一本足の蛸 このページをアンテナに追加 RSSフィード

「なぜなら彼女は一本足の蛸です。彼女の足は他の誰にも繋がっていません。人として生まれながら人類や他の生命体の何とも共有する部分を持たないのです。真の孤独とは、彼女のために用意された言葉ですよ」

谷川流『絶望系 閉じられた世界』電撃文庫(2005),p.243

2012-01-01

[]今年の読書の目標 13:22 今年の読書の目標を含むブックマーク 今年の読書の目標のブックマークコメント

去年はこのような目標を掲げていた。

一本足の蛸 - 新年早々本を読む気が起こらない

まずライトノベルの読書結果からいえば次のとおり。

狼と香辛料〈16〉太陽の金貨〈下〉 (電撃文庫)

狼と香辛料〈16〉太陽の金貨〈下〉 (電撃文庫)

読みかけたが、上巻の内容をよく覚えていなくて何がなんだかわからなくなり、これは上巻から読み直さなければならないなぁ、と思って中断したまま、それっきり。

狼と香辛料〈17〉Epilogue (電撃文庫)

狼と香辛料〈17〉Epilogue (電撃文庫)

買っただけ。手つかず。

滅多に限定版など買わないのだけど、ふとした気の迷いで予約してしまった。どうせ予定期日には出ないだろうから予約は流れてしまうだろうという見込みもあったのだが、大いに外れてしまった。

「驚愕」は「分裂」の続きだから先にそちらを再読してから……と思ったまま積ん読状態。

というわけで、年初に予定していたライトノベルは1冊も読まなかった。

その代わりに読んだのは次の2冊。

僕の妹は漢字が読める (HJ文庫)

僕の妹は漢字が読める (HJ文庫)

僕の妹は漢字が読める2 (HJ文庫)

僕の妹は漢字が読める2 (HJ文庫)

今年もほとんどラノベを読むことはないだろうと思うが、今、読みたい本が1冊だけある。創芸社クリア文庫第1弾の『RAIL WARS!-日本國有鉄道公安隊-』だ。最近、ラノベ関係の情報から遠ざかっているので知らなかったのだが、作者はガガガ文庫から『僕は君たちほどうまく時刻表をめくれない』という本を出しているらしい。そういえば、このタイトルにはかすかに記憶がある。

ラノベ鉄道はあまり相性がいいとは思わないので、「僕は君たちほどうまく時刻表をめくれない」というタイトルでは食指は動かないのだが、「日本國有鉄道公安隊」だとちょっと興味を惹かれる。

その昔、日本には鉄道公安官という制度があった。正式には「鉄道公安職員」だが、俗称の「鉄道公安官」のほうが一般的だった。島田一男の小説や、テレビドラマなどのタイトルにも「鉄道公安官」が用いられている。

「公安」というのは要するに警察のことだが、日本では「公安警察」という言葉が示すように、警察一般というより、その特殊な一領域を指すことが多い*1。しかし、鉄道公安官は公安警察ではなくて、刑事警察の領域の制度だ。警察官ではない者が特定の分野でのみ警察官と同等の権限を有するという、いわゆる「特別警察職員」の一つだ。

今となっては歴史に埋もれてしまったようなこんな制度を21世紀に引っ張り出して小説の題材にするというのは、なかなか意欲的だと思う。冷静に考えれば、ラノベにおいて意欲的な取り組みは空振りに終わることが多いので、あまり期待しすぎてもいけないのだが、もしかすると、『こちら郵政省特配課』のような傑作かもしれないという期待は容易にぬぐい去ることができないのであって、これを完全に、徹底的に、完膚無きまでに、払拭しつくすためには、実物を読んでみるほかはないのである。

で、問題は、創芸社クリア文庫なんてちゃんと田舎の書店に入荷するかなぁ、ということなんだけど、どうでしょう?

ラノベの話はここまで。あと2冊、去年出版されていたのに、そのことを年末に人から教えてもらうまで知らなかった本があって、それも今年読んでみたいと思っているのだけど、そのあたりの話は省略。

次に、SFの話。

去年、SFを何冊読んだか覚えていない。少なくとも1冊読んだのは確かだが、それ以外にも読んでいるかどうかが思い出せないのだ。毎年、読了した本は手帳に記録しているのだが、去年、車上荒らしに遭って手帳がとられてしまったので確認できなくなってしまったのだ。

少なくとも読んだことが確かな1冊とは、これだ。

果しなき流れの果に (ハルキ文庫)

果しなき流れの果に (ハルキ文庫)

日本SF史に燦然と輝く傑作なので、「これまで読んでいなかったのか!」と呆れられてしまいそうだが、実は小松左京の長篇はあまり読んでいない。子供の頃から小松左京の短篇を好んで読んでいたのだけど、長篇は何となく敬遠していた。『日本沈没』すら読んでいない。それにしても惜しい人を亡くしたものだ。

今年はSFを2冊読もうと思っている。年末に海外物と国内物を1冊ずつ買ったためだ。

都市と都市 (ハヤカワ文庫SF)

都市と都市 (ハヤカワ文庫SF)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

『都市と都市』は出てからまだ間もないが、『虐殺器官』は元版が2007年に、文庫版が2010年にそれぞれ出ていて、高い評価を受けていることも知っていたのだが、これまで手を出していなかった。なぜなのか、と訊かれても困る。世にこれだけ本が溢れているのだから、そういうこともある。

次にミステリについて。

昨年は海外ミステリ5冊以上、国内ミステリ10冊以上という目標を立てていた。我ながら無謀とも思える高いハードルだったが、海外ミステリのほうは5冊以上は読んだはずだ。5冊までは数えていたから確かだ。その後、何冊読んだのかはわからない。古典の新訳なども冊数に含めていいのかどうか、などと考え始めると、さらによくわからない。

昔読んだミステリは記憶の中で美化されていて、今読むとたいしたことなくてがっかりするのではないかと思ったのだが、やはりベスト級の傑作は違うもので、犯人やトリックを知っていても面白く読むことができた。なお、『火刑法廷』の墓場からの死体消失トリックをドライアイスを使ったものだと勘違いして覚えていたことはここだけの秘密だ。

国内ミステリのほうは、特に気合いを入れて数えなくても10冊くらいは読めるだろうと思っていたので全然数えていなかったが、どうやら10冊読んでいないのではないかという気がする。いや、かつかつ10冊は読んであるか?

昨年残念だったのは、米澤穂信の新刊が出なかったことだ。出れば必ず読むので、もし10冊出ていれば、それだけでノルマを達成できていたはずなのだが。とはいえ、米澤穂信は年間に10冊も本を出す作家ではない。

そこで、今年はハードルを少し下げて、海外・国内ともに5冊ずつ読むことを目標にすることにした。これなら無理なく読めるはずだ。

以上、とりまとめると今年の目標は次の通り。

小説についてはこんな感じ。あたはマンガとか新書とかをちょこちょこと。

[]夢のヴァーチャルショッピング 19:44 夢のヴァーチャルショッピングを含むブックマーク 夢のヴァーチャルショッピングのブックマークコメント

初夢とはいつみる夢のことなのか。

うろ覚えの知識では、正月二日の夜にみる夢のことだが、初夢 - Wikipediaによれば、ほかに大晦日から元日にかけての夜にみる夢という説と、元日から二日にかけてみる夢という説があるそうだ。

ともあれ、初夢というのは夜にみる夢のことであり、白昼にみる夢は初夢とは言わないようだ。ちなみに「白昼夢」という言葉があるが、これは目がさめているときにみる妄想のたぐいを指す言葉であり、昼か夜かは問わない。

前置きが長くなった。

今日は寝正月を決め込んで、家から一歩も外に出ずに、雑煮を食べては寝て、おせちを食べては寝て、ククレカレーを食べようと思ったらなかったのでボンカレーゴールドを食べて寝ていたのだが、午後4時過ぎに寝ているときにこんな夢をみた。新年に入って最初にみた夢かどうかはわからないが、たぶん起きてからも記憶に残っている夢としては新年最初だと思うので、記録に遺しておくこととする。「残」「遺」の使い分けはこれでいいのかどうか、やや不安だ。

夢のなかで、架空のデパートが目の前に建っている。5階建てくらいの建物だ。それぞれの階には食品、衣料品などが売られている。ふつうのデパートと違うのは、各売り場に陳列されているのは本物の商品ではなくて、商品の見かけだけを模倣した見本だということだ。なぜ、そんな模造品を陳列しているかといえば、そこが架空のデパートだからに他ならない。

知覚の上では、そこは本物のデパートによく似ている。しかし、細部をよく見るとどうも質感が違う。薄っぺらで、張りぼてのように見える。架空のデパートを本物らしくみせるための作り込みが甘いと言わざるをえない。だが、肝腎なのは商品の品揃えだ。エレベーターに乗って贈答品コーナーのある階へと向かう。

贈答品コーナーにはさまざまな商品が並んでいる。本物のデパートでも贈答品コーナーには本物の商品ではなくて見本が陳列されていることが多いので、この架空のデパートもその点では大きな違いがない。ただ、決済方法は違っている。気に入った商品を手にとってレジを通過すると、商品情報が夢の外へと送られ、現実世界の銀行口座から引き落としされるというシステムになっている。だから、安易に商品を選ぶと目がさめたときに大変なことになる。慎重に選ばなければ。

商品を見定める作業をしながら、この架空のデパートについて思いを巡らせる。これはよくできたシステムだと思う。何より、架空のデパートだから、実店舗にかかる諸経費が不要だ。また、ふつうの通販やオンラインショッピングサイトとは違って、三次元で商品を見渡すことができる。煩雑な検索の手間がかからず、架空のデパート内を歩き回って商品を探せばいい。実店舗では歩き疲れることがあるが、この架空のデパートは夢の中にあり、実際には歩いていないのだから、疲れることはない。

いいことづくめのようだが、一つ疑問が湧いてきた。この架空のデパートは夢を利用したシステムだ。しかし、夢というのは特定のシステムとは無関係に勝手にみるものだから、たまたま同じ架空のデパートの夢をみることが原理的には考えられる。架空のデパートで商品を買ったあと目がさめたときに決済が終わっていて後は商品が配送されるのを待つだけだと考えていても、実は現実と直結していないただの夢をみただけでいつまで経っても商品が届かないということはないだろうか?

これは、現実そっくりの夢を現実と見分けることは可能か、という問いに似ている。哲学者にとっては悩ましい問いかもしれないが、実際問題としては、夢はそのうちさめるが現実はそのまま継続するという違いがあるため、夢と現実を区別することはそう難しくはない。

一方、夢の中の架空のデパートの問いは少し違っている。いま夢をみているという認識はきちんと持っていて、違っているのはその夢の中でした買い物が現実でも有効なのかどうかを夢からさめる前に見分けることができるかどうか、というのが問題の焦点なのだ。なぜ夢からさめる前に見分ける必要があるのかといえば、どうせ夢だからと思って気前よく買い物をしてから目がさめて、現実に莫大な借金を抱えてしまってから後悔しても取り返しがつかないからだ。この問いは哲学的な問いではなくて、実生活に直接関わる問いなのだ。

……と、そんなことを考えて七転八倒しているうちに、何となく目がさめてしまった。まだ商品選択が終わっていなかったので、たぶん預金残高は変わっていないと思う。

*1:わざわざ「日本では」と断ったののは理由があるが、本題から大きく外れるため説明は省略する。このあたりの事情をミステリに取り入れた事例があるが、当然のことながら作品名を明示することはできない。米澤穂信の初期の代表作とだけ言っておく。

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