岩手県ニ於イテ「はくびしん」ハ被害ノ有無ニ拘ハラス捕獲スルコトヲ得

岩手県の第10次鳥獣保護事業計画が変更された
その変更点の書きぶりを見てびっくりしたので紹介しよう。ちょっと長いうえにかなりマニアックな話題なので、興味のある人だけ読んでください。

狩猟以外で鳥獣を捕獲する場合には、県や市町村の許可が必要です。

通常の有害鳥獣捕獲の場合は、鳥獣による被害が生じているか又はそのおそれがある場合で、原則として防除対策によっても被害が防止できないと認められる場合に許可をしていますが、ハクビシンについては、被害の有無にかかわらず許可をします。

引用文中の強調箇所は原文でも太字で強調されているのだが、その箇所に表現上の問題があるように思われる。
有害鳥獣捕獲はもちろん文字通り「有害」な鳥獣を捕獲することだから、「被害の有無にかかわらず」許可するのなら「無害」な鳥獣をも捕獲することになってしまうのではないか。これでは鳥獣保護法*1に抵触するのではないか。

第八条  鳥獣及び鳥類の卵は、捕獲等又は採取等(採取又は損傷をいう。以下同じ。)をしてはならない。ただし、次に掲げる場合は、この限りでない。

一  次条第一項の許可を受けてその許可に係る捕獲等又は採取等をするとき。

【略】

第九条  学術研究の目的、鳥獣による生活環境、農林水産業又は生態系に係る被害の防止の目的、第七条第二項第五号に掲げる特定鳥獣の数の調整の目的その他環境省令で定める目的で鳥獣の捕獲等又は鳥類の卵の採取等をしようとする者は、次に掲げる場合にあっては環境大臣の、それ以外の場合にあっては都道府県知事の許可を受けなければならない。

【略】

3  環境大臣又は都道府県知事は、前項の許可の申請があったときは、当該申請に係る捕獲等又は採取等が次の各号のいずれかに該当する場合を除き、第一項の許可をしなければならない。

【略】

二  捕獲等又は採取等によって鳥獣の保護に重大な支障を及ぼすおそれがあるとき(生態系に係る被害を防止する目的で捕獲等又は採取等をする場合であって、環境省令で定める場合を除く。)。

いきなり条文をみても何のことだかわからない人もいるだろうからちょっとだけ解説。鳥獣保護法第8条で鳥獣の捕獲は原則として禁止されているが、第9条第1項の許可を受ければ捕獲することが可能となる。そのうち「鳥獣による生活環境、農林水産業又は生態系に係る被害の防止の目的」で許可を受けて鳥獣を捕獲するのが、いわゆる「有害鳥獣捕獲」だ。
原則としてしてはいけない事柄について、それを認めるという例外的な状況を作り出すという制度なのだから、「被害の有無にかかわらず」ほいほいと許可していいものではない。先ほど鳥獣保護法に抵触するおそれを指摘した所以である。
ただし、ハクビシンの有害鳥獣捕獲そのものがいけないと言っているわけではない。あくまでも問題は表現上のものに過ぎない。なぜ、そう考えるのかを説明するには、まずハクビシンがどのような動物なのかを説明する必要がある。手っ取り早くウィキペディアからの引用で済ませよう。

日本では四国と本州の東半分に生息している。奥尻島に生息しているとの報告もある。日本の在来種なのか移入種(外来種)なのかははっきりしない。国内に生息しているという最初の確実な報告は1945年、静岡県におけるものである。明治時代に毛皮用として中国などから持ち込まれた一部が野生化したとの説が有力であり、それ以前の古文書における生息の記載[1]や、化石記録が存在しないことから、外来種とされてきた。しかし、日本列島に現在生息している個体群は、顔面の斑紋などが他の分布域のものと異なることから、日本に自然分布する固有の独立亜種である可能性を唱える説もある。環境省は、「移入時期がはっきりとしない」として、明治以降に移入した動植物を対象とする外来生物法に基づく特定外来種に指定していない。

植物質の餌でも育ち、捕獲も容易でそれなりに人に馴れ、飼育もできる。そのため戦時中に軍需の毛皮・食肉を得るため、寒冷な気候の高地や東北地方に密かに占領地から持ち込まれ、各地で研究飼育された獣の一種で、個体が逃げ出したり放棄されたりして繁殖したともいわれている。同様な目的で持ち込まれた獣としてはヌートリアがある。人家近くに生息して屋根裏でも繁殖する。子どものうちはよく人に馴れて愛くるしい。リスやネズミに比べて、かなり大型の獣である。農作物の被害も報告されており、千葉県のある農家では、トラバサミで年間20頭弱を捕獲するという。近年においては、神奈川県、埼玉県はおろか、東京23区内でも少数ではあるが生息が確認されている。小さな村落でも年間百数十頭の個体が駆除されているようであり、ハクビシンの駆除を掲げる業者も少なからず存在するように、繁殖力は懸念されるほど強く、一定数までは直ちに回復することが容易に想像できる。なお、ハクビシン(白鼻芯)とは台湾名であり、本来は暖地系の獣である。

トラバサミで捕獲云々のくだりは読まなかったことにしておこう。
とりあえず、ハクビシンは東北地方には人為的に持ち込まれたものらしいということを確認しておけば十分だ。つまり、岩手県におけるハクビシン外来種ということになる。もともと国内にいたなら国内外来種だし、外国から持ち込まれたなら国外外来種*2だ。
さて、上の鳥獣保護法からの引用文の中で第9条第3項第2号を見ていただきたい。鳥獣捕獲許可申請環境大臣または都道府県知事が受けたとき、その捕獲によって「鳥獣の保護に重大な支障を及ぼすおそれがあるとき」には許可をしないことができるが、「生態系に係る被害を防止する目的で捕獲等又は採取等をする場合であって、環境省令で定める場合」は例外となるため、許可をしないことができない。つまり許可しなければならない。
その「環境省令で定める場合」は次のとおり。

第七条  【略】

4  法第九条第三項第二号の環境省令で定める場合は、人為的に導入された鳥獣により生態系に係る被害が生じている地域又は今後被害が予測される地域において、当該鳥獣による当該生態系に係る被害を防止する目的で捕獲等又は採取等をする場合とする。

岩手県ハクビシンは「人為的に導入された鳥獣」であるから、その生態系への被害が生じているか被害が予測される場合には、農林水産業への「被害の有無」にかかわらず有害鳥獣捕獲が許可されることになる。
これは、たとえばアライグマやヌートリアなどに置き換えてみれば、容易に理解できることだろう。ハクビシンの場合は国外外来種だと断定できないために外来生物*3の対象外になってしまったが、岩手県ハクビシンの場合も考え方は同じでいい。ところが、この考え方を中途半端に端折ってしまったために、かえってややこしい話になってしまったわけだ。
変更後の第10次鳥獣保護事業計画そのものを見てみよう。

捕獲等又は採取等の目的 許可する場合の基本的考え方
ア 鳥獣による生活環境、農林水産業又は生態系に係る被害(以下この章において「被害」とい

う。)の防止の目的|鳥獣による被害が現に生じているか又はそのおそれがある場合であって、原則として防除対策によっても被害が防止できないと認められるときに、その防止及び軽減を図るために行われる場合に許可する。ただし、外来鳥獣等については根絶又は抑制するものであるため、被害の有無にかかわらず許可するものとする。|

「外来鳥獣等」というあまり馴染みのない言葉が用いられているので、その説明も見ておく。

本来国内(県内)に生息地を有しておらず、人為的に海外(県外)から導入された、若しくは侵出してきたと思われる鳥獣等(以下「外来鳥獣等」という。)で、県内で確認されているものには、狩猟鳥獣でもあるハクビシン、イノシシ(イノブタ)、ミンクなどがある。

鳥獣「等」というのは何なのか*4、とか、「又は」なしに「若しくは」だけ使うのはいかがなものか*5、とか、「侵出」は「侵入」の誤りではないのか*6、とか、イノシシは岩手県外から人為的に導入ないし「侵出」してきたものなのか*7、とか、いろいろと疑問があるのだが、いちいち取り合っていられない。ハクビシンに話を戻そう。
ハクビシンは、岩手県の用語法でいえば「外来鳥獣等」である。従って、それ「による被害が現に生じているか又はそのおそれがある」。さらに、ハクビシンによる被害は、生態系全体にかかわるものだから、防護柵などの「防除対策によっても被害が防止できないと認められる」。だからハクビシンの有害鳥獣捕獲は許可されるのであり、原則から外れるものではない。ただし書きを書き加えることによって、あたかもハクビシンの有害鳥獣捕獲の場合には例外扱い*8をしているかのような誤解を招くのではないか。
ただでさえ外来生物問題は錯綜していて誤解や曲解に満ちているのに、そこにもう一つ火種を追加することはないんじゃないかなぁ、と思った次第。とはいえ、こんなことはパブリック・コメントが終わった後で言っても仕方がない。ああ、パブリック・コメント実施時に知ってさえいれば……*9

*1:正式には鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律という題名だ。

*2:国内外来種」「国外外来種」の字面から受ける違和感には目をつぶってください。

*3:正式な題名は特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律だが、ふつうは「特定外来生物法」または「外来生物法」という略称で通用する。紛れがないなら略称は短いほうがいいので、ここでは「外来生物法」を用いた。

*4:鳥獣保護事業計画は鳥獣以外の生物は対象外なのだから、ここで「等」を用いるのは変だと思う。

*5:「又は(または)」と「若しくは(もしくは)」 - 一本足の蛸を参照されたい。

*6:岩手県に入ってきたのだから「侵入」でしょう、という素直な発想による。もっとも、動物の立場に立てば、本来の生息地から出て行くわけだから「侵出」でもいいのかもしれない。

*7:「イノシシ(イノブタ)」という表現は「イノブタをも含むイノシシ」というふうに読める。つまり、イノブタではないイノシシも含んでいるように思う。もっとも、これが「イノシシ、ただしイノブタに限る」という意味ならわからないでもない。

*8:被害者でなくても申請ができる、狩猟免状を持っていなくても捕獲できる場合がある、など、実務上例外扱いをするのは事実だとしても、それは「基本的な考え方」に例外を設けるのとは全く別の事柄だ。

*9:「パブリック・コメント制度に関する指針」を見た感じだと、岩手県民だけを相手にしているようだが、非県民でも受け付けてもらえるのだろうか?