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2005-05-22 新刊書、『コッツウオルズ ドライブ一人旅』のご案内

toxandoria2005-05-22

新刊書、『コッツウオルズ ドライブ一人旅』のご案内


友人(元同僚)が、特にイギリスにこだわっており、下記の著書を出版するので、ご案内させて頂きます。


快適な読み心地のエッセイで、まるで自分が旅をしているような気分になります。(併せて既刊1点もご案内します)


★牧 義人著『コッツウオルズ ドライブ一人旅』2005年6月刊行(東洋出版 ¥1,500.−/税込)


(既刊)牧 義人著『7泊9日イギリス一人旅』(東洋出版)

著者HPhttp://www.geocities.jp/travelingmaki/


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蛇足ですが、ベスの親父(ことtoxandoria、orレンブラントの眼)の関心をイタリアへ向けさせてくれたのは、フィレンツェ舞台となる下記の名作映画です。


英国映画『眺めのいい部屋』(ジェームズアイボリー監督

http://www.coda21.net/eiga3mai/text_review/A_ROOM_WITH_A_VIEW.htm


フィレンツェ関連で下記の記事(イタリア・ルネサンス関連)をUPしておりますので、ご案内させて頂きます。


薔薇の名前』の時代、「1439年・東西統一公会議」の現代的意味(1)

http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050504


『薔薇の名前』の時代、「1439年・東西統一公会議」の現代的意味(2)

http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050505


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なお、ジェームズ・アイボリーの作品には、他に次のようなものもあります。美しいイギリスの自然中産階級層の文化的な生活風景が堪能できます。比類なく美しい画面の質感(クオリア)が必ず心に残ると思いますので、観て損のない作品ばかりです。レンタルDVDがあると思います。未だでしたら是非ともご鑑賞ください。


ハワーズ・エンド

http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=18725

http://www.inet.or.jp/cookbook/st1/

『日の名残』

http://dvd.eigaseikatu.com/dvd/154206/

toxandoriatoxandoria 2005/06/18 03:01 猫屋さま、toxandoriaです。コメント有難うございます。

最近は、何故かクオリア(参照、下記●) という言葉が頭から離れません。そして、ジェームズ・アイボリーの比類なく美しい映像のクオリアが懐かしく思い出されます。
●http://www.qualia-manifesto.com/index.j.html

近年の日本人は、只管バカ化しているというか、 この“クオリア”とでもいえるような絶妙な感性をドンドン失いつつあるような気がします(参照、下記)。エコノミック・アニマルという言葉がありましたが、今の日本人は“勝ち組”とかいうエコノミック・モンスターが支配する社会へまっしぐら、という感じがします。・・・映画『日の名残』のミス・ケントン役は、たしかに懐かしいエマ・トンプソンでした。
▲http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20050616/mng_____tokuho__000.shtml

ところで、「個人的には“リアリズム”と“理想主義”の二元史観がEUで止揚(するかも知れない)と思ってたんですが、行き着いた現在は単なる予算の奪い合い。パラノイヤックなナショナリズムの運動会。Il faut laisser le temps au temps/時に任せよ、と諦観するにはまだまだ修行が足りない。・・・EU憲法Bプランはどこに行ってしまったんだ。“100年戦争が始まる”とかの悪い冗談が流行る昨今、集会の終わりにインターナショナルは歌わないでくれ。(これは、単なる小さなお願いです)・・・スーザン・ソンタグが、『資本主義はやっとその中期に入ったばかりかも知れません。確信はありませんが、これから資本主義はもっと先鋭な形にエヴォリュートしていく予感がします。』と言っていたのをもう一度思い返す。」の記述部分に“激しく”目が止まりました。

実は、ほとんど同じような思いをしておりました(参照、下記)。欧州でも 、この“クオリア”が喪失されていくような雰囲気があるのでしょうか、それで“百年戦争”なのでしょうか?“百年戦争”といえば、たしか傭兵(今流行の軍事民営化!、軍隊の社会的深化)が本格化し始めた時代だったと思います。不穏な連想が働き始めました。
■http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050615

toxandoriatoxandoria 2005/06/18 10:13 (猫屋さんのコメントを転載します)

toxandoria さま、こんばんは。猫屋の悪態に付き合っていただいて、ありがとうございます。
“百年戦争”はブレアとシラクの農業補助金をめぐっての英仏綱引きをかけた冗談なんで、他意はないと思いタイところです。母国日本での最近の動き(とは言ってもネットを通じた母国ですが)はもう猫屋の理解範囲を超えています。友人や家族とのコンタクトではそれほどギャップは感じないので、合点はいかない。でも、現在の流れもいつかは行き着くところまで行って、また変わるような気もします。確信はないですが。

“二元史観”っつーのは単なる冗談ですので、、(汗)。でも、EU はひとつの可能性だ、とは今でも信じています。先に進むのが必ずしもいいことではない。その意味で、欧州の、のんびりした時間の流れ方とかが失われて、欧州が開いた空間ではなくなったら、いったいどこに行ったらいいんだろうとか悩みます。それに、なんだかんだ言っても、20年前の欧州に比べれば今は本当に生きやすくなりました。移民にとっても、たとえばホモセクシャルな人間とかのマイノリティにとっても。懐豊かな“多様性”がこの欧州には(まだ)あると思う。

私も“アート”の力を信じています。哲学やジャーナリズム、あるいは社会学などがカヴァーしきれない世界の真理を“アート”、もちろんレベルの問題はありますが、映画や音楽、小説(フィクション)や写真が描き出すし、呼び起こす。(私自身、フィクションを書きたい。でもいまいち勇気が足りません。)

日本は住民全員“お子様”みたいな気もします。このごろ惣菜とかもやたら甘いし。ただ、自分はもう完璧にアウトサイダーだ、と思う。判断停止状態です。
欧州の子供たちもTVのドラゴンボールを見て、ゲームボーイやPS2で遊び、翻訳でマンガを読み、柔道や居合いを習い、sony の製品を買いetc. で育って大人になります。それがいいことなのか、悪いことなのか、私には分かりません。あの子達もこれからの欧州“お子様”市民になるのでしょうか。感性のするどい、あるいはインテリジェントな子供はどこにでもいます。でもコンサーヴァティヴしか知らない彼らが生きていく世界がどうなるのか、想像がつかない。

ただ、自分にも理解できるのは、人類はこれだけの歴史を生きてきて、まだ消滅していない。絶望的な悪を人間は作り出したが、同時に美も作り出してきた。希望を持つ理由もあるんだ、と言うことです。

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