餌付けと条例

北海道は希少な動植物を守るため、2月の道議会に鳥獣の餌付け禁止や外来種対策を盛り込んだ条例案を提出する。感染症の拡大や生態系が崩れることを防ぐためで、都道府県単位で条例を定めるのは珍しいという。

生物多様性保全に関する条例」(仮称)の素案によると、許可を受けた学術調査などの場合を除いて餌付け行為を禁止。違反した場合は中止を勧告し、従わなければ氏名や団体名を公表する。餌付けの具体的な行為については条例制定後、有識者で構成する道環境審議会の意見に基づき決定する。

道などによると、道内では冬鳥が集まる湖近くで、餌を売る露天商と自治体などとの間で過去にトラブルが発生。

短い記事だが、これを読んで「おやっ?」と思ったことがいくつかあった。
まず、第1センテンス。「北海道は希少な動植物を守るため、……条例案を提出する」とあるが、北海道には既に希少野生動植物種保護条例があるのではなかったか? 調べてみると、やっぱり北海道希少野生動植物の保護に関する条例があった*1。もっとも、この条例には餌付け禁止や外来種対策は盛り込まれていない。
次に、細かいことだが、「餌付けの具体的な行為については条例制定後、有識者で構成する道環境審議会の意見に基づき決定する」という書き方だと、北海道環境審議会が条例制定後に構成されるかのような誤解を招くのではないか、とも思った。
まあ、それはともかく、興味深いのは「都道府県単位で条例を定めるのは珍しいという」という箇所。外来種対策は希少種保護に比べると条例の整備が遅れている分野で、外来生物関連の法規情報 − 侵入生物データベースを見ても数県が制定しているだけ*2だが、「珍しい」とまで言えるのかどうか。この「珍しい」は「鳥獣の餌付け禁止」を受けているのだろうか。
確かに、餌付け禁止条例は全国的にも珍しい。市町村条例レベルでは、神戸市いのししの出没及びいのししからの危害の防止に関する条例*3日光市サル餌付け禁止条例など特定の動物種に限定したものがあるが、都道府県条例で餌付けを規制した前例を知らない*4
では、この北海道生物多様性保全に関する条例(仮称)は具体的にどのような書きぶりになっているのだろうか? 2月議会に提出する条例案の条文がまだできあがっていないわけはないのだが、残念ながらネットで検索しても見つけることはできなかった。ただ、素案段階で北海道が行ったパブリックコメントのページ*5を発見した。なお、パブコメ自体は既に終了しており、「平成24年12月下旬頃を目処に」結果が公表されることになっているが、その結果公表のページは見あたらなかった。
ところで、本題からちょっと外れるが、このパブコメでちょっとびっくりしたことがある。

(5) 意見受付後、約3日(土曜・日曜日、休日を除く)以内に受け付けた旨をご連絡いたしますので、連絡がない場合は、電話・ファクシミリ・郵便等でお問い合わせ願います。

これは丁寧だ。でも、同一内容のパブコメが大量に寄せられたら、いちいち受け付けた旨を連絡するのも大変だろうなぁ、と他人事ながら心配になった。別件だが、”パブコメ動員”がなぜ問題なのか - Togetterを読んだ後だったので。
閑話休題
北海道生物多様性の保全に関する条例(仮称)素案【PDF】*6の餌付け関係の記述は次のとおり。

21 安易な餌付け行為の防止
(1)道は、鳥獣への安易な餌付け行為の防止に関する普及啓発に努めるものとします。
(2)知事は、生態系等に係る被害を防止するため必要があると認めるときは、安易な餌付け行為を行う者に対し指導をすることができるものとします。
22 指定給餌行為の指定等
知事は、環境審議会の意見を聴いて、生態系等に係る被害を生じさせるおそれがあると認められる安易な餌付け行為を指定給餌行為として指定することができるものとします。
23 指定給餌行為の禁止
何人も、鳥獣保護法に基づく許可を受けて捕獲を行う場合等を除き、指定給餌行為をしてはならないものとします。
24 勧告
知事は23の指定給餌行為を行った者、又は70の当該行為に係る調査を拒み、妨げ若しくは忌避等した者に対し必要な措置を講ずべきことを勧告することができるものとします。
25 公表
(1)知事は、勧告を受けた者が、正当な理由なく、当該勧告に従わないときは、その旨を公表することができるものとします。
(2)知事は、公表をしようとするときは、あらかじめ、その者又はその代理人に意見を述べる機会を与えなければならないものとします。

この素案では、ほとんどの文末が「ものとします」になっていて、実際の条例案ではどのような文末表現になっているのかがよくわからないという難点があるが、とりあえず以下のことは確かだと思われる。

  1. この条例案は、鳥獣*7について一律に餌付けを禁止するものではない。鳥獣への安易な餌付け行為の防止のための措置としては、普及啓発と指導という手法のみであり、これは私人に義務を課すものではない*8
  2. 餌付け行為のうち、特に「指定給餌行為」として指定された行為については、一般に禁止されることになる。だが、指定給餌行為の禁止に違反した場合でも行政処分や刑罰はなく、勧告と公表にとどまる。
  3. つまり、餌付け対策に関する規定は、希少種保護に関する規定に比べて、全般的に緩いものになっている*9

多くの希少種条例は絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律をモデルにしており、この法律では罰則規定も備えられているため、条例でも同様に罰則規定を設けやすい。しかし、餌付け行為については今のところ法律レベルの規制がないため、条例で独自に罰則つきの規制措置をとることはなかなか難しい*10という事情もあるのだろう。それなら、外来種対策についても、特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律に倣って罰則規定を設けてもよかったのではないかという気もするのだが、そこにはまた別の事情があったのかもしれない。
勧告・公表という手法は最近の条例によく見られる*11ものだが、特に公表制度*12については2つの相反する批判ないし疑義が寄せられている。ひとつは「公表制度は実質的に刑罰に類する不利益をもたらす場合があるのに、形式上は刑罰でもなければ行政処分でもないから手続き面で緩くなっており、住民や国民の権利を不当に侵害することになるのではないか」という批判で、もうひとつは「氏名などを公表されても痛くも痒くもないような相手に対しては制裁の役割を果たさないから抑止力が乏しいのではないか」という疑義である。「やり過ぎではないか」「やっても意味がないのではないか」という二方面攻撃を食らう制度の行く末はだいたい決まっていて、制度を作ったのはいけれど運用実績を積み重ねることができず、いつの間には「抜けない宝刀」となって錆び付いてしまう。
まだ条例が制定されてもいないうちからこんな事を考えてしまうのは、根がネガティヴな人間だからで、決して北海道が行おうとしている生物多様性保全の試みにケチをつけようという趣旨ではない。はてなブックマーク - 野生動物「餌やらないで」 道が条例、外来種対策も - 47NEWS(よんななニュース)で「氏名や団体名の公表にどれほどの抑止力があるのか疑問だけどまずは一歩前進ということで。」とコメントしている人がいるが、まさに同感。今はまず一歩前進を言祝ぐときなのだろう。
でも、根が(以下略)なので、こんなことも考えてしまった。勧告・公表制度を運用する以前に、指定給餌行為の指定*13の段階で躓いてしまう恐れはないのだろうか、と。理想をいえば、餌付け行為は一般に禁止しておいて、やむを得ない場合に限り禁止規定の適用を除外するほうがいいのだが、そこまで踏み込むのが難しいのもわかるので、一定の条件を満たす給餌行為のみを禁止するという制度設計になったのは仕方がない。とはいえ、給餌対象種や給餌場所で縛りをかけるのに比べると、「生態系等に係る被害を生じさせるおそれがあると認められる安易な餌付け行為」という仕方で縛りをかけるのは線引きが難しいのではないだろうか? 条例案の検討過程でいったいどのような議論が行われたのだろうと気になって、北海道環境審議会 平成23年度開催状況平成24年度北海道環境審議会開催状況から、それぞれ自然環境部会の議事録をざっと読んでみたのだが、餌付け対策関係についての議論は全く見あたらなかった*14
さて、「お腹ペコペコのかわいそうなクマさんたちにドングリをプレゼントしよう」と考える人々の行為を指定給餌行為に指定することはできるだろうか? えっ、「北海道にツキノワグマはいないし、ヒグマにドングリを与えようとする愚かな人もいない」って? そりゃ失礼しました。まあ、北海道の場合だと冒頭に引用した記事の末尾でも述べられているように観光目的での野鳥の給餌が深刻なのだろう。いや、別に北海道に限ったことではないが。
最後に、札幌市の円山公園らしき場所*15の野鳥について書かれた愉快な文章、野鳥に餌をあげてもいいの?|スミルノフ教授公式ブログ跡地にリンクして締めくくりとする。

*1:いちおう魚拓をとっておく

*2:希少種保護条例の制定状況は希少野生動植物保護条例 - Wikipedia参照。

*3:いま条文を参照したら第5条に「鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律(大正7年法律第32号)第12条第1項に規定する許可を受けていのししを捕獲する場合」と書いてあって、少し驚いた。旧鳥獣保護法がまだ条例のなかで生きている!

*4:知らないだけで前例があるかもしれない。あやふやなことを書いてすみません。

*5:これもいちおう魚拓をとっておこう

*6:ついでなので、これも魚拓をとっておいた

*7:たぶん鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律第2条第1項の「鳥獣」の定義である「鳥類又は哺乳類に属する野生動物」を採用しているのだろう。

*8:行政手続法32条参照。

*9:指定希少野生動植物種の捕獲等については許可制を採用しており、違反した場合には罰則もある。

*10:どういうふうに難しいのかを説明すると長くなるし、あまり詳しく解説できる自信もないので省略する。とりあえず、日本国憲法第94条の「法律の範囲内」と地方自治法第14条第1項の「法令に違反しない限りにおいて」の解釈が問題になる、とだけ言っておく。

*11:北海道の場合だと、2012年に制定された北海道水資源の保全に関する条例でも第22条で勧告、第23条で公表について定めており、罰則規定は置かれていない。

*12:公表制度には情報提供を主な目的にするものと、社会的制裁を期待するものの2種類があるが、ここでは後者について述べる。詳しくは公表制度についての整理 しがない地方公務員のメモ帳/ウェブリブログを参照。なお、やや高度な議論で初心者向きではないが、制裁的公表と行政手続 - 初心忘るべからずも興味深い。

*13:なんだか「馬から落馬する」に似た据わりの悪い言い回しだが、勝手に「特定給餌行為」とかに用語を変えるわけにもいかないのでどうしようもない。

*14:見落としているだけかもしれない。もしそうだったらごめんなさい。

*15:京都市円山公園だったらすみません。