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2017-03-20 安倍・トランプ・ルペンら極右「オレオレ反知性主義」に代わる「民主

toxandoria2017-03-20

安倍・トランプ・ルペンら極右「オレオレ反知性主義」に代わる「民主主義Stage2」の土壌、エトノス、マイクロバイオーム、コンシリエンス、AI活用は、EUが苦闘する「新世界」へのプレゼンス!


プロローグ



Paul Gauguin「Where Do We Come From? What Are We? Where Are We Going?」1897–1898

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・・・Oil on canvas、139 cm × 375 cm Museum of Fine Arts、 Boston・・・関連参照⇒後述の[3−目的論のジレンマ・・・]


【動画】The Sound of Music 新妻聖子

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【動画】La La Land (2016)

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・・・「民主主義Stage2」どころか<安倍・稲田・籠池“アブノーマル倒錯”政治>の触手が深くネットリ絡み合う<ディープ穴クロニズム>のお仲間たち!彼らの赤く爛れ腫れあがる二・三枚舌が舐めくり回しのたうつ日本の惨状!(ラ・ラ・ランドの米国(アンチ・トランプ派の)およびカナダ(J.トルドー・エトノス政策の)と対照的に!苦w)http://ur0.pw/Cj0J



1「国家神道クランケ(患者)、安倍晋三アナクロのルーツ


・・・明治維新期「廃仏毀釈・神仏分離 ⇒ 国家神道の流れ」には、富国強兵「日本」で庶民層の内心(最奥部)を一元的に強制管理する強靭「監視社会」設計の意図(意味)があった・・・


1−1「国家神道」患者、安倍晋三アナクロのルーツ/明治維新期における廃仏毀釈・神仏分離⇒国家神道の流れ


(安倍政権の内奥に流れ込む『幕末〜維新期以降のオルト・ファクト(アナクロ社会リアリズム)観念』の核心とは?)


自らの政権(そもそも尊皇テロリスト派が主流の)が操縦し易いように“大衆・衆愚の内心の最深部を“国家”神道一色(虚構、狂信、妄想観念)で塗り込め洗脳するため維新政府が採った<明治憲法下でのエセ政教分離政策>のプロセスで無視できないのが、島地黙雷(本願寺派総本山、西本願寺・参政)の近代西欧の宗教制度「政教分離」に基づく「治教」理論(島地黙雷の西欧視察の体験と知見に基づく啓蒙理論)であった。


しかし、維新政府のみならず爾後の日本政府が「国家神道」を支える理論としてそれは都合よく捻じ曲げられてきた、という恐るべき歴史が存在する。そして、その流れが今の安倍政権へも大きな影響を与えている現実を、一般日本国民は勇気を奮って明確に理解すべきだ(委細は省くが、関連で下記★を参照乞う)。また、この尊皇テロリスト式「国策洗脳」の遣り口は渦中の森友・加計両学園アベ・スキャンダル、フクシマ無視ムリクリ原発推進、アベ式軍事国家日本ら背任的「国策シナリオ」にも重なる。


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★阪本是丸・国学院大学教授(歴史学者・神道学者)の著書『近世・近代神道論考』(弘文堂)の中に、“廃仏毀釈は法難(やむを得ぬ歴史的必然の流れ)であるというのが、およそ20世紀末〜21世紀初め頃の仏教・神道系アカデミズム界の共通認識であった”という記述があるが、それは今でも全く同じ状況であるだろう。http://ur0.pw/Cj1D


因みに、阪本是丸は著書『近世・近代神道論考』(弘文堂)の中で、次のようにも述べている。

・・・『ともかくも、戦前〜戦中〜戦後〜と、連綿と続いてきた日本社会全体の意識の流れの延長線上に今の日本があると見るならば、当然ながら現在の政治状況にまで繋がる大きな影響力が「国家神道」から流出していると見るべきであり、その意味で「国家神道」(および、その基盤である教育勅語)は終戦で潰えたどころか、歴然として今も活性化していると見なすべきである。』


(戦前〜戦中期の錯誤リアリズム意識『国家神道』は、終戦で潰えたどころか今も国民の支持率が高い安倍政権下で活性化している)


・・・共謀罪にせよ 憲法改正にせよ、安倍内閣が採る遣り口は戦前における内務省・文部省ら権力手先機関の<開き直り詭弁>であり、それは一般国民層の内心へ「国家神道」(篤胤・顕幽論へ偏向したカルト狂信)を奥深く浸透させた大日本帝国(軍事国家主義)の手法と全く同じ!・・・


先に取り上げた阪本是丸氏の鋭い指摘を真逆の視座から凝視すると、次のような疑問が涌くはずだ。つまり、それは<古代〜中世〜近代に跨る非常に長い神仏習合の歴史がある一方で、「仏教」(見事な仏典(諸経典)を持つ唱導宗教!)あるいは日本文化の古層と重なる「伝統神道」自身が、主権者たる一般国民を十分に慮ることが出来る「中庸な政治イデオローグ」を自らの内側から結晶させることができなかったのは何故かという問題だ。


老婆心から加えておくが、宗教の視座から政治マターを考えること自体は善悪とは無関係である。それどころか、宗教が一切の政治マターを思考から排除すれば、それは意識ある生きた人間のための宗教とはなり得ないことになる。但し、そのような意味での宗教的思考が特定の宗教や宗派の利益だけのため片利的に利用されることになれば、それは悪となる。だから、欧州史の中で熟成された「政教分離」意識の根本にある、このような意味を理解するのも民主主義の基本である。


つまり、それは、この致命的な思考技術上の欠陥(庶民層の意識面から見れば、ごく普通の人々が夫々の分に応じて政治・経済・厚生・教育などの社会制度に関する理念的な部分をアレコレと考える習慣が不在だという重篤な欠点)を抱え込んだまま、幕末〜維新期〜戦前〜戦後期〜、そして今にまで至る過程を漫然と歩んできたため、我々は未だに直近の悲惨な敗戦経験ですら、それを正しく学び、それを新たな理念の創造に生かすことができないのではないか?ということだ。

1−2「国家神道」には、富国強兵「日本」で庶民層の内心(最深奥部)を強制的に一元管理し洗脳する強靭「監視社会」設計の意味があった


(近代日本の病理的オルト・ファクト(尊皇テロリストの錯誤リアリズム意識)、『“国家神道”支配がベスト&ファースト』の狂想に呪われたアベノミクス


・・・アベ「国家神道」復活の策動に潜む維新期アナクロ二ズムの病巣/幕末〜維新期の支配者らの深層意識には反知性的で愚昧な庶民層の内心を国家神道一色で塗り込めつつ近代国家に相応しい経済の実現を謀るべしとの自らの反知性を棚上げした真逆ベクトルの倒錯観念が憑りついていた・・・http://ur0.pw/Cj1x


維新期の廃仏毀釈・神道分離(神仏混淆の習慣を排し、神社と寺院とをはっきり区別する考え方)の先行史と見ることも可能な水戸藩・長州藩・薩摩藩・津和野藩・富山藩・相良藩らの「寺院整理と廃仏毀釈」(仏教弾圧)の概観から予想外に理解できたことがある(因みに、維新期の廃仏毀釈と神道分離令に至る幕末からのプロセスでmin.7〜8割の寺院・祠堂・仏像等が破毀されたが(小規模祠堂と仏像等の被害の占有が大きい)、その結果が今の神社数8.8万、寺院数8.6万)。


それは、これらの背景に江戸中〜後期の国学研究、特に古代中国の古典を読み解く方法論としての古文辞学の援用で「中華思想」を真っ向から倒置・逆転させ、そこから強引に創作した「中倭(日)思想」を前提とする考え方が、乱暴に言えば、中華思想のパクリ的な模倣(換骨奪胎)が荻生徂徠の著書『政談』であったことになる。


江戸中〜後期の国学研究の特徴は、先ず宗教と経世学を峻別すべしとすることであり、これは一種の“政教分離”風の考え方ながら、啓蒙思想が確立する流れの中の欧州で生まれ、遂にはライシテ(仏/公共空間における非常に厳しい政教分離原則)へ到達したものとはまったく似て非なる、それとは根本的に異質な、まことにご都合主義的な概念である。


換言すれば、それは<宗教(神道)の政治利用(国策神道原理で経済成長を謀る)>という、現代経済学の常識から見れば実に奇怪な経世論(経済論理)である。因みに、周知のとおり(必ず日本史教科書に書いてある!)、当書は将軍吉宗に献上されたが、吉宗が「享保の改革」でこれを参考にした形跡はない。


なお、この荻生徂徠の思想を引き継いだ太宰春台(江戸中期の儒学者)が“経済”というコトバを日本国内で定着させ、それが今の日本でも使われる、エコノミーの訳語となったという事実があることにも何故か非常に空恐ろしい空気を感じる。


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だから、幕末〜明治維新期頃から定着した徂徠・春台流の“知性がない大衆の内心を国策の“国家”神道一色の虚構(妄想観念)で塗り固めて現実経済と社会厚生の効率化を実現するのが最善策だとするオルト・ファクト(今から見ればアナクロ社会リアリズム)を絶対視する、実に奇怪なゾンビ観念を、特に安倍晋三ら特権支配層が今も引きずっていると見ることができる。


(そもそも昭和天皇は「自らは人間である」と自覚されていた)


・・・また、時の権力によって「天皇は現人神である!」と一般国民は繰り返し洗脳されてきた。そして、その強制洗脳のピークは太平洋戦争の開戦前夜と戦中期であった。・・・


戦前の日本を「皇国史観」批判の眼で大きく一括りすることに慣れ切った向きは意外に思うかも知れぬが、幕末以前から存在する皇国史観、および明治期以降の国体論(近代国家日本の根本はどうあるべきかを問う議論)における主流派(多数派)は、「天皇の権威はその神格化の伝統よりも、天皇家の精神基盤であり続けてきた伊勢神道が代表する日本伝統文化(国風文化の伝統)に根差す個々の天皇の人間としての活動、すなわち個々の天皇の優れた人格と倫理性、いわば一般国民へのその思いの強さにこそ求められるべき」だとする、いわゆる良識派であった。


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しかし、『三流の維新、一流の江戸』(ダイヤモンド社)の著者・原田伊織によれば、本居宣長が完成させた「皇国史観」の神話論理(ミソロジー/これは山崎闇斎平田篤胤・顕幽論らのルーツともなり、水戸学の水戸光圀、会沢正志斎らが更にそれを強烈な日本ファーストの方向へ濃縮する)は、が少数の<非主流派>であった維新政府(尊皇テロリスト)によって更に観念的に過激化され、やがてそこから軍国主義国家・日本の諸政策が誕生する。


つまり、「皇国史観」(国家神道の基盤)の神話論理は、自らが超然宗教であるという屁理屈(御用イデオローグ)を騙り始めることで、遂には八紘一宇(天皇を世界の頂点と見立てた天の屋根の下で全の世界を一つの家の如く理解すること/現下の安倍晋三内閣と自民党の大勢が此の“ゾンビ奇想”に強く憧れているのは周知のとおり!)という、戦前〜戦中期における「侵略戦争」遂行の大スローガンとなり、間もなく、直接的な国民統制のための「教育勅語、治安維持法」などが派生的に誕生した。


<補足>1889(明治22)年の勅令第12号で官立・私立の全学校での宗教教育が禁止となり、国策「非宗教」と定義された国家神道は宗教を超越する教育の基礎(超然宗教)とされ、翌1890年には「教育勅語」発布となり国民道徳の基本(愛国玉砕精神)が示され「国家神道」が宗教・政治・教育を包摂した。


・・・


但し、近年の諸研究によって、国家神道の宗家とされる本居宣長のミソロジーは伝統文化に関わる美学的ないしは文学的に高度に洗練された観念であったにもかかわらず、それを後継者達がご都合主義の天皇の政治利用で曲解してしまったため、広く一般の人々もその誤解を素直に信じてきた節のあることが明らかとなりつつある(宣長の神話論理の誤解に関する詳細は下記◆を参照乞う)。


◆2013-05-07toxandoriaの日記/日本会議&神政連の『伝統神道と本居宣長』曲解が安倍自民の主権制限「改憲」と戦前型「国民モルモット化」なる暴政の元凶、http://ur0.pw/Cj1G


<参考>安倍政権、日本会議らが大いに好むヤマト民族の誇りとヤマト魂の根源とされる「国家神道ミソロジー」が、実は、半島系文化の中核であった朱子学に淵源することも日本では殆ど意識されていない!これも、武士階層(幕府体制イデオローグ支持基盤)の意識の深層からスピン派生した、安倍晋三らが崇める「国家神道」原理主義がカルト・ナルシズム以外の何物でもないことの傍証となっている。

・・・そもそも江戸幕府・御用学問(官学)の中枢に根づいていたのは、統治技術の基盤として高度に洗練された半島系の朱子学であった。そして、朱子学は李退渓(又は李滉とも/16世紀中期・李氏朝鮮の儒学者、二大儒者の一人)の創始だが、これは林羅山、山崎闇斎or吉田松陰(松陰の武士道はこの半島朱子学系と葉隠系の折衷と言える)らのルートで、特に江戸期の日本へ大きな影響を与え、それは江戸幕府の御用学問(官学)の中枢となった。

・・・また、朱子学は日本極右の一つの源流でもある尊皇攘夷論の元祖(水戸藩・水戸光圀の大日本史など)へも影響を与えており、果ては、驚くべきことに最も日本的でピュアな精神の現れとされる武士道(山鹿素行らによる国風文化と朝鮮朱子学の高度な臨界的融合)へも大きな影響を及ぼしてきたことは、実に興味深い「近親憎悪感情が絡む文化と歴史の共鳴現象」である。


・・・


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因みに、「国家神道」が支えた「国体論」に関わる思潮の流れのポイントを列記すると、凡そ、それは<明治22(大日本帝国憲法公布)〜明治末期頃/国家神道(神社非宗教論なる一種のカルト的超然宗教の観念)に因る天皇現人神論の時代>⇒<大正初期〜昭和10年頃/大正デモクラシー(外来民主主義思想)と天皇機関説の影響に因る人間天皇が意識された時代>⇒<昭和12年〜戦中期〜終戦期/文部省謹製の強弁『国体の本義』による天皇現人神観が絶対強制された時代>という流れになる。


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昆野伸幸著『近代日本の皇国史観再考、国体論』(ぺりかん社)によれば、そもそも即位直後(昭和元年)〜文部省が『国体の本義/天皇現人神論を正統化するため文部省が作った屁理屈!』(昭和12)を発表する頃までの昭和天皇は<ご自身が人間であること>を明確に自覚されていた。


無論、それ以前の天皇の多くも、自らが神であるとは本気で思ってはいなかったが、江戸中〜後期の国学研究、特に古代中国の古典を読み解く方法論としての古文辞学の援用で「中華思想」を真っ向から倒置・逆転させ(漢民族の国家『明』の滅亡(1644)が契機となった)、そこから創作した「中倭(日)思想」を前提としたものが、荻生徂徠の著書『政談』である(幕府へ献上されたが、将軍・吉宗は享保の改革で此の考え方を採用していない)。


だから、終戦直後の昭和天皇の『人間宣言(詔書、19460101(S21))/新年ニ當リ誓ヲ新ニシテ國運ヲ開カント欲ス國民ハ朕ト心ヲ一ニシテ此ノ大業ヲ成就センコトヲ庶幾フ・・・』は、アベ様のお友達一派らが強弁する如く、なにもムリくりにGHQから言わされたのではなく、敗戦までのプロセスの中から自ら誤謬を学び取り、昭和天皇が再び我に返られた(皇国史観のカルト洗脳が解けた)と見なすべきである


別に言えば、“そもそも明治末期頃〜昭和初期にかけて(これも現代では多くの人々が誤解しているが)、実は「天皇機関説」こそが国家公認の憲法学説であった(1900(明治33)〜1935(昭和10)頃)ので「昭和天皇ご自身も天皇機関説を当然のものとして受け入れていた」ことに基づくと思われる。


しかし、『国体の本義(昭和12)』と、それに併行する『軍部の台頭』で活発化した『国体明徴運動』が<国策強化のための論理(安倍首相の憲法ムリくり解釈“詭弁”とソックリ!)>として公認され、更に、軍事国家権力側が一方的にその洗脳工作と広報を強化する中で、今度は天皇機関説が国体に反する学説だとして集中的な排撃を被ることになった。

天皇機関説は大日本帝国憲法下で確立された憲法学説で、「統治権は法人たる国家にあり、天皇はその最高機関として統治権を行使する」と説いたもの、つまり国家法人説に基づき憲法学者美濃部達吉らが主張した学説で「天皇主権説」(穂積八束、上杉慎吉らが主張)と対立した。


(大正期以降の「皇国史観(国体論)」の大混乱/「人間である」と自覚する昭和天皇は、如何にしてリアル「現人神」へ“再び”祭り上げられたか?)


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NHK推奨のTV放映?稲田朋美・防衛相(夫・龍示氏が詐欺集団の森友学園の顧問弁護士!):教育勅語の精神、取戻すべきと思う!http://ur0.pw/Cj1Z )この儘では全国民が安倍様バンザ〜イ!を言わされるぞ!!只のオッサン@shinkaikaba ⇒ 全国民が「安倍首相バンザイ」と言うのか!308ブ・半歩前へ?  2017年3月9日http://ur0.pw/Cj25


・・・


「大日本帝国憲法(1889公布、1890施行)」では、文面に“信教の自由“が明記されていた(条文、下記*)が、それは「国家神道は宗教ならず宗教を超えたものである」(神社非宗教論=国家神道は超然宗教であるとする一種の屁理屈(本気ならカルト観念w)という超然権力による強権的法解釈に立脚しており、<神道・神社を他宗教の上位に置くのは憲法の「信教の自由」と矛盾しないとの公式見解>に基づくものであった。


*大日本帝国憲法第28条の条文=「日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス」


1889年の「勅令第12号」(大日本帝国憲法公布・皇室典範公布と同年)によって官立・私立の全学校における宗教教育が禁止され、<「宗教ではない」とムリくり解釈された「国家神道」は一般宗教を超越したものとして、いわば超然的に理解される(実は、強制された!)>ことになる。翌1890年には、「教育勅語」が発布され、軍国主義一色で洗脳するため国民教化の基本が示され、日本は「国家神道」が<宗教・政治・道徳・教育・科学(科学技術)>の上に超然と君臨する異常政体と化した。


このように、<明治憲法(大日本帝国憲法)の“政教分離の原則(信教の自由)”は明治政府の強権憲法解釈によって“国家神道”と矛盾しないとされたことが、今に至る迄の日本の近・現代史における全ての誤りの発端となった>ことは間違いがない。


つまり、この明治期における初期条件の根本的誤り(というより明治政府による国民への嘘(明治憲法のムリくり解釈)の押付け)こそ、その後の日本(戦前〜戦中〜戦後)へ連鎖的悪影響をもたらすという意味で、諸悪の根源になったと考えられる。そして、いま安倍政権が取り戻そうと必死になっているのは、この「明治政府による国民への嘘(明治憲法のムリくり解釈)の押付け」であった「国家神道」再現へのプロセスに他ならない。


やがて、帝国主義の更なる深化は、昭和10年代に入ると「徹底した天皇の政治利用を伴うネオ国体論(皇国史観ルネッサンス)」を求めるようになる。一方、帝国主義の更なる深化と併行して、大正デモクラシーで開花した“新しい社会(国民主権、自由主義、政教分離など民主主義に関わる基本的諸観念)の発見”という新たな外来ファクター(本格的な民主主義思想)の流入が、伝統的「皇国史観」の存立基盤そのものを脅かすようになり、当時の日本は<民主主義VS伝統的「皇国史観」>の対決構図を孕む危機的状況に陥った。


つまり、『伝統神道と本居宣長』の曲解というアキレス腱(現人神の国(古代的祭政一致の国)が此の世界に君臨し得るという尊大な皇国史観)を抱えながら“そもそも皇国史観の尊厳の元は何に由来するか?”という最も基本的な疑問を解かず、それを放置したまま遣り過ごしてきたため、「皇国史観(国体論)が、愈々“拡大する植民地”と“新しい社会の発見”の挟撃を受けることとなり、日本は昭和10年代に国家自身と日本国民のアイデンティティー危機というクライマックスを迎えたことになる。


しかも、そのため、当時の国体論の内側は、この根本問題の解釈をめぐる様々な流派が生まれて深刻な衝突と分裂を繰り返す大混乱に陥っていたのだが、終戦直後から現在に至るまで行われてきた“皇国史観(戦前)批判」の主流的方法(論)”は、この「皇国史観」内部での国体論をめぐる“アイデンティティーの混乱”を殆ど見過ごしてきており、それは「戦前の誤った皇国史観」だとして、一派一括りでバッサリと言及されることが多かった。


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そして、このため正統保守の芽も摘み取られてしまい、逆に、安倍晋三、日本会議、神社本庁らの悪玉菌(偽装極右派)が異常繁殖し、多数派国民層も悪玉(偽装極右)と善玉(正統・中道保守)の見極めがつかぬ不幸な状況へ追い込まれたのである。


(右傾化現象に共通するレイシズム(日本会議にその典型が見られるヤマト民族『系譜』の狂信)は、多数派の庶民層をアナクロ・ゾンビ国家観へ誘い込む陥穽となる)


・・・関連で、後述の<3−(2)−(・・・DNA観察から見える『 “民族主義、レイシズム=非合理”の発見』>を参照乞う・・・


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安倍様バンザイ!若者のダントツ支持拡大は“無知&不勉強”による「国家神道」派アベ極右と正統保守の同一視が主因! ⇒ 日経2.24〜26世調で「2021.9マデ安倍首相で行く!」賛成63%が反対28%に大差!18〜39歳の若者層の支持がダントツに大きい!36日経 20170308只のオッサン(脱原発への急転向者) @shinkaikaba http://ur0.pw/Cj28

・・・わが日本の喫緊の課題、それは日本のアキレス腱、「国家神道」(≒日本会議)マターを超克すること!そして、『国家神道』患者集団、安倍政権へのベスト対抗策は正統保守の意義をあらゆる機会に掲げ直し、それを国民一般(多数派層)と共有することである。・・・


そのためには、戦前を一括りの悪徳(又は誤謬)と見立て、一本調子でバッサリと「国家神道」(皇国史観の核心イデオローグ)を糾弾し批判する傾向が強かった戦後の歴史学の視座を転換することが先ず肝要であり、いまこそ真正(正統)保守の意義(民主主義Stage2の入り口となり得る!こと)を再認識し、それを国民一般と共有できるようにするのが『国家神道』患者集団(日本会議 一派)、稀代の一強政権と見なされている安倍政権へのベストの対抗策になるだろう。


そして、戦後歴史学の視座というある意味で解像度が著しく劣化したオペラグラス映像の中で以下に示す「二つの点」の差異を軽視することとなってきたため、我々は特に「(2)の意義(正統保守)の重要性」を見落してきたのではないかと思われる。


(1)皇統一系と純粋大和民族を頑なまでの基本原理とする皇国史観ナショナリズム

・・・それは、既述の片山杜秀・島薗 進/共著「近代天皇論」(集英社新書)によれば、近代国家づくりの精神的エネルギーとして維新政府が担ぎ出した古代律令制における祭政一致のためのミソロジー(神話論理)であり、「神としての天皇と臣民ナショナリズム」の表裏一体化であった。


(2)同じ皇国史観(国体論)の中に潜んでいた純日本型の「冷静な正統保守思想」創出の可能性(伊勢神宮を軍国主義の象徴ではなく、「天皇家と伝統日本文化」が共有する精神性の象徴と見立てる、象徴天皇制の下での国民主権デモクラシー国家、または国民主権ナショナリズム国家


結果的に、例えば大雑把な視点で単純に一括りで批判する人々からは、今でもそれは典型的な極右だと誤解されている三井甲之(参照http://ur0.pw/Cj2b )の思潮変遷のプロセスに「正統保守の可能性」の芽生えが観察されることなどは見落されてしまう。


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しかも、そのことが悪循環的な意味で災いの元となっており、今の日本では<正統保守(国民主権を最重視する正統保守的な“ものの考え方”)と偽装極右(安倍政権の背後霊となっている日本会議らの、靖国顕幽論にかぶれた国民主権否定派の妄想(似非)イデオロギー)>の区別が一筋縄ではつけ難い袋小路に嵌っている。渦中の『森友学園=安倍晋三記念小学校』スキャンダル、あるいはそれに続き露呈しつつある大疑獄?『アッキード2こと今治・加計学園アベ・ルート』スキャンダル(http://ur0.pw/Cj2k )などが、この悪循環的な政治文化、悪しき日本型「構造災」の伝統の上で起こっていることは言うまでもない。






(正統保守ならぬ幕末〜維新期・尊皇テロリズムを継ぐ偽装極右、『安倍政権、日本会議』こと国策強盗一派の強靭<監視体制>に仕切られる日本の悲惨!)


・・・テロ&右傾化で混迷するEUで重要な役割が期待される『ポーランド伝統の中道政治意識(19世紀ポジティビズムの伝統を継ぐ中道右派)』と余りにも対照的!なお、ポーランド伝統の中道政治意識については、「2−(2)、(3)」で後述する・・・


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◆『スノーデン』(超監視社会)が警告すること/オリバー・ストーン監督、批判と皮肉の矛先はトランプ政権にまで… http://eiga.com/movie/81862/interview/ 

・・・米国家安全保障局(NSA)、CIAの職員だったスノーデンは、一般に米国では国家機密を暴露した人物とされているが欧州では高く評価。米トランプ大統領はその意義(AI同然化のネット空間に自由が存在しないという恐るべき現実!)に気づくか?が試されている。『スノーデン』(オリバー・ストーン)

・・・これは「日常コミュニケーションの犯罪化」に止まらず、内心最深部(前意識)の監視を謀る暴走権力の極みだ!⇒ 共謀罪の狙いはテロ対策ではない!スノーデンの警告に耳を傾けよ 合法化される政府の国民監視20170223 小笠原みどり 現代ビジネス 20170223@shinkaikaba

・・・共謀罪の狙いはテロ対策ではない! スノーデンの警告に耳を傾けよ/合法化される政府の国民監視 @小笠原みどり20170223現代ビジネス・講談社 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50957 


・・・


日本経済新聞世論調査(2.24〜2.26実施)によると、安倍晋三が2021年9月まで首相を続けることに「賛成」が63%で、同「反対」28%を大きく上回ったとされる。同じく、次の政権の首相にふさわしい人を聞いたところ「安倍晋三」と答えた人が21%で最多であり、2位と3位の小泉進次郎・自民党農林部会長、小池百合子都知事がいずれも16%で追う、となっている。


しかし、何よりも驚かされるのは、年代別で見た場合の安倍首相への期待度(支持)の異常なほどの高さである。つまり、同調査によると、既に森友学園関連の逆風、「安倍晋三記念小学校」スキャンダルが明るみへ引き出されつつあった時の調査にもかかわらず、この異様なほどの支持率の高さである(日経の調査が捏造では?の議論は置いておくとして、w)。


つまり、同調査によると[年代別で見た場合の安倍首相は若年層に人気だ。18〜39歳で安倍首相を選んだ人は40%に達し、12%の小池氏と橋下徹前大阪市長らを大きく引き離す]となっており、文字通り、これからの日本を背負う若年層に限れば、安倍晋三の支持率は他の追随を許さぬほど絶大で、恰もそれはヒトラー・ユーゲントならぬ「安倍晋三・ユーゲント」の観を呈している。


おそらく、この若年層のアベ支持率の異常な高さの背景は、彼らに「正統保守と偽装極右の違いを判断する知識(と歴史センス)が欠けている」ということだと考えられる。一方、安倍首相(同会議の幹部メンバー)自身も含む日本会議派の人々は、自らこそ日本の伝統文化と正統な愛国心を持つ本物の日本人であると意識しているらしいが、実は彼ら自身が日本の歴史と伝統文化を正しく理解しているか?は甚だ疑わしく、むしろ彼らはトンデモ歴史観の信者であるに過ぎぬ!


つまり、彼らは正統保守主義者などではなく、幕末〜維新期における「尊皇テロリズム」狂信(天皇の密教(御利益)的政治利用派/自己利益ないしはお仲間利益のために多数派国民層を食物としてもかまわぬという考え方の国策強盗団を志向する名ナバカリ似非愛国政党派、又はゴロツキ徒党集団)に嵌った輩である、というべきだ。


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因みに、「江戸時代の身分別人口比」(明治3年(1870)、太政官調査/http://ur0.pw/Cj1N

)で、江戸末期〜維新初期ころの身分別人口比を見ると、華族・士族・卒(下級武士等)4.14%、神官・僧尼1.25%、平民(農・工・商)90.6%で、しかもこのうち農民が約80%の圧倒的な大きさ占めると推測される。


従って、「尊皇テロリズム」狂信派(密教的天皇利用派)が、これら絶対多数派の農民層を大いに怖れ、一気に軍事「皆兵国家」の基盤として取り込んでしまうべく、彼らを「国家神道」の最優先すべき洗脳ターゲットと見立てたのは当然のことであった。つまり、これは恰も戦国期の織田信長豊臣秀吉徳川家康らが常に最も恐れた<農民層に重なる「一向宗(浄土真宗)」門徒へ残虐な弾圧政策を仕掛けたこと>とほぼ同じ意味を持っていたことになる。


また、この構図を現代日本に当て嵌めれば、安倍政権、日本会議、神社本庁ら尊皇テロリズム(偽装極右)派の後裔を自負する彼らは、自らの<日本史とグローバル世界のリアリズムに関する無知と思い違い>を棚上げにして、彼らが上から目線で見下す国民多数派層(しかし、同時に内心ではその多数派からの反発を最も怖れている!)を、再び、「教育勅語と国家神道」で体よく洗脳してしまうことができると思っている節がある。なんというアナクロニズムの発想か!


今や日本は、下◆の如く最悪の国難に直面しているが、上のような意味での偽装極右派である安倍政権は、この喫緊の課題への真剣な取り組みを先送りしつつ相変わらず「フクシマ&東芝が象徴する疾うにデッドロックと化した原発政策」と「『北&中国』を出汁に使うアナクロ軍国主義」へ突き進むバカリとなっており、[2−(2)、(3)]で後述する、EU(民主&資本主義ステージ2)型の血が滲むような奮闘へ取り組む意思が微塵も見られない。真に悲惨な状況である。


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◆安倍政権&日銀はアベノミクスの“三”番煎じ?シムズ理論(ヘリコプタ・マネーならぬミサイル・マネーで異次元世界へ飛翔?)などに色目を使わず、多数派国民層への正統な目線を回復させ、井手英策氏らの新自由主義(似非イデオローグ/“相互扶助・分配・共助”蔑視)批判を受け入れ、一刻も早く難局の打開へ挑戦せよ!http://ur0.pw/Cj1R


2「テロ・右傾化・新自由主義」のアナクロ洗脳、「リリース&恫喝(飴と鞭)」のループを解き「コンシリエンス&AI」で共生の新世界を拓くには何が必要か?


・・・いまEUが苦悶し模索する「民主主義Stage2」の根幹/それはポピュリズムと癒着し易いアナクロニズム(極右)の致命的欠陥への気付き・・・


(1)トランプorルペンら極右の欺瞞(反知性主義の正体)を見据えるEUのネクスト、それは左右派の垣根を超える「民主主義Stage2」への挑戦


・・・今こそ、左右派の垣根を超えた「民主主義Stage2」を本気で模索する時!・・・


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社会学者大澤真幸が、20170312朝日(下記★1)で、<トランプが勝利した米大統領選の過程ではクリントン派のリベラルが一貫して正しいことを主張していたにも関わらず、彼らは絶えずツボを外していたという興味深い視点>を主張している。


が、そのツボとは何か?それは、ネオリベラリズム(新自由主義)の暴走で貧困層へ堕ちた人々の苦痛を知性主義に宿命的に付き纏う上から目線の傲慢さ(殆どのリベラルにその意図はないとしても、負け組の貧困層の目線からすればそのように見えてしまうことは十分に頷ける!)ということだ。言い換えれば、それこそ地政学的な意味でのヨーロッパではなく、一つの世界観としての欧州啓蒙主義、知性主義、理想主義に由来するリベラリズム(自由主義)のことだ。


また、大澤は、<同じ欧州と米国の亀裂について、仏のE・トッド(歴史人口学者・家族人類学者)は2002年の著書『帝国以後』(2003/文春新書)で既に見抜いており、更にトッドは2016年に“米国のラストベルトが象徴する低学歴・中年白人層の死亡率が異常に高いことから今回の大統領選では新たな階級闘争意識が雌雄を決する”と見通していた。だからクリントンの敗北は米国でのヨーロッパ的知性主義(リベラル派)の敗北を意味するのだ>とも指摘している(関連参照/下記★2)。


しかし、既にEU(その関係者ら)も当記事で大澤が指摘していること(リベラル・中道派が攻撃されたツボ、彼らリベラル派が傲慢に見えてしまう知性主義の欠陥について)は理解しており、そのための対応策も十分に練られつつあると思われる。そして、直近に起きた、その象徴的な出来事が後述する、「EUがポーランド出身のトゥスク大統領(常任議長)を再任」したことである(トゥスクの出身国ポーランド(今は、嘗てトゥスク政権を批判していた『法と正義』の極右政権)は反対したが)。


★1(ひもとく)トランプが立つ世界 リベラルな多文化主義の敗北 大澤真幸

20170312朝日、http://ur0.pw/Cj2s 


★2 トランプ勝利を支えたと見るべき「米国・宗教右派」(プア―・ ラストベルト にほぼ重なる バイブル・ベルト の人々)と「日本会議」の決定的差異とは?http://ur0.pw/Cj2x

・・・その決定的差異は、やはり <古代〜中世〜近代まで非常に長く続いた神仏習合の歴史の中で、立派な仏典(諸経典)を持つれっきとした唱導宗教であるはずの仏教の奔流から市民・庶民層の人権を重視する中庸な政治的イデオロギー(古代の仏教鎮護国家論は全く異質!)を結晶させることが叶わなかったとの意味で、一種の思想史上の欠陥を日本が抱え込んだまま名バカりの現代民主主義国家を標榜してきた>という点にあり、そこに維新期〜安倍政権に迄およぶ国家神道派がしぶとくつけ入るという構図である。


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因みに、トランプ(“化石燃料&原子力”エネ政策、古典的保護主義、暴走新自由主義、の三政策(リーマン再来を呼びかねない愚策?)を掲げ、環境・AI・バイオ等新世界への希望に盲目なアナクロ・ジレンマに嵌っている!/関連参照↓★3)がリベラル派のツボ(一見、上から目線に見える弱点)を攻撃するために使った「超格差から生まれた欲求不満を外敵(移民、テロ等)へ転嫁しつつ非道徳的な正当性を欠く激烈なフレーズと妄想観念をぶちかますこと」で扇動する手法は(しかも、そのアンチ・リベラルの具体的代替策は相変わらず空白のまま!)、ラストベルトの白人層と共和党で一定の勢力を持つ宗教右派層(キリスト教原理主義派)が主体の約40%台のトランプ固定支持層が支えているものの、これがいつまで続くかは見通せない(関連参照⇒Gallup Daily Trump Job Approval Gallup http://ur0.work/CeIl )。


★3【動画】BS11 寺島実郎の未来先見塾〜時代認識の副読本〜3月10日(金)「トランプ政権経済政策の死角」(真壁昭夫(信州大学 経法学部教授)との対談)http://ur0.pw/Cj2z

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また、これは右傾化しつつある欧州諸国にも共通することだが、ルペンにせよ、その他諸国の極右派にせよ、彼らが採る手法に米トランプと大差がある訳ではない。乱暴に言えば、これら極右ないしは極右モドキに共通するのは<狭い範囲の仲間内でしか通用しない妄想の尺度(物差し)で作ったリアル感を如何にも分かり易く扇動口調で語りかけ、人々の不満を解消しつつ味方へ誘い込む>という、いかさま師、手品師、幻影師らが使うソレである。


そして、特に問題なのは、同様に見えるがこれらと全く異質なわが日本、安倍政権の文字通り古色蒼然たる国家主義と戦前期のカミカゼ神国に激しく憧れる復古主義だ。それは、<正統保守ならぬ幕末〜維新期・尊皇テロ派の狂想を引継ぐ偽装極右、国策強盗団である『安倍政権、日本会議』一派に仕切られる日本の悲惨!/テロ&右傾化で混迷するEUで重要な役割が期待される『ポーランド伝統の中道政治意識(中道右派)』と余りにも対照的>という、我われ普通の感覚を持つ日本人が全世界に向けて顔向けができないほど恥ずべき“深刻なアナクロ二ズム病”に嵌っているからだ。


(2)左右派の垣根を超える「民主(&資本)主義Stage2」とは?


・・・それは、多数派国民層の極右アナクロニズム没入を回避するため「ランゲ・モデル的理念の再認識」を、「AI活用等の地平で発見・着想されたコンシリエンス(委細、後述)」の知見で再開示・再表現しつつ、より分かり易い啓発のための努力を継続すること・・・


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異常な高給取りのスーパー経営者もなく、「ある程度の社会的モビリティも 備わっている全員中流化」をめざしていた、かつての日本の行き方は、格差を前提とする「ネオリベ・エリートエスタブリッシュメント)資本主義」(過剰な市場原理主義に吞み込まれたリベラル民主主義社会を土壌とする)とは異質のはずであった(以上は、上掲書『EU騒乱』より部分転載)。


無論、イデオロギー的にそれを全否定する立場や考え方もあるだろうが、市場における勝者or敗者が一方的に一人勝ちする資本主義(orいずれにせよ市場機能を媒介する経済へ移行せざるを得ない宿命にあった共産主義/現在の中国の姿に、この矛盾が如実に現れている!苦w)などあり得ないのだ。そして、このことはポーランドの偉大な経済学者、オスカル・ランゲが理論的に証明していることだ(ランゲ・モデル/関連参照↓*1)


*1【欧州連合(EU)の根本にあるランゲ・モデル的理念の再認識】安倍晋三らの如き“擬装アナクロ保守”ならぬ、『正統保守』とはどのような立場と考えるべきか?/ポーランドが生んだ経済学者オスカル・ランゲの市場社会主義(欧州連合EUの根本理念)が一つのヒントになる(以下・・・   ・・・は、20130923toxandoriaの日記、http://ur0.pw/Cj2F より部分転載)


・・・「元々がヤヌス的な意味での合わせ鏡的存在であった極左と極右の対決と論争(資本主義VS共産・社会主義、ごく平たく言えば『未だにネット上などで延々と続けられている“お前はウヨだ!お前はサヨだ!”の類の不毛な論争』が愚の骨頂であるコト(それは、「フクシマ3.11原発過酷事故」等由来の過酷な放射線を平等に浴び続ける現下の日本国民の“茹でガエル”状態と殆ど同義であり、このことを見過ごすならば、結局は“皆が同じ穴のムジナ”と化す!こと)の意味については、ポーランドが生んだ大経済学者オスカル・ランゲの市場社会主義(欧州連合、EUの根本理念)に関する数理経済学上の業績(ランゲ・モデル)!が見事に説明している。


・・・周知のとおり、欧州連合(EU)の根本理念は<富の独占・偏在による格差がもたらす不平等と社会全体の非効率のトレードオフ>への危機感を最大限に重視する公正な社会機能、ソシアル(憲法によって正当な自由が保障された国民の一人ひとりが“社会貢献と相互扶助の役割、および社会的義務の意義”を心底から自律的に自覚できる民主主義社会)を理想とするということだった。そして、当然ながら、そこで市場経済を捨てるということは意味しておらず、別に言えば、それはランゲ・モデルが理念化されたものであるといえよう。


・・・無論、現実の欧州各国には左派・右派あるいは宗教系政党などが存在するが、いわば、それらはEU(欧州連合)のメタ次元の理念ともいえる「市場社会主義」と「政教分離の原則(フランスのライシテ(laicite)など/その核心的意味は、個人的信仰の自由と他宗教への十分な配慮・尊重・寛容が鉄則とされていること)」の下でこそ存在意義があるということだ。


・・・<未だに、戦前型・軍国ファシズムを信条とする偽装極右派への回帰を隠然と画策する勢力が大きな顔をし続ける日本(Ex.安倍政権なる“追憶のカルト”政治/本居宣長の国学についての誤解(詳細、後述)に基づく軍神・靖国英霊信仰と原発カルト・アニミズム信仰の国策融合を謀る”という意味での“聖なる破廉恥”化)、および相変わらず超市場原理主義の呪縛に嵌ったままの米国トランプ政権>と<EU(欧州連合)>の根本的違いは此の点にある。


・・・そして、アカデミズム・レベルでの厳密な用語(術語)の定義はともかくとすれば、各国で多数派を占める一般国民層のレベルにおいて、このようなメタ次元の理念である「市場社会主義」と「政教分離の原則」についての理解の深まり、つまり<些かでもその保全努力を怠ればたちまち崩壊する恐れがあるフラジャイルな、民主主義の共有観念(間主観性としてのソシアル空間)>を更に改良しようと努力するEU(欧州連合)の政治のあり方こそ、まさに新しい「正統保守」の一つの姿であると見るべきかもしれない(関連参照/後述の『3−“AIとヒト”の意識の差異』)。


このような欧州連合(EU)の根本理念と比べてみても、様々な欠点があったとはいえ戦後70年の日本も「ソシアル」への一つのモデル・プロセスであった。しかし、残念ながら今や日本は、その反対の意味での「市場原理主義に呑み込まれたネオリベ・エリートが支配する思い違いのリベラル(安倍自民も民主党も、この意味で同じアナクロに嵌っている!)」の帝国、および多数国民層がノホホ〜ンの空気の中で選んでしまった「偽装極右」権力(日本会議が仕切り、三権分立のバランスを喪失したという自覚も消え失せたアベ・カルト・アナクロ極右政治)に呑み込まれている。


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・・・しかし、今なら未だ日本は、薄皮一枚の苛烈な意識変革の鬩ぎ合いの戦場に呑み込まれてしまったEU(欧州連合)と共に21世紀型へ改良・再生された民主主義と経済社会の、いわば「民主主義・資本主義Stage2」のリーダーになる可能性は残っている、と考えるべきだろう(関連参照↓*2)。もう、ほとんどのこされた時間は少ないかも知れぬが。そして、此処で気づくべきなのが後述する<エトノス、マイクロバイオーム、コンシリエンス、AI活用>こそ、我われを新世界(古典的な資源浪費&環境破壊型のそれではない無限の成長可能性に満ちたニューワールド)へ導くプロセスであり、土壌であるということだ。


*2 今や「テロと右傾化の次は何か?」を考えるべき時だから、これを邪魔する錯誤の復古主義者たち、#日本会議、#安倍晋三・記念「国家神道小学校」(#森友学園)ら、アナクロ&野合カルト一派は早々に白旗を掲げて日本の表舞台から退場せよ!Cf.広岡裕児『EU騒乱―テロと右傾化の次に来るもの―』(新潮社)只のオッサン(脱原発への急転向者)‏@shinkaikaba 2017年2月25日


・・・


上掲の『EU騒乱―テロと右傾化の次に来るもの―』によれば、上で見たとおり、広義のアナクロニズムの呪縛に深くはまり込んだままの米トランプ政権、あるいは日本の安倍政権と異なり、薄皮一枚の過酷なアナクロニズムへの揺り戻しの誘惑(テロと右傾化の大波)の飛沫を全身に浴びながらも、いまEUは果敢に未来世界、「民主&資本主義Stage2」へ挑戦しており、その中核理念は「戦争の建設」(民主主義のための戦争)ならぬ「平和の建設」(戦争を回避する平和の実現)への新たな決意である。


それを経済面から見た場合、確実にその視野に入っているのが<エトノス(エトノス環境)、マイクロバイオーム、コンシリエンス、AI活用>の概念に因る新世界(人類のためのニューワールドの開拓)ということである。委細は次章に譲るが、その一例として「EUにおけるロボット・AI技術におけるコンシリエンス的な考え方の先行性」の核心部分を以下◆に紹介しておく(出典:『欧米における AI ネットワーク化に関連する政策・市場動向』平成28年4 月/一般財団法人マルチメディア振興センター提供資料http://ur0.pw/Cj2J )。


◆「文化>科学(AI等先端技術)」と見立てる、人間知の位置づけ・・・これはコンシリエンス(人文知と科学(科学技術)知の友好的融合)のベースとなる重要な観点である。新興技術の規制における倫理・哲学の役割は、その技術に社会的意味付けを与えることであり、その使用法に関する「文化」を規定することである。そして、そのポイントは次の二つ。


(1)欧州では、忘れられる権利やデータ保護等の規則導入等、社会と人間への影響を想定した具体的(で、かつコンシリエンス的/補足、toxandoria)な制度整備や、論点整理等が進展している点が、今後の日本における議論や対応策の検討のうえで、参考になると思われる。


(2)(6the Future of Intelligence:LCFI)がケンブリッジ大学に設立され、人類に利益をもたらすための AI の在り方について、コンピュータ科学、認知学、哲学、社会科学などの多分野にわたる学際研究を進めるとしている(Brexitにも拘らず、必然的にアカデミズム界の英=EUの結びつきは強い)


(米トランプor仏ルペンら極右の欺瞞(目的論の囚人こと反知性主義が共有するゾンビ性の正体)に気づいたEUの苦闘が更に続く!)


・・・苦悩のEUを象徴する劇的な出来事! ⇒「EUがポーランド出身のトゥスク大統領(常任議長)を再任(トゥスクの国ポーランド(今はゾンビ的な極右『法と正義』が独裁政権を司る/感情の反転とも見える幽霊はヒトのため有益な側面もあるが、一切無感動なゾンビは機械的冷酷さが正体!)は反対したが・・・)・・・


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・・・以下、[20170310朝日、http://ur0.pw/Cj2Z ]より、部分転載・・・


・・・欧州連合(EU)は9日、ブリュッセルで首脳会議を開き、5月末で2年半の任期が切れるトゥスク常任議長(大統領に相当)の再任を決めた。任期は2019年11月末まで。同氏の出身国ポーランド(与党の『法と正義』政権)が反対し、異例の多数決となったが、他の国々が賛成した。

・・・『法と正義』はトゥスク氏が首相(当時の与党、中道右派の『市民プラットフォーム(PO)』は西欧的な民主主義の価値観の政党)だった時の野党で、司法の権限や報道の自由を制限しかねない法改正を実施しているが、これは法の支配の原則に違反する可能性があるとして、EUが調査を続けている(『法と正義』(PIS)の暴走を批判する市民からの批判デモが活発化している!/補足、toxandoria)。Cf. 「欧州委員会、ポーランドの最新情勢を討議し、補足的勧告を発出」EU News http://ur0.pw/Cj35 


・・・トゥスク氏は、難民危機への対応など加盟国の意見が割れる場面で、手堅い交渉手腕を発揮しており、ドイツのメルケル首相ら大半の首脳が首脳会議を前に再任への賛成を表明していた。トゥスク氏は会見で「より良い欧州、さらなる統合のために働く」と抱負を述べた。


【補足】


・・・PO(市民プラットフォーム)政権は都会に住む高学歴、高所得者に支持者が多かった。そこで、前政権は低所得者の支持を得ようと富裕層に保持者が多かった任意の個人年金を基礎年金に統合し、積立額の一部の財源化を図ったため、PO支持者が見せしめにPIS(法と正義)に投票、もしくは無投票という行動に出たが、これが主な原因となり極右『法と正義』への政権交代となった。


・・・その後、極右『法と正義』政権は、恰も日本の安倍政権の如く<ポピュリズム政策に加えて、憲法裁判所の人事権への過剰介入、恐怖政治を思わせる反テロ法(政府による個人メール閲覧等を可とする)等の可決、国営放送人事(キャスター)への介入>などを強行しているため国民の反発が強まっているが、米トランプ政権と同様に一定の強固な支持層の壁が崩れていない。

・・・以上は、[2017-01-24/NATOの対ロシア戦略の要ポーランドの民主主義逸脱 必ずしもロシア脅威論だけではない欧州http://ameblo.jp/azianokaze/entry-12241215452.html]より、部分転載・・・


・・・しかし、スラブ圏(特にロシア)と西欧圏(特に独・仏)に跨る文化交流的、地政学的な意味で「欧州の心臓」とも呼ばれるポーランド政治の<国民主権と寛容の価値を勝ち取るための紙一重の闘いに持続的に耐え抜く強かさ>が発揮されるのはこれからだ、と思われる。因みに、トゥスク氏はポーランド伝統のシュラフタ系(規範的精神(積極的な生活態度)の生き方を率先すべきと自覚し、その意識を自負するポーランド独特の伝統貴族社会に存在する文化/19世紀以降の『ポジティビズム運動』(強制分割された領土の回復、義務教育の普及などによるポーランド国家の回復を志向する正統保守型の中道政治活動をリードしてきた/その受け皿が『市民プラットフォーム(PO)』))の人物(関連参照/シュラフタ文化の委細はコチラ⇒ http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20101111 )。


(関連情報)


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オランダの総選挙にトランプ勝利のツボ(知性主義の敗北)がストレートに伝染(うつ)らなかった要因は複雑だが、一つ言えるのは欧州が既に自身の“逆ツボ”(知性主義の敗北を乗り越えるためのヒント/民主(&資本)主義Stage2)にマジで気づいた可能性があること!矢張り、アベ・アナクロ(幽霊ならぬカルト・ゾンビ)菌が過酷汚染した『アベ独裁の大日本帝国』とは雲泥の差! ⇒  オランダ下院選、与党自民党が第1党維持 極右は第2党に2017 03 16 JST http://jp.reuters.com/article/netherlands-election-exit-poll-idJPKBN16M2ZM 

・・・[補足/20170316日経]「批判票」の極右への集中を防いだのが、多党乱立というオランダの選挙制度左派の躍進も目立つ。特に若者の支持を集めたのが環境政党グリーン・レフト。支持者の約35%を18〜34歳の若年層が占める(←この点が日本(若年層=アベ・穴黒カルト汚染)の現状と対照的!)。http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM16H6E_W7A310C1EA2000/ 

・・・[関連情報]英BBCが詳報!森友スキャンダル!“アベ・ネーミング”幼稚園児が軍歌に合わせて行進!/A scandal over schools, land and nationalism in Japan、

http://www.bbc.com/news/world-asia-39252192 


3 エトノス、コンシリエンス、マイクロバイオーム、AIの<協働知>が拓く「目的論のジレンマ」から脱出する道、そして「新世界発見」の展望


・・・それは、一般国民のための新大陸の発見/本格化する民主主義Stage2へのアプローチ・プロセス・・・


(カルト妄想的な目的論への過剰な拘りがアナクロニズム・ゾンビの病巣)


しばしば存在論に対置されることが多い「目的論」は、人間を含む森羅万象が究極的に何を目指しつつ何処へ向かっており、何を実現しようとしているのか?を考察する立場であり、素直に言えば、これは哲学命題というよりも自意識を持つ人間共通の思い(健全な人間の意識)でもある。


冒頭に掲げた、ゴーギャンビジネスマン(株式仲買人)→都会・田園を往還する画家→自殺未遂(ゴッホと共同生活)→原始自然の画家(タヒチ他)→原始自然を侵す植民地経済(暴走資本主義と癒着した権力)との確執生活・・・、の波乱に富む生き方を貫いた)の絵画「Where Do We Come From?・・・」は、まさにこの意識をイメージ化した傑作といえる。


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ところが、科学に埋め込まれたレイシズムをテーマとする分子人類学者ジョナサン・マークスの著書『元サルの物語』(青土社)は、特に生物進化を扱うサイエンス分野の研究プロセスで、その目的論が「科学(進化論的な考え方)と神学(創造論)の致命的衝突を回避するための便法(科学と神学の安易な野合・癒着)として、一定の狡猾な政治意思の下で巧みに利用されてきた」ことを冷静に抉り出している。


それによれば、創造論(我われの意識に潜在する)の原点に巣食う妄想原理主義、カルト情念的(その癌病巣化の典型が安倍晋三らの「国家神道」アナクロニズム、あるいは欧米に潜伏するA.C.ゴビノー(ナチズムの源流/http://qq1q.biz/Cnuy)の貴族主義的レイシズム、あるいはマディソン・グラント(http://qq1q.biz/Cnzr)の進化論的優生学(レイシズムの一種)らの如きゾンビ的なものが広く一般的に再評価されつつある。


つまり、自らの始原的妄想の掘り起こしこそが外来テロ等への安全保障となり、それこそが最も有効な方策だと理解されかねない危機的な社会情勢となっている。そして、特にアナクロ極右らの政治的異常観念に高い関心が集まることで、極右派のポピュリズム扇動がヒトならぬゾンビが潜む陥穽の中へ多数派層を一気に誘い込む恐れが高まっている。


(“AIとヒト”の意識の差異)


・・・洗脳に嵌ったケース等を除けばヒトは基本的にアナクロ二ズム(ゾンビ意識的なもの)のリスクに対する客観的・自律的な認識力と評価能力が高いが、非エトノス・マシン(後述するマイクロバイオームなど内外生命環境との持続的共鳴で刻々変化する文脈的理解から超然とした)であるAIにはそれがあり得ない。・・・・


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憲法学者・木村草太が、記事『あすを語る/憲法・社会:“批判中毒”脱するヒント/20170217朝日』の中で、AIの妄想的報酬(リワード・デリュージョン/Reward Delusion /AIが偽の報酬体験のインプットで、容易に誤ったor悪意ある目的を持つようになること)とヒトの批判中毒を同列視すると理解し得る小論を書いていたが、これには根本的な誤解があると思われる。


つまり、言い換えれば、これは「成功or失敗体験の褒めすかしで妄想(誤った価値判断の基準)を与え続けると、ディープ・ラーニングで自ら学習するAIは容易に妄想判断の中毒回路(中毒症状)に嵌ることが明らかとなっている!」という、AI研究における最先端の知見に関わる言及である。しかし、同じAIの先端研究フィールドでは、派生的に「AIの深層学習(ディープ・ラーニング)」から、AIの意識(未だ“AIの意識の可能性”、というべきであるが!)と人間の意識の根本的な(これは、むしろ決定的というべきかもしれない)差異が明らかとなりつつある。


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端的に言うなら、それは<AI(厳密に言えば“予測される”AIの意識)とヒトの意識の決定的差異は「内心最深部(前意識)⇔エトノス環境(後述)」の共鳴の有無ということであり、子孫への継承生命体ならぬAIにはこれができない!他方、ヒトはその意味での共鳴学習の文脈意識化が可能である。その結果、間主観性の豊かな果実である民主主義の観念が共有されるようになり、それを未来へ繋ぐ理念固定の装置として憲法が着想された!>ということになる。因みに、その委細は後述の[未来へのカギはAI活用の土壌・・・]で触れるが、アナクロやカルトに侵された政治権力(Ex.今の安倍政権)は、この「ヒトの最内奥(最深部意識、前意識)の洗脳」を謀る政策へ猪突猛進しており、それがテロ防止を騙る「共謀罪」(合法化される政府の国民監視)である。


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しかし、しょせん機械の一種であるAIに限らず、他の動物一般とも異なる、そのような意味でのヒト(人間)の意識の特性(特異性)については、今までも人文・社会系の研究過程における局面で様々な先見的気付きの事例が散見される。その中から、最も重要と思われる非常に興味深いものを一つ取り上げておく。それは、思想史学者・互盛央(講談社勤務、元岩波書店『思想』編集長)の「二つのエス」(互盛央著:エスの系譜/沈黙の西洋思想史‐講談社‐)の指摘である。下のブログ記事(★4)を手掛かりに、そのポイントを簡単に紹介しておく(更に詳しくは、当ブログ記事を参照乞う)。


★4 20101210toxandoriaの日記/『ゾンビ(新自由主義)vs幽霊(人間のための自由原理)』間に横たわるバカの壁http://ur0.pw/Cj3c (以下・・・   ・・・は、二つのエスについての抽出&部分転載)


【それ(エス/das es≒間主観性)には次の二つの流れがある】


(1) リヒテンベルク→フィヒテ→シェリングビスマルクヒトラー→(リバタリアニズム)、という『“政治権力の暴走へ従属し易い”という意味での脆弱性(弱点)が伴う前意識の系譜』

・・・これは一種の政治的狂気であり、ファシズム、一党独裁的コミュニズム、ランディアン・カルト(米国型自由原理の源流/徹底利己&差別主義/近代史を否定したAyn Randの客観主義哲学(Objectivism)に因る)らに共通する内容となっている。


(2) リヒテンベルク→フォイエルバッハニーチェフロイト、という『エトノス環境(委細、後述)と繋がり共鳴する、(1)より深い無意識の系譜』

・・・これは(1)「前意識の系譜」と異なり脆弱性どころか非常に強靭な安定を「人間社会」へもたらす一種のバランサー能力(オートポエーシス的な不均衡解消作用=DNAのエトノス環境内での自己複製プロセスで見られるアーキテクチャにも似た根源的な生命力!?/参照⇒http://u0u0.net/Cgm1 )を秘めており、AI意識研究との関連で重要な課題になると思われる。


(アナクロ極右へ誘う“目的論の陥穽”を克服しつつ近未来の“民主(&資本)主義Stage2”へ我々を力強く導くカギは何か?)


・・・それは、AI活用の土壌でもあり触媒でもあるエトノスとコンシリエンス・・・


(1)人間など個々の生命体を内外から包摂するカオス環境としてのエトノス


エトノス(ethnos)は、端的に言えば「人間等の個々の生命体を内外から包摂する広義の環境」(詳しく言えば、下記『・・・』の定義となる)を意味するが、そもそもは「先住民とその文化の尊厳性を十分に理解する立場/語源の古代ギリシア語でのそれは、村や都市に集住する「民衆」(デモス/demos)の周辺に住み、その「民衆」以外の部族集団」の意味であった(参照⇒http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20160301 )。

・・・『人間の生命と社会生活の維持に必須となる一定のローカル地域の自然・歴史・文化と深く共鳴して“人間性と社会性(ソシアル)を未生(未来)の発展のための揺り籠”となし得る開放系の共有観念と風土、または過去〜現在〜未来に渡り生存環境の微小馴化を常に受け入れつつも、その伝統的な全体の“持続性”を最重視する寛容で広範なカオス的集合意識、およびその受け皿となる自然風土と精神環境』の意味である(関連で下記▼参照乞う)。


▼政治的ネクロフィリア安倍内閣のオフィーリア・コンプレックスバシュラール・エトノス、「水のイマージュ」による批判/2016-05-04toxandoriaの日記http://ur0.pw/Cj3k


・・・


因みに、カナダでは中道左派政党「自由党」の若き党首ジャスティン・トルドー首相が、歴史・文化・社会的伝統に見合う国民協調型ミドルパワー国家をめざす変革への新しい取り組みを進めている。そして、このポスト・グローバリズム時代における民主主義再生への新たな希望のエネルギーとなったのが、カナダの伝統である多元文化主義の奥に潜む「寛容のホスピタリティ≒エトノス観念」の重要な意義に関わる若者層の覚醒であった。


なお、 宿命的に先住民問題を抱えるカナダの歴史では先住多層文化エトノスの気付きへのプロセス (歴史・文化・環境・科学についてのシニフィエ(文脈上の意味)的な理解に基づくレイシズムの否定) が前提となってきたが、2015年の政権就任にあたり、ジャスティン・トルドー首相は、「これら先住民に対する人権上の対応に関わる法的整備が今まで遅れてきたという事実を率直に認めた」ことが、カナダ国民から広く支持されている。


(2)目指すべきは人文・科学知の融和的統合(コンシリエンス/consilience)による啓蒙主義ルネサンス


(“人間のAIと異なる高度な読解力(エトノス&歴史意識)”についての気付きこそが「民主主義ネクスト(Stage2)」への最短コース)


そもそも、自然・生命意識としての「情念」自体には、いわゆる倫理的ないしは社会契約論的な意味での善と悪の区別は未だなく(ルネ・デカルトと共に17世紀・近世哲学の創始者の一人で、社会契約論による政治哲学の嚆矢でもあるトマス・ホッブスの“万人の万人に対する闘争”状態に相当)、それが一定の社会意識の下で「理念」へ昇華されたレベルで、その新たな「善と悪を区別する明確なエトノス的意識(冷静・客観的な自然観)と社会的意識」が“生まれ”た(歴史的に見れば“啓蒙思想の誕生”!)と考えられる。


そして、ヒューバート・ドレイファス人工知能に対して鋭い哲学的批判を続ける米国の哲学者、チャールズテイラー(同じ立場、カナダの政治・分析哲学者)、ツヴェタン・トドロフ(仏の文芸批評家・記号学者・社会思想家)、E.O.ウイルソン(米国の昆虫学者、社会生物学者)、あるいは『文化進化論/ダ―ウイン進化論は文化を説明できるか』の著者アレックス・メス−ディ(英国の文化進化論学者)、ハーバート・ギンタス(米国の行動心理・経済学者)らが共有する最も重要な認識は、人間の意識の特徴である「因果(連続するリアル)と論理(法則抽象化の能力)」を峻別(自覚的に区別)するということだ。


人間の意識の主軸は自由意思(感情と表裏一体の)であるが、それは絶えず“原因の空間(因果/究極的には人間の力が及ばぬリアル現象の連鎖である現実の流れ)”と“理由の空間(神ならぬ人間の最小限の自由意思を支える論理)”を区別して観察している、ということだ。但し、この両者は対立するもの、との理解で止まるのも決定的な誤りと思われる。それは、この両者が合わせ鏡の如く密接に結びつき、恰も量子世界の素粒子の如きもつれた(entangleした)状態であることが人間の意識の正体(それが、生きる意味でもある!)と見るべきだからである。


因みに、E.O.ウイルソンは著書『ヒトはどこまで進化するのか』(亜紀書房)の中で、前者(原因の空間)について「連続性(人文・社会的な由来と目的)の視点から究極的説明が理解できる能力/なぜ、その機能(例えば、手・足・指など)があるのか?」、後者(理由の空間)について「機能的(科学的・中立的で)な視点から最も直截的に説明できる能力/その機能をどのように使うのか?」であると述べている。


そして、その先に見据えるのが両能力を更に生かせる“より高度で多元的な意識”の誕生、つまり新たな人文・科学知の融和的統合(コンシリエンス)による啓蒙主義ルネサンスである。このような観点からすれば、いかにフラジャイルな民主主義といえども、コンシリエンスによって更なる改良と進化が可能であることは自ずから明らかだとさえ言えるだろう。


(マイクロバイオームが拓く新世界への希望/DNA観察から見える「“民族主義、レイシズム=非合理”の発見」)


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R.デサール&S.L.パーキンズ著『マイクロバイオームの世界』(紀伊國屋書店/2015原著・刊)によると、我々の体内に棲む膨大な数の細菌類がマイクロバイオーム(Microbiome)という宇宙的な規模の纏まり(ウイルスまで入れると、それは超100兆個の新世界、宇宙規模!の発見を意味する!)であり、彼らの全て(そのDNAも含む)が刻々とヒトの細胞やDNA、およびエトノス環境と直接的な遣り取り(水平移動・交換・交流・共感・妥協)をしつつ我われの身体の生理機能を調整し持続させていることが、ここ数年来の研究で急速に解明されつつある。


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他方、両義的な意味での「テロと右傾化」(主因は、グレー・ゾーンのリアル生活で絶望し絶対的な孤立地獄に堕ちた、つまり“現実的人生への絶望感”に憑りつかれた若者らの同リアルに対する神憑りのリベンジ意識/その感染・拡大・洗脳汚染/参照、ジェイソン・バーク著『21世紀のイスラム過激主義』―白水社―)トレンドの脅威を目前にしているとおり、AIシンギュラリティ到来が喧伝される現代でも、我われは「科学の仮面を被ったカルトor宗教原理主義的な創造論(アンチ進化論、アンチ・ラマルキズム/唯一絶対者への完全隷属で安心感を得る固着妄想)に回収されるリスクに曝されている。


しかし、冷静に考えれば理解できるはずだが、カルトや宗教原理主義が科学を支配下に置こうとして一向にめげずに挑戦し続ける背景にあるものは、これらマイクロバイオーム的なビッグ・データ(この場合は、超ミクロ世界におけるビッグデータ)および巨大タイムスケール(宇宙地質学と人文的歴史学を十分視野に入れた長大な時間意識/これもビッグデータのジャンル!)に関わる意識の欠損(無関心・不勉強・理解不足)に因る視野狭窄ということだ。


例えば、ごく新しい知見によれば、ヒトの個性(アイデンティティ)の規定に関わるDNAが全体に占めるシェアは0.1%、同じく人種間の差異(黒人か白人か日本人か中国人か…?など)は僅か0.2%のDNAで決まっていることが明らかとなっており、この点からも、カルト諸派や宗教原理主義の創造論あるいは日本のヤマト民族覇権主義、美的ナルシス・神国的皇統一系論(安倍政権、日本会議、神社本庁らの妄執)などが如何に視野狭窄であるかが理解できる。


また、今でも先端科学知の典型と見なされているものの疾うに2003年に全DNA解読が完了した「ヒトゲノム・プロジェクト」では、従来型の科学観の範疇のままではその更なる医学的・社会的応用の側面で限界が見えている。そのため、愈々、DNA研究でも、これからは「エトノス(マイクロバイオームの新世界を視野に加えた新たな自然主義の視点)、コンシリエンス、AI活用」によるビッグデータ解析型への脱皮が求められている。


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因みに、一般的には殆ど関心が向けられていないが、ビルゲイツ財団ら民間の協力も得て2016年5月に前オバマ政権下で決定した「国家マイクロバイオーム・イニシアティブ」(プロジェクト)をトランプ新政権が何処まで本気で取り扱うかが懸念されている。


それは、このイニシアティブは「普通は可視化できない宇宙規模の莫大なマイクロバイオーム・コミュニティーがDNAも含む実に多種多様な混生体の微小パーツを我われヒトとの間で遣り取りしているという事実を発見したからには、更に人体や人間社会をより良く理解するには人口・政治・経済・思想・文化・人種・宗教らの要素の他に、今度はマイクロバイオームがヒトの多様なエトノス・コミュニティーに及ぼす影響についても、あらためて内外環境的な視座から観察する必要がある」という理解を前提にしているからだ。


また、そのためマイクロバイオーム世界が示唆する「全生命現象の根本に見られる一種の寛容と妥協の論理」を最重視しつつ「AI活用によるビッグデータ分析等の新たな研究手法」に取り組むことが必須であることも前提されており、この根本的な思考方法が排外的で独善的なトランプ政権の発想と真逆であるからだ(関連参照⇒May 13, 2016 National Microbiome Initiative Launched http://urx.mobi/ClI0 )。


(『クオラムセンシングの有意性』の発見/新たな生命観の発見とAI活用による、『民主主義stage2』&『ソシアル時代』への挑戦) 


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国会での安倍晋三首相の言動で特に目立つのが、自らの“疑惑”追及の場面などで必ず出てくる「そのように私を追及するレッテル貼り、あるいはネーミングによる悪意の印象付けはやめて欲しい!」という言葉だが、その特異な用語の繰り返しは、恰も健全な血液を嫌うゾンビ体が健常な血液の注入で次第に自らが浄化され健常化することを恐れているかの如き異様な光景である。


ところで、上掲書によると近年のマイクロバイオーム研究で多くの細菌がクオラムセンシング(定足数感知/quorum sensing)のシステムを進化させてきたことが分かりつつある。クオラムセンシングとは、「未だ正体が知れぬ相手に対し仮の名づけ(見立て上のネーミング、名詞化)を行い、その見立て上のネーミングに応じて自らのシグナル伝達分子、あるいは自由誘導因子(オートインデューサー)などの分泌をコントロールするシステムのことだ。


つまり、このクオラムセンシングで、ヒトの体内にある細胞と、あるいはそこに棲む細菌類と他の内外細菌ら異分子・異端・外来種との間で、基本的には寛容な共鳴・共振・交流・交換・結合が絶えず行われており、そのプロセスで自己細胞の側でのバイオフィルム(ヌメリらの構造体)形成や、あるいは真逆に有害病原性の侵入許容の機序が生成されたりしていることになる。


従って、近年では病原体の感染も従来考えられていたほどストレートなものではなく、より複雑で多面的なクオラムセンシングと免疫系の絡み合いの帰結であることが分かりつつある(単純に、“病原菌感染=病状発現”になるとは限らぬということ!)。


因みに、人体構成物の約90%は無害化した微生物由来のもので、同構成物の内max.3%が比較的新しい侵入微生物由来、そして残余7%が自己創出の細胞(正味のオリジナル自己は7%だけ!苦w)である。従って、我われヒトの体内エトノス空間と外界である自然エトノス環境との仕切りにも、これまで考えられてきたほど明確で強靭な壁が築かれている訳ではないことが明らかとなりつつある。むしろ、それは強靭・強固よりも<強かなしなやかさ>と言うべきであろう。


まことに驚くべきことだが、このような最新のマイクロバイオーム研究の知見が明らかにしつつあるのは「ヒトを含むあらゆる生命(生命体)における生命維持に必須の秩序の根本原理が、実は全生命(真正細菌(Bacteria)、古細菌(Archea)、真核生物(動植物・菌類・原生生物ほか)の個体周辺に分厚い壁を築き他者や異分子を排除することではなく、強固なアイデンティティ(民主主義のネクスト・ステージを保証する個別的正統保守性)を未来に繋ぐのはエンドレスの寛容と妥協に因る円滑なコミュニケーションの持続ではないか?」という予見知(未だ暗黙知レベルと見なすべきなので)である。


いずれにせよ、これら先見的な分野に関わる研究では、そのような新しい構想への端緒となり得るマイクロバイオームの世界やクオラムセンシング・システムに止まらず、文化トータルの視覚から自然科学と人文・社会科学を融和的に統合(コンシリエンス)しつつ、マクロ・ミクロのビッグデータと巨視的タイムスケールを視野に入れることが必須条件と考えられるので、それこそ、絶えざる改良の過程で日々にソフィスティケートされる柔軟な生命観に足場を置く、そのような意味で<人間のために十分役立つAI活用型の新しいソシアル活動(自然現象と異なり何故に人間社会では自由(実存)が最重視されるべきなのか?という生命論の根本的な疑問への解の発見のための協働作業)が求められることになるだろう(Cf.下記ブログ記事▼)。


▼2017-01-04toxandoriaの日記/[希望のトポス]客観「知」を心底で憎む追憶のカルト、その靖国『顕幽論』是非の意識が日本の命運を分ける/希望は量子論・AI・脳科学らの最先端で必然の流れ「自然・人文科学」融合(コンシリエンス)が生まれつつあること!

http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20170104


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最後に、AI活用で忘れてならい倫理の問題について付記しておく。それは、ベンチャー、Araya Brain Imagingで脳科学者の立場からAI「人工意識」の開発に取り組む金井良太(脳神経科学者/英サセックス大学准教授、アラヤ・ブレイン・イメージングCEO)の著書『脳に刻まれたモラルの起源/人はなぜ善を求めるのか』(岩波書店)によれば、人間の脳の構造には「本能的な感覚としての倫理観を司る部位」(おそらく進化論的プロセスで蓄積!)があることなど極めて重要な事実が確かめられつつある、ということだ。


金井良太の研究に関わる委細は、同じくコチラ(⇒ http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20170104 )を参照していただくこととして、目下、日本でも危険性の拡大が懸念されるのが、軍事大国家化を急ぐ安倍政権下でサイエンス(科学、科学技術)が「軍事研究」へ急傾斜させられる恐れがあることだ。それは、今まで見たとおり文明・文化・経済と地球上の全ての生命を持続させ保全する観点からすれば、軍事強化に名を借りたサイエンスとAIの軍事フィールドへの傾斜利用は、人類にとって殆ど自殺行為に等しい愚行であることが明らかだからである。 完

2017-01-04 客観「知」を心底で憎む追憶のカルト、その靖国『顕幽論』是非の意識

toxandoria2017-01-04

客観「知」を心底で憎む追憶のカルト、その靖国『顕幽論』是非の意識が日本の命運を分ける/希望は量子論・AI・脳科学らの最先端で必然の流れ「自然・人文科学」融合(コンシリエンス)が生まれつつあること!


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峰の原高原』の冬景色(信州、長野県須坂市仁礼)

・・・[pixpot、信州の霧氷・樹氷「峰の原高原・志賀高原http://www.pixpot.net/articles/u_d_view/304/sinsyu-muhyo/ ]より転載
















プロローグ)ヒエロニムス・ボッス『荊を冠ったキリスト』の意味


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Hieronymus Bosch(ca1460-1516)「Christ Crowned with Thorns」 1500s. Oil on panel 73×59cm National Gallery 、London


f:id:toxandoria:20170104033023j:image:w200:leftマトウラーナとバレーラの名著『知恵の樹』(ちくま学芸文庫http://urx2.nu/AGF8 )は、ヒエロニム・ボッスのこの絵の意味を決定するのは右下にいる人物の描写だと述べる。その男は衣をシッカリ掴んでイエスを地面へ向けて強引に抑えつけているように見える。その人物はイエス(この場合は英知の象徴)の自由を制限し、イエスの注意を自分の方へムリヤリ向けさせようとしており、その男はこんな風に言っている。「さあ、私の言うことを聞いて、私が言うことは絶対に間違いないのだから!」


マトウラーナとバレーラによると、これは「確信の誘惑」と呼ばれる“カルト(非分析的・閉鎖的で客観知を憎む、しかも暗い情動の方へ過剰傾斜した反知性主義的で異常な精神環境(カルトなど)←補足、toxandoria)への誘いの描写”だ。とはいえ、普通、我われ人間が“これは正しいと思う確信の世界にしか生きられぬ弱い存在”であるのは事実であり、“そのこと自体に善し悪しの区別はない”のも現実だ。そこで、その意味での確信的思い込み(人間一般が抱える弱み)のことを、マトウラーナとバレーラは“盲目の孤独”と呼ぶ。


この“盲目の孤独”を乗り越えるため必須となるのが、周辺と生命個体内の自然・社会両環境(エトノス環境/関連参照http://ur2.link/AIgK)との間に形成される“広義の愛に満ちた虚構世界”の広がり、つまり“信用・信頼・交歓・交換”を繋ぐ「観念、感性の両面から成る間主観性」(インテマシーとインテグリティーが調和する社会性/委細、後述)に満ちた世界である。


D

Lara Fabian - Pas Sans Toi


1「AIシンギュラリティー信仰」へのアンチテーゼ/量子論・AI・脳科学ら先端研究が暗示する「自然・人文科学」融合(コンシリエンス)の必然性


<注>AIシンギュラリティー信仰

・・・例えば、“まさか(不確実性)”への運任せが前提条件のため確率計算が不可能な安倍内閣の「嵩上げGDP支援によるAI&原発一極利用式バクチ経済政策」などを意味する(Cf.⇒ http://qq1q.biz/AHHH )。


1−1 人文・自然科学融合の地平(1)量子論・AI研究フィールド


<注>人文・科学知の融和的統合(コンシリエンス/consilience)の委細についてはコチラを参照!⇒20161107toxandoriaの日記、http://urx3.nu/AH4L 


(西川アサキの情報基礎論)


f:id:toxandoria:20170104033437j:image:w250:right西川アサキ(東大大学院情報学環助教/基礎情報学、AI研究・情報哲学者)は、著書『魂と体、脳』(講談社選書メチエ)で人間の意識をクオリアと呼び、それは「内外世界の認識力、意思(志)、理解・共感力、知識などを総合したもので、かつ対外部的に秘密(私的かつ入れ子的に幾重にも内向)化する性質の脳の統合作用」と説明しているが、興味深いのはこの理解の後段の部分の「対外部的に秘密化(過激なまで暗く内向化)する性質」である。


それは、(第3章−1)で後述するトマス・カスリス「インテマシー/インテグリティー」論の「神道スピリチュアリティー」(真珠湾奇襲攻撃を端緒として、日本を太平洋戦争の悲劇的プロセスへ連れ込む主な原因となったマイナー精神環境の内側の暗部、いわば国家神道の核心である靖国『顕幽論』(委細、後述))と強く共鳴するものがあるからだ。


つまり、カスリスが、「先史時代〜奈良遷都までの古神道期の神道スピリチュアリティー」と「終戦期までに及ぶ1801年(本居宣長の死)以降の神道スピリチュアリティー」は全く別物と見るべきだと主張するとおりで、西川アサキが定義する人間のクオリア内部の「対外部的に暗く秘密化する性質」が極限まで内向(過激なまで秘密化)したものが日本会議神社本庁安倍晋三らに取り憑く「追憶のカルト」((a)“国民主権”削除、“象徴天皇制”廃止、“国家神道/靖国軍神”復活等が前提の改憲、と(b)敗戦否定et al.)の正体ではないか?と考えられる訳だ。


(a)については、「自民党改憲草案」があからさまに書いているので、一般にも徐々に知られつつあるのだが、(b)安倍晋三・首相らの敗戦否定のホンネについては、今のところ表面的な取り繕いと安倍政権に迎合するメディアプロパガンダ(↓★1)が功を奏しており、一部の海外知識人らの「安倍晋三・首相らの危うい発言(敗戦否定を過去に明言した事実)についての厳しい指摘と警告」(↓★2)にもかかわらず、まことに残念ながら此の点に関する危機意識を多数派の国民層は殆ど持っていない。


★1 「アリガトウ」96歳の元米兵、安倍首相とハグ(「日米関係の"癒しの頂点"だ」 安倍首相の真珠湾訪問、海外メディアが好意的に伝える(NY.Timesなどは謝罪の言葉ナシ、と報じているが?)/Huff.P. 日本版)20161228朝日、http://qq1q.biz/AHHQ


★2 オリバー・ストーン監督、米日韓加中英豪沖台の専門家など53名 真珠湾訪問に際し安倍首相の歴史認識(の正体とホンネ)を問うSunday, December 25, 2016/Oliver Stone and internatonal scholars and activists send an Open Letter to Prime Minister Abe on the eve of his Pearl Harbor visit.  http://qq1q.biz/AHHR


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ところで、西川アサキは、<基礎情報学理論、哲学[特にジル・ドゥルーズ(1925-1995/数学的素養がある哲学者)のライプニッツ論『襞』]、科学哲学[特にG.W.ライプニッツ(1646-1716/哲学・科学哲学・数学者)のモナド論]>、および<AIシュミレーションが日々にもたらしつつある新たな知見・発見>を結合する思考実験(科学原理に反しないことを前提に行われる論理思考)で、まことに興味深い複数の「社会心理学上の、あるいは政治学上の未来に関わる新たな可能性(希望の方向性)」を推論している。それらの中から、特に興味深い三点を以下に紹介しておく。


(1)「意識が生まれる瞬間」についての重要な推論/西川アサキは、最大の関心事がAIロボット内で生まれる可能性がある「わたし」(つまり意識)の問題だとしているが、現時点でその「わたし」は(a)自己組織化させる、(b)研究者(orプログラマー)が外部からプログラムする、という二つの方向からのアプローチが進んでいる。そして、ここで最終的に必須のモジュール(そこに至る迄の前のプロセスでは、脳内でもそうであるが夥しい数の複数のデッドロック(堂々巡り)・ペアが存在する)は、「デッドロック・ペア」(二対のデッドロック)と「デッドロックで対峙するモジュール双方の能力(夫々が相手方の中に期待して求める能力)に関わる未来への信用(確率論的な意味での)であること」が分かってきた。


・・・上の図は、同書の中に掲載されている川人光男著「脳の計算理論」(川人光男/国際電気通信基礎技術研究所・所長、http://ur2.link/AIgR)にある「川人の自我モデル」の部分転載である。


・・・西川アサキが言う「デッドロック・ペア」は右端の二対のモジュール・モデルで、そのうち左側の順(ベクトル)モデルは「自分が属する脳の動きのシュミレーション」(知覚や体験を仮に創り出すキャッシュ(一時記憶的)動作)、右側の逆(ベクトル)モデルは「自分の属する脳の動作規則の抽出」(世界と自分は、今このような構造を持っているはずだ、という信念を創り出す動作/これが意識化の第一歩、自我創成への入り口?)ということになる。


・・・西川アサキによれば、左側の順モデルのペアは、お互いの能力を必要とするからこそ動きがとれずデッドロックしているが、外部からプログラマーが仮の「信用」を与えると(未だ、この部分(デッドロック解除のプロセス)の自己創出は実現していない)、「たとえ矛盾が起きても何回かのやりとりのなかで何とかなる」という「未来への信用」が双方で創出され、そのデッドロックは解消されて右端の逆(ベクトル)モデルのペアが創出される。このプロセスと、以下に述べる「リスク(確率計算が可能)と不確実性(同計算が不可能な“まさか”の世界)の違い」の問題は、ダ―ウイン進化論の限界(矛盾点)を補完すると考えられる<「進化論的軍拡競争」と「(生物種の)永続性の原理(仮説)/人文・科学両「知」融合(コンシリエンス)の地平で立ち上がる原理!」>(下記★3、参照)にも関わってくる可能性があると思われる。



★3【進化論的軍拡競争、永続性の原理】を無視する<“日本会議”指南、無謀「軍拡競争」の意思>を隠蔽する悪徳工作の一環! ⇒ 安倍晋三首相「パールハーバーは和解の象徴」20161228産経フォトhttp://ur0.biz/AGbk

f:id:toxandoria:20170104034658j:image:w360:right・・・「進化論的軍拡競争」は、カッコウやホトトギスなどの鳥がオオヨシキリなどの巣に卵を産んで育てさせる「鳥の托卵」の研究から、「托卵されたオオヨシキリがその托卵された卵を巣の外に捨てたり、あるいは逆に托卵した卵が巣の外へ捨てられないよう、カッコウやホトトギスがオオヨシキリに似た卵を産んで托卵したりする」ようになる「リスク分散の行為」であることが確認されている。


・・・この「進化論的軍拡競争」や「一つの巣の中に必ず1〜2割出現する、普通の状態では一切働かない怠け者アリの存在(働きアリが力尽きた時に働き出しバッファ役を担う)」などが、いずれもダ―ウイン進化論と矛盾しないことが理解されてきたため、ダ―ウイン進化論を包摂する上位概念として仮説されているのが「永続性の原理」(結局、“エトノス環境と調和しつつ自らの種の永続性を最重視し行動する生物”だけが絶滅を免れるという原理!:長谷川英祐・北大大学院農学研究院・准教授/関連参照⇒http://urx2.nu/AGL5 )。


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<注>自動掃除機(ロボット)への応用で実用化に成功した米国ロボット工学者ロドニー・ブルックスが作ったAI「ゲンギス」(http://urx2.nu/AGL7 )は、そのタスクを極めて単純なものに絞った自己組織化の成功事例なので、「意識の自己創成」過程を研究する、上で取り上げた「川人の自我モデル」のシュミレーション回路とは異質の「脳を持たず、神経ネットワークのみで環境から学習する包摂アーキテクチャ」である。


・・・


・・・因みに、この「信用」の問題で重要となるのが西川アサキによる「リスク(確率計算が可能)と不確実性(同計算が不可能な“まさ”かの世界)の違い」を理解することである。つまり、リスクは一定の確率計算が可能な予測(推計)であるので、その確率分布に応じてある程度の「信用」(必要とする相手の能力への期待)が関係者の間に生まれるが、不確実性とは、例えば現下・日本の安倍政権が「アベノミクス失敗を認めず、次から次へと繰り出す弥縫策」の連続で、あるいは「まさか男、米トランプ大統領の登場」で、日本と世界が“まさか”の混沌化(先が読めない不幸な状況)に深く嵌りつつあるが如きことである(Cf. ⇒ 安倍内閣と多数派国民が失敗アベノミクス直視を忌避するのは何故http://urx2.nu/AGLx )。


・・・また、この<意識が生まれる瞬間>に必須となる「未来への信用」は、後述する西垣 通(東京経済大学教授、前東京大学大学院情報学環教授/基礎情報学)の「ネットによる集合知民主主義の統合モデル/HACS(階層的自律コミュニケーションシステム)」および金井良太(意識の研究で国際的に活躍する認知神経科学・脳科学者、アラヤ・ブレイン・イメージングCEO)の「脳の構造に本能的感覚(但し、おそらく進化論的プロセスで蓄積した!)として備わっている倫理観」との関連性があると考えられる。


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(2)同じ不確実性でも、例えばEU統合のような“『権限⇔権限』関係を包括する入れ子モナドロジー的な囲い込み環境”に因る内在リスクを前提する不確実性の場合のAIシュミレーションでは、意外にも共可能性(共存と常識を支持する多数派集団(社会))が現れ、それを前提しない場合では逆にデッドロック(対応・処理不能の堂々巡り)状態が観察される。


・・・Cf.1 20171204日本経済新聞に森井裕一氏による遠藤乾著『欧州複合危機』の書評が掲載された。「来年は独仏でEUの将来をも決め得る選挙の年となる。中間層を納得させながら国際環境の変化に対応する政策を展開する時間は独仏やEUに残されているのか」20161219@中公新書http://qq1q.biz/AHLp 


・・・Cf.2 脳科学者・金井良太(委細、後述)の『政治的信条に関わる脳構造』(著書『脳に刻まれたモラルの起源』収録)の脳の情動部位に関する観察によれば、極右・超保守派は恐怖心や臆病な性質との相関が高く、逆にリベラル派は太っ腹や鷹揚な性質との相関が高いことが観察されている、ことは興味深い!(苦w)



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(3)【人間社会における、「リアル支配力」と実存重視の「知性主義」は基本的に無関係であることを再認識すべき!/ライプニッツのモナド論を取り込んだAIシュミレーションでは、仮想エージェントが多数派に対して「同調する振る舞い」が観察されるが、より驚くべきは、同じことが自然界の原子・分子レベルでも起こっていることだ!】


・・・Cf.1 因みに、自然現象ではベクトルに任せ放置すると、人間社会の虐殺へ至るプロセスとソックリのこと、例えば相転移現象が起こる。しかし、個々人が自由意思を持つ人間社会では、どんな環境下でも最後の瞬間まで誰も奪うことができない精神の自由(実存選択の意思)が残されている(フランクル『夜と霧』)。よって、人間は無機質な原子・分子の世界とは異なることを最認識すべき!そして、このような知見に立ちつつ改めて「堕落した日本メディア」の役割を問い直すべし!


・・・Cf.2 森千香子『排除と抵抗の郊外/フランス〈移民〉集住地域の形成と変容』(第16回大佛次郎論壇賞)は西川アサキ『魂と体、脳』と併せ読むべき(困難な問題でこそ人間は多数派に同調する傾向がある。それは伊坂幸太郎『マリアビートル』にヒントを得てライプニッツ・モナド論を取り込んだ西川アサキのAIシュミレーションでも観察される/ 虐殺はなぜ起こるか?を考えさせる西川アサキのAI シュミレーションの意義!)、そして森千香子氏の観察は今こそ全ての人々が理解すべき重要な人間社会の現実!20161220只のオッサンhttp://ur0.biz/AGcL 


・・・Cf.3 森千香子さんが『排除と抵抗の郊外 フランス〈移民〉集住地域の形成と変容』で第16回大佛次郎論壇賞を受賞。おめでとうございます!弊社からは『国境政策のパラドクス』『排外主義を問い直す』(共に編著)が刊行されています。@勁草書房編集部 http://ur0.biz/AGcM


(関連情報)


◆SNSは「噓ニュースとデマ情報の濃霧」に巻込まれ、既存メディアは「信頼性劣化とトランプ式“まさか”無責任orパノプティコン権力」らの小道具取扱い化の壁にぶつかりデッドロック!これからの要は、市民意識・SNS・既存メディアのAI活用による融合 → 新メディア創造、の方向へ向かうのでは?20170104@只のオッサン RT to @‏@ikinahito123/メディアの主役は明らかにソーシャルメディアだが、信頼性の高い新聞社などは、情報の正確さで勝負できるはず。・・・【断絶を超えて】3)拝啓ツイッター大統領様:20170104日本経済新聞/名門紙が戦う脅威 米国を代表する有力紙ワシントン・ポストの本社7階。紙が散らばる昔ながらの編集局はない。サイト訪問者数、記事閲覧数……。編集局の中央の大型モニターに様々な分析データが並ぶ。ニュースが今、どうネット上で読まれているか。編集者は刻一刻と変わるデータを横目にスマートフォンで見やすい「画面づくり」にエンジニアらと知恵を絞る。ポストが米アマゾン・ドット・コム創業者のジェフ・ベゾス氏を社主に迎えたのは3年前・・・https://twitter.com/hanachancause/status/816553740920422401 


・・・


(西垣 通の情報基礎論)


f:id:toxandoria:20170104040310j:image:w220:left西垣 通著『ネット社会の正義とは何か』(角川選書)によると、軽く考えれば一見同じように見えるシステムである生命体と機械の決定的な違いを明快に示してみせたのがチリの生物学者ウンベルト・マトウラーナとフランシスコ・バレーラが1970〜80年代に提唱した「オートポイエーシス(自己創出理論/Autopoiesis)」である(関連参照⇒プロローグ/ヒエロニムス・ボッス『荊を冠ったキリスト』の意味)。


これは生命体が自分自身を創り出す(個体で見れば子孫を残す)ことを意味するが、脳細胞と脳内の記憶も、同じく過去の記憶をもとにして更新・蓄積されてゆく。それに対して機械システムの一種であるコンピューターは、人間の誰かが設計し、回路を組み立て、プログラムを組み込んだものである。従って、機械はそれに対してアロポイエティック・システム(allopoietic system/alloは(外部から挿入される“他者・異物”の意味)と呼ばれる。


然るに、例えば米国のロボット工学者ブルックス、西川アサキ、川人光男(以上、既述)あるいは後述の金井良太らAI関連フィールドの先端研究によって、Autopoiesisである人間(の意識)とAIマシン(の意識)の違い(差異)が分からなくなる?という議論が出始めており、それどころか、そのトレンドのなかで最も急進的なのがレイ・カーツワイル(関連参照⇒『AIを巡る楽観論と悲観論のジレンマ』http://urx2.nu/AGN7 )のシンギュラリティー(AIが人間の知能を超える)論だ。果たして、AIマシンは人間を超えて神的な存在となり得るのだろうか?(Cf.⇒ http://u0u1.net/AFCb


が、西垣 通はそうはならないだろうと見ており、それよりも最適解がある一定の社会・政治的テーマに絞ったHACS(階層的自律コミュニケーション・システム/ネットによる集合知民主主義の統合モデル)による国民層の多様な「集合知」の発見と活用に更に取り組むべきだとしている(Cf.⇒ http://u0u1.net/AFEu )。それは、未だにSNS(ツイッター、フェイスブックなど)の活用の殆どが<商用広報or同好会的親睦ツール、うっぷん晴らし発言の場、果てはウソ・ニュース発信源、非正規データベース化した非文脈的情報の氾濫>などの段階に留まっている現状であり、主要メディアの代替役も未だ道遠しであるからだ。


因みに、同書のなかでの西垣の議論で最も注視すべきと思われるのは下の二点である。


(1)そもそも、従来の自然言語(話し言葉と文字や記号として書かれる書き言葉)もデジタル(変換)言語(DB(データベース)レベルで言えば、正規DBと非正規DB)も同じ「機械語」であるという発想転換が先ず肝要だ!(正規DB=特定の目的で収集し体系化されたもの、例えば住所録・電話帳・顧客情報ら/非正規DB=ツイート、メール内容などWebに氾濫する断片情報を集めたDB(一般のまとめサイトも此処に入る)で、嘘ニュース、悪質デマ、陰謀工作ネタ等の情報源に使われる可能性が高い)


(2)「AIの知(仮に、近未来においてAI意識が創出される?としても)」と「人間の知(文脈的・エトノス環境的意識)」の違いを理解するには、先ず西欧中世の「決疑論」と近代啓蒙主義における「観念的な間主観性」意識の発達&共有化(これが政教分離原則、議会制民主主義、現代憲法、現代の司法・裁判制度、あるいは近代以降のジャーナリズムの成立などに繋がった)の問題についての理解が重要! ⇒ この視点が基礎情報学で言うネオ・フィードバックシステム(機械内部のフィードバック処理回路を越えた人間社会、人間の歴史、自然・生命環境の全体、すなわち内外の全エトノス環境と相互交流する意味での新しいフィードバックシステム)の概念である!


まず(1)の問題であるが、人間が古来馴染んできた自然言語であってもそれが書物に記されると、途端にその意味内容は潜在化し、いったん機械情報化する。すなわち、その意味ではデジタル(変換)言語も自然言語も同じである(そこにある差異は書物等とコンピューターという、書き言葉、話し言葉などの“情報”を収容するツールの違いだけ!)。


だからこそ我々は“書物・本・文書・言明などを(自分の意思、常識、あるいは権威ある一定の倫理・哲学的解釈、学説、科学合理的知見、司法判断らに照らしつつ)文脈的に読み解く”という表現を使っている訳だ。当然ながら、この意味で(1)と(2)は深く繋がっていることになるし、また、このような視点は「ヒューバート・ドレイファス人工知能に対して鋭い哲学的批判を続ける米国の哲学者)のコンピューター批判」にも通じるものがある!(関連参照↓◆)


◆“人間のAIと異なる高度な読解力(エトノス&歴史意識)”の再発見がカギ、そこで目指すべきは人文・科学知の融和的統合(コンシリエンス/consilience)による啓蒙主義ルネサンス!20161107toxandoriaの日記、http://urx3.nu/AH4L 


因みに、(2)の「決疑論」(casuistry)について少し触れておくと、その原義はローマ・カトリック教会の教父に与えられた「善悪を判断するための、告解(神の赦しを得るための告白)の際の指針」のことであり、それは中世のスコラ学で特に重視された。やがて近代(16世紀〜17世紀)になると個人の道徳的な判断への指針の説明として発達し、やがて特に西欧ではそれが小説の各ジャンル(多様で豊富な文脈的フィクションを固定化する文学技法)を発達させることになった。


また、この「決疑論」を一定の言説(ある学説・司法判断・常識的解釈など)についての文脈的理解という観点から、欧州社会を歴史的・俯瞰的に概観すると非常に興味深いことが見えてくる。それは、混沌の時代→政教(祭政)一致権力の時代→双方(教皇権・皇帝(王)権)権力抗争の時代→ローマ法・教会法・決疑論が鼎立の時代(〜16世紀頃)→近代啓蒙主義時代→政教分離と現代憲法成立、という「宗教権威・政治権力・司法に関わる三つ巴の絡み合い(権威⇔権力闘争)の文脈的理解の発展プロセスが、殆どソックリ人間一般の歴史に重なって見えてくるということだ。


おそらく此のことと関連すると思われるが、西垣 通は、同じ情報基礎論の西川アサキが<人間社会についてのAIシュミレーションで、仮に全ての個人を完全開放系(司法の威信が激劣化した社会環境)へ投げ入れると仮説したところ、その社会が一気に不安定化して「行政独裁⇔アナーキー無政府状態)」の間を激しく彷徨する恐るべきループの罠に嵌る社会現象>を観察したと報告している。


1−2 人文・自然科学融合の地平(2)脳科学(+AI)研究フィールド 


『脳の多層的な情報処理機構を取り入れたディープニューラルネットは、ビッグデータの蓄積と普及に伴って、人工知能研究に革命をもたらしています。しかし、 意味の理解や自発的行動といった生物が持つ自然な知能を実現するには依然として程遠いのが現状です。本研究では、意識と脳に関する理論的研究を援用することで、人工システムに主観的感覚や意志を実装し、実生活環境での多様なデータの処理に活用することを目指します。(金井良太:Araya Brain Imagingの活動について』http://qq1q.biz/AHM0 より転載)


・・・


f:id:toxandoria:20170104042334j:image:w250:leftベンチャー、Araya Brain Imaging(http://www.araya.org/ )で脳科学者の立場からAI「人工意識」の開発に取り組む金井良太(脳神経科学者/サセックス大学准教授、アラヤ・ブレイン・イメージングCEO)の著書『脳に刻まれたモラルの起源/人はなぜ善を求めるのか』(岩波書店)によると、人間の脳の構造に「本能的な感覚としての倫理観を司る部位」(おそらく進化論的プロセスで蓄積!)があることなど極めて重要な事実が確かめられつつある。


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そして、このことが科学的・客観的に確認されれば(そうなる可能性は非常に高い!)、ジェレミ・ベンサムの功利主義に基づいて「最大多数の最大幸福を求める経済合理性」の問題が、それほど単純なものではないこと(→その終着点が自由原理主義で本当に良いのか?)が説明できることになりそうだ。そこで、この問題と関連するくだりを同書から以下に部分転載しておく。


・・・人間は、他人と共感し合い信頼関係をもつことで、幸福感を得る。そして、モラルファウンデーションの感情のように、自然と他人を傷つけたくない気持ちや、穢れを身の回りから遠ざけたいという感覚が、脳には生まれつき備わっている(Moral foundations theory/ http://urx2.nu/AGNu )。そのため、自分の不利益になるような状況でも、他人や社会のために行動を起こすことがある。お金を儲けることよりも、世の中に貢献したいという気持ちは、欺瞞ではなく人間らしい本能的感情の一種である。また、その延長でエウダイモニア(eudaimonia/幸福を意味するギリシア語/原義は各個人の守護神となる、よき euダイモン daimōnに守られている状態のことだが、 アリストテレスは『ニコマコス倫理学』のなかで魂のうちの理性的部分の活動、すなわち純粋に観照的な生活をエウダイモニアとみなしてこれを最高善に位置づけた。http://ur0.biz/AG4m )のような自分の能力を発揮して徳のある行動をしたいという欲求があり、人はそこに生きがいを見出す。・・・ 


因みに、金井良太(Araya Brain Imaging)の手法でネットワーク内部の情報の統合を定量化(意識のモデル構造が把握)できたとしても、それが人間並みの個性を身につけられるか否かの問題は永遠に残ると考えられる。無論、金井良太の挑戦はそんなことは十二分に承知していると思われる。むしろ、おそらく西川アサキが指摘するとおりで、スピノザが積み残した「そのモナド論の未来が不在であること」(西川アサキと異なり、スピノザは未来時間もその全てがモナド内に入っていると考えた)と関係する。


つまり、殆ど無限に近い大・中・小の意識内容のズレが遍く常在することこそが人間個々人の個性(未来へ向かう時間の流れに沿った内外のリアル・エトノス環境と永遠に?共鳴する状況)を創り出しており、その個々の人間の<只一回性(一期一会)の個性>のエンドレスの創発こそが、我々人類の未来であるからに他ならない(エトノスの委細はコチラ参照⇒http://qq1q.biz/AHMh )。


なお、この種の人間の近未来に関わる論点は、[1−2 人文・自然科学融合の地平(1)量子論・AI研究フィールド・・・/★3 ダ―ウイン進化論の限界(矛盾点)を補完すると考えられる、「進化論的軍拡競争」と「(生物種の)永続性の原理(仮説)=人文・科学両「知」融合の地平で立ち上がる新たな原理]と奥底で深く関わることになると思われる。


2 日本会議・神社本庁らが国民の無意識層で再発現させた戦前型「客観“知”への激しい憎しみ」、それは異常な平田篤胤仕込の「顕幽論」(インテマシ―過剰)


・・・文化の特徴を仕切る二つの重要な視点/インテマシーとインテグリティー(トマス・カスリスの独創的な用語から学ぶべきこと)・・・


f:id:toxandoria:20170104173111j:image:w250:left後述する著書『神道』(ちくま学芸文庫、2014/原著『Shinto:The Way Home、2014)より先にトマス・カスリスは原著『インテマシーあるいはインテグリティー/哲学と文化的差異』(法政大学出版、翻訳版2016/原著『Intemacy or Integrity、2002』を著している。ところで、その用語インテマシーに「親密さ」という辞書的な一般的訳語を、同じくインテグリティーに「完全無欠の状態」の訳語を当てはめ、一応事足れりでは大きな誤解を招くことになる。しかも、現実的に両者の概念を短く表現するのは容易なことではなく、ならば、これを正確に理解するには同書を読むしかないということになる。(苦w)


そこで、同書の解説なども敢えて無視しつつ、カスリスがこの本を書いた主要な目的(それは西欧文化と東洋文化の最もベーシックな差異について考えることであり、特に前者と日本文化との差異は何か?について深く考察することであると思われるので、敢えて、独断的な訳語を当てはめてみる。また、特に留意すべきは、同書が後にカスリスが著すことになる『神道』(原著)の伏線ではないかと思われることだ。


以上から、ここでは両用語の概念を分かり易くするため「インテマシー:非分析的感性に基づく共感優先の文化指向性」、「インテグリティー:分析的感性に基づく契約概念的な文化指向性」という仮訳語を当てはめる。また、同書のなかで、インテマシーについてカスリスが最も簡潔に表現している箇所を抽出すると以下の通りである。


・・・ラテン語における語源が喚起するイメージに従うと、インテマシーとは、心に秘めたもの(intimus)を親しい友人(intimusないしintima)に打ちあける(intimare)ことである。換言すればインテマシーとは、つまるところ心の奥底にあるものを分かち合うことなのだ。そして、これと同じようなことは、例えばある生態系における植物相と動物相のあいだ、あるいは素粒子物理学における物質とエネルギーの間のインテミットな関係としても考えることができる。(驚くべきことに、量子生物学の分野では既にこのような考え方の科学研究手法が採られている!←補足、toxandoria)・・・


また、インテグリティーついてカスリスが最も簡潔に表現している箇所を抽出すると以下の通りである(以下は、一部をアレンジして転載)。


・・・ものの世界でのインテグリティーの事例を挙げるならば、例えば海中における水と塩の関係、つまり両者はどのような点で異なっており、かつ関係し影響し合っているか?というようなことだ。人間の場合のインテグリティーでは、例えば自己充足的なアイデンティティーを備えている(各々が立派な人格を備えた人である場合の)人間関係は美徳であり、それは基本的に堕落したり無節操になったりせず、ある一定の行動規範や普遍的価値観を前提に分析的に行動し関係者双方による契約関係を尊重することになる、というようなことだ。・・・ 


そして、東洋文化に比べると一般に西欧文化はインテグリティー的な文化指向性へ大きく傾斜しており、特に日本文化はその逆のインテマシー的な傾向が強く、又それこそが西欧文化とは本質的に異なるという意味で優れた日本伝統文化の基盤を形成しているとカスリスは見ている。



f:id:toxandoria:20170104043441j:image:w180 [この絵は老女か若い女か?]

但し、ここで留意すべきは、東洋文化と西欧文化が夫々100%近くまでインテマシーないしはインテグリティーの指向性に占有されているのではなく、両文化は共にこれら二つの要素(異なる指向性)を併せ持っており、その両成分(二つの自然・社会・感性的な空気)は絶えずせめぎ合いながら行きつ戻りつの振動を繰り返す状態にあるという点だ。この両者の関係についてカスリスは、ゲシュタルト心理学の「図と地の違いを説明する絵」を引き合いに出して説明する。


つまり、インテマシーとインテグリティーの差異は、その時に、その絵を見た人(西欧人か、東洋人か、あるいは日本人か)の関心が何処にあるかの違いだという訳だ。当然ながら関心の有無によって同じ絵は「異なる絵」に見える(地と図が反転する)。だからこそ、異文化は初めからすんなりと外国人には理解されにくいということになるし、逆に言えば、からこそ、異文化が交流し、双方が理解し合うのも可能だということにもなる。


また、カスリスは日本文化のインテマシー優勢の文化指向性がホログラフィカルでアニミズム的な世界観を形成し易いことを指摘している。ホログラフィカルな世界観とは、部分と全体が入れ子構造(このカスリスの発想自体が西欧的な科学哲学的なもので、それは西川アサキが取り上げたライプニッツのモナドロジーを連想させる!)になった不思議な世界観である。そして、日本文化には、例えば神社の鳥居や注連縄がそうであるのだが、これら鳥居や注連縄は包括的な神道の世界(古来の神道スピリチュアリティー/委細、後述)への入り口の機能を果たしている。


因みに、カスリスによれば、日本人の特徴であるインテマシーを代表する神道スピリチュアリティーは「自己の外へ出るのではなく世界観をホログラフィカルに内部へ没入させよ!」と強く要求する傾向があり、それが客観「知」の分析に因る契約ならぬ感情の最も暗い部分への無限の沈潜となって、遂には古来日本の大和魂の如く「天皇(国体)のための自死」が「自己犠牲⇒完全な自己保存体観念」へとホログラフィカルに反転する傾向が観察される。


従って、この点は日本文化のアキレス腱として冷静に理解する必要があるだろう。但し、関連することは次章以降で詳述するが、著書『神道』のなかで、カスリスは「古来の神道スピリチュアリティー」と「1801年(本居宣長の死)以降の政治的に創作されたイデオロギーとしての神道スピリチュアリティー」を明確に分けて考えており、ここでのアキレス腱の指摘は後者のことである(カスリスは、この二つの他に“実存的スピリチュアリティー”も指摘する/委細、後述)。


(参考情報)


◆【報告】トマス・カスリス教授講演会2016.08.25 中島隆博、川村覚文ほか、文責:金景彩(東京大学大学院・UTCP)http://urx3.nu/AH4k


3 多数派日本国民が共有する「神道」に関わる誤解/トマス・カスリス著『神道』の警告


3−1 神道的スピリチュアリティーと実存神道


f:id:toxandoria:20170104043941j:image:w250:right米国における日本思想・宗教・神道研究の第一人者であるトマス・カスリスは、一般的な意味での経典を説く「宗教/唱導宗教」(religion)とスピリチュアリティー(特に、特別の経典を持たない神道のSpiritualityには自然界に潜む超越的なものを感じ取るというリアリズム感覚が存在する)を厳密に区別することから著書『神道』(ちくま学芸文庫、2014/原著『Shinto:The Way Home、2014』)を書き始めている(第1章)。


また、神道はこの古(古代)神道由来の(1)「本質的な神道的スピリチュアリティー」とは別に、これとは全く異質な二つの特徴的な側面があり、それは(2)「実存的スピリチュアリティー」と(3)「1801年(本居宣長の死)以降に政治的に工作され、日本を太平洋戦争の悲劇(惨禍)へ連れ込み、今や再び小泉首相靖国参拝(2002)で蘇生し、現下の安倍政権がその完全取り戻しを謀る人工的スピリチュアリティー(追憶のカルト/教条的な異常イデオローグ)」のことである(←注記、人工的スピリチュアリティー(追憶のカルト)はtoxandoriaの説明的な補足)。


ここで言う「実存」は、哲学一般で言う実存(サルトルらを連想させる、本質に対し現実の重視を説く説)とは些か異なる使い方になるが、いわば歴史的に神道に纏わってきた“日常に関わる土俗信仰的な生活の知恵”ないしは“密教呪術的な政治技術”と言うような意味での実存性ということだ。


前者は、通過儀礼等での日常生活における国民一般の御利益感覚を考えれば分かり易く(今の我々も殆どこの感覚で神社を訪ねているはずだ)、後者については神仏習合時代の神道(密教曼荼羅を取り入れた両部神道、http://u0u0.net/ABAI)が、密教の呪術を政敵への呪詛や戦争の勝利祈願などで活用したことを想起すればよいだろう。


また、そもそも(1)「先史時代〜794年(奈良遷都までの古神道)の神道スピリチュアリティー」と(3)「終戦期までに及ぶ1801年(本居宣長の死)以降の神道スピリチュアリティー(政治的作為で創られた)」は全く別物と見なすべきだとカスリスは主張するが、この点についてtoxandoriaは大いに共鳴する((2)は実存的な神道スピリチュアリティー)。


それは、後者のスピリチュアリティー(3)が、結局は、現下の<安倍政権と日本会議・神社本庁らによる「国家神道」復活工作(全国神社の本宗に相応しく伊勢神宮へ戦前並みの「国家財政支援」を実現すること、および靖国神社の本格的な国策軍神&英霊神社化、そしてそのための改憲を)謀ること)の動因となっている、狂信カルト(篤胤・顕幽論)一色に染まる異常イデオローグ>にまで繋がるからだ。


従って、前者のスピリチュアリティー(1)、つまり<日本の恵まれた自然環境(および、その地質学的特徴から古来たびたび列島を襲った大地震・津波・台風襲来などへの怖れの観念)と呼応しつつ先史時代からの長大な自然史と、そのエトノス環境(内外およびマクロ・ミクロの複合的な観点から自然・人文・社会環境を包括的に直観する観念)の中で生きてきた日本人がそのエトノス(自己の体内環境も含む大自然)の中にカミを感じ、その同じカミへの怖れの心を最も大切にする>というプロセスで育まれた感性が後者(3)と全く異なるのは明らかである。


ともかくも、カスリスの著書『神道』は、これら二つのスピリチュアリティー神道(1、3)と実存神道(御利益&政治技術的神道、2の実存的スピリチュアリティー神道)の二面性(厳密に言えば、三面性!)が複雑に絡み合い、重なり合いつつ神道の歴史、ひいては日本の歴史そのもの、あるいは日本文化と政治権力の変遷史を形成してきたという、きわめて日本的な特徴を明らかにしたことになる。


f:id:toxandoria:20170104044101p:image:w400:leftそして、特に注意して観察すべきなのが(3)「終戦期までに及ぶ1801年(本居宣長の死)以降の神道スピリチュアリティー」が幕末期以降の日本近・現代史と重なる部分だ。それは、この(3)の人為的・政治的な神道スピリチュアリティーこそが戦前日本のナショナリズム、神聖「国体」論(天皇現人神論)、積極戦争植民地主義、強靭「軍国主義」、そしてカミカゼ特攻隊(自爆戦強制)の悲劇、ひいては数千万にも上る外国人・戦争被害者、200万余の日本人・戦没者、広島・長崎の原爆惨禍など、日本国民を大きな悲劇の道へ追い立てる精神的エンジンを提供することになったからだ。















(関連情報)


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◆(1−1/★2の再掲)オリバー・ストーン監督、米日韓加中英豪沖台の専門家など53名 真珠湾訪問に際し安倍首相の歴史認識(の正体とホンネ)を問うSunday, December 25, 2016 http://qq1q.biz/AHHR


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◆安倍“敗戦否定&積極戦争主義”の欺瞞(狂信!国策 『国家神道』復活のホンネ共有)を暴く好記事二つ/安倍真珠湾訪問、神津会長の連合(リアリズム“原発&石油エネルギー(復活)”主義)は誰の味方なのか、http://ur0.pw/ACam 


・・・


しかも. 今でも日本国民は特に(3)の後半部が形成した「深刻な精神的アキレス腱」を抱えたままである。それどころか、日本会議、神社本庁、靖国神社、安倍政権らの戦後期から現在にまで及ぶ執拗な暗躍が功を奏す形で、<日本国憲法(象徴天皇制)と日本自身の科学&科学技術観の根幹>が、反知性主義的な政治権力(安倍政権)によって根底から破壊される危機に襲われている。


つまり、“神道スピリチュアリティー(3)”と“神道スピリチュアリティー(2)(=日常感覚化した神道の実存性”)の悪しき再癒着によって、戦前日本型の反知性主義イデオローグ『顕幽論(平田篤胤)』(委細、後述)が、今度は偽装科学主義である「AIシンギュラリティ」の衣を纏って復活しつつあるということだ。


そして、これら(1)〜(3)の違いを未だに自覚できないという、日本国民自身の精神的脆弱さに対し、安倍政権、日本会議、神社本庁ら「追憶のカルト/靖国・顕幽論」派が執拗に攻撃を仕掛け続けているが、それに対し殆どの主要メディアは同調するばかりとなっている。この危機的状況に気が付き大きな危機感を持ちつつ批判し、対抗しているのは今や天皇皇后両陛下とごく少数派の良識派の国民だけ!というのが、残念ながら、日本の惨憺たる現状である。


3−2 靖国イデオローグの系譜、その余りにもゾンビ的な追憶のカルト/平田篤胤仕込み「顕幽論」の異常性(インテマシー過剰、客観知への憎しみ)


(記紀を基に8世紀初頭から貴族社会に、やがては一部の武家社会で拡がった『皇統一系』の思想/が、それは絶対多数派の庶民層とは無縁であった)


8世紀初頭に完成した『日本書紀』が史実の根拠とされるようになった頃から、記紀の創作である「皇統一系」思想は先ず日本の貴族社会に拡がった。次いで、南北朝時代の末期頃に書かれ1370年頃までに成立した軍記物語『太平記』(南北朝時代を舞台に後醍醐天皇即位、鎌倉幕府滅亡、建武の新政、・・・二代将軍足利義詮の死去と細川頼之の管領就任までを内容とする軍記物語)が一部の武家社会へ、「皇統一系」は歴史的事実だとの認識を広める役割を果たした。


しかし、「皇統一系」は歴史事実とは言えず、むしろ王統に関わる伝承等(歴史的メタファー)の大集成という意味で評価されるべきものだ。そして、そもそも記紀は外来文化に寛容な日本文化を象徴する暗黙知の宝庫であり、それは日本人が共有する誇り高き「大いなる巨人(寛容な意識を持つ民族)の物語」であったことになる。


従って、現下の安倍政権(日本会議 政権!)が必死で謀る「一連の復古的動向/“追憶のカルト”なる病理学的に異常な世界へ引き返そうとするゾンビ的な政治情念」の根拠は、「皇国・紀元2600年/日本建国神話」(旧暦BC660年1月1日、グレゴリオ暦で読めば現在の2月11日に神武天皇が建国)という<虚構の日本史>の中へ全ての日本国民を強制回帰させようと謀る人々の<特異な妄想世界>の中にあることになる。


が、記紀の内容が誤りと嘘バカリで、国民を誑かす悪書だという訳ではなく、その貴重なメタファー(汲めども尽きぬ暗黙知の貴重な宝庫)を<あくまでも、その100%が歴史的事実だ!>と作為で曲解する“君側の奸+軍神信仰”の『狂』(追憶のカルト/異常“観念同時”、異常“間主観性”の病理)が邪(よこしま)で有害なだけであり、その往年の“君側の奸+軍神信仰”の『狂』が、今や再び「第3次安倍第2次改造内閣の暴走」で再現されつつある。 


明治維新〜戦前・戦中期におよぶ軍部支配の歴史、それは次第に強烈な『愛国玉砕(散華)戦争』なる下賜カルト観念の国民共有へと変容した)


そもそも、その根本は<明治維新政府(門閥・閨閥・閨房閥を世襲で固めつつ“天皇を担ぐ君側の奸”の野合的な連合体構造)が採用した「国体思想」戦略、現人神天皇の建国神話的カリスマ性の徹底的な政治利用>ということであった。


そこで、維新政府は「宣教使」(宣教使は官庁の名称/長官、次官、講義生、史生、判官、主典、宣教使その他の職員で構成/明治5年、廃止)の役職(国家神道普及のための国民洗脳が主務)を設け、神道学者・国学者を総動員して天皇の偉大さ、支配の正統性、それに対する国民の忠節の意義など(天孫たる現人神を批判する国民は絶対に容赦せぬ!という国策の“脅し”)を説いてまわらせた。


結局、この政策は後期水戸学の会沢安らが主張した「祭政教一致」(教=国体へ絶対貢献できるよう国民を教化・洗脳すること)を原則として行われた。そして、日本会議の影響下にある『安倍政権の官邸“教育再生会議”、http://goo.gl/JAHQf3 』は、明らかに、維新期のそれ(後期水戸学派の祭政教一致=教育現場への直接介入と洗脳教育)の取り戻しを意識している。


ところで、「国体思想」とは、「天賦人権説」(民権論、主権在民)の対極にある天壌無窮の現人神たる天皇を中心とする中央集権的官僚制国家(厳密に言えば天皇を狡猾に政治利用する“権力の強靭化”、薩長野合型“君側の奸”連合に好都合な官僚制国家)の建設を目指すものであった。


しかし、それは真っ赤なウソを根拠とする国民騙しの欺瞞政策だったし、そもそも古代律令制が古代中国(南北朝時代を統一した隋唐帝国)の模倣であったことが示唆するとおり、実は日本古代においてヤマト民族派的な排外思想は存在せず、それどころか明らかに倭国(黎明期の日本)は、東アジア漢字文化圏の一員であるという寛容な国際感覚に裏打ちされた存在であったのだ。


(靖国顕幽論の登場/平田篤胤派「神道」による神道のカルト化、その余りにも暗く不気味なゾンビ生命論型パラドクスへの没入)


「維新政府」以降の国家経営の誤りの根本は、江戸時代前期から中期の山崎闇斎荻生徂徠らの儒学者、あるいは本居宣長(江戸中期〜後期)、平田篤胤(同後期/幽顕思想(顕幽論))ら国学の流れを汲む<「後期水戸学イデオローグ」が夢想(妄想)した「祭祀と政治の一致/至高の国家的儀礼に関わる議論」の中で「愛国玉砕(散華)戦争(このみいくさ)」(日本型聖戦論)が過剰濃縮されたことにある。


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平田篤胤(キリスト教、および西欧啓蒙思想も熟知していたらしい!)の「顕幽論」は、現世の殆どの人間(日本国民を殆ど野蛮で動物的な有象無象の存在と見る)には基本的な意味での人間の権利がないとする。しかも、篤胤はこの顕幽論を半ばジョークで創ったと告白さえしている!(苦w)そして、愛国玉砕戦(このみいくさ)で勝利し、大霊界へ昇り英霊の位階構造に列して初めて日本国民は人間たる基本的権利が与えられるとする(関連資料:吉田真樹著『霊魂のゆくえ』(講談社)、田中純『政治の美学―権力と表象』(東大出版会))。


また、顕幽論(“靖国神社と国家神道”の中核イデオローグ)によれば、現人神とは『記紀神話の降霊(招魂)儀式で中枢神殿(英霊が眠る靖国をこれと見立てる)の霊璽(れいじ/神や霊が宿る“よりしろ”)に憑依する神霊(エクトプラズム/人霊とは異なり神格化した英霊)となる“愛国者”の意味であり、それは皇国史観に基づく天皇だけのことを指す訳ではないとされる。


どうやら、“追憶のカルトのお仲間”たちは、その意味で安倍晋三首相を天皇より上位の現人神(英霊が降霊した存在)と見て崇めている節があり、これは恐るべき『狂』以外の何物でもない!(苦w)そして、この現人神は『世界で唯一の澄める“うぶすな”でできた“美しい国、日本”の国土を愛国戦争で死守する覚悟で玉砕した神霊が再び受肉する国土』と定義される。


しかし、愛国(国策)「原発」系の過酷な放射能汚染(およびその拡大リスク)を放置したままで、何が美しい国土の死守か!と言いたい。そこに現れているのは「非分析的感性」たる<インテマシ−過剰/関連参照⇒第3章−1 カスリス「インテマシー/インテグリティー」>と<客観“知”への憎しみ/関連参照⇒エピローグ:トマス・カスリスの神道に対する率直な思い>という、日本会議、神社本庁、安倍内閣らの余りにも常軌を逸した異常な精神環境の正体である。


4 正統保守を自覚する日本国民は安倍政権、日本会議、神社本庁ら偽装極右派(1801〜、の異常イデオロギー没入派/エセ神道スピリチュアリティー派)と、早急に一線を画すべきである!


・・・それは、正統保守と伝統日本文化の源流たる「神道」本来のスピリチュアリティー(カスリスが分類したスピリチュアリティー(1)に重なる)には世界平和への大きな貢献が期待されるから!・・・


(伝統神道の原点と見るべき神道書『神令』によれば、「天皇制」草創期(およそ“大化改新”以前)の神道は天皇に対し民衆を平等に見る徳治政治を求めていた)


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■神道・宗教学者、小山悳子(とくこ)によれば、神道書『神令』(伝:大納言・一条兼良、筆/兼良は室町時代の公卿・古典学者、http://ur0.biz/AGfm)の成立期は、およそ“大化改新”以前(中国由来の儒教の受容が本格化するより前の時代)である。


・・・[3−1 神道的スピリチュアリティーと実存神道]で触れたトマス・カスリス『神道』(ちくま学芸文庫)も、「古代神道の成立期」を「先史時代〜794年」と見ており、それは此の小山悳子の指摘にほぼ重なっている。


・・・従って、そこには弥生期〜古墳時代ころの伝統神道の最古の思想が潜むと思われ、当書の研究から更なる“日本文化と伝統神道”の古層の再発見が期待されている。しかも、この書の研究成果は安倍政権、日本会議、神社本庁らが謀る『軍神靖国“顕幽論”/追憶のカルト(国家神道)』復活工作へのアンチテーゼとなり得ると考えられる。


・・・また、小山悳子は<日本神道史における「元神からの芽生え」とされる國常立尊(虚無の元神ヨリ萌牙シタもの)の概念の展開には、現代宇宙論と神道の創生観に関わる概念的な類似性が窺われる!>と見ている。それは、『神令』の“元、気(無・虚無・非空間)ヨリ萌牙シ(もえきばし=兆し)モノ”、ビレンケン宇宙論(http://ur0.link/qfzq )、量子論・量子物理学(トンネル効果量子もつれ他)、先端発生生物学らが恰も深部共鳴しているように見えることからも想像される。


・・・つまり、寛容かつ謙虚な「正統保守」的価値、およびその意義の再発見が此の神道書『神令』のなかにある、と小山悳子は考えており、この日本古来の神道および日本の伝統文化は、東西の宗教・文化(一神教VS汎神論)の対立解消へ貢献し得る可能性をすら秘めている、と主張している(出典:小山悳子『日本人の求めた元神』(日本図書センター/Cf.⇒http://ur0.link/qfzn )。


<注>國常立尊(くにのとこたちのかみ)

・・・日本神話に登場する天地開闢の時に出現した「元神からの流出」であり、『日本書紀』においては初めての神とされる。『古事記』では国之常立神、『日本書紀』では国常立尊と表記されている。別名、国底立尊(くにのそこたちのみこと)とも呼ぶ。その元神が化生・転生して八百万の神々、つまり自然界ができたというのが伝統神道および記紀の神話論理(ミソロジー)。


・・・


ところで、上掲書の著者、小山悳子によれば、かつて自由民権運動の視野に入っていたと見なすべき<一つの可能性としての「天皇の原理」>との関わりで想起されるのが、本居宣長と同時代の伊勢神宮の神道学者(神職)、出口延佳(1615〜1690)の『天皇・人民平等論』(現代のコトバで言えば、象徴天皇制に近い考え方!いわば良い意味での天皇の顕教式利用)である。


出口延佳は日本古来の伝統神道を正しく伝える者としての誇りと使命感から、一般的理解とは真逆の『“天皇=民衆”平等論』を説いていた。つまり、そこでは<純粋精神・多元文化主義としての皇国史観>が現代でも通用する正統保守たる<象徴天皇制の下で「国民主権共和(デモクラシー型)ナショナリズム」へ深化する可能性>が芽生えていたのである(関連⇒ http://urx.nu/atS9 )。


また、同氏は「ある意味で神の領域にまで立ち入ったともいえる先端遺伝子学(発生生物学、DNA研究)の分野で、地球上の全ての人間は同じ仲間、同じ民族と結論されたのであるから、もし過去の閉ざされた情報の中で選民思想やヤマト民族(派)の如き純血民族思想が生まれたのであれば、伝統神道においても、その部分は取り去って考えるべきである。そうすることでこそ新しい神道の優れた本質(東西を繋ぐ新たな寛容の可能性)を見出してゆくことができる」と、述べている。つまり、このような視点こそが正統な歴史認識の基本なのである。


小山悳子『日本人の求めた元神』によれば、本居宣長・平田篤胤らの偏狭な日本思想(宣長の場合は、宣長が偏狭であったというより、後世の国学者・神道学者らが曲解したというべき!)、あるいは戦前の文部省謹製『国体の本義(昭和12)』と『日本世界観と世界新秩序の建設(文部省、昭和17)』、又は“生長の家”過激派の異常イデオローグなどは、そもそも寛容であった伝統神道(平安中期以前の古層日本文化と重なる)の考え方を『関東軍式、満州国統治の経営理念(国家神道方式)』にとり好都合となるよう脚色したものである(本居宣長の曲解、の委細についてはコチラを参照⇒2013-05-07toxandoriaの日記、http://urx3.nu/AH5I )。


(エピローグ1)希望の光は量子論・AI・脳科学ら先端研究での自然・人文科学融合の必然性!/トマス・カスリスの神道に対する率直な思い、からの連想


・・・それは、「神道精神の眼差しを『内』(本居宣長“ロマン主義”の曲解⇒靖国顕幽論(平田篤胤)なる、「1801年〜幕末〜明治維新〜太平洋戦争」期に作られた国家主義スピリチュアリティー(異常イデオロギー)への没入)から『外』(世界平和の象徴化の方向)へベクトル転換することが今こそ肝要だ、ということ!・・・


トマス・カスリス『神道』(ちくま学芸文庫)の『はじめに』の冒頭は、次のように書き出している。


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・・・神道を説明するのはとりわけ難しい。たいていの日本人にとってもそうだろう。神道の基本的な価値観やふるまいの形は日本文化に浸透し、伝統(日本人の日常生活←補記、toxandoria)の一部となっているので、神道を意識的に参加する「宗教」 (religion)とみなす日本人はめったにいない。・・・


そして、この『はじめに』以降の章立て(当書の構成)は、以下のようになっている。


第一章 鳥居をくぐる

第二章 日常のなかの関連性

第三章 古代神道(先史時代〜794年(平城京遷都))−草分けとなった人々

第四章 奈良から宣長へ(794〜1801年(宣長の死))−道を示した人々

第五章 すべての道は東京に通ず(1801〜2002年)

第六章 故郷への道


第一章と第二章では、初詣、七五三、縁結び、受験合格、入学、交通安全祈願など通過儀礼の入り口として神社を訪れるという行為が、殆ど無意識に近い形で日本で行われていることの意味、つまり今でも一般日本人の日常生活に浸透している「神道の日常感覚的なスピリチュアリティー(何かを感じる生活)とは何か?」を考えている。


第二章と第三章では、その「神道の日常感覚的なスピリチュアリティー」のルーツが、古代神道(先史時代〜794年(平城京遷都))の時代から1801年(本居宣長の死)、という約1000年にも及ぶ、非常に長い歴史時間の中で日本人の心身に浸透してきたものであることを理解する。


第五章では[1801年、以降の約200年をエポック期と見立てた上で、その約2/3を経た時に、漸く太平洋戦争の終戦で「伝統神道が異常化した時代」が終わり、一般の日本人は往年の『神道の日常感覚的なスピリチュアリティー(1)』を取り戻したが、2002年「小泉首相の靖国参拝」で、再び、この「異常(靖国崇拝/国家神道)⇒正常国家観(象徴天皇制)」のベクトルが逆流し始めたという、日本現代史の問題点]を分析する。無論、それが今の安倍政権(日本会議、神社本庁ら)のアナクロ暴走へ直結していることは言うまでもない。そして、問題は本論[3−2]でも取り上げた「靖国神社/顕幽論」である。


カスリスも、「顕幽論」という言葉こそ使っていないが、本居宣長のロマンチシズムへ過剰没入する思想(もののあはれ)の曲解に付け込んだ平田篤胤派の国学系神道が、幕末〜維新期の諸思想および政治権力と融合しつつ異常化の度合いを深め、神道は超然宗教であるとのお墨付きを文部省(当時)が遂に与えることとなり、天皇を現人神へ祭り上げる国体論に完全支配される国家神道(軍神・英霊を頂く靖国神社(顕幽論))に隷属する異常国家・日本が誕生したという訳だ。


実は、冷静な客観的「知」(学校教育アカデミズム)を司るべき「文部省(現在は文科省)」自身が、普遍的人間観・生命観に関わる冷静さを見失うという出来事は戦前だけのことではなく、今や人工知能(AI)やシンギュラリティのコトバが常識化しつつある現在の日本(AI立国を自負する安倍政権下の!)でも、そのような嫌な空気が流れ始めている(参照、下記の関連情報)。


(関連情報)


◆【カルト狂気、戦前型「顕幽論」の正体を露わに見せ始めた安倍内閣】安倍政権が「強権下100%現状肯定=批判的«人文知»に対する排撃政策」を教育・学界(幼児・初等〜大学・研究)・図書館に強制する動因は、日本会議 ・神社本庁の奥に潜む<顕幽論/靖国霊璽に憑依した神霊(エクトプラズム/神格英霊のリアル化)の代理人たる安倍首相を天皇より上位の現人神と見なし崇める追憶のカルト>の狂気(病的興奮)!

・・・日本会議の仕掛!国直轄の国家・国制教員免許化と国公私立の対全教員「共通理念の立法化」検討は、戦前の<超宗教とされた(1889勅令第12号)国家神道の根本教科化、翌1890の教育勅語・発布、なる軍国主義精神での国民洗脳・教化の歴史>を髣髴させ寒気を覚える!何がアベ真珠湾訪問か!20161207@只のオッサンRT@朝日・報道編成局http://urx3.nu/AH5m


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◆『ウソと狂想(追憶のカルト、靖国・顕幽論)こそがリアル(日本の現実)を変える』?/ゴマカシで目標達成@masaru_kaneko/鉛筆ナメ(対新基準微工作で?)て31.6兆円オン(かさ上げ)しGDPが一挙に532.2兆円ヘ底上げ!+AIシンギュラリティ狂信でGDP600兆円は指呼の内だ!by安倍晋三・総理大臣 evernote更新日 2016/12/08 http://urx3.nu/AH5l


・・・


このような空気を察知したのか否かは不明だが、(1−2)で取り上げた西川アサキ(情報基礎論、AI研究&哲学者)が「日本社会(おそらくアカデミズムも含む?←補足、toxandoria)は、AI・量子物理学・核理論等と人文・社会科学系“双方の先端知の融和的な協力が必須のフィールドで人間の意識に関わる問題の熟考を試みる真の科学的態度(冷静な研究スタンス)”に対する一種の憎しみの感情(いわば、客観“知”への憎しみ)に囚われているのではないか?」と述べていることが気がかりである。


また、[1−3 人文・自然科学融合の地平(2)脳科学研究フィールド]で取り上げた脳科学者・金井良太が『脳に刻まれたモラルの起源/人はなぜ善を求めるのか』(岩波書店)を書いた目的が、以下のようなことにあると述べているが、これも、今や再び戦前や戦中期に似た異様な「客観知への憎しみ」の空気が漂い始めた日本社会(その発信源は日本会議、神社本庁、原子村、日本政府、同調ヒラメ・マスメディアら)への一種の警告の言葉として読むことができそうだ。


・・・モラル、いわゆる道徳とか倫理というと、人間に固有の客観的な理性に基づく判断だと考えられ、主観的で情動的な判断と区別される。しかし、最近の脳科学や進化心理学の研究によれば、モラルは、人類が進化的に獲得したものであり、むしろ生得的な認知能力に由来するという。脳自身が望ましいと思う社会は何かを明らかにしたい。・・・


(エピローグ2)“AI利用が本格化するこれからの時代には「人文・自然科学知の融合」が必然となることを傍証する最も重要なポイントを以下に纏めて、再録しておく


・・・これら重要な事例(1)〜(7)を改めて俯瞰すると<日本会議、神社本庁らの策動の下で、本格的なAI時代に必須とされる「客観知/コンシリエンス」(人文・自然科学知の融合の必然性)を心底から憎む『追憶のカルト(安倍政権)』の異常さ(既述のとおり、安倍政権は「批判的<人文・社会科学知>に対する排撃」政策を教育・学界(幼児・初等〜大学・研究)・図書館に強制し始めている!)が如何に愚かな行為であるかが改めてクッキリ浮上する。・・・<注>(8)は、米国の昆虫・社会生物学者E.O.ウイルソンによる「コンシリエンス」の定義。(補足、http://qq1q.biz/AHDS より)


(1) AIに関わる思考実験上のことだが、「意識が生まれる瞬間」の直前に現れるシュミレーション・モジュールの最重要なファクターが「未来への信用」であることが分かってきた。(西川アサキ/情報基礎論、AI)


(2) その「未来への信用」を保証するのは確率論的な計算可能性だが(西川アサキ)、米トランプ流の行き当たりバッタリの「恫喝政治」や安倍政権が好む「アベノミクスの失敗を絶対に認めず弥縫策(AI万能ツール視、原発ゴリ推進、軍需&カジノ経済化など)を出しまくるバクチ経済」は計算が不可能な“まさか(不確実性/胴元・詐欺師らを除けば!w)”の世界へ国民を陥れることに等しく(浜矩子、http://urx3.nu/AHiu)、ダ―ウイン進化論を包摂する上位概念となる可能性が高いとして注目を浴びる「永続性の原理/“人文科学の知見に無知”という根源的愚かさ故に究極的永続性を無視する種は絶滅する!」(仮説/長谷川英祐、・北大大学院農学研究院・准教授http://urx3.nu/AHqt )から見ても決定的な誤謬となる可能性が大きい。



(3) 同じ不確実性でも、例えばEU統合のような“『権限⇔権限』関係を包括する入れ子モナドロジー的な囲い込み環境”に因る内在リスクを前提する不確実性の場合のAIシュミレーションでは、意外にも共可能性(共存と常識を支持する多数派集団(社会))が現れ、それを前提しない場合では逆にデッドロック(対応・処理不能の堂々巡り)状態が観察される。(西川アサキ)


(4) 人間社会における、「リアル支配力」と実存重視の「知性主義」は基本的に無関係であることを再認識すべき!(西川アサキ)逆に言えば、権力者にはバカでもなれるということ!この観点から主要メディアは猛省せよ!(toxandoria/w)Cf. 『国境政策のパラドクス』『排外主義を問い直す』編著の森千香子さんが『排除と抵抗の郊外/フランス〈移民〉集住地域の形成と変容』で第16回大佛次郎論壇賞を受賞。


(5) 情報基礎論の西川アサキが<人間社会についてのAIシュミレーションで、仮に全ての個人を完全開放系(司法の威信が激劣化した社会環境)へ置く(投げ入れる)と仮説したところ、その社会が一気に不安定化して「行政独裁⇔アナーキー(無政府状態)」の間を激しく彷徨するという恐るべきループの罠に嵌る社会現象>を観察したと報告。(西垣 通/情報基礎論、AI)


(6) 人間の脳の構造に「本能的な感覚としての倫理観を司る部位」(おそらく進化論的プロセスで蓄積!)があることなど極めて重要な事実が確かめられつつある。そして、このことが科学的・客観的に確認されれば(そうなる可能性は非常に高い!)、ジェレミ・ベンサムの功利主義に基づいて「最大多数の最大幸福を求める経済合理性」の問題が、単純なものではないこと(→その終着点が自由原理主義で本当に良いのか?)が説明可となりそうだ。(金井良太/脳神経科学、AI意識研究)


(7) カスリスによれば、日本人の特徴であるインテマシーを代表する神道スピリチュアリティーは「自己の外へ出るのではなく世界観をホログラフィカルに内部へ没入させよ!」と強く要求する傾向があり、それが客観「知」の分析に因る契約(エンテグリティ)ならぬ「感情の最も暗い部分」への無限の沈潜となリ、遂には古来日本の大和魂などの如く「現人神天皇(国体)のための自死(散華)」が「自己犠牲⇒完全な自己保存体観念/異常性(倒錯美意識?)」へホログラフィカルに反転する傾向が観察される。(トマス・カスリス)


f:id:toxandoria:20170104055052p:image:w200:left(8) 「人間の意識の主軸は感情と表裏一体の自由意思だが、それは絶えず“原因の空間(因果/究極的には人間の力が及ばぬリアル現象の連鎖である現実の流れ)”と“理由の空間(神ならぬ人間の最小限の自由意思を支える論理)”を区別して観察できること。この両者は対立するものではなく、両者が合わせ鏡の如く密接に結びつき、もつれた(entangleした)状態であることが人間の意識の正体(それが、生きる意味!)と見るべき。前者(原因の空間)は「連続性の視点で究極的説明が理解できる能力/なぜ、その機能(例えば、手・足・指など)があるのか?」、後者(理由の空間)は「機能的視点で至近的説明ができる能力/その機能をどのように使うのか?」である。そして、その先に見据えるべきが両能力を更に生かせる“より高度で多元的な意識”の誕生、つまり新たな<人文・科学知の融和的統合(コンシリエンス)>による啓蒙主義ルネサンスである。(E.O.ウイルソン著書『ヒトはどこまで進化するのか』)


《 完 》


(追記) 年初早々から、縁起でもなく、「追憶のカルト」の正体の凝視という<余りにも暗い日本の現状と未来>についての記事となったが、やはりその先への希望は、ここで取り上げた、非常に有能な若手研究者らによる新時代の客観知「コンシリエンス」(consilience)を構築する努力、特に「量子論・AI・脳科学ら先端分野の自然・人文科学との融合」へ意欲的に取り組む研究とベンチャー活動にある。その辺りで希望の光を感じさせる良質の「論考」をネット上で発見したので、参考まで以下に転載しておく。



■ネオ(二次)・サイバネティクスについて/基礎情報学/ネオ・サイバネティクスの研究、論考発表サイト 西垣 通・研究室/山梨英和大学 専任講師(2016-)大井奈美(早大第一文学部卒、東大学際情報学博士課程修、博士(学際情報学)[出典:http://qq1q.biz/AHEd より転載]


f:id:toxandoria:20170104055531p:image:w200:rightサイバネティクスは、自然科学の基本的な対象である物質やそのエネルギーよりも、私たち生命体がなんらかの対象をいかに観察するのかを、考察の対象としてきました。すなわち、物質よりも情報の領域に注目したのです。コンピュータというあたらしい情報処理技術の登場に刺激をうけて、私たちの認知(情報処理あるいは観察)のしくみにたいする関心が高まったことが背景にありました。


サイバネティクスは、環境と生命体との循環的な因果関係を重視します。循環的な因果関係は、たとえばエアコンに搭載されたサーモスタットのフィードバック機構を思いうかべるとわかりやすいでしょう。設定温度と室温との循環的な影響関係にそくして作動する機構ですね。


循環的な因果関係というサイバネティクスの着想を徹底させたのが、「ネオ・サイバネティクス」です。どのように徹底させたかというと、私たちの認知のしくみについて考える際に、ある時間的な一点における認知ではなく、私たちが生まれてから今にいたる認知の歴史全体を考慮に入れ、その歴史全体に循環的な因果関係という構想を導入したのです。


あらためてエアコンの例で考えてみましょう。冷房設定のとき、サーモスタットによって、室温がエアコンの設定温度を上回ればエアコンは作動し、下回ればエアコンは一時停止するでしょう。設定温度はエアコンが室温を「観察」するための「認知」の枠組といえますね。ここで設定温度は、外部の人間が機械的に設定する基準にすぎません。


しかし、私たち生命体に目を向けると、私たちが認知するときの枠組は、外部から機械的に決められるものではありません。今まで生きてきた時間のなかで経験をつうじて作られてきたものです。私たちの価値判断の基準と言い換えてもよいでしょう。ネオ・サイバネティクスが扱うのは、このような認知(観察)の枠組であり、ある時間的な一点における認知(観察)行為ではなく、それを可能にする認知(観察)の枠組そのものを問題にするのです。


このような考え方は、ハインツ・フォン・フェルスターという物理学者の記憶研究からはじまったので、フェルスターはネオ・サイバネティクスの始祖とされています。私たちは、今の状況に対処するときに、意識するにせよしないにせよ、過去の経験をある程度参照しますね。似たような状況を昔いかに評価し、どのような行動によって対処したのかを思い出すとき、私たちは単に記憶をたどっているだけではなく、そのときの価値判断の基準をふたたび学習しているのです。


いわば、体験の記憶をひきだすとき、私たちは体験をもう一度とり入れていて、ここにフィードバックの循環があります。フィードバックループによって、一人ひとりに固有の価値基準ができていくわけです。


このように記憶能力と学習能力は不可分に結びついていますが、記憶や学習だけではなく知覚能力や推論能力なども含めた全体的で統合的なプロセスとして、認知を理解する必要があります。私たちの認知は、一つひとつの機能のたんなる寄せ集めをこえて、全体として実現するはたらきなのです。要素の寄せ集め以上のはたらきを全体として実現するものを「システム」と呼びます。私たちの身体も、器官のたんなる寄せ集めではないので、システムの代表例ですね。したがってシステム理論は、ネオ・サイバネティクスにとってたいへん役立つ考え方だといえるのです。


なお、フィードバックのループを「再帰性」と言い換えることができます。私たちの再帰的な認知プロセスは、循環的に閉じています。その意味で私たちは、認知的(情報的)には、外部から内部へ情報をとりいれたり逆に与えたりする開かれたシステムではなく、内部と外部の区別が問題にならない、閉じたシステムなのですね。これを「情報的閉鎖系」と呼んでいます。しかし閉じていることは、私たちの認知プロセスがいつもぐるぐると同じ場所をめぐって現状維持に甘んじているだけということを意味しません。むしろ、状況に応じて、あたらしい情報をらせん的に創発させていく可能性がひらけており、ゆたかな創発を実現させ望ましい方向に導くことが、ネオ・サイバネティクスの重要な課題の一つとなっています。


この課題を果たすための理論的な基礎づけとして、神経生理学者のウンベルト・マトゥラーナが弟子のフランシスコ・ヴァレラとともに提唱した考え方を、オートポイエーシス理論といいます。オートポイエーシスとは「自己創出」を意味する造語です。細胞分裂を思うとわかりやすいですが、私たちは身体的には、今と同じ状態を保つために自分の体を作りつづけています。身体的なオートポイエーシスですね。老いや病はあるにせよ、成長してしまえば、基本的には現状維持を続けているわけです。この現状維持は、私たちが自分自身であるために欠かせません。


しかしそのうえで、単なる現状維持にとどまらず、コミュニケーションをつうじてあたらしい自己を創りだし、ときに自己変革さえもうけいれていくことが、千変万化する環境のなかで生きるために必要不可欠ではないでしょうか。それを可能にするのが観察(認知)という営為なのだと、マトゥラーナは考えました。意味的・情報的なオートポイエーシスが起きているのですね。


なお、ここでいう観察は、知覚とは区別されます。すでに述べたように、観察(または認知)は全体として把握されるべきものであって、知覚はその一部の機能にすぎないのです。たとえば色の認知について考えるとき、ネオ・サイバネティクスが重視するのは、「どうしてその色が私に見えているのか」という知覚の問題ではありません。むしろ、「その色が見えていると私が語るとき、私のなかでは何が起きているのか」という観察の問題なのです(括弧内は、マトゥラーナによる表現をもとにしています)。ある色は、誰にとっても同じように見える客観的な現実ではなく、むしろ、一人ひとりが過去の体験に即してつくりあげる主観的な現実なのです。この事実を、マトゥラーナは、ハトの色覚をめぐる研究データからあきらかにしました。


このように、各自の経験にもとづく歴史を背負って生きることと観察とが一体のものであると示した点で、マトゥラーナはネオ・サイバネティクスのもう一人の父とみなされています。私たち生命体の本質が「観察者」(意識のある←補足、toxandoria)として理解されたわけです。ネオ・サイバネティクスに深く関係する生命記号論は、こうした観察者としての生命体について深く考察する研究領域なのです。


現実が観察者の外部にあって、観察者はその現実を表現(表象)するのだという表象主義の考え方ではなく、現実は観察者の内部でつくられる(構成される・自己創出される)のだという考え方を、構成主義といいます。常識的には、私たちは外部から情報をインプットし、そしてまたあたらしい情報をアウトプットするという直線的で機械的な情報処理のモデルによって、認知やコミュニケーションを理解しています。この考え方は、情報処理パラダイムと呼ばれています。


しかし構成主義の立場からは、私たちはそれぞれが認知的に閉じた世界のなかに生きているのであり、情報は決して伝達されるものではなく、閉じた世界のなかで作られるものなのです。この立場は常識的な認知理解である情報処理パラダイムとは根本的に異なる(つまりラディカルな)ので、とくにラディカル構成主義と呼ばれています(ラディカル構成主義という呼称のより正確な由来は、ジャン・ピアジェの構成主義理論をラディカルに解釈したことですが、くわしくは別ページの説明を参照してください)。


私たちは、内的なフィードバックループによって、過去に構成した情報(現実)を想起しつつ新しい情報(現実)を構成しているのであり、現実の構成をつうじて、結果的に私たち自身をもつくりあげています。なぜなら、くりかえし参照される認知の枠組は、私たちのアイデンティティ(同一性)をなすものだからです。さらにいうならば、私たちの現実とは、私たちのものの見方の実現なのです。


しかし、私たちは、まったく自分勝手に現実をつくりあげているわけではありません。自分ひとりだけが世界に実在するという独我論に、ネオ・サイバネティクスは与しません。このことを、山高帽をかぶったビジネスマンのユーモラスなイラストが示しています(ゴードン・パスクによるものです)。・・・以下、省略・・・

2016-11-07 新国家観が欠落する偏狭『AI万能GDP600兆円の未来/アベノミクス教』

toxandoria2016-11-07

新国家観が欠落する偏狭『AI万能GDP600兆円の未来/アベノミクス教』は日本瓦解のプロセス!一方、啓蒙主義ルネサンスを説く『民主主義の内なる敵』の著者、T.トドロフは『日常礼賛』で未来の可能性を見据える


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・・・画像[オランダの光](映画、ピーターリム・デ・クローン『オランダの光』よりhttp://urx.blue/zoq3/ツヴェタン・トドロフ『民主主義の内なる敵』については、後述する((2−1)を参照乞う)。


<補記>「瓦解(がかい)」は、“要(かなめ/pivot)の瓦が一枚壊れただけで、その屋根瓦の全体が崩落し破壊される”が原義であることから、ここでは「ワンポイント(閉鎖系一極)主義、排他主義、独善(傲慢一元)主義」(多元主義の反対)の脆弱性の意を強調するため使った。


プロローグ)政治・文化・経済ニューフロンティア、“啓蒙主義ルネサンス”は1%派の饗宴(ダンテ地獄変の世界)ならぬ、一般国民の『日常礼賛』がもたらす


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・・・ツヴェタン・トドロフ『日常礼賛』(白水社)の表紙を飾るのはピーテル・デ・ホーホ:『母親と少女』1659-60(一枚目)、フェルメール:「窓辺で手紙を読む女」ca.1659(二枚目)、「牛乳を注ぐ女」ca.1657(三枚目)



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・・・ピーテル・デ・ホーホ『箪笥の傍の婦人たちのいる室内』1663(上)、レンブラント:「織物商組合の幹部たち』1662(下)


・・・当記事の動機となったツヴェタン・トドロフの両著、『日常礼賛』(17世紀オランダにおける“日常生活”充実への市民のこだわり)、『民主主義の内なる敵』からの学び/それは、何事につけワンポイント主義で全てが解決することはあり得ず、啓蒙主義の精神をハートランドとして絶えざる日常性(生活)の維持と充実を求める市民層の多元的で強い自律意思(共生志向の主権者意識)にこそ、普通一般の人々の日々に新たな民主主義への希望(アナクロニズムの対極)があるということ。・・・




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・・・因みに、ワンポイントで全ての現実が動くという異常情念が支配する思考回路に嵌り出現するのがマッド・サイエンティストだが、それはAI学者、生物化学者(ロードショー公開中の映画『インフェルノ』(ダンテ地獄編)のテーマはコレ!http://ur0.pw/zski)ら自然科学者に限らず、人文系でも日本会議に連なる学者らは、おそらくそれと同類の思考回路の人々(マッド・リテラリー・サイエンティスト)だと見るべきだろう。・・・


・・・


写実主義と寓意的意味という二つの狭い視点だけでしか一般に風俗画とも呼ばれる17世紀オランダ絵画を見ることはできないのだろうか?」というのが、ツヴェタン・トドロフ『日常礼賛』の出発点(同書を書く動機、多元的な眼差し)であった。トドロフはそこに共通する<日常生活のジャンル>のなかに存在する、豊かさへの節度ある願望が持つ尊厳性に気づいたのだ。


つまり、「写実、寓意(道徳、啓蒙)、画家自身の眼という三要素がもつれ格闘(entangle)する過程の中に画家たちは三つの夫々に還元できない、ある種の新しい人間的な美意識を伴うリアルな文化・経済価値を創造する作用を発見した」とトドロフは主張する。もっと言えば、これら三つの要素と中間層市民の『日常生活(の礼賛、へのこだわり)』という個々の異なるエトノス(世界観)の緊張関係の中で彼らは次々と「美意識と多元的な経済価値のフロンティア」を発見し続けたのである。


より大きくとらえるならば現代にもつながる人間の営みの普遍性であり尊厳性でもあると見るべきことで、それは<資本主義経済の持続性(および結果としての成長)を請け負い保証するプラットフォームが普通一般の市民層の日常生活>の中にこそあるという発見であった。


言い換えれば、それまで圧倒的な宗教の支配に従属していた人間の本質的なもの、人間の自由意思と正統な宗教意識の適度な調和と距離感を実現する啓蒙思想(相互の信頼と信用を保全する共同主観性としての政教分離の理想)にこそ馴染む、多数派市民層を中心とする“日常生活”の意義の発見ということだ。無論、この当時のオランダの「政教分離」は未完の発展プロセスの途上ではあったが。


そして、それに必要な一定限度の貨幣「量」およびその多数派層の市民(17世紀オランダの場合は各自治都市の自律意識を持つ市民層)の日常生活を支え得る、過剰(バブル)にならぬ程々の貨幣流通「速度」(経済学的には、同一の貨幣が一定期間内に何回持ち主を変えるかの平均で、貨幣の『所得速度』とも呼ばれる/実は、現代でも忘れられてきたがかのケインズがこれを最重視していた!)の確保の意味(重要性)の発見ということだ。


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ここで観察される現象は、この時代が独立戦争(1568〜1648)を機にオランダの国民国家フレームが完成しつつあったことを考慮すれば、未だし20世紀の福祉国家の観念までは程遠いとはいえ、財政学者・井手英策氏が著書『経済の時代の終焉』(http://ur0.work/zq0I)で、安倍政治の“アナクロ新自由主義”癒着なる逆噴射政策の欠陥を批判しつつ今後の日本の方向性を指摘した「成長は国民の“日常生活”行動の結果なので、あるべき財政学の観点からすれば先ず相互扶助・再分配等で市民生活へ安心感を与えるという国家財政の役割を根本から再考慮すべし」と説く議論の歴史的原点であるとも言える。


かくの如く17世紀オランダの市民生活(イギリス産業革命から100年以上も前の時代)で何よりも重視された価値は多数派中間層の日常生活(日常礼賛)であった。また、この時代のネーデルラント共和国(ほぼ現在のオランダに重なる)辺りの各自治都市住民の『日常生活』ニーズは衣食住の満足だけではなく一定の経済価値を伴う新たに発見され続ける芸術(美)的価値(特に絵画)等がそのジャンルに入っていた。


このため、中産層市民の各家庭では少なくとも1〜2枚以上の絵画作品を所有しており、17世紀のオランダでは既に他国に先駆けて画商の活躍が活発であった。が、この意味での『日常生活』の関わりで、オランダ新教徒内部における神と人間を巡る<自由意思>に関わる論争は現代の<新自由主義>論争(アウグスティヌスVsペラギウス/ツヴェタン・トドロフ『民主主義の内なる敵』のテーマの一つ)にも繋がる問題でもあるが、これについては後述する。


無論、この時代のオランダは先駆的なバブル現象(チューリップ・バブル1634〜1637頃)も経験しているが、この時の普通一般の市民層の日常生活の持続が、英国のアダムスミス「国富論」(1776)と中央銀行の誕生(1694/イングランド銀行設立)を遥か100年以上も前に遡ることも注目すべきだ。なお、オランダでは17世紀初頭にオランダ東インド会社(史上初の株式会社)、アムステルダム銀行(紙幣発行権を持つルーツ中央銀行)、アムステルダム証券取引所などが成立していた。


また、この時代のオランダは<国際法の父とも呼ばれるグロティウスが巻き込まれたオランダ新教徒内部での苛烈な「自由意思」論争(闘争)>という過酷な政治・宗教環境ではあったものの、事実上、そのオランダ庶民層の日常を“萌芽期の啓蒙思想と幼少期の資本主義経済”が支えたのは確かである。因みに、先駆的なフランスでさえ政教分離の確立までには大革命(1789)から政教分離法制定(1905)まで約120年もの時間を要した。


表面的に見れば、このようなことは何の変哲もなく他愛もないエピソードかもしれない。しかし、今や「新自由主義に感染した資本主義の変容と暴走」に否応なく日本が巻き込まれつつあることを思えば、重要な歴史経験からの学びとして17世紀オランダ市民層の身の丈に合った『日常礼賛』を再発見する意義は十分にあると思われる。


新自由主義に取り憑かれ過激にグローバル市場主義化したことで、今の我々が資本主義そのものと、その胎盤である立憲民主主義の近未来に大きな不安を抱くことを思えば其処には計り知れぬ重要な意味のあることが分かる。なお、17世紀頃の欧州のオランダ・イギリス等で萌芽した啓蒙思想は第一次世界大戦でほぼ壊滅し、我々は第二次世界大戦後に復活したそれに支えられてきたのである。


特に、今や「宗教・カルト諸派らと癒着するその不可解な正体に加え、自らが日本会議・神社本庁ら極右の別動隊であること」を前提に「政教一致への回帰」(追憶のカルト)と「壊憲」(国民主権・削除、象徴天皇制・廃止)の意志があることを堂々と主張し始めた、しかも自らのその強権的・暴政的「特異性」でマスメディアと一般国民を恫喝するという異常な政治手法を採り始めた安倍政権の一強支配に粛々と従わされる日本国民が、ツヴェタン・トドロフが指摘する<啓蒙主義と資本主義の揺籃期=17世紀オランダ『日常礼賛』の時代>を再発見することは重要だと考えられる。


1 ヒューバート・ドレイファスチャールズテイラーのAI(シンギュラリティ)批判


1−1 IOT、AI技術が深層に抱え込む根本問題(情報社会哲学の視点から)


(“情報社会”哲学・倫理の視点)


これは、情報社会論( メディア、情報社会の哲学・倫理・思想的研究)に携わる大黒岳彦氏(明治大学教授)が著書(↓◆1)で提唱した、IOT、AIが席巻しつつある本格的な情報社会化の時代を原理的に検証・批判するために提唱する新たな視点である。


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◆1 大黒岳彦著『情報社会の<哲学>、グーグルビッグデータ人工知能』−勁草書房


例えば、既に一部の特に過酷な“前線”で実装配備されているとされる「AI・IOT軍装備&ロボット兵器」で派生する軍事技術暴走の問題(AI技術のマッド・サイエンス化)がある。


具体的には、戦闘ロボット(仮想アンドロイド型ウエアラブル武装、あるいは文字通りのロボット兵器)、あるいはAI「自動制御兵器」である。特に、後者は“Go and Forget!”の大リスクに襲われる可能性もある。それは、AI制御のコンマ以下秒の猛スピードに人間が付いて行けぬため尖閣、ウクライナら事実上の前線で人的統制不能の状況が出現し予期せぬ開戦へ突入、の恐れがあるからだ。その意味で、安倍政権の積極(偽装)平和主義なる政治理念の劣化、および同関連防衛政策の混迷化と外交力の衰弱は日本を大国難のパニックへ叩き込みかねない。


ともかくも、大黒岳彦氏によれば、IOT・AI技術の独占化(新たなAI装備型グローバルマネー・パワー構造に取り込まれる)による更なる経済格差拡大とそれによる暗黒時代到来(絶望的なまで下部構造が拡大する)の予想も含め、このような「AIによる人間支配の恐るべき近未来図」が懸念される原因は、我々が「情報社会の哲学あるいは情報倫理」の視点を無視し、ひたすら目先(自由原理主義に因る今だけor短期の)利益にのみ目が奪われてきたことにあるといえる。


(IOT、AI技術が深層に抱え込む根本問題を凝視する/特に安倍政権はこの理解が欠落!)


コンピュータ自身が自分の自由意思で外部から知識を取り込むことは、事実上できないが(遠い将来に人間そのもののアンドロイド(android)またはヒューマノイド(humanoid)が実現すれば別だろうが!)、与えられた膨大なビッグデータ(情報)の注入で自ら学習(深層学習/ディープラーニング)することは出来るようになった。


なお、後述のE.O.ウイルソンが「AIの核心技術である回帰分析は「相加条件」(リアル環境下での多様な後天的・双方的影響)を無視する一種の“情念的・観念的”設計原理主義(設計=あくまでも一つの観念、リアル=宿命的に多元)なので、それによるリアル100%の予測は不可能だ!」と警告を発していることは十分に傾聴すべきだ(だから、AI活用は積極かつ抑制的(冷静)であるべき!)。また、AIには宿命的カルマンフィルターの問題(多変量・特徴量の統計処理によるリーマンショック自動運転車事故等の原因となったパニック・リスク発生が見過ごせないhttp://urx.blue/zoqH)もある。


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つまり、問題はE.O.ウイルソン『ヒトはどこまで進化するのか』-亜紀書房-、小林雅一『AIの衝撃』-講談社-らの指摘どおりで、ディープラーニングの正体が“意外にも”旧来からある回帰分析等の統計処理であることだ。一方、最先端の進化心理学(関連参照↓◆2)等では、同列技法である確率統計を利用しつつ、その限界をも絶えず十分意識して取り組むのが常識化している。


◆2 進化心理学

・・・社会心理学・発生生物学・進化生物学・ネオラマルキズム等との関係が深く、また進化経済学らAIを抑制的に活用する先端知のルーツでもあり、身体の自然エトノスへの適応と同様に、人間の心も生物学的な進化の産物であると理解する心理学。

・・・21世紀に入り、特にAI研究の深化等と共振しつつ急速に発展する「文化進化論」のルーツの一つになった(委細は、コチラを参照 ⇒2016-08-22toxandoriaの日記/『記憶喪失の海に沈む安倍内閣、その底に潜む偽遺伝子は文化進化論(遺伝的適応)上の追憶のカルト!新鮮な生命が持続的に吹き込むエトノス対話の環境づくりが急務』http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20160822)。


・・・


その意味では、例えば「人間がAIと違うのは高度な読解力があること」という理解を前提に国立情報学研究所が教育関連企業らと共同で新たな研究所設立の準備を始めたのは評価できる(読解力伸ばせ、産学連携 国立情報学研究所・教育企業、新研究所設立へ20161008朝日http://urx.blue/zoqX)。但し、日本企業が世界で勝つためだけでなく、日本国民の人間性と内発的で多義的な価値観(価値感覚)が豊かになる『日常礼賛』(当記事のテーマ)に資することを第一の目的(理念)と位置付けるべきである(構造化データベースの、確定した、ある意味で死んだ過去の文脈である“構造”と、今から未来へのプロセスを生きる人間の持続・深化する普遍的な意思から生まれる“文脈”は異なることに気付くべし!/関連参照⇒http://ur0.biz/zyUHhttp://ur0.biz/zyUI)。


なぜなら、根本的にAIと異種能力である「“環境・文章フレーム”の積極的読解力」(自らの生命維持条件である内外エトノスへの高度な感受性を持続させ得る能力、意志と感情が混然一体化した自然・生命意識とでも言うべき生きた情念/関連参照→http://urx.blue/zoqZ)こそがAIならぬ人間の「節度ある自由意思」のバックボーンと考えられるからだ。


(“人間のAIと異なる高度な読解力(エトノス&歴史意識)”の再発見がカギ、そこで目指すべきは人文・科学知の融和的統合(コンシリエンス/consilience)による啓蒙主義ルネサンス!)


ところで、注意すべきはその自然・生命意識としての「情念」自体には、いわゆる倫理的ないしは社会契約論的な意味での善と悪の区別は未だなく(ルネ・デカルトと共に17世紀・近世哲学の創始者の一人で、社会契約論による政治哲学の嚆矢でもあるトマス・ホッブスの“万人の万人に対する闘争”状態に相当)、それが一定の社会意識の下で「理念」へ昇華されたレベルで、その新たな「善と悪を区別する明確なエトノス的意識(冷静・客観的な自然観)と社会的意識」が“生まれ”た(歴史的に見れば“啓蒙思想の誕生”!)と考えられることだ。


そして、ヒューバート・ドレイファス(人工知能に対して鋭い哲学的批判を続ける米国の哲学者、チャールズテイラー(同じ立場、カナダの政治・分析哲学者)、ツヴェタン・トドロフ(仏の文芸批評家・記号学者・社会思想家)、E.O.ウイルソン(米国の昆虫学者、社会生物学者)、あるいは『文化進化論/ダ―ウイン進化論は文化を説明できるか』の著者アレックス・メス−ディ(英国の文化進化論学者)、ハーバート・ギンタス(米国の行動心理・経済学者)らが共有する最も重要な認識は、人間の意識の特徴である「因果(連続するリアル)と論理(法則抽象化の能力)」を峻別(自覚的区別)するということだ。


「人間の意識の主軸は自由意思(感情と表裏一体の)であるが、それは絶えず“原因の空間(因果/究極的には人間の力が及ばぬリアル現象の連鎖である現実の流れ)”と“理由の空間(神ならぬ人間の最小限の自由意思を支える論理)”を区別して観察している、ということだ。但し、この両者は対立するもの、との理解で止まるのも決定的な誤りと思われる。それは、この両者が合わせ鏡の如く密接に結びつき、もつれた(entangleした)状態であることが人間の意識の正体(それが、生きる意味でもある!)と見るべきだからである。


因みに、E.O.ウイルソンは『ヒトはどこまで進化するのか』で、前者(原因の空間)について「連続性の視点で究極的説明が理解できる能力/なぜ、その機能(例えば、手・足・指など)があるのか?」、後者(理由の空間)について「機能的視点で至近的説明ができる能力/その機能をどのように使うのか?」であると述べている。そして、その先に見据えるのが両能力を更に生かせる“より高度で多元的な意識”の誕生、つまり新たな人文・科学知の融和的統合(コンシリエンス)による啓蒙主義ルネサンスである。


1−2 ヒューバート・ドレイファス/チャールズテイラーによるIOT、AI万能論(シンギュラリティ)批判(実在論の視点から)


(現代的な意味での実在論の視点)


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ヒューバート・ドレイファス/チャールズテイラー著『実在論を立て直す』(法政大学出版)で、彼らは現代の新たな時代の実在論(古代ギリシャ哲学に淵源する物的実在の根本を遡及して考える懐疑論/近代科学の基礎である物的還元主義に繋がる“素朴実在論→科学実在論”の流れ)の立場からIOT、AI技術が自らの深層に抱え込む根本的問題への批判に挑戦している。


つまり、両者は古典的「実在論」を新たな量子物理学の知見の時代(シュレジンガー波動方程式が表現する、物質・波動の両性質を併せ持つ(確率分布する)量子もつれ(quantum entanglement/量子コンピュータの基礎を支える客観的物理現象)などが常識化した)にも照らしリフレッシュさせつつ、IOT、AI技術の深層を批判していることになる。


因みに、コンピュータで人間と同じ知能を人工的に実現する技術、人工知能(artificial intelligence/AI)の研究は1990年代から本格化したが、今や自動車の自動運転が確実視されるほど急速に関連研究が進みつつある。が、AIを巡っては現在も楽観論と悲観論が同時並行的にしのぎを削っている。


楽観論の代表者は、早ければ10年後にも訪れるとされるシンギュラリティ(技術的特異点/technological singularity/人工知能の完成で人間が生命を完全?に支配する時代w)の到来を主張する、米国の人工知能研究者、レイ・カーツワイルである。ただ、カーツワイルは優れた研究者であると同時にベンチャー系実業家(野心家!)でもあるという二足の草鞋を履くことに留意すべきだ。


一方、悲観論、つまりAIがAGI(Artificial General Intelligence/人間レベルの知能、つまり汎用知能が実現する)の段階に入ると、そのAI故の機械的暴走を人間が制御不能になると主張する一派の代表者には、ビル・ジョイ(元サン・マイクロシステムズ社 チーフサイエンティスト)、スティーブン・ホーキングブラックホールの特異点などで著名な英国の理論物理学者)らがいる。


また、ヒューマニストの一人であるスティーブン・ジェイ・グールド(米国の古生物学者、進化生物学者)が、AIの『物事の意味や価値(シニフィエ/意味、記号内容、所記)を判断し、納得し理解することの限界』を指摘しているのも注目すべきだ。つまり、あくまでもAIはシニフィアン(道具、記号表現、能記)で、宿命的にそれは地球エトノスと共鳴・共感するシニフィエ(意味論)的な存在の人間に成り代わることは不可能、との主張である。


(今も我々の深部意識に大きな影響を与える17世紀デカルトの「方法的懐疑」/その二元論の描像を支える「4本の織り糸」の摘出)


ヒューバート・ドレイファスとチャールズテイラーは、最終的に現在のコンピュータ技術にまで繋がる“現代科学の萌芽期において、その基礎となるべく、そして未だにれっきとした影響力を我々の思考に与え続ける”の意味で重要な17世紀ルネ・デカルトの「方法的懐疑」が我々にもたらす描像(“われ思う=人間の意識、存在=外界世界の物的実在”という二つの明確な客観的イメージ構造)を批判するため、この著書『実在論を立て直す』の中でデカルト二元論の思弁を支える「4本の織り糸」を摘出する。


a 媒介説(mediational theory)/基本的観念(カテゴリーファイル)の媒介がなければ人間は理性的な考えを保持できないとデカルトは考えた!


・・・外界から人間精神の中に投影(抽象化)され、その時々に固定される心象(個々の心的イメージと、その基礎づけとなる諸感覚情報)を受け止める基本的観念(カテゴリーファイル)を指す。この「基本的観念」の媒介がなければ人間は理性的な考えを保持できないとデカルトは考えた。


・・・なお、同時代のジョン・ロック(イギリス経験論の祖、『統治二論』でその自由主義的な政治思想は名誉革命を理論的に正当化し社会契約や抵抗権を着想)も、17世紀の「啓蒙思想」の萌芽期に<単純観念(デカルトのカテゴリーに相当)と複合観念(単純観念に精神の諸機能が加わり成立する複合的内容)>なる独創的な考え方を提起した。


・・・余談だが、バベッジ(19世紀英国の計算機科学者、殆ど設計・試作レベルで終わったが、現代コンピュータの祖型である階差機関、解析機関、あるいはプログラミングを着想・設計・試作した)の影響を受けたエイダ・ラブレス伯爵夫人ロマン派を代表する詩人バイロンの一人娘)が人類初のコンピュータ・プログラマーである(出典:竹内薫『量子コンピューターが本当にすごい』-PHP-))こと、またそのバベッジが彼に先立つ18世紀カントから何らかの影響を受けた節があるのも興味深い。なお、カントは『純粋理性批判』で認識構造の基本である感性、悟性、理性を定義し、図式・カテゴリー・構想のアーキテクチャーでの分析方法を着想した。


b 明示的「信念」の在庫目録リスト(量子物理学の進化で“ゆらぐ”伝統科学、ニュートン物理学世界)をどう再解釈するか?の問題


・・・リアル世界に在る人間の意識(文脈的意思)はエトノス環境との連鎖・往還交流の渦に宿命的に巻き込まれており、個々の生命体が終末を迎える時までの制限内で潜在的に無限であるはずなのだが、しかしながら媒介説的な意味で“理性的”な我々(人間)は一定の限られた明示的で科学・客観的な「信念」、つまり一定の表出的「情報」の在庫目録リストの範囲で、(1)の媒介的カテゴリーに頼りつつデカルト・バージョンないしはジョン・ロック・バージョンの知識内容(ロック定義の単純観念/コンピュータのデジタルバイト情報との類似概念であることに注目!)から収集した合理的な「観念」(実は表層的観念!?)で満足すべきとの明示的「信念」の自覚が当然視されている。


・・・そして、科学実験・検証、数学論理(ゲーデル不完全性定理の問題は残る!)、あるいは司法判断・犯罪捜査らは此のプロセスに基づくのも事実ではある。しかし、絶えずそこから漏れ出るリアルの可能性を凝視する謙虚で懐疑的で多元(人文科学、基礎科学)的な視点を有害、非効率と見て排除する傾向が強まっているが、それら残余を強引に切り捨てて本当に大丈夫なのか?特に、<AI活用・新自由主義・アナクロが偏狭な意識の中で癒着する安倍内閣の暴走権力化>が、この悪しき人文科学(および基礎科学)排除の意味での非科学化(カルト化)傾向を強めていることが懸念される。


・・・一方で、例えば量子物理学で言えば、量子効果の性質であるトンネル効果、あるいは“量子もつれ”で発見された“光より速い伝達媒介性”を応用する量子テレポーションhttp://urx.blue/zotC)らの如き現象が科学的事実として認知されている。なお、トンネル効果は波動性をも持つ量子が一定の確率(数学論理)で通常は不可能な領域や壁を通り抜ける物理現象(シュレジンガーの猫、のリアル化)で、換言すれば量子の波動関数ポテンシャル障壁の反対へ染出すことだが、微細な集積回路でのリーク電流の原因であり、かつこれは宇宙の生成にも関わると見られている。


c 懐疑的な社会意識の希薄化を助長する、外界投影である内的「直接所与のカテゴリー」以前への非遡行性の問題/これこそAI・IOT時代の落とし穴!


・・・これは「(2)明示的「信念」の在庫目録」との関りが強いのだが、デカルトの「直接所与」では、外界の投影である「直接所与」の認識が「基本的観念(カテゴリーファイル)以前へ遡及することはあり得ないのが大前提である。同じことをJ.ロック・バージョンで言えば、17世紀の「啓蒙主義」萌芽期の考え方の基礎ともなった「単純観念」以前への共同主観性(常識化した共通認識)レベルでの遡及はあり得ないという思考パターンである。


・・・ところが、ここで奇妙なパラドクスが出現する。それは、“実在を疑わぬ超素朴な時代(ホモ・ハビリスホモ・サピエンス初期)→古典的素朴実在論の時代→17世紀に始まる科学実在論と啓蒙・民主主義のプロセス→現代”という長大な歴史時間を辿った結果、漸く、素朴で蒙昧な古典的実在論から科学的実在論(媒介説)の極致と見るべき非常に冷静かつ客観合理的なAI時代の入口まで人間は到達した訳なのだが、肝心の政治権力およびメディア&アカデミズム意識の劣化、およびポピュリズム深化などによって、ふと気付くと我々は<一切の実在を疑わぬ超素朴な時代/啓蒙思想が始まるより遥かに前の蒙昧・無知の時代>へ、再び、一気に引き戻されつつあるのではないか?という懸念が生まれているのだ。


・・・この論点は、一定の意図(目的)の下で集約される構造化データベースと非構造化データベース(日常のメール・FNSらに溢れている断片化し、ミクロ化した意識情報の集成であるビッグデータ)の差異に気づかぬことがもたらす、非常に深刻な文化的、社会的、国民的、国家的な超リスクの問題と関わるが、具体的には後の(1−1/IOT、AI技術が深層に抱え込む根本問題を凝視する)で触れる。


・・・そして、特に既得権益化した権力側からのアカデミズムと教育環境の操作やメディア・ポピュリズム扇動での国民意識の分断化(ミクロ化)などに因る無関心層(より根源的なエトノス観を求めて往還的に自ら遡及しようとする懐疑的な社会意識の希薄化)の拡大が、この悪しき傾向がより深化するための触媒作用となっている。


・・・特に量子コンピュータ(深層学習とアニーリング(量子トンネル効果を応用する非常に効率的な超ビッグ多変量回帰分析/量子コンピュータ駆使)で最適解を求める手法、http://urx.blue/zoz7)等による超高速計算(天文学的スケールの)が実現しつつあること、つまり<1%派と癒着し易いIOT、AI技術がより強靭な社会プラットフォームとして他の凡ゆるものを根幹部分から支配する時代>に入りつつあるということは、即ち、我々がそのような意味でのパラドクスに見事に嵌まったことになるのではないか?


・・それは、些かの正しい根拠(エトノス交流によるリアル遡及的な根拠)も意識されぬままに、“超科学的(実際には1%派との癒着で“名ばかり科学合理”と化している!)”な目前のエセ現実(1%派ご用達グローバル資本主義がうそぶく“今だけ目先だけ利益”)を、スッカリ騙されたままひたすら信じて生きざるを得ないという意味である。


d 「心的←→物的」の二元論で分類・分断されミクロ化する社会へ如何にすれば歯止めがかかるか?


・・・そこから浮上する、節度ある自由意思と政治倫理の深い関係性の問題!・・・


・・・これは、殆どが「c 内的な直接所与のカテゴリー以前への非遡行性の問題」と重なることだが、17世紀以降の近世〜現代という歴史の流れから俯瞰すると、今も我々の心の中で作用しているデカルト的な概念の主柱である<「心的←→物的」二元論的分類>が、深く人間社会に浸透しつつ現在に至ったことの影響は非常に大きく重い。従って、これまで見た「AI化による社会の更なるミクロ化・分断化・分裂化トレンド」に如何なる歯止め策を講じるべきかが民主主義国家に共通する喫緊の課題である。


・・・量子力学の知見によれば、「量子レベルまでミクロ(還元・遡及)化した物質(つまり量子)は物質であると同時に波動性(確率論的分布)を持ち、それが自由意思を前提とする「リアル観測」によって一つの結果として帰結(量子もつれが壊れて現実化)すること(デコヒーレンス/decoherence)」が科学的にほぼ理解されている。これを比喩的・象徴的に考えてみると、例えば政治的な政策課題の役割はこの場合の「リアル観測」に似ていると思われる。そして、そこから「宿命論ならぬ節度ある自由意思と政治倫理の間の強い関係性」が推測される。逆に言えば、それは悲観的な宿命論に囚われた途端に我われ普通の人間は不道徳な生き方を選択する衝動に誘惑されるはずだからである。


・・・因みに、「マクスウエル電磁方程式→シュレジンガー波動方程式(ディラック方程式アインシュタイン相対性理論)→ハイゼンベルグ運動方程式(電磁・波動両方程式と相対理論を統一)」の研究プロセスによって、この物的実在の根本が物性であると同時に波動性であるという矛盾(ニュートン力学上の)は統一・理解されている(主流たるコペンハーゲン学派の立場)。


・・・


(「4本の織り糸」のなかの枢軸、a媒介説(mediational theory)に対する真っ向からの批判となる接触説(contact theory)の底知れぬパワー!)


共著『実在論を立て直す』の中で、ヒューバート・ドレイファスとチャールズテイラーは本格的なAI時代へ確実に近づきつつある今だからこそ、未だに意識の深奥で我々へ大きな影響を与え続ける「17世紀デカルト二元論の描像」なる呪縛(これがAIの魔術師?wレイ・カーツワイルが唱える呪文、シンギュラリティの根拠!)、つまりその「4本の織り糸」の媒介説を批判するため接触説を提示している。


それは、この接触説こそが既述の(1−1/IOT、AI技術が深層に抱え込む根本問題)の“原因の空間(因果/究極的には人間の力が及ばぬ全エトノス交流下の連鎖現象であるリアル)”と“理由の空間(論理/神ならぬ人間の最小限の自由意思を支える)”の違いの問題に深く関わっており、人間の意識の持続性はこれら両者の統合感覚であると考えられるからだ(余談!w ←コレで日々にとても疲れるので、人間はその他の動物とは異なる意味で、十分な良質の睡眠が必要になる?)。


別に言えば、“原因の空間”と“理由の空間”の脳を含む体内エトノス環境における「進行形の現実」、つまり「その斉合(混合)状態」(関連参照↓◆3)こそが人間(Homo sapiens)の意識・生命の根拠(生きていることの意味)であり、それが「AIフレーム問題」の原因と考えられるからだ。なお、フレーム問題とは考慮すべき空間が有限でない限り無限の可能性を考えざるを得ないというパラドクス(簡単に言えば、AIは空気が絶対に読めないこと!)であり、如何に高度化してもAIが人間に取って代われない根拠がそこにある。


◆3 認知的斉合性理論(cognitive consistency theory)

・・・人々は自らの認知内容(自分や他人が知っていること、感じていること、やっていること、欲していること、又は社会や自然界に生じていること、などについて自らがもつ認識内容のいくばくかが相互に無関係と思えないとき、それらの関係の辻褄が合うように行動するという仮定を置き、それに基づき人々の社会行動を説明する理論。(http://urx.mobi/ze8A


・・・


ところで、媒介説(17世紀デカルト二元論の描像/その核心が(a)媒介説)が近代(およそ17世紀)以降に大きなパワーを勝ち得たのは、主に近代科学(及びそれを基盤とする啓蒙主義、立憲議会制民主主義、資本主義)の成立と拡がりで伝統的な常識を批判しつつ世界の理解の仕方を客観視できる知的態度が獲得された(世界が脱呪術化した)ためと考えられる。


一方、このような一種の離脱化した人間観に対し、接触説は「我々は常に一定の社会、文化、そしてエトノス自然環境(個々の体内にも膨大なエトノス自然環境がある)に深く関与していること、および無意識レベルも含め奥深く内外のエトノス環境に巻き込まれつつ我々が今を生きているリアルを、そしてその果てしない因果関係の連鎖と拡がりを特に強調」する立場である。従って、この接触説の立場に立てば、必然的に異文化や外国人も含む異なる考え方の人々と如何なる相互理解の方法が可能かを常に考えつつ、絶えざる共存の方向である「多元主義」の模索こそが<世界中で個々の人間が生きていることの重要な意味>だということが理解できることになる(余談!w←ココからも安倍・トランプら極右の閉鎖系思考の誤謬が理解できる!)。


無論、このような立場があることを確認しただけで、そこから市民社会が格差や排外主義で一層の「離脱化」を強める現代世界の悪しきトレンドに対する抑止効果が生まれるとは考えられないし、同じくモノカルチャー化(人間意識の同質的ミクロ化)へのスピードを益々加速するコンピュータ、IOT、AI万能論(シンギュラリティ)社会を簡単に批判できる訳でもない。あるいは、更なる『新自由主義』の暴走で資本主義と民主主義(啓蒙思想)が激しく劣化し、ますます排外主義が広がり、多くの人々が孤立化するという近未来の悪夢の一掃ができるとも思われない。


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そこで、ヒューバート・ドレイファスとチャールズテイラーは、「自己理解の変化」(過去と現在との出会いという観念、つまり個々の我々は歴史性と地球エトノス環境に内外で巻き込まれているという認識を前提とする/補足、toxandoria)があれば、身体的次元→言語的次元→全感性的次元のプロセスで、他者への理解が必ず生まれ、かつ深まるという、H.G.ガダマー(ドイツの哲学者/解釈学(Hermeneutik)、言語テクストの歴史性に立脚する独自の哲学的アプローチで知られる)の原理「地平の融合」を引用する(関連参照⇒『ガダマー思想の核心』

http://ur2.link/zlCG/画像はhttp://urx.blue/zoLXより)。


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ガダマーの“テクスト(言説・言語記述)の意味の多義性と常なる新しさ(啓蒙主義ルネサンスが持続することへの自信!)、およびトマス・カスリス(リトアニア系米国人で哲学者、東洋学者/日本伝統文化の核心と見なす神道についての研究が専門)のインティマシー(intemacy/親近的文化)とインテグリティー(integrity/契約的文化)なる二種類の文化についての考察”もIOT、AI万能論に対する強力な批判になると思われるが此処では触れる余裕がない。接触説は「啓蒙主義ルネサンスの可能性」にも関わりツヴェタン・トドロフとも共鳴するので、これについては後述する。


2 “AIと新自由主義”癒着で資本主義が新たな暴走フェーズへ突入


・・・「AIが保証する絶対“客観性”」の大義名分(名ばかり科学主義)が大暴走する懸念!・・・


2−1 ツヴェタン・トドロフ『民主主義の内なる敵』が示唆する、“AIと新自由主義”の癒着で更に資本主義が過激暴走する懸念


(米国民の8割が世界の民主主義の深化に無関心なので、今やアメリカの掲げる民主主義の理念が世界の人々の憧れや模倣の対象となっていないという惨状)


「米国民の8割が世界の民主主義の深化に関心がなくなっているため、今やアメリカの掲げる理念が世界の人々の憧れや模倣の対象となっていない」という悲惨な現実を、20160823毎日「時論フォーラム/資本主義の行方、空洞化する民主主義」で水野和夫・法政大教授が紹介している(http://urx.blue/zp2m)。また、この記事の中で水野氏は「この道しかない!そのアベノミクスを批判するなら対案を出せ!と野党を罵倒・恫喝し、野党も、国民も、メディアもそれに対抗し得る声を失っている(orこれも米国のマネで国民が無関心?)」という日本の大いに悲しむべき現実を懸念している。


それは、この米国の悲惨な動向が見せつける「空洞化する資本主義と民主主義の行方」に対し、安倍内閣は「気合が足りないだけだ!」と如何にも偽装極右(決して正統保守ならぬ!w)らしい体育会系の檄を飛ばし、「今こそ、戦前〜戦中期型“神懸り”(“伝統神道の精神”ならぬ!w)の日本精神(アナクロ・イデオローグ、日本会議=偽装極右)の出番だ!」と絶叫しているに過ぎないからだ。


しかも、「日銀「物価2%目標」先送り検討 黒田総裁下で成長目標のブースター押し上げ(リフレ&ネオリベ式ファイナンス・マネーばら撒きの効果)が絶望的であること(アベノミクス失敗宣言!)20161022毎日http://ur0.work/zq0g」を物ともせず、「IOT活用で名目GDP600兆円の未来像/焼き直しアベノミクス❓」下における新「三本の矢」の大黒柱として、臆面もなく未だ“海千山千”のAI“シンギュラリティ”を『新国家観ことアナクロ政策』の額縁として掲げる大迷走ぶリには驚かされる。しかし、多数派の国民は殆どこのアベノミクスの惨状には無批判・無関心に見える(それでも支持率は上昇するばかり?苦w)!


そこには、例えばツヴェタン・トドロフ、ポール・メイソン(Paul Mason/英ジャーナリスト、『ポスト資本主義(Postcapitalism 、A Guide to Our Future/未邦訳↓◆4)』の著者)、エマニュエル・トッド中央公論・9月号/世界は『新自由主義』をもう我慢できない、http://urx.blue/zp2J)らの如き、日本と世界の未来に対する危機感が、言い換えれば、単なる「体育系の気合い入れ」を超えたネオ“コペルニクス転換”級の理念創造へ挑戦しようとする気概が全く存在せず、そこから滲み出すのは反知性主義的な「追憶のカルト」(“権利の章典”部分を破壊する壊憲なる蛮行)式で「国民主権の削除、象徴天皇制の廃止、戦前型軍事大国への回帰」を謀る奇怪なアナクロ・ゾンビの情念だけだ。


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◆4 Goods and services that no longer respond to the dictates of neoliberalism are appearing, ・・・In this groundbreaking book Mason shows how, from the ashes of the recent financial crisis, we have the chance to create a more socially just and sustainable global economy. Moving beyond capitalism, he shows, is no longer a utopian dream. This is the first time in human history ・・・http://urx.blue/zp2U


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ところで、ツヴェタン・トドロフは新著『民主主義の内なる敵』(大谷尚文訳/みすず書房)で、フランス革命急進派(特にジャコバン派?)、旧ソ連共産主義政権と米国新保守主義に共通するのが「人間は人為の設計で抑圧から100%解放されるという強靭なメシア信仰」という、本質的に<啓蒙主義>と全く相容れない<情念型の固着設計主義>であることを指摘する。因みに、日本ではこれが、日本会議が代表する戦前型「偽装極右」(追憶のカルト)とネオリベラリズム(新自由主義)の野合・癒着という特異な形で現れている。


つまり、それは彼らが<内外エトノス環境と無限因果の連鎖で繋がり、多面的に交流し、そして多様に変幻自在に変遷し続けるリアルな現実世界を、自らの情念に因る人為の観念的設計(狂信の設計図)で如何様にも変えること(凡ゆる現実因果の改造)が可能だ、とする<傲慢の極み>で凝り固まった超閉鎖的な“ゾンビ(似非)人間中心主義”>の虜(囚人)であることを意味する。


(現代にまで深い影を落とす、アウグスティヌスVsペラギウスの人間の自由意思に関わる論争)


心の奥深くで、それは殆ど無意識の中でのことであるが、今も我々に大きな影響を与えるのが、この「アウグスティヌスVsペラギウスの人間の自由意思に関わる論争」の問題である。それは、我々が今まで馴染んできた立憲民主主義が、キリスト教を共有する欧米諸国の啓蒙思想の発展史(市民革命の歴史)から学び得たものであるからに他ならない。


因みに、アウグスティヌスはローマ帝国末期の4世紀後半〜5世紀初頭頃に北アフリカカルタゴを中心に活動したキリスト教の教父で、中世ヨーロッパの最も根幹となるキリスト教思想を作った人物である。ペラギウスはそれとほぼ同時代人であるが、ペラギウス主義(派)と呼ばれる教義を広く展開したが418年のカルタゴ会議で異端宣告されている。


ツヴェタン・トドロフによれば、アウグスティヌスが「人々は神の意思(それを代理するカトリック教会ヒエラルキー)に服従し、全て(特に、人間が無知ゆえに犯す罪を意味する原罪)を見透す神の恩寵に従順に従うべき」とするのに対し、ペラギウスは「人間は自律的にその責任の範囲において、先ず自らの自由意思に従って行動することに宗教的な意味がある」と考えた。


端的に言えば、ペラギウスの「先ず自らの自由意思に従って行動すべき」の部分が、「異端」宣告を受けた後も人間の自由原理主義的な思潮のルーツとなり続け、やがてそれが西欧思想史の中で密かに独り歩きして(又は誤解されて?)きたと言える訳だ。そして、ツヴェタン・トドロフは、その意味でのペラギウス主義が米国の新保守主義(宗教右派)にも流れ込み、結果的にそれが全世界の経済フィールドで新自由主義が暴走する推進力になったと見ている。


因みに、このツヴェタン・トドロフの議論から些か離れてしまうが、人間の自由意思の問題で忘れてならない人物に13世紀スコットランドの神学者ヨハネス・ドウンス・スコトウス(その思想の徹底的な緻密さから精妙博士(Doctor Subtilis)と呼ばれた)がおり、彼はフランチェスコ派スコラ神学者で、後にパリ大学教授となった人物である。


スコトウスは、先ず「絶対的に正しい自由意思」を持つのは神のみであるから神は先ず純粋にその自由意思で世界を創造したと理解し、アウグスティヌスの「自由と理性の両者に対する神の絶対的先行性」を留保して、神だけが持つ「正しい自由意思」が神自身の「理性(知)性」の判断とは無関係に先ず世界を創った、と考えた。


更に、スコトウスは、神に劣後する人間の「自由意思」が常に善悪について「絶対的な善」を選ぶことはあり得ないながらも、偉大なる神の見守りの下にある人間には一定の判断力が、つまり善か悪かの道が選べる最小限の「理(知)性」は与えられており、同時にその人間が正しい判断を下すことができるよう一定の自律的な「自由意思」も与えられていると考えた(中庸の宗教観)。


また、15〜16世紀頃までの中世ヨーロッパ社会の伝統では「古代ギリシアの奴隷制時代に比定され、特に自治都市の自由市民の立場(その余韻はプロローグで触れた16〜17世紀オランダ自治都市の市民に見られる)については、その古代ギリシアのポリス市民と同等と見るべき」とするのが一般的な常識であったので、「自由」であるためには先ず正しい「理性」判断が必要であるが下部構造に属する奴隷などの人々は正しい理性を持っていないと考えられていた。


しかし、驚くべきことにそれを遥かに遡る13世紀スコットランドにおいて、このヨハネス・ドウンス・スコトウスはこれら自由市民の立場でない下部構造の人間の「自由意思」をも認める考えを採った。即ち、この時に初めて近・現代の「啓蒙思想」に繋がる「人間の普遍的な自由意思」の種となる理念が誕生していたと考えられる。


ともかくも、この啓蒙思想の種と見るべき<スコトウスの中庸(適度)な自由意思>の対極にある<ペラギウス派の自由原理主義的な考え方>(尤も、おそらくそれは“ペラギウスの自由”を人々が過剰に誤解したためであるだろうが)の影響は、トドロフによれば今でもなおキリスト教思想の深部において、自由原理主義の形で「資本主義」暴走の肩を押し続けていることになる。


(“AIと新自由主義の癒着”が主に世襲“1%既得利権派”らの新たなプラットフォーム(権力基盤)となりポピュリズムを煽る恐れ)


・・・そのため、社会「中間〜下部構造」の人々の盲目化・ミクロ化・分断化のリスクが一層拡大する懸念がある!・・・


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かくして、トドロフ『民主主義の内なる敵』が指摘する如く社会「下部構造」の盲目化が加速して「進歩の精神が十字軍のメシア思想(排外主義)へ、自由が暴政の培養地へ、中間〜下部構造の市民が操作可能な群衆へ」という具合で、民主主義の各部位が激烈な化学変化に見舞われており、その「個々の人々がミクロ&分断化」へ雪崩れ込む危機拡大のリスクが日本をはじめ全世界を覆っている。


特に、ツヴェタン・トドロフの懸念は、1%派の権力構造を利する“AIと新自由主義”の癒着型プラットフォーム(権力基盤)が、つまり<ポピュリズムを更に煽り立てる暴走回路が新たに定着して社会の下部構造が一層盲目化するというリスク>が拡大している点にある。


例えば、世界人口の半分近い30億人以上が1日150円以下で生活しており(http://ur2.link/zlXc)、トップ62人の総資産が下位層36億(世界人口、約80億中の)人のそれと同じという巨大格差が世界で拡大するなか、特に米国ではヤングホームレス(16〜25歳)の急増(8万人を突破/2015)が大きな社会問題と化している(後者2件のデータ出典:20161016NHKスペシャル/マネー・ワールド 資本主義の未来 「第1集」 世界の成長は続くのか、http://ur0.work/zpXu)。


そして、これはヒューバート・ドレイファス/チャールズテイラー『実在論を立て直す』が懸念すること、すなわち<「新自由主義のツール化で1%派と癒着しがちなIOT、AI技術が広く深く社会を潜在的に支配する時代=技術革新やグローバル競争で負の影響を受ける人々の更なる加速度的増加に歯止めがかからなくなる時代」に入りつつある、という指摘にも重なる。


つまり、それは啓蒙主義の萌芽期以前の奴隷身分に相当する、主権から除外され社会の下部構造に組み込まれる人々が急増する苛烈な時代へ突入するということだ。AIシンギュラリティ信仰の深まりと共に、そのような意味での悪しきパラドクス(マイナス・スパイラルの蟻地獄)に我々は益々深く嵌りつつあるのではないか?>という懸念をツヴェタン・トドロフも強調する。特に、そもそものボタンの掛け違いを無視して、つまり立憲民主主義の放棄を謀りつつ<「新国家ヴィジョン」が欠落する「AI万能GDP600兆円の未来=アベノミクス教」>を新たに掲げた安倍政権下の日本は、その超リスクが一足飛びに顕在化する危うい時期に直面しているのではないか、と思われる。


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それは、後で取り上げる日経記事<↓◆7 安倍政権にバカの壁(←コレは日経記事(参考/添付画像)の表現!w(http://ur0.link/ztna) つまり、「安倍政権=日本会議」の脳ミソにバカの壁?がある!w /20161025日経の「政府批判」記事(大機小機)は正鵠!>が指摘するとおり、我々が、「自民党改憲草案で権利の章典(国民主権)と“象徴”天皇制を日本国憲法から削除する」という、安倍政権(世襲1%派)が仕込んだ<情念的・超観念的でアナクロな固着設計主義の罠/その1%派の利権のためだけに仕込まれたAI活型の文脈“構造”の中>にスッポリ嵌る一方で、肝心の「日本の立憲民主主義と資本主義を安定的に持続させるためのリアル政策が放置されたままだ!」であるからだ。


3 再び襲来した啓蒙主義の危機、そしてポスト新自由主義時代における「啓蒙主義ルネサンス」への希望


3−1 第一次世界大戦で、いったん潰えた啓蒙主義のプロセス


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●【早瀬晋三の書評/国家主義と結びついた「戦争の記憶の再形成」は平和主義へ向かわず人々を第二次大戦へ導いた!『英霊−創られた世界大戦の記憶』G・L・モッセ著、宮武実知子訳/柏書房】

・・・G・L・モッセはドイツ出身の歴史学者で、米ウィスコンシン大学名誉教授。ポスト第一次世界大戦の世界(特に欧州と日本)は、今の「アナクロ安倍政権」が一強支配する日本と同じく、右傾化と暴力的「愛国」の感情が常態化していた!・・・以下、その要点の抄録・・・

http://ur0.work/zq0h 


・・・


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第一次大戦の戦争体験「神話」が、戦争に参加した各国の国民に対し<国民的・個人的再生の手段>という新たな側面をもたらしたが、それは人命に対する無関心を高じさせることにも繋がるため、必然的に各国の「政治の野蛮化」を促進し、結局、それが「啓蒙主義」の中庸の意義を忘れさせることに結びついた。これが「第一次世界大戦で啓蒙主義は死んだ」ということの意味である(関連情報/再び日本ではこのアナクロ二ズム現象が起きつつある!⇒『明治の日を求め“維新精神”を取り戻す!与野党を超えて自民議員らが集会』20161102朝日http://ur0.work/zpXH)。


第一次大戦より前の戦争の時代でも、友の死と仇敵の死への態度の違いは理解しやすく、同じような野蛮化の効果をもたらし続けてきた。しかし、例えば1870〜1871年の普仏戦争の前後には、時として独軍と仏軍の兵士は共同墓地に葬られることが多かったが、第一次大戦以降になると、もはやそうした事態(時には、敵と味方の戦死者を同等に追悼する風景が見られること)は起こらなかった。


ヴェルダンの戦場(第一次世界大戦、西部戦線・独仏戦)に散逸した遺骨を納めるためドゥオモンに建立された霊廟は砦の上に仏の三色旗だけが掲げられたためドイツから糾弾を受けた。このように<戦争の結果としての死を扱う態度が野蛮化(仇敵の死を無視し、味方の死を愛国英霊視する)へ変化した>ことを、特にドイツでは極右がプロパガンダで巧みに政治利用した。


これが英霊(靖国英霊)の誕生で、一旦そうなれば多くの人々は、自分に累が及ばぬよう自己の未来のために内外の敵に対する無慈悲な戦争を支持する覚悟を持つようになる。日本の靖国「英霊」に対する「愛国」信仰(総国民玉砕の←補足、toxandoria)も、この世界的な流れの中で生まれた(安倍政権下でコレが復活中!)。


3−2 アナクロニズムと癒着する『暴走資本主義(自由原理主義)』に組み敷かれた日本の惨状、事例アラカルト


・・・世界が極右化する今こそ、我々は第一次世界大戦で啓蒙主義が一度死んだことを想起すべきである!・・・


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●現代に直結する陰謀と愛国心の病(悪意で創作された陰謀論と異常な愛国心を権力が利用し、広く一般大衆が受け入れるナチス型リスクの拡大)沼野充義・評 『プラハの墓地』=ウンベルト・エーコ著、20160327毎日 http://ur0.pw/zsCL  

・・・「ある意味で陰謀論は悪徳権力への批判力の源泉ともなるが、留意すべきは“悪意で創作された陰謀論(偽書・プロパガンダ等による)と異常化した愛国心を権力が巧みに利用”し、広く一般大衆がそれを受け入れてナチス型リスクが拡大する危険性がある!

・・・また、『プラハの墓地』は、ナチス感情的なモノが国境と歴史時間を超えて世界へ伝染し拡散する現象)もあり得ることへの警告でもある。つまり、ゲーデル不完全性定理の意味である「同一次元の論理で完全なアンチテーゼは成立し得ない!」が理解できれば、陰謀論の罠のリスクはリアルに理解できるはずだ。

・・・Cf. 「秋元康氏=東京五輪・大会組織委員会理事」なので「安倍内閣=ナチス・シンパ」の傍証“情報”が世界へ発信されたことになり、あるいはコレは<怪我の功名>鴨神社?w ⇒欅坂46、炎上!ナチス制服酷似のハロウィン衣装―各国メディアも報道、ドイツでは処罰対象 20161031只のオッサンがツイート http://ur0.link/ztnZ


f:id:toxandoria:20161107051122p:image:w450:right●【『論壇時評/世襲化と格差、社会ビジョンはあるのか? 歴史社会学者小熊英二氏20161027朝日』)は、自民党政治と国民意識の<野蛮(好戦、英霊愛国志向)化>を抉っており、重要!!】 同感!⇒ >この自民党の変質が日本右傾化の一因 / ∵当選可能(日本のポピュリズム社会化を背景に)なのは地域の世襲議員2・3世or芸能・スポ系立候補者ばかリ!故に、彼らの脳内にあるのは<日本会議、安倍らと同じ古色蒼然たる追憶のカルト>か<喫緊の社会・経済ニーズ(社会保障と税の一体改革)>と真逆の「対社会・家族重圧型」又は「ネオリベ・リフレ型」の<タコ(脚)自食>政策ばかり!・・・只のオッサンRT @ま @MKT_ULTRA 敗戦から1954年までの首相は元外交官だ。占領軍と交渉するのが首相の重要な仕事だったからだ。55年から80年代までの首相は元官僚か地方のボスで、自民党の黄金時代を築いた。90年代以降の首相は多くが2世か3世で、日本は長期低落している。(小熊英二氏) 20161027http://ur0.pw/zsD6


f:id:toxandoria:20161107051123p:image:w470:left【ISDS条項(投資家対国家の紛争解決“特権裁判”:自民・公明・日本維新が20161104強行採決のTPP付帯)のリスク(日本の医療等“皆保健制度”および福祉制度全般を根底から破壊する恐れが遂に巨大化!)について/20161027衆院TPP特別委 笠井亮議員の質問】

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・・・このISDS(グローバル企業(株主)利益最優先)条項の問題については、下記◆6(特に第2集)でも取り上げているが、日本国民の多くが未だに殆ど理解していない(自分とは無関係だと思っている?)かに見えるのは何故か?ソレ解散だ〜!何たらかんたらの政局報道で、一強・暴政化した安倍政権へ過剰に気遣いするばかりでなく、もっと主要メディアは国民一般の現実と近未来に対する警鐘・啓蒙に力を入れるべき。日本の医療等に関わる“皆保健制度”と“福祉制度”全般が根底から破壊された(事実上の憲法破壊・国民主権破壊!)後では幾らワーワー大騒ぎしても“後の祭り”だ!


◆6 NHKスペシャル/マネー・ワールド 資本主義の未来(第1〜3集)http://ur0.pw/zsDf


3−2 独裁・強権的な「右傾権力」化へと進みつつある世界での希望の光/アンジェイ・ワイダポーランド)の遺産


・・・第一次世界大戦で、いったん潰えた啓蒙主義は第二次世界大戦後に蘇生したが、戦後70年超を経てその理想の生命は今や再び死に瀕しつつある。従って、我々は今こそ<第二次世界大戦後に蘇生した啓蒙主義の象徴的存在であるA・ワイダ>の芸術作品(映画)の意義を想起すべきである・・・


f:id:toxandoria:20161107051727j:image:w250 f:id:toxandoria:20161107052921p:image:w450

●アンジェイ・ワイダが映像化した権力暴走への抵抗は本物の愛国心!「その個性的な文化と政治的意味の多義性、および過酷さの縮図の如き悲惨な歴史経験」からポーランドは欧州の心臓と呼ばれることもある。ワイダはそのような祖国への深い愛と民主主義への期待を描いた!残念ながら今のポーランドは、EUが抱える難民問題の極端なジレンマに襲われ極右化中?だが、やがてワイダの偉大な遺産が必ずや若者らを覚醒させるであろう!Cf.@只のオッサンRT to @sugiura taisuke ⇒ 日本文化とも関わり A・ワイダ監督死去20161012朝日(ワイダの画像はポーランド広報文化センターよりhttp://instytut-polski.org/wajda/http://ur0.work/zq0k


・・・イェジ・アンジェイェフスキが1948年に発表した小説の映画化、「灰とダイアモンド/1957」はワイダの代表作の一つ(http://urx.red/zn0O)で、それは1945年当時の独裁化したポーランド労働者党(PPR)の病巣を描いた。


・・・この作品の含意は、「強大化した権力は自らに都合の良い見方(情報)だけを偏愛しそれを他者へ強制するようになる。結果、権力側はリアリティーを正しく解釈出来なくなり、重要な事実を示されても真実が一切見えなくなる。右であれ左であれ、強大な力を誇った為政者がその座から滑り落ちる原因の多くは客観的情報が入って来なかったか、それが入っても正しい解釈が全く出来なかった」ことにあるという、時代を超えた普遍的な警鐘である。


・・・【作品の背景】ナチス・ドイツ軍の攻撃でワルシャワは徹底的に破壊され、レジスタンス参加者はテロリストと見なされ市民約22万人が戦死あるいは処刑された。1945年1月に入り漸く進撃を再開したソ連軍は1月17日に廃墟と化したワルシャワに入るが、レジスタンス幹部を逮捕したため自由主義の芽は完全に摘み取られた。生き残った少数のレジスタンスは地下水道に逃げ込み、彼らが進駐後のソ連を攻撃目標としたため共産主義(PPR)政府の樹立後も、要人暗殺未遂などの混乱が続いた(http://urx.red/zn1H )。


3−3 「暴走資本主義の制御」と「節度ある自由主義」再生への希望/カギは「科学知と人文知の融合」(コンシリエンス)による啓蒙主義ルネサンス


(『日本会議なるボタンの掛け違い』と『AIドラえもん“なんでもポケット”GDP600兆円の未来像』の不可解)


・・・「アベノミクス教(狂)」で益々混迷を深める一強「安倍複合カルト権力」なる、底なしの怪奇アナクロニズム現象に包まれ、原発に続き<先端科学技術AI>もカルトの小道具化の恐れ!?・・・


f:id:toxandoria:20161107051728j:image:w340《根本理念のボタン》の掛け違い(アンチ啓蒙主義、反立憲民主主義、反知性主義)の奥底に潜む「“追憶のカルト” 安倍政権の“日本会議”病」については、フェルナン・デュモン「記憶の未来」(翻訳叛−白水社−/Fernand Dumon/1927−1997/カナダ・ケベック州ラヴァル大学などで活躍した社会学者)の序文を書いたセルジュ・カンタン(ケベック研究専門のケベック大学教授/政治哲学)が、“日本のナショナル・アイデンティティー(記憶の未来なる希望のエトノスとしての国家日本の未来像/toxandoria補足)をリアル政治の小道具だと軽視してはならない”と批判している。


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だから、日本会議一色で超復古的な政治的価値観(明治の日の制定を求め国会内で開かれた集会で自民議員ら出た発言=五箇条の御誓文こそ本来の憲法!20161102朝日http://ur0.work/zqgP)が支配する「シンギュラリティ時代の新しい日本」に備えて、<アベノミクスの目標GDP600兆円達成のため、愈々、AIを『ドラえもん“なんでもポケット”』型プラットフォーム(新しい社会基盤)としてフル活用するという、国家政策に関わる余りにも軽佻浮薄な発想!/20161026日経ほかで発表の【政府広告】>は笑止千万であり、国民益を根こそぎにする有害な倒錯以外の何物でもない!AIは、決して<打ち出の小槌(づち)>ではない!(関連参照↓◆7)


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◆7【永遠の結果先送り(or 永遠のゼロ?)、アベノミクスは「名ばかり科学・客観主義」の典型!】安倍政権にバカの壁(#日本会議 の脳ミソ?w)がある!20161025日経の「政府批判」記事(大機小機)は正鵠!同掲「名目GDP600兆円の未来像/AIがアベノミクス新・三本の矢?」(政府広告)はバカバカしい傑作か? w苦w http://ur0.pw/zsDZ


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◆8 「朴支持5%↓!崔順実ゲート」の暗部で蠢く、日韓両政権に跨る「世界平和統一家庭連合」(旧称・統一協会/日本でも安倍政権下で2015年8月に改称)の影!両権力が共有する歴史(特に朴=岸(安倍)関係)と確執!1104・TPP採決強行も強ち無関係ではない?深部で日本へ飛び火かも? 2016116只のオッサン@hanachancauseRT@金子勝 

http://ur0.link/zt72【隣国の民主主義】隣国韓国には光化門広場に集まる10万人もの人々がいる。その背景を知るために一読すべき、パククネ政権の「崔順実(チェ・スンシル)ゲート」の詳しい経緯が書かれた記事です⇒http://ur0.link/zt7t 20161105@金子勝http://ur0.link/zt73

・・・Cf.1 朴槿恵大統領と統一教会 チェ・スンシルゲート事件

http://n-seikei.jp/2016/11/post-40524.html

・・・Cf.2 日・韓両「国家主義」政権が共有する(20世紀以降)歴史的 “カルト超然権力の病巣”、それは恰もフィルム画像のネガ=ポジの如き同一カルト遺伝子の共有関係!/戦中〜現代に渡り日韓両国家権力層が共有する関東軍仕込の軍事国家主義史観(但し、その内実は既得権益死守の“いいとこ取り”なる守銭奴式、超強欲の価値観で一致しているだけ!w)なる特異歴史観念!当座、日韓両国の支配層(安倍・朴両政権)が米国傀儡として共有すべきことは《国民主権の制限、朴槿恵:朴正煕と安倍:岸の偶像化、両軍事愛国極右政権の国内支持固め(韓=国定教科書、日=改憲強行、等)。http://ur0.link/zt74


・・・


そこでは、本格的な情報社会哲学の視点(1−1)、現代的な意味での実在論の視点からのAIシンギュラリティ批判(1−2)、“AIと新自由主義”の癒着による資本主義の新たな暴走への懸念(2−1)などの、日本国民の近未来のため有意義な<新しい国家理念(日本の民主主義と資本主義の持続性を些かでも高める努力に取り組むという決意)と国民への思いやりの視点>が全く欠落している。


しかも、いわば子供騙しの『ドラえもん“なんでもポケット”』型プラットフォームとして、近未来の万能神器と見立てたAI&IOTを一般国民に対する更なる気合入れの小道具として全く野放図にフル活用するという無責任さとノー天気ぶりからは、安倍内閣に深く憑りつくアナクロ二ズム教の不気味さが滲み出ている。特に、ヒューバート・ドレイファスとチャールズテイラーが抉った「17世紀デカルト二元論の描像/AIに潜む媒介説のリスク(病理)」(1−2)なる呪縛について、愈々、AI&IOTをフル活用しようとする、安倍政権を取り巻く御用専門家・御用経済学者らが全く無知である(あるいは、御身大事でその場限りのヒラメ(平伏)主義を通している?)かに見えるのは心もとない限りだ(関連参照↓◆9)。


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◆9 アベが私物化する原子力寄生委員会や何ちゃって政策委員会に、まともな批判すらできない主流派経済学者や原子力ムラの専門家。今や、圧力に屈するマスコミが右往左往する内に<心ある市民や市場>だけがノーを散発的に発している構図。まともな制度運営(のための国家ヴィジョン)を取り戻さぬとバブル崩壊と過酷事故が待つ日本の自爆です。20161026日@金子勝 http://ur0.work/zql0

・・・Cf. 今や、<主流派経済学(M.フリードマンら)が前提としてきた合理的経済主体(ホモエコノミカス)仮説>が強欲(不合理)という人間の正体に振り回されている。従って、それと真逆へ発想を変え、<不合理(強欲)を前提としつつ、その強欲の制御が可能な「啓蒙主義の再生(ルネサンス)」を図り、新たな知見である進化心理学等の活用が可能な方向へ我々自身の「価値観」を転換すること>が必須である!】「契約理論を企業統治などに応用、貢献」は良いが、新自由主義者サッチャーの「社会は存在しない」が象徴する如く、「法」の「一部である契約」を拡大(その情念的な固着設計主義で)させ「法全体の役割」を後退させたため国民主権の砦である「法」自体から、ゲーム化した資本主義が逃げ始めたという恐るべき現実も直視すべき!20161019只のオッサンRT to もったく@mottakuro ノーベル経済学賞のハート氏ら 契約理論、経済分析に新視点:日経http://ur0.work/zqly


(抑制的なAI活用を視野に文化進化論・進化経済学らによる新しい知の総合、コンシリエンスの視点で21世紀の多元的『啓蒙主義ルネサンス』を目指すべき)


・・・【日本の対教育支出の実態から今の日本が『日常礼賛』から程遠い名ばかり先進国であることが分かる!】何よりも絶対に最優先すべきは“教育への十分な先行投資”!・・・Cf.『日本はGDP対比で見た公的支出の割合が、比較31カ国中で最下位。また、日本の対教育支出で家計負担が占める割合33.6%はOECD平均16.5%の約2倍!その割合が加盟国中ではチリ、韓国に次ぐ3番目の大きさであることを恥じるべき!』情報源:http://urx.mobi/ztUJ・・・


E.O.ウイルソンは著書『ヒトはどこまで進化するのか』の中で、「科学知の限界」を「人文科学知が切り拓く」というエトノス的発想(または、エトノス環境を重視する進化心理学の視点とも言える)でコンシリエンス(知の総合/これはウィリアム・ヒューウェルの造語)の重要性を再発見している。つまり、ウイルソンは「コンシリエンス(consilience)による啓蒙主義の再定義が可能であり、人類はそれを目指すべきだ」と考えている。しかも、同じことはウイルソンに限らず、後述する「文化進化論」のアレックス・メス−ディも主張する。


また、ツヴェタン・トドロフ、ヒューバート・ドレイファス、チャールズテイラー、E.O.ウイルソンらは、「民主主義と資本主義が持続する未来」を保証するのは「地球環境エトノスに基づく多元主義」だという考え方を共有している。尤も、これらの人々は「地球環境エトノス」(身体内外の自然・文化に関わる全環境の自覚)という言葉は使っていないが、彼らの主張は正にこのことを意味していると考えられる。


それは、「今はそれができない人々や、今は使い道が全く分からないモノやコト、あるいは無用に見える資源や異文化等でも何時かは、自分も含めたより多くの世界中の人々や地球そのもののため役立つと考えるべきだ!」という身体内外の全環境を視野に入れた「多元主義」が彼らの共有思想であるからだ。


つまり、今や量子物理学の知見を得た時代であるからこそ<エトノス生命体である“人間の中庸で適度な自由意思を尊重する意識(2−1/ヨハネス・ドウンス・スコトウス)”>が、これからも人間社会を持続させるためのプラットフォームであり、AIロボットやITネットワークらがそれに取って代わることは不可能だ(無論、合理主義を騙りムリヤリAIに取って代わらせるべきではない)という共通認識である。


言い換えれば、「民主主義と資本主義がこれからも持続する未来を“保障”するのは、「内外エトノス観に基づく多元主義」であり、その社会的作用の品質を“保証”するプラットフォームは決してAIやITネットワークではなくリアルを『日常礼賛』しつつ生きる人間、およびその人間どおしの相互扶助と信頼関係」だという、人間の尊厳性を前提とする自律意識の構築(歴史・哲学・数学・生命科学など普遍知の教育とAI・IOT等リテラシーのバランス維持)こそが、21世紀における「啓蒙主義ルネサンス」の可能性を拓くということである。


そして、この可能性について脚光を浴びつつあるのがAIやITネットワークの利点を“積極的に、かつ同時に抑制的”に活用しようとする進化心理学・社会心理学・進化経済学・文化進化論らの新しい発想と視点である。例えば、“文化は生物進化の延長“と考える立場から、より高次なレベルで文化を研究しようとする「文化進化論」が世界的に注目を集めている。


また、進化心理学の培養土から誕生した「文化進化論」には、「(1)ソリッドな数理的基礎が存在すること、(2)生物学・人類学規模の長大な時間軸を視野に入れるという意味で決定的に動学的であること」という二つの特徴があり、その点で旧来の社会進化論(ヘーゲル、コントらの社会の進歩に関わる議論をベースに、主にダーウィン進化論を取り込みつつ作られた、やや静学に傾斜する社会理論)とは異なることになる。


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その最先端を担う研究者アレックス・メス―ディ(Alex Mesoudi/英エクセター大学准教授https://goo.gl/PjE2LH)の著書「文化進化論/ダ―ウイン進化論は文化を説明できるか」が、漸く日本でも2016年2月に出版(NTT出版)された。なお、(1−1)で触れたE.O.ウイルソンと同じく、メス−ディも究極的には科学知と人文知の融合(コンシリエンス)が望ましいと主張している。


メス−ディによると、現実世界で起きる文化進化は「ラマルクの遺伝的適応」(後天的な獲得形質の遺伝)や数理モデルが仮定するより以上に強く作用しており、同じく予想以上の短い時間にその文化進化上の変化が起こることが分かってきた。なお、「ラマルクの遺伝的適応」は、事実上、ダーウイニズム(突然変異説)が否定したラマルキズム(ラマルク論)復活の意味なので、厳密に言えば、それは「ネオラマルキズムの遺伝的適応」と呼ぶべきであろう。


21世紀に入りAI研究の進化等と共鳴しつつ急速に研究が進んできた「文化進化論」のルーツである「進化心理学」(身体の自然環境への適応と同様に、また人間の心も生物学的な進化の産物と理解する心理学、http://ur0.work/zqmQ)は、文化進化論と共有する二つの方向性、「(1)伝達される文化」と「(2)誘発される文化」を見据えている。


考えてみれば、(1)は盛期イタリア・ルネサンスの画家アンドレア・デル・サルトの「ミメーシス」に、(2)はAI研究におけるニューラル・ネットワーク技術に、それぞれ通じるものがある(関連参照⇒2016-08-22toxandoriaの日記http://ur0.link/zt5o)。なお、古代ギリシアで「模倣」を意味したミメーシス(mimesis)の現代の定義は、<内外自然環境であるエトノスとの交流・交歓のプロセスで自然に内在する本質部分を視覚的・感覚的に強化しつつ抽出・再現し、それを造形的に再提示する芸術上の模倣技術>ということになる。


また、(1)は旧来の伝統文化にほぼ重なることが理解できるが、これからは(2)が<教育の意義の再発見>が必須となる教育現場で特に重要視されるだろう。なぜなら、「人の心、つまり意識の培養地である脳」(AIのニューラル・ネットワーク技術はその外装的模倣)はこれからもエトノス環境との交流と接触を重視する限り、無限にその人間性を深めて行く可能性があり、だからこそ、それは経済面で「エトノス環境の下での節度ある生産性向上とその持続を図ること」にも資すると思われるからだ。


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この観点は「2016-08-22toxandoriaの日記(第3章)http://ur0.pw/zsJH」で触れた井手英策氏(財政学、慶応大教授)が財政・経済学上の観点から<義務教育〜大学教育までの完全無償化>の実現を非常に重視していること、および(1−2−d、で触れた“節度ある自由意思と政治倫理”の問題にも重なると思われる。しかし、今の日本の安倍内閣が取り組む教育政策は、非常に残念ながら、これと全くアベコベである(参照、添付画像)。(完)

2016-10-21 原発など強欲(不合理)な人間の正体不合理を前提とする啓蒙主義ルネ

toxandoria2016-10-21

原発など強欲(不合理)な人間の正体に振り回される民進党は今こそ不合理を前提とする啓蒙主義ルネサンス(進化心理学等の活用)への「価値観」転換が不可避!


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・・・フェルメール牛乳を注ぐ女』1658年-60年頃。 アムステルダム国立美術館


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・・・ツヴェタン・トドロフ『日常礼賛』は、絵画と世俗・日常の完全な融合を実現した17世紀オランダ絵画の意味を斬新な視点で抉ったものであり、同じトドロフの注目の新著『民主主義の内なる敵』と併せて、今こそ改めて読むべき内容だと思われる。それは、この時代が<政治・経済的には近代資本主義の幕開けを飾った「画期の時代」>であると考えられるからだ。


・・・因みに、この時代のオランダはレンブラントの時代とも呼ばれており、天才画家レンブラントが活躍した17世紀前半は美術史の上ではバロックと呼ばれる時代にほぼ重なることも興味深い。それは、1580年頃〜1730年頃にかけてのヨーロッパ美術様式を指す。バロックという言葉起源は“疵もの真珠”を意味するbaroccoというポルトガル語だとされるが、そもそも一般的な用語としては“異常な、奇妙な、あまり趣味が良くない”という意味で使われていた。従って、この用語が本当に意味するのは“できれば、一般の人々があまり見たいと思わない視覚描写”ということであったと考えられる。まず、それは18世紀の末頃のフランスでバロックという言葉が古典主義的理想美に相応しくないと考えられる建築軽蔑する意味で使われるようになった。やがて、19世紀後半のドイツでは、この言葉があらゆる美術領域に対して使われるようになり、次第に否定的な意味がバロックという言葉から消えてゆく。このようなバロックの意味の変化には特にカント(1724-1804)の「美的判断力批判」の存在が影響していると考えられる。


<注>当内容は、次回に完成させる予定の下記本編の予告です。そのため、ツイート発信・応答の簡略形で書いてあります。

・・・[希望トポス] ツヴェタン・トドロフ『日常礼賛』が示唆する啓蒙主義(資本主義)ルネサンス(民主&資本主義のコペルニクス的転換)への期待


・・・


【<不合理を前提とする啓蒙主義ルネサンス(進化心理学等を活用する政策)への「価値観」転換>が民進党にとって不可避となる背景(現況認識)】


・・・不合理を前提とする啓蒙主義ルネサンスに因る進化心理学等を活用する政策(ツベタン・トドロフ、ヒューバートドレイファス最先端知が指摘!/第三次AIブームではないがw、第一次世界大戦新自由主義の“暴走”でそれは二度も破壊された(厳密には、今回も破壊されつつある!)啓蒙主義の新たな意義の再確認が喫緊の課題であるが、これについては次回『本編記事』で詳述する。ともかくも、このことに全く気付かず、それに無頓着なまま野党第一党の地位だけを自認する?民進党の罪は余りにも重い!・・・


民進党(野田幹事長)が<新潟知事『原発』敗戦(反原発派にとっては勝利!w)>で連合日本原子村、安倍政権日本会議御用達御用組合!w)に詫びを入れる如き筋違いをやるので民進バカリか総国民が<自民党改憲草案なる衣の下に鎧の自民極右一派>に全身を舐められる!今や<懐憲>するまでもなく“比ドゥテルテ”レベル以下の“名ばかり法の支配”国ニッポン安倍将軍サマの異常支配体制だ!7:32 - 20161022@hanachancause 只のオッサン(脱原発への急転向者)が@nihon_koutei日本国黄帝をリツイート

・・・これこそ「二枚舌」を絵に描いた様なやり方(呆)。とにかく、憲法審査会を動かしさえすればどうにでもなると言う事なのだろうか、どこまでもやり方が狡賢く、薄汚い連中だ。★自民、改憲草案「使い分け」 撤回否定、でも憲法審には出さず:朝日新聞

https://twitter.com/hanachancause/status/789595226809643008


国民、真の国益など二の次のおぞましサ!遂に剝き出た<連合=原子村&安倍自民のイヌ>の正体! ⇒ 連合会長が民進党に釘刺す 共産党との共闘/今や連合は自民党の完全な支援組織!20161022ブ半歩前へ供‖のオッサンがRT 6:23 - 2016年10月23日

http://linkis.com/at.webry.info/iiyMH

https://twitter.com/hanachancause/status/789940382788382724


同感!世界各国の憲法改正内容(実状)が<統治機構に関するものである>ことに照らせば憲法から国民の権利(権利章典)の削除を謀る『自民党改憲草案』は明らかに的外れ!もし、その実行に踏み切れば<人権軽視の国への退行>として世界から嘲笑され、北朝鮮並みに警戒される国家へ零落れるのが必至! 7:52 - 20161022@hanachancause 只のオッサン(脱原発への急転向者)が井上武史@Takeshi INOUEをリツイート

・・・公布70年憲法を考える(上)世界の動向踏まえ議論を 護憲・改憲の二分法越えよ 待鳥聡史 京都大学教授 :日本経済新聞  まったく異論はありません。私の見方も同じです。https://twitter.com/hanachancause/status/789600372796956672


安倍政権による象徴天皇政治利用!更なる狙いは自民党憲法草案に見られる通りで象徴と権利章典の削除をダメ押しする名バカり法の支配の完成!つまり、正統保守を騙る #日本会議(=#安倍内閣)の保守性なるものの正体が世界の稀種(北朝鮮と瓜二つの野蛮さが潜む)であることの恥ずべき証!10:44 - 20161022只のオッサン(脱原発への急転向者)さんが@5newspaperをリツイート

・・・[日経]生前退位、にじむ早期決着 「一代限り」立法が軸 https://twitter.com/_5newspaper/status/788059253994950656  天皇の生前退位を議論する政府有識者会議が17日、始まった。想定する論点は8項目。政府は予断を排した「ゼロベースでの議論」を強調するが、女性女系天皇女性宮家の検討は除外し… https://twitter.com/hanachancause/status/789643450312306688


只のオッサン(脱原発への急転向者)@hanachancause  豚選びだった?自民と白紙委任状仲間の野田が“新潟”で連合に詫び入れ!国民の懸念に無頓着で『千と千尋の神隠し』豚集団化http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20161021 の民進の罪は余りに重い!⇒自民2勝!民進敗れる、衆院補選1023朝日2:15 - 2016年10月24日https://twitter.com/hanachancause/status/790240313528897536


恐るべき秘密主義の選挙対策!極右自民と電通の癒着!「自民が一部支持者への便宜で当補助金を利用!」で選挙対策のばらまき?保証人信用金庫商工会議所らでもよく、北朝鮮系のウリ信金でさえOKなのに共産党系民主商工会は除外されている。しかも共産党はこの情報を全く知らなかった?・・・只のオッサン(脱原発への急転向者)RT@渡邉正裕 @masa_mynews しかもこの創業補助金、なぜか事務局広告会社のくせに電通が請け負ってる。怪しすぎ。こんなとこまで一枚噛んでるとは/東京都でこの補助金の審査を担当するのは、自民党の広報戦略を担当する広告代理店・電通。電通、国の補助金応募審査の“怪”  4:51 - 2016年10月24日

https://twitter.com/masa_mynews/status/790266293463027712

https://twitter.com/hanachancause/status/790279447916126208


【以下は此の現況認識に関連する情報、エトセトラ


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同感! 強欲(不合理)な人間の正体に振り回されるバカリの民進党は、今こそソノ不合理を前提とする「啓蒙主義ルネサンス観に基づく進化心理学等を活用する政策」への転換が必須である!(カルト洗脳フレーズではないがw)国民と共に、目覚めよ民進!苦w 5:04 - 2016年10月21日@hanachancause只のオッサン(脱原発への急転向者)RT to あべともこ(衆議院議員小児科医)@abe_tomoko 末期症状の原発回帰路線に、明確に対抗する具体的な脱原発の政策を果たして野党第一党の民進党が出せるだろうか?それは此まで出していた工程表、即ち何年に再エネ何%、原発何%などという予定調和の作図ではない。今や原発は限りなくゼロ電気は足りている。むしろ再処理を続けるのか止めるのか。https://twitter.com/abe_tomoko/status/788670562063101952

https://twitter.com/hanachancause/status/789195713389350912


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野田を将軍様に担ぐ民進は詫び入れる訳と相手を完璧に誤っており、良識ある国民層の懸念を全然理解していない!⇒新潟知事選で連合に詫びを入れた野田の犯罪性/この男(補足/ノダ・ブタ)こそ既得権益に群がる“白蟻”だ。退治しろ!ブ黒猫タンゴ只のオッサン(脱原発への急転向者)@hanachancause17:15 - 2016年10月21日

http://linkis.com/cocolog-nifty.com/sWiAY 

https://twitter.com/hanachancause/status/789379471455375361


国民、真の国益など二の次のおぞましサ!遂に剝き出た<連合=原子村&安倍自民のイヌ>の正体! ⇒ 連合会長が民進党に釘刺す 共産党との共闘/今や連合は自民党の完全な支援組織!20161022ブ半歩前へ供‖のオッサンがRT 6:23 - 2016年10月23日

http://linkis.com/at.webry.info/iiyMH

https://twitter.com/hanachancause/status/789940382788382724


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企業統治などに応用 貢献」は良いが、新自由主義者サッチャーの「社会は存在しない」が象徴する如く、法の一部である契約を拡大(その固着設計主義で)させ法全体の役割を後退させたため国民主権の砦である「法」自体からマネーゲーム化した資本主義が逃げ始めた現実(固着論理ならぬ因果)も直視すべき!:07 - 2016年10月19日@hanachancause只のオッサンRT to もったく@mottakuro ノーベル経済学賞ハート氏ら 契約理論、経済分析に新視点:日本経済新聞

https://twitter.com/mottakuro/status/788192502759116801

https://twitter.com/hanachancause/status/788441321803505664


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只のオッサン(脱原発への急転向者)@hanachancause 消費者利益拡大を謳う新自由主義は<巨大グローバル資本の利益(格差)拡大>許容の詭弁!故に契約理論(ミクロ経済学)は此の不可逆流の矯正(市場価格公正化での)にこそ貢献すべき!⇒ノーベル経済学賞に米経済学者2人 契約理論に貢献20161010日経 https://twitter.com/hanachancause/status/785581332038647808


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御意!換言すれば、建前として主流派経済学(Ⅿ.フリードマンら)が前提する合理的経済主体ホモエコノミカス)仮説が、強欲(不合理)な人間の正体に振り回されており、その不合理を前提とする「啓蒙主義ルネサンス観に基づく進化心理学等を活用する政策」への転換が必須である現実を見せつけられています。4:37 - 2016年10月21日@hanachancause只のオッサン(脱原発への急転向者)RT to 新川 裕

@Deepriver8  https://twitter.com/Deepriver8/status/789042823790157824

https://twitter.com/hanachancause/status/789188915018117120


只のオッサン(脱原発への急転向者)@hanachancause 大隅義典 氏ノーベル生理学賞!は安倍政権の軍拡研究等、短期利益研究偏重(新自由主義に隷属する科学技術)への警告にも見えるが米経済学者2人の「契約理論」は国民主権を後退させた同主義によるマネジメントの悪用(ツヴェタン・トドロフ)に馴染む恐れはないか?3:26 - 2016年10月19日

https://twitter.com/hanachancause/status/788446232549007360


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金子勝 @masaru_kaneko 【日銀国債バブル】日銀が国債を400兆円持つが、金利が1%上昇した場合、日本国債の価値が約67兆円下がるとの財務省の試算が出た。下落分はGDPの13・5%。アメリカの4%,ドイツの2.5%と比べて、日銀も金融機関も大損を被るのだ。16:42 - 2016年10月19日 https://twitter.com/masaru_kaneko/status/788646453786742785


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金子勝@masaru_kaneko【企業価値バブル】企業の自社株買いが今年1-9月だけで4.3兆円で過去最高。日銀、年金株価維持に加えた内部留保による自社株買いで、見せかけの企業価値を高めるだけの日本企業。企業株バブルが消え、株価維持が崩れ実勢になったら大損が待つ。16:41 - 2016年10月19日 https://twitter.com/masaru_kaneko/status/788646322819563520


・・・


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北の執権政党朝鮮労働党)化する自民党、土人ならぬ本土人の上に絶対君臨する<安倍“無期限”将軍>様の支配下で、完璧に<北朝鮮>化する日本!日本では疾うに立憲民主主義は死んだ!只のオッサン(脱原発への急転向者)@hanachancause11:11 - 2016年10月20日 RT to 中沢けい@kei_nakazawa なりふりかまわずとはこのことか。誰も総裁に手をあげる人はいないのかね。「3期9年」か「無期限」 自民、総裁任期の延長決定 https://twitter.com/kei_nakazawa/status/788704640527376384

https://twitter.com/hanachancause/status/788925482771243010


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只のオッサン(脱原発への急転向者)@hanachancause 篠田新潟市長は、新種の日和見ゾンビか?これから流行る鴨?大w ⇒@hamajaya 森民夫氏(日本会議シンパ原発推進派)を応援していた篠田親潟市長はまるで米山さんより自分が一歩進んだ脱原発である如き路線を早速打出した。@freedom11519 2016年10月18日

・・・Cf. 米山・新潟県知事当選後、急に日和見ゾンビ“反原発首長”が増殖し始めたが、ゾンビ経営者榊原経団連会長の「冷静な判断で再稼働を!」は、ゴ立派なの鴨神社?w https://twitter.com/hanachancause/status/788250186996977664


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@hanachancause只のオッサン12:59 - 20161018RT to金子勝@masaru_kanekoこれでは、中国ゾンビ企業https://twitter.com/japan_news_co/status/78817151854720204 も真っ青では?!“アベ=クロ(アホノミクス死に体

https://twitter.com/nikkei/status/788063029187387394 ”<帝国>の<ゾンビ・リーダー経営者>と化した榊原経団連会長の「冷静な判断で再稼働を!」は、お嗤いだ!! https://twitter.com/hanachancause/status/788228104837799936

・・・金子勝@masaru_kaneko 朝日の世論調査で、原発再稼働に反対57%、原発事故賠償に上限設定には反対63%です。https://goo.gl/v80sPx だが、榊原経団連会長は新潟県知事選を受けて「冷静な判断」で「再稼働を」と発言。冷静じゃないです。7:53 - 2016年10月18日https://twitter.com/masaru_kaneko/status/788150993040977920


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只のオッサン@hanachancause 16:42 - 2016年10月18日 17日、伊万里・神崎の両市長(佐賀県)は九電・玄海原発の再稼働へ反対を表明した!三反園・鹿児島県知事に続く反原発新潟知事の誕生の影響がジワリと拡大中!(同1018日経)新種の日和見ゾンビ?w篠田新潟市長https://twitter.com/hanachancause/status/788250186996977664

と何たる違いか!w

https://twitter.com/hanachancause/status/788283985268842496


またぞろ、カネのための軍事技術だAIだ(原発だ!)と目が血走り始めた輩が跋扈し始めた時なので、今こそ深く人間そのもの、特に政治家学者メディア人らエリート層(七光り族や二・三世族ら名ばかり人種も含むw)が自省すべき時だと思います。只のオッサン@hanachancause10:07 - 2016年10月18日RTto mutant(脱原発に1票)@Yousay124A https://twitter.com/hanachancause/status/788184644441116673


@hanachancause #ノーベル賞 いい得て妙→「日銭稼ぎ」まさに目先の利益のみ。 五輪施設のゴタゴタに腐心する様子もないabeマリオも、裏で糸を引く輩方も、真に国の発展・繁栄など考えていないのでしょうね。【今だけ・カネだけ・自分達だけ】9:34 - 2016年10月18日https://twitter.com/Yousay124A/status/788176314163355648

2016-08-22 記憶喪失の海に沈む安倍内閣、その底に潜む偽遺伝子は文化進化論(遺

toxandoria2016-08-22

記憶喪失の海に沈む安倍内閣、その底に潜む偽遺伝子は文化進化論(遺伝的適応)上の追憶のカルト!新鮮な生命が持続的に吹き込むエトノス対話の環境づくりが急務


北アルプスの風景、夏

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・・・当画像は「ブログ信州からの贈り物http://goo.gl/HdtYTh 」様、より転載。


D

・・・暗喩的解釈/あなた(先住多層文化、tienne =yours)の中の私の人生、だから私を離さないでね!


<注>偽遺伝子(pseudogene)について

・・・集団遺伝学者・木村資生氏の「偽遺伝子(pseudogene)」(関連する、同氏の中立進化説については第3章で後述)は、DNA塩基配列では正常遺伝子と相同に見える正常遺伝子のコピーだと思われるが、これは様々な理由で健全な遺伝子機能を失っており“死んだ(ゾンビ)遺伝子”とも呼ばれる。また、これは機能を失ったあと塩基置換の進化速度が異常に高くなり、にも拘らず進化上は有意な変化がなく、言わばアナクロ二ズムで空転している(以上、https://goo.gl/Xa5vs6より)。以下は未だtoxandoriaの想像レベルの理解であるが、おそらく現下の日本を覆いつつある安倍内閣(#日本会議)が放射する不気味で暗鬱な空気は、日本国民の生命環境と精神環境の両面に取り憑いた、このような意味での文化的「偽遺伝子」(偽エトノス=ゾンビ国家神道)への強烈な回帰願望(政権側の)に起因すると考えられる。


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Andrea del Sarto(1486-1531)『アルピーエの聖母』「Madonna of the Harpies」1517 Oil on wood  208 x 178 cm Galleria degli Uffizi 、 Florence


・・・主に15世紀末〜16世紀初頭のフィレンツェで活躍した盛期イタリアルネサンスの画家アンドレア・デル・サルトが、いま「ミメーシス美学の復活」とともに再評価されている。デル・サルトはフィレンツェ古典主義を完成に導いた画家として知られており、ラファエロミケランジェロダ・ヴィンチ、フラ・バルトロメオら巨匠とほぼ同時代人で、特にミケランジェロとバルトロメオから大きな影響を受けた。


・・・『アルピーエの聖母』はデル・サルトの聖母子像の中で最も重要な作品で、彼の妻が聖母のモデルである。ヴェネツイア派の技法を身につけたフラ・バルトロメオの情熱的な色彩、ダ・ヴィンチの明暗法(sfumato)、そして何よりも古典主義(古典彫刻風の人物表現)的なバランスの良い構図と荘重さが漂っており、これらの調和が鑑賞者の目を強く引きつける。向かって右は福音書記者の聖ヨハネ、同左は聖フランチェスコで、聖母マリアは左足に重心をかけるコントラポスト(支脚と遊脚の対照)で台座にしっかりと立つ。なお、アルピーエ(Harpies)はギリシア神話にある“女の顔と鷲の体を持つ怪物”のことで、それは台座の四隅に描かれている。


・・・従来は、ダ・ヴィンチら巨匠の影に隠れた地味な存在であったデル・サルトが注目され、再び評価されつつある背景には近年の「ミメーシス美学」の復活がある。つまり、古代ギリシアで模倣を意味したミメーシス(mimesis)の真の意味がルネサンス〜現代にかけ長い間に渡り誤解されてきたことになる。デル・サルトの素描の特徴でもある「ミメーシス」の再発見とは、それがルネサンス〜17世紀バロック・市民革命期(初期近代)〜現代に渡る「近代主観主義」への反証だという意味だ。 


・・・つまり、「近代主観主義」の特徴とは「自然を制御可能と見做す科学還元(万能)主義」の立場のことである。そこからすれば、レオナルドやミケランジェロのような天才芸術家も科学的視野の強化(新しい理論の発見など)と同期しつつ人間の進化に役立つ偉大な芸術を創造することになる。しかし、デル・サルトが重視した古代ギリシアのミメーシスは、そのような考え方とは真逆であることが分かってきたのだ。


・・・そこで、古代ギリシアのミメーシスが意味するのは一体何か?が問題となるが、それは「自然世界と交流し、そのプロセスから自然界に内在する本質(形の模倣に止まらず!)を視覚的・感覚的に強化しつつ吸収し造形的に再提示する」ということになる(出典:青山昌文著『美と芸術の理論』(日本放送出版協会)、p18-19)。これこそが「近代主観主義」(近代主義の呪縛)への反証が意味することだ。これにより芸術に関わる実在論的な概念が反転することになった。


・・・つまり、絵画に限らず凡ゆる芸術作品は人間の主観(科学知を支えるのと同じ意識)が一方的に構成するものではなく、この自然界に限りなく存在する本質の一部を、ミメーシスで(自然エトノス(委細後述)との交流・交感プロセスへの没入によって)その奥底からすくい上げ、それを鑑賞者の目前に感動的な造形等として強化的に出現させるのだということになる。


・・・そこで想起されるのが、18世紀英国のエドモント・バーク(アイルランドダブリンで生まれた政治家・哲学者)の著書『崇高と美の観念の起源(1757)』(—みすず書房-)だ。バークが主張するのは、18世紀にアンシャンレジーム下のフランスで開花した啓蒙思想による「明晰な主観だけが芸術に必須の本質だ」という主張に対する反論と考えることができる。


・・・すなわち、バークによれば、偉大な芸術は世界(自然)エトノスの無限を絶えず志向するものであり、無限には果てがないから芸術は“矮小な人間の尺度に過ぎない明晰さでも明瞭さでも”あり得ない。だから逆説になるが、それこそが「偉大な芸術を小さな範囲に囲い込むこと」ができない理由なのだ。また、それこそ我われが明快に表現されたものより暗示的・暗黙知的な芸術の方により一層大きく強い感動や魅力をおぼえる理由なのだ。


・・・このバーク流の美学こそが「英国の正統保守政治」を基礎づけたと考えられる。保守を騙りながら内向的で傲慢極まりない安倍政権や日本会議との何たる違いか!結局、英国政治の伝統は、その悠久の歴史における保守と革新(改革)の絶妙なバランスによって、エトノス環境(詳細後述)である大自然との交流・交感のプロセスで有機的に組織されてきた、着実に未来へつながる秩序であるということになる。


・・・バークが言う「悠久の歴史における保守と革新の絶妙なバランスにより有機的に組織された秩序」とは、古代ギリシア・ローマ〜古代末期〜中世〜ルネサンス〜初期近代〜近代〜現代という悠久の時間の流れのプロセスで「英々と積み上げられてきたミメーシスの努力の繰り返し」と見做すこともできるだろう。


・・・このようなヨーロッパ伝統の真摯な努力の積み重ねによる漸進的な改革を重視するという古典主義(バーク流の保守主義)のコアとなっているのは、無限の世界(広大無限の自然)への「怖れ」の感情と、その恐るべき世界に対する「不安」であると考えられる。また、このような「不安」があればこそ、人間は自然と世界に対し謙虚になるべきだという「英知を伴う心性」が生まれる訳だ。なお、このことは当記事の表題に掲げた「文化進化(遺伝的適応)、エトノス対話」の問題とも関連するが、その点については以下(第3章)で詳述する。


1 閉鎖系内向の静止的“追憶のカルト”安倍内閣の病理は「記憶の未来」への恐怖、それは「リアル敗戦」再来の国難となる恐れがある!


f:id:toxandoria:20160822094939j:image:w400:right山崎雅弘 @mas__yamazaki 第三次安倍再改造内閣の「日本会議・神道政治連盟所属リスト」を作成してみた。再改造前よりも日本会議系閣僚が増えており(+3名増で、全閣僚の約8割が日本会議!)、神道政治連盟は今回も公明党(創価学会)の一人を除き、全員が国会議員懇談会メンバー。価値観の多様性とは全く無縁の政権。16:04 - 2016年8月8日

https://twitter.com/hanachancause/status/762545012122931200 

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・・・山崎雅弘氏は『日本会議 戦前回帰への情念』(集英社、2016年7月・刊/日本会議と安倍政権が改憲へと傾倒する動機が、かつて日本を戦争に導いた国家神道を拠り所とする戦前回帰への道筋にあることを指摘。気鋭の歴史研究家が日本会議を近視眼的な“点”ではなく、史実をふまえた“線”としての文脈から読み解く、同組織の核心に触れるための必読書(同書・紹介の集英社HPより部分転載))の著者であり、戦史・現代史研究家、グラフィックデザイナー、シミュレーションゲームデザイナー




1−1「日本会議」問題の核心は、それが<正統保守とは似て非なるもの>であるということ


f:id:toxandoria:20160822100212p:image:w280:right青木 理『日本会議の正体』(平凡社新書)によれば、日本会議が結成されたのは1997年5月だが、それより先の右派活動として注目すべきは、いわば左派の流儀を模倣する国民運動として取り組まれた「元号法制化運動」であった(同国民会議議長:石田和外・元最高裁長官/元号法は1979年6月6日に可決、6月12日 公布)。


そして日本会議のHP(http://www.nipponkaigi.org/activity/ayumi )には、“1953年7月に元号法制化の世論喚起にむけ全国47都道府県キャラバン隊を派遣、各地に都道府県民会議(地方組織)の結成相次ぐ(キャラバンは以後毎年実施)”と記されている。


この運動の中心となったのが生長の家(厳密に観察すれば、生長の家“過激派”/下、注*)、神社本庁らであり、生学連(生長の家の学生組織)、日本青年協議会日本協議会(これら三者は生長の家“過激派”イデオローグの流れを汲むと考えられ、生学連の指導的立場にあった椛島有三氏は、現在、日本会議の事務総長を務めている)、および自民党の一部がこれに関わっているのは周知のとおりである。


*<注>「宮城(クーデター)事件」(玉音盤事件)は生長の家“過激派”の主導で起こされ、同じ生長の家“穏健派”の主導で鎮圧された。


・・・「宮城事件」は昭和20年8月14日の深夜〜15日にかけ一部の陸軍省幕僚と近衛師団参謀が中心に起したクーデター(最終的に失敗)。それを主導した生長の家“過激派”一派の中には敗戦を受入れる天皇の首のすげ替えを主張する者もいた。彼らは詔書の録音レコード(玉音盤)奪取と玉音放送の阻止を謀った。日本降伏の阻止のため此れら将校達は先ず近衛第一師団長・森赳中将を殺害した。続いて彼らは師団長命令の文書を偽造し近衛歩兵第二連隊を指揮して宮城(皇居)を武力で占拠するが、陸軍首脳部及び東部軍管区(田中静壱司令官/熱烈な生長の家“穏健派”信者)の説得で失敗した。結局、一派は自殺もしくは逮捕され日本の降伏(玉音放送)は予定通り行われた。「生長の家および生長の家系列の出版物の中で、旧日本軍に生長の家の信者がかなり多く存在したことがしばしば証言されている」ことは注目すべきである。


・・・また、終戦時「宮城クーデター事件」の首謀者、後に日本会議に流れ込む生長の家“過激派”イデオローグの信奉者たちの一人である井田正孝(聖戦自爆玉砕テロリズム(このみいくさ)論)を主導した平泉澄の直門)は陸軍省・少佐の時に松代(長野県)“大本営”建設(本土決戦時における天皇の松代への動座を想定)を発案している。戦後、井田正孝は電通に入社し総務部長等を勤めた。そして、井田は電通時代になっても首尾一貫して「本土決戦」必須論を主張していた(出典:https://goo.gl/cgIlSA ) 


・・・


ところで、上掲書を含む日本会議にスポットを当てた本(現在、次々と出版が続いている)が共通して指摘するのは、この「元号法制化運動」が「日本会議」誕生のルーツだという点である。しかし、結果から見ればその通りかもしれぬが、一つ見落とされていることがある。


f:id:toxandoria:20160824042640p:image:w480:leftそれは、「建国記念の日」(1966年6月25日、成立)〜「元号法制化運動」までであれば、それは自国の歴史と文化を重視する正統保守の立場からのこととして当然視されても然るべきであろう(但し、皇室典範の改正で天皇の一世一元制の呪縛(現人神復活への回路)を解いておくべきだ!/参照、今上天皇の生前退位希望・象徴天皇制重視の御言葉http://urx.red/xULq )。しかし、目前の日本会議には<「宗教右派集団」が牛耳る保守集団>などという生温い表現では到底つかみ切れない不気味さが漂っている。


つまり、それは、上掲書らによって明らかとされつつあるとおり、何故に「かくも異常な生長の家“過激派”の信条(対ポツダム宣言疑義(敗戦否定)、天皇元首制復活、国柄重視ゆえの国民主権“制限”必須論etc)」を前提としつつ余りにも反立憲主義的な「自民改憲草案」(国民→国家、の授権規範ベクトルを逆転させる倒錯草案!)の下書きを提供するまでウルトラ極右集団化したのか?という点だ。


1−2 生長の家“過激派”(日本会議の中枢)は「記憶の未来」に対する異常(過剰)な恐怖心を持つ


既述のとおり日本会議の中枢(日本青年協議会、日本協議会、椛島有三・事務局長ら)、および安倍内閣を内外から支える人々は明らかに、生長の家“過激派”イデオローグの流れを汲む生学連の出身者たちだ。


その元・生学連の活動家(生長の家“過激派”イデオローグの踏襲者、)で、かつ今も、その教祖・谷口正春の熱烈な信者であり、日本会議の活動を内外から支える主な人々(椛島有三氏以外)を列挙すると、百地 章(日大教授)、大原康男(国学院大名誉教授)、高橋史朗(明星大教授)、伊藤哲夫(日本政策研究センター代表)、安東 巌(生長の家千葉教区教化部長)、衛藤晟一(首相主席補佐)らである。


因みに、生学連系ではないが第3次安倍(第2次)改造内閣で防衛相に抜擢された稲田朋美日本会議国会議員懇談会神道政治連盟国会議員懇談会・事務局長/一億総玉砕&崇高宗教儀式“戦争”論にかぶれた核武装論者で、女性初の首相候補?)は、自他ともに許す教祖・谷口正春の熱烈な“信仰者”である(参考情報:http://lite-ra.com/2016/06/post-2372.html


ところで、「記憶の未来」に対する異常(過剰)な恐怖心とは、言い方を変えれば「自国あるいは、ある民族の歴史・文化に関わる記憶が、立憲主義などの近代思想の影響下で、やがて根こそぎに消え去ってしまうのではないか!」という、およそ正統保守とは程遠い異常にトラウマ化した恐怖心ということだ。が、その委細は、後述することとして、以下では「正統保守(エトノス)と偽装極右(偽エトノス)」混同の問題に少し触れておく。


1−3 「正統保守と偽装極右」混同の病理


「正統保守と偽装極右の混同」は、日本会議とそれにどっぷりと浸かる安倍内閣の性格そのものであり、その根底に観察されるのが「情念の病理」ということだ。


そもそも、政治理念は永遠に実現不可能なものであることが通例であるからこそ、高次(High-Dimension)の目標とすべき理念を掲げ続けることでのみ、邪悪(戦争や欲望の暴走)へ傾斜しがちな情念を逆説的に統制しつつ現実的(リアル)な政治や諸政策の改良へ取り組む論理的な努力(リアル因果と高次理念との対話/これが本来やるべき政治家の仕事!)が持続できる(理性の情念統整的使用)ことになる。これは“情念統制理念と論理構成理念の相互補完性”と呼ばれる。


同じことを、モンテスキューは著書『法の精神』で次のように書いている。・・・『人間社会は、情念・理性・利益の三つ巴の構成要素から成るが、その人間の情念が、邪悪たれと人間を絶えず突き動かしているにもかかわらず、実は邪悪ならざる謙虚で中庸で公正(倫理的)な理性(国民主権ナショナリズムを評価する正統保守的スタンス/toxandoria補足)の方が、宿命的に多様な不条理に包囲された人間の利益にかなうという現実こそ、人間にとって幸福なことであり唯一の救いだ。』


つまり、そもそも「正統保守」と呼ぶべきものは抽象論理(理念)と因果論理(リアル)を峻別し、現実(リアル)に沿った微調整と微修正の持続を承認し許容する寛容で開放的な立場である(例えば、それは模倣の意味を再確認するミメーシス美学の復活で評価されるようになった、そして古典派絵画技法の先駆者と見なすべき盛期イタリア・ルネサンスの画家アンドレア・デル・サルトの絵画の如き/参照、エピローグ画像)。


だから、この正統保守の立場が、生長の家“過激派”イデオローグ一色に染まり、生長の家教祖・谷口正春の思想に耽溺し、太平洋戦争での「敗戦」と「戦争の悲惨」という紛れもない歴史(現実のエクリチュール(軌跡ドキュメント))を無視する日本会議、安倍内閣らに連なる人々はモンテスキューが言う“人間にとって唯一の救い”を徹底無視していることになり政治家失格の偽装極右派(エセ保守、保守モドキのカルト一派)と見るべきだ。


最も問題なのは、主要メディアがこのような論点から安倍内閣を批判することを自粛するどころか、むしろその偽装極右派に同調するばかりとなっているため、日本の民主主義の主役である、肝心の多数派層国民がこの「正統保守と偽装極右」の差異(違い)について全く自覚していないことである。


つけ加えておくが、上で紹介した青木 理『日本会議の正体』(平凡社)より少し先に出版された「日本会議の研究」(扶桑社新書)の著者・菅野 完氏が、実は熱烈な生長の家の教祖・谷口正春の信者であると、ネット上で告白していることが分かり驚かされた

http://sei4ch1ou.seesaa.net/article/439615699.html )。生長の家の「政治との決別宣言http://the-liberty.com/article.php?item_id=11592 」がステルス作戦とするなら、これは陽動作戦のつもりなのか?苦w


2 安倍内閣、日本会議、神社本庁ら「記憶の未来」への恐怖は、文化進化(遺伝的適応)論上の記憶障害(喪失)


2−1「記憶の未来」の喪失を怖れるあまり、戦前・戦中期「国家神道」の復活を謀る権力が国民の生命・主権・財産の簒奪へ暴走するのは必然


f:id:toxandoria:20160822102356j:image:w300:right「記憶の未来」は、フェルナン・デュモン(Fernand Dumon/1927−1997/カナダ・ケベック州ラヴァル大学などで活躍した社会学者)の著書「記憶の未来/伝統の解体と再生」(伊達聖伸・訳、2016.6刊―白水社―)からの借用である。それは今や日本のみならず世界各国に拡がりつつあるナショナル・アイデンティティーの問題が歴史記憶の問題と切り離せないということを先駆的に捉えている(画像は、白水社 on Twitterより)。


同書の訳者解説(伊達聖伸氏)によれば、デュモンが注意を向けるのは“以下”のことである。少し長くなるが、重要な点なので転載しておく。


“人間は歴史的な存在であって、歴史は二重化の機能を果たすものだ。いわば手の加えられていない生の歴史は偶然とも見える出来事(因果律)の連続だが、記憶としての歴史は人生に意味を与える指標となり得る。歴史がこのような二重化の機能をつねに備えているものであるならば、今日でも以前と同じように、歴史を解放して政治参加に結びつけていくことは可能であるはずだ。この新しい伝統は、学校とデモクラシーによって養われる批判精神に支えられていなければならない。デュモンにとって、これからの記憶は、かつての伝統とは異なり、批判的な精神を備えた主体が絶えず息を吹き込んでやる必要のあるものであって、それを通して記憶の未来に期待をかけることができる。”


しかし、現実の世界ではエセ・イデオロギーである新自由主義に深く染まり「格差拡大メカニズムと化した資本主義と政治権力の野合・複合体が支配する絶対的巨大機構」に巻き込まれてしまった人々が殆どそこでの主導権を握ることができなくなっている。


従って、これら“匿名のアトムとしての状況に埋め込まれた多くの人々”は、もはや自分の参加は必要とされていないと心の奥底で感じているため、今更、その巨大な機構メカニズムのために自分の意識と国家の歴史記憶(ナショナル・アイデンティティーとしての記憶)とを主体的に統合する努力の有意性を見失っており、その傾向は特に日本で強まりつつあると考えられる(←コレこそが、日本全体を覆い尽くしつつある極右化(正しくは偽装極右化)トレンドの病原体だ!)。


このような視点から、特に「靖国、国家神道、日本会議」などと関連させることで、日本の安倍政権がこれら戦前型イデオロギー(実は、イデオロギーもどき、偽エトノス!)への回帰を謀る背景を探りつつ、それを厳しく批判しようとする海外メディアらの眼差しと警戒心が強まりつつあるようだ。そして、世界の眼は、その安倍政権の<逆噴射/戦前型・国家神道体制への回帰願望=反立憲主義、反平和主義、国民主権否定>の原因が、そこに巣食った「日本会議のイデオローグ=戦前・戦中期の異常な生長の家“過激派”イデオローグ」が持つ、「記憶の未来」が消滅することへの恐怖心であることを百も承知していると思われる。


そこで問題となるのが「日本文化のルーツとも言える天皇家の歴史と、事実上、多数派国民層の通過儀礼と融合している伝統(神社)神道」の共鳴ということだ。先に見たとおり、たしかにアトム化した多数派層国民は、今更、その“新自由主義に蝕まれた巨大な格差拡大機構”のために自分の意識と国家の歴史記憶とを主体的に統合しようなどとは思っていないかもしれぬ。


だから、万事につけ無関心なのだろう。が、一方では通過儀礼と融合している伝統(神社)神道を介し日本文化に触れていることが日常(現実)でもあるので、実は、彼らの多くの心の内にも、近未来における「日本文化に関わる記憶喪失」への恐怖心が宿っていると思われる。そして、それこそが日本会議、神社本庁、安倍政権らの付け目ともなっている訳だ。


しかし、その国民層の素朴かつリアルな日本文化への思いと日本会議らの国家神道(追憶のカルトなる異常観念)の間には水と油以上の違いがある。だから、その溝を権力側が強権的に埋めようとすれば、再び、戦前・戦中期の悲劇が全国民を巻き込む強制愛国の国難という形で再現される恐れがある。そこで出番となるのが、偽遺伝子(追憶のカルト/偽エトノス=国家神道)の天敵となるエトノス(委細、後述)である。


2−2 米バーニー・サンダース現象の深層にある、米国「公正資本主義」の伝統


そもそもTPPは暴走市場原理主義の最終的な草刈り場(遠隔市場における利権争奪戦場)の位置づけ。欲ボケ頭を冷却し経済市場の役目につき再考し、草刈り場の原義(共助・共有・相互扶助の場)へ、ベクトル転換する好機!サンダース支持の若者層らの重み!只のオッサン@hanachancausert RT 日経@nikkei TPP暗雲さらに クリントン氏反対明言 20160815日

経 https://twitter.com/hanachancause/status/764911776789954560


国家権力の最終手段が暴力(軍事・警察・司法)であるのは時代を問わぬリアル!https://goo.gl/kjKRHK が、戦意剥出&人権無視の安倍改造内閣と比べ米・民主クリントン政権(予)にサンダースの「人権と命の保守」なる人類普遍の価値が取込まれた(↓★)意義は大きい! https://twitter.com/hanachancause/status/757850110743031808


★【動画】「愛は憎しみに勝つ」バーニー・サンダース 2016年 (日本語字幕)

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(国家と資本主義の本質が暴力であるという事実を理解することが先決である!)


f:id:toxandoria:20160822102922j:image:w330:right菅野稔人「暴力と富と資本主義」(角川書店)によれば、マックス・ウェーバーは「職業としての政治」(岩波文庫)のなかで、国家を“合法的な物理的暴力行使の独占を実効的に要求する組織”と定義している。これは、“国家はあらゆる合法的な物理的暴力行使を独占する”ということであり、別に言えば“暴力抑止力に国家以上のものはない”ことを意味している。無論、そのジャンルには日本国憲法のような平和主義の原理も入るが、正当防衛権までを放棄することは意味していない。


そもそも、ホッブスリバイアサンを引き合いに出すまでもなく、人間社会を含む自然界には望むと望まざるとにかかわらず暴力が存在する。ただ、現代世界では、国際協調の原則下で国家権力の暴力行使が国際法的に承認される形となっている。が、「テロ、および核兵器の所有と攻撃」はエトノス環境(凡ゆる生態系と人類の文化基盤)を根こそぎ破壊するという意味で、このフレームそのものを脅かしつつある。


他方、現代「立憲主義」国家の土壌と位置付けるべき社会契約論(近代啓蒙思想)は、結果的に戦争技術の高度発達を促すことに結びついた、「主にナポレオン戦争期のロスチャイルドによる金融資本主義技術の発明および近代科学技術の発達」と二人三脚で誕生したという厳然たる歴史的な事実(これは陰謀史観ならず、リアリズム因果論!)がある。


f:id:toxandoria:20160822102923j:image:w230:leftまた、「20世紀初頭〜後半に跨り世界史上のマイナー・エポックとなった独伊国家社会主義ファシズム、日本軍国主義ファシズム、ソ連邦スターリニズム、米ソ冷戦構造」および「20世紀後半〜現在に至るまで世界経済を席巻してきた新自由主義(金融市場原理主義、市場原理主義)」は、突き詰めれば「資本主義をより一層合理化するための構造調整の歴史」であった(共産主義も市場機能に限れば資本主義の合わせ鏡!/参照:市場社会主義ランゲ・モデル、http://urx.nu/4YCEオスカル・ランゲの画像はウイキより)


非常に大雑把であるが、このような「啓蒙思想の萌芽期〜現代に至る、民主主義の深化に伴う資本主義の合理化のためのプロセスと国家権力の絡みの歴史」を概観して分かるのは、結局、何時の時代であっても国家権力には、経済・財政・教育・福祉政策など凡ゆる場面で最強の暴力を行使するという力の論理が付き纏うということである(この論述が意味するのは暴力の是非論ならず暴力リアリズム論!)。


従って、だからこそ「その意味での国家暴力の本性が理解できない人物は政治家になる資質がない!」ということになる。逆説的に言えば、それは「政治権力者には、暴力行使への誘惑を自ずから制御し、絶えず国家と国民へより多く奉仕する」という公正な義務感こそが強く求められる。そして、マックス・ウェーバーは、このことについて「政治権力者に求められるのは『心情(信条or信仰)倫理』ではなく『責任倫理』だ」と述べている(関連参照:責任倫理と心情倫理(信条倫理、http://goo.gl/by9kpF )。


(しかしながら、資本主義のリーダーたる米国には公正資本主義を志向してきた歴史がある/20世紀初頭の米国における“新自由主義=制度経済学派”の台頭/それは「公正資本主義」が目標であった)


19世紀末〜20世紀初頭(第一次世界大戦へ参戦する頃まで)のアメリカでは、「政治の革新」と「経済への政府干渉」の必要を説く運動が興り、この時代は「革新主義(Progressive)の時代」と呼ばれる。そして、この時代の経済思想の特徴は「新自由主義/ニュー・リベラリズム」(New Liberalism/1980年代以降に定着したネオ・リベラリズムと直接的な関係はない)という言葉で代表されている。


このニュー・リベラリズムの考え方は、アダム・スミス流の古典的な「人間の平等と契約の自由を原理・原則的に重視する」こととは異なっており、その独創性は「社会全体が発展するための活力源として個人的な自由を一層拡大するためにこそ、政府(国家)は一定の介入を積極的に行うべき」だと主張した点にある。ただ、その後の研究でアダム・スミスの自由主義と雖も、それは決してネオリべラリズム的な意味での自由原理主義ではないことが理解されている。


また、19〜20世紀初頭のアメリカ経済思想の黎明期は、レオン・ワルラス( 1834- 1910/スイス、新古典派の祖)が活躍した時代にほぼ重なっている。そして、その時代のアメリカは「プラグマティズム」と絡みつつ「制度経済学派」が台頭した時でもあり、その中心的存在はソースティン・ヴェブレン、ジョン・ロジャーズコモンズらであった。


<補足>制度経済学派または制度派経済学(Institutional School)


・・・アダム・スミス、デヴィッド・リカードマルサスジョン・スチュアート・ミルなど英国の経済学者に代表される労働価値説を基礎とする古典派経済学を批判し、社会的な行動様式や集団的活動形態などの切り口から市場経済のあり方などを理解する経済学研究の一手法。ドイツ歴史学派の影響を受けつつ、ダ―ウイニズム(進化論)とプラグマティズム(Pragmatism/具体的な事象に即した有効性・有益性を重視する学派でアメリカを代表する哲学)の知見も取り込んでいる。


・・・「制度経済学派」の創始者と呼ばれるヴェブレン(1857- 1929)の特徴は、「私的所有」よりも「社会資本」の充実を重視する立場であり、一部の階層が“金ぴか生活”をするための“単なる金儲けの手段”としての営利企業は“一国の産業体制そのものを管理し消費者に消費財を公正に分配する任務”(国民に一定の生活水準を保証する“社会的十分性”を担う役割)には適していないと考えた。


・・・一方、ジョン・ロジャーズ・コモンズ(1862- 1945)も「制度経済学派」の代表者の一人とされるが、彼の社会改良主義的な経済思想の特徴は“アメリカ伝統の自由主義的フレームを重視しつつ、強力な労働組合運動・独占的巨大企業・公益企業などに関する諸改革の実行について、その時代の州と連邦レベルの立法・行政(Law Makers)へ大きな影響を与えた”という点にある。


・・・そして、ロジャーズの到達点は「集団民主主義」(集団内での“個別的衡平性”の実現)で社会改良を促進する「公正資本主義」 (Reasonable Capitalism)ということ(=非マルクス主義的な経済発展段階説)であった。


・・・いわば、これら19〜20世紀初頭のアメリカ経済思想の黎明期に一世を風靡した“現代アメリカ経済思想の源流”とも看做すべき「制度経済学派」に属する経済学者に共通するのは、「社会に公正をもたらす資本主義」を実現しつつ、アメリカ建国いらいの伝統である“個人の自由原理に基づく個人の行動領域を最大限に解放し、それをより一層拡大する”ということであった。


(北欧型福祉原理と米国型市場原理/ “リアリズム法学” という同根から生まれた二つの異質な社会福祉の現状)


「リアリズム法学」は20世紀初頭にアメリカと北欧(スカンジナビア)で、ほぼ同時期に興った法社会学の一派である。それまでの学説では、“判決とは法規(判例、制定法)を大前提とし、事実(具体的事実関係)を小前提とする三段論法の結論に当たるもので、公判とは裁判官によって結論が変わることのない形式的・機械的・非個人的なプロセスだ。従って、それは事前予測が可能な確実な論理的手続きだという理解”であった。


ところが、このようなドグマに対して心理学・社会学など各種社会科学の成果を駆使して鋭いメスを加えたのが20世紀初頭にアメリカとスカンジナビアで興った「リアリズム法学」である。そのため、現代の裁判では“複数の先例から一個の先例を選択し、制定法についても可能な複数の解釈から一個の解釈を採用することができ、特定の裁判官の活動に政治的責任を問うことも可能であり、事実認定のプロセスが裁判官の主観的作用であるということなどが、当然視されるようになり、今ではそれが法曹界での常識となっている。


しかしながら、やがてスカンジナビア型の「リアリズム法学」はアメリカ型の「それ」と異なる方向へ進化(深化)することになる。つまり、前者がスカンジナビアのキリスト教的・歴史的な意味での地政学的知見を背景として「普遍的人権」への理解を深めたのに対し、そもそも欧州から離脱し新大陸でゼロから建国したという歴史経験から、アメリカの地政学的知見は“徹底的な自由原理に基づき、個人の行動を最大限に解放し、それを限りなく拡大することを最終目的とする”という極めて「特異な人権意識」の方向へ発展した。


このため、同じ「リアリズム法学」の影響を受けたと見るべき「制度経済学派」の根本がスカンジナビア(欧州型の社会民主主義的な方向)と米国(新自由主義的な方向)では大きく異なる価値観を創造することになった。これこそが、北欧(スカンジナビア)と米国の各々が20世紀の現代史を通して「制度経済学派」を異なる方向へ進化させてきた理由(根拠)である。


従って、今や民主党クリントン大統領候補に対し、大きな軌道修正を求めるリアル・パワーとなりつつある「サンダース現象」は、このような米国経済史の流れと全く無縁であるとは言えない、と考えられる。特に、その流れを強く支持するのが高学歴の若者層らであることは、世界にとっても希望の光であるといえるだろう。


3 絶えず新しく生命を吹き込む、動的な「エトノスとの対話回路」の重要性


3−1 井手英策『経済の時代の終焉』が示唆する繋がる社会への希望


・・・今こそ、アベノミクスこと「アナクロニズム(追憶のカルト)と新自由主義の複雑骨折に因る癒着性カルト炎症」からの脱出が求められる・・・


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只のオッサン@hanachancauseエトノス観(エトノスについては後述)が皆無の議論自体が中学生以下のレベル!いずれも成長目的主義で時代遅れ!井出英策『経済の時代の終焉』を学ぶべき!w ➡(大機小機)経済学者の埋め難い溝/税収弾性値(名目成長率/税収伸率、相関度)吉川洋(多変量解析派)vs竹中平蔵(成長率万能・単純平均派)20160813日経

http://www.nikkei.com/article/DGKKZO06016390S6A810C1EN2000/


f:id:toxandoria:20160822112915p:image:w400:right只のオッサン@hanachancause GDP上げるには何をすればいいの?政府・安倍内閣が鉛筆舐めれば良い?w ➡ 消費低迷、景気足踏み GDP年率0.2%増 雇用や年金に不安 山本行革相(日本会議、神政連)がGDP算出方法の変更検討!20160816朝日2016年8月16日https://twitter.com/hanachancause/status/765337754137952256  

・・・そもそもTPPは暴走市場原理主義の最終的な草刈り場(遠隔市場における利権争奪戦場)の位置づけ。欲ボケ頭を冷却し経済市場の役目につき再考し、草刈り場の原義(共助・共有の場)へ、ベクトル転換する好機!サンダースを支持する若者層らの重み!只のオッサン@hanachancause RT日本経済新聞 電子版 @nikkei TPP暗雲さらに クリントン氏反対明言20160815 

https://twitter.com/hanachancause/status/764911776789954560


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f:id:toxandoria:20160822113851j:image:w300:right新進気鋭の財政学者・井手英策氏は、大仏次郎論壇賞を受賞した著書「経済の時代の終焉」(岩波書店)のなかで、バブル崩壊後の1990年代後半から「小さな政府規制緩和」万能主義なる新自由主義(似非イデオローグ/“相互扶助・分配・共助”蔑視観)が本格的に国民の心の奥に深く浸透し、特に多数派層の精神面のエトノス(エトノスについては後述)が変質した(それに洗脳されてしまった)ことが、今に続く混迷の根本原因であると指摘している。


俯瞰的にプラザ合意(1985/協調介入名目の対日『円高・ドル安誘導の強制、米国際収支改善が目的』/バブルの遠因?)後の日米経済関係史を俯瞰すると、同合意の“含意”に因る対日・内需拡大要請(中曽根政権・受皿=1986前川レポート)、日米構造協議・日米包括経済協議(内需拡大・市場開放・新自由主義推進/対日圧力強化・・・当関連の財政赤字増1991〜2000/ca430兆円)、経団連・平岩レポート(1993・細川政権/対米迎合の金融・資本規制緩和)、小泉政権(2001〜12006)の隷米的新自由主義路線強化、民主党政権政権交代でも隷米新自由主義が続く/2009.09〜2012.12)・・・第2次安倍政権・アベノミクス(アナクロ(追憶のカルト)+新自由主義/2012.12〜奇怪なアナクロ・ネオリベラリズム複雑骨折政治w)・・・という具合になる。


井手英策氏によれば、この約30年の間に米国が新自由主義の受け入れ圧力を日本へより強め続けてきたとはいえ、そもそもその間にこそ日本政府と政治家らは自律的意思を持続させて「相互扶助・分配・共助をベースとする財政力強化の国家理念」を、しぶとく構築すべきであった。しかも、思うに(toxandoriaが)、民主党ら野党、市民・国民レベルの左派・リベラル・正統保守勢力(特に新自由主義に屈服し迎合するばかりの大労組・学界および法曹界)とジャーナリズムの力量(理解力?)不足もあって、残念ながら、多数派国民層も未だに「小さな政府こそベスト」のエトノス破壊型(エトノスについては後述)の錯覚に嵌ったままである。


それどころか、前川レポート以降に内需拡大策として強化された土建型国家政策(←井手氏の用語、必要悪だった?/地方交付税生活保護、貯蓄率向上効果等に資するという意味では地方傾斜型の分配に一定の有意性(高い成長を期待しつつ個々人が高い貯蓄率で病気や老後へ備える、という意味)があった)と、それに付随して補完設計された肝心の福祉基盤を維持する財政が根こそぎ激しい批判に曝され(既述、中間層の錯覚による)、かつ苛烈な格差拡大が、そして新自由主義政策が一貫して強化されてきたため、徒に財政赤字だけが積み上がり、肝心の福祉部分(相互扶助・分配・共助)がより一層貧相化する惨状と化し、結果的に殆どの国民層が将来不に怯えるというアベノミクスのジレンマに嵌っている訳である(バブル崩壊後の金融機関救済の財政赤字増ca100〜200兆円はやむを得ぬと考えられる)。


そこで、更に悪いことに「日本会議に憑りつかれた安倍政権下でアナクロ二ズム(追憶のカルト)とネオリベラリズム(新自由主義)が癒着した複雑骨折症状という政治・経済・財政的な奇病を罹患」してしまった日本の近未来の救済のため、井手英策氏は『以下』のことを提言する。


『成長(GDP年次比)は、只の集団ではなく信用(人々↔人々、国↔人々、国↔地方自治体の繋がりを“よすが”とする)を基に統合された人々(国民)の日常生活活動の結果と見なすべきであるので、財政のそもそもの最重要な機能であった相互扶助(互酬/集団パターンに応じた相互扶助、助け合い)・再分配(徴税上の応能負担・応分負担の均衡を図り、全体の公正を期すための中央の決定によるメンバーへの再配分)の仕組みを再構築すべきである。市場機能である交換は、これら財政の規模と適正バランスを保ちつつ伸縮すべきであり、似非イデオローグ新自由主義が言う小さな政府が成長を促すは決定的な誤りである。従って、日本政府(安倍政権)は信用をゼロから構築し直せるように発想を180°転換すべきである!但し、そのやり直しが許される時間(参照、下記<補足>)はあまり多くは残されていないので、ここ5〜10年位が勝負である。』 ← 近年、進化経済学等の最先端フィールドでのAIによるビッグデータ解析から「利他心>利己心」の有意・有効性が証明・理解されており、この観点からも井出氏の提言の正しさが裏付けられる!(補足、toxandoria/委細後述)


<補足>政府の規模と債務の大きさの関係(井手氏の同著書より一部分を抽出転載)

・・・同書(p229)には、ある得られた観測値と回帰直線との関係性の評価が可能な決定係数のバラツキ(相関係数rの二乗だが、ここではそれが0.0966なので政府の規模と債務の大きさに“関係ある”とは言えない)を示すグラフ(井手氏、作成)が掲載されているが、ここでは省略する。

・・・ともかくも、この井手氏の観測(グラフ)によると、「政府規模の大小」と「政府債務の大小」には、少なくとも統計的に見て直接的関係があるとは言えない。

・・・要するに、政府を小さくさえすれば財政が健全化するというのは、ひとつの幻想(妄想)である。国民から未来への不安を取り除くことが可能な国家理念を政府自身が先に示すことで、政府を信用して応分の徴税負担に応じる気分を国民が持てるようにすることが肝心である。

・・・無論、だからといって野放図に国家財政赤字を拡大すれば良いということにはならない。国際的な信用監視の構造に組み込まれているという現実もあるので、それ以外の諸指標から見れば自ずから限度があり、その意味で高々で5〜10年程度しか発想転換への移行時間は残されていないことになる。

・・・因みに、井手氏は「最初に導入した5%消費税の1/2に相当する7.5兆円が使えれば、小学校〜国公私立大学授業料等全学費と高齢者介護施設入居費用・自己負担分の全額無償化、介護等福祉施設職員人件費の大幅増額、地方公立病院赤字全解消が可能であった、と分析している。


3−2 新たなエトノス対話のための条件づくり/シンギュラリティを克服する先端AI時代への希望


(新たな地平への希望1/エトノス、ネオ・ラマルキズムの再評価、文化進化論、DNA不均衡進化論の共鳴)


f:id:toxandoria:20160822112913p:image:w390:rightネオ・ラマルキズム、ビッグデータAI解析、ゲーム理論等を使う先端知、文化進化論の知見はⅯ.フリードマンら経済学よりも正確に人に有意な経済現象を説明可であることが分かりつつある!その意味でも「穴黒+ネオリベ」のアベ=クロは最悪!w @只のオッサン@hanachancause RT to @kogoro_wakasa- 20160818/確かに安倍政権のそれは幅広くお金をばらまくヘリマネというより、ばらまきの客体を取捨選択するドローン・マネーと言えなくもない。日経コラム<大機小機>の執筆者は「危険極まりない政策の実験場になるのはごめんこうむりたい」と訴えた。その通りであろう。http://goo.gl/0uDkyT

https://twitter.com/hanachancause/status/766150139668946944


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エトノスの定義は『人間の生命と社会生活の維持に必須となる一定のローカル地域の自然・歴史・文化環境と深く共鳴して“人間性を未生(未来)へ繋ぐ揺り籠”となし得る開放系の共有観念と風土、又は過去〜現在〜未来に渡り生存環境の微小馴化を常に受け入れつつも、その伝統的な全体性の“持続”を最重視する幅広く寛容な共有意識、およびその受け皿たる風土』である(関連参照➡ http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20160626 )。


言い換えればそれは「地球上における、人間の内面(肉体・精神両面)も含む全ての生命・文化・生態・自然環境」のことであるが、そもそも専門用語としてのエトノスは、文化人類学フィールドで一定のローカル地域における先住民多層文化の意味で使われていた。やがて、その概念が上の定義まで拡張した訳である。


特に、宿命的・歴史的に先住民問題を抱えてきたカナダでは、2015年11月4日から第29代首相に就任したばかりのジャスティン・トルドーが、先住民多層文化を最大限に尊重する本格的なエトノス政策への取り組みを開始して世界の注目を集めている(参照➡

http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20160301 )。


このジャスティン・トルドーの本格的なエトノス政策への取り組みは、第2章−1で取り上げたフェルナン・デュモン「記憶の未来/伝統の解体と再生」の思想と無関係ではない。それは、安倍政権のアナクロニズム(偽エトノスたる追憶のカルト(国家神道)、日本会議・靖国が求める偏狭な愛国心)などとは全く異質なものであり、いわば全人類の平和の実現と未来への可能性を切り拓く新たなナショナル・アイデンティティーのリアルな実践である。


なお、このフェルナン・デュモン「記憶の未来」(翻訳叛−白水社−)の序文を書いたセルジュ・カンタン(ケベック研究専門のケベック大学教授/政治哲学)は、“この新しいナショナル・アイデンティティー(エトノス観に基づく/toxandoria補足)をリアル政治の小道具と軽視してはならない。カナダ国民はそれを理解しているから良いが、日本会議・靖国などで極右化へ進むかに見える今の日本では、その点が誤解されぬよう注意すべきだ。”との懸念を寄せている。(toxandoria流で逆説的に解釈するなら、それは偽エトノスである国家神道や靖国と、デュモンが指摘する『記憶の未来』(記憶&認知能)の病理が見事に重なるということ!)


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ところで“文化は生物進化の延長“と考える立場から、より高次なレベルで文化を研究しようとする「文化進化論」(その背景にソリッドな数理的基礎が存在する、生物学・人類学的規模の長大な時間軸を視野に入れるという意味で動学的である、の二点で旧来の社会進化論と決定的差異がある)が世界的に注目を集めており、その最先端を担う研究者アレックス・メス―ディ(Alex Mesoudi/英エクセター大学准教授https://goo.gl/PjE2LH )の著書「文化進化論/ダ―ウイン進化論は文化を説明できるか」が、漸く日本でも2016年2月に出版(NTT出版)された。


それによると、現実世界で起きる文化進化の度合いについては、ラマルクの「遺伝的適応」(獲得形質の遺伝/厳密には、ダーウイニズム(突然変異説)によって否定されたラマルキズム(ラマルク論)の復活の意味なので、ネオ・ラマルキズムの遺伝的適応と呼ぶべき!https://goo.gl/eTVHHX )や数理モデルが仮定するより以上に強く働き、同じく予想以上の短時間に進化上の変化が起きることが分かってきている。


また、21世紀に入り、AI研究の進化等と共振しつつ急速に発展してきた文化進化論のルーツの一つになったと見るべき「進化心理学」(身体の自然環境への適応と同様に、また人間の心も生物学的な進化の産物と理解する心理学/ https://goo.gl/l4kq67 )は、文化進化論が向かう二つの方向を見据えているが、それは、「(1)伝達される文化」と「(2)誘発される文化」の二点である。


考えてみれば「(1)伝達される文化」はプロローグで触れた盛期イタリア・ルネサンスの画家アンドレア・デル・サルトの「ミメーシス」(古代ギリシアで模倣を意味したミメーシス(mimesis)の本当の意味/自然世界エトノスと交流し、そのプロセスから自然世界に内在する本質的なものを視覚的・感覚的に強化しつつ再現し、造形的に再提示する芸術上の模倣技術の意義)と、「(2)誘発される文化」はAI研究におけるニューラル・ネットワーク技術(委細後述)と、それぞれ共振していることが分かり興味深い。


また、(1)は旧来の伝統文化の概念にほぼ重なることが理解できるが、他方、(2)は<教育の意義の再発見>という意味で特に重要と考えられる。つまり、人の心(AIのニューラル・ネットワーク技術はその外装的模倣)は、エトノス環境との交流を介して無限に進化(というより深化?)する可能性があり、それは経済的な意味での生産性向上にも資すると考えられる」からだ。余談ながら、この観点は第3章で既述の井手英策氏が財政・経済学上の観点から<義務教育〜大学教育までの完全無償化>の実現を非常に重視していることとも重なると思われる。


<補足>不均衡進化論(発生生物学者・古澤満氏)は遺伝子レベルで観察されるネオ・ラマルキズム? 


エトノスと文化進化論の共鳴・進化の問題をより深めて考えるために、不均衡進化論にも少し触れておきたい。発生生物学者・古澤満氏の著書『不均衡進化論、Disparity Evolution』(筑摩書房)から、その要点を纏めると、以下のようになる。


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【動画】DNA Replication Process/DNA Replication Process Free Science Videos and Lectures

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生物が進化する途上での変異の大部分は、DNA複製の過程で生じる。そして、一本のヒストンに巻きついた二本のDNAがほつれて複製されるとき、「二本の鎖」のうち一方は連続して複製される「連続鎖」となるが、もう一方は複製酵素の特異性で連続鎖と同じ方向へ鎖を伸ばすことができないので、敢えて断片状に複製されたもの(岡崎フラグメント)が結合され一本になり複製が完成する。これは「不連続鎖」と呼ばれる。


そして、岡崎フラグメントがある「不連続鎖」では、遺伝子と形態の関係が不明確であるので分子レベルでは中立説(木村資生:中立進化説/https://goo.gl/Xa5vs6 )、形態レベルでは総合説として棲み分けが行われるが、形態に影響する総合説の作用と細胞レベルのミクロ・エトノス環境の共鳴・協調・競合が窺われる(http://goo.gl/tQGcAY )。


ともかくも、このうち「連続鎖」は変異の発生が極めて小さく、つまり保守的である(既述、進化心理学の(1)伝達される文化、を連想させる!)。一方、「不連続鎖」は「連続鎖」合成に比べてDNA複製プロセスがかなり複雑になるため作用する酵素の種類数も多くなり、それだけ変異の発生可能性が大きく、つまり革新的・学習的であるということになる(既述、進化心理学の(2)誘発される文化、を連想させる!)。そして、変異の発生が比較的大きいが環境変動のない場合には変異発生の小さい「連続鎖」側により現状が維持(保守)・継承される。


他方、もし大きな環境変動が発生した場合には、変異発生が大きい「不連続鎖」側で変動に合わせる形で<変異の閾値>を作用させて問題の解決を図る(本源部分も保守しつつ変異に併せた全体の進化プロセスを次世代へ繋ぐ)ということになる。詳細は省くが、「変異の閾値」とは遺伝情報が存在し得る一定数値の範囲のことで、変異がこの閾値を超すと遺伝情報は融解し<カオスの海>に沈む(アダムスミス又はネオリベ流の市場原理の如き自然選択、つまり神の手に委ねられるため制御不能で大きなダメージを受けるか死を意味する)ことになる。


しかし、古澤満氏は、そう簡単に遺伝情報が<カオスの海>に沈む訳ではなく、自然選択(神の手)の役割とともに、木村資生氏の「中立的な意味での自由原理」(中立進化説https://goo.gl/oqa4EX )、あるいは「不連続鎖」側での<変異の閾値>の粘り強い作用の可能性が重要だとする。そして、古澤満氏は、この「不連続鎖」側での<変異の閾値>の粘り強い作用を『不均衡進化(Disparity Evolution) 』仮説(細胞エトノス環境内でのネオ・ラマルキズム?)と名付けた訳だ。


このDNA次元での『不均衡進化(Disparity Evolution) 』仮説を正確に理解するには、古澤満氏が種の進化過程における遺伝情報の流れ方について想定した二つのモデル、「均衡変異モデル(従来型ダ―ウイニズムのセントラルドグマ/近年までの分子遺伝学では、専ら遺伝における情報の流れはDNAを翻訳して形質が発現する一方通行であるとされていたことを指す)」と「不均衡変異モデル(Disparity Evolutionの根幹)」の違いを知る必要があるが、余りにも煩瑣になるので、ここでは説明を省かざるを得ない。


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ところで、古澤満氏は『不均衡進化(Disparity Evolution) 』のことを「元本保証された多様性の創出」とも称していることに注目すべきだろう。


これを平たく表現すれば、「保守すべき価値(価値観)および人間としての最低限の権利、歴史・文化、自然・生態環境、モノ、情報などは確実に守りつつ、大きな環境変化にも耐え得る革新性を何時でも発動できるように常時スタンバイすべきであり、又そのようなスタンバイを可能ならしめる知恵をメンバー間で共有し、かつ子供・若者・子孫等へ確実にそれを継承することが肝要」だということになる。


また、DNA周辺の「細胞」環境を含む全ての体内環境を体内エトノスと見立てることも可能であり、そのように考えれば、いずれ人間の内外エトノス環境を統一的・統合的に説明し得る「ネクストステージの文化進化論」の可能性が、AI研究らの進化・深化と相俟って実現することになるだろう。


(新たな地平への希望2/シンギュラリティとは?AIを巡る楽観論・悲観論の相克を超えて)


(1)AIを巡る楽観論と悲観論のジレンマ


コンピュータで人間と同じ知能を人工的に実現する技術、人工知能(artificial intelligence/AI)の研究は1990年代から本格化したが、今や自動車の自動運転が確実視されるほど急速に関連研究が進みつつある。が、AIを巡っては楽観論と悲観論が同時並行的にしのぎを削っている。


楽観論の代表者は、10年後にも訪れるとされるシンギュラリティ(技術的特異点/technological singularity/人工知能の完成で人間が生命を完全に支配する時代に入る?)を主張する、米国の人工知能研究の世界的権威、レイ・カーツワイルである。ただ、カーツワイルは優れた研究者であると共に実業家(その意味での野心家)でもあるという二足の草鞋を履くことに留意すべきであろう。


一方、悲観論(AIがAGI(Artificial General Intelligence/人間レベルの知能、つまり汎用知能を実現したもの)の段階に入ると、そのAI故の機械的暴走を人間が制御不能になるという意味での)の代表者には、ビル・ジョイ(元サン・マイクロシステムズ社 チーフサイエンティスト)、スティーブン・ホーキングブラックホールの特異点などで著名な英国の理論物理学者)らがいる。


また、ヒューマニスト(目的さえ見失わなければ人間はAIを十分に使いこなせると主張する)と呼ばれる立場の代表者は、カーツワイルを“AIカルト教の信者だ!”と批判するジャロン・ラニアー(カリフォルニア大学バークレー校の起業・技術センター(CET)客員教授)である。また、ラニアーがコンピューター科学者であるだけでなく作曲家、ビジュアルアーティスト(芸術家)でもあることは興味深い。


また、ヒューマニストの一人であるスティーブン・ジェイ・グールド(米国の古生物学者、進化生物学者、科学史家)がAIの『物事の意味や価値(シニフィエ/意味、記号内容、所記)を判断し、納得的し理解することの限界』を指摘しているのも注目すべきだ。つまり、あくまでもAIはシニフィアン(道具、記号表現、能記)であり、宿命的に地球エトノスと共鳴・共感するシニフィエ的な存在である人間に成り代わることはできない、という主張である。


(2)やはり、エトノスへの気づき(学校教育による新鮮な生命が吹き込むエトノス対話の環境づくり)がAI活用を生かした未来への可能性を拓く


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何時までも穴クロ安倍一派に振回されずAI時代の新産業創造に知恵出すべき!➡自動運転経済の失業者たち/AIが仕事を奪う方が早い時代に資本主義は如何に機能できる?20160820TC-J http://goo.gl/nAQkjm 20160822 @hanachancausehttps://twitter.com/hanachancause/status/767426113098219520 


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ところで、AI技術に関わるテンポラリーなポイント(概要)を整理すると以下のとおりである。


●研究そのものは1990年代から進められていたが、カナダ大学のジェフリー・ヒントンが、画像認識のための多層構造ニューラル・ネットワーク(人間の脳の神経回路の仕組みを模したモデル)を使う「深層学習」(機械学習、ディープラーニング)を2010年に初めて実現した。


●ニューラル・ネットワークは、人間の脳の神経回路の仕組みを模した数学モデルであるが、目下、最も注目されているのがスパイキング・ニューラルネットワークSNN(従来の発火頻度ではなくニューロンの内部電位に注目したモデル)で、これは人間の脳の機能をより深く外装的に模倣する技術である。より深く模倣の意味は、SNNが、約1.6万個のチップで1000億個超の脳のニューロン・ネットワークの動作環境を実験的に生体模倣の忠実度をより高めつつ模倣するということで、リアル脳とは余りの桁違いながらも、人間の脳の働きについての基本的な知識が得られるというアイデア


●興味深いのは此のAI「深層学習」の実験でも判断力を飛躍的に高めるカギが正確な記憶、正しい歴史と経験の積み重ね(頑健性(ロバスト)の取得)、そして何よりも精錬のプロセス(敢えて困難な課題を繰り返し与える思考訓練)が必須であることだ。しかも、この歴史(正しい記憶)の積み重ね(頑健性)と精錬がないと蓋然性が高い未来と行動の予測(より正しい結果の予測)ができないことが分かってきている。余談だが、この辺りでは「安倍内閣、日本会議、神社本庁らの根本的な文化的ゾンビ遺伝子、アナクロニズム(内向的で静止的な追憶のカルト)の脆弱さ」が連想させられ無性に笑いがこみ上げてくる!w


●それまで特徴量(課題解決のために使うパラメータ/何を特徴量にするかで精度が決まる)の設計(特徴表現学習)は、画像や音声などに関する知識と経験が豊富な各データの研究者・技術者らが手動で設定する一種の職人技に頼っていたが、これ以降は自動で計算されるようになった。ただ、「深層学習」の計算プロセスで行われる“異層間での共鳴・共振・取捨選択”(密結合と呼ばれる)をプログラマーは理解できないというブラックボックスの部分があり、想定外のリスクも確認されている(出典:小林雅一『AIの衝撃』‐講談社現代新書‐)。


●根本的な課題としてカルマンフィルター自動運転車・金融工学などの基本原理/先端AIの正体は線形回帰分析、ロジスティック回帰分析ら統計学モデル)の問題がある。カルマン・フィルターは、そもそも誤差のある観測値を用いて、ある動的システムの状態を推定あるいは制御するための数理統計モデルだが、金融工学(自動運転車)で使われる正規分布曲線(その尻尾(テール)部分の異常・リスク事態は無視できるほど小さな確率、が前提である。ところが、そのテールが正規分布から微妙にズレた「無視できない大きな尻尾(実はファットテール曲線!)」であることを、賢明なエコノミストらが以前から指摘してきた。そして、実はこれが起動因となりリーマンショック(2008)やヘッジファンドLTCM破綻(1998)が起きており、自動運転車も同じ危険性を内包していると考えられる(出典:同上)。


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以上のとおり、現況では未だまだ課題を抱える先端技術AIではあるが、いずれこれらの課題が解決され、本格的に人間社会のためにAIが貢献する時代が近々に到来することであろう。そして、特に期待されるのが先に取り上げた(1)文化進化論、あるいは(2)新たな経済・財政理論の創造等の分野である。


(2)については、既に第3章―1「井手英策『経済の時代の終焉』が示唆する繋がる社会への希望」で少し触れたが、進化経済学等の最先端フィールドでのAIによるビッグデータ解析から「利他心>利己心」の有意・有効性が証明・理解されており、この観点からも井出英策氏の提言の正しさが裏付けられている。


米国の経済学者(厳密に言えば進化経済学者/旧来の経済学が物理学の考え方をモデルとするのに対し、進化経済学は生物進化をモデルとしており、経済主体は多様性を帯びることになる)ハーバート・ギンタスは、社会心理学行動経済学(互恵的利他行動)、ゲーム理論らの分野で、AIによるビッグデータ解析などの手法を使って旧来の主流経済学(特に、利己心を最重視する市場原理主義の根本的な誤謬!)の内容を根本から書き換えるような画期的業績を続々と発表している(参照→ https://goo.gl/403hFM )。


ギンタスらの行動経済学が注目するのは「旧来の主流経済学が、人間は完全に利己的だと見なし、人間は経済的利益のみを考えて行動すると決めつけているのが根本的誤り!」だということである。しかも、例えば「新自由主義が主張してきた労働改革の柱である非正規雇用の拡大が、却って生産性を低下させる」ことも実証的に観察されている(出典:既述、アレックス・メス―ディ著「文化進化論」‐NTT出版‐、p282‐286)。近年は多様な研究と豊富なフィールドワークによって、人間が完全に利己的な訳ではないことが実証されつつあり、そこでの結論の一つが<AIによるビッグデータ解析を駆使する文化進化論は、従来の経済理論より遥かに正確にリアルな経済現象を説明できる>ということである。


しかもこのような視点は、第2章−2で取り上げた「米バーニー・サンダース現象の深層にある、米国・公正資本主義の伝統」、第3章−1「アナクロにズムと新自由主義の癒着、アベノミクスからの脱出・・・井手英策『経済の時代の終焉』が明示する「繋がる社会」復活への希望・・・」などの問題意識と奥深くで通底することが理解できるはずだ。いつまでもアベノミクスなる「アナクロニズム(追憶のカルト)と新自由主義の複雑骨折に因る癒着性カルト炎症」に嵌り続ける安倍内閣を支持するバカリの多数派国民層は、いい加減に目を覚ますべきである!


同時に、急がば回れであるが、このような意味での自覚を促し、エトノスとの対話環境に最も重要となるのがフェルナン・デュモンが指摘するとおり「学校教育での民主主義の学習」である(第2章―1、参照)。また、井手英策氏の提言「相互扶助(互酬/集団パターンに応じた相互扶助、助け合い)と再分配(徴税上の応能負担・応分負担の均衡を図り、全体の公正を期すための中央の決定によるメンバーへの再配分)の仕組みの再構築」(第3章―1、参照)に緊急に取り組むべきである。


つまり、AIによるビッグデータ解析を駆使する文化進化論の研究によって、今や「エトノス環境下の現実世界で起こる文化進化の度合いが、ラマルクの遺伝的適応や既存数理モデルの想定以上に強く作用しており、しかも想定以上の短時間に進化上の変化が生じていること」が分かりつつあるということだ。その意味で、米バーニー・サンダース現象がジワリと政治の中枢へ影響を及ぼしつつあるアメリカの方が安倍政権(アベ=クロ暴走)で立ち往生する日本よりも遥かに健全である。


一方で、AI(AGI)装備によるマッド・サイエンス化にも警戒の目を向けるべきだ。既述のカルマン・フィルターでの予期せぬ自動運転車による大事故や金融パニック等の発生リスクの他に、大いに懸念されるのが既に一部で実装配備されているAI「自動制御兵器」で“Go and Forget!”(AI制御の猛スピードに人間が付いて行けぬため、尖閣諸島ら事実上の前線で予期せぬ人的統制不能が出現し、後は野となれ山となれのままの状態で開戦へ突入する)などの大リスクが出現することだ。その意味でも、安倍政権の平和理念&同関連防衛政策の混迷と外交力の劣化は日本を更なる大国難へ叩き込む恐れがある。


ところで、AI(AGI)の近未来について「楽観論」、「悲観論」、「ヒューマニスト」の三つの立場が関連研究者らのなかに混在することを既に指摘したが、シンギュラリティの先に「悲観論」が予見する如きデストピアが出現するのを回避するためのカギは、やはりエトノス観の有無ということになるだろう。


それは、ディープラーニングをベースとするAI(AGI)と人間の決定的な差異がエトノス観の有無であるからだ。仮に、知的(知能)レベルで人間を遥かに凌駕する、人間並みの意識を持つAGIが出現するとしても、おそらく「楽観論」者が主張するように、それらAGIマシンが人間と全く同様に自然(自然環境)を愛でるようになるのは考え難いことだ。なぜなら、彼らAGIマシンは地球環境エトノスと絶えず交流し交感する、その意味で地球環境を生存条件として必要とする人間とは異種の存在であるからだ。


無論、これらAGIマシン(AIロボット)が人間を完全に支配した挙句に、地球資源を消耗し尽くした彼らが地球圏外へ向かって大規模エミグレーション(大移住)を企てるような事態にでもなれば、このような「楽観論」では済まされなくなり、基本的に地球環境でしか生きられない人類がゾンビ集団と化したAGIマシンの奴隷orペットと化す恐れもあるだろう。苦w


いずれにせよ、そのような緊急事態とならぬよう、いよいよこれからが人類(特に日本国民!)の正念場である。また、異常に知能が低いw「亜種ゾンビAGIマシン」を先取りしたような安倍政権、日本会議、神社本庁ら「偽エトノス派」(疾うに日本から消滅したはずの、奇怪な“死んだ”ゴミ遺伝子が漂う記憶喪失の海に生息する追憶のカルト、人間が住めない非エトノス環境で蠢くゾンビ)らが跋扈し、実効支配する日本は全人類滅亡の震源ともなり兼ねないので十分に警戒すべきである!w

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