよこんにちは』を含むブックマーク

悲しみよこんにちは (新潮文庫)

まずは原作を読んでみました。昨年亡くなられた女流作家フランソワーズ・サガンの処女作。サガン18歳のときに著された小説で、その早熟な才能にフランス文壇は驚かされたとか。


17歳の少女セシルは、恋多き父と2人でパリに暮らしている。毎年やってくる避暑地の別荘に、今年は父親の恋人同伴でやってきた。そこへ、セシルの父親と亡き母の両方の古い友人であるアンヌが訪ねてくる。やがてセシルの父は恋人を捨ててアンヌと恋に落ち、バカンスが終わってパリに戻ったら結婚をするとセシルに告げる。

これまでの父との楽しい日々が終わり、アンヌに束縛されることを本能的に嫌ったセシルは、父の元恋人をそそのかして、父に浮気をさせるよう仕向ける…。


ちょっと日本語訳が古くて(というか直訳の羅列で)読みにくかったのですが、そもそものサガンの文体の片鱗は見受けられます。隠喩を繰り返し使う、幾重にも折り重なって意味を持っている文章。

そんな文章で表現されているのは、子供から大人に変わっていくセシルの、微妙な気持ちのうつろいです。そのあわいの中で、最後には悲劇を引き起こすような「嘘」をついたということでしょうか…。

[]「悲しみよこんにちは「悲しみよこんにちは」を含むブックマーク

フランソワーズ・サガンの 悲しみよこんにちは [DVD]

ジーン・セバーグ主演の1957年の映画。原作はフランス小説なのに、映画のほうはところどころフランス語が出てくるくらいで完全に英語脚本。まずそこに違和感を感じました。

物語は、18歳のセシル(ジーン・セバーグ)が一年前のバカンスの出来事を回想する…という構成になっており、現在がモノクロで過去がカラーという変わった演出。


ジーン・セバーグのセシル像が、ベリーショートのくりくりの髪の毛のキュートな女の子だったことから、「セシル・カット」なる呼び方も生まれたほど大流行。確かに南仏の避暑地できらめくセバーグちゃんは、まぶしすぎるほど瑞々しいです。

セシルのパパやアンヌの「避暑地ファッション」にも注目。断然イケてるオヤジとアネゴです。


ただ、全般的になんか浅い演出で、登場する人物たちがみんなバカみたいに見えます。映画化としてはほとんど失敗作に近いと思うのですけど。

[]「セシル」/浅香唯 「セシル」/浅香唯を含むブックマーク

作詞は、吉川晃司の「You Gotta Chance」や小比類巻かほる「Hold On Me」の、麻生圭子さん。この方の詞を見てると、なんか微妙に日本語や英語の使い方がおかしいんですよね〜。「you gotta chance」って、「お前はチャンスになる」っていう意味になるような気がするんですけど…。


そんな麻生さんによる「セシル」の歌詞。サビの部分とか、すごくいいと思うんですけど、この歌詞に出てくる「私」と「あなた」の関係がイマイチわからないんですよ。

一応「私」が女の子で「あなた」が男の子という前提で読み解いていくと*1、男の子になんか悲しい出来事が起きて、それを横で見守っている女の子の歌…ということになると思います。

じゃあその「悲しみ」は何なのか? 失恋? 身内の不幸? 落第決定? リストラ?


そこで鍵になってくるのが、「映画で見たセシルのように嘘は言いたくない」という一節です。

映画で(そして原作で)セシルがついた嘘…それは、自分の父親の元恋人に言った、「パパはまだあなたのことを好きなのよ」というものでした。

そこからちょっとこじつけっぽく想像すると、この「セシル」の歌詞は、ようは男の子が誰かに振られたばかりで、(セシルのように)「まだあなたのことを好きなのよ」という嘘の慰めはしたくない…ということでしょうか? なんかしっくりこないけどなあ。

しかも「私」は、失恋の心の隙間を狙っていることになるのです。「恋は楽しいときより悲しいときにそっと始まったほうが長く続くね」だなんて、ちょっと図々しいにも程がありませんか??


うーむ…ようわからん。どなたか納得いく解釈を教えてください!

[]「悲しみよこんにちは」/斉藤由紀 「悲しみよこんにちは」/斉藤由紀を含むブックマーク

この曲については有名なので、歌詞等は省略しますけど。

内容を吟味すると、小説『悲しみよこんにちは』とは何ら関わりが無いように思えます。小説では大人へ生まれ変わるための通過儀礼だった「悲しみ」の到来が、この歌の歌詞では、日常レベルの「悲しみ」にまで引きずりおろされてます。

「今度悲しみが来ても友達迎えるように笑うわ」とか言って。

*1:「私」が女の子で「あなた」も女の子だと考えると、割とすんなり腑に落ちる部分もあるのですが…それは留保しておきましょう。

ヒロキングヒロキング 2012/02/22 20:08 幼稚ね⇒苗字で