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七式飛行隊フライトログ RSSフィード

 本家:七式飛行隊 Aviation Works 七式飛行隊AWの中の人の日記です。
 [北海の魔女]対艦攻撃機パイロットと仲間たちの戦いの日々。全31話。完結。
 [紙飛行機]メインコンテンツだったけど最近押され気味。練度維持飛行。
 [趣味]ゲームと紙飛行機以外の諸々の趣味。その他のエンターテイメント。
 [非実在世界]アニメとか萌え系の話題。[イベント]航空祭とかコミケのレポート。
 [ゲーム]一般向けゲームの話題。主にFPSとかフライトシューティング関連。

2014年01月21日 けいせん五話

フラッグキャリア(第5話)

| 21:20

機体の組み立てを行うスペースから少し歩いたところには、土手から見えた機体が並んでいた。

「あれは、ゼロ戦?」

緑色のプロペラ機には大きく日の丸が描かれている。

土井さんが以前話していた、昔の飛行機をLUPで再現したタイプだろうか。

「いや、ありゃ偽物だ。ゼロはあっち」

土井さんは薄いクリーム色の機体を指した。こちらは『偽物』よりも胴体が太い。

「なんか、視界悪そうですね」

ゼロ戦は操縦席の窓に枠がたくさんあって見晴らしが悪そうだった。

「視界を良くする方法もあるけど、やるとロマンがないって怒られる」

「ロマン……キャノピーを取り替えるとかですか?」

ぱっと俺の頭に浮かんだのはそれくらいだった。

「いや、もっと笑える方法」

土井さんは首を横に振りながら苦笑した。

「うーん、ペリスコープとか?」

大山がまた何か専門用語を口に出す。入部してからこいつと土井さんはたまに専門用語だけで会話している。永田先輩いわく『大山くんが入ってうちの部の土井さんが二人に増えた』らしい。

「まぁ、あとで聞いてみな」

「んで隣がヴュルガー」

ゼロ戦の隣にはいかにも戦闘機といった感じのごついデザインのプロペラ機が鎮座していた。全体が灰色に塗られていて、がっしりしたシルエットと相まっていかにも強そうだ。

「なんというか、頭でっかちですね」

「格闘戦はイマイチだが一撃離脱と火力は凄い」

ヴュルガーの翼からはにゅっと大口径のペイントマーカーの砲身が飛び出している。

「すげぇ坂戸! ドラゴンスレイヤーまでいる」

ドラゴンスレイヤー?」

大山の指差す先には大柄なLUPがあった。翼の端から端まで10メートル以上はあるだろうか。胴体には大きく日の丸が描かれ、濃淡の緑色に塗り分けられた不気味な迷彩と相まって異様な存在感を放っている。

「みろ、A級だからできたツインモーター! マーカーは純正のPMG151/20にPMK-37の超重武装!」

「お、おう……」

プルートモーターで最高水平速度は488キロ!」

「す、すげぇな」

数字を並べられてもいまいちピンとこないが、大山があんなに興奮しているということは多分凄いのだろう。

「お……この塗装は」

土井さんも興味が出たのか大山と一緒になってドラゴンスレイヤーと呼ばれたLUPを観察する。

大山、こいつは南太平洋のカギス群島で……」

「あれ?」

駐機スペースから離れたところには大きなテントが張られ、その側には一機だけピンク色のLUPが駐機されていた。外国人らしき屈強なおじさんたちが周りに取り付いて整備している。交流戦には海外からも参加する人いるのだろうか。

「女の子……?」

黒いハートの描かれた尾翼の向こう、スタッフ腕章をつけたおじさんの横に黒髪の少女が立っているように見えた。

「おーいそこ、動かすから下がって! 巻き込まれるぞ!」

モーターの回り始める高音が響き始め、ドラゴンスレイヤーの周りで作業していたおじさんたちが見物人を追い払う。

坂戸、戻ろうぜ」

「あれ、いない……」

もう一度テントを見ても、誰も居なかった。

「何ぼっとしてんだ、危ねえって」

「あ、うん……」


「おー、皆お待たせー」

「あ、永田先ぱ……うわ、どうしたんですか、それ」

「いやー寝坊して朝ごはん食べれなかったからお腹すいちゃってさ」

ビニールシートの敷かれた観客席に戻ってきた永田先輩は右手にフランクフルトたこ焼き、右手に焼きそばを持っていた。

「そんなのどこで買ってきたんですか?」

「あっち」

永田先輩がフランクフルトで指した先には屋台が立ち並んだ一角があり、親子連れで賑わっていた。

「大会って聞いたんでもっとピリピリしたものかと思ってました」

「祭りみたいなもんだからな。ゴールデンウィークど真ん中だし」

そういう土井さんは乾パンをかじっている。

「土井さんは今日も乾パン? 飽きないの?」

「大丈夫、金平糖とオレンジスプレッドにソーセージ缶もある。バランスは取れてる」

土井さんは黙々と甲板と缶詰を食べている。

「俺もなにか買ってこようかな」

家を出る時に持ってきたスポーツドリンクはもう全部飲んでしまったから少し喉が渇いた。

「ジュースとかあんず飴もあったよ」

早くもたこ焼きの二個目を串にさした永田先輩が教えてくれた。

「あ、じゃあ坂戸、俺コーラがいい」

「んじゃあとで払えよ」

「へいへい」



「結構混んでるな」

売店エリアはさっきより人が増えたのか、予想より混んでいた。

ジュースを売っている屋台の前には競技の始まる前に飲み物を買おうとする人が数人、不揃いな列を作っていた。

「っと、すみません」

隣のフランクフルトの列から出てきた女の子と肩がぶつかった。

「あれ、あんた……健一?」

「へ?」

女の子に名前を呼ばれ、目が合った。ネコ科を思わせる鋭い目がじっとこちらに向けられる。

「げぇっ、さくら!?」

その目には見覚えがあった。――大泉さくら。子供の頃近所に住んでいてよく遊んだ。小学校の時に父親の仕事で名古屋に行ってしまったが、まさかこんなところで会うことになるとは思わなかった。

「何であんたがここにいんのよ!」

開口一番、さくらは俺にフランクフルトを向ける。

「そりゃこっちのセリフだよ!」

さくら姉、そいつ彼氏?」

さくらの後ろから出てきた十歳くらいの男の子が俺にいぶかしむような目を向けてきた。

「その子、だれ?」

「従兄弟。そんなことよりなんであんたがここにいるのよ」

「なんでって、試合の見学……」

「あれの?」

さくらはちょうど頭上を飛んでいったLUPを指さす。

「あれの」

俺は頷いた。

「お兄ちゃんパイロットなの?」

「いや、俺はまだ見習い」

首を横に振ると、男の子はがっくりと肩を落とした。

『これより、第二試合を始めます。選手の皆さんは発航準備を進めてください』

音割れ気味のアナウンスが会場に流れ、駐機場のほうが騒がしくなる。

「じゃ、じゃあな!」

逃げるようにさくらに背を向け、俺は観覧席へと戻った。


第二試合に出場する機体の離陸が始まり、滑走路から幾つものモーターの音が響いてくる。

先発の機体が離陸し、後続機がそれに続いて離陸していく。

「こんなたくさん集まるなんてすごいですね」

「色々大変なのよ。二戦目の律教は早稲谷から借りた機体と合わせてようやく4機だし、東光は学連からゼロセブン借りてるし、おまけにその東光と組む九段は主力の850がニコイチ再生機だし」

「な、なんか大変ですね」

「大学のおさがりでも850飛ばせるうちは恵まれてる方だよ」

最後のたこ焼きを串で突き刺しながら永田先輩は続ける。

「でも、ビンボーなんですね」

「そういうこと言わない」

永田先輩は肘で俺の脇腹を小突く。

「すいません」

「おう、バイザー借りてきたぞ。かけてみ」

観覧席土井さんは俺と大山にサングラスのようなものを渡す。つるの部分がやや太く膨らんでいるし、レンズは透明で少し黄みがかっている。

「左側に電源ボタンがある。入れて空を見てみろ」

「これかな」

電源マークのついたボタンを押すと、LEDが緑色に光った。

言われたとおりにバイザーを掛けると『SAITAMA CITY AIRSTRIP 20XX/5/5』と表示された後、『Spectator Mode』に表示が変わった。

「スペク、スペ……?」

「スペクテイター、観戦モードってことだ」

『こちらさいたま合同ピスト、ブルーチームは機体をチェックして下さい』

少しノイズののった声が聞こえる。

『ブルー1、異常なし』

『ブルー2、ノートラブル』

十条さんの声が聞こえた。

『ブルー3、全て正常』

『ブルー4、異常ありません』

『ではカウントを開始します。Tマイナスフィフティーン』

『永田を援護だ』

バイザーのつるからは大学チームの無線が鮮明に聞こえてくる。

「今はうちのチームの音声だけ聞こえるようにしてある」

カウントダウンが始まり、翼端の赤いゼロセブンの横に「BLUE NU-07 ECHO」と表示された。

十条さんのゼロセブンは試合開始と同時に高度を下げ始める。

「開幕から飛ばすなぁ」

坂戸、横っちょのボタン押してみな」

土井さんに言われるがままゴーグルの横のボタンを押すと「SPD288 ALT2010」と表示される。

「うわ、ゲームみたいですね!」

「中で走ってる計算はもっと複雑だけどな」

苦笑しながら土井さんもゴーグル型のバイザーを装着して上を見上げる。

「お、紗季先輩開幕から攻めるなー」

土井さんから借りた双眼鏡で空を見上げていた永田先輩もバイザーをかける。

「あっちに赤いフラッグがあるだろ」

土井さんの指差した先にはいかにもCGといった感じの赤い旗がはためいている。

「ありますね」

十条さんはあれを取り行く」

十条さんを迎え撃とうとした敵チームの850がもう一機のゼロセブンに妨害される。

十条、そのまま突っ走れ』

さっき永田先輩をカナスケと呼んでいた上野さんの声だ。

『分かった』

十条さんの赤いゼロセブンは進路を変えることなく直進を続ける。

「もうすぐフラッグをとるぞ……今だっ!」

フラッグと十条さんのゼロセブンが重なった瞬間、ゼロセブンは鋭く急上昇し、宙返りの頂点で機体を水平に戻す。

「でた、インメルマンターン!」

「ブルーチーム、フラッグをキープ」

おぉ、と周囲の観客から歓声が上がる。

フラッグを奪われたことに気づいたのか、「RED TYPE-1 FALCO」と表示されたプロペラ機が十条さんのゼロセブンに迫る。

「あの機体、十条さんを狙ってる!」

「大丈夫、あの距離じゃ当たらん」

土井さんの言うとおり、プロペラ機が撃つペイント弾はゼロセブンのはるか下を通り過ぎる。

「ほれみろ、ガス欠だ」

やっきになっていたプロペラ機からペイント弾が出なくなり、十条さんのゼロセブンが急旋回でプロペラ機に向かい合う。

マゼンタ色のペイント弾の群れがプロペラ機に襲いかかり、ぽっと白煙を吹く。

「レッド3撃墜

『抜かれた、ヴュルガーが本陣に行ったぞ。追いつけない!』

「レッドチーム、フラッグをキープ」

「あっ、アレは」

さっき地上で展示されていた頭でっかちな機体に青い旗のマークが重なっている。

慌ててブルーチームの陣地に目を向けると十条さんと同じようにフラッグを奪ったヴュルガーが斜め旋回で自陣へ向かっていく。

旗を奪われたことに気づいたブルーチームの小型機がヴュルガーを追いかける。

小型機に気付いたヴュルガーは急上昇で振り切ろうとする。

「ヤバイな」

土井さんがつぶやいた次の瞬間、ヴュルガーはくるりと下を向き、いまだ上昇途中の小型機にペイント弾を浴びせかけた。

『ブルー1撃墜

ぽっと白煙を吹きながら小型機が離脱していく。

「あいつに縦の機動戦を仕掛けるとああなる」

「今、すごい速さで下を向きましたよね」

まるでハンマーを放り投げた時のように、ヴュルガーはストンと下に向きを変えた。

「アレはそういう機体だ。縦にくるくる回る」

『残り5分』

残り時間を知らせるアナウンスが会場に響く。

「あれ、十条さん自陣に帰らない?」

十条さんはフラッグを持っている。このまま戻ればこちらのスコアになるはずなのに、十条さんの操縦するゼロセブンは敵機のいない空域でずっと旋回を繰り返している。

十条さん、一気に抜けるつもりだね」

永田先輩はやきそばから器用に紅しょうがだけをよけながら教えてくれた。

「え、加速して抜けるならリヒートを使えばいいんじゃ?」

「バカね、紗季先輩が燃料残してるわけないでしょ、行きで殆ど使ってるんだから」

十条さんって、意外とスピード狂?」

「今気づいたの?」

不意に、十条さんのゼロセブンが旋回をやめ、急降下に入った。

迎え撃つヴュルガーも機首を上げ、ゼロセブンと向かい合う。

ゼロセブンは少し右下へ機首を振り、次の瞬間ぐるりとロールしてみせた。

「凄い、雲を引いた!」

永田先輩の言うとおり、十条さんのゼロセブンは右の翼から鋭く白い雲を引いていた。

二回、三回……ゼロセブンはロールしながらヴュルガーへ突っ込んでいく。対するヴュルガーも何度かペイント弾を発射するが、オレンジ色のペイント弾は何もない空間をすり抜けるだけだった。

ついにゼロセブンとヴュルガーはすれ違い、お互いの方へ向かって宙返りを始める。まずい、このままさっきと同じように縦の動きに乗せられたら危ない。

十条さん!」

「大丈夫」

永田先輩は落ち着いた声で俺を諭した。

ゼロセブンの背中に食らいつこうとさっきと同じようにガクンと一気に機首の向きを変えるヴュルガー、しかしその先にゼロセブンは居なかった。

「ほらね、かわした」

永田さんの言うとおり、十条さんはふわりと機体を傾けて見事にヴュルガーの一撃をかわした。

「でも、まだ後ろにつかれてます」

ヴュルガーは素早く機体を立て直してゼロセブンを追う。

坂戸くん、もしかして十条さんが後ろを取られたと思ってる?」

「え?」

もしかして、十条さんはわざと後ろを取らせたのだろうか。

「あれはな、カマをかけたんだ。ヴュルガーと縦の空戦やったんじゃ加速の鈍いゼロセブンは不利だ。でも――」

土井さんが答えを言い終わる前に、十条さんのゼロセブンの動きが変わってきた。

斜め宙返りでお互いの後ろにつこうとしていた二機の動きが水平旋回に近づいていく。

「水平旋回に引きずり込めば翼の大きいゼロセブンが圧倒的に有利!」

永田先輩が言い終わると、ゼロセブンはそれまで以上に鋭く旋回して今度は両方の翼の端から白く雲を引いた。

「後ろをとった!」

ゼロセブンの目と鼻の先には無防備なヴュルガーがいる。ペイント弾がゼロセブンの機首の下から撃ちだされ、マゼンタ色の染みがヴュルガーの角ばった主翼に広がった。

『レッド1、撃墜

実況からやや遅れてバイザーの右下に『BLUE1(NU-07) Kill RED1(Wurger)』と表示された。

『ブルーチーム、フラッグを奪還した』

隣で見上げていた大学生たちから歓声が上がる。

「だから言っただろ、フラッグ戦にはすべてが詰まってるって」

土井さんが俺の肩を叩いて親指を立てる。

『勝者、ブルーチーム!』

「うおおおおおおおおお!」

十条さんの機体がスコアを入れると後ろでさっきからバシャバシャと写真を撮りまくっていた集団から歓声が上がった。

「ビクトリーロールだ!」

この間と同じように、スコアを決めた十条さんはぐるりと優雅に機体を一回転させる。

「さすが所沢の魔女!」

歓声に混じってそんな言葉が聞こえた。なんだ、所沢の魔女って。


「流石です、紗季先輩! カッコ良かったですよ!」

試合を終えて機体から降りてきた十条さんに永田先輩が飛びついた。

「うーん、最後にぐるぐる無駄に回ったのががかっこ悪かったな」

汗で額に張り付いた前髪をかき上げながら十条さんはさっそく最後の空戦を振り返っていた。

「お疲れ様です」

「カッコ良かったぞ!」

十条さんの周りにはあっという間に両方のチームの部員が集まる。

十条さんっ! 撃墜していただきありがとうございます!」

そんなことを言い出す相手チームのメンバーまでいる始末だ。


最後の試合が終わると、朝とは逆に撤収作業が始まった。

今日で撤収するチームは慌ただしく機体の周りに集まって解体作業を始めている。

「今日はお疲れ様。機体は明日も使うからカバーだけ掛けたら終わりね」

「お疲れ様でした、紗季先輩」

うちのチームは機体が傷まないように防水用のカバーを被せるだけなので撤収作業はあっという間に終わった。

「じゃ、また火曜に」

「おつかれさま」

「すまん大山、俺はちょっと機体の記録見てくからから一人で帰ってくれ」

十条さんたち大学生チームと別れると、土井さんも俺達から離れていった。

「じゃあ、俺こっちのバスだから」

「じゃーなー」

大山も乗るバスの系統が違うのでしばらく歩いたところで手を降って土手の階段を登っていった。

坂戸はどうするの?」

バス停のある駐車場の方へ歩きながら、永田先輩が質問してきた。

「えーと、大宮駅までバスです」

「ふぅん……」

永田先輩は少し考えこんでから自転車の前に屈みこんだ。

「あの、先輩?」

俺の言葉には答えず、永田先輩は手早く自転車の車輪を止めているらしきネジを緩めていく。

「ちょっと、待ってて……いよしっ!」

「わわわ、何やってるんですか!?」

「何って、分解」

俺の見ている前で自転車があっという間に解体されていく。

「これでよし」

永田先輩は分解した自転車を袋に仕舞うと、満足げにうなずく。

「ん? どうかした?」

あざやかな手つきに見とれていると、永田先輩がこちらに気付いた。

「あ、や、なんでもないです」

「……? まぁいいけど。さ、帰ろっか」

「はい」

夕日に照らされた髪を黄金色に輝かせた永田先輩は、ちょっと可愛かった。

2013年09月17日 お待たせしました

クリアードフォーテイクオフ(第4話)

| 22:36

俺と大山が空戦競技部に入部して三週間が経ち、今日はミーティングのために部員全員と十条さんが部室に集められた。

わざとらしく咳払いしてから永田先輩は部室に集まった全員を見渡した。

「今日の議題は埼玉交流戦についてです。はい、これ一人一枚」

永田先輩は『埼玉交流戦 参加要項』と書かれたパンフレットを他の部員に配り始めた。

埼玉……どこでやるんですか?」

さいたま市飛行場

十条さんがなんのひねりもない地名を答えた。

埼玉にそんなのがあったんですか?」

「そう、大宮にね」

十条さんが言ったとおり、パンフレットの裏にある住所を見てみると飛行場の所在地は埼玉県大宮市となっている。

「確か、十年くらい前に成増の飛行場を潰すってんで公園と田んぼをならして作ったんですよね」

大山がさらに説明を加えてくれた。

「そう、それ。新入生二人は試合とか大会見たことないと思うし、それに機体の組みバラシに人が必要だから、ね」

「え、機体って分解して持って行くんですか?」

てっきりそのまま飛んで行くものかと思っていたが、違ったらしい。

「LUPは飛行場の間を無許可では飛べないから、コンテナに詰めてトラックで運ぶの」

「そうだったんですか」

「これ、ライセンス試験で出るよ」

永田先輩が付け加えてくれた。

「集合は現地で、受付の近くに8時集合ね」

「了解でーす」

「じゃあ、今日の連絡事項は以上。今日は大学が空母使ってるのでフライトもなし。解散!」

「私は次授業あるからこれで。永田ちゃんあとはよろしく」

「はい、紗季先輩もお気をつけて」

「お疲れ様でした」

「お疲れ様です」

十条さんは腰を上げ、椅子を戻して部屋を後にする。永田先輩が立ち上がって十条さんを見送った。

「うーん……」

「どうした坂戸

軽く会場へ向かうルートを検索してみたが、まずバスで板橋の駅まで行ってそこから大宮に向かい、さらに大宮駅からバスに乗らないといけないらしい。

「やっぱ三回乗り換えないとダメっぽい」

うちから使える路線は3つあるが、私鉄は長い坂を登らないと駅に辿りつけないし、地下鉄は変な方向に伸びているので大宮方面に行くには乗り換えなければいけない。

「お前んちビミョーに変なところにあるもんな」

「それいっつも言ってるんだけどな。ポチが羨ましいよ」

対する大山はもいちょっと交通の便のいいところに住んでいる。

「土井さんはどうやって行くんですか?」

荷物をまとめている土井さんに大山が話しかけた。

「親父の車に乗っけてもらうかな。機材も載せるから一人しか乗れないが」

「俺も乗っけてってもらっていいですか?」

「あぁ、伝えとく」

「あざーっす!」

大山は大げさに土井さんに頭を下げた。

「あ、いいなぁ」

「わりぃな、坂戸


そして迎えた当日、俺は眠い目をこすりながらバス停に立っていた。連休中夜更かしをしすぎたせいか、まだ頭がぼうっとしている。

「ふぁわ、ねみ……」

6時台のバスで移動しないと集合時間には間に合わない。

ポケットから出した携帯で時間を見ると、バスの到着まではまだ15分近くあった。連休のど真ん中ということもあって今朝は車も少ない。

ふいに、甲高いエンジン音が聞こえた。音のする方を振り向くと、白いバイクが遮るもののない道路を駆けていた。

最近よく聞く音といえばLUPの金属的なモーター音ばかりだったから、逆にバイクの爆音が新鮮だった。

「すげぇ……」

気づくと俺は、赤信号で停まったバイクに思わず見惚れていた。

鋭角的な白いカウリングに覆われた、黒光りするエンジンとそこから伸びる排気パイプはジェット戦闘機を思わせる。跨っているライダーも白いヘルメットに黒いジャケットと、サイボーグ兵士のようないかつい装備に身を包んでいる。

こちらの視線に気づいたのか、ライダーは俺の方に顔を向けた。玉虫色のバイザーのせいで表情をうかがうことはできない。

ライダーはエンジンを止めてバイクを路肩に寄せるとつかつかと俺の方に近づいてきた。

慌てて視線をそらす俺の方へ、ライダーはバイザーにギラギラと朝日を反射させながら無言で距離を詰めてくる。

「え、あ、すみません、かっこいいバイクだなって……」

じっと見ていたのが気に入らなかったのだろうか。

坂戸くん?」

十条さん、なんで!?」

ライダーがバイザーを開けると、中から見慣れた顔があらわれた。

「なんでって、バイパス通るから。坂戸くんは?」

「えぇと、バス待ちです」

「ふぅん……乗ってく?」

十条さんは少し考えこんでからバイクを指さした。

「いいんですか?」

十条さんは自分のヘルメットを外すと俺にそれを被らせる。

「はい、かぶって」

「あ、はい」

ヘルメットの中は汗と、少し甘い化粧品の匂いが残っていた。

「でも十条さんは……?」

まさかノーヘルでこのごついバイクに跨るつもりなんだろうか。

「ホントはいけないんだけどね」

おっかない言葉を呟きながら十条さんはバイクの後部座席に括りつけていたバッグを外し、中をごそごそと探る。

オリーブグリーンのヘルメットを取り出すした十条さんはそれを被った。

「あの、どこに捕まれば」

「ハイ、これ握って」

いつの間にか腰に幅広のベルトを装着した十条さんはベルトから生えているグリップを握ってみせた。

「で、これをわたしの背中と坂戸くんのお腹の間に挟んで」

ヘルメットがなくなってだいぶ縮んだ荷物を俺に渡すと十条さんはバイクに跨ってキーを差し込む。

「こうですか?」

「いいよ、ちゃんと掴まってね」

俺がしがみついたのを確認し、十条さんはキーを回してレバーを蹴り、エンジンを始動した。

硬いシートがブルブルと震え始める。

十条さんは何度かスロットルを開き、エンジン音をおんおんと響かせる。

「操縦系、エンジン、前方、後方……準備よし。行くよっ!」

「ひゃあ」

エンジン音が高鳴り、俺はぐっと背中を引っ張られるような感覚に襲われた。振り落とされないようにグリップをきつく握りしめる。

十条さんの肩越しに前を見ると、進路上の信号は全て青だった。

「飛ばすよ!」

さらにエンジン音が大きくなり、シートから伝わる振動が強くなる。

「高速乗るんですか?」

バイパス通るだけ」

十条さんの運転するバイクは高速道路の高架をくぐり、LUPに乗っている時と同じように車体を傾けながら右折した。

上を見上げると『新大宮バイパス』と書かれた看板が流れるように頭上を飛び越えていった。

「どう、坂戸くん。私の『ニンジャ』は?」

高速道路に並んで走る橋に差し掛かったところで、十条さんは少しスロットルを緩めて質問してきた。

「飛んでるみたいですね!」

「良い返事。じゃ、飛んでみよっか?」

エンジン音にかき消されないよう大声で答えると、十条さんは満足気に頷いた。

「えっ? うわわわわわ!?」

十条さんがスロットルを開くとエンジンの音がさらに力強くなり、目の前から道路が消えた。

正確には、十条さんと俺の乗ったバイクが前輪を宙に浮かせて走っている。

「動かないで」

慌ててグリップを握り直そうとする後席の俺を諭すと、十条さんはゆっくりと持ちあがった車体を水平に戻した。

「お、おぉぉ……」

「どう?」

前輪を道路につけると、十条さんがチラリとこちらを振り向いて質問してきた。

「めっちゃ、怖かったです」

「ふふっ」

不敵に笑った十条さんの表情は玉虫色のバイザーに阻まれて見ることができなかった。



十条さんと何度か信号待ちの合間におしゃべりをしていると、いつの間にかバイクは幹線道路を外れて田んぼの中を走っていた。

「こんなところに飛行場があるんですか?」

「あるよ」

土手の頂上までバイクが駆け上がると、予想していた以上の景色が広がっていた。

「すごい、あんなにLUPがいる!」

河川敷の中ほどを切り開いた飛行場には、十機以上の色とりどりに塗装されたLUPが翼を並べていた。

「今日は交流戦だからいないけど、関東大会のときはテレビ局も来るよ」

「そうなんですか」

見下ろすと、大型トラックや自家用車が駐車場に何台も止まっていた。十条さんは駐車場の手前の自転車置き場でバイクを止めた。

「はい到着。ここがさいたま市飛行場

「あ、足が……」

ずっと足に力を入れていたせいで地面に足をついた時よろめきそうになった。

「もっと力抜いておけばよかったのに」

俺がヘルメットを返すと、受け取った十条さんは苦笑しながらそれをバッグに仕舞う。

ちょうどその時、十条さんの携帯が鳴った。十条さんはポケットから携帯を引っぱり出すと電話に出た。

「もしもし、土井さん? 今何処? あれ、もうついてたの?」

どうやら電話の相手は土井さんらしい。十条さんは肩で電話を押さえながら手でここで待つよう俺に伝える。

「今そっちに行くから……うん、わかった。永田ちゃんにはメッセージ送っといて」

「土井さん、なにか言ってました?」

「さっき大山くんと着いて、今トイレに行っててすぐこっちに来るって」

「トイレ?」

「あっちのトイレだと思うけど……あ、来た」

公衆トイレを指さした十条さんの視線の先にこっちへ歩いてくる大山と土井さんの姿があった。

「お、おごご、おはよう」

大山は左手で尻をさすりながら右手を振ってきた。

「ポチ、どうした?」

「ケ、ケツがいってぇ……」

「車出すはずの親父が二日酔いでぶっ潰れててな。とりあえずカブで来た」

土井さんの視線の先にはスクーターがあり、その荷物スペースには取ってつけたように座布団がゴム紐で括りつけられていた。

どうやら大山はあの座布団に乗ってここまで運ばれてきたらしい。

十条さんは自分のバイクか」

「そ」

愛車の横で荷物を整理する十条さんを一瞥して土井さんが言った。

「お前結局何で来たんだ?」

「あぁ、十条さんのバイクに乗せてもらったんだけどめっちゃ気持ち……」

「な、なにいいい!?」

俺が答えを言い終わる前に大山の表情が変わった。

「な、なんだよ、脅かすなよ」

「お前、十条さんにしがみついたのか!? 胸は触ったのか!? モミモミしたのか!?」

手で柔らかい物を揉むジェスチャーをしながら大山が迫ってくる。

「触んねぇよ! アホか!」

鼻息あらく睨みつけてくる大山を軽く突き飛ばす。

「まぁ、アレは中にプレート入ってるけどな」

ぼそっと土井さんがツッコミを入れる。

「もー、せっかく面白くなってきたのにタケちゃんはすぐネタバレしちゃうんだから」

「ぎょわっ!? いや十条さん、なんでもないっす!」

ようやく十条さんの視線に気づいた大山が慌てて気をつけの姿勢をとる。

「大丈夫、坂戸くんは乗ってるとき気持ちよさそうだったしね?」

坂戸、てめぇやっぱ許さん!」

大山はさっきよりも険しい表情で俺の首を締めてくる。

「あばばばば、ちげーよ誤解だって」

「ひゃー、お待たせっ!」

俺と大山がもみ合っていると、目の前にキュッと子気味の良い音を立ててターコイズブルー自転車が止まった。

「何やってんのアンタ達、ホモ?」

自転車から降りた永田先輩は、俺と大山を見るなりそう言った。

ホモじゃねぇし!」

さすがにホモ扱いは嫌なのか、大山は俺の首から手を離した。

「おはよ、永田ちゃん。やっぱり自転車で来たんだ」

ごつい格好の十条さんとは対照的に、永田先輩はぴったりと身体に密着する薄手のサイクルジャージを着ていた。

「うちからだとコイツのほうが早いですから……これでよし、と」

ぽんぽんとシートを叩いた永田先輩は手近なガードレールにワイヤー錠で自転車を縛り付けた。

「全員集まったし、機体組みを手伝いに行こうか」



駐車場の奥には大型トラックが何台も止まっていて、その奥では何機ものLUPが組み立てられているところだった。

「いよーぅ、十条。こっちだ!」

十条さんに気付いたのか、とてもガタイのいいお兄さんが日焼けした腕を大きく振りながらこっちへ走ってくる。

「お、カナスケは今日も御機嫌斜めか」

「うっ……」

ガタイのいいお兄さんに気づいた永田先輩は、さっと十条さんの背後に隠れる。

「ダメよ上野君、あんまりいじめたら後ろから撃たれるから」

「カナスケ?」

十条さんと永田先輩のどちらを指しているのだろうか。

「かなで、だからカナスケらしい」

土井さんが小声で教えてくれた。

「相変わらず嫌われてんなぁ。そっちは新入生?」

上野さんは

「あ、はいっ! 坂戸健一です。こっちはポチ……じゃなくて大山

「どうも、大山です。よろしくお願いします」

大山も頭を下げる。

「こっちは大学空戦競技部の上野さん。君たちの大先輩」

「よろしくな」

俺と大山の肩をポンと叩くと上野さんは十条さんに顔を向けた。

十条、こいつら機体組んだことある?」

「ないよ」

十条さんは長い髪を揺らして首を横に振った。

「んじゃ新入生諸君、機体をぶっ壊さにように十条とカナスケの言うことをよく聞くこと」

「よーし、んじゃ開けるぞ。高校生は下がってろ」

上野さんがコンテナの扉を開けると、中にはバラバラになったゼロセブンが収まっていた。

磨き上げられた白い機体が朝の日差しを受けてキラキラと輝いている。

「こんなふうに運ぶんですか」

「そうだよ。といっても左右の翼と胴体と尾翼の四つしか部品無いけどね」

永田先輩が教えてくれた。

「ゼロセブンはかわいい方だ。翼銃なんかがついてたら手間が増える」

「よ、よくじゅう?」

また聞いたことのない単語が土井さんの口から出てきた。

「翼にペイントマーカーつけてるってことだ。翼に銃で翼銃」

「あぁ、なるほど」

俺と大山はふむふむと土井さんの説明に頷く。

「850もゼロセブンも、ペイントマーカーは機首にしかついてませんよね」

「ゼロセブンにも翼銃は付けられるけど重いわ旋回性は落ちるわでつければいいってもんじゃないんだ」

「たしかに、そう言われてみれば」

この間運んだゼロセブンマガジンだけでも結構な重量があったから、ペイントマーカー本体も合わせれば結構な重さになりそうだ。

「あと、そこのトリガーハッピーが調子に乗ってバカスカぶっ放して弾代がひどいことになる」

「……ちゃんと稼いでるよ、弾代くらい」

隣の永田先輩はふてくされた表情を浮かべながら土井さんから視線を逸らした。

引きずるような音とともにゼロセブンの白い胴体がコンテナから引き出され、太陽の光を浴びてキラキラと輝いた。

「おーいそこの……坂戸十条と一緒に尾翼運んでくれ」

上野先輩に指名されたのは俺だ。

「は、はいっ」

「こっち」

手招きする十条さんに続いてコンテナの中に入る。

コンテナの中は薄暗く、ほこりっぽい臭いがした。

「気をつけてね、とっても繊細だから。そこ支えて」

指示されたところを両手で支えると、十条さんは手早く固定金具を外して俺が支えているのと反対側に手を添えた。

「よし、ゆっくり下ろして抱えるよ。せーのっ」

ゼロセブンの尾翼は意外と軽かった。部室で講義してくれた十条さん曰く、プラスチックよりも軽いハニカムペーパーを使っているらしい。

「よいしょっと」

前縁に手をかけて十条さんと二人で尾翼を抱える。

「やっぱり男の子は力あるね。水平に戻すよ。前と後ろを肘で抑える感じ。そうそう、そのまま」

尾翼を落とさないように上下の両側を包むように持ちってゼロセブンの後ろから近づく。

「はい」

十条さんの合図でゆっくりと台形の尾翼を水平に戻す。

「こっちだ、ゆっくり、ゆっくり……坂戸、もうちょい上に上げろ、いや、行き過ぎだ。OKそのまま降ろせ」

「あの金具に尾翼の先端のフックを付けるの」

言われてみると、U字型の金具がゼロセブン垂直尾翼の付け根にあるのが分かった。最後は上野さんが尾翼の先端を掴んで固定金具にゆっくりと尾翼を差し込んでくれた。

「尾翼ロックピンつけたぞ!」

「ロックピン確認! 離していいぞ」

大学生のひとりが尾翼にL字型の金具を差し込み、上野さんが指差し確認する。

「アレつけないと飛んでる時に尾翼が吹っ飛ぶんだ」

「へぇ……」

機体から離れた俺に上野さんがおっかないことを吹き込んだ。

飛んでいる時に尾翼が取れるとどうなるのかは想像しないでおくことにした。

「野田ぁ、右翼出していいよな?」

「オッケーっす」

「よしカナスケ、右翼出すから手伝え」

もう一機のゼロセブンを並行して組み立てていた大学生に確認を取ると、上野さんはコンテナからペイント弾用のマガジンを抱えて出てきた永田先輩に声をかけた。

「うっ……わたしですか?」

上野さんに指名された永田先輩のポニーテールがびくっと震える。

「返事は?」

「は、はいっ!」

大声で呼ばれ、永田先輩は飛び上がった。

大山くんと坂戸くんは左翼を手伝ってくれる?」

「はい!」

「わかりました」

興味深そうにゼロセブンの胴体を見学していた大山にも十条さんから声がかかった。



ゼロセブン二機の組み立てが終わると、再び全員に集合がかかった。

「いやぁ、高校生の皆もお疲れさん。俺らは第二試合だから応援よろしく、十条も出るぞ」

俺たちにねぎらいの言葉をかけた上野さんは隣に立つ十条さんの肩をぽんと叩いた。

「一年生も朝早くからご苦労様。あっちに地上展示の機体があるから見てくるといいよ。土井さん、色々教えてあげて」

「うっす」

土井さんは十条さんの指示に頷く。

「わたしはちょっとご飯買ってくるから、土井さん、一年生よっろしくぅー!」

俺達のグループから離れ、永田先輩は滑走路とは逆方向へと走りだした。

「あ、永田のやつ逃げやがった……ま、いいか。ヒコーキ見に行こう」


(後編へ続く)

2013年05月28日 おまたせ

ドッグファイト(第3話)

| 21:55

「終わりましたァ!」

「あ、おれも」

「ん、見して」

ほぼ同時に俺と大山はテストを解き終わり、解答用紙を土井さんに渡した。

ちなみに永田先輩の言った通り『この動物の名前を答えよ』という飛行機や部活と全く関係のない問題が出題された。

設問のイラストはどう見ても犬だったが、何となく尻尾が膨らんで見えたので『キツネ』と答えた。

ちなみにこの問題、配点が25点という一番配点の高い問題だった。

土井さんは模範解答と俺の回答をつき合わせて採点していく。

坂戸、80点。操縦系がちょっと怪しいな」

解答用紙を受け取ると、土井さんと十条さんの出題した問題で二つずつ答えを外していた。

「はぁーよかった」

100点満点のうち25点が例の犬にしか見えないキツネの問題だから、それは正解したということになる。

大山、70点。最後の問題で単位にメートルがついてない。あとこれはキツネだ」

「えぇーっ!?」

頭を抱える大山

「お前、あの問題なんて答えた?」

「タヌキだろ」

「俺は最初犬かと思ったけどキツネって答えた。土井さんにはなんに見えますか? これ」

「アライグマ」

確かに、頭だけを見るとアライグマに見えなくもない。

「お待たせー、差し入れにジュース買ってきたよー……お? どう? 土井さん、今年の一年は」

解答用紙の前で男子三人が頭を抱えていると、コンビニの袋を抱えた永田先輩が部室の扉を開けた。

「まずまずってとこだな。あとこれはどう見てもアライグマだろ」

「えー? やだなぁ土井さん。坂戸くんはちゃんとキツネって答えてるじゃん」

俺の解答欄を指さし、得意げな表情をする永田先輩。

「一度『犬』って書いて消したあとが見えるぞ」

土井さんの鋭いツッコミ。

「まぁ、テストはマニュアル読んでもらうためのものだから、ね?」

十条さんの鶴の一声でその場は収まり、

「さて、今日は紅白戦をやるよ」

「よしキタっ!」

永田先輩は目を輝かせ、ガッツポーズまでして喜ぶ。

坂戸くんは私の後ろ、大山くんは永田ちゃんの後ろね」

「あの、十条さん」

「紅白戦って、どこでやるんですか?」

まさか今から所沢まで行くのだろうか。

「ん? 屋上だよ?」

十条さんは天井を指差す。

「屋上? ここのですか?」

「いや、大学」

まさか、大学のキャンパスには滑走路まであるのか。

「いや、正確には空母……かな?」

空母って、あのヒコーキがいっぱい甲板に並んでるやつ?」

いつだったか大山が学校で読んでいた軍事雑誌に乗っていた海軍の空母の姿を思い出す。

「ま、並ぶって言うほどうちに機体はないけどね」

自嘲気味に永田先輩が付け加えた。



「すげぇ、本当に空母だ!」

階段を登った大山が周りを見渡す。

「うおぉ!?」

大きな建物だと思っていたが、実際に来てみると驚くほど広かった。

端から端まで100メートル、いやそれ以上あるだろうか、左右の幅も20メートルはありそうだ。

「これが大学の17号館、そして私たちの滑走路」

「本当だ!」

大山の指差す先には永田先輩の言ったとおり本物の滑走路のように白線が引かれている。

「全長150メートル、幅は30メートル。ちょうど護衛空母と同じくらいの面積だな」

階段を登ってきた土井さんが肩にかけていた荷物を下ろした。

「ってことはもしかしてあそこにあるの、防護ネットですか?」

大山は緑色のネットを指差す。

「正解。ただしあれ使ったら機体が傷つくから一回1万円の罰金ね」

永田先輩はしれっととんでもない金額を口にした。高校生にとっては大金だ。

「い、いちまんえん……」

そのインパクトに大山がたじろぐ。

「大丈夫大丈夫、男の子ならドカチン一日やれば稼げるから」

「うちの工場でもいいぞ」

土井さんも名乗りをあげる。

「土井さんの工場?」

「あぁ、倉間金属って金属加工とかやってるんだ」

「通称くらま鉄工所。うちも補充部品とかをお願いしてるの」

「どんなのを作ってるんですか?」

大山は何か気になったのか、更に質問を重ねる。

「デカイのだと昔は爆撃機のカウリングとか爆弾架とか作ってたらしい。最近は精密機器とか医療機器用の加工が多いな。そうそう、ちょっと前までは猟銃のライセンス生産もしてた」

「猟銃まで……」

もはや金属ならなんでもいいのだろうか。

「あぁ、頑丈で信頼出来るってんで中古品も人気で『新品を買ってくれ』って親父が酒飲むたびにうるさいんだ」



「よっこらせっと」

土井さんが屋上の倉庫から頑丈そうなプラスチックケースを取り出す。

「それ、中身なんですか?」

「ペイント弾」

ペイント弾は空戦競技部に欠かせない消耗品の一つで、中には高性能センサーと高度計、そして水性塗料が詰まっている。

「そんなに厳重に扱うんですか?」

「あぁ、日光に弱いからな」

土井さんはプラスチックケースの鍵を開け、黒い筒をケースの中から取り出して端や突起部分を点検すると、今度は牛乳パックのような容器を取り出して俺に見せてくれた。

「こっちがマガジンで、ペイント弾がこれ」

「意外と軽いんですね」

牛乳パックのようなパッケージには『12.7mm(cal.50)Standard Paintball』と書かれている。

「それで500発入りだ。いくらだと思う?」

「1500円くらいですか?」

「これな、一本五千円」

「ひょえぇ!?」

値段のインパクトに思わずパッケージを取り落としそうになった。なんとか体勢を立て直し、土井さんに返す。

「無駄撃ちしたり潰したら一発50円の罰金な」

土井さんは笑いながらパッケージを開け、じょうごのような部品をマガジンにつないでペイント弾を2パック分流し込む。最後に何かのロックを解除するとペイント弾の詰まったマガジンを俺に手渡した。

「永田んとこに持ってっといて」

大山と一緒に機体を点検している永田先輩を顎で指した。

「はい」

ペイント弾の詰まったマガジンは思ったより重い。一升瓶くらいの重さはあるだろうか。

「永田先輩、土井さんがこれをもってけって」

「お、きたきた」

マガジンを受け取った永田先輩はそれを取り付けにかかった。

この間操縦席にあった黒い筒はどうやらこのマガジンだったらしく、永田先輩はもとからついていた方のマガジンを取り出して俺に手渡した。

マガジンを抱えたまま永田先輩の指示を待っていると、土井さんがもう一本装填の終わったマガジンを持ってやってきた。

「さて、今日はいくら溶けるかな」

「大丈夫、春休み必死にバイトしたから今ならSRFだってバリバリ撃てちゃうよ」

SRFの意味はわからなかったが、ペイント弾かマガジンのどちらかに関係する部品の名前なことは文脈から伝わってきた。

「お、十条さん来た!」

モーター音のする方に目を向けると、風防を上げたゼロセブンに乗った十条さんが手を振りながらやってくるところだった。



両方の機体の準備が終わると、全員に集合がかかった。

「さて、部室でも言ったとおり今日は紅白戦の練習をやります。まず機体は私が850、永田ちゃんはゼロセブン

十条さんがホワイトボードに書かれた表記を指差す。

「え、十条さん、わたしがゼロセブンに乗っちゃっていいんですか?」

「今日の搭乗割りは永田ちゃんにゼロセブンの機体特性を知ってもらうため。土井さんは悪いんだけど地上支援ね」

「ん、了解です」

「あの、十条さん」

「僕達は何をすれば……?」

俺がおずおずを手を挙げようとすると、先に大山が口を開いた。

「ん? あぁ! ごめんごめん。二人は後席に乗って空戦がどんな感じか知ってもらうよ」

ちょっと考え込んでから十条さんは思い出したように手を叩いた。

「じゃあ紗季先輩、体験搭乗のときと逆でいいですか?」

「そうね、坂戸くんは私の後ろ、大山くんは永田ちゃんの後ろね」


数分後、機体にショックコードとワイヤーが取りつけられ、十条さんがキャノピーを閉じる。

「前席ロック」

「後席……ロックしました」

キャノピーのロックレバーをロック位置に倒したことを十条さんに伝える。

「ロック、だけでいいよ。長いし」

「プルバック開始」

無線越しに土井さんがそうコールすると機体がガクンと揺れ、後退を始める。機体のテールにつながったワイヤーをウインチで巻き取り、ちょうどパチンコで手前に向かって引いている状態だ。

「850、複座、ショックコード発航」

「行くよ、坂戸くん」

モーターの音が甲高くなる。

「はい!」

十条さんがスロットルレバーの横にあるノブを引くとショックコードの弾性で機体が一気に加速し、背中をシートに押し付けられる。

街の景色を見下ろしながら機体はどんどん上昇を続ける。

「850、第一旋回。ギアアップ」

「850離陸確認」

土井さんとのやり取りのあと、機体は左旋回しながら上昇していく。

「どう、上から見ると結構いい景色でしょ?」

何かのクランクを回しながら十条さんがこちらを振り返った。

「なんというか、凄いですね……」

所沢と違って緑は少ないが、遠くの高層ビル街もはっきりと見える。

「でしょ?」

クランクを回し終えた十条さんは満足げに笑ってハンドルを畳む。

「850、第二旋回」

もう一度機体を左旋回させると、十条さんはこちらを振り向いた。

「じゃ、操縦してもらおうかな」

「えっ、あの」

「大丈夫、危なくなったらすぐ私が操縦するから」

「はい……」

「じゃあまずはピッチ、操縦桿をゆっくり手前に引いて」

離さないようぎゅっと握った操縦桿を手前に引く。

「はいオーケー。一旦水平に戻すね。次は前に倒してみて」

言われたとおり操縦桿を倒すと、すっと機体が下を向く。

「うわ、わ」

地面が視界いっぱいに広がるこの光景は、やっぱり心臓に悪い。

「はい、戻すよー」

十条さんが機体を立て直し、俺は深呼吸して心を落ち着ける。

「次はロール……の前に一度旋回させるね」

十条さんは機体を大きく傾けて右旋回させる。

「次は操縦桿を左に」

言われたとおり操縦桿を倒すと、すっと機体が左に傾いて左にずれ始める。

「はいオーケー。一旦水平に戻すね。次は右」

十条さんが操縦桿を握り、機体の姿勢と針路を元に戻す。

左に傾けた時と同じように機体は右斜め下にずれるように滑る。

「うん、いいね。最後はラダーをやってみようか。ペダルに足は届いてる?」

「届いてます」

「まず左から、ゆっくり踏み込んでみて」

左のペダルを踏み込むにつれ、機体の向いている方向が左にずれる。

「離して」

「うわっ!?」

これまでの舵は離しても十条さんが触るまで機体の姿勢は変わらなかったが、ラダーだけはすぐに進行方向に向き直った。

「不思議でしょ。右もやってみて」

「やってみます」

右のペダルを踏んだ時もさっきと同じように足を離した瞬間に機体の向きが元に戻り始める。

「ラダーはずっと踏んでれば左右に機首を振れるけど、ちょっと踏んだだけだと一時的に向きを変えるだけで進む向きは曲がらないの」

「うーん?」

いまいち十条さんの言いたいことがわからず、首を傾げる。

自転車とかバイクも、曲がるときはハンドルを曲げるだけじゃなくて体を傾けるでしょ? あれと同じ」

「ゼロセブン、複座、ショックコード発航」

俺がひと通り舵の動かし方を練習し終わる頃、ノイズ混じりに永田先輩の声が聞こえた。下を見下ろすと、もう一機のLUPが俺達と同じように屋上から打ち出されるところだった。

「永田ちゃんがこの高度に上がってくるまでもう少しかかるから、もう一度舵の使い方を練習してみて」


「じゃあ行きますよ、沙季先輩」

「どうぞ」

永田先輩の乗ったゼロセブンとすれ違うと、すぐに十条さんは手前右に操縦桿を引いて期待を斜め上に旋回させながら上昇させる。

永田先輩のゼロセブンはそのまま高度を保って旋回する。

「レディ、ファイッ!」

無線越しの土井さんの合図で2機のダンスが始まった。

二回目にすれ違った時、十条さんは一瞬だけトリガーを引くとその後は最初と同じように斜め上に旋回しながら上昇する。

ゼロセブンはくいっと急旋回し、こちらに向けてペイント弾を撃ってくる。

「ダイブするよ、しっかり掴まって」

十条さんは一気に操縦桿を押し込む。

「うわっ!?」

さっきまで青空だった目の前の景色が灰色と緑の町並みに変わり、投げ出されるような感覚と共に速度計の表示がどんどん増えていく。

「うわ、わ……」

地面が視界いっぱいに広がり、ぶつかるんじゃないかという恐怖が心の中に広がる。

「大丈夫、落ち着いて。まだ5000だから」

「ご、ごせん?」

機体はがたがたと震え、風切り音がごうごうと聞こえる。

操縦席のすぐそばをオレンジ色の塊が通り過ぎる。

「な、何か鳴ってますよ?」

「気にし、ない!」

甲高い警告音と共にモーターの音が低くなる。十条さんは更にスロットルレバーを押しこみ、操縦桿を少し倒す。

機体の左側に投げ出されるような感覚。再びモーター音が大きくなる。

「おわわわわ!?」

「うるさい!」

高度計の針がすごい勢いで反時計回りに回っている。表示が3000を切った所で十条さんは操縦桿を引いた。

今度は座席に押し付けられ、声を出すことも出来ない。というより、今度なにか喋ったら十条さんが本気で怒りそうなので何も言えない。

十条さんは時折後ろを振り向くが、俺ではなくさらにもっと後ろに意識を向けている。

「やっぱりリヒートのあるあっちのほうが速い……坂戸くん!」

「は、はい!」

「真後ろにつかれたらすぐに言って」

「わかりました」

後ろを振り返ると、翼の端を赤く塗ったゼロセブンが上昇してこちらを追ってくるのが見えた。

「真後ろです!」

十条さんは小さく頷き、モーターの回転数を落として機体を鋭く旋回させた。

「くぅっ……」

真後ろに見えていたゼロセブンの位置がどんどん上にずれていき、真上に、そしてついに目の前になる。

こちらの機首から撃ち出されたペイント弾がゼロセブンの尾翼をかすめる。

僅かに左右に翼を振ってかわしていたゼロセブンがふっと視界からかき消える。

「消えた!?」

「違う、逃げただけ」

十条さんは周囲を見渡してゼロセブンの姿を探す。

「いた、二時方向」

十条さんが機体を僅かに右旋回させると、逃げるように加速していくゼロセブンの後ろ姿が見えた。

「逃げられちゃいますよ」

「大丈夫、すぐ息切れする」

十条さんの言ったとおり、こちらを引き離していたゼロセブンとの距離が変わらなくなった。

「ほらね」

振り切れないと悟ったのか、ゼロセブンはぐっと機首を引き起こす。機体の角度はどんどん増え、ついに垂直になる。

「宙返り……違う、これは……」

そのまま引き起こしを続けたゼロセブンは宙返りの頂点で姿勢を水平に戻し、こちらに機首を向ける。

「インメルマン・ターン!」

十条さんがそう叫んだ瞬間、ペイント弾が機体を叩き、ゼロセブンと俺の乗った機体がすれ違う。

「土井さん、判定は?」

「850、右翼にクリティカルヒット」

少しノイズの乗ったスピーカーから土井さんの冷静な声が流れる。

「キルじゃないのね?」

「クリティカルです」

確かめるように頷くと、十条さんは機体を垂直に傾ける

「よしっ!」

十条さんは操縦桿を目一杯引いて、ゼロセブンの背後を取る。

こちらを落としたつもりでいたのか、悠々とまっすぐ飛んでいたゼロセブンは慌てて旋回で逃げようとするが、こちらの近づくほうが早い。

僅かな反動とともにペイント弾の一群がゼロセブンに襲いかかり、マゼンタピンクの花が白い機体に次々に咲く。

「ゼロセブン、キル。試合終了」

結局、十条さんがトリガーを引いたのはたった二回だった。

「ゼロセブン、先に着陸します」

試合前とは打って変わって低いトーンの永田先輩の声。今日の訓練が模擬戦だと知ったときはあんなに楽しそうだったのに。

「ちょっとやられすぎちゃったかな?」

十条さんは自省するように呟く。

「やられすぎちゃった……?」

やりすぎちゃった、なら分かる。でもどうして『やられすぎちゃった』になるんだ?

「ボコボコにしてもよかったんだけど、あの子ゼロセブンは不慣れだしこれくらいハンデあげないとね」

――もしかして、十条さんは手加減してわざと永田先輩に撃たれた……?

「え、それって……」

「ゼロセブンを収容しました。ランウェイクリア」

答えを聞き出す前に地上の土井さんから無線が入った。

「了解、850着陸します。ギアダウン」

機体を旋回させ、大学の建物と機体の進路が重なると十条さんはロックレバーを解除して脚が降ろす。

「850、パス角が高すぎます」

「850、ゴーアラウンド」

十条さんは再びスロットルを入れて機体を上昇させる

坂戸くん、ちょっと揺れるよ」

「大丈夫です」

飛行中はさんざん揺らされていたから、今さらちょっとやそっとの揺れでは動じない。

と、思った次の瞬間、天地が逆になった。

「うわぁぁっ!?」

「やっぱりこれやらなきゃね」

機体を水平に戻した十条さんの声は楽しそうだった。



「フックダウン」

もう一度大きく一周して"空母"を正面に捉えた機体はゆっくりと降下していく。"空母"の上にはいつの間にか緑色のネットが張られていた。

「よっ……っと」

接地してすぐに減速が始まり、驚くほど短い距離で機体は停止した。

「ふぅ……着艦成功、っと。キャノピー開けるよ」

「はい」

ロックを解除し、透明部分に触らないようフレームについたハンドルを握ってキャノピーを開く。

「あぁー気持ちよかった!」

機体から降りた十条さんは髪をまとめていたゴムをほどく。長い黒髪が風に吹かれてふわふわと揺れた。

「お疲れ様です。見事なビクトリーロールでした」

土井さんが機体に駆け寄ってきた。

「永田ちゃんは?」

「泣きながらゼロセブン拭いてます」

土井さんが指差した先では大山と永田先輩がゼロセブンについたペイント弾の跡を拭きとっていた。

「どうだ坂戸、初めてのドッグファイトは」

土井さんは俺に目を向けて質問してきた。

「なんか、凄いっていうか、えぇと……上手く言葉にできないです」

「はは、そんなもんだよな」

土井さんは苦笑しながら機体の後部にまわり、何かの部品のロックを解除した。

「アレスティングフック、外しました」

「じゃ、いったん機体を引っ込めるよ。そーれっ!」

十条さんと土井さん、そして俺の三人で機体を押す。


ゼロセブンの隣に機体を押し込むと、沈んだ面持ちでバケツを持った永田先輩がこちらへ近づいてきた。

「負けた方は勝った方の機体も拭くんだ」

永田先輩に聞こえないよう、土井さんが小声で説明してくれた。

「手伝った方がいい……ですよね?」

「あぁ、ポイント稼いどけ」

土井さんはそう言って俺の背中を押した。

「手伝います」

「……ありがとう」

永田先輩は予想以上に落ち込んでいた。

「落としたと思ったのに」

「まぁ、そういうこともありますよ」

とりあえず、これ以上永田先輩が傷つかないよう慎重に選んだ言葉をかける。

「照準線もバッチリ重なってたのに!」

機体を叩こうとした永田先輩は翼に拳が当たる直前に思い出したように手を止めた。

「あの、えーっと……」

「あの距離、あの角度で撃ちこんだら撃墜確実だったのに!」

「まだまだね、永田ちゃん」

「紗季先輩……」

永田先輩の表情がバツの悪そうな顔に変わった。

「永田ちゃん、トリガーをずっと引いてたでしょ」

「引いてましたけど……」

十条さんから顔をそらしてふてくされる永田先輩。

「ゼロセブンに装備されてるPMG17の発射方式は何だったっけ?」

「圧縮CO2ガス」

「そのCO2ガスは何から供給されるの?」

「……っ! ボンベです」

二つ目の質問に答えた永田先輩がはっと顔を上げる。

「撃ってるとチャンバーのガスが減って弾道がしょんべん弾になるって、前にも言ったよね」

「はい……」

「そういうところもちゃんと考えて撃たないと肝心なときに撃てなくなるんだからね?」

「気をつけます……」

しゅんとする永田先輩。トレードマークのポニーテールもしょげているように見えた。

2013年04月27日 新連載、続いてます

ガンファイターヒストリー(第2話)

| 22:38


体験搭乗の次の週、俺と大山は言われたとおり放課後に空戦競技部の部室にやって来た。

「お邪魔します……」

「いらっしゃい」

部室にいたのは土井さんだけで、ほかの先輩たちはまだ来ていないようだった。

「どうも土井さん、あれ、他の人達は……?」

「永田は委員会、十条さんはまだ大学だろうな」

土井さんは読んでいた本を閉じると大きく伸びをした。

「えっ、十条さんって……大学生!?」

てっきり三年生かと思っていたが、違ったらしい。

かなり大人びた雰囲気がしていたが、まさか大学生だったとは。

「聞いてないのか?」

肩をぐるぐる回してほぐしながら土井さんが意外そうな表情を浮かべた。

「聞いてないも何も新歓のとき制服着てましたよ!?」

「まぁ、あの人も変わってるからな」

土井さんは苦笑しながら読んでいた本のページを再び開いた。ちらりと見えたページには難しそうな数式が並んでいる。

「チクショー、十条先輩と制服デートする俺の夢が!」

本気で悔しがる大山。体験飛行の時に十条さんの操縦で飛ぶことになって嬉しそうにしていたのはそういう理由だったようだ。

「お前さぁ……」

十条さんはガード固いぞ。高校の時は『鉄の女』って呼ばれたらしい」

ふわふわした感じの人だと思っていたが、案外そうでもないようだ。

「怒らせるとゴリゴリ心をえぐってくるから気をつけろよ」

――怒らせないようにしないと。

「大学の授業って何時までかわかりますか?」

大学と高校では当然ながら授業時間が違う。土井さんなら知っているかもしれないと考えて訊いてみる。

「あと15分くらいだな。委員会も多分その頃には終わってる」

土井さんは腕時計に見てそう答えた。

「半端だなぁ……」

「売店でもいくか?」

何かするには短いし、なにもしないでいるにはちょっと長い。

「あ、俺もちょうど喉乾いてたんだ」

大山と目が会い、お互いにニヤリと唇の端を上げた。こういう時にぴったりのゲームがある。

「お、やる?」

「やろう」

俺は大山の誘いに乗った。

「あの、土井先輩」

「ん」

「そこのダンボールに突っ込まれてるチラシって使ってもいいですか?」

さっきから大山が興味深そうに見ていたダンボールの中にはチラシが無造作に突っ込まれている。

「あぁ、使っていいぞ」

「ありがとうございます」

大山は机の横のダンボールから癖のついていないチラシを一枚取り、机の上に広げる。

「なに賭ける?」

「レッドイル」

大山がチラシに折り筋をつけながら演技がましく英語風に発音したのはとあるエナジードリンクのブランド名だ。

「よし、2本先取な」

「上等だ、逃げ切ってやんよ」

大山が紙飛行機を折る間に勝負の条件は次々に決まっていく。ルールは単純。片方が紙飛行機を飛ばし、もう片方が輪ゴムでそれを撃ち落とす。先に二回当てるか回避に成功した方の勝ち。

「紙飛行機……ヘソか」

土井さんは大山の作っている紙飛行機に興味を持ったのか、本をひっくり返して机の上に伏せる。

「おし、いくぞ」

「ようし来い」

俺はいつもポケットに入れている輪ゴムを指にかけ、大山視線の先に向ける。

「なるほど」

土井さんは顔をこちらに向け、これから紙飛行機を投げようとする大山と俺の手元を見比べて納得したように頷く。

「えいっ……あぁ、くそっ」

ピシッ。

大山の手を離れた紙飛行機の胴体部分に吸い込まれるように輪ゴムが当たり、紙飛行機はゆらりとバランスを崩して床に落ちた。

「ほう、軌道を読んだのか」

土井さんがぼそっと呟いた。

「まずは一本」

「次は食らわねぇ、見てろよ?」

紙飛行機を拾い上げた大山は背中で俺から見えないようにしてから翼を少しいじった。

「あ、外した!」

「必殺、クルビット機動だ」

二投目、俺の放った輪ゴムは紙飛行機のすぐ下をかすめて壁にあたった。

大山はどうだ、と言わんばかりにしたり顔で紙飛行機を拾い上げた

「ただの宙返りだろ。次は落とす」

スコアは1対1。次の一投で勝負が決まる。

大山は再び翼を弄り、右腕を振りかぶった。

「お待たせー!」

大山の手から紙飛行機が離れた瞬間、永田先輩の元気な声とともに部室のドアが勢い良く開いた。

「あっ」

紙飛行機は風圧であおられ、あらぬ方向へ流される。

「よっしゃあ!」

「いや、今のはノーカンだろ!?」

俺の放った輪ゴムは紙飛行機とは見当違いの方向の壁にあたり、床に落ちた。

「……って何してるのこの新入生たちは」

床に落ちた紙飛行機とガッツポーズをする大山を見比べ、永田先輩は怪訝そうな表情を浮かべる。

「永田ちゃん、なにしてるの?」

そこへ現れたのは十条さんだ。

「いえ、一年が紙飛行機で遊んでたみたいで」

「紙ヒコーキ?」

十条さんはドアのそばに落ちていた紙飛行機を拾い上げ、しげしげと眺める。

「へぇ……ふぅん……土井さん、キャッチ」

十条さんはひとしきり紙飛行機を観察した後、翼を少し撫でて土井さんに向かって投げる。

「ほい」

ふわふわと部室を横断した紙飛行機を、土井さんは両手で包むように受け止めた。

「土井さんならわかるはず」

「……なるほど、よく出来てる」

土井さんは前後左右から紙飛行機を眺め、感心した表情で人差し指と中指でV字を作って乗せた。

「これ、誰が作ったの?」

「あ、えっと、僕です」

作った紙飛行機をまじめに検分された大山は少し恥ずかしそうに手を挙げた。

「土井さん、評価は?」

「重心位置はもう少し前に寄せたほうがいいだろうな」

「え? あっ、はい……?」

唐突に何かアドバイスされ、しどろもどろになりながら大山は紙飛行機を土井さんから返してもらった。

「じゃ、ミーティング始めるから適当に座ってくれる?」

十条さんは皆に聞こえるようによく通る声でそう言った。

「全員揃ったかな。それでは今年度の第一回ミーティングを始めます」

部室に揃った部員を見渡して一礼すると、十条さんが口を開いた。

「じゃあ改めて自己紹介。私は十条 紗季。大学の化学科三年。大学でも空戦競技部に入ってるけど、こっちでコーチしてる時間のほうが長いかな」

十条さんが小さくお辞儀をすると、肩にかかっていた髪が一房すべり降りた。

「じゃあ新入生二人」

十条さんと目が合った。

「ええと、坂戸健一。1年A組です。まだどういう部活かよくわかってないですけど、よろしくお願いします」

とりあえず失礼のないように言葉を終えた俺は、先輩たちに頭を下げた。

「1年C組、大山 敏夫です。好きなものは戦闘機です」

「よろしくね。次、土井さん」

「ん、あぁ……俺か。土井 武、2年B組。機体整備担当。好きなのはフラッグ戦」

土井さんは静かにそう言った。

「土井さんはフラッグ戦で輝くタイプかな。たしか高校だとトップ10に入ってる」

「旗取りジャンキーなだけですよ」

土井さんが中指でメガネを上げると、レンズがギラリと蛍光灯の明かりを反射した。

最後に手を挙げたのは永田先輩だ。

「永田 奏、2年A組。敵機を追い払うの担当」

金色に染めたポニーテールを揺らし、自信たっぷりにそう言った。

「永田ちゃんは一対一だと凄い強くてね、もう食らいついたら離さないの。すっぽんみたいにね」

「紗季先輩、女の子を言い表すのに『すっぽん』ってのはどうなんですか?」

十条さんの言うとおり、永田先輩は早速食ってかかる。

「じゃあすっぽんぽんのほうがいい?」

「っ!?」

しれっと十条さんが返し、永田先輩の動きが止まった

「いや、裸で飛ぶのはさすがに危ないので靴下とパラシュートだけはつけてあげましょう」

土井さんがそう提案したが、さらにヤバさが増加している気がする。

「そうね、じゃあ永田ちゃんは今度から靴下とパラシュートだけで飛ぶように」

「な、な、な……」

顔を真っ赤にしてぷるぷると震える永田先輩。

「ど、どうしよう」

「どうするって、お前……」

俺と大山は顔を見合わせる。十条さんと土井さんの連携があまりにも華麗で俺達には入る余地すらない。

「……と、いう感じで永田ちゃんは一対一だと強気だけど一対二になるとオロオロしちゃうから試合の時はちゃんとサポートしてあげてね」

「あ、はい……」

「うぅ〜紗季先輩、酷いです……」

顔を真っ赤にしてるときの永田先輩は、ちょっと可愛かった。


自己紹介が終わると、十条さんは部室の隅に置いてあったホワイトボードをごろごろと動かして俺たちの座る折りたたみテーブルの前に持ってきた。

「今日はLUPってなんなのかを説明するから、新入生二人はメモを取っておいてね」

「はい」

「えーっとメモ用紙はどこかいな……っと!」

俺は鞄からルーズリーフを何枚か取り出し、シャーペンをノックしてメモの準備をする。

少し遅れて大山もメモ帳を取り出した。

「まずは、"LUP"ってなんなのか説明するね」

マーカーの蓋を小気味の良い音とともに外し、十条さんは説明を始めた。

「LUPは、ライトウェイトユーティリティプレーン、直訳して多目的軽量航空機。法律上は『軽量動力機』と呼ばれてるの。あ、これはライセンス試験でよく聞かれるからメモっておいてね」

「で、そのLUPを使って模擬空戦をするのが私たちのやる『空戦競技』ってわけ」

素早くペンを動かし、LUPと書いたところに矢印で十条さんがホワイトボードに書いたとおり『空戦競技』と付け加える。

「LUPは、もともと1980年台に計画された小型軽量の前線作戦支援機……要するに軍用機をデチューンしたものを民間用に売り込んだのが始まりなの」

今が2019年だから、もう30年以上前から存在していたらしい。

「これがメーカーの予想以上に売れちゃってね。ただ当時は国内にLUPに相当する規格が存在しなかったからライセンス取得が難しかったの」

十条さんはホワイトボードに楕円を上下に三つ描き、上の楕円に『モーターグライダー』下の楕円に『超軽量動力機』と書き入れた。

「そこで、世界航空連盟が規格を策定して各国にガイドラインを示し、国内でも超軽量動力機とモーターグライダーの中間に『軽量動力機』という新しい規格ができた、というわけ」

十条さんはマーカーのキャップを再び外し、何も書かれていなかった真ん中の楕円に『LUP』と書き込んだ。

「昔は小型ジェットエンジンやピストンエンジンを使っていたんだけど、最近はもっぱら電気モーターを使ったダクテッドファンやプロペラ推進が主流かな」

「この間見たのはプロペラじゃなかったですよね」

質問したのは大山だ。この間乗った機体も、外から見える部分にはプロペラはついていなかった。

プロペラが外にあるとやっぱり危ないから、練習機はだいたいダクテッドファンかな」

「それとペラ付きは変速機を噛ますからどうしてもそこが摩耗するんだ」

今まで黙っていた土井さんが口を開いた。確かに、プロペラがものすごい勢いで回転しているのは想像しただけでぞっとする。

「武蔵野航空機なんかはあえてペラ付きで、大昔のレシプロ機を再現してるの。たとえば『タイプゼロ』とか『マーク43』とか」

「武蔵野? 国内にもあるんですか?」

ふと浮かんだ疑問を口にする。

「土井さん、日本には今何社あったっけ?」

「マイナーなのが数社、国産機で数出してるのは武蔵野のみです」

答えは十条さんではなく、土井さんが教えてくれた。

「レシプロの再現は海外のほうが盛んかな。法律上ちょっと小ぶりになるけど」

「へ、へぇ……」

さっきから十条さんと土井さんの話の情報量が多すぎてメモが追いつかない。

「紗季さ〜ん、一年生二人が置いてけぼり喰らってます」

二人の会話をつまらなさそうに聞いていた永田先輩が助け舟を出してくれた。

「あ、これは完全に脱線だからメモ取らなくて良かったのに」

「今年の一年生は真面目ねぇ……」

永田先輩は感心した様子で俺のとったメモを見る。下の方は『国内』『武蔵野』という字がかろうじて読み取れる程度に走り書きになっているだけだ。

「永田ちゃん、去年は船漕ぎながら私の話を聞いてたもんね」

「や、やだなー紗季先輩、睡眠学習ですよ睡眠学習」

永田先輩が後ずさりながら十条さんをなだめる。

「さて、今日の座学はこれくらいにしておいて、格納庫を見に行こうか」

「格納庫? 学校にあるんですか?」

格納庫というと、空港の端っこにある大きな建物のイメージだった。オリエンテーションで校舎内を案内されたときは

「正確には大学の格納庫を間借りしてる感じかな」

大学のキャンパスは高校とは道路を挟んで反対側にある。歩いて五分もかからない距離だ。


俺たちを案内してきた十条さんは自動車のガレージのような建物の前で足を止めた。

「はい、ここが空戦競技部の格納庫」

格納庫の入り口の横には『空戦競技部格納庫』と仰々しい筆文字で書かれた木札が打ち付けてあった。

中に入り、十条さんが格納庫の明かりをつけると、大山が目を輝かせた。

「おぉ! すげぇ!」

この間乗せてもらった翼の端が赤い『ゼロセブン』をはじめ、三機のLUPが蛍光灯の明かりに照らされて輝いていた。

胴体の上にドラム缶のようなものを背負った機体と、もう一機翼が取り外されたままの二人乗りの機体があった。

「あ、そっちは大学の所有機だから触っちゃダメ」

「え?」

大山の声のテンションが急激に下がった。

「うちの部はあっち」

十条さんが格納庫の隅にある布に覆われたものを指差すと、永田先輩が小走りで布に覆われたものに近づいていった。

「見せてあげて」

「えいっ!」

永田先輩が十条さんの言葉に頷き、布を思い切り良くめくる。

「なんですかこれ!?」

布の下から、オレンジ色の翼が覗き、次いで白い胴体が姿を現した。

「TF-850、うちの部の所有する唯一のLUP」

この間体験搭乗で乗った『ゼロセブン』とはカラーリングも、機体の形も違った。

胴体の下側と翼の外側がオレンジ色で、胴体の後ろの方に巨大なリングがついていて、中には大きなプロペラがついていた。

「これ、尾翼はT尾翼なんですか?」

「そうだ」

大山の質問に土井さんが即答した。

尾翼はこの間の『ゼロセブン』とだいぶデザインが違った。水平尾翼が垂直尾翼の上に乗っているし、先端は角張っていて野暮ったい印象が強い。

「ユーロエアロスペース製TF-850、登録番号JA07KH。パワープラントは国産のMK90に換装済み。離昇推力は2.15キロニュートン。ペイントマーカー二門を胴体下部に装備」

全てが頭のなかに入っているように、土井さんが機体の要目を列挙していった。

だが、単位も用語もちんぷんかんで何がどうすごいのかわからない。

「……大山、意味わかるか?」

「エンジンのパワーがだいたい200キロってことは分かった」

自称、ヒコーキマニアの大山に訊いてみるが、やはりピンと来ない。

「そんな非力なので飛べるのか?」

普通の旅客機だってあんな大きなジェットエンジンをつけているのにこんな扇風機が胴体に突きささったような機体が飛べるのだろうか?

「飛べるよ。この間乗ってもらったゼロセブンだって推力はこの子と同じくらいだもん」

永田先輩はこの間俺たちの乗った『ゼロセブン』を指差した。

「えぇ!?」

「エンジン……いえ、モーターのパワーはLUPの規格である程度上限が決まっているの。A級ライセンスがあればもっと強力な機体も使えるんだけどね」

ライセンス?」

「これな」

土井さんが財布から出したのは、免許証サイズの大きく青文字でアルファベットの『B』が書かれたカードだった。

「ちなみに十条さんはA級ライセンスとインストラクター許可証も持ってる」

十条さんって、もしかしてめっちゃ凄い人?」

「実際すごいぞ。大学の部は関東大会準優勝だ」

大山の疑問に土井さんは即答した。

「去年の大会はもう少しでフラッグ取れたんだけど相手がぶつかりそうなくらい近づいてきちゃってね……結局失格になっちゃった」

十条さんは懐かしむように機体の周りを一周する。

「永田ちゃん、機内の装備を説明して」

翼の後ろ側の一部を触り、何かを確かめると十条さんは永田先輩にそう指示した。

「はーい、じゃあ坂戸くんからでいいや。乗ってみて。操縦系統と計器を説明するから」

「後席ですか?」

この間の体験飛行の時と同じように永田先輩の後ろに座るのだろうか。

「前席に座っていいよ。そっちのほうが説明しやすいし」

「はい……よっと」

操縦席のすぐ横にこの間と同じようにビールケースが置かれていたので乗り込むのは簡単だった。

「これが操縦桿、上下と左右の傾きをコントロールするやつ。動かしてみて」

操縦席に座るると、永田さんは俺の足の間からにょきっと生えている棒を指差した。

操縦桿を握って動かそうとするが、思っていたよりも重い。力を込めて右に倒すとガン、と硬い音が格納庫の中に響いた。

「こら! そんなに乱暴に動かすな!」

永田先輩の怒鳴り声が格納庫の中に響いた。

「いや、今動かしてみてって……」

坂戸くん」

十条さんがつかつかと操縦席に近寄ってくると、俺の肩に右手を乗せる。

「操縦桿は"優しく"扱ってね」

きっと睨みつけ、十条さんは女の人とは思えないほど強い力で俺の肩を握った。

「は、はいっ!」

「わかればいいの、二度とやらないでね」

震え上がる俺に釘を刺すと、十条さんは操縦席から離れていった。

「だ、大丈夫か?」

大山が心配そうに声をかけてきた。

「あ、あぁ」

「ごめん、最初に注意しなかった私のせい。気を取り直して操縦系統を説明するね」

永田先輩はバツの悪そうな顔をしていたが、十条さんが頷くともう一度説明を始めてくれた。

「はい、お願いします」

「これが操縦桿。十条さんの言った通り扱うときは優しくね。動かしてみて」

まずは左右に、次に前後に動かしてみる。さっきは力のかけ方が悪かったようでずっと少ない力でスイスイと動いた。

「次は横、見ながら動かしてみて」

永田先輩の言う通り、顔を横に向ける。

「左右に操縦桿を振ってみて」

「動いた!」

右側の翼の一部が操縦桿の動きに合わせてパタパタと上下に動いた。

「詳しい話はおいおいするけど、操縦桿の左右の動きはあそこに伝わるの。次は後ろを振り返って尾翼のところを見てて。操縦桿は私が動かすから」

操縦席から身を乗り出して後ろを向く。永田先輩が操縦桿を握って動かすと、今度は尾翼の一部分が上下に動いた。

「おぉ、前後はここが動くんですね!」

「じゃあ足元のペダルは何に使うか当ててみて」

足元を見ると、穴が開いたペダルを。

「えーっと……アクセルですか?」

「んー、不正解。足元のペダルはラダーって言って左右に機首を向けるときに使うの。加減速はこっちのスロットルレバーでやるんだけど、その説明は今度モーター回すときかな」

永田先輩は操縦席の左側にあるレバーを指で示した。

「次はアナログ計器ね。これが速度計で、こっちは高度計。このビー玉みたいなのが入ってるのが横滑り計」

つや消しの黒色の計器板にはバイクのタコメーターのような計器が2つ並び、その横に黒いビー玉の入った歪んだチューブがとりつけられている。

「この液晶画面は?」

電源が入っていないのか、液晶画面は暗いままだ。

「それの説明は今度、電源いれた時にね」

「操縦系統の説明とアナログ計器の説明はここまで。次、大山くん」

俺が機体から降りると入れ替わりで大山が操縦席に座った。


「今日はこれで終わり。金曜日にテストするから、二人ともそれまでに覚えておいてね」

「テスト、ですか……」

大山への説明が終わると、十条さんは俺と大山に手作り感満載のホチキス留めの小冊子を渡した。

表紙には『空戦競技部機体マニュアル』と行書体で書かれている。

裏表紙をみてみると、LUPの三面図が描かれていた。作ったのは土井さんだろうか。

パラパラとページをめくると、しっかりした文章の合間にクマのようなキャラクターが描かれ、吹き出しの中に丸っこい文字で『リヒートは大量のエタノールを使うよ!』などと補足的な文章が書かれている。

「これ……イヌ?」

首をかしげる大山

「クマじゃね?」

「イヌでしょ!」

俺も動物である事はわかったが、何の動物かはわからない。

「このマニュアルって土井さんが書いたんですか?」

「あぁ、本文は俺が書いた。何かわからないことがあったら聞いてくれ」

本文よりも、この謎の生き物のほうが気になった。

「このクマみたいなのって十条さんが描いたんですか?」

「いや、永田だ」

即答する土井さん。

「ん、呼んだ?」

十条さんと何かを相談していた永田先輩が自分の名前に反応してこっちへやってきた。

「永田先輩、この動物ってクマ……ですよね?」

問題のページを開き、クマのような動物を指さして永田先輩に確認する。

ネコだよ」

永田先輩は何を言っているんだこいつはとでも言いたげな表情を俺に向ける。

「え、でもこれどう見てもクマ……」

ネコだから」

語気が荒くなり、永田先輩の目つきが険しくなった。ゴソゴソとポケットを探り、永田先輩は大きく振りかぶった。

ネコったらネコなの!」

「ひいっ!?」

オレンジ色の何かが鋭い風切り音を立てて俺の頬のすぐそばを掠めた。背後で何かが破裂するような音がした。

「テスト……」

「は、はい?」

肩を震わせ、うつむきながら永田先輩がつぶやく。

「テストに何の動物に見えるか出すから!」

「え、ちょ、永田先輩!?」

永田先輩は吐き捨てるように叫んでどこかへ走り去ってしまった。

「あーあ、怒らせちゃったか」

「ありゃしばらく不機嫌ですね」

十条さんも土井さんも永田先輩を引き止めなかった。

坂戸くん、ああ見えてあの子すごく繊細だから、今度会ったらちゃんと謝ってあげてね。返事は?」

「はい……」

かくして、俺は十条さんに本日二回目のお説教を食らう羽目になった。

2013年04月06日 新連載始めました

ボーイミーツガンファイター(第1話)

| 22:37


「なぁ坂戸、お前もう入る部活は決めたのか?」

「いんや? そういうお前こそどうなんだよ」

俺と大山はキャンパスを二人並んで歩く。

入学から五日目、昨日から部活動の勧誘活動が解禁された学内は新歓ムードの熱気で春だというのに夏のように暑い。

「いかがっすかー! 新聞部いかがっすかー! 今入部すると洗剤あげますよー!」

「や、結構です」

やたらと活気のある新聞部員を丁重にお断りして中庭を進んでいくと、昨日まで何もなかった中庭に白くて大きなものが鎮座していた。

「何だぁ、あれ?」

「お?」

大山もそれに気づいた。

「飛行機? グライダー?」

どちらとも違う、不思議な形をしていた。飛行機ならもっと大きいはずだし、グライダーにしては翼が短い。

「お前知らないのか? あれはLUPだ」

「るーぷ?」

聞いたことのない名前だった。

「Lightweight Utility Plane 軽量多目的航空機さ」

「なんか日本語にすると強そうな名前だな」

そんなことを大山と話していると、後ろから声をかけられた。

「君達、これに興味あるの?」

女の人の声だった。

「!」

俺と大山は振り返り、息を呑んだ。端正な顔立ち、長い黒髪。優しげな視線をこちらに向けて女の人が近づいてくる。

「君たち、もしかして一年生?」

女の人は穏やかな笑みを俺たちに向ける。

「あ、ひゃいっ! 俺、坂戸っていいます! こっちはポチ……じゃない大山

噛んだ。とてつもなく恥ずかしい。

俺が頭を下げると隣の大山もぎこちない動きで女の人に頭を下げた。

「部活見学の一年生だね。私は十条紗季。これに興味があるの?」

十条さんはそう言ってLUPに目を向けた。キャノピーが太陽の光をキラキラと反射して眩しい。

その中にある操縦席には窮屈そうな座席が二つ、縦に並んでいた。

機首から生えたアンテナのような部品には赤いキャップが被せられ、そこには『REMOVE BEFORE FLIGHT』と英語で書かれた赤い帯がぶら下がっている。

「これはNU-07、皆が『ゼロセブン』と呼んでいる練習用の機体。操縦に癖がないからこれで大会に出るパイロットも多いの」

「大会? 曲技大会とかがあるんですか?」

「んー、正確にはちょっと違うけどまぁ、そんなようなものかな」

十条さんは少し悩んでからそう答えた。

「そうだ、今週末に体験搭乗会があるんだけど、来る?」

そう言うと十条さんはトートバッグからはがきを取り出して、俺と十条に渡した。

『JSLA主催 LUP体験搭乗会&デモフライトのご案内』

そう書かれたはがきには会場への行き方と周辺地図が印刷されている。

「今日は皆都合が合わなくってね、体験搭乗会には他の部員もくるんだ。いい奴ばかりだぞ」

十条さんはニッコリと微笑む。

「入部しなくても、タダ乗りだと思って来てもらって構わないから、ね?」


そして週末、俺と大山はバスに揺られて地図にのっていた飛行場へ向かっていた。

大昔の戦争で陸軍が作った飛行場を利用して、今は学生や趣味で軽量航空機を楽しむ人向けに開放しているらしい。

「おい坂戸、アレ見てみろ」

「お?」

三角形の先端を伸ばしたような形をした影が上空を飛んでいく。

「アレもLUPだぜ」

三角形の影はゆっくりと高度を落としながら旋回して街路樹の影に隠れてしまった。

「へぇ、いろいろあるんだな」

『次は飛行場入口、終点です』

感心してるうちにバスは目的地に着き、俺と大山は硬貨を料金箱に放り込んでバスを降りた。

甲高い音を立てながら、頭上をさっきの灰色の機体が横切る。高度が低いのは滑走路が近くにあるからだろうか。

「すげぇ音だな」

「アレ、ジェットじゃなくてモーターなんだぜ」

「へぇ、てっきりジェットエンジンかと思ってたけど」

中庭で見たLUPの胴体にはジェット戦闘機のような穴が開いていた。あそこから空気を取り入れているのはなんとなく想像できる。

「正確には電動ダクテッドファンだな。ラジコンなんかと同じだ」


滑走路につくと、こちらに気づいた女の人が大きく手を振って僕らを呼んだ。

「やぁ、坂戸くんに大山君、こっちだ!」

「「十条さん!」」

聞き覚えのある声に俺と大山は同時に答える。

「ここが我々の普段使っている練習場。疲れただろう、体験搭乗の前にお茶でも飲みながら話をしよう。部の皆もいるぞ」

「はい!」

「喜んで!」

俺と大山十条さんの後について芝生の上を歩く。

「思ったより広いんですね」

「ここはまだ狭いほうかな。熊谷の方まで行くともっと広いところもあるから」

「へぇ……」

甲高い音を立てて別のLUPが離陸していく。

「あれ、胴体が三本ありますよ!?」

離陸していく機体は翼のあたりから細い胴体が二本生え、その先に尾翼がついていた。

「あぁ、211か。あれはパワーがあって結構すばしっこいんだ」

「確かファンの直径が大きいんですよね」

大山がいつ調べたのか、LUPに関する知識を披露する。

「よく調べてるね。そのとおり」

「お前いつそんなの調べたんだ?」

「この間家帰ってすぐに検索した」

どうだ? と言わんばかりの表情を浮かべる大山に、

「勉強熱心なのはいいことだよ」

十条さんが微笑みかけた。


「みんな、見学希望者を連れてきたぞ」

十条さんの合図で機体のまわりで作業をしていた先輩たちが集まってきた。

坂戸といいます、よろしくお願いします」

大山です、坂戸とは一緒の学校でした」

俺と大山は先輩たちに頭を下げる。

「ほほう、同期の桜か」

「土井さん、そういう花と散りそうなこと言わないの」

メガネをかけた頭のよさそうな男の先輩に、別の先輩がツッコミを入れる。

が、あまりフォローになっていない気がするのは俺だけだろうか。

「まぁまぁ、せっかく来てくれたんだし、はやく飛ばせてあげようよ」

「ダメよ永田さん、まずは同意書を書いてもらわないと」

永田さん、と呼ばれたカーゴパンツを履いた活発そうな女の先輩が早速飛ぶ準備を始めようとしたところを十条さんが止めた。

「同意書?」

俺と大山は顔を見合わせる。

「怪しいものじゃないから安心して。壺を売りつけたり傭兵契約をする訳じゃないから。奏さん、例のものを」

「はーい。じゃ、これ全部に目を通して下に住所と名前を書いてね」

永田先輩は俺と大山に紙を渡した。

「あの、これ『死亡』とか『怪我』とか物騒な単語があるんですが」

ざっと目を通しただけで三つくらい物騒な単語があった。

「うん、あるね」

要約すると、同意書には『私は偶発事故に対して責任を追求せず自己責任で搭乗します』というような文章が書かれている。

「事故るってことですか?」

「事故そのものがすごく稀だけど、一筆書いておけば保険が降りるよ」

永田先輩はさわやかな笑顔でそう言った。

「……書きます」

書き終わった同意書を十条さんに渡す。

「うん、問題ないね。クロスチェック」

同意書を一瞥して頷いた十条さんはそれを隣の土井さんに回す。

「不足なし」

「じゃ、飛ぼうか?」

さも当然、といった調子で永田先輩はLUPを指差す。

「二人共きたばっかりで疲れていると思うんだけれど……」

心配そうな十条さんの声に構わず、永田先輩は俺の背中を押して機体の方へ歩き出す。

「飛んじゃえばそんなの構わないって。じゃあ坂戸くん、この機体に乗って。後ろの席ね」

「え、あ、はい」

先日中庭に展示されていたLUPの座席には座布団が置かれている。

意外と操縦席への高さがある。よじ登るにはちょっときつい。

「紗季せんぱーい、この人達って乗り方教えてます?」

ビールケースを抱えた永田先輩が何かの書類を読んでいる十条さんを呼ぶ。

「まだだから、教えておいて」

「りょーかい」

「ええと……」

「今お手本を見せるから覚えてね」

永田先輩は機体のすぐ横にビールケースを置き、座布団をどける。

なるほど、このビールケースは踏み台代わりに使うのか。

「こうやって一旦座席に足を乗せるか、縁のところにおしりを載せて、足は前の方に入れてね。乗ったらシートベルト締めるから」

「やってみます」

永田先輩の見せてくれた通り、一旦操縦席の縁に尻を乗せ、足から操縦席に乗りこむ。

「乗れました……思ったより窮屈ですね」

「これでも外国製で広いんだけどね……っと、飛行中に揺れて飛び出すかもしれないから、胸ポケットにあるものは出しておいてね」

俺にシートベルトを装着していく永田先輩が胸ポケットに入れっぱなしの携帯電話に気づいた。

「ズボンのポケットに入れておけば大丈夫ですか?」

「うん、とりあえず浮き上がったりしなきゃ大丈夫だから」

言われるがままにズボンのポケットに携帯をねじ込むと、足元にある水道管のような太いパイプが目に入った。

「この足元にある黒いパイプみたいのはなんですか?」

「あぁ、それはマガジ……今日は使わないから気にしないで。もし邪魔なようなら外すけど」

何に使うかは分からないが、飛行に必要というわけではないらしい。

「や、大丈夫です」

「そう? じゃ、キャノピー閉めるね。手は膝の上に置いたまま周りの物には触らないで」

永田先輩は僕の座る後席のキャノピーを閉じると、ビールケースを前へ動かしてさっと操縦席に体を滑り込ませてシートベルトを締める。

「土井さーん! ビールケース引っ込めてくれる?」

「はいよ」

呼び出された土井先輩が永田先輩の使ったビールケースを抱えて機体から離れていく。

「意外と本格的なんだ……」

計器盤には液晶画面とアナログ計器がいくつか並んでいる。

「前席はタッチパネルディスプレイ搭載なんだよ」

「ほんとだ」

前席にもカラー液晶ディスプレイがはめ込まれている。おもちゃっぽい外見の割に中身は意外にも先進的だった。

「動翼よし、電圧400、計器正常」

永田さんは計器をひとつひとつ指差し確認していく。さっきまでの軽い感じではなく、しっかりと通る声で数字を読み上げていく。

「ランウェイアルファ、ゼロセブン、自力発航」

「アルファはクリア。発航可能」

無線からは土井さんの声が聞こえた。あの人が管制しているのだろうか。

「ランウェイクリア、永田さん、離陸オーケーよ」

「了解!」

十条さんの言葉に元気よく応えた永田さんは前席の操縦用の道具を色々と操作する。

「モーター始動!」

背後から、モーターが回り始める甲高い音が聞こえる。機体がゆっくりと動き出す。

「じゃあ坂戸くん、いっくよー!」

「は、はい!」

「リヒートオン! マックスパワー!」

永田先輩の掛け声とともにドン、と背中を叩かれるような衝撃が走り、座席の背もたれにグッと押し付けられる。

「うおああああ!?」

「上昇ーーーーーっ!」

視界が青一色になり、さっきまで横を流れていた緑色の地面がすっととけるように消えていく。

「す、すごい! 飛んでる!」

機体は上昇を続け、背後で地面の人影がごま粒のように小さくなる。

「高度800メートル。こんなもんか」

永田先輩の操作で機体はゆっくりと水平に戻る。

「どう? 上空800メートルの景色は」

永田先輩は左腕で何かのハンドルを回しながら問いかけてきた。

「す、すごいです!」

左右を見渡し、初めて見る空からの景色を言葉にしようとしてもどう表現すればいいのかわからない。

「ふふふ……こんなもんじゃないよ?」

「うわわわわっ!?」

いきなり天地がひっくり返り、"頭上"に地面が広がった。


「あーあ、永田のやつやっぱりやりやがった」

背面飛行する機体を見上げた土井が呆れたようにため息をつく。

「奏ちゃん、去年あれを上野先輩にやられたんでしょ」

「いや、上野さんはもっとひどかった。永田ちゃんが泣きながら降りてきたのを俺は覚えてるぞ」


「はっはっは! どうだ坂戸くん! 気持ちいいだろう?」

体は複雑な軌道を描いて空中をあっちこっちに飛び回る。

そのたびにシートベルトが体に食い込み、体が浮き上がる時のぞわっとした不快感が背筋をなぞる。

「めっちゃ気持ちいいです!」

でも、それ以上に空を飛んでいることが心地いい。

地上に降りるまでの15分間、俺は永田さんと一緒に笑いながら空を飛んだ。


地上に降りるなり、俺は心配そうな顔をこちらに向けていた十条さんに駆け寄る。

十条さん、俺! 入部します!」

「一回飛んだだけなのに……もっと考えてからでもいいんだよ?」

でも、答えは変わらない。

「こんな面白いことないです! 俺入ります!」

「……わかりました」

まわりの先輩たちも頷く。十条さんは優しく俺の右手を握った。

坂戸くん、あなたを我が空戦競技部の新入生として歓迎します」


――ん? 航空部とかじゃないのか? 

その疑問がわかるのは、もう少し後になってから。