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2014-08-01 「日本会議」問題!強弁『国体の本義』(昭12)で天皇を現人神へ

toxandoria2014-08-01

「日本会議」問題! 強弁『国体の本義』(昭12)で天皇を現人神へ再び祭り上げた超然クーデタそっくり!ムリくり『集団的自衛権憲法解釈』閣議決定の安倍総理は美しい「このみいくさ」取戻しを謀る「追憶のカルト」


奈良・室生寺『十一面観音菩薩立像(平安初期)と五重塔』の風景


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・・・観念同時的な直感の共有と現世的霊験の重視から政治権力と結びつき易いという中国と日本での歴史を経て、やがて十分に洗練された現代の密教は山の奥深くひっそり佇む室生寺にこそ相応しいものと見える。

・・・『十一面観音菩薩立像』の画像は「20140718デジカメWatchhttp://urx.nu/ajFH 」より転載。室生寺『五重塔』は、「古都のあれこれblog http://urx.nu/ajGC 」より転載。なお、[奈良・国宝 室生寺の仏たち]が、仙台市博物館で開催中。↓


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D

LARA FABIAN Tout



プロローグ1)安倍・自民党政権が取戻しを謀る「追憶のカルト」の正体、それは日本会議らの中に巣食う聖戦玉砕(このみいくさ)型「国体論」


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(関連情報)


■【日本会議、関連情報まとめ】擬装極右(↓*)/安倍晋三ヘイトスピーチ・ヤジ議会の土壌!⇒日本最大の右派組織(これは正統保守ならず偽装極右!!) 閣僚19人の内13人が懇談会メンバー、日本会議を検証 731東京新聞ほか http://urx.nu/aG65


(プロローグ2)「追憶のカルト集団」、安倍内閣は正統保守メルケルのドイツを少しは見倣え!


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■約8割の国会議員を組み敷く日本会議・創生日本・国家基本問題研究所神道政治連盟国会議員懇談会ら“美しい戦争と原発”を国民へ強要する複数カルトと野合する<1%派>に肩を押された「日本経済殺し」のアベ“発狂”政策!⇒法人税減税の財源確保と称して、中小企業への外形標準課税の検討本格化 177万社の赤字法人に甚大な影響懸念724BJhttp://urx.nu/ap5j

・・・(補足)法人減税したドイツはエロージョン(税収欠減/日本ではそれが、戦後一貫して99%派の搾取に転嫁されてきた)対策も併行して公正とバランスを確保、日本は<min.10〜20兆円規模/年>とされる同対策(税収構造が穴あきバケツ水漏れ状態)を放置しつつ、一方的に 法人税引き下げへ! ⇒ 法人減税を押し通す安倍首相 検証・税制改正、企業優先 税率はドイツ並みに 722朝日 http://urx.nu/ap6b


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■これは、法人税減税とバランスを取った一種(広義)のエロージョン対策(結果的に税収が増える)でもあり、ドイツ正統保守(メルケル政権)が勝利(社会民主党の公正を求める価値感と調和し、進(深)化)した証!⇒ドイツ初の最低賃金制導入、来年から時給1200円704AFP  http://urx.nu/axFO ・・・以下、同記事内容(704AFP)の転載(省略)


・・・


支持率も急落しているので、今更こんな安倍政権揚げ足取りのブログ記事を書いても無意味では?と思う向きもおられるかも知れぬが、必ずしもそうとは言い切れないだろう。


なぜなら、仮に噂どおり支持率急落の安倍首相が<分の悪そうな1026福島知事選と1116沖縄知事選>の前に「9月解散→10月総選挙」なる起死回生策を狙った挙句、仮に、予想どおり両知事選で見事に敗北(w)したとしても、その背中を強力に押す「約7〜8割の国会議員を組み敷く日本会議・創生日本・国家基本問題研究所ら“美しい戦争(靖国)とウソ安全原発”を国民へ強要する複数の「追憶のカルト」勢力/詐称正統保守派(偽装極右集団)=日本会議らの社会的悪性腫瘍」は必ずシッカリと生き残り続けるからだ。


つまり、いつ総選挙があるにせよ、日本会議(メンバー約800万人)を中心としてmin1500 〜2000万票程度の“固定集票”と“金目の糾合”が可能である限り、そして5〜6割(対“全有権者、約1億人強”)のウロウロ・キョロキョロ層が恒例に従い(w)棄権するならば、自民党政権が2〜3割の集票で国会議席の7〜8割を組み敷くアベ型独裁体制を再び蘇生させるのは間違いがない。


1 そもそも昭和天皇は「自分が人間である」と自覚していたが、殆どの国民は「天皇は現人神だ」とマジで思わされていた


戦前の日本を「皇国史観」批判の眼で大きく一括りすることに慣れ切った向きは意外に思うかも知れぬが、幕末以前から存在する伝統皇国史観、および明治期以降の国体論(日本の近代国家の根本はどうあるべきかという国家観についての議論)の<主流派>は、そもそも「天皇の権威はその神格化(このミソロジー(神話論理)完成者が本居宣長/更に、宣長の神話論理の理解については一般的誤解がある/委細、下記◆参照乞)や八紘一宇(天の下で世界を一つの家の如く理解する観念で戦前の侵略戦スローガンとして使われた)の伝統よりも、天皇家の精神基盤である伊勢神道が象徴する日本の伝統文化に根差した、個々の天皇の人間としての営為、すなわち天皇の個人的な優れた人格にこそ求められるべきだ」という良識的な立場であった。


◆2013-05-07toxandoriaの日記/日本会議&神政連の『伝統神道と本居宣長』曲解が安倍自民の主権制限「改憲」と戦前型「国民モルモット化」なる暴政の元凶、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20130507


国体論に関わる思潮の流れのポイントを列記すると、凡そ、それは<明治22(大日本帝国憲法公布)〜明治末期頃/国家神道(神社非宗教論なる一種のカルト的超然宗教の観念)に因る天皇現人神論の時代>⇒<大正初期〜昭和10年頃/大正デモクラシー(外来民主主義思想)と天皇機関説の影響に因る人間天皇が意識された時代>⇒<昭和12年〜戦中期〜終戦期/文部省謹製の強弁『国体の本義』による天皇現人神の時代>という流れになる。


つまり、その即位直後から文部省が『国体の本義/天皇現人神論を正統化するため文部省が作った屁理屈!』(昭和12)を発表する頃までの昭和天皇は<ご自身が人間であること>を明確に自覚されていたのである。だから、終戦後における昭和天皇の『人間宣言(詔書、19460101(S21))/新年ニ當リ誓ヲ新ニシテ國運ヲ開カント欲ス國民ハ朕ト心ヲ一ニシテ此ノ大業ヲ成就センコトヲ庶幾フ・・・』は、アベのお友達一派らが強弁する如く、なにもムリくりにGHQから言わされたのではなく、敗戦までのプロセスから誤りを学び取り、昭和天皇が再び我に返られた(カルト洗脳が解けた)、と見なすべきである(出典:昆野伸幸著『近代日本の皇国史観再考、国体論』―ぺりかん社―、ほか)。


これを別の観点から捉えれば、“そもそも明治末期頃〜昭和初期にかけて、これも現代では多くの人々が誤解しているが、実は、「天皇機関説」こそが国家公認の憲法学説であった(1900(明治33)〜1935(昭和10)頃)ので「昭和天皇ご自身も天皇機関説を当然のものとして受け入れていた」ことに基づくと思われる。しかし、『国体の本義(昭和12)』と、それに併行する『軍部の台頭』で活発化した『国体明徴運動』が<国策強化のための論理(安倍首相の憲法ムリくり解釈“詭弁”とソックリ!)>として公認され、それが一方的に超然軍事権力によって広報・強化される中で、今度は天皇機関説が国体に反する学説として排撃を受けることになった(主客転倒した)訳だ。


<注記>天皇機関説

・・・大日本帝国憲法下で確立された憲法学説で、統治権は法人たる国家にあり、天皇はその最高機関として統治権を行使すると説いたもの。国家法人説に基づき、憲法学者美濃部達吉らが主張した学説で「天皇主権説」(穂積八束上杉慎吉らが主張)と対立する。


2 大正期以降の「皇国史観(国体論)」の大混乱/「人間である」と自覚する昭和天皇は、如何にしてリアル「現人神」へ祭り上げられたか?


2−1 大正デモクラシーで昭和10年代に旧「国体論/天皇現人神論」は最大危機を迎えた、しかし文部省が強弁『国体の本義(昭12)』をでっち上げ、軍事超然権力は天皇を「現人神」に再び祭り上げた


(1)そもそも明治政府が強権カルト的「憲法解釈/神社非宗教論」で『大日本帝国憲法が定める“政教分離の原則(信教の自由)”と超然宗教たる“国家神道”は矛盾しない』としたことが、今に繋がる全ての災いの始まり!


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◆昭和10年代に天皇を<現人神>に祭り上げた時も、『国体の本義(昭12)』(原典参照⇒http://urx.nu/aAbH /大日本帝国は、万世一系の天皇皇祖の神勅を奉じて永遠にこれを統治し給ふ。これ、我が万古不易の国体である。・・・)の強弁は≪文部省謹製≫であった!安倍はこの手で戦前を取戻す!⇒科学ならぬ“スピリチュアル”好みの下村文科相は郡山で地元中高校生へ「夢や志を持てば国はチャンス最大提供」と・・・、他方、風評対策や奨学金制だけで東電救済、フクシマ事故対策が手抜きのままでは夢が持てない!@金子勝氏via Twit2014.07.20 只のオッサンがリツイートhttp://urx.nu/aiXd


・・・


「大日本帝国憲法(1889公布、1890施行)」では、文面に“信教の自由“が明記されていた(条文、下記*)が、それは「国家神道は宗教ならず宗教を超えたものである」(神社非宗教論=国家神道は超然宗教であるとする一種のカルト観念)という超然権力による強権的法解釈に立脚しており、<神道と神社を他宗教の上位に置くのは憲法の「信教の自由」と矛盾しないとの公式見解>に基づくものであった。


*大日本帝国憲法第28条の条文=「日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス」


1889年の「勅令第12号」(大日本帝国憲法公布・皇室典範公布と同年)によって官立・私立の全学校における宗教教育が禁止され、<「宗教ではない」とムリくり解釈された「国家神道」は一般宗教を超越したものとして、いわば超然カルト的に理解される>ことになる。翌1890年には、「教育勅語」が発布され、軍国主義一色で洗脳するため国民教化の基本が示され、日本は「国家神道」が<宗教・政治・道徳・教育・科学>の上に超然と君臨する異常政体と化した。


このように、<明治憲法(大日本帝国憲法)の“政教分離の原則(信教の自由)”は明治政府の強権憲法解釈によって“国家神道”と矛盾しないとされたことが、今に至る迄の日本の近・現代史における全ての誤りの発端となった>ことは間違いがない。つまり、この明治期における初期条件の根本的誤り(というより明治政府による国民への嘘(明治憲法のムリくり解釈)の押付け)こそが、その後の日本(戦前〜戦中〜戦後)へ連鎖的悪影響をもたらすという意味で、諸悪の根源になったと考えられる。


やがて、帝国主義の更なる深化は、昭和10年代に入ると「徹底した天皇の政治利用を伴うネオ国体論(皇国史観ルネッサンス)」を求めるようになる。一方、帝国主義の更なる深化と併行して、大正デモクラシーで開花した“新しい社会(国民主権自由主義、政教分離など民主主義に関わる基本的諸観念)の発見”という新たな外来ファクター(本格的な民主主義思想)の流入が、伝統的「皇国史観」の存立基盤そのものを脅かすようになり、当時の日本は<民主主義VS伝統的「皇国史観」>の対決構図を孕む危機的状況に陥った。


つまり、『伝統神道と本居宣長』の曲解というアキレス腱(世界に冠たる現人神の国という尊大な皇国史観)を抱えながら“そもそも皇国史観の尊厳の元は何に由来するか?”という最も基本的な疑問を解かず、それを放置したまま遣り過ごしてきたため、「皇国史観(国体論)が、愈々“拡大する植民地”と“新しい社会の発見”の挟撃を受けることとなり、日本は昭和10年代に国家自身と日本国民アイデンティティー危機というクライマックスを迎えたことになる。


しかも、そのため、当時の国体論の内部は、この根本問題の解釈をめぐる様々な流派が生まれて深刻な衝突と分裂を繰り返す大混乱に陥っていたのだが、終戦直後から現在に至るまで行われてきた“皇国史観(戦前)批判」の主流的方法(論)”は、この「皇国史観」内部での国体論をめぐる“アイデンティティーの混乱”を殆ど見過ごしてきており、それは「戦前の誤った皇国史観」だとして、一派一括りで言及されることが多かった。


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昆野伸幸著『近代日本の皇国史観再考、国体論』―ぺりかん社―によれば<昭和10年に発生した「天皇機関説」事件>を契機に「国体明徴問題」解決のための「教学刷新評議会」が設置され、「教学刷新ニ関スル答申」(http://urx.nu/a87d )が出された。そして、この答申を作成する過程で提出された“特別委員会”報告で、<肝心な一般国民の国体論への無関心>や<国体の尊厳の元に関する諸説の混乱>などが指摘されていた。この点は、なんとなく現代日本のキョロ・ウロ層(無関心多数派層、国政選挙5〜6割棄権層)の問題と重なり、暗澹たる気持ちにさせられる。


<注記>「天皇機関説」事件

・・・貴族院本会議での菊池武夫議員(陸軍中将)による天皇機関説非難の演説が発端で、軍部や右翼による天皇機関説と美濃部達吉排撃が激化。著書が発禁処分となり、不敬罪の疑いで検事局の取調べを受けた。同年9月、美濃部は貴族院議員を辞職、翌1936年(昭和11)には天皇機関説の内容に憤った右翼暴漢の襲撃を受けて重傷を負った。


(関連情報)


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■【もし、これが「無関心多数派層、国政選挙5〜6割棄権ウロ・キョロ層」の問題と同期すれば、日本が一気に<戦前型の軍事ファシズム国家>の時代へ突入する危機が迫る!】09年対比で約13%もダウンは危機的状況!天皇現人神論に基づく戦時国家体制への宣言たる『国体の本義(昭12)』の直前の時代に日本でウロ・キョロ層が急増していたのを連想させる不気味な現象! ⇒ 地方選、投票率が急落! 市区長選平均39% 昨夏以降分、728朝日http://urx.nu/azjo


・・・


しかし、当時の文部省は、これらの問題に対し冷静かつ論理的・客観的に真正面から答えることはしなかった。それどころか、「日本とはどのような国か」についてはその新たな「国体の条件」を政府が責任を持って明らかに示すと豪語する一方で、実際には上から目線の強権的スタンスで、天皇現人神論の回復を目的とする屁理屈『国体の本義(1937/昭和12)』を大急ぎで編纂・刊行した。このようなくだりは、現代日本のポスト・311フクシマに関わる「文部省謹製・放射能副読本問題」(下記▲)を連想させる。

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▲沖縄の小学校にも「原子村の頭目、文科省(スピリチュアル好きと思しき下村博文・大臣)」作成の嘘だらけ「副読本」が回ってきた。文科省の罪は重い!@ ジョージvia Twit2014.07.22只のオッサンがリツイートhttp://urx.nu/ao0H


・・・


ともかくも、この『国体の本義』は、爾後の「国体明徴運動」(国家主導の、いわばヤラセ的社会運動)で御上の論理を有意とするための重要典拠とされることになった。そして、この時に<皇国史観に基づく国体の尊厳の核心>について国家主導の公正・中立な学術・研究や歴史的・文献学的・考古学的検証などは一切行われなかった。そのため、きわめて非論理的な一種の“神憑りorカルト洗脳”の如き状態のまま日本が戦中〜戦後を迎えることになる。


結局、この時の<文部省当局の意図的な曖昧さの放置>こそが、戦前〜戦中〜終戦〜現在に至る過程で悪しき影響を拡大させた核心的原因と考えられる。無論、軍事ファッショ政権下では、いったん出された『国体の本義』の“根拠の曖昧さ”への批判は絶対に許されないことであった。


かくして、大日本帝国憲法・第一条「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」(が、天皇は現人神だとストレートに記されてはいない!)の記述にも拘らず、そもそも「自分は人間であること」を自覚していた昭和天皇は『国体の本義』によって、再び、政治的な理由でムリくりにリアル「現人神」へ祭り上げられてしまった。


なお、第二次世界大戦後、GHQ「神道指令」(1945/昭20)が出され、国家神道は解体へ向かったが、国家と神道を巡る「政教関係」(日本国憲法第20条は“信教の自由と政教分離原則”を規定)については、靖国神社参拝問題がその典型であるが、今日も種々の議論が絶えない。それどころか、日本会議(会員数ca800万人)あるいは創生日本、国家基本問題研究所などを受け皿として、いまも今上天皇を現人神と見なしそれを信ずる人々が未だにかなり多く存在する。


無論、欧米先進諸国でも、例えば「厳格な政教分離原則/ライシテ」を規定するフランス(関連参照、下記◆)、あるいは宗教名政党である「ドイツ・キリスト教民主同盟(CDU)」、「(オランダ)キリスト教民主同盟(CDA)」などが存在するドイツやオランダのように、具体的な「政教分離の原則」の外形的有り方は各国の歴史事情などに応じて様々である。


◆2014-07-01toxandoriaの日記/フランス「原発依存大幅引下の決断etライシテ」とフクシマを無視し「美しい戦争と世界一安全な原発」を取り戻す安倍政権の脳髄が「靖国&複合カルト」汚染なる倒錯型「超リスク」の深層、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20140701 


因みに、これは良く問われることだが、これら宗教名付きの政党が存在するドイツ、オランダなどでは「政教分離の原則」が存在しないのでは?という素朴な疑問がある。しかし、これは「政教分離の原則」に関わる根本的誤解である。つまり、それは「政教分離の原則」が<政治・政党>と<宗教>の分離ではなく、<国家・政府(地方行政府)/公共空間&公共意識>と<宗教>の分離である、という同原則の根本についての理解不足に因る“基本的かつ致命的誤解”である。


だから、いま一番戸惑っておられるのは、<自分は紛れもなく人間であり、かつ今の日本国憲法は直近戦争における多大な内外の犠牲の上で、やっとの思いで日本国民が手にした貴重な歴史経験の賜物だ。だからこそ、これを“天皇家の精神基盤である伊勢神宮が象徴する日本の伝統文化と調和させる”ことが自分の重要な役割である。その意味でも、偽装極右ならぬ“正統保守”の立場を必死に守ることが絶対重要だ!>と思われている今上天皇ではないだろうか?


(2)普通選挙運動・労働運動など“国家と異なる新しい社会(民主主義思想)の流入と発見”の最中に、突然『国体の本義』が登場した裏に透ける政治的謀略の影


既述のとおり、大正中期〜昭和初期ごろにかけて、天皇の役割についての学説である「天皇機関説」(1900(明治33)年代〜1935(昭和10)年頃までの30年余りにわたり憲法学の通説とされ、かつ政治運営の基礎的理論とされた学説)が主流として定着するようになっていた。


そこで、このトレンドを苦々しく思う超然軍事権力(日本政府)が、これに対抗するため当時の文部省を窓口に御用学者らを総結集させて、急ぎ編纂した出版物が天皇現人神論を中核とする『国体の本義(1937/昭和12)』であった。そして、その時に行われた強引な論理、というよりも強権的なムリくり詭弁による「国体論」解釈の手法は、現在の<安倍政権によるムリくり憲法解釈による集団的自衛権行使に至った遣り方>とそっくりである。


「天皇機関説」の提唱者であった一木喜徳郎(男爵、文部大臣、枢密院議長など歴任/二・二六事件で内大臣斎藤実が殺害されると、事件中は宮中で“人間であることを自覚”されていた昭和天皇の相談相手を務め事件終息に尽力)と美濃部 達吉(憲法学者、東大名誉教授/大正デモクラシーにおける代表的理論家)が、一転して、空気がスッカリ変わったように激しく非難され始めたのは、一木喜徳郎の政治的ライバル平沼騏一郎の謀略によるものであったことが知られている。


なお、平沼騏一郎は、当時の法曹界で権力を持ち保守・右派勢力の中心人物(黒幕、フィクサー)として暗躍し、果ては帝人事件(1934(昭和9年)に起こったでっち上げ疑獄事件)や企画院事件(1939〜1941年にかけ、多数の企画院職員・調査官および関係者が左翼活動の“嫌疑”だけで治安維持法違反として検挙・起訴された事件)を引き起こした、典型的な“天皇の政治利用を是とする”極右(正確には、右翼ならずカルト的狂想を誤魔化しているという意味での偽装極右)政治家であった。戦後、平沼騏一郎はA級戦犯となったが、彼は現在の平沼赳夫『日本会議・国会議員懇談会』会長の血縁にあたる養父である。


(3)「国体の本義」を補完する「教育勅語と軍人勅諭」も明治天皇の意図を離れ、「国民の戦争ロボット化」を目指す偽装極右派と軍部によって手前味噌で解釈された


ところで、形式的に明治天皇が発したとされる「教育勅語(明23/原文 ⇒http://urx.nu/aAbY )は、“そもそも皇祖・皇宗、つまり万世一系の歴代天皇が日本国家と日本国民が守るべき道徳を確立したと語ることから始まり、絶対的な国民の忠孝心こそが日本の国体の美しい精華であり日本国民を教育し育てるための淵源である”と規定してある。そのうえで、“有り難くも、かくの如く歴代天皇が国家と道徳を確立したのであるから、いざ国家に危機が迫った時には国民が国と天皇家の為に全力で尽くし潔く行動すべきであることなど、国民が守るべき12の徳目(道徳)が明記され、これを死守するのが国民の伝統であると記されていた。


一般的に誤解があるようだが、この「教育勅語」(水戸学および明の朱元璋の『六諭』の影響が指摘されている)が「天皇現人神論」については直接触れていないことを注視すべきである(因みに天皇現人神論を重視する国粋主義者らは“明”朝(漢族系)までの中国文化は高く評価し、“清”朝(満洲族系)以降のそれは蔑視するようになったとされる)。


加えて、「教育勅語」を纏めた井上毅(内閣法制局長官)が「立憲主義の君主は国民の良心(内心)の自由に干渉し得ないので教育から宗教色を排するのが当然」だと主張していたことが知られている。ので、当時のフランス(第三共和政・中期頃)の政治事情に通じていたとされる井上毅はフランスの厳しい「政教分離の原則」を意識していたのではないかと思われる(厳格な政教分離の原則を指す言葉、ライシテが初めてフランス共和国憲法の中に現れるのは、「パリコミューン(1871)後に制定された第三共和国憲法(制定1875)が1884年に改正された時」である/ 関連参照⇒ 2014-07-01toxandoriaの日記、http://urx.nu/aA9N )。


つまり、井上毅(漸進主義の考え方から先ずプロイセン型国家を構想すべしと主張した人物でもあるが)は、司法省の西欧使節団(8人)の一員として明治5年(1872)に渡欧しており、この時はフランス中心に司法制度の調査研究を行った。従って、井上はライシテとパリコミューンの事情についても、ある程度理解していた可能性が高い。ともかくも、このような事情を背景としてできた「教育勅語」は、形式的に明治天皇が発したとされているものの、そこでも「天皇現人神論」はストレートに主張されていなかった。しかし、昭和10年代以降になると、現実的には「天皇現人神論」が「教育勅語」の大前提であると理解されるようになった。


また、「教育勅語」の少し前に、同じく形式的に明治天皇から直接出された「軍人勅諭」(明15/原文 ⇒ http://urx.nu/aAc2 )は“軍人に対して政治への不関与を命じる(今風に言えばシビリアン・コントロールを厳守すべき)”ことが基本であると書かれているものだが、ここでも「天皇現人神論」には直接触れていない。にもかかわらず、やはり昭和10年頃から軍部は「軍人勅諭」が“明治憲法に先行して出された”重要勅諭であると主張するようになる。


更に、彼らはやがて「軍人勅諭」は<軍部の独立性を担保する重要証拠>であるという方向へムリくりに解釈し直される。その後は軍部の政治介入が強化されることとなり、万事につき「天皇現人神論」を金科玉条とする「国家総力戦を唄う日本軍国主義の罠」に日本全体がスッポリ嵌ることになった。まさに、これこそ丸山 眞男が言う「抑圧の移譲」による「無責任の体系」の完成、そして「国家神道(靖国顕幽論)による、全ての日本国民の戦争ロボット化」ということであった。


2−2 ご都合主義でムリくり解釈される「日本民族論」、それは単一大和民族(攘夷論の一つの根拠)⇒日本人混合民族(昭和10年代〜戦中期)⇒単一大和民族(戦後期)と揺れてきた


(昭和10年代〜戦中期は軍部の露骨な政治介入で「天皇の密教政治利用」が強まり、東アジア植民地獲得(帝国主義)を支える「日本人混合民族論」へ傾斜した)


ところで、歴史的「皇国史観」(本居宣長がアーキタイプを完成した)をベースとする伝統的「国体論」とは異なる、いわばネオ「国体論」(現実的、政治的に天皇を利用するためにこそ、天皇を現人神に祭り上げることを良しとする国体論/いわば強弁『国体の本義』なる皇国史観ルネッサンスで一層悪徳化した“天皇の密教政治利用”)の原像がそのフレームを現しつつあった明治半ば以降の日本は、軍部の露骨な政治介入も加わり、やがて東アジアの植民地獲得政策を積極的に拡大させて行った。


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<注記>天皇制をめぐる「顕教・密教」論(仏教の顕教・密教の意味ではない!歴史学者・坂野 潤治氏の用語)

・・・「顕教」は、「一般国民を広く柔らかく洗脳するシステム」として機能した天皇制、「密教」は特権層による<隠然たる国家支配の技術>の意味。後者は<場合によっては「玉(ぎょく)」(天皇)をも冷酷に政治利用するという傲慢な意思(“密教テロリズム・クーデタ”を超然発動する意思)を秘める悪意に満ちた、非民主主義的で狡猾な統治システム技術>である。


このため、爾後は、今までの日本の歴史と決定的に異なる困難な事態を抱え込むことになる。その事態とは、つまり異民族の同化をめぐる伝統「国体論」の有効性についての議論である。別に言えば、それは<日本の伝統トラウマでもある『世界に誇るべき純血の単一大和民族』なる妄想>と、<異民族統治の正当性を主張するためのネオ「国体論」>の相克ということである。


つまり、それは<そもそも皇国史観(特に明治期以降の国体論(皇国史観)は『伝統神道と本居宣長』の曲解に端を発する(参照、下記◆)ものであったのだが・・・)は歴史と伝統文化を共有する単一日本民族に固有のものである。しかし、拡大する一方の植民地の異民族は日本伝統の国体を理解できないのではないか?だから、彼らに対し天皇陛下への主体的忠誠を期待するのは無理ではないか?>という、もっともな危惧(憂虞)の問題であった。これが、いわゆる<日本人に関わる「混合民族論」と「純血大和民族論」の相克>の問題の発端である。


◆2013-05-07toxandoriaの日記/日本会議&神政連の『伝統神道と本居宣長』曲解が安倍自民の主権制限こと「改憲」と戦前型「国民モルモット化」なる暴政の元凶http://urx.nu/aA9N


そこで、歴史の流れから大きく俯瞰すると、日本人が「混合民族」であるか「単一大和民族」であるか?の問題について、ある興味深い傾向が見えてくる。そもそも幕末期以前の伝統皇国史観(本居宣長)では「単一大和民族論」であったのだが(尊王攘夷論の一つの根拠)、明治中期〜大正期〜昭和初期(戦中期)においては植民地獲得が拡大するにつれて「混合民族論」が主流とならざるを得なくなった。そして、興味深いことに、終戦後は、再び、左派・右派の別を問わず「単一大和民族論」が主流となったのである。いわば簡単に科学的検証の結論など出そうもない「日本民族」の問題は、これもご都合主義的にムリくり解釈が繰り返されてきたようだ。


それは極めて時流に沿った政治的マターであるという訳だ。しかも、それは今も同じことで、擬装極右たる安倍政権下では皇統問題(男系Y染色体問題、日本人は全て神武天皇の子孫?これも一種の天皇密教利用の問題?w)とも関わりつつ益々不可解化しつつある。因みに、後述する古澤満著『不均衡進化(Disparity Evolution) 』―筑摩書房―によれば、二本のDNAがほつれて複製されるとき、「二本の鎖」のうち一方は「連続鎖」、もう一方は「不連続鎖」となるが、「連続鎖」といえども100%の複製はあり得ず相対的に変異が小さいという意味で「保守的」といえるだけのことだ。


3 戦前期において実は「大混乱していた国体論の議論」から浮上する、二つの対照的な国粋主義思潮


3−1 大混乱の核心は「皇国史観/純粋精神文化主義」VS「皇国史観/聖戦玉砕(このみいくさ)原理主義」の相克


ところで、戦前期において、皇国史観に基づく「国体論」が現実的には大混乱していたという事情を少し詳しく観察すると、そのなかから主流派と見るべき二つの思潮が見えてくる(以下は、昆野伸幸著『近代日本の皇国史観再考、国体論』―ぺりかん社―ほか、を参照して取り纏めた)。


特に、下(A)三井甲之(みついこうし/1883(明16) - 1953(昭28))の「神代の神勅に始まり自然アニミズムに起源する日本の伝統文化そのものの保守」を最重視するという立場(古神道に近い考え方)に対して、外来の“新しい社会の発見”(民主主義の諸原則、特にフランス型の“厳格な政教分離の原則”)の観念が加わり、その両者を冷静に調和させることさえできれば、当然、この三井甲之に始まる思潮は現代(ポスト太平洋戦争時代)の民主主義国家としても受け入れ可能な、最も日本的な「正統保守」の立場となり得たと考えられる。


ところで、既述の『国体の本義』(昭12/文部省編纂)は、伝統「皇国史観」をめぐる、これら二つの立場の相克による大混乱に終止符を打つことが狙いであったと考えられるが、ムリくり強弁であったその『国体の本義』によって国体論(皇国史観)の相克は鎮まるどころか、ますます対立の激化を招くこととなり、実は敗戦直前〜終戦後でもその対立は解消されていなかった(例えば、『終戦時のクーデター、宮城事件』の発生などにその典型事例が現れている/委細、後述)。


それどころか、終戦直後にこそ、実はこの相克が最大の危機を迎えており、そこで(A)の立場は敗退(正統保守の死!)して、擬装極右(ないしは偽装民主主義)である(B)だけが主に自民党およびその中核的「支持基盤」である日本会議らの中に生き残り、それが現在に至った。しかも、それは今の日本にも深刻で危機的な暗い影を落としている(委細、後述)。そして、安倍政権が“美しい戦争ができる戦前を取り戻す!”と絶叫することの危険性(超リスク)が、実はこの問題、つまり<(A)が死に絶えて(B)だけが生き残った>ことの中に潜んでいる。


結局、それこそが<現代日本に正統保守を代表する政党が存在せず、殆どの日本国民は正統保守と偽装極右の違いについて理解しようする積極的意思を失っているため、今やアベ様のお友達ら擬装極右一派の悪徳政治の抑圧下で出現した「アベ靖国&原発Wカルト汚染」なる国民無視の狂乱サイコパス政治の暴走に甘んじるだけ>という恐るべき事態が出現している訳だ。しかも、殆どの日本国民は、このアベ・サイコパス政治が「日本の正統保守」だと思い込まされている。


(A)[皇国史観/純粋精神文化主義](代表する人物:原理日本社の三井甲之)


そもそも三井甲之は、個々の天皇の人格はともかく「皇国史観」に基づく優れた日本文化の伝統は最重視すべきだとする立場であり、「天壌無窮ノ神勅」を根拠に「神州不滅」を確信することが先決であり、「億兆一心義勇奉公(このみいくさ/近代日本伝統の玉砕型カミカゼ聖戦」などは天皇に対する随順を意味する二次的なことだとする立場を取っていた。


但し、既述のとおり、終戦間際ではこのような考え方の人々も、日本国民が玉砕することはやむを得ないという考え方、つまり下の(B)と同じ閉塞的で異常な過激シオニスト的な思考回路ハンナ・アーレント風に言えば“悪の凡庸さ”に嵌った状態)の中へ急速に追い込まれて行ったことも事実である。


しかし、この(A)の思潮ジャンルの人々は、もし自らの戦争体験を真正面から見据えて真摯に反省するチャンスさえあれば、やがてその思潮の中に元々潜在していた漸進改良主義的な意味での“正統保守”的な価値観(象徴天皇と日本国憲法の下で日本の優れた伝統的文化の相対化ができる、そして“新しい社会”の発見として民主主義の諸価値を受け入れつつ、それらを定着・同化・深化させることができる)を更に発展させる立場へ、つまり新たな考え方の道筋へ転向(進化)する可能性を備えていたことになる。


(B)[皇国史観/聖戦玉砕(このみいくさ)原理主義/政治学者・橋川文三の定義で、近代日本伝統のカミカゼ自爆テロリズム](代表する人物:東京帝国大学教授・平泉澄)


平泉澄は、同じく「天壌無窮ノ神勅」を根拠に「神州不滅」を確信することが先決であるのは当然としながらも、それは決して純粋精神主義に止まるべきではなく、あくまでも「億兆一心義勇奉公」の主体的実践(自爆玉砕テロリズム(このみいくさ)覚悟の美しい戦争への参加)で「神州不滅」の結果を手に入れるため具体的行動に出なければならないとする立場である。言い換えれば、日本の政治家・軍人・官僚ならびに国民は「天皇への“主体的な忠”をリアル戦争で実践しつつ、美しく玉砕・散華すべし」とする閉塞的観念の世界に囚われた立場である。


3−2 「純粋精神文化主義」と「聖戦玉砕(このみいくさ)原理主義」、これら二つの皇国史観の相克は戦後期における「正統保守の死」と、正統保守を騙る「偽装極右の跋扈」という忌むべき事態へ帰結した


(1)三井甲之(みついこうし)の思潮[皇国史観/純粋精神文化主義]についての評価/1886(明治16)-1953(昭和28)/歌人、右翼思想家


1925年(大正14)に蓑田胸喜や松田福松らと右翼団体「原理日本社」を結成し、機関誌『原理日本』を刊行した三井甲之の思想を一口で言えば、既述の(A)[皇国史観/純粋精神文化主義]であり、それは<個々の天皇の人格はともかくとして、先ず「天壌無窮ノ神勅」を根拠とする「皇国史観」に基づく世界に冠たる日本文化の伝統をこそ最重視すべきと主張した。


だから「天壌無窮ノ神勅」を根拠に「神州不滅」を観念的に、原理主義的に確信することが先決で、「億兆一心義勇奉公」(玉砕覚悟の“このみいくさ聖戦”への参加)は天皇に対する随順を意味する二次的なことであるとする、つまり環境条件次第ではそれが実行されぬことがあっても致し方がないとする立場>である。


ところで、『近代日本の皇国史観再考、国体論』の著者・昆野伸幸氏によれば、戦後に公職・言論追放処分に付された失意の中で三井甲之は、昭和天皇の御製(天皇の作る詩文や和歌)に救いを求めるようになっていたが、一方で、「天皇親政」を強く説いた戦前とは異なり、「民主主義」(新しい社会と新しい公共空間の発見)をいさぎよく容認して、キリスト教・仏教・儒教などが持つ“普遍的価値”をも認めるようになっていた。


この<終戦後における三井甲之の思潮の変化>についての発見は実に驚くべきことである。それは、「原理日本社」を立ち上げて蓑田胸喜らとともに自由主義的知識人を厳しく弾劾した“熱狂的日本主義者”という、ごく一般的な三井の人物像(現在も、殆どの研究者らは三井甲之をそのような人物であると見ている!)とその思潮についての理解を根底から覆すものであるからだ。


一般に、戦前・戦中期を指導してきたという意味で、昭和10年代以降の「国体論」(皇国史観)を担った国家主義者(政治家)や右翼団体関係者らが敗戦直後に進んだ道を整理すると、それは概ね(1)戦前の価値を墨守して自殺する、(2)偽装民主主義(個々の所属党員の中に何がしかの温度差があるとしても自由党と日本民主党の保守合同で生まれた自民党がその典型!)へ進む、(3)非政治的分野への方向転換(つまりノンポリ思考停止状態!)の三方向へ進んだとされる。


つまり、戦後の三井甲之は(1)〜(3)の何れにも属さず、もっぱら戦前期(昭和10年代以降の矛盾に満ちたままの「国体論(皇国史観)」)を引き摺って生きた超アナクロ人物と目されてきただけに、この発見は驚くべきことになる。しかも、昆野伸幸氏によれば、この新たな三井甲之の人物像(戦後における思潮の劇的変化、転向)の発見は、世間への公開を前提としていない私的な日記・書簡などの中で発見されているので信憑性が高い。


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見方を変えれば、そもそも三井甲之の「国体論」(精神文化主義としての皇国史観)には、伝統文化としての皇国史観の中核(伊勢神宮が引き継ぐ天皇家の精神基盤としての伝統文化、アニミズム古神道の精神)を変更することはあり得ないとしながらも、何がしかの環境の変化により必然とならざるを得ない現実的な行動の変化は、ある程度柔軟に取り込むという考え方(発生生物学者・古澤満氏が説く、生命個体の発生生物学的な意味での環境適応メカニズムを連想させる/関連参照、下記◆)が潜んでいたことになる。


◆発生生物学者・古澤満氏の著書『不均衡進化論』(筑摩書房)が示唆する仮説Disparity Evolutionから、生命現象の持続性・継承性としての「正統保守」のあるべき姿を考えることができる。2014-01-04toxandoriaの日記、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20140104 より部分転載」


・・・


また、古澤満氏は『不均衡進化(Disparity Evolution) 』仮説のことを「元本保証(塩基シークエンス(配列)が100%同一の意ではなく相対的に変異が少ないという意味!外形的に100%同一に拘ればアベ・カルト?w しかも、仮にシークエンスが100%同一であることが可能だとしても、元本の現価価値が環境価値の変容に連れて変わるのは当然のこと!)された多様性の創出」とも称していることに注目すべきだ。つまり、それこそが「正統保守」なるものの核心ではないのか?


ともかくも、より具体的に言えば、三井甲之の「国体論」(純粋精神主義としての皇国史観)は、<“正統保守”(象徴天皇と日本国憲法の下で日本的な伝統価値の相対化が可能な、そして“新しい社会”の発見としての民主主義を定着・深化させることができる柔軟な立場)への転向(進化)の可能性>を秘めていたということになるだろう。ただし、残念なことは、この三井甲之が悪戦苦闘し、やっとの思いで見つけ出した「正統保守」の地平が深化する可能性は三井甲之の死とともに潰えてしまい、戦後60年以上ものあいだ今に至るまで殆ど忘れ去られてきた。


(2)平泉澄(ひらいずみきよし)の思潮[皇国史観/聖戦玉砕(このみいくさ)原理主義]についての評価/1895(明治28- 1984(昭和59)/東京帝国大学元教授、平泉寺白山神社第3代宮司


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歴史学者・平泉澄(福井県大野郡平泉寺村平泉寺(現在の福井県勝山市)出身)は、熱烈な「皇国史観」の主唱者(平泉は、そのように自称していなかったとされるが)として戦時下の国史学界を主流派としてリードするとともに、軍部との関係を積極的に深め、社会的にも大きな影響力をもった人物である。そして、太平洋戦争の降伏阻止のため皇居を占拠する「宮城事件のクーデタ計画」を立てた陸軍将校たちも、殆どがその平泉思潮の熱烈な信奉者であったとされる。


<注記>宮城事件

・・・「宮城事件(玉音盤事件)」とは、1945年(昭和20年)8月14日の深夜〜15日(日本時間)にかけて、一部の陸軍省幕僚と近衛師団参謀が中心となって起こしたクーデター未遂事件である。一派は詔書の録音レコード(玉音盤)を奪い、玉音放送を阻止しようとしたが、レコード盤の奪取にも失敗した。日本の降伏を阻止しようと企図した将校達は近衛第一師団長森赳中将を殺害、師団長命令を偽造し近衛歩兵第二連隊を用いて宮城(皇居)を占拠した。しかし陸軍首脳部及び東部軍管区の説得に失敗した彼らは自殺もしくは逮捕され、日本の降伏表明(天皇の玉音放送)は当初の予定通り行われた。


・・・


昆野伸幸氏によれば、戦中〜終戦後における<[皇国史観/玉砕原理主義]への接近と同化 →敗戦体験を経て、 やっとの思いで見つけ出した「正統保守」深化の可能性への新たな方向付け>という、紛れもない転向(これは転向というよりも、日本独自の合理的、論理的、現実的な思想への深化と見るべき!)の道筋を辿った三井甲之と違い、平泉は「マッカーサー憲法の破棄」と「明治天皇の欽定憲法の完全復活」を、三井甲之が没した翌年にあたる1954年(昭和32)6月30日に首相(吉田茂)官邸で行われた「自民党憲法調査会第二分科会」において、国会議員たちに過激に迫っていた。


つまり、<この“平泉澄による自民党国会議員らの洗脳”が、その後の長期自民党政権の中核の奥深くに幼生寄生の形で棲みつき、漸く、それが安倍晋三政権で大きく成長>した、ということになる。そして、その「自民党憲法調査会第二分科会」で、平泉澄は次のように説いたとされる。(出典:昆野伸幸著『近代日本の皇国史観再考、国体論』―ぺりかん社―


『日本国を今日の混迷より救うもの、それは何よりも先に日本の国体を明確にすることが必要であります。而して日本の国体を明確にしますためには、第一にマッカーサー憲法(平和憲法)の破棄であります。第二は明治天皇の欽定憲法の完全復活であります。このことが行われて、日本がアメリカへの従属より独立し、天皇(皇国史観)の威厳を取戻し、天皇陛下万歳を唱えつつ、祖国永遠の生命のなかに喜んで自己一身の生命を捧げる(聖戦で玉砕・散華する)ときに、始めて日本は再び世界の大国として立ち、他国からの尊厳を勝ち得るのであります。』


3−3 平泉澄『聖戦玉砕型“皇国史観”』こそ、安倍晋三首相の「美しい戦争(このみいくさ)」ができる戦前の日本を取り戻す<死の政治学>の核心


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<注記>安倍晋三首相の“美しい戦争ができる戦前の日本を取り戻す”に“自爆玉砕テロへの渇望(このみいくさ(聖戦テロリズム)”型の“死の政治学”的発想)”が潜むことの傍証(事例)


・・・ “自分には良識がある”と自負する大方の日本人の中には、そんなことはあり得ないと一笑に付す向きが多いかも知れないが、安倍首相の“美しい戦争ができる戦前の日本を取り戻す”のフレーズには紛れもなく戦前・戦中の如く“自爆玉砕テロ戦争が実行できる国体へ日本の根本を変える(宗教観・倫理道徳観・教育観の次元転換を謀る、つまり靖国英霊(顕幽論)信仰型の国家神道を日本国民の精神基盤として再構築する)という渇望”が潜んでおり、このことについては一般の日本国民より欧米諸国の方が、よく理解しているようだ。


・・・米国(一般の米国民ではなく政治権力レベル)には、その意味での超タカ派(しかも、その中核には日米対等(100年)戦争論をさえマジで願望する超アナクロな輩が多い!)の安倍政権(安倍晋三氏を支える、靖国&原子村Wカルト構造、言い換えれば産軍学(政官財労学)の野合特権構造)を、事実上の日本統治のツールとして上手く活用する(いわば、バカとハサミは使いよう)という計算高い意思が垣間見える。


・・・アベ様のお友達の中から選りすぐって押し込んだとされる二人のNHK経営委員の言動をよく観察すれば、その安倍晋三首相の“自爆玉砕テロへの渇望”が垣間見える。ケンカ腰で派手な暴言を乱発する『永遠の0』の作者・百田尚樹氏が目立つが、もう一人の安倍総理が特にお気に入りのNHK経営委員、長谷川三千子氏の発言は、より残酷だ。つまり「日本兵であるからにはテロ式自爆玉砕も辞してはならぬ」とする特異な戦争の美学(?)を物静かに語るその口調には酷薄かつ凄惨な残忍さというか、これぞザ・カルト!とでも言う他はないゾッと背筋が凍る奇怪な妖気が漂っている(参照、下記◆)。


◆「三島由紀夫の行為(自刃)が象徴するように?日本の国柄は国民が天皇(現人神)のために“このみいくさ”で命を捧げるべき国体」だ!/ NHK経営委員・長谷川氏が三島由紀夫事件を称賛!(但し、これは長谷川氏が三島事件を曲解した発言と思われる、それは、橋川文三によれば、三島の本当の考え方は“長谷川氏らが属する偽装極右派による過剰な“天皇(玉)の政治利用”に対する怒りから自刃したと理解すべきだからだ!また、橋川文三の定義では、“このみいくさ”は近代日本伝統の聖戦自爆テロリズムであり、戦場で命を捧げる国民・兵士は靖国顕幽論でいう人権を持たない戦争ロボットだ!という認識がベースとなっている)⇒J-CASTニュース 2月7日(金)・・・ 朝日新聞社で右翼団体幹部が起こした拳銃自殺事件を称賛したことも問題化/NHK経営委員で埼玉大名誉教授の長谷川三千子氏が、1970年の「三島事件」について称賛していたことがわかった。http://urx.nu/6Ixk


◆「積極的平和主義は時々戦争そのものになる」/首相のオトモダチ、長谷川三千子氏が仰天発言(20140415田中龍作ジャーナル、以下、http://urx.nu/ai5j より部分転載/日本外国特派員協会における長谷川氏の『安倍首相が掲げる積極平和主義』についての説明)

・・・受動的平和主義とは、自分が襲われた時に友人が「ゴメン、争いはしないんだ」と言って助けてくれず、死んでしまうことだ。それは、なにもせずオツムに花を挿して反戦歌を歌っていれば平和に貢献していると考える、お目出度いフラワー・チルドレンのことだ。

・・・(もし戦闘で自衛隊員が死んだら、また自衛隊が市民を殺害したら、この活動に責任がとれるのか?の質問に答えて/“聖戦テロリズム”を覚悟すべきだから戦争で死ぬのは当然でしょ!と言わんばかりに、その責任?には答えず)これこそ私が指摘した積極的平和主義の問題点だと思う。積極的平和主義は常に戦争に近いところを行く。それは時々戦争(公認殺人)そのものになるだろう。実際、食料かなにかを運ぶのでも殺されるだろう。戦地と非戦闘地域との境目はない。積極的平和主義とは戦地に行くことだと考えなければいけない(日本国民は“聖戦テロリズム”の覚悟さえあれば死んで当たり前だ、との意味?)。


・・・


この、平泉澄を水源として<自称「正統保守」の衣を被る「“戦前の国体論”を取り戻そうとする追憶のカルト的で異様な政治エネルギー」(安倍晋三らが言う戦前を取り戻す意思そのもの!)>は、その原理原則を堅持しつつ平泉学派の広範な人脈に支えられて、戦後日本の政財界・司法・労働界・官界・学界・教育界の人脈層に対して隠然たる、かつ広範な影響力を多大に及ぼしつつ現在に至っている(これぞ、日本の原子力政策が科学ならずカルト化した大きな要因の一つ!!)。


ところで、戦後の歴史学は、マルキシズムの影響が大きい左派、あるいは中道〜右派(新しい社会の発見、つまり欧米流民主主義に傾倒する派であるか否か)の別を問わず、戦前・戦中体制に対しては、<戦前の「皇国史観」、「軍国主義史観」、「米英打倒史観」が日本国民の合理的なものの考え方を歪め、抑圧してきたから戦前の体制は全て誤りだった>という立場で、戦前を一括りに批判し、一本調子でバッサリ糾弾する傾向が強かった。


しかし、このような角度から単純に一括りする批判では、例えば三井甲之の思潮の変遷でその典型が観察されるように、戦前の皇国史観(国体論)の中に、爾後の展開しだいでは擬装民主主義や偽装極右ではなく、多数派の一般国民層が率直に受け入れ可能な<象徴天皇制の下でも天皇家の精神基盤たる伊勢神宮が象徴する日本伝統文化を尊重する「正統保守」が確立し得るという、合理的で冷静な思想に至る可能性が潜んでいた>ことは見落されてしまう。しかも、このような観点が一般国民と主要メディアの意識で明確に捉えられ、それが広く共有されることはなく、残念なことにそのまま見過ごされてきたのである。


<参考>本居宣長と同時代の伊勢神宮の神道学者(神職)、出口延佳(1615〜1690)の『天皇・人民平等論』・・・本居宣長の天皇現人神論が神の代理人たるローマ教皇からヒントを得た可能性も指摘されているが、伊勢神宮の神道学者・出口延佳は宣長と全く正反対で、神の前での平等な恩寵というキリスト教思想の側面から大きな影響を受けていた。そして、出口延佳はそれまでの神道学者より更に前へ一歩進んだ新しい考え方を構想した。なんと出口延佳は日本古来の伝統神道を正しく伝える者としての誇りから、一般的理解とは真逆の『天皇・人民平等論』を説いていたのである(出典:小山悳子(神道学者、比較宗教学者)著『日本人の求めた元神(カミ)』‐日本図書センター‐)。ここでも、純粋精神文化主義としての皇国史観が現代にも通用し得る「正統保守」へ深化する可能性が芽生えていたのである。Cf. ⇒ http://urx.nu/atS9 


・・・


ともかくも、一般の日本国民は未だに「日本の正統保守とは何であるのか?」、あるいは「正統保守」と「戦前の取戻しを絶叫する安倍自民党(その正体は、“聖戦玉砕原理主義の皇国史観なる追憶のカルト”(橋川文三の定義では、近代日本伝統のカミカゼ自爆テロリズム)と“金目と票になる軍神靖国神社(顕幽論)を筆頭とする妖しげなカルト諸派”の影響力に深く染まったことを偽装する意味での偽装極右)」との区別がつかなくなっている。つまり、大多数の人々は徹底的に騙されて安倍晋三氏のお友達一派を「真性保守(正統保守)」だと勘違いさせられ、そう思い込まされていることになる。


4 安倍晋三首相の背後霊は、『平泉澄/聖戦玉砕カルト(このみいくさ)』の狂想を引き継ぐ日本会議、創生日本、国家基本問題研究所ら“詐称”正統保守こと「社会的悪性腫瘍」


(1)平泉澄の受け皿“日本会議、創生日本、国家基本問題研究所”ら“詐称”保守団体(美しい追憶のカルトの正体を偽装する極右)の代理人たる安倍自民党政権が、おぞましきカルト・サイコパス政治と化すのは必然!


「大日本帝国憲法の“政教分離の原則(信教の自由)”」は明治政府の強権的な憲法解釈によって“国家神道”と矛盾しないとされたこと、および文部省『国体の本義(昭和12)』による昭和天皇の現人神への格上げ(祭り上げ)こそが、今に至るまでの日本の全ての誤りの元凶であり、それを更にダメ押ししたのが<開戦直後の神憑り戦争への補強デマゴーグ>、これ又“文部省”謹製の『日本世界観と世界新秩序の建設(文部省)』(参照、↓*)であった。


<注記>*『日本世界観と世界新秩序の建設(文部省、昭和17)』

・・・明治末以降に冷静な古代史研究が進み、皇国史観の基礎となる神代と歴史の間に境界線が引かれつつあることに危機感を持った時の超然軍事政権は、これに反撃を加えるため『日本世界観と世界新秩序の建設(文部省、昭和17)』を発表した。ここでもムリくりの屁理屈が展開されており、神代に始まる「皇統一系万世不易」が国策理念として確定し、これが爾後の「このみいくさ(国民玉砕型“聖戦テロ戦争”)」の絶対不可侵の指針とされた。http://binder.gozaru.jp/292-nihonsekaikan.htm 


そして、終戦後におけるその最悪の終着点が<“平和憲法を破棄して、美しい自爆テロ戦争(このみいくさ)ができる戦前の日本を取り戻すべし!”との驚くべき平泉澄の主張>であり、その<狂信カルト>の囁きは、既述のとおり、1954年(昭和32)6月30日に首相(吉田茂)官邸で行われた「自民党憲法調査会第二分科会」において自民党国会議員らの心の奥深くに流し込まれたのであった。


なお、この<超然たる行政権が司法(司法概念と天皇の位置づけ)に優越するという民主主義国家にあるまじき悪しき近代日本の伝統(慣行)=いわゆる『閣議決定万能論』と『天皇(玉)の“密教型政治利用”』>という異様な考え方は、直近の<安倍内閣でのムリくり憲法解釈変更による集団的自衛権行使の閣議決定>に止まらず、今も殆ど至る所で当然視されている!(関連参照、下記◆)そして、執拗に、その悪しき追憶のカルトの土壌を提供しつつ、国民へ向けて洗脳の風を執拗に送り続けているのが、事実上、平泉澄と靖国顕幽論の受け皿である“日本会議、創生日本、国家基本問題研究所”ら“詐称”正統保守団体である。


◆「原発は安全」判決書いた最高裁判事が東芝に天下り 司法にも広がる原発マネー汚染(行政権に隷従する司法(最高裁)の醜態!←toxandoria補足)三宅勝久/mynewsjapan http://www.mynewsjapan.com/reports/1437 


◆2011-10-16toxandoriaの日記/国民主権(三権分立)を無視し核・放射能拡散ゾンビ「国策原発」の保証人を務める“お白洲型” 日本司法官僚の犯罪(国内編)

http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20111016 


・・・


かくして平泉澄こそが、安倍晋三・首相の“美しい(自爆テロ戦争ができる)戦前の日本を取り戻す”なるアナクロ思想の淵源であることが明らかとなった。が、更に驚くべきは、平泉澄の隠然たる影響力の受け皿として、日本会議、創生日本、国家基本問題研究所ら“自称”正統保守団体が、<美しい玉砕自爆テロ戦争のホンネ>をひた隠しつつ、安倍自民党政権を実現させるために重要な役割(国政選挙での約1500〜2000万票の“固定票”と“金目”を集め、併行して一般国民への洗脳活動を推進する仕事)を継続的に果たしてきたことである。


(2)平泉澄と靖国『幽顕思想』の受け皿、「日本会議問題」関連の報道をタブー視する主要メディア/そのアンチ「政教分離の原則」意識こそが「アベ靖国&原発Wカルト」の悪性腫瘍を限りなく増殖させる


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■【せめてフランス並みの<縮原発方向>決定が先だろうに!/日本会議・靖国神社らが構成する近代日本伝統の社会的悪性腫瘍(アンチ“政教分離の原則”意識が病巣の核心)に取り込まれたため科学技術ならぬ<神憑る一方の日本の原発>は、メディアが“日本会議”問題をタブー視する限り、もはや止めることも廃止することもできない!】再稼働、推進&“ウソ世界一安全原発”輸出なんて言語道断!⇒【福島第1原発の現状】タンク増設、90万トン確保 綱渡り続く汚染水対策 、汚染水対策は効果や実施時期が不透明な施策が多く実際には綱渡りが続く 47N721共同 http://urx.nu/amK7


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恐るべきことに、その悪しき伝統(“平和憲法を破棄して、美しい自爆聖戦型玉砕テロ戦争ができる戦前の日本を取り戻すべし!”との驚くべき平泉澄の皇国史観、そして、それとは水源が異なる、もう一つの国民玉砕イデオローグである顕幽論)は「保守」の名を騙る日本会議(構成員:約3万人、加盟団体会員数:約800万人)、神社本庁、神道政治連盟国会議員懇談会(安倍晋三・会長/2014年7月7日現在、自民党を中心に289名の国会議員(衆議院211名・参議院78名)が超党派で参加)、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)、解脱会、国柱会、霊友会、モラロジー研究所倫理研究所キリストの幕屋仏所護念会念法真教オイスカインターナショナル日本を守る国民会議創生「日本」みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会日本の領土を守るため行動する議員連盟日本の前途と歴史教育を考える議員の会、真の人権擁護を考える懇談会、歴史事実普及協会伝統と創造の会、美しい日本をつくる会日本協議会日本青年協議会全日本学生文化会議国民文化研究会、三五教などの宗教団体、宗教系財団法人等に、確実に引き継がれている。


だから、これらの諸団体は決して一般国民の日常生活、つまり民主主義の根本となる生き生きとした国民主権を守る意味での「正統保守」の名に値するものではなく、その恐るべき正体は平泉澄の国体護持・真姿顕現(超法規的な“無”の深淵に潜む“虚妄の美”に永遠に縋り付く“追憶のカルト”)、つまり本居宣長についての誤解がもたらした「自爆玉砕テロリズム(このみいくさ)式の散華(玉砕死)を国民へ強制する異様な思潮」を引き継ぐという意味で、まさに戦前・戦中そのままで“偽装極右”の立場を主張していることになる。


それは、「若者らが美しい愛国戦争ができる戦前の日本を取り戻す!」として多数派国民層の洗脳に日々精進する安倍首相の動機が、あの「宮城事件(玉音盤事件)」の背中を押したものと同じ種類の「聖戦テロリズム(岸信介・元首相or長谷川三千子NHK経営委員風に言えば“このみいくさ”)の思潮」であるからだ。いわば、安倍首相は<「天壌無窮ノ神勅」を根拠に「神州不滅」を観念的に、原理主義的に確信するという立場>であると同時に<“いざとなれば玉(ぎょく/天皇)のすげ替も辞さぬ”と主張する、つまり“天皇の密教政治利用を良し”とする「超然軍事権力夢想派(追憶のカルトたる偽装極右)>という相矛盾した意思が共存する、一種のサイコパス狂気!であるということだ。


しかも、より恐ろしいのは、今やその安倍首相がNHKを始め主要在京メディア(トップ構造)の殆どを支配下においているため、この余りにも由々しき“日本会議”問題をNHKを始めとするメディアが一切報じようとしないことだ。だから殆どの無辜の国民層はこのような現実は知る由もなく、いわゆる<カヤの外>状態に置かれている。それどころか、当記事のように“日本会議なる社会的悪性腫瘍”の問題をマジで取り上げて書くような輩こそ非国民であり、あるいは彼らこそ奇人・変人・サイコパスの類だとでも言われそうな空気が日本社会には漂い始めている。(・w・)!


(3)「自民党改憲草案」が「基本的人権を削除」した理由?/それは、安倍政権が代理人を務める靖国神社、日本会議らが受け継ぐ平田国学の「幽顕思想(顕幽論)」には、そもそも基本的人権の思想がないから


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<注記>国学系神道の一流派、平田国学(平田篤胤)の『幽顕思想(顕幽論)』について(出典:田中純一著『政治の美学/天皇制政治神学の教理問答』―東大出版会―、ほか)


・・・『幽顕思想(顕幽論)』は、平田国学の中にある特異な考え方であるが、その源流は本居宣長の現人神天皇論が曲解されたものと部派(小乗)仏教が神仏習合的に融合したものである。


・・・「国家神道」の核心にはこの平田国学の『幽顕思想(顕幽論)』があり、それによれば、現世で人権を持つことができない人間は死ぬと「幽事の世界」(霊魂共同体)の位階構造に帰属して人権を得ることとなるが、その位階の頂点が英霊である。この構図を比喩的に言えば<霊界⇔現世界(で人権の帳尻を合わせる)バランスシート論>ということになる。


・・・いわば、現世の存在である人間(我われ一般の日本国民)に主権(基本的人権など)はなく、それは霊界に従うロボット的存在だということだ。時折、安倍晋三ら偽装極右派の輩(アベちゃんの御友達ら)が<不気味な靖国&原発ダブルス・カルト狂信のゾンビ>か、あるいは<冷酷非情な戦争&原発推進マシン>のように見えるのは、このためかも知れない。


・・・端的に言ってしまえば、一昔前に小樽商大の学生寮で「四年生=神様、三年生=殿上人、二年生=人間、一年生=奴隷」と呼ばれるしきたりがあったとかだが、顕幽論とはマアそんな類のものだ。が、靖国「顕幽論」の恐ろしさは、その超然たる神(英霊)の領域たる霊(幽)界と人間の現実世界(顕界)が同じ次元で直線的に繋がっていると信ずるカルトであることだ。


・・・


日本の右翼テロリストの死生観(万世一系の皇統に殉じて歓びつつ自主的に死すべしとのグロテスクな倒錯という点で平泉澄の特異な皇国史観と共鳴する)について探求した橋川文三の『テロリズム信仰の精神史』(1961)でも、平田国学の「顕幽論(幽顕思想)」ではリアル世界の人間についての「基本的人権の思想」がないと見ている。


つまり、我われ日本国民は生きている間には人権がなく、万世一系の皇統に殉じ歓喜しつつ自主的に死ぬこと(聖戦玉砕テロリズム)により、英霊を頂点とする、靖国神社が祭る祖霊の一員となることが許され、そこで初めて我々は独立した主体として認められ人権を与えられることになるということだ(これが『霊界⇔現世界バランスシート論』の神髄/関連参照、下記◆)。その意味で言えば、日本国民は霊界(本居宣長が言う幽事/かみごと)の命に従って現世(本居宣長が言う顕事/あらわしごと)を生きるロボットに過ぎないことになる。


◆2014-07-01toxandoriaの日記/フランス「原発依存大幅引下の決断etライシテ」とフクシマを無視し「美しい戦争と世界一安全な原発」を取り戻す安倍政権の脳髄が「靖国&複合カルト」汚染なる倒錯型「超リスク」の深層 http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20140701 


このような日本伝統の神学思想は、ある意味で日本伝統文化の負の側面(マイナス面)であると見るべきだろう。なぜなら、それが一定の条件が揃った場合のことだが、容易に人権の抹殺ということを引きおこし、そこでの責任や罪悪感を一切感じさせることがない特異な心性(ハンナ・アーレントが言う“悪の凡庸さ”そのもの!)をもたらす恐れがあるからだ。無論、橋川文三はそれが直ちに政治的テロリズムに直結するとは見ておらず、具体例として幕末の社会的矛盾の激化から生まれた排外主義(過激攘夷論)や太平洋戦争でのゼロ戦特攻など様々な悲劇の歴史を例示している。


ここでは、これ以上の深入りは避けるが、ともかくも言えることは、安倍晋三首相らがいう「美しい戦争」なるフレーズのグロテスクな印象の背景にあるのが、この「靖国神社に潜む顕幽論(幽顕思想)」であるということは、もはや論を待たないのではないか。あるいは、フクシマ3.11過酷原発事故や核廃棄物処分場問題、核燃サイクル破綻などの現実的アポリアを殆ど無視して原発再稼働あるいは原発輸出に突っ走るという冷酷無比な安倍政権の政治手法の背景でも、この「顕幽論(幽顕思想)」の「現世における国民の人権を否定するという特異な感性」が大きく作用しているようだ。


(関連情報)


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■【当動画のなかで姜尚中氏が言う“日欧の生命観の違い”とは人権を全否定する<アベ一派の靖国・顕幽論カルト>のこと!】・・・「日本の原発が世界最高水準である」は、フクシマ・アンダーコントロールと同じく安倍総理の大ウソで日本は周回遅れだった!この安倍晋三の大ウソを欧州原発との比較で忌憚なく暴く報道ステーション! ← テレ朝内“アベ様のお友達”こと“早河会長”が古舘氏を“降板”で恫喝する原因はこのような同氏の公正な報道姿勢への怒りか?w http://urx.nu/aAKo 

・・・・・・因みに、3.11フクシマ原発過酷事故が起こる直前まで、神社本庁とその外郭である神政連、および神道政治連盟国会議員懇談会(安倍晋三会長)が「ウラニウムも放射能も自然の一部であるので原発は自然に優しいエネルギー政策であり、それは伝統神道の自然アニミズムとも調和する」という主旨の屁理屈を盛んに喧伝していたことについて、一般国民は余り深刻に意識していないようだ(ポスト3.11では、まるでそんなことはなかったかのようにHPなどから掻き消えているがw)。しかし、この奇怪な発想(靖国・顕幽論と原発利権の癒着に因る)こそが、現在、安倍総理大臣が主張する「世界一安全な日本原発の設置基準」と「フクシマ・アンダーコントロール」なる悪質なウソの原点である!

<注記>725報道ステーションの当動画『原発の”世界最高基準”。驚きの現実・・・日本は遅れていた』は必見ながら、当ブログに貼れないのでコチラをクリックしてご覧ください! ⇒ http://urx.nu/aALh



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■調査報告 STAP細胞 不正の深層/20140727NHKスペシャル「調査報告 STAP細胞 不正の深層」を紹介。(約49分)http://urx.nu/aALR

・・・「理研STAP細胞 不正」マターは、「フクシマ3.11無視のままで世界一危険な日本製原発を世界一安全だと強弁して再稼働を謀る安倍政権の無責任さ」との間で<戦前から尾を引きつつ現代の日本にも潜伏する構造的病理>を共有する。それは、<政治と金目に魂を売り払って科学技術ならぬ錬金術と化した、つまり“『国体の本義(昭12)』で“太平洋戦争”突入への不可避の引き金を引いた戦前ソックリのスピリチュアル文科省(戦前は文部省)”が管轄する日本の科学技術の靖国・顕幽論カルト化>という深刻な問題だ。

<注記>当動画も必見ながら、当ブログに貼れないのでコチラをクリックしてご覧ください! ⇒ http://urx.nu/aAM9 


・・・


これまでの考察から安倍晋三首相ら、つまり日本会議等の偽装極右が好むグロテスクなフレーズ、「美しい戦争」の背景にあるのが<平泉澄の皇国史観と顕幽論(幽顕思想)が融合した異常な観念>であることが理解できるはずだ。否、それは単に「異常な観念」というよりも超法規的、超宗教的な“無”に過ぎぬ“美の真姿”と“英霊”が君臨する霊界位階構造に永遠に這いつくばり、縋り付く“追憶のカルト(まさにナルシズム的な倒錯美に恍惚とする超然アベ権力のカルトor狂気!)”というべきである。


しかも、この“追憶のカルト”を共有する偽装極右一派は、主権がない霊界御用達のロボットとして上から目線で見下しつつ国民一般を徹底的に利用し、搾り取り、あるいは尻の毛一本まで抜き尽くそうとする悪意が潜んでいる。しかも、その手法たるや、「現人神天皇と靖国英霊への信仰で調子よく煽られた無辜の一般国民が自爆玉砕型の愛国テロリストへと変身した暁には、彼らが一個の宗教的求道者、あるいは宗教的英雄として行動することを妨げない」とのたまう(やんごとなき祝詞をあげる)徹底した悪辣さである。バカにするのもいい加減にしろと!と言いたくなるではないか?エッ、それでも何も言いたくならないのが日本人の常識だって・・・ム、ム、ム〜 ʕʘ‿ʘʔ


いずれにせよ、このような「追憶のカルト」の渇望を持ち続けてきた“日本会議、創生日本、国家基本問題研究所”ら“詐称”正統保守団体(実は、偽装極右団体!)のエージェントたる安倍自民党政権が構想する「自民党改憲草案」(参照、下記◆)が、その立憲主義の根本たる基本的人権はもとより、国民主権、平和主義、政教分離原則などのことごとくを、事実上、全放棄するに等しい驚愕すべき内容となっていることは当然のことだ納得できるはずだ。これぞ、恐るべき超アナクロニズムである。しかし、やはり在京メディアが殆ど取り上げないこともあってか、このことについても多数派層の日本国民はリアルに意識していないようだ。


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◆「自民党・憲法改正草案」が、これからの憲法改正の叩き台となる筈だが、その異常さと非人権的本質<自民党・憲法改正草案の問題点/立憲主義否定、平和主義放棄、基本的人権削除etc/超アナクロな明治憲法以前の「律令制国家の取戻し」であり、伊藤博文(アジア初の立憲体制を作った)もビックリ!>を、何故か大手マスメディアは殆ど本気で取り上げようとしない! ⇒ via web2014.02.22 20:08只のオッサンがリツイート

<補足>「自民党・憲法改正草案」の問題点はコチラ ⇒ http://urx.nu/6Y8z http://urx.nu/aftR 

    「自民党・憲法改正草案」(pdf)は、コチラ ⇒ http://urx.nu/afua


(4)“正統保守が不在”のため『原子力平和利用の欺瞞とアナクロ国家主義が癒着する日本の異常さ』の事例


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■【日本国民は“玉砕”覚悟で美しくクリーンな?原発再稼働(推進・輸出)を受け入れよ!との安倍様&原子村様&靖国様の御命令に従えということか?】

・・・これぞ、原子力平和利用の欺瞞とアナクロ国家主義が癒着する日本の異常さの事例 !⇒次世代の党、来月1日設立、国民の手による新しい憲法、そして「脱原発依存」と「原発(原子力技術)の維持」の併記、725朝日http://urx.nu/arHQ

・・・この<周辺住民と多数派一般国民が恐るべき人権蹂躙と背徳政治に一切怒らないという超常カルト現象?w>こそ、原子力平和利用の欺瞞とアナクロ国家主義が癒着する日本の異常さの象徴!⇒川内原発5キロ圏内の住民にヨウ素剤配布727NHK http://urx.nu/auiG via Twitter for Websites2014.07.28 12:53

<注記>「次世代の党」は、安倍自民党のエッセンス(超復古的な日本アナクロニズム=皇国史観/聖戦玉砕(このみいくさ)原理主義を取り戻すことへの渇望)を更に濃縮したような偽装極右政党


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【参考動画】■日本政府は、事実上の“もんじゅ”破綻を想定しつつ、今も水面下で闇交渉が続く「モンゴル核廃棄物処分場」を当てにして<原発再稼働・新設・輸出>を推進するという非人道的で悪質な原発推進政策(*)を謀っている!⇒2014525NHKスペシャル/モンゴルで密かに進められていた「核のゴミの国際処分場」計画http://www.at-douga.com/?p=11667

<注記>当動画も重要ながら、Daily-Motionなので当記事に貼れません。のでURLをクリックして、是非ご覧ください。(所要時間:約49分)


当番組の中で指摘される「グリーンパラドクス」(一国の縮・脱原発が企業移転(国内企業の海外への逃避!)を介して隣接国等での原発増加を促す現象、つまり一国の縮・脱原発が地球トータルの核廃棄物を増やすというジレンマ!但し、表面的な電気料比較ではなく、核廃棄物処分場・廃炉等バックエンド費用を全て公正に公開する原則となれば別の議論となり得る!)と「国際核処分場のパラドクス」(EU“北海”海底核廃棄物処分場、モンゴル“闇”核廃棄物処分場など“核処分場構想(プラン)への期待”だけで未導入国等で原発の利用・導入が増加する現象)は、リーマン・ショックにも似た超市場原理主義怪獣と化した資本主義(人類の飽くなき欲望の受け皿としての)の限界を見せつける。


しかも、これは今や旧来のウヨ、サヨ(右派、左派)なるイデオロギー対立的発想の次元だけでは歯が立たない問題となっている。それは、例えば、未だに共産主義を掲げる中国・ベトナムなどでも“市場経済”を介する以外に拡大する一方の人間の欲望の受け皿となり得るものが存在しないのは明らかだからである。また、限界効用の増加についても経済理論上では資本主義と共産主義が合わせ鏡の如き両面的描像であることは証明されており、問題は配分問題(付加価値分配/資本⇔労働間の所得弾性値の奪い合いをどう調整するか?)に絞られている。


従って、この番組で取り上げているように、経済が人間の果てなき欲望の具体的姿の反照であるとするならば、今や有限な地球の自然環境の中で人類が自らの絶滅を回避するには、国際的な同意・協力意思の共有によってグリーンパラドクスへの具体的歯止めをかけるか、革命的技術革新(核種半減期短縮等の原子力制御技術、ないしは革命的エネルギー効率改善による自然エネルギー利用など)の一刻も早い実現に挑戦するしかないことになる。


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このためには、ひょっとすると、もはや間に合わないかも知れぬが、どこまでも<「保守」(というより、日本では保守と追憶のカルトが錯誤と無知で同一視されている!)と「革新」のイデオロギー対立>に拘るアナクロ・ナショナリズム側からの謀略的洗脳を断ち切る(マインドコントロールを解く)決断を急ぐべきである。例えば、委細は省くが、生物界(凡ゆる生命を支える地球の全生態系)に内在する「協力と罰の生物学」をヒントに「公共財ゲームにおける罰と人間の自由意思(自由原理)の調和」のような概念を構想しつつ、新たな経済学ないしは経営システムを設計する必要があるのかも知れない(参照:大槻 久著『協力と罰の生物学/仲良きことには理由がある!―岩波―』)。


また、安倍首相が、密かに 内心に描く“国際&国内原子村と共有するモンゴル“闇”核処分場計画に関わる下心”を懐奥深くに仕舞い込みつつ原発輸出トップセールスに駆け回る背景には、国際原子村とIAEAが肩を押す核燃サイクル問題についての妖しげな暗黙の闇のシナリオ、つまり「原発の海外向けセールス(輸出)では安全保障(軍事協力)も視野に入れつつ、設備・保守・核廃棄物処分場確保(核ゴミの引き取り)までのトータル・パッケージ化が必要という趣旨の謀略」が存在する、と見るべきだ!


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この「トータル・パッケージ原発輸出」戦略(グランドスキーム/なんと、これは2011311フクシマの無視が大前提である、とされる!)に関わる“証拠”の痕跡は、『20120930日本原子力学会核燃料サイクルの日本型性能保証システム・研究専門委員会中間報告書』/出典:『モンゴル研究No.28/モンゴル核問題研究会』20130731発行、http://urx.nu/arTD )』に書いてあるので、その詳細はこちらを参照願いたい。


ともかくも、このグランドスキーム下の既定路線(戦略)]に悪乗りした安倍自民党政権が、「軍国主義・軍需経済化路線/集団的自衛権、武器三原則緩和&武器輸出促進、対軍需ODA解禁」の具体策として<原発再稼働・新設・輸出>政策の旗を強引に押し立てて、目下、「海外向け原発トップ・セールス活動」を暴走中(今度は、法人税減税の約束(アメ)をチラつかされ、より一層アベ様の腰巾着化した“原発&軍需産業系財界人・約70名”を引き連れて南米を迷走?中)であるのは噴飯ものである。


エピローグ対岸の火事ではない!そこでの責任や罪悪感を一切感じなくなるまで暴走する過激シオニストによる“ガザの悲劇”と“安倍の美しい戦争”が共有するのは『悪の凡庸さ』(ハンナ・アーレント)


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