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七式飛行隊フライトログ RSSフィード

 本家:七式飛行隊 Aviation Works 七式飛行隊AWの中の人の日記です。
 [北海の魔女]対艦攻撃機パイロットと仲間たちの戦いの日々。全31話。完結。
 [紙飛行機]メインコンテンツだったけど最近押され気味。練度維持飛行。
 [趣味]ゲームと紙飛行機以外の諸々の趣味。その他のエンターテイメント。
 [非実在世界]アニメとか萌え系の話題。[イベント]航空祭とかコミケのレポート。
 [ゲーム]一般向けゲームの話題。主にFPSとかフライトシューティング関連。

2013年03月07日 Die Adler

Die Adler(第31話)

| 19:46

北海 グレートブリテン島沖100マイル 201Y/5/16 08:49 FS-04 09-0716号機 "アドラー"


重い対艦ミサイルがなくなり、身軽になった水鳥は低い雲を見下ろしながら南西へと飛ぶ。

鷲は愛機の操縦席の背もたれに体を預け、ぼんやりと空を眺めていた。

時折聞こえる味方の無線は艦隊戦が王国側の有利に推移していることを伝えてくる。

主力艦二隻を失ったのだ、たとえ残った戦力が同じでも共和国艦隊の士気は崩壊寸前だろう。

「ん……?」

ふと上を見上げた鷲は黒いしみの存在に気づいた。

キャノピーにへばりついた汚れかと思い首を動かしてみたが、それは濃い青色の空の中で切り取られたように浮かんでいる。

「ゴライアス、こちらエコー1、上空に並進する機影あり。あれは味方か?」

「エコー1、こちらではそのような機影は確認していない。もう一度確認せよ」

管制機のレーダーからははっきりと捉えられるはずなのに、その影は真っ直ぐにこちらと同じ方向目指して飛んでいる。

「隊長、こちらからも見えます」

「味方のオイレかもしれん、IFFを確認する」

だが、味方機であればそれを示すはずの信号を送り返すはずの敵味方識別信号は返って来なかった。

「IFFの故障か?」

鷲は首を傾げ、同じ方向へ飛ぶ機影に怪訝そうな目を向けた。


レイピアの電子センサーが自機にむけて発信された信号を解析し、王国軍の敵味方識別信号であることをシェスタコフ中尉に伝えた。

「王国軍の敵味方識別信号です」

「レーダー照射はあるか?」

「いえ、ありません」

「無視しろ。最新の気象データが欲しい、出してくれ」

シェスタコフ中尉は頷き、王国の気象庁衛星経由でアクセスした。

風は弱く、気流も安定している。この条件ならばもうすぐ爆弾を投下できる。

「出ました、投下予定ポイントまで30秒」

「安全装置を解除する。起爆装置はグロナス座標とリンク」

「はい」

シェスタコフ中尉の指がディスプレイの上で踊り、次々に諸元を入力していく。

「済まないな。こんな役目を負わせて」

ミハイルはポケットから解除コードの書かれた樹脂ケースを取り出し、封を切って中に収められた解除コードを入力する。

「二人なら、罪は半分ずつです」

シェスタコフ中尉も前席と同じように解除コードを入力した。あとは、前席と後席が同時に解除ボタンを押せばレッドハンマーの信管は起動する。

「……そうだな」

「そちらの合図でどうぞ」

「3、2、1、解除!」

二人は同時にメインディスプレイの解除ボタンに触れた。

『安全装置解除』

機械音声とともにレッドハンマーの安全装置が解除され、起爆装置に電流が流れる。

「レッドハンマー、信管接続。諸元入力完了」

シェスタコフ中尉がレイピアの火器管制装置を爆撃モードに切り替える。

「ダスヴィダーニァ(さよなら)」

ミハイルはそうつぶやき、発射ボタンを押した。

微かなモーター音とともにレイピアの腹に設けられたウェポンベイが開き、爆弾が切り離される。

大空に飛び出したレッドハンマーは、折りたたまれていた翼をひろげて一度限りの飛翔を始めた。


黒いシミがキラリと光った。

「えっ?」

魔女もそれに気づいた

「ヘクセ、今何か光らなかったか?」

「見えました」

魔女は頷き、じっと空の一点に目を凝らす。黒いしみが二つに増えたように見えた。

「高度が……落ちてる」

「俺には二つにわかれたように見えた」

「不明機、反転していきます」

二つにわかれた影のうち、大きい方の影は白い弧を描きながら右へ旋回してゆく。

「ゴライアス、不明機が何かを投下した」

「エコー1、こちらのレーダーではそのような機影は確認できない」

「チッ……接近して確認する。ヘクセ、ついてこい」

「はい」

魔女はスロットルを押し込んで上昇する鷲についていく。

航空機……ではないですね」

それは飛行機と呼ぶにはあまりにも小さく、いびつな形をしていた。

「滑空爆弾だな。それも特大サイズのだ」

機体を飛行物体に近づけた鷲はそれが何なのかを確信した。

形こそ最近導入の始まった誘導爆弾に似ているが、大きさはその数倍はある。

「この方位……まさか、ロンドンに?」

魔女は爆弾の飛んでいる方向と自分たちの目的地が同じ方向にあることに気づいた。

「ヘクセ、計算問題だ、毎秒3メートル沈下する馬鹿でかい紙飛行機はこの高度からだと何分飛び続ける?」

「え、ええと、今の高度が2万7千だから、メートル換算で9千、3千秒飛べるので約50分です」

いきなり出された問題に魔女は戸惑いながらも一つ一つ検算しながら数値を計算する。

オーケイ、こいつの最終到着地はロンドンだ」

「まさか!?」

魔女の声が引きつった。ロンドンへ向けて飛ぶ一発の爆弾、レーダーに映らない敵機。

「中身がなんだろうと、ろくでもない代物に決まってる」

弾頭が何かしらの大量破壊兵器であることは魔女にも想像がついた。

「ヘクセ、ちょっと離れろ」

魔女はスロットルを緩め、鷲の機体から距離をとる。

「これは……真似するなよ」

鷲はさらに爆弾に近づき、右隣の位置を維持する。

「何を!?」

戸惑う魔女の前で、鷲の機体はいっきに左に傾いた。

「くそ、外したか」

ライアーの主翼は滑空爆弾のすぐ横を掠め、主翼の生み出す乱流が滑空爆弾を揺らした。

外乱によって安定を崩された滑空爆弾の小翼がピクピクと動き、すぐさま水平に復帰させた。


ミハイルは操縦を自動に切り替え、深く息を吐いた。北東の回収ポイントに到着したら機体を自爆させて救助を待つ。その頃にはロンドンは数千度の炎に焼きつくされ、跡形もなく消し飛んでいるだろう。

「レッドハンマーはどうだ?」

ふと爆弾の状況の気になったミハイルはシェスタコフ中尉に問いかけた。

「30秒おきにグロナスを中継してフライトデータを確認しています」

「順調か?」

「はい、今のところは問題なくロンドンに……えっ?」

シェスタコフ中尉はフライトデータの情報のうち、飛行姿勢のデータに異常な数値が出ていることに気づいた。

「何かあったか?」

「今受信したデータを確認したんですが……15秒前に不自然な振動が検知されました」

「出してくれ……嫌な予感がする」

ミハイルの指示にシェスタコフ中尉はすぐに対応し、前席のメインディスプレイに同じデータを表示した。

風や乱気流にしては不自然な振動の仕方だった、

赤外線センサーで見れるか?」

「ダメです、遠すぎます」

距離があるため、電波を発することなく機体後方を監視できる赤外線センサーでは様子はわからない。

「反転する」

ミハイルは自動操縦を解除し、機体を再び南西に向ける。

「レーダーをアクティブに」

「了解、出します」

レーダー画面上には三つの機影があった。一つはレッドハンマー、もう二つは王国軍機の戦闘機だ。

「ヤツは何を……」

敵機のうち片方は爆弾に寄り添うように飛んでいる。その距離は不自然なほど近い。攻撃するならばもう少し離れて飛ぶはずだ。

「っ……!」

火器管制システムをレーダー誘導ミサイルに切り替えたミハイルは舌打ちした。敵機が爆弾に近すぎるため、ミサイルの攻撃ではでは爆発にレッドハンマーを巻き込んでしまうおそれがある。

ミハイルは右後ろを振り向いた。

ストレーキには三銃身の25ミリ機関砲が収められている。

探知されることなく接近出来るレイピアならば片方を気づかれることなく撃墜できる。

「中尉、もう少しだけ付き合ってくれ」

ミハイルはスロットルを押しこみ、機首を下げた。

「はい、お供します」

シェスタコフ中尉は静かに答えた。

大推力エンジンと重力の助けによって黒い鳥は加速しはじめ、やすやすと音の壁を超えた。


――くそ、マズいな。

鷲の視界の端に海岸線が映った。この爆弾は海上で落とさなければ地上に被害が出る。

もう一度爆弾に近づき、ゆっくりと機体を寄せる。少しだけ操縦桿を傾けて機体を滑らせ、徐々に滑空爆弾に近づける。

「もう少し、あと……ちょい……らぁっ!」

滑空爆弾の細長い翼をライアーの太い主翼が叩いた。爆弾はバランスを崩し、先端を斜め上に向ける。

設計の想定を超える空気抵抗が折りたたみ式の翼の基部にかかり、翼の折れた爆弾は錐揉みしながら高度を失っていき、北海に没した。

「隊長、ご無事ですか?」

魔女の心配そうな声に鷲は不敵な笑みを浮かべた。

「ふっ、ふははは。約束は果たせそうだな、ハヅキ中尉」

鷲のライアーの左翼も先端が破損し、補助翼が欠けていた。警告音が機体損傷を伝える。

「ゴライアス、不明機の投下した爆弾を無力化した。大量破壊兵器の可能性あり、海軍の艦艇を向けてくれ」

「了解、コルベットがその近辺にいる。回収に向かわせる」

「さぁ、こんどこそ帰るぞ」

「はい、帰りましょう」

それまで離れて様子を見ていた魔女の機体がいつもの位置に戻る。


「クソッ……」

ミハイルは操縦桿をきつく握りしめた。

「レッドハンマー、信号消失しました……」

「最期の希望もなくなったな」

ミハイルは自嘲気味に呟くと、火器管制装置を空対空戦闘に切り替えた。

「すべてのステルス機能を切れ」

ステルス状態を切れば、レイピア本来の運動性能を最大限に引き出すことができる。

「しかし少佐!」

「やれ!」

シェスタコフ中尉は肩を震わせ、メインディスプレイに触れた。

「近接格闘戦モード、アクティブ」

レイピアを構成するすべての要素が闇に紛れる怪鳥から空を制する猛禽へと切り替わっていく。エアインテークを覆っていたレーダーブロッカーが引き込まれ、機首の複合センサーユニットが二羽の水鳥の姿を捉える。

「死ねぇっ!」

レイピアの主翼の膨らみが開き、収められていたミサイルが飛び出す。


「機体の損傷がよくわからない、ヘクセ、見てくれ」

鷲の機体の損傷を確認するため、魔女が機体を近くに寄せようとした時、警告音が二機のコックピットに鳴り響いた。

「レーダー警告!?」

「回避しろ!」

二機はチャフを撒き、急旋回で離脱しようとする。だが、片方の補助翼を失った機体は操縦者の要求に応えきれない。

超音速で近づくミサイルから逃れるには、あまりにも遅すぎた。炸薬と破片がライアーのフレームを裂き、外板を耕す。

「隊長!」

機体ががたがたと震え、計器が次々に異常な数値を表示する。

警告音の向こうから、魔女の悲しげな声が聞こえた。

アヤメ……すまない」

エンジンが止まり、電力を失った計器盤から次々に光が失われていく。

その端に貼り付けられたお守りが振動で揺れていた。

「隊長!」

黒煙を吹きながら一番機は高度と速度を失っていく。魔女は何度も呼びかけるが、応答はない。

「隊長! 答えてください! 大尉っ!」

再びレーダー警告音が鳴った。

「くぅっ……」

魔女は機体を傾け、チャフを撒きながら急旋回でミサイルをかわす。


「あいつは……っ!」

生き残った方の機体を見たミハイルは目を見開いた。

――運命か。

機体の左翼には、あの忌まわしい魔女が描かれていた。

「ヤツの周波数に繋げ。他の通信は妨害しろ」

「バンド16B……繋がりました。電子妨害開始」

シェスタコフ中尉は命じられるまま、忠実に操作を実行した。黒い機体に埋め込まれた幾つものアンテナが妨害電波を発し、空域をノイズで埋め尽くした。


敵機を探し、魔女は周囲を見回す。

「聞こえるか『魔女』」

「誰!?」

静かなノイズだけが流れる周波数に男の声が割り込んできた。

戸惑う魔女の質問に男は答えなかった。

「名前はハヅキアヤメだったな。いや、『北海の魔女』と呼ぶほうがいいか?」

「誰だ!」

殺気立った声で返す魔女を無視し、男は言葉を続けた。

「すでに大勢は決した……だがお前だけは殺す」

魔女の機体のすぐ横に黒い戦闘機が浮かんでいた。ルドルフ基地で鷲が撃墜したあのコウモリのような翼をした戦闘機だ。

「っ!」

警告の一つも鳴らなかった。あの声の主はいつでも魔女を殺すことができたのにあえてそれをしなかった。

「今度は1対1だ」

敵機はそう告げると翼を翻した。機首のセンサーが暗闇に潜む猛獣の瞳のようにぎらりと光を反射した。

――よくも。

魔女は敵意に満ちた目を敵機に向ける。体は彼女の思考よりも早く反応していた。

右手の指が航法モードからドッグファイトモードにシステムを切り替える。

「エンゲージ」

答える人のいなくなった周波数に静かに呟き、魔女は機体を翻して敵機を追った。

敵機はルドルフ基地の時以上に機敏だった。ほんの数秒前まで100メートルほどしか離れていなかったはずなのに今は機関砲の射程外まで引き離されている。

――追いつけない……!

ライアーは十分なエンジン推力をもってはいるが、あの機体の凄まじい加速には追従できない。

敵機はこちらを十分に引き離すと、機首と後部胴体から何かを吹き出し、魔女の想像を超える速度で機首をこちらに向けてミサイルを放った。

レーダー警告音はない。

「くぅっ……」

魔女は躊躇うことなくフレアを放出し、ミサイルの進行方向に対して機体の軸線を垂直に傾ける。

フレアに惑わされ、ミサイルは魔女の機体から逸れた。

機体を立て直し、魔女が攻撃に転じようとした時にはすでに敵は再攻撃の準備を整え、再びレーダー誘導ミサイルを射かけてきた。

最後のチャフを撒いてミサイルを惑わす。今度は魔女の機体の近接防御システムミサイルを検知し、次々に散弾を射出してミサイルを撃ち落とす。

幾度と無く二機が交錯し、飛行機雲が空中で複雑に絡み合う。

一対一の決闘には観客も審判もいない。ただ生き残ったほうが勝利する。

レイピアは高速を生かして幾度となくライアーを狙ってきた。魔女は警告音が鳴るたびに機体を揺らし、敵機の射線から機体を外す。

「いけっ!」

機体を立て直した魔女は加速しながら離脱を図る敵機を視界の中央に捉え、発射ボタンに載せた指に力を込めた。

アイリス空対空ミサイルが敵機の残した僅かな赤外線痕跡を辿り、人間では耐え切れないような。

魔女の放ったミサイルは回避不可能なルートで敵機に吸い込まれていったが、命中することなく空中で爆発した。

「防がれた!?」

その空中爆発の仕方には見覚えがあった。

――アクティブ防御システム!

ルドルフ基地上空の戦いで自分を救った装置があの機体にも搭載されている。


アクティブ防御システムはミサイルの直撃を防いだが、細かな破片までは阻止出来なかった。

「あぐっ」

破片がレイピアに降りかかり、後席を襲った。

リリア!」

ミハイルはとっさにシェスタコフ中尉を名前を叫んだ。

「ごほっ……少佐……申し訳ありません」

リリアは謝りながら傷口を押さえる。後席を覆っているディスプレイも損傷したのか、先程まで青空のあった場所が何箇所も黒く抜け落ちている。

「喋るな、傷が広がる」

前席のミハイルが励ます。

「すべての権限を前席に移します」

リリアは左手で残ったサブディスプレイを操作し、後席で操作していたシステムのアクセス権限をミハイルに委ねる。

「あの『魔女』を……斃して――」

――そして、生きてください。

薄れる意識の中、リリアはひびの入った空に手を伸ばす。

無機質な手応えの向こうに、あざ笑うように空を舞う水鳥の姿が映っていた。

「……いいだろう、これで1対1だ」

ミハイルはメインディスプレイに表示された残弾表示を確認した。赤外線誘導の短射程ミサイルが一発、30ミリ機関砲弾300発が残されている。

「ありがとう、リリア

乗員を保護するためのすべての安全装備は解除されている。ミハイルは機体を旋回させ、魔女に向き直った。


魔女は荒く息を吐き、斜め上方を鋭く旋回していく黒い機体を睨んだ。Gスーツが下肢を締め上げ、ズキズキと痛む。

「はぁ……はぁ……」

旋回戦ではあの妙な機動で回りこまれ、速度ではあちらのほうが上だ。

――どうすれば……

一発は当たったようだが、アクティブ防御システムに阻まれたせいでどれほどのダメージを与えられたかはわからない。

魔女の機体には自衛用の対空ミサイルが二発装備されていた。一発をさっき発射してしまったから、今は右翼に残されたアイリス空対空ミサイルストレーキに収められた27ミリ機関砲弾400発が魔女に残された武器だ。

防御に必要なフレアは残り一回分で、チャフはすでに使い果たしている。

黒い機体のウェポンベイにはあと何発のミサイルが残されているだろうか。機体の大きさからしてFI‐05以上の数を積んでいることは容易に想像できた。

黒い機体の影がこちらに正面を向けたのだ。

――ヘッドオン!

相手もこちらもすべての武器を発射できる。どちらが勝つかは分からない。

「ぐぅっ!」

魔女は右翼ランチャーに残された最後のミサイルを発射し、操縦桿を限界まで傾けて機体をロールさせるとラダーを踏みこんでトリガーに指をかける。

――1発だけでいい、当たって。

ライアーの右ストレーキに収められたリボルバーカノンがうなり、27ミリ砲弾をばら撒く。機体が横滑りしているせいで狙って当てるのは困難に等しい。

黒い機体はまっすぐに突っ込んでくる。主翼の膨らみが開き、中から白いものが飛び出した。

「いけええええええええっ!」

――隊長、見ていてください。

魔女はスロットルを最大まで押しこみ、敵機を正面に捉えると胸からさげたお守りを左手で握りしめた。

二機が交錯し、勝敗は決した。


徹甲弾がエンジンを貫き、爆発音と共に敗者の右翼は炎に包まれた。

『エンジン損傷』

無機質な機械音声が敗北の事実を突きつける。

――私の負けだ……

右エンジンの推力が失われ、機体が物理の法則に従って横滑りを始める。

警告音が響き、乗員の脱出を促す。

「脱出するぞ」

ミハイルは後席に脱出を指示するが、返答がない。

リリア?」

「……さきほどのミサイルで脱出装置が損傷しました。前席をこちらから射出します」

「駄目だリリア!」

ミハイルの制止を振り切り、リリアはサブディスプレイを操作し、操縦席の手動射出を選択する。

「少佐、さようなら――」

リリアっ!」

リリアはゆっくりとひび割れたディスプレイに触れ、最終確認のボタンを押した。

前席のキャノピーがはじけ飛び、風切り音でそこから先は聞き取れなかった。

「ずっとあなたのことが好きでした」

ロケットモーターがミハイルの座席を空中に打ち出す。

それを見送ったシェスタコフ中尉は穏やかな笑みを浮かべ、静かに目を閉じた。


「やった……」

黒い機体は炎に包まれ、黒煙を引きながら重力に引かれるがまま海へと落ちてゆく。

「ゴライアスよりエコー1、応答せよ。そちらの信号が途絶えた。状況報告を」

それまで何も聞こえなかったレシーバーから再び味方の声が聞こえた。

「こちらエコー2、エコー1が敵機に撃墜されました。大至急救助を要請します!」

誰でもいい、とにかく鷲を助けてくれる存在なら神でも悪魔でも良かった。

「了解、救難機を要請しておく。最寄りのロジーマス基地へ向かえ」

「ありがとう……ございます」

魔女は機体を北西へと向ける。

黒い機体の爆ぜた音が背後で聞こえた。



エピローグ


共和国 モスクワ 201Y/5/16 08:58 共和国軍総司令部 

書記長は司令部のひときわ大きな椅子に腰掛け、次々に飛び込んでくる知らせに表情一つ変えることなく静かに耳を傾けていた。

「ソビエツキー・ソユーズおよびウリヤノフスクからの通信途絶」

「我が艦隊、損耗率30%を突破」

――旗艦をやられたか。

将軍たちの見込みはやはり甘かった。彼らが新型戦闘機空母航空隊で蹴散らすと言っていた王国艦隊はいまだ健在で北海を守っている。

書記長?」

「少し休む。三時間したら起こしてくれ」


自分の執務室に戻った書記長はペンを取り、机の上に置かれていた書類の裏に一筆したためた。

そしてデスクの引き出しからあるものを取り出し、じっとそれを見つめた。

護身用のグラッチ自動拳銃は机の上で鈍く明かりを反射している。

――皮肉なものだ。

自分の命を護るための自動拳銃をこめかみに押し当てた書記長は自嘲し、目を閉じて人差し指に力を込めた。

王国 王都 201Y/5/16 10:17 宮殿


老王はいつものように窓際に立ってロンドンの旧市街を見ていた。

市民のいなくなった王都は静かで、窓の外でさえずる鳥の歌が耳に心地よかった。

陛下!」

「どうした」

荒々しいノックの音に老王はドアの方を振り返った。

付き人が何かの紙を握り、肩を上下させながら入ってきた。

空軍戦闘機北海で敵主力艦二隻を撃沈したとのことです。共和国は最後の切り札を失いました。我々の勝利です!」

付き人に渡された報告書に目を通した老王は満足げに目を細めた。

「そうか……シャンパンを出してくれ。グラスは二つだ」

「かしこまりました」

従者は静かにドアを閉め、シャンパンを取り戻っていった。

「この戦争、勝ったな」

老王は窓を開け、肺一杯に空気を吸いこんだ。

――沈めたパイロットには何か勲章を授与しなければならないな。

勲章だけではない。ナイトの称号も授与すべきかもしれない。

ともあれ、今頃クレムリンで顔を真っ赤にしている共産主義者たちの顔を想像すると自然と笑みが浮かんだ。

「ふふふ……うっ!?」

老王は何かが弾ける音を聞いた。

声が、出ない。

「あ、か……」

足がもつれ、老王は机の角にしたたかに頭をぶつけた。ひどい痛みに顔をしかめるが、呻き声の一つも出なかった。

陛下、シャンパンをお持ちしました」

ワゴンにグラスとよく冷えたシャンパンを乗せた従者が戻ってきた時、王の姿はなかった。

陛下……?」

部屋の中を探す付き人の足に何かが触れた。足元に目を向けると、そこには老王が倒れていた。

頭から流れだした血が絨毯に赤い染みを広げている。

陛下!? 私だ、陛下がお倒れになられた! すぐに医者を呼べ!」

付き人はインカムにそう叫ぶと、何度も老王を揺すった。


二人の老人は倒れ、戦争は終わった。


魔女は何も考えられないまま、ロジーマス基地で十日間を過ごした。すべての物事が非現実的で、テレビ画面の中で起こっているように感じられた。

旗艦を失い、さらに数隻の主力艦を喪失した共和国艦隊はその後あっけなく降伏

ほぼ同時刻に共和国書記長が即時戦闘停止の命令を残して自殺

王国の老王は脳出血で倒れているのを発見され、意識の戻らないままこの世を去った。

二つの超大国の象徴的なトップの死は双方の国民、兵士に大きなショックを与えた。

『本日、総統と共和国書記長代理との間で正式に停戦文書が交わされ、戦争は終結しました』

テレビからは終戦を伝えるアナウンサーの穏やかな声が聞こえる。

『それに合わせ、来週末にも捕虜の引渡しが始まる予定です。既に国防省から戦闘中に捕虜となったと推測される将兵の各家庭あてに案内を送付する準備ができているとのことです』

戦闘記録を書き上げた魔女はぼんやりとした表情でそれに耳を傾ける。

『また、戦闘集結に合わせ、共和国領内の我が軍も段階的に撤退を行なっていく予定です』

ハヅキ中尉、ライチェ中佐が15時にオフィスに来るようにとのことです」

「わかりました、と伝えて」

魔女は息を吐き、ノートパソコンの画面を閉じた。


共和国 ブレスト近郊 201Y/5/28 9:36 


「なんだか、よく分からない戦争だったな」

トラックに揺られながら、ランバート少佐はタバコに火をつけた。撤収していく王国軍の車列には装甲車や偵察車両も含まれており、皆一様に西を目指してひた走っていた。

「同感です」

隣に座っているロートマン上等兵が頷いた。

「呼び出されて戦争がおっ始まったと思ったら、今度はいきなり終戦とはな」

戦闘停止が発令された時、彼らの部隊はちょうどミンスクの旧市街で敵の陣地を制圧しているところだった。

陣地制圧のさなか、震える敵兵に銃剣を突きつけた所で全部隊あてに戦闘中止が命令された。

「あの敵兵、まだ20にもなってなかったそうですよ」

「前途ある若者……か」

紫煙を吐きながらランバート少佐は呟いた。

一体何人の若者が家を失い、家族を失い、命を落としたのか。

彼の部隊だけでも18人が戦死し、その倍の負傷者が出た。中には手足を失ったり大火傷を負ったものもいる。

「なんで今さら銃なんか磨いてるんだ」

ロートマン上等兵はハンカチでライフルのストックについた泥汚れを拭き取っていた。

「こいつに何度も危ないところを救われたんです。次にこれを使う奴のために綺麗にしてやらないと」

「願わくば、そんな日がこないことを祈るよ」

そう言うとランバート少佐はトラックの幌に背中を預けて目を閉じた。

ほんの数時間だったが、彼は戦争が始まってから初めて他人に起こされるまで眠った。


共和国 モスクワ近郊 201Y/5/28 10:08 


「遅かったな」

背後の気配に気づいたミハイルはゆっくりと振り返る。

黒いスーツに身を包んだエージェントが四人、立っていた。

「ミハイル・アレクセイヴィチ・サフォーノク少佐、あなたを逮捕する」

ミハイルに拳銃を向けているエージェントの一人が言った。

「罪状は何だ? 平和に対する罪か? 人道に対する罪か? それとも他の罪か?」

エージェントたちは何も答えず、ミハイルの動きを待つ。

「逃げはしない、自らの罪を償う覚悟はできている」

ミハイルは腰につけていた拳銃を抜く。三人のエージェント達もホルスターから拳銃を抜き、ミハイルに向ける。

裁判にかけるなり、シベリアに送るなり柱に吊るすなり好きにしてくれ」

ミハイルは拳銃をくるりと手のひらの中で回転させ、スライドを握ってエージェントに手渡した。

――それが、私の贖罪だ。

「協力に感謝する」

ミハイルの背後で『リリアシェスタコフ』と刻まれた墓標に捧げられた白百合の花束が初夏の風に揺れた。


中東 アル・ラジフ空軍基地跡地上空 201Y/5/28 13:08 A400M 10-0193号機 "ポーター3"


北極星のマークを翼につけ、灰色に塗られた輸送機が砂漠の上を優雅に泳ぐ。

リーデル大尉、これ以上の接近は無理です! ここでお願いします」

「ランク」

狂鳥の自慢の金髪を風が乱暴に撫でる。彼女自身の希望で、爆心地周辺の放射線レベルを観測する輸送機に便乗していた。

「わかった」

ランクは膝の上に置いていたものを右手に持ち、輸送機の簡易椅子から立ち上がる。

ハッチに近づくと風でフライトスーツがバタバタと揺れた。

手すりを掴み、松葉杖を握って簡易椅子に腰掛けたままの狂鳥に目を向ける。彼女もゆっくりと頷いた。

――さようなら。安らかに、眠れ。

輸送機のハッチから静かに花束が捧げられ、風圧で花びらを散らす。

砂漠の中にぽっかりと生まれたクレーターと廃墟、かつて『アル・ラジフ空軍基地』と呼ばれていた場所、1500人分の墓標にゆっくりと花束が吸い込まれていく。

「こちらポーター3、放射線レベルの測定並びに花束の投下完了。これよりアレクサンドリアへ帰投する」

皮肉なことに、観測機はあの日アル・ラジフ基地を飛び立って難を逃れた輸送機だった。


王国 ロジーマス航空基地 201Y/5/28 14:58 作戦室


「失礼します」

魔女がライチェ中佐のオフィスに入ると、すでに中には技術将校海軍の戦闘服をきた将校が三名立っていた。

「こちらはハヅキ中尉、例の滑空爆弾を落とした隊のパイロットです」

ライチェ中佐に紹介され、魔女は小さく会釈した。その背で黒い髪が揺れる。

「先ほど例の滑空爆弾が回収されました」

「弾頭は……何だったんでしょうか?」

魔女は率直に質問した。

「核です」

技術将校の答えに魔女は言葉を失った。

「……っ!」

「レッドハンマー自由落下核爆弾、これまで確認されているうち最も大きな戦術核兵器です。これがロンドンに落ちていれば大惨事でした」

鷲は自らを危険にさらして、市民を守ったのだ。

「隊長……ヘンシェル大尉は」

「機体の残骸は発見されました。クレッチマー少尉、例のものを中尉にお渡しして」

海軍将校が足元の紙袋の中から青紫色の残骸を取り出した。

ところどころ焼け焦げたジュラルミン製の部品は紛れもなくライアーの一部分だとわかった。

「それと、浮遊物の中にこれが……」

ビニール袋に入れられたお守りを渡された時、魔女は意識が現実に引き戻されるのを感じた。

「それはあなたにお渡しします。話は以上です」

「ありがとうございます」

魔女はそれを受けとると、ゆっくりと歩き出した。


行き先はわからない。ただ、誰もいない場所に行きたかった。

基地のはずれにある飛行艇用の埠頭で魔女は足を止めた。

「嘘つき……」

魔女はそう呟き、左手の中にあるお守りをきつく握りしめた。中に染みていた海水が数滴、彼女の足元に零れ落ちる。

さっと海風が吹き、彼女の頬を撫でる。


その頬を一筋の光が伝った。

2013年03月05日 セイレーン作戦

セイレーン作戦(第30話)

| 00:02


炎の壁の切れ間から現れた敵機の大群と、突然発生したレーダーの不調で共和国外周艦隊は大混乱に陥っていた。

艦隊から離れたところを飛んでいたミハイルの機には異常は生じなかったが、艦隊から送信されるレーダー情報が抜け落ちているため艦隊上空の様子がわからない。

「防空システムが敵の電子攻撃によりダウンしています。このままでは外周艦隊を突破されます」

「まずいな」

ミハイルは眉をひそめ、スロットルに左手をかけた。ここから全速力で艦隊上空に戻れば敵機を阻止できるかもしれない。

だがそうすればロンドンへの飛行はできなくなり代替手段として自分がここにいる意義がなくなってしまう。

「第一小隊はどうした?」

ミサイルを撃ち尽くして本国へ帰投しました」

「第二小隊は……聞くまでもないな」

第二小隊を表す信号もすでにヨーロッパ大陸の奥深くへと消えていた。

「こちら巡洋艦オチャーコフ、レーダーが効かない! どうなってるんだ」

「射撃管制が効かん、各艦目視で交戦せよ!」

何千もの砲弾がオレンジ色の光を放ちながら交錯するが、そのうち王国軍機に当たるものは殆ど無い。

共和国外周艦隊の火砲はてんでばらばらな方向に当たらない花火を打ち上げるだけになっていた。

「あの敵機を撃て!」

「了解!」

火器管制士官が主砲を手動操作に切り替え、手近な敵機に向けて手動照準で主砲を連射する。

130ミリの砲弾が続けざまに空を射るが、飛び抜けていく敵機はそれを気にする素振りもなく遠ざかっていく。

「敵機、射程外」

主砲の発射音と衝撃が途絶え、静寂が戻った。

「復旧はまだか!?」

射撃管制装置が元に戻ればミサイルを使って追撃できる。

艦長はコンソールに拳を叩きつけたとき、それまで暗転していた指揮所のディスプレイが次々に輝きを放ち始め、射撃管制システムが再起動した。

「射撃管制、オンラインになりました」

「よし、対空ミサイルを全部撃て!」

ミサイル接近!」

レーダー士官の叫びを合図に、指揮所に"何か"が突っ込んできた。

艦長は自分の足元で動きを止めた"何か"の表面に書かれた文字を読み取る。

『Neo Universal Engineering』

船体との摩擦でかすれかけたロゴが爆弾の側面に描かれていた。

「あぁ、クソッ――」

艦長の声は爆発音によって途切れた。


巡洋艦の中央部で爆発が起こり、対空火器が沈黙する。

「シャドー3、敵巡洋艦を撃破」

「よっしゃ!」

誘導爆弾を投下したオイレのパイロットが歓声を上げる。

ライアーほど対地攻撃能力を重視された設計ではないが、オイレにも誘導爆弾程度なら搭載はできる。

大型艦には効果が薄いと判断され、"調達"の間に合った某社製の誘導爆弾は外周艦隊への攻撃に用いられた。

「レイヴン、敵艦隊のレーダーが再起動した、もう一発派手にやってくれ」

管制機から新たな指示が入り、レイヴンと呼ばれた電子戦機は電子の槍を再び敵艦に向けた。

「よし、焼いちまえ! 味方に当てるなよ」

今度は味方機を巻き込まないよう、ピンポイントで敵艦のレーダーを狙う。

「バァン!」

再び共和国艦隊のレーダーシステムに障害が生じ、十発ほど撃った所で共和国艦隊のミサイルランチャーは沈黙した。

ヴァンキッシャーの狭いコクピットにレーダー警告装置のアラート音が鳴る。

「やべぇ、見つかった!」

電子戦機の存在に気づいた共和国軍機がヴァンキッシャーに狙いを変えたのだ。

デコイ展開!」

ヴァンキッシャーのチャフディスペンサーから金属片が放出され、パイロンから曳航デコイが繰り出される。

「全然振り切れてないじゃない!」

ミサイルを撃ち尽くしたのか、後ろについたジュラーヴリクは機関砲でこちらを狙ってくる。

後席の小さな窓のすぐ外を曳光弾が飛んでいくのが目に入った。

「よし、あれやるぞアレ! デコイ放棄だ」

「アレって何?」

戸惑いながらも電子戦オペーレーターは曳航デコイを切り離す。

僅か十数秒だけの任務を終えたミニ電子戦機が北海に可愛らしい水柱を残して沈む。

「リヒートオン! マックスパワー!」

困惑する電子戦オペーレーターをよそに、パイロットは上機嫌でスロットルを最大まで押し込んだ。燃料バルブが開き、オリンパスエンジンの排気に贅沢にジェット燃料が振りかけられる。

当然、超高温の空気に触れた燃料は爆発的な推進力を生み出し、ヴァンキッシャーを急激に加速させた。

「イヤーッホオオオウ! これがやりたかったんだ!」

パイロットは歓声を上げ、轟音を立てるエンジンと背中をシートに押し付けられる感覚に身を任せた。

爆発音にも似た衝撃音が鳴り響き、機体は音の壁を超えてなお加速していく。

もともと低空を超音速で飛行する核攻撃機として採用されたヴァンキッシャーだからできる芸当だ。

機体は更に加速し、追いすがるぐんぐん引き離していく。

「生きて帰ったら殺す! 絶対殺す!」

「こちらレイヴン、これより戦域を離脱する!」

ヴァンキッシャーは水柱を海面に残して空域を離脱していった。


共和国艦隊の火力が南と西に集中する中、北東に注意を払うものはほとんどいなかった。

事実、北東に位置して共和国艦隊の後部を突ける位置にあったルドルフ基地には戦闘機パイロットもいなかった。

そう、基地には――

「偽装放棄」

烏の合図とともに電波吸収コーティングされた濃紺のタープが剥がれ、それまで何もなかったように見えた海面にゼーヴィント水上戦闘機が姿を現した。

その主翼にはミサイルも爆弾もなく、ただ黒い魚雷だけが吊るされている。

「いようし、御大層なおケツにぶちかましてやりますか!」

黒猫がスタータースイッチを入れると補助動力装置がゼーヴィントのタービンを回し、無数の小翼が冷たい空気を求めて回転を始めた。

「エンジン異常なし。そっちはどうだ?」

「問題ない。いけるぞ」

黒猫は左手を握り、親指を立てて準備が出来たことを烏に知らせる。

「よし、滑走開始」

「了解!」

スロットルを押しこむとゼーヴィントの補助インテークが開き、塩辛い空気を吸い始める。

エンジン音が高まり、紺色の機体が波をかき分けて加速を始めた。


内周攻撃隊は海面すれすれをかすめるように飛び、共和国艦隊の輪形陣の奥へと迫る。

「敵外周艦隊突破!」

「よし、もうすぐだ」

魔女は鷲の言葉に頷き、意識を前方に集中させた。レーダーはまだ敵艦の姿を捉えていない。

地球の丸みのせいで敵艦はまだ水平線の下だ。

「前方よりミサイル!」

警告音から、こちらに近づいてくるミサイルがレーダー波を発しないタイプだとわかる。敵艦への距離は十分にあるから近距離防空用の赤外線誘導でもない。鷲はその特性を持つ対空兵器を知っていた。

アウロラだ! ブレイク!」

鷲の右後ろにいた魔女が素早く機体を傾け、他の機体から距離を取った。

アウロラは突破したんじゃないのか!?」

「奴らまだ残してやがったんだ!」

炎の壁を展開するには足りなくとも、レーダーと進路を妨害することはできる。

「散開しろ、まとめて焼かれるぞ」

何本もの炎の柱が現れ、連続的な電子音が巨大なレーダー反応の出現を知らせた。

「だめだ、回避できない!」

目の前に現れた炎の柱に呑まれ、ライアーが燃えながら海面に没した。

「攻撃隊、残り13機」

管制官は既に損失機ではなく、残った機体を数えるようになっていた。

「エコー1、レーダーコンタクト、前方に大型の艦影2」

これまでのよりも遥かに大きな反射波から、それが敵の主力艦であることはすぐにわかった。

しかしレーダーは敵艦の位置を正確に把握できないのか、不規則にシンボルがずれ、ロックオンが安定しない。

「レーダーで敵艦を捕捉……ダメです、アウロラの影響でロックオンが効きません」

悔しそうな魔女の声が聞こえる。

「距離を詰めろ、ゼロ距離で撃ちこむ」

「エコー1、正気か!?」

鷲の一見やぶれかぶれに見える指示に味方機から驚きの声が上がった。

強力な対空火器を装備した敵艦に接近するなど自殺行為にも等しい。

「大丈夫だ、アウロラを背後にして接近すれば奴らはこっちを補足できない」

魔女は鷲の突飛な考えをすぐに理解した。

アウロラはレーダーノイズだけでなく、高熱も発する。つまり、あらゆるセンサー類を遮断する壁となる。

逆にこの壁の内側に入り込むと、背後に巨大なノイズと熱源があるため、相手はレーダーでも赤外線でもこちらを捉えることができない。

そして、彼女はその戦術を使ってレイピアを共同撃墜している。

「責任は俺が取る、ついてこい!」

鷲は機体を旋回させ、炎の柱を避ける。

――敵艦まで、あと50マイル。

「前方、敵巡洋艦!」

炎の柱の影からぬっと巡洋艦が姿を現した。お互いにアウロラを挟んでいたためレーダーで存在を知ることが出来なかったのだ。

こちらに気づいた敵巡洋艦の主砲がぎょろりと旋回し、続けざまに大口径砲弾を打ち上げる。

「回避しろ! ECMフルパワー」

妨害電波を出しながら編隊が二つに別れ、巡洋艦を迂回する。

魔女のすぐとなりを飛んでいたライアーが主砲の直撃を受けて粉々に砕けた。

「くぅっ!」

衝撃が機体を揺らし、魔女は海面をこすりかけた機体を立て直す。

「四番機がやられた!」

「攻撃隊、残り12機」

管制官が生き残った機体の数を数える。14機の攻撃隊のうちすでに2機が落とされている。

「尾翼が……駄目だ高度がもたない!」

「レーヴェ3! 引き起こせ!」

ミサイルに右の尾翼をもぎ取られたライアーのパイロットが高度を取り戻そうと必死に足掻くが、努力も虚しく海面に墜ちて水柱と化す。

「レーヴェ1、主翼に被弾した、すまない。離脱する」

機首を引き上昇して離脱しようとしたライアーがミサイルの直撃を受けて無数の破片を海に注いだ。

「くそ! レーヴェ1がやられた!」

背後から聞こえた爆発音に鷲は表情を険しくした。

「ヘクセ、今ので何機目だ」

「4機目です」

ひときわ低空を飛びながら魔女はこれまでに撃墜された味方の数を報告した。

「攻撃隊、残り10機」

――もう少し。

ネルケ2、エンジン火災発生! あとは任せたぞ」

黒煙を吹き上げながらまた一機、ライアーが編隊から離れていく。武装が投棄され、対艦ミサイルが風に吹かれるまま落ちてゆく。

「内周攻撃隊、残り9機」


ヒャッハー! こいつはすげぇ!」

二機ののゼーヴィントは飛沫を上げながら海面を疾走する。

左右の主翼に装備された皇国製の魚雷は離水重量を上回る重量があったが、大きなフロートと2つのエンジンの生み出す推力はゼーヴィントを浮かび上がらせ、海上を疾走させるには十分だった。

「距離はどうだ?」

「あとちょいだ」

メインディスプレイに表示された数字を確認する。

「距離30マイル、射程内」

「っへへ、やってやるぜ! 投下!」

「いけ!」

4本の魚雷は何度か浮き沈みを繰り返して深度を安定させると、雑音まみれの海中で最も大きなスクリュー音を立てる目標に向かった。

「離水!」

「フロート投棄」

離水したゼーヴィントの腹とエンジンの下からフロートが切り離される。

すべての重荷から解き放たれたゼーヴィントは軽やかに舞い上がった。

「レーダー警告!」

共和国艦隊のレーダーはすぐにその反応を捉えた。レーダー警告装置が二機の操縦席にアラーム音を鳴らす。

「よし、後退するぞ」

二機は一息に急上昇して北東へ離脱していく。


駆逐艦『ヴェドゥーシチイ』のソナー手がその存在に気づいたのは既にそれが艦のすぐ横を通過したあとだった。

「高速スクリュー音! これは……魚雷です! 魚雷が艦隊内に!」

ソナー手の震える声が戦闘指揮所に響く。

「魚雷だと!? 対潜ヘリは何をやっていたんだ!」

「敵潜水艦痕跡はありませんでした、突然ソナーに反応が……」

「魚雷はどっちへ進んでいった?」

「艦隊中央……旗艦と空母の方です!」

「それを先に言え! ソビエツキー・ソユーズとウリヤノフスクに連絡! 大至急だ!」

「こちら駆逐艦ヴェドゥーシチイ、ウリヤノフスクおよびソビエツキー・ソユーズへ、そちらへ向かう高速……を探……!」

至急報を知らせるトーン音がソビエツキー・ソユーズの指揮所に響いた。

「ヴェドゥーシチイ、もう一度繰り返せ」

「魚雷です! そちらへ向かっています!」

その単語が聞こえた途端、指揮所にいる全員が狼狽えた。十数隻の駆逐艦の警戒網をかいくぐって魚雷を発射されるなど思いもよらなかった。

「回避だ! 面舵いっぱい!」

「ダメです艦長、右舷にはアウロラが!」

――しまった。

右舷に舵を切ればアウロラの熱で電子機器が使い物にならなくなる。

そして左舷には空母ウリヤノフスクがいるため、いたずらにに左舷に舵を切れば自重数万トンの大型艦同士が激突する。

「ウリヤノフスク、緊急警告。魚雷接近。左舷へ回頭せよ。針路090」

「了解した、左舷回頭、針路090」

ウリヤノフスクの船尾に取り付けられた舵がゆっくりと回転し、巨大な船体が傾きながら左に曲がり始める。


攻撃隊が最後の炎の柱を避けると、水平線上に巨大な艦影が見えた。

炎の柱を避けながら近づいているうちに、いつの間にか目視距離にまで近づいていたのだ。

「目標、敵巡洋戦艦"ソビエツキー・ソユーズ"!」

もはや敵艦とこちらの間に遮るものはない。すぐにミサイルが発射可能になり、電子音のトーンが高くなった。

「了解!」

魔女は力強く答え、発射ボタンに指を掛けた。

アドラー、ブルーザー!」

「ヘクセ、ブルーザー!」

四本の矢はパイロンから正しく切り離され、ロケットモーターに点火した。

鷲の機体からも対艦ミサイルが放たれ、白煙をひきながら加速していく。

「行けっ!」

「喰らいやがれ! レーヴェ2、ブルーザー!」

総計36発のミサイルが二隻の巨体に吸い込まれるように近づく。

「いけいけいけ!」

攻撃隊の全員がミサイルの行方を見守った。


ミサイル接近!」

ソビエツキー・ソユーズの戦闘指揮所に警告音が鳴り響き、脅威の接近を知らせた。

「迎撃いそげ!」

艦長の命令を受ける前に、艦の各所に設置された防空兵器は動き始めていた。

しかし、アウロラという巨大なノイズは照準精度と脅威度の判定を妨げ、30ミリ機関砲は何もない空間を引き裂く。

幸運にもミサイルを捉えることの出来た防空システムだけが30ミリ砲弾をばら撒く。

アウロラの影響で射撃管制が不調です、迎撃が間に合いません!」

いくつかのミサイルが着弾前に空中で爆発したが、ソビエツキー・ソユーズの右舷には12発の対艦ミサイルが命中し、衝撃が船体を幾度も揺さぶった。

「損害報告!」

断続的な衝撃が収まり、体勢を立て直した艦長はすぐに艦内電話に取り付いた。

ソビエツキー・ソユーズは他の多くの現代艦艇とは違い、重要区画には装甲が施されているから多少の被弾であれば戦闘は継続できる。

「艦首火災発生、主砲旋回不能」

「艦橋の被害甚大、レーダーアンテナ使用不能!」

「こちら機関室、シャフトを一本やられました!」

ソビエツキー・ソユーズの艦尾に突き刺さったミサイルは操舵系統を引き裂き、スクリュー軸のうちの一本を歪ませた。

高速で回転するスクリュー軸が艦内を暴れ回り、内部設備を打ち壊してゆく。

「操舵系統が損傷しました!」

「手動に切替えて対応しろ」

艦長はそれよりも気がかりなことがあった。

「発射管はどうなっている?」

ソビエツキー・ソユーズの艦首に並ぶ垂直発射管には駆逐艦程度なら一発で葬れる大型ミサイルが装填されている。装甲に囲まれてはいるが、それが誘爆すればいくらソビエツキー・ソユーズといえど無事では済まない。

「現在消火班を向かわせていますが艦内の通路が破壊されているため迂回させています」

「急がせろ、あれが誘爆したらおしまいだぞ。おい、例の魚雷はどうなっている?」

艦長はソナー手を呼び出す。

「未だ接近中、あと20秒です!」

「全速で振り切れ!」

「ダメです、先ほどのミサイルで速力が低下しています。回避不能!」

スクリューシャフトの一本が破損し、ソビエツキー・ソユーズの速力は半分にまで落ちていた。

「魚雷接近、あと10秒!」

そう叫んだソナー手は鼓膜を守るためヘッドフォンを外す。

「衝撃に備えろ!」

魚雷は二隻の船底に潜りこみ、磁気センサーで金属の存在を検知すると炸薬を起爆させた。

艦底で続けざまに起こった爆発は二隻の乗員を揺さぶり、空母の竜骨をへし折った。

巨大な水柱が二隻の巨体を揺さぶり、甲板に滝のように水飛沫が降り注いぐ。

突き上げるような衝撃が収まると、ソビエツキー・ソユーズの艦内各所に警報が響いた。

「艦内各部で浸水発生!」

「機関室、状況はどうなっている」

浸水が止まりません、もってあと数分です……うわぁっ!」

金属の潰れる音とともに機関室からの声は途切れた。

「ウリヤノフスクが! ウリヤノフスクが沈みます!」

ディスプレイには、真っ二つに割れる僚艦の姿が写っていた。


「うぉ、なんだ!」

目の前で起こった光景にパイロット達は目を疑った。

ミサイルを受けた後も敵艦は何かから逃げるように必死に舵を切っていた。

「まさか、魚雷……?」

魔女はその様子に見覚えがあった。実験と称して行われた皇国製魚雷の発射試験での貨物船の沈み方にそっくりだった。

ソビエツキー・ソユーズはなんとか直撃を免れたが、次第に船体は左に傾き始めていた。

ミサイルの直撃に耐える装甲板も、無防備な船底を突き上げる魚雷の水中爆発には無力だった。

「こちらエコー1、敵空母および巡洋戦艦に致命弾」

空母『ウリヤノフスク』は二つに別れ、甲板に残っていたジュラーヴリクやベルクトが滑り落ちていく。

「内周攻撃隊よりゴライアス、敵空母轟沈、繰り返す、敵空母轟沈!」

積んでいた弾薬に誘爆したのか、空母は大爆発を起こし、黒煙を吐きながら沈んでいく。

「敵巡洋戦艦の傾斜さらに増加、長くは持たないな」

生き残ったライアーのパイロットの一人が言った。

「ゴライアスより攻撃隊、作戦終了、帰投せよ」

「やったな……」

沈んでいく二隻を見届け、鷲は機体を旋回させて空域を離脱する。ライアーの翼が湿気た空気を押しつぶし、鋭い飛行機雲を描いた。

「北西でタンカーが待機している、燃料の少ない隊は申告せよ」

「ヘクセ、燃料は大丈夫か?」

「帰投には十分です」

大陸の基地へ戻る隊とは違い、鷲と魔女はグレートブリテン島の基地に降りるから燃料は十分に余裕がある。

「エコー1、燃料は十分ある。どこに戻ればいい」

「エコー隊はファーンバラ基地へ向かい待機せよ」

「了解した」

燃料補給に向かう他の機から離れ、鷲と魔女は南西へと進路をとった。


艦隊の南にいるミハイルの機からも、空母の起こした誘爆の煙は見えた。

救難信号を発信し続けたソビエツキー・ソユーズのレーダー反応が消える。

「ソビエツキー・ソユーズ、ウリヤノフスクの両艦共に沈黙しました。残存艦は……」

代替手段だ」

シェスタコフ中尉の言葉が終わる前にミハイルは決断していた。

どのみち指揮系統は完全に崩壊しているし、空母からの上空援護もない。艦隊の崩壊は不可避だ。

「はい」

プランBを実行した場合は北海に潜入した潜水艦が拾ってくれる手はずになっている。

「99をマッドドッグに切り替えろ、時間を稼がせる」

「わかりました。全機マッドドッグモード、目標、敵艦隊」

怪鳥を護衛していたMQ-99が離れ、降下していく。

ミハイルは進路を南西に向け、スロットルを押し込んだ。

機体は重い核爆弾を積んでいるとは思えないほど軽やかに加速を始めた。

2013年02月21日 強行突破

強行突破(第29話)

| 22:58

共和国 クビンカ基地 201Y/5/9 11:00 司令室 


ミハイルは作戦計画書の最後の一行を読み終えると指揮官に返した。

「ギリオティーナ、断頭台か」

「そう、悪い王には身を引いてもらう時期だ」

『ギリオティーナ作戦』と書かれた表紙のページには、極秘であることを示すスタンプが押されている。

「君にはいつも通り、レイピア隊の指揮をとってもらいたい。しかし、万が一の場合には代替手段を実行してもらう」

そう言うと指揮官は金庫から封筒を取り出し、封筒の封が破られていないことを確認すると、ミハイルにもそれを確かめさせた。

ミハイルが頷くと指揮官は封を切り、中に収められていた資料を渡した。

「これは……核爆弾?」

ミハイルははっとした表情で資料から顔を上げた。図面での形こそ通常爆弾に似ているが、不自然に細長い。

「レッドハンマーと彼らの呼ぶ核爆弾に誘導装置と滑空翼を取り付けたものだ。出力はある程度弄れるが最大にする」

「これを、どうしろと?」

ミハイルは訝しげな顔を指揮官に向けた。

「ウリヤノフスクとソビエツキーソユーズ……もしその両艦が撃沈された場合、君はこれをロンドン上空で起爆しろ」

「大佐、それは……」

開戦のきっかけになったあの一発以外、どちらの国も核兵器だけは使わずにいた。

大佐はミハイルの肩に右手を載せ、その手に力を込めた。

「君にしか、できないことだ」

ミハイルは静かに頷いた。


国防総省 201Y/5/10 20:01


全員が着席すると国防大臣はゆっくりと口を開いた。

「皆、集められた理由はわかっているな」

集められた将官の全員が頷き、あるいは悔しげに会議テーブルを睨みつけた。

「先ほど共和国は全世界にロンドン攻撃を宣言した」

改めてその事実を突きつけられ、皆の表情が暗くなった。

相場は15%下落、海外資本は死に物狂いで引き上げを図っている。交通網は逃げようとする市民で大混乱。日の沈まない帝国の末路がこれだよ」

国防大臣は大きく息を吐いて会議室の隅にいる部下に目を向けた。

「クルト、スクリーンを出してくれ。海軍大臣、説明を」

壮年の士官は頷いて手元のスイッチを操作すると微かなモーター音とともにスクリーンが天井から降りてきた。

海軍大臣は水を一口飲んでからコンピュータとリンクしたコントローラーを握った。

「現在各種情報を整理し、敵艦隊の動向を分析しています」

衛星画像がスクリーンに映し出され、北極海に面した共和国最大の軍港が拡大表示された。

「まず敵艦隊の主力艦についてです。空母"ウリヤノフスク"および巡洋戦艦"ソビエツキー・ソユーズ"の二隻を軸とし、これを四隻以上のミサイル巡洋艦、および十数隻の駆逐艦が護衛すると考えられます」

空母巡洋戦艦は今共和国海軍に残された通常戦力のうち最大の切り札だ。

「また、最近のレーダー分析から、複数の基地から発進した表面効果翼機が艦隊の援護に当たるものと予想されます」

画面が切り替わり、空軍戦闘機が捉えた表面効果翼機の写真に変わる。

「艦隊への洋上阻止にあたり、やはり最大の障壁は開戦前から確認されているアウロラ防空システムです。あれを何とかしないことには誘導兵器による攻撃は不可能です」

最後に映し出されたおぞましい光の壁の映像にざわめきが広がる。

アウロラか……」

「やはりあの光の壁をなんとかしなければ……」

空海軍の将官たちが顔を見合わせる一方、置いてきぼりを食らった陸軍将官たちは不機嫌そうに頭のなかでその名前を繰り返した。

アウロラについてですが……」

それまで黙っていた兵器開発部の技術将校が腰を上げ、全員の鋭い視線が彼に突き刺さった。

オセアニアの実験センターで興味深いデータが得られました」

技術将校は何枚かの概念図と写真のレイアウトされた文書をその場にいる全員に配った。

バルト海海戦の前哨戦として行われたルドルフ基地への空襲において共和国アウロラを離陸妨害のために滑走路に対して使用しました」

「それくらいは我々も知っている」

「現場のパイロットの機転により、投棄した燃料をアウロラに対して使用し、引火させることによりアウロラの無力化に成功したとのことです」

「兵器研究センターによる計算解析と実験により、ある程度の爆風や熱により無力化可能であることが判明しました」

「君の言う"ある程度"とはどのくらいなのかね?」

海軍の制服を着た将軍が質問した。

「我が軍の保有する弾頭の中ではサーモバリックが最も有効な威力を示しました。空中発射巡航ミサイルに搭載可能で、FS-04戦闘機から発射可能です」

「その弾頭は何発用意できる?」

今度は空軍の将軍の一人が質問した。

「フルカン爆撃機用のものがロジーマス基地に20発保管されています」

ロジーマスはフルカン爆撃機の残った数少ない基地のうちのひとつだ。

「よし、これでアウロラは突破できる。問題は誰が先陣を切るかだ」

「ぴったりのパイロットを一人知っている」

空軍司令が挙手した。いかなる対空砲火も恐れないパイロットと握手した感覚は、まだ彼の右手に残っていた。


王国 ロジーマス航空基地 201Y/5/16 04:00 作戦室


「ふぁぁ……」

大あくびをするランクを小突き、狂鳥は隣に座る魔女に目を向けた。

「今度は一緒に飛べるかな?」

「さぁ?」

魔女は小さく首を傾げた。壇上に指揮官が登ると、皆の表情が引き締まった。

「知ってのとおり、敵の北方艦隊が今まさに王都に向かってきている。司令部は洋上阻止作戦『セイレーン作戦』を立案した。これより詳細を伝達する」

正面のスクリーンに二隻の大型艦の写真が映された。そのうちの一隻には魔女も見覚えがあった。

――巡洋戦艦

魔女は隣に座る鷲に気づかれないよう拳を握りしめた。

「敵艦隊は、空母ウリヤノフスク及び巡洋戦艦ソビエツキー・ソユーズを中心に二層の輪形陣を展開、外周にはエクラノプラン複数が確認されています」

「敵艦隊正面からはレゾリューションを旗艦とする第三艦隊が陽動攻撃にあたり、敵艦隊の注意を引きつけます」

ライチェ中佐は一旦呼吸を落ち着け、凛とした声で伝えた。

「作戦を伝達します。外周攻撃隊は電子戦機と協同して防空システム"アウロラ"を排除、内周攻撃隊の突入ルートを切り開いてください。外周攻撃隊はコンドル・ルクス・セイバー隊が担当。ヴァンキッシャーECRおよびニムロッドが電子支援を行います」

「内周攻撃隊はアウロラの穴から敵艦隊に突入、ウリヤノフスク及びソビエツキー・ソユーズを攻撃します」

「言うまでもありませんが、あなた達が最後に残された希望です。この作戦の失敗はロンドン市民800万の死を意味します。我々は各員がその義務を尽くすことを期待しています」

「それと――私物の整理をしておいてください」

ライチェ中佐は言いづらそうに付け加えてゆっくりと壇上から降りると狂鳥のもとに近づいてきた。

リーデル中尉、あなたに辞令が来ています」

「え、わたしに?」

狂鳥はライチェ中佐を怪訝そうな表情で見上げた。

「えぇ、あなたは今から大尉です。外周攻撃隊の指揮はあなたにとってもらいます」

「ちょっと待ってください中佐、私は……」

狂鳥はパイプ椅子から立ち上がる。

「あなたはいつも通りに操縦席に座って、任務を遂行するだけです。これは空軍司令直々の司令です」

空軍司令が?」

狂鳥の表情が怪訝そうなものに変わった。半年近く前に勲章の授与で一度顔を合わせたきりだというのに、空軍司令は彼女を指名した。その理由がわからない。

アフガンでの戦果やワルシャワミンスクでの戦績を考慮して問題ないと判断しました」

「……わかりました」

狂鳥はまだ納得いかない様子で、上品とはいえない座り方でパイプ椅子に腰を下ろした。

「大抜擢ね」

不機嫌そうに腕組みをした狂鳥に魔女が声をかけた。

「ただの露払いじゃない。本命はアヤメたちでしょ」

「あのアウロラにはひどい目に合わされた。頼むぞ」

鷲も期待に満ちた目を狂鳥とランクに向けた。

「まぁ、撃つのはミリィの仕事ですけどね」

「でも、ミリィが安心して前の敵に集中できるのはあなたのおかげじゃない?」

魔女がランクのフォローに入る。

「安心して後ろを任せられるってのはいいことだぞ」

鷲もそれに頷いた。


格納庫では外周攻撃隊のライアーに巡航ミサイルが取り付けられ、最後の点検を受けていた。

整理すべき私物自体が少ないせいで、時間が中途半端に余ってしまった狂鳥はぶらぶらと格納庫を歩いていた。

見知った機体と操縦者に気づいた彼女は電子戦機の前で話し込む二人に声を掛けた。

ワルシャワ攻略戦の時に電子戦で突入する狂鳥たちを援護したヴァンキッシャー"レイヴン"の搭乗者だ。

「おぉ、リーデル中尉じゃないか」

「あら中尉、お久しぶりね、ワルシャワ以来?」

「あれ、後席って……女だったっけ?」

狂鳥は操縦者と電子戦オペレーターの顔を交互に見て首を傾げる。以前に話したときは電子戦オペレーターは男だったはずだ。

「あぁ、これ?」

電子戦オペレーターはにこやかに微笑んだ。

「うん、こいつは変わってるんだ」

パイロットは苦笑する。

「そういう……趣味?」

"彼"の言わんとする事を理解した狂鳥は少し言いよどんだ。

「そういう事。最後になるかもしれないし、死ぬときは美しい自分でいたいの」

「そっか……」

狂鳥も納得したのか頷く。

「でもすごい、お化粧でこんなに変わるなんて」

記憶の中の彼の顔と今眼の前に立っている"彼女"の顔を比べ、狂鳥は感嘆の息をもらした。

「あなたも磨けばもっと綺麗になれる。今度テクニックを教えてあげる」

「ほんと?」

電子戦オペレーターはぽんぽんと狂鳥の頭をなで、格納庫の入り口を指さした。

「ほら、あなたの王子様が待ってる」

狂鳥の視線の先で、優しげな目をした青年士官が相棒の姿を探していた。


機体点検を済ませて搭乗指示を待つ魔女の肩を鷲が叩いた。

ハヅキ中尉、ちょっといいか」

「……どうしました?」

「恐らくこれが最後の出撃だ。だから……」

「ダメです、隊長」

魔女は鷲の言葉を遮った。

「な、まだ何も言ってないぞ?」

「言ったら、きっと私達のどっちかが死んじゃいます。ほら、映画とかでよくあるじゃないですか」

ジンクスを信じるだなんてらしくないな」

「でも、隊長だって私のお守り持ってるじゃないですか」

鷲はまだなにか言いたそうだったが、いつもどおりの魔女の反応に安心して苦笑いを浮かべた。

「……分かった分かった。作戦が終わったらにするよ」

――やれやれ、素直じゃないな。

「楽しみにしてます」

「――っと、隊長。一つだけお願いがあります」

機体の方へ歩き出そうとする鷲を、魔女が呼び止めた

「お? なんだ?」

鷲が振り返ると、魔女は右手を不思議な形に握っていた。

「ゆびきり、してもらえますか? 帰ったらさっきの続きを言ってくれるって」

「ユビキリ? なんかのまじないか?」

聞いたことのない名前に鷲は首を傾げる。

「そんなところです。こうやってもらえます?」

魔女は小指を曲げる

「こうか?」

鷲は言われるがままに、魔女と同じように手を握る。魔女はもどかしそうに鷲の握った手の形を整えて小指を曲げさせる。

「で、小指をこうして……」

「指きりげんまん、嘘ついたら針千本呑ます。指切った」

小指を絡め、二人は契りを交わした。

「帰ったら聞かせてくださいね」

「あぁ、分かった。約束だ」


二人は格納庫の外壁に背を預けて白み始めた東の空を見ていた。

「ね、ラルフ。遺書って書いた?」

「いや? 一応私物だけは整理しといたけど」

「そう……」

彼に死ぬつもりがないのか、いつもの楽観的な考えによるものなのか狂鳥には分からなかった。

「元気ないね。操縦代わろうか?」

「いい」

狂鳥はゆっくりと首を横に振った。

「ね、ミリィ」

「ん? んぅっ……」

突然抱きしめられ、反応する前に狂鳥は唇を奪われた。

「この間の仕返し」

ランクはしたり顔で微笑みかけた。

「……もう一回……んっ」

答えは言葉ではなく行動で示された。

「ありがとう。これで勝てそうな気がしてきた」

唇が離れ、狂鳥はランクに強く抱きついた。二つの影が重なり、一つになる。

東の空がゆっくりと明るくなってゆく。

――時間だ。

『外周攻撃隊、離陸準備!』

スピーカーから流れる号令が合図になり、影は二つに別れた。

「行こう」

「うん」

――二人なら、きっと。


ロジーマス基地の滑走路から次々に戦装束を纏った鳥達が飛び立っていく。

巡航ミサイルを吊るし、デジタル迷彩に塗られたライアー、ダークグリーンとブルーグレーの迷彩に塗り分けられ、電子戦装備を全身に取り付けたヴァンキッシャー、そして巡航ミサイルを吊るし、デジタル迷彩に塗られたライアー。

コンドル、離陸」

狂鳥の機体に描かれた雷とショットガンのマークが低い陽光を鋭く反射し、後続の魔女は目を細めた。

最後に滑走路に入ったのは大柄な対艦ミサイル四発を装備した青い北洋迷彩のライアーだ。

「行くぞ」

「ええ」

魔女は静かに答え、スロットルを最大まで押し込んだ


「まさに空中艦隊だな」

給油機に群がり、眼下に広がる雲海灰色のしみを落とす戦闘機を見て鷲はそう揶揄した。

「ここは21世紀ですよ、隊長」

鷲の言わんとすることを汲み取った魔女はその時代錯誤な言葉に釘をさした。

「エコー2、空中給油を許可」

魔女はゆっくりとフルカン給油機から垂れ下がった給油ドローグに機体を寄せる。

すっとプローグがドローグに差し込まれ、ジェット燃料が水鳥の身体を満たしていく。

ヴィクター37よりエコー2、燃料補給完了」

ディスコネクト」

魔女は給油プローブを引き込み、編隊に戻る。

一足先に空中給油を終えた狂鳥たちの外周攻撃隊はもう胡麻粒ほどの距離まで離れていた。


北海 王国艦隊の北東50マイル 201Y/5/16 05:32 NFX-26 270号機


高空の冷たい空気を黒い翼が切り裂く。レイピアの第2小隊は王国艦隊への先制攻撃を担当していた。

「こちら263、第二小隊は行動に移れ」

若き戦隊指揮官の命令を確認し、270と呼ばれたレイピアのパイロットは兵装を対艦攻撃モードに切り替えた。

「了解。270より各機、攻撃を開始しろ」

レイピアの胴体に設けられたウェポンベイの扉が開き、大型対艦ミサイルが放り出される。

随伴のMQ-99からも少々小振りで低速ながら炸薬の多い対艦ミサイルが切り離される。

ミサイルロケットモーターから炎を吐きながら王国艦隊に向かって突き進む。


王国艦隊の旗艦『レゾリューション』のCICに警告音が鳴り響いた。

ミサイル反応! 接近中!」

「どこからだ!?」

「検知不能、恐らくステルス機です」

空母を守れ! 奴らは必ず空母を狙いに来る」

ランチャーから防空用ミサイルが発射され、接近してくるミサイルを防ぐ。一発、二発と空中に火球が生まれるが、落とせた数は発射されたうちの半数にも満たない。

各艦の近接防空システムが一斉に起動し、砲弾と砲煙を吹き上げる。127ミリ、76ミリ、30ミリ、20ミリ。多種多様な砲弾が空を裂き、曳光弾が鮮やかなオレンジ色の尾を曳きながらミサイルに降りかかる。

駆逐艦ザクセン被弾、炎上!」

艦隊の最外周で奮闘していた駆逐艦の後部甲板から炎が上がった。

「マズい、一発抜けたぞ!」

ミサイルの一発が防空網をすり抜け、水飛沫を巻き上げながら空母に迫る。

ミサイル接近、着弾まで20秒!」

ミサイルはキングエドワード?の右舷から真っ直ぐに海面すれすれを突進してくる。

キングエドワード?の舷側に設置された近接防空システムが短距離ミサイルと砲弾を浴びせかけるが、当たらない。

「なぜ止まった!?」

唐突にキングエドワード?に搭載された近接防空システムが動きを止めた。回転を止めた銃口から硝煙が立ち上る。

「誤射防止機構です、味方艦が射線を塞いでいます!」

「あれは……"イレジスティブル"です!」

巡洋艦イレジスティブルは最大戦速で空母ミサイルの間に船体を割りこませた。その艦影を障害物と認識し、進路を変えようと僅かに動いたミサイルの制御翼をイレジスティブルの30ミリ砲が撃ち抜き、ミサイルの進路がぶれる。

斜め上方に迂回しようとしたミサイルは錐揉みをしながらイレジスティブルの舷側に深々と突き刺さった。

「イレジスティブル被弾!」

イレジスティブルの側面に火球が生まれ、爆風で隔壁が吹き飛ぶ。破孔から大量の海水が流れ込み、イレジスティブルはゆっくりと傾斜しながら速度を落とす。

「イレジスティブルより各艦、我の損害に構わず艦隊防空を優先せよ」

更にもう一発、対艦ミサイルが防空システムという盾を失ったイレジスティブルに突き刺さり、艦体がさらに傾斜していく。

「イレジスティブルは沈没する。繰り返す、イレジスティブルは沈没する!」

イレジスティブルの甲板から乗員が飛び降り、救命ボートが切り離される。

マストが倒れ、海軍旗や信号旗、そして北極星の描かれた国旗が暗い海面へと没していく。

「こちら」

「提督、本国の基地から攻撃隊が飛び立ったとのことです」

「時間通りだな。戦闘機を発進させろ」

命令を受けたキングエドワード?から空対空戦闘用の装備に身を固めた海鳥が次々に飛び立つ。

「頼むぞ……」

"キング・エディ"の艦長はメインスクリーンに映し出された発艦の様子を固唾を飲んで見守った。


ミハイルの操縦するレイピアは共和国艦隊と王国艦隊の中間地点に滞空し、静かに戦場を見下ろしていた。

「外周防空の99がすべて撃墜されました。敵編隊は艦隊右側面から接近してきます」

最後に残っていた無人機の信号が途絶え、共和国艦隊の右舷から航空機の機影が消える。

「艦隊左側面の機体を回せ、アウロラの発射を要請」

「了解」

シェスタコフ中尉は頷き、再びレーダーに目を向ける。

「敵空母からも敵機が発進した模様です」

「263より第三小隊へ、艦隊前方に移動して」

艦隊後方の防御を担当する二機を呼び出し、移動を指示する。

「先に海軍航空隊が接触します」

レーダー上でウリヤノフスクを発進した海軍航空隊のマークと王国海軍空母から飛び立った敵機のマークが重なり、もつれ合う。


「味方機より報告、右舷の警戒線を突破されました! 敵攻撃機接近、機数約20! 」

共和国艦隊旗艦、『ソビエツキー・ソユーズ』の通信手がミハイルから入った報告を繰り返す。

「敵は航空機のみだ、艦体右舷にアウロラを展開しろ。三層展開、間隔は5マイル」

「了解、全艦へ伝達。右舷にアウロラを展開、間隔は5マイル!」

各艦に命令が伝達され、ソビエツキー・ソユーズの垂直発射管から大柄なミサイルが次々に飛び出していく。

「こちらタシュケントアウロラ発射」

随伴する巡洋艦ランチャーからもアウロラが撃ちだされ、何条もの白い弧を空に描く。

「オチャーコフ、アウロラ発射」

共和国艦隊の発射可能な艦の殆どからミサイルが発射され、西の空へと向かってゆく。


北海 共和国艦隊の西150マイル 201Y/5/16 05:45 FS-04 11-0826号機"コンドル"


「空中管制機ゴライアスより攻撃部隊、敵機全滅を確認。敵艦隊まで150マイル」

「攻撃部隊、幸運を祈る。スラッシュ隊、帰投する」

本命の攻撃部隊を守るために空域から"邪魔者"を排除したミラン戦闘機が翼を振りながら上空をすれ違っていく。

ここからの護衛ははるばる本国から飛んできた、狂鳥いわく『たぶん強い』オイレ制空戦闘機が引き継ぐことになっている。

「あと20分で敵艦隊に接触」

距離と速度から敵艦隊までの時間を計算したランクは前席の狂鳥に計算結果を伝える。

アウロラ、来ると思う?」

「来るだろうね。彼らもこっちが来ることを知ってるはずだし……来た、レーダー反応、前方に複数」

連続的な電子音が鳴り、脅威の出現を操縦桿を握る狂鳥に伝えた。

「全機散開、進路はこのまま維持」

後続のライアーが編隊ごとに距離を開ける。

「レーダー反応、空中で消失……これは」

「おいでなすった!」

編隊の前方にオレンジ色に輝く柱が現れた。柱は次々に現れて隙間を埋め、やがて炎の壁となった。

「なんじゃこりゃあ!」

初めて見たパイロットはその恐ろしいまでに幻想的な光景に舌を巻いた。

「きれい……」

狂鳥もキラキラとまばゆい光を放つ炎の壁に一瞬目を奪われる。

ーーでも、邪魔はさせない。

コンドル、エンゲージ!」

しかしすぐにいつもの調子に戻り、ボタンを弾いて火器管制システムを対地攻撃モードに切り替えた。

セイバー、エンゲージ」

「ルクス、エンゲージ」

他の編隊の準備が整ったことを確認し、狂鳥は正面に意識を集中させる。

レーザーオン!」

後席の掛け声とともにヘッドアップディスプレイを彷徨っていたミサイルカーソルが炎の壁の一点で動きを止める。狂鳥は間髪いれずに兵装発射ボタンにかけた指親をぐっと押し込んだ。

コンドル、ロンチ!」

セイバー各機、発射!」

「ルクス隊、発射!」

外周攻撃隊のFS-04からミサイルが次々に切り離され、狂鳥の機から照射されるレーザーの反射光に導かれるまま、炎の壁の一点に食らいつく。内蔵されていた固形材料が一瞬で気化し、瞬間的に数千度の火球と化す。

その空間にあったあらゆるものが一瞬で蒸発し、爆風によってアウロラディスペンサーそのものも回転翼をもがれ、バランスを失ったコマのように回転しながら落ちてゆく。

「炎が炎を食った……!?」

「すげぇ!」

「こちら司令部、衛星画像によりアウロラの崩壊を確認」

「よし、アウロラに穴ができた!」

型を抜くように、炎の壁にぽっかりと穴が開いた。

「あんなところを抜けるのか!?」

「無茶だ、エンジンが停まっちまう!」

「あぁ、もう五月蝿い……」

狂鳥は奥歯を噛み締め、スロットルを最大まで押し込んだ。

「ついてこない奴は置いてく!」

機首を炎に穿たれた穴に向け、灰色の水鳥は加速していく。

「ほ、本当に突っ込んだぞ……」

「か、各機……続け」

後続のライアーもあるものは神に祈りながら、またあるものは十字架を握りしめながら炎の壁をくぐり抜けた。


アウロラ、第一層を突破されました!」

「突破だと!? ウリヤノフスクに甲板上の機体を全部上げさせろ!」

アウロラを上を飛び越えてくる敵機を落とそうと対空ミサイルを準備していた共和国艦隊はアウロラが崩壊したという知らせに浮き足立った。

「第二層、区画12と13が崩壊、突破されます!」

「第三層の内側に戦闘機を回せ、抜かれるぞ」

「第4飛行隊が向かっています」


「ぐうぅ、あと、一層……」

狂鳥はまだ熱気の残る空域をすり抜ける。乱れたままの気流が機体を揺さぶった。

透明の風防越しに残ったアウロラが放つ熱気が伝わってきた。

アウロラ最終層、正面! 距離6000!」

ランクが再びレーザーを炎の壁に照射する。

コンドル、リリース!」

「ルクス2、リリース」

セイバー3、ロンチ!」

右翼に残った最後のミサイルが切り離され、猛然と加速しながら炎の壁に突き刺さる。大きく広がった火球が一瞬のうちにあらゆる物質を飲み込んでゆく。

「やった……!」

アウロラ最終層崩壊!」

赤外線画像で温度をモニタリングしていたランクが飛行可能な温度に下がったことを確認した。

「作戦本部、こちらコンドルアウロラ防空網の突破に成功!」

「おぉぉ!」

無線越しに作戦本部のどよめきが聞こえた。編隊は間隔を詰め、一つの群れとなって炎の壁を潜り抜ける。

「おぉ、クソ!」

「ブレイク、ブレイク!」

炎の切れ間を抜けた王国軍機を、共和国海軍航空隊が待ち受けていた。ジュラーヴリクのストレーキに装備された30ミリ機関砲が吼える。アウロラの発する電磁波と熱の影響で中距離ミサイルも短距離ミサイルも誘導が効かず、彼らの翼に装備されたミサイルは高価なバラスト同然だった。

外周攻撃隊はそれぞれの編隊に別れて共和国海軍機に喰らいつく。

「おうおう、派手にやってんなぁ」

海鳥と取っ組み合いの喧嘩を始めた水鳥の群れから少々遅れて電子妨害装備を満載したヴァンキッシャーが炎の壁の隙間から姿を現した。電子戦オペレーターは前方に味方機がいないことを確認すると、見えない武器を構えた。

「レイヴン、HPMを使え。バラージでやれ」

管制機の許可が出る前に、ヴァンキッシャーは準備を終えていた。

「お許しが出たぞ、ぶちかませ!」

「オッケイ! HPM照射開始!」

二つ返事で最大出力にセットされた電子の槍が共和国艦隊のレーダーを凪いだ。


瞬間的にほぼすべての艦のレーダー素子に異常な反応が検出され、上空にいた共和国軍機もレーダーや操縦系統に不調をきたした。

「何が起こった!?」

「わかりません、モニタリング不能。レーダーが無数の機影を確認」

巡洋艦オチャーコフも例外ではなく、メインスクリーンに無数の機影が現れた。

ノイズ処理を最大に上げろ!」

「間に合いません! システムがオーバーフローしています!」

火器管制を担当する士官が必死にキーを叩く。しかしトラフィックが集中し、火器管制システムにコマンドは届かない。彼の努力をあざ笑うようにメインスクリーンが暗転し、オチャーコフの戦闘情報センターは赤い明かりだけになった。

「何事だ!」

火器管制システムがダウンしました! 再起動しています」

「急げ! 早くしないと敵機が来るぞ!」


無数のノイズ源や侵入してきた敵機の対応に追われる共和国海軍航空隊を、別の猛禽が見下ろしていた。

「こちらリッター隊、援護を開始する。FOX3!」

翼に北極星のマークを描かれたFI-05オイレ制空戦闘機のウェポンベイが開き、ミーティア対空ミサイルが次々に飛び出した。

発射されたミサイルは音の数倍の速さまで一気に加速し、赤い星を翼につけた海鳥を撃ち抜いていく。

「制空及び外周攻撃隊へ。内周攻撃隊到着まであと3分」

管制機が本命の攻撃隊の到着時間を告げる。

「お掃除の時間だ。各機、体当たりしてでも内周攻撃隊を守れ。各機、格闘戦に備えろ」

FI-05の可変ストレーキが開き、機体の空力特性を高速巡航から高機動に適したものへと変える。

「オイレをナメるなぁ!」

オイレの尾部に装備された三つの推力偏向パドルが最大まで開き、赤紫の排気炎を輝かせながら敵編隊へと斬りこんでいく。


炎の壁に穿たれた穴から、次々に内周攻撃隊が飛び出してくる。後席に座るランクはさっとその機数を数える。

「後続機は全機無事に突破」

作戦会議のときの割り振り数どおりの機体が東へと向かっていく。

「こちらコンドル。内周攻撃隊はアウロラを突破」

内周攻撃隊の中には左翼に魔女を描かれたライアーも混じっていた。彼らの戦いはこれから始まるのだ。

ミサイル警告!」

赤外線誘導ミサイルの接近を知らせる高いトーンの警告音が鳴る。

「チィッ、どこから!?」

「上だ!」

狂鳥はフレアを撒きながら機体を右に滑らせる。すぐ横をミサイルが通り過ぎ、囮の熱源に突っ込んでいった。

前進翼……!?」

狂鳥の背後を狙う青い戦闘機は、主翼が前に向かってせり出していた。その奇怪な外見は今まで見てきたどんな機体よりも邪悪な気配を彼女に感じさせた。

ベルクトだ!」

後席のランクが叫んだ。

「ランク、そいつから目を離さないで!」

狂鳥は操縦桿をきつく握り、スロットルを最大まで押し込んで右急旋回で振り切ろうとする。

すっと頭から血の気が引いていき、Gスーツが下肢を痛いほどに締めあげる。

「敵機、6時方向」

敵機はライアーよりも旋回性能に優れているのだろう、引き離されるどころかこちらの旋回円のさらに内側に入り込み、機関砲を射かけてきた。

「右!」

ランクの声からどう操舵すべきかを汲み取った狂鳥は右足でラダーを踏み込み、機体を一気に沈み込ませた。敵機は急減速しながら右に逸れる彼女の

「離脱しよう、旋回性能はあっちのほうが上だ」

「だめ、高度がない!」

狂鳥が機体を左に傾けて旋回上昇に移ろうとした時、後ろを見張っていたランクはこちらに機首を向けた敵機の主翼から白いものが切り離されるのを見た。

「カウンタメジャー!」

ランクはフレア放出ボタンを押し、囮の熱源をばら撒く。

「だめ、振り切れない!」

最後の盾、アクティブ防御システムがミサイルを検知し、散弾を撃ち返す。これを突破されれば申し訳程度の厚みの複合材と軽量合金しか操縦席に座るものたちを守るものはない。

無数の金属球はミサイルを捉えきれず、ライアーの下に潜り込んだミサイルが近接信管を作動させた。

「あぐぅっ!」

衝撃で機体が大きく揺れ、ミサイルの破片が狂鳥の右股を貫いてキャノピーが赤く染まった。

警報音がエンジンの異常を知らせ、右エンジンから黒煙が上がる。

「ミリィ!」

「あし……がぁ……はぁ……ぐぅ……」

機体は推力を失い、がくりと機首を下げた。

敵機はすぐに離脱し、他の機体に狙いを変えた。なにしろ獲物はいくらでもいるのだ。

「こちらコンドル、被弾した。離脱する」

ランクは短く報告し、状況を分析した。

――脱出は、無理だ。この状態で着水したら長くは持たない。

後席の脱出レバーを引けば、前席もそれに連動して射出される。

彼女が軽傷なら、脱出して海上で応急手当をすれば救助が来るまで持ちこたえられる。

もし彼女の傷が応急手当ではどうにもならないほど深いとしたら、救助が来る前に彼女は命を落とすだろう。

「ミリィ、操縦系統をこっちへ」

「うぅ……」

狂鳥は苦しそうな呻き声を漏らす。

「高度が下がってる、早く!」

狂鳥は左手で右脚の傷を押さえながら震える右手で操縦権限を後席に譲った。

墜落警告が危険を知らせる。ランクが操縦桿を引き寄せると機体は高度100フィートで降下を止めた。

機体を安定させたランクは素早く舵を操作し、操縦系統に問題ない事を確認する。

――よし、操縦系統は生きてる。

「あ、うぅ……ごめん、ごめんね……」

狂鳥は消え入りそうな声でうわ言のように繰り返す。

「君だけは、必ず生きて還す」

ランクは操縦桿を握り直し、広がる炎の壁に顔を向けた。

片方のエンジンを失った水鳥は、ゆっくりと旋回して炎の壁の切れ間へ向かっていった。

2013年01月27日 最終防衛ライン

最終防衛ライン(第28話)

| 23:11

ミュンヘンへの爆撃は王国側の戦意をくじくどころか、却ってハト派にも憎しみの感情を植えつけた。

勢いに乗る王国軍地上部隊は5月中旬にブレスト近郊で国境を超え、ミンスクを目指した。

対する共和国軍は残存戦力をミンスクに集結させ、王国軍を阻止しようとしていた。


王国 ホルツドルフ航空基地 201Y/5/8 09:02 作戦室


「おはよう諸君。今日のミンスク上空の天気はミサイル時々高射砲で大荒れの予報だ」

登壇早々、ロイヤル出身の指揮官がお決まりのジョークを飛ばすと作戦室にどっと笑いが広がった。

最前列でそれを聞いて吹き出しかけたランクに狂鳥は物言いたげな目を向ける。

「ごめん、つい……」

「ふんっ」

その視線に気づいたランクは肩をすくませる。が、狂鳥は鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。

「ゲフン……さて」

マイクが必要ないほど大きな咳払いをした指揮官は真剣な表情に戻った。

「知ってのとおり、昨日正式にミンスク攻略が決定された」

指揮官は言い終えると作戦室に集まったパイロットたちの顔ぶれを見渡した。特に驚きの表情を浮かべているものは居ない。

緒戦のワルシャワ以来の大規模な作戦とあって、今回も余裕のある戦線から集められた部隊が幾つか参加しているのがわかった。

ライチェ少佐、説明を頼む」

「では、詳細を説明します」

指揮官に代わってライチェ少佐が登壇し、スクリーンにミンスク周辺の地図を表示する。彼女が右手に握ったコントローラーのボタンを押すと、共和国軍を示す赤いマークが一気に合成表示された。

これにはほとんどのパイロットから驚きの声が漏れた。数がこれまでとは比較にならないほど多い。

ミンスクへ続く一号線は多数の火砲、トーチカ、地雷原、対戦車ヘリコプターによって防衛されており、航空支援無しでの突破は困難を極めます」

ライチェ少佐がボタンを押すと、偵察機や衛星から撮影された敵陣地の写真が数枚表示された。どの陣地も巧妙に偽装され、さらに土嚢やコンクリートで補強されている。

「さらにミンスクにある2つの空港が敵の前線基地および補給基地として運用されており、航空優勢確保のため制圧する必要があります。そこで第一次攻撃隊がミンスク第一および第二空港を攻撃、滑走路を破壊して輸送機の運用能力を奪います」

「航空支援隊も第一次攻撃隊と同時に出撃し、味方地上部隊を支援してください。第二次攻撃隊が1号線に地雷を散布して敵の補給線を撹乱します」

「以上、解散!」

号令とともにパイロットたちはぞろぞろと作戦室から退室していく。しかし、狂鳥だけはパイプ椅子にじっと座ったまま動こうとしない。

ライチェ少佐がちらりと心配そうな眼差しを二人に向けたあと部屋の扉を閉じると、やがて作戦室に残っているのは彼女とランクの二人だけになった。

「ミリィ、どうかした?」

「……」

狂鳥は答えず、静かに頭をランクの肩に預けた。

「やっと、二人っきりだね」

「あっ……」

ランクははっとした表情を狂鳥を向ける。不機嫌そうな目。

「気づくのが遅い!」

「うっ……ごめん」

脇腹に狂鳥の鋭い一撃を受け、ランクは離陸前から被弾した。

「あの時砂漠で言ったこと、信じてる」

すっと深い色の瞳に見つめられ、ランクの心臓が鼓動を増す。

「うん」

「だから……ね?」

小さく頷くと、狂鳥の唇にゆっくりと近づく。

「こら!」

狂鳥は右手でランクの顔を押しのけた。

「え、キスじゃない?」

「生きて帰ったら!」

「あ、はい……」

きっぱりと拒絶され、ランクは肩を落とす。

「じゃ、これは前払い」

やわらかなものが一瞬だけ頬に押し付けられる。

「っ!」

ランクが頬にキスされたことに気づくと狂鳥はしたり顔で唇を舐めた。

「ふふっ、ごちそうさま。行こっ」

狂鳥はランクの手を握ると、そのまま歩き出した。


「昨日はルドルフ、今日はミンスク、この調子で行くと来週はシベリアあたりに爆撃しに行けと言われるんじゃないか」

「だったら皇国からのほうが近いですね。案内しましょうか?」

「冗談にならないことを言うな」

鷲は不機嫌そうにフライトプランを書き込んだミンスク市街地の地図をポケットに突っ込んだ。

第一次攻撃隊に遅れること1時間、第二次攻撃隊の224飛行隊も出撃準備を整えていた。

「よりにもよって、地雷撒きの仕事とはな」

愛機に装備された巨大なディスペンサーを見上げた鷲は、その目的と優美さの欠片も感じられないデザインにため息をついた。

「でも、あの道路を封鎖しないと彼らは次々に戦力をミンスクへ持ってきますよ」

事実、モスクワ方面からは続々と兵員や補給物資がミンスクに到着していることが判明している。

味方がようやく鉄道線路の破壊に成功したというニュースが入ったのは今日の明け方だ。

「そこはお前が37ミリ砲で片っ端からやっつけてくれるんだろ?」

鷲は格納庫の隅に置かれた37ミリ砲に目を向ける。

「あんなことができるのは彼らだけです」

――でも、またあの子と一緒に飛んでみたかった。

狂鳥の自信に満ちた笑顔を思い浮かべ、魔女は少し胸の中が暖かくなるのを感じた。

ヘンシェル大尉、燃料補給および武器の搭載、完了しました」

最後のチェック項目を確認した整備兵が敬礼し、作業終了を鷲に伝えた。

「さて、行くか」

「はい」

鷲はコンテナの上においていたヘルメットを掴み、魔女も髪をかき上げてピンで留めた。


共和国 ミンスク近郊 201Y/5/8 10:14 1号線


ぼやけた視界の中心で、ぼろぼろに擦り切れた紺地の布がはためいている。その中心にあるのは欧州統一の象徴である北極星だ。

ランバート少佐は激しく咳き込んで身を起こした。砂利と血の塊を吐き出して大きく深呼吸する。

彼の第31中隊はミンスクに突入する戦車隊と共に進軍するさなか、共和国軍の待ち伏せを受けた。ランバート少佐の乗っていた装甲車もつい数秒前にトーチカからの攻撃で破壊され、一番後ろに乗っていた彼だけがほとんど無傷で車外に放り出された。

「げふ、ごふっ……誰か、動けるものはいるか?」

「少佐ァ、無事でありますか!?」

ランバート少佐はもう一度咳き込んでから迷彩服についたコンクリート片を払った。駆け寄った上等兵が立ち上がるのを手伝った。

「前にいたボクサーは?」

「一撃でした……撃ってきたトーチカは戦車隊が制圧しましたが……」

「くそっ」

無残な姿を晒す装甲車の残骸を見てランバート少佐が毒づくと、西の方から低いエンジン音が聞こえた。頭上を緑灰色の影がかすめ、轟音が鼓膜を震わせる。

「味方の戦闘機だな、無線機をくれ」

ランバート少佐はまだ動く無線機を受け取ると周波数を切り替えた。

「上空の味方機、聞こえるか? こちらヤーデ6、陸軍31中隊。君たちが航空支援か?」

「ヤーデ6、こちらはコンドル。貴隊の航空支援を担当します」

よく通る女の声がノイズ混じりに返ってきた。

――どこかで聞いた声だな。

その声には不確かながらも聞き覚えがあった。

「フント隊よりコンドル、また一緒に戦えて光栄だ」

そう返したのはガラガラとキャタピラ音を響かせてランバート少佐の横を通り過ぎた戦車だ。彼らもあの戦闘機とは一緒に仕事をしたことがあるらしい。

先陣を切る戦車の側面装甲に当たった砲弾が複合装甲に弾かれ、凄まじい火花と金属音をあげた。

「4号車被弾!」

「どこから撃たれた!」

慌ただしい無線とともに戦車の砲塔のキューポラが回転して敵を探す。

「1時の方向、何かいます!」

立体交差の斜面から共和国軍の戦車が砲塔だけを覗かせている。

「シャイセ! 戦車が居やがる!」

「また来るぞ!」

敵戦車の主砲が瞬くと、徹甲弾が先頭の戦車のキャタピラ突き抜け、その中にある転輪を変形させた。

「こちら4号車、履帯に被弾した! 身動きが取れない。ハインツ、撃ち返せ!」

それでも4号車は砲塔を回し、敵戦車に照準を合わせる。

「煙幕を張れ!」

4号車が発砲すると同時に他の戦車が煙幕を張り、敵の狙いを妨害する。

「4号車を援護しろ。3号車、前に出る!」

代わって『03』と砲塔に書かれた戦車が前に出る。

「こちらコンドル、敵の正確な位置を指示せよ」

「3キロ先の立体交差だ。味方の戦車がやられた!」

「了解した。攻撃に入る」

戦闘機はすぐに翼を翻して先ほど砲煙のあがった地点の周りを旋回しはじめた。


狂鳥は機体を傾けて立体交差を睨みつけるが、偽装はかなり手が込んでいるようで、肉眼で見ただけではどこに敵がいるのかさえ見えない。

「まずはあたりをつける。サーマルで片っ端からマークして」

「了解。うわ、こりゃすごいな」

メインディスプレイに表示した赤外線映像を見たランクは舌を巻いた。そこには対戦車陣地の発する熱の痕跡がくっきりと映しだされている。

ご丁寧な事に対戦車陣地は立体交差の斜面に沿ってほぼ一直線に配置されている。

「とりあえず目に付くだけで戦車が6両、自走砲が10門くらいかな。さっき味方を撃ったのは先走ったヤツだけみたいだ」

ランクは手元のボタンを手早く操作し、赤外線映像を前席にも表示させた。

「これ一回で食えるかな……? まぁいい、掴まって」

狂鳥は機体を急旋回させ、対戦車陣地の防御線に沿って近づく。

コンドル、ガンズ!」

狂鳥は安全装置を解除し、トリガーに掛けた人差し指に力を込めた。

胴体下に装備された37ミリ砲が瞬き、次々に砲弾を送り出す。

37ミリ砲弾が自走砲の側面装甲を貫き、内部の榴弾を誘爆させ、向かってくる王国軍を迎え撃つための火力が共和国軍の兵士たちに襲いかかった。

絶叫と轟音。そして炎が次々に上がる。

超音速で飛来する380グラムの徹甲弾は直撃はもちろん、すぐそばを掠めるだけでも人間という脆い標的相手には破壊的な威力を発揮した。


「すげぇな」

木立の影に隠れたランバート少佐は双眼鏡の中に映る光景に舌を巻いた。

あのFS-04が機銃掃射を始めた途端、炎のカーペットが広がり、次々に火柱や火球が生まれた。

時折曳光弾が火花とともに反射するのはおそらくコンクリートに弾かれたせいだろう。

「こちらコンドル、もう一度掃射する」

「あぁ……助かる」

ランバート少佐は生返事を返し、デジタル迷彩に塗られ、鋼鉄と火焔の雨を降らせる猛禽の翼に描かれた紋章が赤い星ではなく白い北極星であることに心から感謝した。

ゆるやかに再度旋回したFS-04の胴体下の砲口が再び瞬き、先ほどと同じように地上に死を振り撒く。

「あの飛び方……そうか!」

そのとき、彼女らの飛び方に見覚えがあった理由がわかった。

「少佐もあの飛び方に見覚えが?」

「あぁ、ワルシャワの時に世話になった」

「私もアフガンで聞いたことがあります。『飛んだあとには草一本生えない』と言われたコンドル隊です」

コンドル……」

ランバート少佐は噛み締めるようにその名を繰り返す。

「しかし妙です、私が聞いた時には二機だったはずなのですが」

「こちらコンドル、掃射完了。待機します」

獲物に満足したのか、FS-04は満足げに高度を上げていった。

「こちらフント隊、航空支援に感謝する。これより前進を開始する。遅れるな!」

煙幕の中に隠れていた王国軍の戦車隊も前進を再開し、敵陣地への距離を詰める。

「ヤーデ6よりコンドル、お陰で助かった。支援に感謝する」

ランバート少佐も感謝の意を無線で伝える。

「よし、前進する! ミンスクには俺達が一番乗りだ! 全員乗り込め」

無線機をポケットに戻したランバート少佐はライフルを掲げ、生き残った部下たちに命令を下した。

「おぉー!」

部下たちも拳を天に突き上げて彼の呼びかけに応えると装甲車に乗り込む。

「これより敵防衛線を突破する。ヤーデ2、3、4続け!」

「ヤー!」

後続の装甲車もディーゼルエンジンの力強い音を響かせ、先陣を切る戦車隊を追いかけた。


王国 ホルツドルフ航空基地 201Y/5/8 13:11 作戦室


「もっと早く出来ないの、これ?」

狂鳥は不機嫌そうにライアーの腹に繋がれた燃料ホースを指差した。

「無理です中尉、燃料タンクが爆発します……ひっ」

燃料流量計から顔を上げた整備兵が彼女の形相にに気づいて凍りついたように固まる。

「あぁもう!」

基地に戻った狂鳥や他の機体はただちに燃料と弾薬の補給を受け、最低限の整備だけを行なって次の出撃に備えるはずだった。

狂鳥は一度トイレに行ったきりで、いつでも飛び立てるよう機体のそばで待っていた。

しかし、なかなか彼らの順番は回って来ず、ようやく燃料補給の順番が回ってきた頃には13時を回っていた。

「落ち着いてって。整備クルーにあたってもしょうがないじゃないか。はい君の分の燃料」

ランクは狂鳥をなだめながらサンドイッチを差し出す。

「……いらない。食べていいよ」

サンドイッチの具材を一瞥すると狂鳥は不快感をあらわにそれを拒絶した。

「でも、お腹空いてるって」

「スパム嫌いなの!」

「じゃあこっちの」

狂鳥は魚のフライを挟んだ方をひったくるように受け取ると、無言でそれに食らいつく。

「おいしい?」

彼女は最後の一口を飲み込むと小さく頷いた。

「作戦本部よりミンスク方面で作戦行動中の全機へ緊急警告!」

スイッチを入れたままの無線機から本部からの通信が入り、狂鳥もランクも顔を上げた。

「多数の装甲車両からなる部隊がミンスクへ移動中。先ほど偵察衛星が確認した。戦車80両以上を確認」

「今そんな数の戦車がなだれ込んだら味方がバラバラになるぞ!」

真っ先に食って掛かったのは鷲だった。ノイズ越しでも彼の気持ちは伝わってきた。

今先鋒がつぶされればミンスク攻略は初日から頓挫する。

「作戦本部、敵が地雷原に到達する時間の予想はつくか?」

「およそ1時間後だ」

その場にいた全員が時計に目を向けた。今から飛び立てばなんとか間に合う時間だ。

「ええ、まだこちらに……リーデル中尉、ライチェ少佐からです」

作業を監督していた整備長がインカムを外して狂鳥に渡した。

「私に? お待たせしました、リーデル中尉です」

『中尉、あなたの部隊は補給作業にどれくらいかかりそう?』

「燃料補給、完了しました!」

景気のいい声とともに高圧ホースがライアーの胴体から外され、整備兵がパネルを閉じる。

「今燃料補給が終わりました。いつでもいけます」

インカムを指で抑えたまま狂鳥は何度か頷く。

『では、大至急これから指定する座標へ飛んでください。ルクス隊が同行します』

「……復唱します、緯度54.264823、経度28.672256。はい、すぐに行きます」

大きく頷いてインカムを整備長に返すと、狂鳥はランクからスパムサンドイッチを取り上げた。

「ランク、行くよ」

「行くって、どこに?」

「狩りに決まってるじゃない!」


共和国 ミンスク近郊 201Y/5/8 10:14 1号線


ガラガラと騒がしい音を立て、アスファルトを踏みしめながら共和国軍第4戦車大隊はひたすら南西へ走っていた。

本来であればモスクワから鉄道でミンスク入りする予定だったが、王国軍に線路を破壊されたために直接ミンスクへ向かうことになった。

「あと一時間ほどでミンスクに到着します」

「ファシストどもを震え上がらせてやる。空軍はちゃんと来るんだろうな?」

「そろそろミンスクから上空援護機が来るはずです」

「そうか。例の凄い奴だといいんだがな」

「第5レーダーサイトより報告、敵機がこちらへ接近! 機数5、ライアーです」

「市街地に入れば手出しはできないはずだ。前進し続けろ」

車列を守るように配置された自走対空砲が空を睨み、砲塔に据え付けられた電子の目が敵を捉えた。

「敵機を補足した。射撃用意」

「撃てっ!」


警告音がコックピットの中に鳴り響き、狂鳥は舌打ちした。

「レーダー警告! 少なくとも4基に狙われてる」

ECM全開、出し惜しみしたら殺す!」

警告音よりも恐ろしい声でランクに指示を飛ばし、狂鳥は操縦桿を傾ける。主翼下に合計12発の対戦車ミサイルをぶら下げた機体の反応は鈍く、忌々しいミサイル警告音やそばを掠める曳光弾とともに彼女の苛立ちを煽った。

「捉えた! ブリムストーン準備よし」

妨害電波の出力を最大に切り替えたランクはフレアーを放出して敵のミサイルを躱す。

コンドル、ライフル!」

狂鳥は指先を素早く動かし、目標を切り替えながら発射ボタンを押す。

左右の翼にぶら下がった3連装のランチャーから対戦車ミサイルが飛び出し、次々に自走対空砲を叩き潰す。

「対空砲残り2」

「ルクス2よりコンドル、こいつは任せろ。ルクス2、ライフル!」

ルクス隊も攻撃を開始し、すぐに残りの自走対空砲を黙らせる。

「全機一旦離脱、地雷原まで泳がせる」

すべての対空兵器を破壊した狂鳥とルクス隊の四機は北西へと離脱する。


「敵機、離脱していきます」

「道路を離れて散開しろ。まとめてやられるぞ!」

戦車が散り散りになり、道路沿いの草地に次々に飛び出す。が、今度は二時間ほど前に出来た凹凸が彼らを阻んだ。

滑走路破壊用の二段式爆薬は地面をえぐり取り、優秀なサスペンションを持つ共和国軍の戦車も足を取られ、運のないものは身動きが取れなくなる。

「37号車擱座!」

「61号車、行動不能」

「くそ、今度は何だ!」

怒号と悲鳴が周波数を埋め尽くす。

「穴です! 地面に無数の爆撃痕!」

「ちゃんと避けろ! スラローム走行くらい教練で習っただろうこのマヌ――」

叱責の声が途切れ、指揮車両が炎に包まれた。

「指揮車両がやられた!」

「地雷だ! 対戦車地雷!」

次に彼らを待ち受けていたのは磁気感応式の地雷だった。

「各車下がれ、地雷だ!」

不運な戦車は後退の際に地雷を踏み、底面を貫いた熱と金属片に"中身"をずたずたに引き裂かれた。

「クソッ、魔女のバアさんの呪いか!」

「作戦本部! こちら第4戦車大隊、大至急戦闘機を回してくれ!」

すべての自走対空を失った今、彼らの頭上を守るのは装甲板だけだ。

「こちら作戦本部、ミンスクの滑走路が制圧された。現在そちらに回せる航空機はない。各自臨機応変に善処せよ」

「敵戦車、進軍停止」

管制機が戦車部隊が止まった事を確認すると、五機のライアーは素早く反転し、戦車隊の背後に忍び寄った。

「全機、攻撃開始!」

狂鳥の命令とともに、身動きの取れなくなった戦車を五羽の猛禽が襲う。

爆弾、ミサイル、機関砲弾――おおよそFS-04に装備できるあらゆる種類の対地攻撃兵装が降り注ぎ、次々に戦車を葬っていく。

「くそったれ! 空軍は何をしているんだ!」

降り注ぐ砲弾と爆薬の中で、戦車兵たちは自らを守るべきだった者たちを呪った。


共和国 リヴィウ上空 201Y/5/08 12:42 NFX-26 263号機


父の死を悲しむ暇もなく、ミハイルは毎日のように出撃を重ねていた。

後席のシェスタコフ中尉は『残念です』と弔意を伝えたが、それ以外はいつもの様にミハイルに接した。

ミハイルも日常となった戦場に身を置いている方が気が楽だった。

レイピアならば数にまさる王国空軍戦闘機とも、互角以上に渡り合える。ミンスクに戦力の大半を振り向けている今、がら空きの南方の戦域はミハイル達が王国軍を押しとどめていた。

「司令部からの通信です」

シェスタコフ中尉が通信を知らせるアイコンに気づき、人差し指でそれに

「司令部より263、ミハイル少佐、聞こえるか」

レイピア専用の周波数のお陰で明瞭に聞こえる。

「こちら263、感度良好。何か問題でも?」

「最高司令部より伝達、すべての作戦行動中のレイピアは帰投せよ。最優先命令だ」

「なに?」

「繰り返す、すべての作戦行動中のレイピアは帰投せよ」

「……了解した。263より各機、帰投するぞ」

「了解しました」

ミハイルが操縦桿を傾けると電子制御の怪鳥はすぐに翼を傾けた。三羽の怪鳥と、八機の無人機が彼の操縦するレイピアとともに北西へ進路をとった。

ミンスクの様子はわかるか?」

レイピアは高速機だが、移動の合間は退屈だ。ミハイルは座席に深く腰掛けると後席のシェスタコフ中尉に質問した。

「空港は2つとも破壊されたようです」

「そうか」

――持ちこたえてくれるといいが

十分予想できたこととはいえ、ミンスクを支える補給線のうちひとつが絶たれた。

陸軍の増援部隊は到着したか?」

「少しお待ちください……えっ?」

メインパネルを操作するシェスタコフ中尉の指が止まった。

「どうした?」

ミハイルは怪訝そうに問いかけた。

「第4戦車大隊、壊滅です……」

震える声でシェスタコフ中尉が答える。

「なに?」

「いえ、壊滅……です。地雷と航空攻撃で半数以上が損傷、後退したとのことです」

「100両の戦車だぞ!」


共和国 クビンカ基地 201Y/5/08 17:13 54番格納庫 


基地に戻り、機体から降りたシェスタコフ中尉の足元がおぼつかなくなり、小柄な身体が傾いた。

「すみません少佐、ちょっと気分が……」

そう謝ったリリアの額には玉のような汗が浮かんでいる。

「大丈夫か?」

「えぇ、すみません。ちょっとめまいが……」

そのまま力が抜け、リリアはゆっくりと倒れる。

「同志中尉、リリア! しっかりしろ! 衛生兵!」

ミハイルは彼女の身体を抱きとめ、格納庫内に響くほど声を荒げた。


「過労とストレスですな。一晩ゆっくり休めば良くなるでしょう。栄養と休息が一番の薬ですよ」

軍医は診察の結果をミハイルに簡潔に報告した。

隣の部屋ではリリアが腕に点滴を繋がれ、穏やかな寝息を立てている。

「そうか、ありがとう」

軽く礼をするとミハイルは回転椅子から腰を上げる。

――俺はどちらに安堵しているんだ? リリアが無事なことにか? まだ戦えることにか?

「少佐」

「……なんだ?」

ドアノブに手をかけたミハイルを軍医が呼び止めた。

「あなたも十分休んでください。疲れは判断を鈍らせます」

「それが許されるなら、してるさ」

ミハイルは振り返ることなく廊下に出た。

ドアの閉まる音がやけに大きく廊下に響いた。

「サフォーノク少佐!」

「どうした?」

ミハイルが静かに答えると、下士官は駆け寄って敬礼し、伝言を伝えた。

「少佐、こちらにいらっしゃいましたか。大佐がお呼びです」

「すぐに行く」

ミハイルは呼びに来た下士官に続いて、廊下を歩いて行く。

ミハイルはドアをくぐった。下士官は一礼すると退室していった。

「お待たせして申し訳ありません。同志大佐」

「待っていたよ。ミハイル・アンドレイヴィチ・サフォーノク少佐」

レイピアによる作戦立案を任されている大佐は革張りの椅子から立ち上がり、ミハイルにも腰掛けるよう薦めた。

シェスタコフ中尉の件は先程聞いたよ。忠実な部下は大切にすることだ」

大佐はテーブルの箱から葉巻を一本取り出すと、ミハイルにも薦めた。

「一本どうだね、珍しいものだぞ」

「いえ、遠慮しておきます」

ミハイルはゆっくりと首を横に振った。

「そうか」

大佐は葉巻の端を切り落として香りを堪能すると、マッチで端に火を付けた。

「ウリヤノフスクは知っているか?」

一口吸ってから大佐は本題を切り出した。

「重航空巡洋艦のですか?」

重航空巡洋艦――共和国では政治的理由から空母のことをそう呼ぶ。

海軍のあのデカブツだ。次の作戦ではアレを使うことに決まった。君の隊が上空支援だ」

レイピアの航続距離と足の速さはすでにミハイル自身が実証している。それに加えてレイピアはステルス性をも備えている。攻撃にも防御にも有効に働くことは容易に想像がついた。

海軍バルト海で散々な目に遭わされたらしいが、今度は成功させるとクレムリンに啖呵を切ったそうだよ」

一瞬ミハイルの脳裏にあの忌々しい魔女の姿がちらつき、表情を曇らせた。

「我々も最善を尽くします」

魔女の姿を頭のなかから追い出し、ミハイルはいつもの自信に満ちた表情を取り戻した。

「期待しているよ。明日には正式な通達が来るだろう」


王国 王都 201Y/5/08 16:42 宮殿


「……なんだと?」

「すでに海軍が第3艦隊の出港準備を進めています」

ロンドンの宮殿でその報告を受けた国王は口元へ運ぼうとしたティーカップをソーサーに戻した。

モスクワの情報提供者からもたらされた情報は驚くべきものだった。

共和国海軍は動員可能なほぼすべての戦闘艦を動員し、ロンドンを攻撃する。

「ベルリンはなんと言っている?」

「万が一に備え、核シェルターに避難せよとのことです」

「ここに残る」

「は?」

国王の言葉に30年来付き添ってきた付き人も耳を疑った。

「ここに残る、と返信しろ。二度も言わせるな!」

「は、はい!」

叱咤の声に付き人は肩を震わせる。

「残るのは私だけでいい。娘たちは避難させるんだ」

「かしこまりました」

一礼した付き人は静かに部屋を後にする。国王はゆっくりと椅子から立ち上がり、夕日の中に浮かぶ市街地を見つめた。

「800万のロンドン市民を見捨てろだと? ベルリンの腑抜けめが」


王国 政都 201Y/5/08 16:50 総統府


「あの古狸め……」

「閣下、いかが致しましょう?」

閣下、と呼ばれた男は肩を震わせ、顔を真っ赤にしながら王都からの返信の印刷された紙をグシャリと握りつぶした。

「それで、海軍はなんと?」

「たとえ海軍がなくなっても敵艦隊はフェロー諸島の北東沖で阻止する、とのことです」

「決戦は北海か……」

第三代総統は壁に貼られた世界地図を静かに睨んだ。

2012年11月24日 黒鯨

黒鯨(第27話)

| 20:48

北海 ルドルフ空軍基地沖150マイル 201Y/5/3 11:28 N2K3 15-0327号機 "カッツェ"


紺色のゼーヴィントが水切りのように断続的にフロートを海面に叩きつけ、飛沫を散らしながら海面を駆ける。

三つのフロートそれぞれに緩衝装置がついているとはいえ、設計限界ギリギリの衝撃は波を超えるたびに操縦者を揺さぶった。

「くそっ、こんなんじゃ尻がミンチになっちまうぜ!」

「喋るな、夕食がお前のタンシチューになる」

こんな状況でも、二人のパイロットはユーモアのセンスを海に落としはしなかった。

「うごっ……なぁジーク、俺いま女の気持ちがわかったかもしれない」

「黙れ、あと10秒で投下だ」

二機の主翼下のハードポイントには黒く細長い物体が吊るされている。

「わぁーってる! 3,2,1……カッツェ、投下ぁ!」

「クレーエ、投下」

黒い物体が切り離され、軽くなった機体がふわりと宙に浮かぶ。

「いけぇえええ!」

黒猫はスロットルを全開まで倒し、アフターバーナーの熱で海面を沸き立たせながら離水する重い魚雷という枷から解放された機体は軽々と上昇していく。

烏の機体もフロートを畳んで水面を離れる。

四本の魚雷は一度大きく海面で跳ねてから水中に潜り、獲物の立てるスクリュー音へと向かっていった。

1分後、標的役の貨物船の船首と中央から巨大な水柱が上がった。竜骨が軋みを上げて砕け、海面を白く染めながら真っ二つに折れて沈んでゆく。


同時刻 ルドルフ空軍基地 作戦室


「すげぇな……皇国が特許を手放さないわけだ」

「これが、酸素魚雷……」

作戦室のスクリーンに映し出される訓練の様子を見ていた魔女と鷲は、スクリーンに映る映像に圧倒された。

命中から3分とたたないうちに標的の貨物船は舳先を上に向けて沈んでいき、残った僅かな浮遊物だけがそこに残り、船が居たことを伝える。

『クレーエ、カッツェ、状況終了。帰投せよ』

スピーカーから流れる通信が訓練終了を伝える。

『了解ルドルフタワー、帰投する』

『ドローンD-2、D-6も帰投します』

今日の訓練は本物の中古船を目標にした贅沢なもので、観測用に無人機が来ていることがそれを裏付けている。

やがてデータ収集を担当していた無人機からの映像も途切れ、作戦室に静寂が戻った。

「ふぅ……飯でも食うか」

「隊長、午後って空いてますか?」

大きく伸びをして食堂に向かおうとする鷲を魔女が呼びとめた。

「お前と同じく空いてるが、どうした?」

「お昼、一緒にどうですか?」

「飯ならいまから食堂に……」

そう言いかけた鷲の言葉を魔女が遮る。

「街の、です」

「あぁ、お前がよくいってるあそこか」

納得した鷲は魔女の誘いに乗った。


喫茶店「アスフォデロス」はいつものように、静かに佇んでいた。その周囲に並ぶ民家も以前と同じ姿のままだ。

「よかった……」

自分の目で街の無事を確かめたかった魔女は、久方ぶりに訪れた街が変わらぬ姿をとどめていることを知って安心し、表情を緩めた。

「市街地への被害は墜落した敵機の破片で一部家屋が倒壊、港湾地区に機銃掃射があったものの人的損害はゼロ。またひとつ勲章が増えるな」

「別に……勲章が欲しくてやったわけじゃありません」

――ただ、そうせずにはいられなかっただけ。

鷲の言葉に答えた魔女は心のなかでそう付け加えた。

「お邪魔します」

「いらっしゃい、お、珍しいね。お連れさんも空軍で?」

店主は

「えぇ、こちらはヘンシェル大尉」

「どうも。ヘル……えぇと」

「私も若い頃は陸軍にいましてね。しかし演習中の事故で腕をやってしまいましてね。それ以来この店で茶を汲んでおります」

「なるほど、それは……」

「狭い店ですが、どうぞごゆっくり。窓際の席は空いてますよ」

「よっ……と」

鷲は椅子に腰を下ろすと店内を改めて見回した。

――いい趣味だな。

落ち着いた内装と調度品。掃除も行き届いている。

「ここは何が美味いんだ?」

「紅茶は絶品ですよ。ハーブティーがおすすめです」

魔女はメニューの一番上にある飲み物の欄を指で示した。

「コーヒーはどうなんだ?」

「今月のコーヒーはブルーマウンテン。メニューをどうぞ」

店主は二人にメニューを渡し、テーブルの上に食器を並べていく。

「ブルーマウンテンか、悩ましいな」

「夜ならお酒もいろいろ出るんですけどね」

魔女は店主の言葉に付け加える。

「飛行前24時間は飲むなって規則に引っかかるだろ……よし、このポークプレートにする。お前は?」

「私はチキンプレート。飲み物はハーブティーで」

「あ、この野郎」

その意味に気づいた鷲は苦笑し、店主は伝票にさっと書き込むと厨房へと戻っていった。

『……前線は国境付近に近づいており、これについてバウアー将軍は『我々は一平方センチメートルたりとも共和国に領土を渡すつもりはない』とコメントしています。以上、ワルシャワからお伝えしました』

「陸の連中も随分と元気になったな」

魔女からミネラルウォーターの注がれたグラスを受け取った鷲はちらりとノイズ混じりのテレビに視線を向けた。

「緒戦でうまく立ちまわったみたいですね。それに、今はリーデル中尉もいますよ」

"狂鳥"ことリーデル中尉から魔女には三日に一度ほど無事を知らせるメールが届いている。携帯電話の数インチの画面が二人のパイロットを繋いでいた。

「あの腕っぷしの強そうな嬢ちゃんか。確かにあんなのこえーのが上空にいたら陸の連中も奮い立つだろうな」

「最近はあの下僕さんと熱々みたいですよ? ほら」

魔女は携帯電話のメールボックスから一番新しい受信メールを開いて鷲に見せる。

「ほう、あのランク少尉とか……ごっふ!」

そこに並ぶ文章を一目見た鷲は飲みかけのミネラルウォーターを吹き出した。

「ちょ! 隊長何やってるんですか、もう」

不機嫌そうな表情を浮かべ、魔女は押し付けるように鷲に紙ナプキンを渡す。

「げほっ……ごほっ……これを、くくっ……あのっ、リーデル中尉が、むぷぷっ……む、無理無理……くぁーっはっは!」

受け取った紙ナプキンで口元を拭った鷲は机を叩いて笑った。

「まぁ、私も見たときは口から角砂糖吐きそうになりましたけど」

画面には丸っこいピンク色の字体で『累積車両撃破数100両突破記念』と書かれ、ランカスター少尉に抱きつく狂鳥の姿が写っていた。

「あのリーデル中尉がねぇ……戦争が人を変えるってのは本当なんだな」

鷲が携帯電話を魔女に返すと、ちょうど厨房から両手にトレーを持った店主が出てきた。

「ほいお待たせ、ポークプレートとっ……チキンプレート。どうぞごゆっくり」

「どうも」

豚肉のソテーをひとくち口に入れた鷲の表情が変わった。魔女は僅かに笑みを浮かべ、自分もナイフとフォークを握った。

「美味いな……」

絶妙な配合のスパイスと塩加減が臭みを消しつつ肉本来の旨みを引き立て、溢れ出る肉汁が口の中にぱっと広がる。

鷲は無言で手を動かし、付け合わせのザワークラウトやジャガイモを黙々と口に運ぶ。

「なんだ? 食わないのか? ならもらうぞ」

「え、それ私のじゃないですか!」

真剣な表情で食事に集中する鷲の顔をぼんやりと見ていた魔女は鶏肉の香草焼きを奪われ、唖然とする。

「フフン、電撃戦だ」

鶏肉を堪能した鷲はしてやったりの表情を浮かべた。

「なら私も反撃します――っ!」

お返しに鷲のポークソテーを奪おうとした魔女のフォークが鷲のナイフに阻まれる。

「おぉっと、機動防御だ」

「ぐぅ……」

魔女は小さくうなり、目つきが険しくなる。

「冗談だよ、そんな怖い顔すんな。ほれ食え。美味いぞ」

鷲は自分のフォークで豚肉のソテーを一切れとり、魔女に突きつける。

「うぅー……ぱくっ……ん、美味しい」

魔女は店主が見ていないことを横目で確認するとそれに食らいついた。

「お、いらっしゃい」

ドアにくくりつけられた鈴の音に魔女は慌てて首を引っ込める。その頬はほんのりと赤みを帯びている。

「お姉ちゃんたち、夫婦なの?」

開口一番、ヨハンは衝撃的な言葉を口にした。

「なっ――違うの、お姉ちゃんたちは!」

「でも、さっきパパとママみたいに食べさせあいっこしてたよ」

「こら、ヨハン!」

意外なところで家庭の内情が暴露され、父親も狼狽える。

「それにおじちゃんと服がおそろいだよ?」

「あのね、ヨハン。これは制服で軍隊の人はみんなこれを着る決まりになっているの」

「お、おじちゃん……」

魔女が必至に誤解を解こうとする一方、鷲は純真で他意がないゆえに鋭利な言葉に心をえぐられていた。

――案外、子供の一言が最強の大量破壊兵器かもな。

頭を抱えながら鷲はそう思った。


翌日、魔女と鷲は作戦室ではなく司令室に呼び出された。

「君たちか。座ってくれ」

「で、どうしたんです? なにかまずいことでも?」

ソファーに腰を下ろすなり、鷲は率直に疑問を述べた。

「ここ数日、不審な機影がこの近くの海域で確認されている」

その答えはすぐにもたらされた。

「不審な機影?」

魔女も口元に指を当て、思い当たるフシを探す。

共和国に戦略爆撃機による偵察をこんな時にやる必要があるだろうか。

「そうだ。三日前から哨戒機がレーダーで捉えてるんだがすばしっこくてな。彼らの言うところによると船にしては異常に素早く、航空機にしては高度が低いらしい。司令部には報告してあるんだが知っての通り機体不足でね。君たちにも協力してもらいたい」

司令は机の上に広げた地図に×印をいくつか描き込んだ。

「どうにもきな臭い動きだ。北洋艦隊の攻撃型潜水艦の何隻かを見失ったという情報も上がっている」

潜水艦同士の隠れんぼは世界のあらゆる海で行われている。

哨戒機は潜水艦を探すのに忙しく沖合をふらふらと飛行するだけの妙な機体に関わっている暇などないのだろう。

「なるほど、それで我々の出番なわけですね」

鷲も納得したらしく、首を縦に振った。

「その通り。通常の飛行ルートよりも大回りに飛行して不審機の動向を探ってくれ。対空戦と対艦戦のどちらにも対応できるようにスウィングロール装備で出撃だ」

「了解しました」

二人のパイロットは敬礼し、司令室を後にした。

「隊長はなにか心当たりってありますか?」

格納庫へ向かう途中、髪をゴムで束ねながら魔女は隣を歩く鷲に問いかける。

「ないな。どうせネオユニの新型ミサイル艇かなんかじゃないのか?」

鷲はお手上げといった様子でおどけてみせた。

「あの会社、一体どれだけの兵器を共和国に……」

魔女はずらりと倉庫に並んだ最新兵器を思い浮かべ、さっと血の気が引くのを感じた。

だがいかに共和国が大国とはいえ、短期間にこれだけの新兵器を買うだけの金があるとは思えなかった。

――では、その資金はどこから?

「株主総会にでも行って聞いてみるか?」

「いいですねそれ。背中にダイナマイトも括りつけていきます?」

「そのダイナマイトもネオユニ製ってオチだろう」

笑えない冗談を鷲が返す頃には二人ともフライトスーツのジッパーを一番上まで上げ、あとは機体に乗りこむだけの状態になっていた。


轟音と共に飛び立つ2機のFS-04を見送った黒猫がうらやましそうに呟く。

「今日も仲良く縄張りの見回りか。仲が良いこって」

「妙だな」

烏は2機の装備がちぐはぐなことに気づいた。

「なんかあったか?」

「隊長の機はともかく、ハヅキ中尉の機体、コルモランを積んでるぞ」

通常の哨戒任務で対艦ミサイルであるコルモランを装備していくことは有り得ない。

「何ぃ?」

「不審船でも出たかあるいは……」

数十分前の魔女と同じように烏は思案を巡らせたが、それは黒猫の声に遮られた。

「オレは共和国の新型ステルス艦に晩飯賭けるぜ」

「乗った。俺は新型飛行艇に賭ける」

「おし、賭け成立だな」

こうして上官二人の預かり知らぬところで一つの賭けが始まった。


北海 メインランド島沖150マイル 201Y/5/4 11:28 FS-04 14-1031号機 "ヘクセ"


――そういえば、こうやって飛ぶのも久しぶりか。

雲の下をかすめるように飛ぶ愛機の操縦席で魔女は思った。

開戦直後の三週間は本国の防衛に従事し、それが終わってホームベースが空襲を受け、激情のままに敵機を落としたのが半月ほど前。

そう思うと、ほんの一ヶ月あまりの期間に様々な事が立て続けに起こり、濃密な時間の中を生きていることに気づいた。

「エコー隊、こちら洋上哨戒機アルバトロス。例の不審な機影を捉えた。方位060、こちらから200マイル。高速で南下している」

「了解アルバトロス。ヘクセ、離れるなよ」

「ウィルコ」

魔女は頷き、鷲に続いて機体を旋回させた。

「レーダーコンタクト。11時方向」

鷲のコールから一拍遅れて魔女の機体もレーダー反応を捉えた。

大型の機影が2つ、かなり近い距離を並進している。

「隊長、動きが妙です。減速しています」

魔女は出撃前、レーダー画面に相対位置の変化から割り出す概算速度を表示するよう設定していた。いま、レーダー素子の走査に合わせて更新される速度情報は徐々に遅くなっていた。

「こっちとの距離も詰まってきてるな」

「艦影! 隊長、敵機の進路上に新たな艦影が出現しました」

甲高い電子音とともに、新たな脅威の出現をコンピュータが操縦者に伝えた。

「とにかく接近して確認する。警戒しろ」

「了解、バックアップは任せてください」

魔女はいつでも戦闘モードを切り替えられるよう操縦桿の上にひしめき合うボタンの一つに指をかけた。

機影は謎の艦影の近くで動きを止め、二人はレーダーを対空索敵から海上捜索モードに切り替えて敵に近づいていった。

「もうすぐ目視できる。俺はサーマルで探す……いたぞ、あれは……ヤストレフ型WIGだな」

異様に細長い胴体とY字型の尾翼、そして途中で切り落とされたように異常に寸づまりな主翼。鷲は機影識別リストの『大型航空機』の欄にある三面図とメインディスプレイに浮かぶ赤外線画像を見比べてそう結論づけた。

魔女は自分の目で2隻の表面効果翼艇を認め、その間に黒い物体が浮かんでいることに気づいた。

アドラー、海面に何か……潜水艦!?」

それが何かを先に理解したのは魔女だった。鷲はメインディスプレイの白黒の赤外線映像から目を離し、ちらつく視界の中に浮かぶ艦影に焦点を合わせる。

「あれは……攻撃型原潜だ!」

二人とも、自分で見るのは初めてだった。

大胆にも、敵は白昼堂々と潜水艦から燃料補給を受けていたのだ。これで突然消えたり現れる理由も理解できた。

「ヘクセ、コルモランは撃てるか?」

「いけます」

「よし、あの潜水艦を撃て!」

魔女の機体には高性能だが重い一三式のかわりに国産の遷音速対艦ミサイルを装備していた。

少々旧式だが、潜水艦に対しては十分すぎる破壊力だ。

「ヘクセ、ブルーザー」

ミサイルが発射可能になったことを示す電子音がなるやいなや、魔女は躊躇なく発射スイッチを押した。


「敵戦闘機接近!」

「急速潜行、いそげ!」

給油作業のため浮上していた潜水艦"カルーガ"の艦内に警報音が艦内に鳴り響き、艦上で作業を行なっていた乗員も慌ただしく司令塔の梯子を登って艦内に戻ろうとする。

「了解、急速潜行!」

「燃料ホースは捨てろ」

「強制排除。ハッチ閉鎖します」

これからまさに燃料を表面効果翼機に送り出そうとしていた燃料ホースは艦内からの操作でロックを強制解除され、一度も役目を果たすことなく海に沈んでいく。

「敵機ミサイル発射!」

「潜行急げ!」

敵機の発射したミサイルの一発は船体を飛び越えて巨大な水柱を上げたが、もう一発は船体後部に命中し、艦全体を揺さぶった。

ミサイル区画に浸水及び火災発生!」

「消火装置を作動させろ」

艦長は被害報告する士官に怒鳴り、艦全体の状態を表示するモニターを見て苦い表情を浮かべた

。船体の後部が赤と黄色に染め上げられている。

「ダメです、電気系統もやられました。消火装置が作動しません!」

「やむを得ん、後部区画を閉鎖しろ」

「しかし艦長、あの区画にはまだ生存者が!」

士官は抗議の声を上げたが、艦長と目が合うと口をつぐんだ。

「同志、我々の任務は生きて情報を持ち帰ることだ」

「了解。閉鎖します」


海上に残された表面効果翼機もすぐにエンジンを始動し、その場から逃れようとする。

「敵機、離脱していきます」

敵機の立てる波が白さを失っていく事に気づいた魔女はすぐにそれを鷲に伝える。

「逃がすな。アドラー、FOX2」

鷲はすぐに海面の赤外線誘導の短射程ミサイルを発射する。

「くそ、フレアか」

敵機は絶妙なタイミングでフレアを放ち、ミサイルは囮につられて海面に没する。

「敵機、ミサイルを発射」

仕返しとばかりに敵機の背部に二本ずつ並んだ大型ミサイル発射機からぬっと白いものが飛び出し、真上に向かって上昇する。

どこか見覚えのある形状に、本能が警告を発した。

「まずい! ヘクセ、回避しろ!」

「りょ、了解!」

魔女が操縦桿を引いて敵機から離れた時、周囲がオレンジ色の光に照らされた。

アウロラ!?」

「あれに紛れて逃げるつもりだ、逃がすな」

また一つ、オレンジ色の光の壁がひろがる。

レーダーと赤外線センサーが大量のノイズに埋め尽くされ、誘導兵器のセンサーは頓珍漢な場所ばかりをロックオンしようとする。

魔女は悔しげに炎の壁を回避し、

――なら、狙わなくても当たる距離まで接近すればいい。

「ヘクセ、何してる!」

鷲の制止に構わず、魔女はスロットルを開いて増速する。魔女の機体の背後にもう一つ煉獄の花が咲く。

「敵機に接近し、機関砲で落とします」

敵機の尾部に取り付けられた銃座が瞬き、金属的な音とともに魔女の機体を機関砲弾が掠める。

「ヘクセ、ガンズ」

魔女も安全装置を解除し、敵機のエンジンに狙いを定める。

ライアーのストレーキから機関砲弾が飛び出し、敵機のエンジンに食らいつく。

敵機の機首から伸びた4連のエンジンポッドが火を吹き、バランスを失った怪物は右の翼を海面に取られ、身悶えするように海面上で転げ回って四散する。

「なんて無茶しやがる」

鷲も諦めずにミサイルで敵機を狙うが、タイミングよくチャフアウロラを撒かれ、またしてもレーダー誘導を妨害される。

「だったらこうだ」

鷲はスロットルを最大まで押し込み、上昇しながら敵を追い越す。

バックミラーに映る敵の影が羽虫ほどの大きさになったところでスロットルを緩め、機体を裏返して半宙返りの軌道を描いて敵機に向き直る。

鷲の意図に気づいた敵機は慌てて旋回で回避しようとするが、自重450トンの巨体はそう簡単には曲がらない。

アドラー、FOX3」

レーダーは敵の巨体をしっかりと捉え、主翼ランチャーから飛び出したミーティア対空ミサイルは敵大型機の機首に飛び込み、起爆した。

重いエンジンを失い、重量バランスを崩した怪物は大きく機首を上げ、急制動に耐え切れなくなった主翼が軋みを上げながらへし折れる。

「敵機撃墜を確認しました」

魔女は水柱を確認し、鷲の機体の右後ろの定位置に戻った。

「哨戒機にこのことを伝えるぞ」

鷲は機体を左右に傾けて周囲に脅威がないことを確認し、無線の周波数を切り替えた。

「エコー1よりアルバトロス、この海域に敵潜水艦を確認した」

「エコー1、正確な位置はわかるか?」

鷲はメインディスプレイを地図表示に切り替えて自機の位置を確認し、左手をスロットルから離してタッチパネルに触れ、表示領域をスクロールして接触のあった場所を探し出す。

「データリンクで座標を送った」

「情報に感謝する。アルバトロス、急行する」


北海 メインランド島沖150マイル 201Y/5/4 11:28 ニムロッド 07-1204号機 "アルバトロス"


ロイヤル製の対潜哨戒機であるニムロッドは改修に改修を重ねた結果、原型となった旅客機の美しいフォルムが吹き出物やミミズ腫れのようなアンテナやフェアリングで損なわれていたが、乗る者たちはそれを気にも留めていなかった。

「ソノブイ投下、3、2、1、マーク!」

胴体下部に設けられたソノブイのキャニスターから鈍く銀色に輝く円筒が投下され、冷たい海に着水すると同時に探査音波を放つ。

「次の地点に向かう」

機長は機体に無理をさせないようゆっくりと大柄な機体を傾け、次の投下目標地点に向かう。

ソノブイが敵潜水艦を捉えたのはそれから10分後だった。

「スクリュー音確認しました。音紋分析に回します!」

不審な波形を捉えたソノブイのデータはすぐに機体中央に鎮座するコンピュータに送られ、これまで海軍がかき集めた膨大な音紋データーベースに照らし合わされていく。

「出ました。オスカー級です。速度10ノットで北東へ移動中。深度50」

「やけに遅いな」

オスカー級であればあと20ノットは軽く出せるし、何よりこんな浅い場所には潜っているはずがない。

「エコー隊が何かダメージを与えたんですかね?」

戦闘機がどうやって潜水艦を攻撃するってんだ」

攻撃を担当する兵装士官はソナー手に冗談か、とでも言いたげな顔を向けた。

――まてよ、エコー隊といえば。どこかで聞いたぞ。

「あの隊には"魔女"がいますからね」

――やはりそうか。

彼女がたった1機で8機以上の敵機とやり合ったという噂は北部方面の部隊には既に広まっていた。

「もう一本ソノブイを投下する」

新たなソノブイが投下され、波に揉まれつつも忠実に任務を遂行する。

「敵潜水艦、捕捉しました」


最初のピン音が船体を叩いた時から、艦長の背筋を冷たいものが伝い続けていた。狩人が傷ついた獲物を仕留めようとしているのだ。

「新たなソナー音です。近い!」

ソナー手の報告に、司令室内の空気がより一層重苦しくなった。

「振り切れるか?」

「残念ですが今の艦の状態では爆雷すら回避不能です」

「……そうか、ありがとう」

艦長はそう言い残して司令室の中央へと戻った。

8人の部下を犠牲にして稼げた猶予は一時間たらず。戦闘機が相手では2機のヤストレフも逃げ切れないだろう。

「通信士、衛星アンテナは使えるか」

アンテナは無事ですが、浮上が必要です」

アンテナの状態を確認した通信士は頷く。

「50メガバイトの暗号化ファイルの送信にどれだけの時間が必要になる」

「理論値は100メガビット毎秒です。10秒あれば足ります」

艦長の問いに通信士はすぐに答えた。

「よし、浮上次第データをすべて司令部に送れ。それとこれから言うメッセージを添えてくれ」

「どうぞ」

「『発:北洋艦隊 潜水艦カルーガ 宛:北洋艦隊司令部

ギリオチーナ作戦の支障になりうる水上戦力の阻止は可能。詳細は記録を参照のこと。

本艦は敵航空機の攻撃により中破。乗員に死傷者あり。現在哨戒機の追跡を受く。母港への帰港は困難と推測される。祖国に栄光あれ。

潜水艦カルーガ艦長 アンドレイ・サフォーノク大佐』以上だ」

艦長が口を閉じてから一拍遅れて通信士のキーボードを叩く指が止まった。

「確認願います」

「問題ない。送ってくれ」

入力された文章に誤りがないことを確認した艦長は満足げに頷くと通信士官の肩に手を置いた。

「艦内放送をつなげ」

「どうぞ」

士官はヘッドセットを外して艦長に手渡した。

「同志諸君。艦長のサフォーノク大佐だ。知っての通りこの艦は先ほど敵機の攻撃を受け、速力と静粛性が大幅に低下している。耐圧船殻も損傷し、現深度以上の潜行は不可能に近い。従ってこれより本艦は海面に浮上、全乗組員の脱出後自沈する、総員は速やかに退艦せよ」

異議を唱えるものがいないことを確認し、艦長は穏やかな笑みを浮かべた。

「そうだ。生き残って祖国のために戦ってくれ」

「艦長、私は残ります」

先任士官が一歩進み出た。着任以来ずっとコンビで戦ってきた戦友だ。

「先任、君は救命ボートに残り指揮を引き継ぐんだ」

艦長の言葉に先任士官は首を横に振った。

「艦長が着任なさる前から私はこいつに乗ってたんです。私が降りるのは艦長の後です」

「好きにしろ。兵装、対空兵器は使えるか」

「武器庫にストレラ対空ミサイルがあります。ピカピカの新品です」

ほとんど保険にしかならないはずだが、今となっては心強い。

「よし持ってきてくれ……それと私の部屋のベッドの枕の下に『特殊燃料』がある。取ってきてくれ」

「了解しました」

艦長室へ向かう部下を見送ったとサフォーノク大佐は大きく息を吸い込んで最後の命令を部下に伝えた。

「総員、浮上および緊急脱出に備えろ!」


「敵潜、メインタンクブロー音、浮上してます!」

ニムロッドの機内にソナー手の声が響く。

「トチ狂ったのか? コルモランに切り替えろ」

ニムロッドの腹に設けられたウエポンベイがゆっくりと開き、中に収まっていた対艦ミサイルが冷たい空気に晒される。

ロックオン。アルバトロス、対艦ミサイル発射」

兵装士官が発射ボタンを押し、ミサイルが切り離される。

その時、敵潜水艦の艦首が一瞬だけ光った。

ミサイル警報』

「なんだと!? 緊急回避だ、フレア放出!」

音声警告とともにアラーム音が操縦室に響き、機長は機体を急旋回させつつフレア放出を副操縦手に指示する。

胴体のキャニスターからフレアが放出されるが、それよりも早くミサイルがニムロッドの右翼を貫いた。

「第三第四エンジン火災発生」

「燃料遮断」

ミサイルはニムロッドの右翼付け根に埋め込まれたエンジン二基を一撃でガラクタに変えが、その大きな翼はいまだしっかりと空気を掴んでいた。

「キャビンの被害は?」

「軽傷者が数名。今応急手当をしています」

主翼の近くにいた何人かが破片を浴びたが、いずれも急所は外れていた。地上に降りて適切な処置を受ければ大丈夫だろう。

「一番近い基地はどこだ?」

「ルドルフです。あそこならここから30分でつきます」

地図から一番近い緊急着陸地を選んだ副操縦士が示す。

「アルバトロスよりルドルフタワー。機体損傷により緊急着陸を要請」

「ルドルフタワー了解。アルバトロス、状況を報告せよ」

「エンジン損傷。現在エンジン二基が停止。飛行には支障なし」

「了解した。救護班および消防チームを待機させる」

傷口から細かな破片を散らしながらアルバトロスは大きく右旋回し、陸地を目指す。

だが、彼らがルドルフ基地の滑走路に降りることはなかった。


艦尾に直撃弾を受けた潜水艦カルーガはゆっくりと傾斜していく。

「これで、おあいこだ」

命中を確認したサフォーノク大佐は硝煙をたなびかせるミサイル発射機を降ろし、遠ざかる救命ボートに目を向けた。全員が敬礼の姿勢のままこちらを見ている。

「巻き込んで済まなかったな」

「いえ、艦長のお側で最後まで戦えたことを光栄に思います」

先任士官は穏やかな笑みを浮かべた。

「飲むか?」

サフォーノク大佐は先ほど部下に取りに行かせた『特殊燃料』を取り出す。

「これは凄い。どこで手に入れたんです?」

ウォッカのラベルを見た先任士官は目を丸くした。娑婆では滅多にお目にかかれないプレミア物のラベルが貼られていた。

「息子の昇進祝いにと用意したんだが渡す機会がなくてね。このままサメにくれてやるのは勿体無い」

二人の戦友はお互いに笑いあい、盃を交わす。

彼らもまた、母港へと戻ることはなかった。

2012年10月16日 Dump and burn

Dump and burn(第26話)

| 21:05

王国 バイエルン州上空 201Y/4/30 0:58 NFX-26 263号機


――無益だ。

 一定のエンジン音を響かせながら南西へ飛行するレイピアの操縦席で、ミハイルはそう思った。

 今回の任務は戦略的には全く価値のない、むしろレイピアを前線から引き抜くことを考えればむしろマイナスといってもいい任務だ。

 こんな場所を爆撃したところで前線には大した影響は出ない。せいぜい前線で戦う王国軍の兵士に支給される食事が新鮮な野菜スープから倉庫で埃をかぶっていた粉末スープに変わるくらいだ。

司令部機能を喪失し、指揮系統をかき乱されたワルシャワが陥落して5日あまりが経ち、王国軍はあらゆる戦線で共和国軍を追い出しつつあった。

 メンツを潰された共和国上層部は報復としてミハイルたちの隊にとある基地の爆撃を命じた。

『我々は帝国主義者の裏庭に爆弾を落とせることを証明しなくてはならない』

 作戦指揮官は出撃前のブリーフィングでそう説明していた。

 情報部の報告によると、ワルシャワ司令部を潰した部隊の中にはいつか新聞で見た勲章持ちも含まれていたらしい。

 高度なシステム化はそのうちに兵器同士の戦いにおいて個人の技量の介在する余地をすべて奪っていくというのに、彼らはただ"くそ度胸と運"だけでそれに抗っているのだ。

――皮肉なものだ。

 自分がシステム化された戦争の真骨頂であるレイピアに乗っていることを思い出し、ミハイルは自嘲した。

 彼には望むままに戦う剣も、それをサポートする優秀な助手も与えられた。

 だが、厳密な交戦規定とレイピアの持つ高度な機密性がそれを妨げていた。

 これではかごの中に飼われた猛禽。自由に飛ぶことも許されず、窓から悠々と飛ぶ野鳥を見上げているだけのブルジョワのお飾り。

 しかしワルシャワへの奇襲で全ては一変した。上層部はネオユニバーサルエンジニアリングの技術者たちの反対を押し切り、レイピアを積極的に攻撃に使うと決定した。

 ミハイルにとってこれは好都合だった。後ろから他国の技術で作られたハイテク兵器をちまちまと撃つよりも、前線に出て自分の手で結果を出したかった。

「少佐、まもなく作戦空域です」

シェスタコフ中尉の声にはっとミハイルは思索から戦場に呼び戻された。

後ろで情報の奔流に飲み込まれず的確に操作をする彼女こそ現代戦においては得難い人材だ。

「他の三機はどうしている?」

「問題ありません。99も追従しています」

横へ顔を向けると、暗視ゴーグルの緑がかった視界の中にレーダー吸収塗料で暗く塗られたMQ-99がぼんやりと浮かんでいるのが見えた。翼の下にぴったりと張り付いた誘導爆弾が出番を待っている。

「では始めよう。99に送る風向と風速のデータは?」

「チェコ連合気象局のデータを使用します。作戦開始まであと30秒」

「わかった」

空は静かだった。月だけが静かに黒い怪鳥たちの群れを見下ろしている。

――雲が少ないのでドッグファイトでは少々不利かもしれないな。

ミハイルはそう思った。もっとも、レイピアを目視可能な距離まで接近できる航空機など存在しないが。

「3、2、1、作戦開始」

シェスタコフ中尉のカウント終了と同時に黒いレーダー吸収塗料に塗られたMQ-99がエンジンを切り、重力に身を任せて降下を始めた。

文字通り音もなく敵基地に忍び寄ったMQ-99で撹乱し、浮き足立ったところをレイピアが精密爆撃するのが今回のシナリオだ。


王国 バイエルン州 エルディング航空基地 201Y/4/30 01:00 南門


王国空軍エルディング基地は輸送機のオーバーホールに使われる基地で、南部の都市ミュンヘンに近く、民間機の航路とも重なっているために戦闘機は配備されず、飛来するのは主に整備の必要になったプロペラ輸送機だった。

内地にあることもあって対空兵器はそれほど設置されておらず、自走対空ミサイル車両が配備されているにとどまっていた。

「ふぁ……ねみ」

基地のメインゲートを守る兵士は大きなあくびをすると首をグルグルと回して凝り固まった肩をほぐした。時計の長針はさっき見た時から三目盛り分しか動いていない。今夜も長く退屈な夜になりそうだ。

「……あん?」

遠くから風切り音のような音が聞こえ、彼はライフルを構え直して詰め所から飛び出た。

周囲を見回すしていると、星空の中を何か黒いものがよぎり、ずんと腹に響く音とともに周囲が明るくなった。

「空爆!」

彼が叫ぶ前に滑走路の中央から二つ目の火球が生まれ、エプロンに並んでいた輸送機の姿が赤く浮かび上がった。

すぐにけたたましいサイレンが基地中に鳴り響いてサーチライトが空に向けられた。車庫から消防車両が慌ただしく飛び出してゆく。

「滑走路に直撃弾!」

「ハンガー12と15で火災発生! 消火急げ!」

無線機から次々に怒号や罵声が上がる。

「レヒフェルト基地に連絡しろ。敵襲だ!」


「中尉、状況はどうだ?」

ミハイルに話しかけられたとき、シェスタコフ中尉は合計6枚のディスプレイに表示される無人機のコントロールウインドウを指先で操作して個別に攻撃を指示し、メインパネルに全体の状況を表示して戦況を確認していた。

「すべて計画通りです、少佐」

「敵の通信はどうだ? 相当驚かせたはずだ」

シェスタコフ中尉は通信傍受に割り当てたウィンドウを開き、傍受中の回線のいくつかに耳を傾ける。

「通信……ありました、王国空軍航空機周波数です」

「なんと言っている?」

ミハイルの命令を受けてリリアが王国語を翻訳するのに5秒かかった。

「レヒフェルト基地被害甚大、敵の航空攻撃と推測される。支援を要請する、と言っています」

彼女は数学にも語学にも長けていたが、酸欠気味の脳でそれを処理するにはいつもより長い時間が必要だった。

「なるほど、忙しくなるな」

ミハイルは短く答え、システムを空対空戦闘モードに切り替えた。


この騒ぎは瞬く間に王国軍のネットワークを通じて各方面、そして防空司令部に伝えられ、エルディング基地から80キロ離れたレヒフェルト基地にもスクランブルが命じられた。そこには本国防衛のため2つの戦闘機隊が駐留していた。

ミラン戦闘機がその日の夜間待機機体だった。

「タワーよりラーク隊、エルディング基地が攻撃を受けている。直ちに離陸せよ」

「ラーク1了解」

飛び乗るように操縦席についたパイロット管制官に返答し、窮屈なコクピットに並ぶ計器を確認してエンジンを始動する。

「ランウェイ03クリア」

迎撃機のパイロットはスロットルを最大まで押し込み、アフターバーナーに点火した。

増槽一本と対空ミサイル六発を装備しただけの身軽な機体はすぐに離陸可能速度に達し、機首を上げて夜空へと飛び上がる。

「ラーク隊の離陸確認」

四つのエンジン炎を見送った管制官の手元の電話が鳴り、彼はそれ受話器を耳に当てた。

「はい、判りました。……防空司令部より最優先命令だ、オッター隊も発進させる」

別の格納庫で翌日の出撃に向けて最後の点検作業を行っていたFS-04にも出撃命令が下った。

「敵の正確な位置は不明。恐らく北部方面で報告された新型ステルス機と思われる。警戒せよ」

「どこにいるかも分からないだと!」

滑走路の端から5つ目の格納庫で大急ぎで兵装を取り付けられる機体のパイロットが無線に向かって怒号を浴びせた。


ミハイルの操縦するレイピア――に随伴するMQ-99のレーダーはすぐに離陸してくる機影を捉えた。

ミラン戦闘機4、こちらに接近してきます」

シェスタコフ中尉が言う前に電子音がその存在をミハイルに知らせていた。

「99を前に出せ。262、264は散開して基地を攻撃しろ。261、ついてこい。狩りを始めるぞ」

「了解」

ミハイルは編隊を二つに分け、片方に基地攻撃を指示すると怪鳥の持つ電子の目玉を哀れな小鳥に向けた。


それは空中戦と言うよりも一方的な狩りだった。

ミランに装備されたレーダーの出力では、レイピアを捉えることすらできない。

「くそ! 敵は一体どこにいるんだ!」

「ラーク3がやられた! レーダーには何も写っていないぞ!」

対してレイピアはMQ-99から送信されるレーダー情報を元にミサイルを発射し、次々に屠ってゆく

「261、残敵を掃討する。支援してくれ」

「了解」

幾つかの改良が施されたとはいえ、第4世代のミランと第5世代のレイピアでは格が違いすぎる。

レイピアの排気ノズルは外気と高温の排気を効率良く混合し、最高の推力を発揮しつつも熱探知を困難にさせるよう設計されているが、ミランはそうではない。

機首の下に装備された複合センサーユニットが冷たい夜空をかける哀れな犠牲者の発する赤外線をくっきりと捉え、操縦桿を握るミハイルに獲物の存在を知らせる。

――お前たちでは話にならん。

レーダー反応を示すトーン音が高くなり、攻撃準備が整ったことを操縦者に伝えた。

「263、発射」

レイピアの翼に設けられた奇妙な流線型の膨らみ――正確にはウェポンベイ――から飛び出したミサイルは折りたたんでいた小翼を広げ、ロケットモーターに点火した。

「敵機、回避運動をとっています」

エンジンに直撃を受けたミランが弾け、ささくれた切断面から燃料やオイルを撒き散らしながら堕ちてゆく。シェスタコフ中尉が撃墜を確認した。

「敵機撃墜

――やはり軽戦では容易すぎる。あの魔女でなければダメだ。

「3時方向、低空より敵機が接近」

ミハイルはすぐに敵機のいる方向に顔を向ける。視線に追従してセンサーがそちらを指向し、敵機の姿を捉える。

レイピアの主翼に設けられた膨らみが再び開き、中から中距離ミサイルが飛び出す。

ロケットの噴射炎が一瞬レイピアの姿を照らし、すぐに遠ざかっていった。

「管制機! 敵は一体どこにいるんだ!」

「レーダーには何も写っていないぞ!」

姿の見えない敵機からの攻撃に迎撃機は一機また一機と闇夜に散ってゆく。

「逃がすな、261。後ろは任せる」

ミハイルは一気に降下して逃げるミランの背中に張り付き、敵機の未来位置と機関砲の弾道を重ねた。30ミリの金属塊が夜空を引き裂いて、また一つの魂が夜空に散った。

「この空域は掃討完了です、そろそろ他の基地からも増援が来ます」

「潮時か。99を2機以外全機残せ。撤収する」

「261、262、264へ、撤収します」

「了解」

「了解しました」

シェスタコフ中尉が他の三機のレイピアに指示を伝え、それぞれの機から返答が戻ってきた。基地に滑空爆弾の雨を降らせていたレイピアが残っていた適当な目標に残りの爆弾を叩きつけ、ミハイルの機を目印に再集合した。

残されたMQ-99は"主人"に背を向け、製造元の工場でインプットされたとおり手近なレーダー反応に向かって一直線に飛んでいった。


王国 ホルツドルフ航空基地上空 201Y/4/30 01:25 FS-04 11-0826号機"コンドル"


狂鳥はその日最後の出撃を終え、移動して三週間あまりになるホルツドルフ基地へと戻る途上にあった。愛機は月明かりに照らされ、雲の上を滑るように飛んでいる。

――綺麗。

思わず出そうになる感想をぐっとこらえ、地図とGPSで機体の位置を確認する。

後席のランクは中継点を通るごとに報告してくれるが、機長としての責任は全て自分にあるから、自分自身の目で確かめねばならない。

サブディスプレイの位置情報から予定よりも少し南に流されていることがわかった。これくらいなら降下するときに大回りでアプローチすれば問題は無いだろう。

電子音が鳴り、基地の発する誘導電波を捉えたことを知らせた。

「ホルツドルフタワーへ、こちらコンドル、着陸許可を」

「ホルツドルフタワーよりコンドル、ランウェイ21への着陸を許可」

離着陸する機体はないので許可はすぐに下りた。狂鳥は名残惜しげに暗視ゴーグルを下ろして青銀色の雲海に別れを告げ、ゆっくりと操縦桿を前に倒す。暗灰色の壁がすべてを覆い尽くし、機の受けた衝撃が彼女を幻想の世界から殺伐とした現実に引き戻した。

冷たい雨が、キャノピーにあたって弾ける。

ライアーの薄い翼が湿った空気を切り、エンジンの唸りが低くなった。

その時、広域周波数ノイズ混じりの無線が入った。

「……こちらオッター3、レヒフェルト基地……交戦中……レーダー……」

ジャミングによるものか、あるいは撃墜されてしまったのかは不明だが、はっきり聞き取れたのはそこまでだった。

「ランク!」

「レヒフェルト……ミュンヘンの基地だ」

ランクが素早く基地の情報を出し、前席のモニターに転送する。ここから30分もあれば到着できる距離だ。

「こちら防空司令部、使える機体はほとんど出払っている。オッター隊は別の編隊と交戦中。誰か不明機の追撃に向かえるものはいないか」

「こちらコンドルミーティア及びアイリスが使用可能、ホルツドルフ上空を飛行中」

コンドル、燃料はあるか?」

「残量は1万8000、十分だよ」

燃料計を確認したランクが機内用の通話で残量を伝える。

コンドルより防空司令部、いけます」

「よし、コンドルはエルディング基地上空の味方と合流し敵機を追跡せよ。進路180、空中管制機のコールサインは『エンディミオン』」

「了解、針路180」

狂鳥は操縦桿を傾け、機体をゆるやかに左旋回上昇させる。

再び雲海の上に飛び出したFS-04を月光が照らし出す。機首に描きこまれた真新しい戦車破壊マークが鈍く月光を浴びて輝いた。

狂鳥は暗視ゴーグルをはね上げる、ただ敵機のいる方向だけを睨みつけてスロットルを開いて機体を加速させた。


「こちら管制機エンディミオン。コンドル、貴機は当機の管制エリアに入った」

ホワイトノイズが途切れ、管制機からの通信が入った。

「管制に感謝します、エンディミオン。敵機の現在位置は?」

「最後に捕捉したのはレヒフェルト基地のレーダーだ。ミュンヘンの東北東に向けて飛び去っていく微弱な反応を確認したそうだ。ヴィットムントハーフェンからオイレが上がったが一番近いのは君達だ」

ヴィットムントハーフェンはここから遥か北西にある。いくらオイレに超音速巡航ができるといっても今からでは間に合わない。

「東北東? 次はワルシャワでも狙う気?」

「いや、前線にはこっちの管制機がうようよいる。通るなら多分……チェコ連合だ」

割り込んでくるランクの声はくぐもってはいるが少しのノイズも乗っていない。

「まさか! あそこは中立国でしょ?」

狂鳥は反射的にそう言い返してからふっと冷静になった。

王国南部を空爆した敵機がチェコ連合を通って逃げる――認めたくはないが、十分にありえることだった。

共和国から独立したとはいえ、人口の大半はスラヴ系住民で構成され、その中には王国に対して未だに憎しみを持つものも多い。

それにステルス機ならば『防空体制が貧弱だったので発見できませんでした』という言い訳も使えてしまう。

「ランク、レーダーの指向性と出力を最大に上げて。回路が焼けてもいい。見つけたらすぐに教えて。わたしはFLIRで探す」

狂鳥はランクにそう指示し、自分は赤外線画像をメインディスプレイに表示する。

「エンディミオン、レーダー情報をそちらに転送します。チャンネルを指定してください」

コンドル、Fの17につないでくれ」

「了解。Fの17、接続」

ランクはメインパネルを操作してデータリンクに接続し、自機のレーダー情報を共有を選んで決定する。

ライアーの背中に備えられた通信アンテナが情報の塊を遙か遠くを飛ぶ管制機に送りつける。


レイピアの鋭く裁ち落とされた翼が夜闇を切り裂く。4機のレイピアはV字編隊を組んでおり、その両端をMQ-99が固めていた。

「北方より敵機接近、接触までおよそ15分。パターン照合、FS-04が単機です。捜索用レーダーを作動させています」

MQ-99の捉えたレーダー情報をシェスタコフ中尉が読み上げてミハイルに報告した。

「さっき迎撃に上がってきた編隊か?」

ミハイルはワルシャワ攻防戦のときと同様に、エルディング基地爆撃を終えたMQ-99を置き土産としてさっきの空域に残していた。隣の基地から上がってきた増援の機体はそれで十分に足止めできただろう。

「いえ、この機体は北からまっすぐに南下して来ました。おそらくほかの戦線から飛来したものかと」

「国境までは?」

シェスタコフ中尉は生き残っているMQ-99の情報ウインドウに左手で触れてそれを最小化し、戦域の地図を最大表示にした。

「……あと10分です」

「なら、振りきれるな」

レイピアの巡航速度は音速を超える。王国軍でこの機体にまともに追いつけるのはFI-05だけだ。

国境を超えた後はチェコ連合に任せるなり99を進呈するなりすればいい。

――どうせなら連合とひと悶着起こしてくれてもかまわないのだがな。

どちらにせよレイピアが追いつかれる心配はないと結論付けたミハイルは敵機の存在を頭の隅に追いやった。

「連合の迎撃機、離陸しました」

「予定より早いな」

「どうやらあちらも王国軍の動向は逐一探っていたようです」

当然といえば当然だ。国境を直接接し、その上仮想敵国ときているのだ。

これでこっちを"血眼になって"探しているはぐれ鳥の心配をする必要はなくなった。

――あとはこのシートにお行儀よく座っていればいい。

ミハイルは満足げに息を吐くとシートの角度を深くした。空戦は満足がいくほどの興奮を彼に与えてはくれなかったが、肉体は休息を必要としていた。


「だめだ、ミリィ。間に合わない」

ランクは焦っていた。ライアーの機首のレーダーと管制機からのレーダー情報を組み合わせることで敵機の位置はわかる。だが反応は弱弱しく、今にも消えてしまいそうに見える。

「アフターバーナーを……」

さらに悪いことに、敵機はこちらよりも速く、攻撃のチャンスは彼我の針路が交錯する一度しかない。そのうえこちらの翼下にぶら下がっているミーティア空対空ミサイルは二発しかないときている。

「エンディミオンよりコンドル、レーダーに新たな機影、そちらから見て2時の方向、低空だ」

「何だ?」

ランクはデータリンクで送信されてきたレーダー反応を見て首を傾げる。反応は二つ、高度を上げながらこちらに接近してくる。

「2時方向の編隊はラーストチュカ、おそらくチェコ連合の迎撃機だ」

「国籍不明機へ、貴機は我が国の領空に接近しつつある」

「嘘でしょ、早すぎる」

無線から流れた敵愾心むき出しの警告の声に狂鳥は狼狽えた。

――まずいな。

ランクは背中を嫌な液体が伝うのを感じた。この位置関係で発射すれば、例のステルス機に命中する直前にミサイルはチェコ連合の迎撃機の鼻先をかすめることになる。

「エンディミオンへ、敵機をミーティアの射程内に捉えた。発射可能」

悪いことは重なるもので、連続した電子音が敵ステルス機の反応を捉えたことを狂鳥に伝えた。

コンドル、射撃中止」

「冗談でしょ!?」

管制機からの指示に対する彼女の怒りがレシーバーを介してランクにも伝わった。

「ダメだ、ミリィ。今撃ったらミサイルはチェコ連合機の目の前を通る」

「そのとおりだ、リーデル中尉。第三国への挑発行為は慎め」

「繰り返す、貴機は我が国の領空に接近しつつある。早急に針路を変更されよ」

近づいてくるチェコ連合機、逃げるステルス、撃つなと命じる管制官

「どうする?」

狂鳥は爆発しそうになる感情を抑え、後席に乗る"良心"に尋ねた。

「どうするも何も、この状況で騒ぎを起こしたらスラヴ圏全部が敵になるよ」

「……ごめん、ランク。わたしの代わりに詫びいれて。210で離脱するから」

「チェコ連合軍機へ、こちらは王国空軍機。領空侵犯の意思なし。繰り返す、こちらに領空侵犯の意思なし。速やかに方位210に進路を変更します」

返事も復唱も省略して、ランクは送信周波数をチェコ連合機のものに合わせて敵意がないことを伝えた。戦争が始まる瞬間に二回も立ち会いたいと思うほど彼は愚かではなかった。

「Scheiße!」

狂鳥は無線機と機内通話につながっていないことを確認し、とても女性とは思えない口汚い捨て台詞を吐いた。ランクにはエンジン音にかき消されて聞き取れなかったが、彼女が怒り狂っていることはその声量で判った。機体は西北西に機首を向け、怒れる操縦者の心を移すように翼を震わせた。

2012年09月16日 反攻作戦

REMOVE BEFORE FLIGHT(第25話)

| 22:25

王国 ホルツドルフ航空基地 201Y/4/16 17:59 作戦室 


バルト海海戦以降、共和国軍の進撃は陰りを見せ、ポズナンとグダンスクを結ぶ線に王国軍は強固な防衛線を構築することができた。

またバルト海の安全が確保されたことで、海路を使ってのグダンスクへの補給も可能になった。

グダンスクの王国軍は包囲を突破し、北部の友軍と合流し戦力を再編、徐々にだが着実に共和国軍を押し返しつつあった。

王国軍が失地を回復し、共和国軍を押し戻すにあたって厄介なものが一つあった。

ワルシャワ新市街にある共和国軍司令部の長距離ジャマーである。これは王国軍の精密誘導兵器を妨害し、レーダー索敵にも大きな影響を与えていた。

何重にも施された防空網の突破は難しく、これまでに三回試みられた攻撃作戦は全て失敗に終わっていた。

この目の上のたんこぶを叩きのめすため、ついに陸軍特殊部隊が召喚された。

「紹介しよう、KSK第4レンジャー中隊のアイヒマン大尉だ」

空軍の諸君、よろしく頼む」

アイヒマン大尉は狂鳥やランクよりも一回りは年上に見え、がっしりした体にデジタル迷彩の戦闘服を身に着け、頬には深い傷跡が刻まれていた。

「では作戦を説明しよう」

作戦室のスクリーンに作戦の概略を描いた地図が映し出され、今回の作戦にあたる全員の視線が向けられた。

「目標はワルシャワ中央庁舎にある共和国軍南部方面司令部の強襲とその屋上に設置された長距離ジャマーの破壊だ」

青い矢印が赤い旗のマークに伸び、遅れてやってきた緑の矢印が赤い旗のマークに重なる。

「まずKSKの第一小隊が敵の防空網に穴を開け、ヴァンキッシャーによる電子妨害のもとライアー五機からなる陽動部隊がワルシャワに突入、周辺の脅威を排除する」

地図が広域を写した衛星写真になり、ワルシャワ周辺に配置された共和国軍の防空網が重ねて表示される。

複数の防空拠点と早期警戒レーダーからなる防空警戒エリアを表す円に攻撃目標を表すマークが重なって点滅する。

「混乱に乗じて第二小隊が中央庁舎ビルに突入、司令部を制圧し重要目標を確保、ジャマーを破壊する。質問は?」

「KSKはどのように投入されますか?」

 指揮官の言葉にまずランクが手を挙げる。ライアーはともかく、歩兵が行くにはワルシャワはあまりにも前線から遠い。

「低空からEH90ヘリコプターで接近する」

「もし彼らが失敗したら?」

 狂鳥をアイヒマン大尉が睨みつけ、ランクが申し訳なさそうに肩をすくめる。

「フルカン爆撃機の戦術巡航ミサイルワルシャワ新市街ごと中央庁舎ビルを破壊する」

「なるほど」

 狂鳥は納得した様子で頷く。

「他にはないな? 作戦開始は明朝0430時、解散!」

号令と敬礼が終わり、作戦室の扉からからぞろぞろと将兵が吐き出されていく。

狂鳥はワルシャワまでの飛行ルートを描き込んだ地図を広げ、赤い三角形の書き込まれた部分を指した。

「これ、ここのSAMサイトを突破するんだよね」

「うん」

ランクは頷く。ここに配置されているのは中高空を飛行する航空機を防ぐためのレーダーとミサイル発射機だ。

「SAMサイトの真上を飛ぶなんて正気じゃない」

「彼らはちゃんとやってくれるよ」

「それはそうだけど……」

狂鳥もさすがにこの規模のSAMサイトの上を飛ぶのは気が進まないのだろう。

ランクからすればぶつかりそうな敵機にありったけ機関砲を叩き込んで撃墜するという芸当をやってのけた狂鳥のほうがよっぽどどうかしているように思えるが、それを口に出せば出撃前に重傷を負いかねないのでぐっとこらえた。


翌朝早く、格納庫では出撃に向けて機体に兵装を取り付ける作業が行われていた。

KSKの隊員たちを乗せたヘリコプターは昨夜のうちにポズナンまで移動し、そこで給油を受けて作戦開始の合図を待っている。

「そうか、今回はこいつと一緒なのか」

ランクは愛機の隣で翼を休める細身の機体を見上げる。

「半世紀もののヴィンテージでしょ? 飛ぶの?」

隣の狂鳥が不安そうに"それ"に視線を向ける。

細く絞りこまれた四角い断面を持つ胴体から翼端が折り下げられたデルタ翼が生え、尾部には鋭く切り落とされた尾翼を取り付けられている。

かつて核攻撃のため花嫁を思わせる純白に塗られていたボディは無骨な森林迷彩に塗られ、爆弾倉には電子戦機材がみっちりとつめ込まれている。

「お嬢さん、なんなら自分で飛ばしてみるかい?」

ロイヤル訛りの混じった皮肉に狂鳥は声のした方を振り返る。

「まぁ、こいつを一番うまく飛ばせるのはオレ達しかいないがな」

先ほど一緒に作戦説明を受けていたヴァンキッシャーのパイロット電子戦オペレーターが立っていた。

「元が古いといってもな、電子戦機材はネオユニの最新のが……おっとこれ以上は機密に抵触するな。忘れてくれ」

口を滑らせた電子戦オペレーターがおどけた様子で口に人差し指を当てる。

「流石にオレたちのヴァンキッシャーじゃドッグファイトはできねぇ。小鳥ちゃんのお守りはあんたらに任せたぜ」

「可愛いお尻ちゃんをSAMに掘られないようバッチリ守ってやるよ」

狂鳥はむっとした表情を浮かべるが、電子戦オペレーターはむしろ彼女の隣で引きつった愛想笑いを浮かべるランクのほうに熱い視線を送っていた。


王国 67号線沿線 201Y/4/17 04:30 


前もって侵入し、67号線沿いの森に隠れていた第一小隊にも作戦開始が伝えられた。

「時間だ」

分隊長の合図でそれまで身を隠していた隊員たちが身を起こし、ライフルの安全装置を解除する。

全員が最新のデジタル迷彩の戦闘服に身を包み、胸や腰のポーチには無駄なくコンパスやGPS、予備の弾倉や手榴弾、そして小隊長曰く『悪い奴らを月までぶっ飛ばす』プラスチック爆弾が収められている。

「見張りは三人、やるぞ」

暗視ゴーグルで敵を確認した小隊長は後ろを振り返り、隊員たちの準備が整ったことを確認する。

「いつでもいけます」

分隊の中でも特に優秀な射手のジョンソンが頷いた。

「やれ」

ホログラフィックサイトで照準を合わせ、合図に合わせてトリガーを引く。

反動とともに5.56ミリ弾が三発、それぞれの消音器付きの銃口から吐き出され、三人の見張りが倒れた。

「死体を隠せ」

隊員たちが共和国軍の兵士だったものを引きずり、先ほどまで身を隠していた場所に放り込む。うっかり死体が見つかったりでもしたら厄介なことになる。

「移動するぞ。遅れるな」

総勢20人の第2分隊は闇に隠れつつSAMサイトへと向かった。


共和国軍SAMサイトはそこから2キロほど先の廃屋のそばにあった。

防空車両のてっぺんに据え付けられた捜索用レーダーはひっきりなしにぐるぐる回って空の脅威を見張っているが、その周囲の地上を見張る生身の目玉はずいぶんと眠そうにしていた。

「機関銃手とライフル兵だ。気付かれるなよ」

「わかってます」

照準を合わせながら隊員が頷き、セレクターを単射に合わせてトリガーを絞る。

悲鳴も上げず、二人の兵士が伸び放題になった雑草の中に倒れる。

「よし、三人こっちについてこい。ジョンソンはシュタイナーと一緒にクラッカーを用意しろ」

「了解です」

小隊長は三人の隊員を引き連れ、制御機器の詰まった車両へ向かう。

――どんなにイカしたオモチャだって、スイッチを入れなきゃガラクタ同然さ。

「俺がハッチを開ける、すぐにフラグを投げ込め」

「はい、分隊長」

すでに準備を整えていた隊員が手榴弾の安全ピンを引き抜く。

「1,2,3!」

小隊長がハッチを開き、何事かとハッチに顔を向けた共和国軍の担当士官の足元に王国はロイヤル謹製の手榴弾が硬い音を立てて転がってきた。

「わ、わ、わ……!」

混乱した彼がそれを蹴飛ばすよりも早く、手榴弾の信管は役目をこなした。

密閉された車内に悲鳴と爆発音が反響し、静寂が戻った。

血がベッタリと付着したハッチが再び開き、ライフルを構えた分隊員が銃口を端から端へ向けながら生存者がいないことを確認する。

「クリア!」

ハッチを閉じた隊員はライフルを下ろし、小隊長の元へ向かう。プラスチック爆弾を仕掛けに行っていた隊員たちもすでに戻っている。

「ジョンソン、クラッカーはどうだ?」

「準備完了です、隊長どの」

ジョンソン曹長は遠隔起爆装置を小隊長に渡す。

「よぅし、爆破ァ!」

小隊長はためらいなく安全カバーを外し、スイッチを押す。

対空ミサイルやレーダー車両に仕掛けられたプラスチック爆弾によってミサイルやレーダーが引き裂かれ、電子基板を打ち砕く。

誘爆の炎が周囲を明るく照らし出した。

「本部へ『口うるさい隣人は眠った』」

無線を繋ぎ、本部に第一段階が成功したことを報告する。

「了解した。間もなく可愛い赤ん坊がそちらを通過予定」

そして第二分隊がSAMサイトを制圧してから十分後、五機のライアーからなる攻撃部隊がその上を悠々と通過していった。

コンドル隊、SAMサイトを通過」

「ほんとだ、こんなに奥深くまで飛んでるのにアラーム一つならない」

 狂鳥は煙を吐いているSAMサイトをちらりと横目で見やり、感嘆の声を上げる。

「だから言ったじゃないか。彼らはちゃんとやるって」

「うん、わたし達も頑張らないと」

低いエンジン音を響かせながら機首の下側にフォールスキャノピーを描かれたFS-04が梢を揺らし、東へと飛んでいく。

「あとは鳥さんたちがうまくやってくれることを祈ろう」

迎えのヘリを待つ隊長はタバコに火を灯し、ゆっくりと煙を吸い込んだ。

芳醇な香りが肺を満たし、緊張を解きほぐしてゆく。

「ふぅー、やはり美味いな……」


「管制機エンディミオンよりコンドル、ルクスへ。間もなくワルシャワ市街地中心部だ。すべての脅威を排除せよ」

コンドル了解」

「ルクス了解」

五羽の群れが一機と四機にわかれ、それぞれ獲物へ向かう。

「ランク、どう攻める?」

「まずはビルの上のSAMとAAAを片っ端から排除、あとはヘリの到着まで上空で待機ってところかな」

「それでいこ、ターゲット指示は任せる。……っと、カウンタメジャー放出!」

警告が鳴り、狂鳥は素早く機体を横転させながら高度を落としながらチャフをばらまく。囮に惑わされたミサイルが見当違いの方向に逸れていく。

オーケイ、じゃあまず10時方向の白いビル。あれから始めよう」

ランクもすぐに曳航デコイを放出する。

コンドルデコイ放出!」

ライアーの胴体下に取り付けられたキャニスターから小さな円筒形のデコイが飛び出し、安定翼を展開しつつ欺瞞電波を発射し、ミサイルの目を欺く。

「見つけた。ハンター、ライフル!」

獲物をライアーの機種に据え付けられたレーダーとFLIRが見つけ、狂鳥が発射ボタンに乗せた指にぐっと力を込める。翼下のパイロンから対戦車ミサイルが切り離され、オフィスビルの最上階に設置された対空ミサイル目掛けて猛然と加速してゆく。

「命中確認、目標破壊」

オフィスビルの屋上に真っ赤な火球が生まれ、目標の破壊を確認したランクは次の標的を選ぶ。

「次は?」

「2時方向、黒いビルに複数の対空兵器」

「目標視認、ライフル! ライフル!」

つつけざまに三発のミサイルが発射され、対空銃座とミサイル発射機が高性能火薬によって引きちぎられる。

「すげぇな、コンドル隊は対空砲が怖くないのか」

「肝が据わってるのか、本当に気が狂ってるとしか思えん」

次々に対空砲座を潰してゆく狂鳥の機体を見たルクス隊の隊長が舌を巻く。尾翼にショットガンと雷を掴んだコンドルのマークをつけた機体は既に一機でルクス隊と同じだけの対空兵器を破壊している。

複座のライアーは猛然と撃ち上げられてくる対空砲火をフレアをばら撒きながら急旋回でかわし、お返しとばかりに27ミリ機関弾でビルの屋上を耕す。

「ミリィ、カウンタメジャーが足りない」

チャフフレアの残数表示が赤く点滅していることに気付いたランクが唸る。

「例の防御システムは?」

「いつでもいける」

サブディスプレイに表示される自己防御システムの表示は緑色で表示されていることを確認したランクが頷く。

ミサイルが来たらいつでも出せるようにしておいて」

「11時方向にAAA!」

大通りに出てきた対空車両がこちらに機関砲を向けている。

「ちいっ!」

狂鳥は舌打ちしながら機体を滑らせ、ビルを盾にして砲火を避ける。保険会社のビルの窓ガラスが3フロア分まとめて弾けた。狂鳥は低空を大きく迂回して自走対空砲の背後に回り、対戦車ミサイルの最後の一発を叩きこむ。

申し訳程度の装甲しか持たない自走対空砲はあっという間にスクラップと化した。

「エンディミオンよりコンドル、そちらの空域の敵対空兵器の破壊を確認」

「よし、これで……」

ひと段落つき、狂鳥はほっと緊張を解いた。残りの対空砲は、彼らが対空車両とやり合っているうちにルクス隊が排除した。


五機のライアーが空域を確保した頃、KSK隊員を満載した輸送ヘリとそれをサポートする戦闘ヘリがワルシャワに到着した。彼らが目指すのはもちろん新市街中心部にある中央庁舎ビルだ。

「こちらマーリン1、コンドル、ルクスへ。まもなく到着する。対空砲は排除できたか?」

「こちらルクス1、清掃完了、いつでもどうぞ」

四機の汎用ヘリコプターは街道に沿って這うように接近し、新市街の高層ビル街に近づいたところでぐっと高度を上げる。

王国軍の本当の狙いが空爆ではなく司令部への強襲であることに気付いた共和国軍の兵士たちが手にした武器でヘリコプターを狙うが、そうはさせまいと赤外線ゴーグルをつけた攻撃ヘリのガンナーが制圧射撃を浴びせる。

ビルの中を銃弾と破片が跳ね回り、通りから逃げようとした不運な兵士が直撃を受けて粉砕される。

「タッチダウン、いくぞ」

「全員突入だ。行け、行け、行くんだ!」

アイヒマン大尉の命令で輸送ヘリから隊員たちが次々に中央庁舎ビルの屋上へと降り立つ。

屋上のドアが爆破され、KSK隊員たちが中央庁舎ビルへと雪崩れ込む。

「マーリンより航空隊、よくやってくれた。後は我々に任せてくれ」

「了解、ルクスおよびコンドル隊は上空に待機せよ」


共和国軍南部方面軍の司令部はワルシャワ中央庁舎の地下駐車場に設けられていた。数千トンの鋼鉄とコンクリートに守られ、おまけに広い。このような目的で使うにはもってこいの建物だった。

これまで王国軍がいかなる空爆やミサイル攻撃をもってしても破壊できなかったという安心感がそこにいる全員に慢心を抱かせていた。

だが、その日はいささか様子が違った。

「西南西より敵五機が侵入」

「防空隊は何をやっている!」

肩に星の二つ並んだ階級章を着けたグラツキー将軍は眉間に皺を寄せる。

「だめです、敵のECMが強力でミサイルの誘導が効きません」

「市街地より敵ヘリ部隊が接近中との報告です」

次々に読み上げられる報告に将軍の表情は次第に険悪になっていく。

「閣下、奴らはきっとここを狙ってきます。すぐに避難すべきです」

参謀の一人が進み出てそう進言したとき、通信士官が悲鳴に近い声を上げた。

「50階の部隊と連絡が途絶えました!」

「ここを放棄する。すぐに移動準備をしろ。5分以内だ!」

グラツキー将軍はそう命令を下すと、機密指定の書類を自分の鞄に詰め込み始めた。


KSKは3つの分隊に分かれ、ビルの中と外の両方から50階建てのワルシャワ中央庁舎ビルを制圧していった。

「フラッシュバンを投げ込め!」

階段には閃光手榴弾が投げ込まれ、まともにそれを受けた共和国軍の兵士が顔を覆って呻いたところに何発もの銃弾が撃ち込まれ、すぐに動かなくなる。

「前進するぞ」

「了解」

屋上からロープでラペリング降下するチームは30階まで一気に降下し、窓を蹴破って中に突入した。上の敵に気を取られていた共和国軍は浮き足立ち、混乱が広がる。

「30階クリア」

「C分隊、行動開始」

合図を受けて今度はエレベーターシャフトから侵入した部隊が行動を開始した。彼らはA分隊とB分隊が敵を引きつけているうちに地下3階に降り立った。

「奴ら大慌てです、隊長」

エレベーターのドアをわずかにこじ開けて様子を伺った分隊員が後ろで突入を待つほかの隊員たちに合図する。

「紳士的に行こうじゃないか」

アイヒマン大尉は閃光手榴弾を右手に握り、左の人差し指をピンにかける。

「3、2、1……いけっ」


「作戦計画書はすべて破棄しろ。情報機器はすべてのデータを消去だ。奴らに何一つ残すな」

将軍がそう指示を出し、用意された装甲車に乗るため鞄を抱え直したとき、世界が純白に染まった。

――なんだ、何があった。核攻撃か? バカな、ありえない。

視界は暗くぼやけ、ひどい耳鳴りがした。足元に取り落とした鞄に足を取られ、冷たいコンクリートの床に顔をしたたかにぶつけた。

「うぐっ」

背中の激痛が老兵の意識をわずかに揺さぶる。遠くで銃声が聞こえた。

「確認した。グラツキー将軍に間違いない」

「連行する」

王国語で二言、三言会話が聞こえたが、腕にちくりとした痛みを感じた後はそれも遠のいていった。


200メートル上のフロアでは、ジャマーを爆破するための爆薬が各所に取り付けられていた。B分隊とC分隊も目的を達成し、今は屋上で迎えのヘリを待っている。グラツキー将軍と押収した作戦計画書を迎えのヘリに詰め込むのを確認したアイヒマン大尉が49階に降りると、起爆用ワイヤーの取り付け作業を行っていたA分隊の兵士が立ち上がり敬礼してきた。

「爆薬の取り付け、すべて完了しました」

「よし、残ったのは俺たちだけだ。吹き飛ばしてくれ」

頑丈そうな柱の陰に身を隠し、耳を塞いで起爆装置のスイッチを入れる。

ジャミング装置にセットされたプラスチック爆弾の起爆装置が作動し、爆風があらゆるものを吹き飛ばす。49階と50階の窓ガラスが粉々に砕け、無数の破片がきらきらと陽光を反射しながら通りに降り注いで行くのが見えた。

「爆破完了。GPSはどうだ?」

「だめ、まだ乱れてる。レーダーは回復」

空軍に確認を要請すると、凛とした声で返答があった。

コンドル、プランBだ。マーカーを設置する」

「了解、設置までは?」

「九十秒で撤収だ。三分後に吹っ飛ばしてくれ」

ポーチからレーザーマーカーを取り出し、窓際のデスクに設置する。

KSK隊員や捕虜を収容したヘリが中央庁舎ビル屋上のヘリポートから離れてゆくのが目に入った。

「よし、撤収だ」

残りの隊員に声をかけ、アイヒマン大尉は非常階段を駆け上る。早くここから逃げなければ、ジャミング装置と心中することになる。

「大尉、お待ちしておりました」

屋上に出ると、すぐそばに迷彩色の輸送ヘリが待機していた。

「40秒で空軍が飛んでくる、さっさと出してくれ!」

「了解です」

隊員たちに続いてアイヒマン大尉が乗り込むや否や、パイロットはスロットルを開いて中央庁舎ビルから離れる。

共和国軍を牽制していた攻撃ヘリも撤収の命令を受け、残敵掃討もそこそこに引き上げていく。


「時間ね」

時計を確認した狂鳥は機体を傾けて旋回させ、中央庁舎ビルに機首を向ける。

「ランク、目標を指示して。ビルごと吹っ飛ばす」

「了解!」

ランクはメインディスプレイのモードを切り換え、機首下に装備されたターゲティングポッドを選択する。

煙を吹く中央庁舎ビルに浮かぶレーザーマーカーを選択し、ボタンを押して目標を確定する。

「マーカー確認!」

「捕まえた。コンドル、投下!」

狂鳥がカチカチと二回続けて投下ボタンを押し、二発のレーザー誘導爆弾が切り離した。

49階の床を突き破った貫通爆弾の信管が一拍遅れて作動し、ビルの構造材をねじ切り、コンクリートを吹き飛ばす。

血税を投じて建てられた総工費数億マルクのワルシャワ中央庁舎ビルの45階から上が轟音とともに崩落する。

「命中確認!」

中央庁舎の防衛に駆けつけようと向かっていた共和国軍の歩兵が粉塵と瓦礫に呑み込まれてゆく。

コンドル、ルクスへ。そちらの空域に060から複数の機影が接近。ラーストチュカだ」

「送り狼ってわけか」

管制機からの警告に

「恐らく機密情報をヘリごと消すつもりだ。ヘリに近寄らせるな」

「了解、コンドル隊、やるぞ」

ルクス隊が綺麗なV字編隊のまま反転し、敵に機首を向ける。

「敵機、方位060より接近」

「ランク、メテオールを準備。データリンクも」

狂鳥はランクに索敵を任せ、マスターアームを空対空戦闘モードに切り替える。ヘッドアップディスプレイの表示が空戦に最適化されたものに変わる。

「データリンクよし、中間誘導にGPSを使用」

GPS信号が正常に受信できるようになった今、中距離ミサイルのメテオールはその性能をフルに発揮できる。

コンドル、FOX3」

「ルクス1、ミサイル発射」

「ルクス2、FOX3」

主翼下に装備されたパイロンから中射程ミサイルが切り離され、ロケットモーターから白い尾を曳きながら加速してゆく。

レーダー上の反応が増え、バラバラに動きはじめる。ラーストチュカが死にものぐるいでチャフをばら撒き、必死に回避しようとしているのだ。

1分後、レーダー上の機影がすべて消えた。

「管制機よりコンドル、ルクスへ。敵機の全滅を確認。帰投せよ」

あまりの呆気無い終わり方にランクは身震いした。

もちろん理性では兵器や戦術が『いかに効率的に敵を無力化あるいは撃破』するために進化していることは理解できている。だが、あまりにも一方的すぎる。

――いつかは、自分もああやって死ぬのだろうか。

そう考えたとき、さっと背中を冷たいものがよぎるのを感じた。動物的な勘だろうか、殺意に近いものを感じる。

――気のせいか?

レーダーもセンサーも乗機は安全であることを裏付けているが、何か嫌な気配を感じた。

「ランク、何か嫌な感じがする……なんか、覗き見られてるような」

「殺気……なのかな。ちょっと気味が悪いね」

だがそれきり警告音がなることも、機体不調が起こることもなく彼らは出発地のホルツドルフ基地へとたどり着いた。


ワルシャワ司令部からの救援要請を聞きつけ、三機のMQ-99を引き連れてミハイルの操縦するレイピアが到着したのはラーストチュカが全滅した直後だった。

「ラーストチュカ隊、全滅しました。敵機は後退していきます。追跡しますか?」

「バリスタは届くか?」

「敵の電子妨害がまだ続いている上、敵管制機の索敵範囲内です。逆探知される可能性があります」

レイピアのレーダー反射パターンを解析されてしまえば、この機体の優位性は大きく下がってしまう。

それゆえに、強力なレーダー機材を搭載した敵空中管制機の行動エリア付近ではレイピアの行動は大幅に制限されていた。

「くそ……」

――また、逃げられたか。

ミハイルは酸素マスクの中で苦い表情を浮かべ、機体を翻した。

3機のMQ-99は文句ひとつ言わず、彼の軌道を正確になぞって付き従った。

ワルシャワは司令部機能のほとんどを失い、南部方面の共和国軍は大混乱に陥った。