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2010-11-03

BLEACH 一護&ルキア中心MAD 〜めぐりめぐって〜

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今回は戦闘シーンに迫力を出すことを課題に、いつもよりも素材選びに時間を割いた。

一応最初の「かくて刃は振り下ろされる」はループ再生を念頭に挿入したのだが、今思えば若干蛇足な気もする。早めに音楽を流し始めないと視聴者がその時点で逃げてしまいそうだ。

2010-10-17

BLEACHの破面編に僕が魅力を感じられなかった二つの理由

週刊少年ジャンプ2010年第45号にてBLEACH破面編が終了したようなので、ここらで破面編に僕が魅力を感じられなかった理由をまとめておこうと思います。

なお、この考察は主にBLEACHの尸魂界篇が比較対象であり、他の漫画は比較対象外になっておりますのでご注意ください。また、破面篇に魅力を感じられていた方は読まれる必要はあまりないと思いますので悪しからず。さらに僕自身がBLEACHを愛しているからこそ書く記事ですので、ご了承ください。

主に考えられる理由は

  • 1.破面に自由な意思がない
  • 2.主人公が必死でない

の二つです。以下でそれぞれ詳しく見ていこうと思います。

1.破面に自由な意思がない

これは推測でしかないのですが、恐らく死神よりも破面のキャラに魅力を感じられている方はかなり少ないのではないかと思います。かくいう僕もその一人です。その理由として考えられるのは、「破面には自由な意思がない」ことなんだと思います。

破面藍染の絶対的な力の下に集い、いわばその恐怖政治によって「動かされている」だけの存在です。ですが死神は違います。尸魂界篇での死神たちはそれぞれが自由な意思を持ち、それぞれの信念に基づいて行動していました。だからこそ死神同士での内乱などのサブストーリーも多数展開されたわけです。ところが破面たちは藍染の絶対的な力に刃向かうことができず、ただひたすら敵(死神)と戦うのみ。この一本調子ではストーリーに面白味が出るはずがありません。そういう意味において、グリムジョーのような藍染恐怖政治抗う破面はもっと作られるべきだったのではないかと思います。

また、先生は破面篇で「絶対悪を描きたかった」と仰っていましたが、それも失敗の原因の一端だったように思います。主人公の正義とぶつかり合うべきものは「絶対悪」ではなく、「何かまた別の正義」だと思うのです。護廷十三隊がそれぞれの「何かまた別の正義」に基づいて行動していたからこそ、尸魂界篇は面白かったのではないでしょうか。

2.主人公が必死でない

もう一つ考えられる理由は「主人公が全然必死でない」ことです。尸魂界篇・破面篇共通の主人公の戦う動機は「攫われた仲間を助け出すこと」でした。ですが、破面篇ではその目的を達成するための主人公の懸命さが、どう贔屓目に見てもほとんど伝わってきません。

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これほどまでに必死になる主人公を破面編では僕は見たことがありません。ではなぜこれほどまでに主人公の心意気に違いが出たのかというと、やはり主人公からの攫われ役への思いの強さが原因なのではないでしょうか。

一護ルキアから死神の力を譲り受けることによって、それまで護ることのできなかった多くの霊を護られるようになりました。織姫が言うように、まさしくルキア一護の「世界を変えた人」なのです。その「世界を変えた人」が自分の無鉄砲な行動の所為で処刑されるとなっては、必死にならないはずがありません。

対して織姫はどうでしょうか。確かに織姫一護に対する恋愛描写は強力です。ですがそれはそれ以上でもそれ以下でもなく、一護にとって織姫は「尸魂界で一緒に戦ってくれた仲間のうちの一人」に過ぎないのではないでしょうか。これでは尸魂界篇と破面編で主人公の必死さに差が出てしまっても仕方がないと思います。一護も人の子なのですから。

また、「救出にタイムリミットがあった」ということも実は結構大きいと思います。尸魂界篇ではこれが設けられることによってストーリー全体に緊張感が漂っていました。破面篇でもタイムリミットが設けられていれば、あるいはもう少し主人公が情熱的になれていたのかもしれません。

尸魂界篇での一護は読んでいて本当に必死でかっこよく、こちらにも感情が大きく伝わってきました。ですが破面篇ではまるで何かに無理に動かされているかのように振る舞い、何を考えているのか、何を感じているのかがほとんどこちらに伝わってきません。このような主人公に共感できる読者が一体どれほどいるのでしょうか? 「破面篇では一護ルキアから意図的に視点を外した」と先生は何かのインタビューで仰っていましたが、ルキアはともかく、一護から視点を外してはいけないだろうと。だって彼はBLEACHの主人公なのだから。

二つの理由に共通すること

これら二つの理由から言える共通のことが一つあります。それは「強い信念のぶつかり合いこそが面白い」ということです。尸魂界篇での一護の戦いしかり、死神たちの内乱しかり、これらは強力に意思が衝突し合っていました。基本的に読者はそれに大きな魅力を感じていたはずなのです(もちろん他にもポエムなどのオサレさなどもあるかもしれませんが)。ところが破面編にはそれがない。あるいは感じ取られない。

故に破面篇に魅力を感じられなかったんだと僕は思います。