第66回カンヌ映画祭

今年も充実した二週間でした。カンヌで観たものにパリでの再上映等で観たものを含め、計59本の星取表とコメントです。下の写真も曇天ですが、今年はカンヌでは経験したことの無いほどの悪天候。それでも作品の方は粒揃いでした。ただ、大傑作や大発見が少なかったというのも今年の特徴でしょうか。ちなみに、今年のベスト5は、ケシシュ『LA VIE D'ADELE』、パニュ『L'IMAGE MANQUANTE』、ディアス『NORTE, THE END OF HISTORY』、ランズマン『LE DERNIER DES INJUSTES』、キレヴェレ『SUZANNE』でした。

コンペティション
ニコラス・ウィンディング・レフン『ONLY GOD FORGIVES』[☆☆]
ひたすらスタイリッシュに暴力を描こうとする作家性は認めるが、中身があまりに空虚ではどうしようもない。
・アレックス・ファン・ヴァーメルダム『BORGMAN』[☆☆1/2]
乾いたタッチでブラック・ユーモアと暴力が描かれる、如何にも作家映画としての特徴を持った魅力的なフィルム。
スティーヴン・ソダーバーグ『BEHIND THE CANDELABRA』[☆☆1/2]
見せるべきところはしっかりと見せるソダーバーグの職人技と、マイケル・ダグラスの怪演と見所は多い。
ロマン・ポランスキー『LA VENUS A LA FOURRURE』[☆☆1/2]
濃密な二人芝居を堪能。演劇性は強いものの、こうしたフィルムを軽く撮ってしまうポランスキーの余裕というか、軽さのようなものには感服する。
アレクサンダー・ペイン『NEBRASKA』[☆☆1/2]*男優賞
あまりの清廉潔白さが鼻につかなくはないものの、父子のネブラスカへの旅をシネスコの白黒画面でユーモアを交えつつ清々しく描いた、心温まる小品。
フランソワ・オゾン『JEUNE ET JOLIE』[☆☆1/2]
繊細にエロスを描く力量や、心理描写の巧みさは見事。ただ、幾つかの点、例えば「見る/見られる」という弟との関係性は後半から掘り下げられることもなく、全体として浅薄な印象が否めず惜しい作品。
アブデラティフ・ケシシュ『LA VIE D'ADELE』[☆☆☆1/2]*最高賞パルム・ドール、国際批評家連盟賞
個々のショットをどう繋ぎ、如何にテンポ良く見せるかが卓越しており、三時間を全く飽きさせず見せていく力強さに感服。若干オーソドックスに感じられる部分はあるものの、執拗なベッドシーンが必然性を持ち、感情をほとばしらせる終盤へと持っていく構成力には舌を巻く。
是枝裕和そして父になる』[☆☆1/2]*審査員賞
社会階層の違いの描き方や、それを体現した主人公のキャラクターに安易さは感じられるものの、そこから普遍的な家族愛の物語を紡ぎ出す力量は見事。ただ、本来ここで描かれるべきは父ではなく母の方であろう。
ジャ・ジャンクー『A TOUCH OF SIN』[☆☆☆]*脚本賞
いつもと同じテーマでありながら、そこに潜む暴力性を描き出した新境地。実際の複数の事件を描き、それらがそれほど結び付いていかない嫌いはあるものの、執拗な暴力シーンなど見所は多い。
・マハマト=サレ・ハルーン『GRIGRIS』[☆1/2]
義足のダンサーという設定が活かしきれておらず、脚本の弱さも目立つ。カンヌ・コンペのレベルではない。
ジェームズ・グレイ『THE IMMIGRANT』[☆☆☆]
あまりにクラシックな作りではあるが、風格ある映像で役者の演技が堪能できる安定感がさすが。
・アスガー・ファルハディ『LE PASSE』[☆☆☆]*女優賞
あらゆる大人がエゴのかたまりという徹底したニヒリズムには感服。「別離」と似た部分も多いが、社会性にまで深く切り込めなかったのは弱点。
・アマト・エスカランテ『HELI』[☆☆1/2]*監督賞
日常から不条理な暴力への唐突な連鎖をストレートに見せていく。張りつめた映像作りだが、どこかとぼけた日常性も共存し、見るべきところが多くある特異な才能。
アルノー・デプレシャン『JIMMY P.』[☆☆1/2]
後半に二人のやりとりが緊張感は増すものの、彼のこれまでの作品と比べると強度不足で中途半端に終わっていることが残念。
・Arnaud des Pallieres『MICHAEL KOHLHAAS』[☆]
物語的説明を排しつつ、一つ一つの場面の積み重ねの中で心情を見せようとするものの、それほど画面に力がある訳でもなく、作り手の独善ばかりが伝わってきて退屈極まりない。
・ジョエル&イーサン・コーエン『INSIDE LLEWYN DAVIS』[☆☆☆]*グランプリ
彼らの作品としては小粒だが、ある若者の成長物語としても猫映画としても巧みで繊細な愛すべき小品。
ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ『UN CHATEAU EN ITALIE』[☆☆]
詰め込み過ぎの脚本の為に物語の焦点が定まらず、冗長さは否めず。つまらないフィルムでは無いだけに惜しい。
ジム・ジャームッシュ『ONLY LOVERS LEFT ALIVE』[☆☆1/2]
ノスタルジーやユーモアは健在ながら、あれほど愛したジャームッシュの緩慢さが冗長さへと転換している印象が否めず。

【ある視点】
・ハニ・アブ・アサド『OMAR』[☆☆1/2]*審査員賞
主人公の様々な葛藤がとても丁寧に描かれている。目新しさは無いが、しっかりとドラマを紡ぎ出す安定感がある。
ライアン・クーグラー『FRUITVALE STATION』[☆☆1/2]*将来賞
警官に射殺されるまでの24時間をきめ細かく描いたことで、事件へと向かうサスペンスとクライマックスの強度をもたらしている。先に事件を見せてしまう作為性が気にならなくはないが、それでも上手く作られている。
クレール・ドゥニ『LES SALAUDS』 [☆☆☆]
物語の背景が判りにくく、展開にも強引な部分が見受けられるが、しっかりとしたスタイル、引き締まった映像作りはさすがで、その辺の監督とは格が違うところを見せ付けた。
ラヴ・ディアス『NORTE, THE END OF HISTORY』[☆☆☆1/2]
250分のフィリピン版「罪と罰」は、稀に見る発見。長回しを多用した鮮烈なスタイルは、エドワード・ヤンを想起させる。
ヴァレリア・ゴリノ『MIELE』[☆1/2]
尊厳死を請け負う女性主人公の心情があまり丁寧に描かれず、その変化も読み取りにくい。冗長な印象が否めず。
アラン・ギロディー『L'INCONNU DU LAC』[☆☆☆]*監督賞
ゲイ映画としてのハードな部分と、ロメール的な透明感と演劇性とが違和感なく共存しているあたりは見事。
・リティー・パニュ『L'IMAGE MANQUANTE』[☆☆☆1/2]*ある視点賞
映像の残っていないクメール・ルージュの大虐殺を如何に表象すべきかを、美しいナレーションと木彫りの人形とで挑んだ傑作。パニュの作品の集大成であり、一つの頂点。
・ディエゴ・ケマダ・ディエス『LA JAULA DE ORO』[☆☆]*ある才能賞
少年達がメキシコ縦断するロードムービー。少年達のひたむきさに寄り添う視線や丁寧な作りには好感が持てるが、作家性は希薄。
・ハマド・ラスロフ『ANONYMOUS』[☆☆]*国際批評家連盟賞
イランの知識人弾圧を描くことが政治的に必要であることと、映画的に作品自体が面白いかどうかは残念ながら別。時間軸の入れ替えといった小細工も効果を発揮しているとは思えず、散漫な作品という印象が否めず。
・クロエ・ロビショー『SARAH PREFERE LA COURSE』[☆☆]
主人公の生真面目さを反映したような実直なフィルムで、良質なテレビ映画のレベルに留まる。そもそも、主人公の走っている姿が映画的に優れているとは言い難く、彼女の陸上への情熱も伝わりにくい。
レベッカ・ズロトヴスキ『GRAND CENTRAL』[☆1/2]
原発をテーマにした映画としても、不貞をテーマにした映画としても中途半端で陳腐な印象を拭えず。
・Katrin GEBBE『TORE TANZT』[☆☆]
何の救いも無く、不快指数も高いのだが、ここまでドライに暴力の為の暴力を描き切ったことを認めたくもなる。ただ、トリアー的な題材と三部構成では目新しさは感じない。
・Lucia PUENZO『WAKOLDA』[☆☆1/2]
アルゼンチンの時代の空気も伝えつつ、ナチス科学者と少女との交流を丁寧に見せる。作り手のやりたいことがしっかりと伝わってくる力量は評価できる。

【コンペ外公式上映】
クロード・ランズマン『LE DERNIER DES INJUSTES』[☆☆☆]
ユダヤ人の代表者として指導的役割を果たしてきた男のインタビューを通じ、権力の在り方や、「ショアー」とは別の側面からホロコーストのシステムをえぐりだす3時間45分の力作。
・ジェームズ・トバック『SEDUCED AND ABANDONED』[☆1/2]
カンヌ映画祭及び映画産業に関する批判精神のあまり見受けられないドキュメンタリー。

【監督週間】
アリ・フォルマン『THE CONGRESS』[☆☆]
ヴァーチャルな形での映画制作の在り方を描く際にアニメを使い、映像の実在性といった難しいテーマを扱った意欲は買いたいのだが、残念ながら失敗作。
・ラファエル・ナジャリ『A SYRANGE COURSE OF EVENTS』[☆1/2]
一人ひとりの人物や彼らのエピソードの描き方に丁寧さが描けており表層的。退屈な凡作に過ぎない。
・ティエリー・ド・ペレティ『LES APACHES』[☆]
若者達の野放図な姿をだらだらと撮り続けるばかりで緊張感も皆無で冗長極まりない。
・Basil Da Cunha『ATE VER A LUZ』[☆☆]
いわゆる郊外の若者映画のパターンから外れることはないものの、主人公を魅力的に描いたことには好印象。
・Jeremy Saulnier『BLUE RUIN』[☆☆1/2]*国際批評家連盟賞
ある男の復習劇だが、物語の背景に解り難さがある。それでも、ジャンル映画の要素を多く含みつつも作家性が強いフィルムに仕上がっていることは特筆すべき。
アレハンドロ・ホドロフスキー『LA DANZA DE LA REALIDAD』[☆☆1/2]
幾分散漫な印象は否めないが、独自の世界観が次々と繰り広げられていく様は見事。
・Franck Pavich『JODOROWSKY'S DUNE』[☆☆☆]
ホドロフスキーが未完のプロジェクトについて語りまくる。一つ一つのエピソードが面白すぎる。しかも作品が未完であったからこそ、永遠の生を得たとも言えるあたりが深い。
・Kaveh Bakhtiari『L'ESCALE』[☆☆]
ギリシャから他のヨーロッパへの出国を目指す人々に深い共感と共に寄り添ったドキュメンタリー。悪くは無いが驚きは少ない。
・Antonin Peretjatko『LA FILLE DU 14 JUILLET』[☆☆]
作家性のあるコメディでリズム感があるのでそれなりに見られるのだが、底の浅い散漫さには少々うんざり。
・アンソニー・チェン『ILO ILO』[☆☆1/2]*カメラドール
フィルム全体を覆う繊細さと確かな演出力は処女作とは思えない。感動的ではあるが浅薄な印象も拭えず。
・ギョーム・ガリエンヌ『LES GARCONS ET GUILLAUME, A TABLE!』[☆]*Art Cinema賞、SACD
あまりに普通の商業映画のコメディーで、一体なぜ監督週間でこんなフィルムが上映されるのかが理解不能
・セバスチャン・シルヴァ『MAGIC MAGIC』[☆☆1/2]
心理サスペンスと簡単には呼べないような複合的なフォルム。些細な事柄の積み重ねが主人公を精神的に追い詰めていく見せ方も上手い。
・Ruairi Robinson『LAST DAYS ON MARS』[☆☆]
SFとゾンビという二つのジャンルをしっかりと結べ付けられたことが唯一の目新しさで、あまりに二つのジャンル映画のコードに忠実すぎる展開に作家性は感じられず。
・クリオ・バーナード『THE SELFISH GIANT』[☆☆1/2]*Label Europa Cinemas賞
少年の怒りやエネルギーが瑞々しく結実した佳作。むしろ大人のエゴイズムを描き、少年には優しい視線を注ぐあたりに好感。
・セルジュ・ボゾン『TIP TOP』[1/2]
全く笑えない内輪向けの閉じた犯罪コメディー。あまりの酷さに呆れ果てる。今年のカンヌのワースト。
マルセル・オフュルス『UN VOYAGEUR』[☆☆☆]
マルセル・オフュルスが自らの半生を辿る。単なる自慢話ではなく、距離を置いた批評性を持ち合わせている。作品自体が一級の映画史的資料。
・Marcela Said『EL VERANO DE LOS PECES VOLADORES』[☆1/2]
チリの地主の娘が過ごす、何か起こりそうで何も起こらない一夏を思わせぶりに淡々と見せるだけ。
ヨランド・モロー『HENRI』[☆☆]
人物のきめ細かい描写や、時折画面から現れる詩情は良い。好感の持てる美しい作品だが、それ以上でもそれ以下でもない。

【批評家週間】
・Fabio Grassadonia & Antonio Piazza『SALVO』[☆1/2]
やりたいことは解らなくはないのだが、作為が見え透いていて、B級ギャング映画っぽい濃い作りにもついて行けず。いかにもシネフィルがモノマネで作ったという印象が否めない。
・ポール・ライト『FOR THOSE IN PERIL』[☆]
青年の喪と追憶の物語だが、見え透いた作為や安易なビデオ映像の使用にはうんざりさせられた。
・セバスチャン・ピロット『LE DEMANTELEMENT』[☆☆]
娘を助ける為に家と農場を売ることにする初老の男。しっかりと作られた美しい映画だが作家性は弱く、良く出来たテレビ映画という印象は否めず。
ダヴィッド・ペロー『NOS HEROS SONT MORTS CE SOIR』[☆1/2]
アルジェリア帰還兵のプロレスラーの姿を、社会背景をからめつつ白黒画面でしっかりと見せるのだが、如何せんテンポやスピード感に欠けていて冗長。
・Agustin Toscano & Ezequiel Radusky『LOS DUENOS』[☆☆]
地主と使用人という対照が紋切型にしか描かれないことには目新しさは感じられず。
・Yury Bykov『THE MAJOR』[☆1/2]
展開にあまりにリアリティが無く、ドラマの焦点が定まらないままに物語を進めようとすることに無理がある。
カテル・キレヴェレ『SUZANNE』[☆☆☆]
自由奔放に生きる女主人公をサラ・フォレスティエが好演。一つ一つのショットが丁寧に無駄なく結び付き、引き締まった90分間を作り上げていく様は見事。
・ヤン・ゴンザレス『LES RENCONTRES D'APRES MINUT』[☆1/2]
エキセントリックな人たちが集う一夜をいかにもアートっぽく描いていて独善的な作品という印象は否めず。