丸山眞男と吉田秀和が1歳違いの同年代であるということ

ふと気になって、何人かの戦後日本の作曲家(および音楽関係者)の生年月日をウィキペディアで調べてみました。

きっかけは、小熊英二『〈民主〉と〈愛国〉』。

〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性

〈民主〉と〈愛国〉―戦後日本のナショナリズムと公共性

小熊さんの本に、昭和30年頃の「戦前派」「戦中派」「戦後派」という言葉の使われ方について、こういう指摘があります。

「戦中派」という言葉は、[...]一九五五年ごろから広まったものである。[...]当初は敗戦時に一〇代後半から二〇代前半の青春期だった世代を指した。より年長(敗戦時に三〇歳前後)の丸山眞男や竹内好の世代は「戦前派」、より年少(敗戦時に一〇歳前後)の江藤淳や大江健三郎などの世代は「戦後派」などとよばれたこともある。[...]
(小熊英二『〈民主〉と〈愛国〉』598-599頁)

そして「戦中派」知識人の特徴づけ……、

この「戦中派」知識人の代表として挙げられることが多いのは、評論家の吉本隆明、作家の三島由紀夫、政治学者の橋川文三などである。[...]
まず「戦中派」知識人たちは、戦前に一定の人格形成を終えていた丸山らの世代とは異なり、ものごころついたときから戦争のなかにいた。敗戦時に二〇歳だった者は、満州事変が起きた一九三一年には六歳だった。[...]彼らの幼年期は皇国教育が激化した時期であり、しかも極度の言論弾圧のため、マルクス主義や自由主義に接することも不可能だった。そのためこの世代は、幼年期から注ぎこまれた皇国思想を相対化する経験も知識もなく、敗戦まで戦争に批判的な視点をもたない者が多かった。
(小熊英二『〈民主〉と〈愛国〉』599頁)

それから「戦後派」知識人の特徴づけ……、

こうして[「戦後派」の]石原[慎太郎]と大江[健三郎]は対照的な道を歩んでいったわけだが、しかし彼らは「無意識」のレベルでは、共通する心情を抱えていた。[...]それは、戦争と死の恐怖感が、しばしば性や自然のイメージと結びついていたことである。
戦争の傷跡は、彼らより年長の「戦前派」や「戦中派」の場合は、悔恨や屈辱といった社会的な記憶として刻みこまれた。しかし敗戦時に一〇歳前後であり、自分の体験を位置づける社会的な言語を充分に備えていなかった少年少女たちは、より抽象的な、言葉にならない抑圧感として、戦争の圧力と死の恐怖をうけとった。
(小熊英二『〈民主〉と〈愛国〉』667-668頁)

戦争を大人になってから経験したか、戦争中に青春時代を過ごしたか、戦争中にまだ子供だったか、そうしたことが、それぞれの思想信条に、個性を越えた共通の痕跡を残しているかもしれない、という指摘です。

そもそもこうした見立てが適切かどうか、異論もありそうですが、とりあえず、この図式を作曲家や音楽評論家にあてはめるとどうなるか、気になってまとめてみたのが下の箇条書きです。

人の思想信条(しかも創造活動にたずさわる作曲家=芸術家の!)を、しかもまだ存命の方がいらっしゃるというのに、そして戦争体験の痕跡という重くデリケートな問題をめぐって、まるで血液型占いみたいに機械的・自動的に生年月日で分類するのは不謹慎なことかもしれませんが、戦後日本の作曲の歩みを、広く流通している専門的/音楽技術論的な視点(セリーとかミュージック・コンクレートとか偶然性とか)とは違う方向から見直すヒントがもしかしたら見付かったりしないか、と思ったのでした。

私にとっては、吉田秀和氏が丸山眞男と一歳違いの同世代なのがちょっとした発見でした。丸山眞男を戦後論壇のスターに押し上げた「超国家主義の論理と心理」が書かれたのと、終戦直後の小林秀雄「モオツァルト」に衝撃を受けつつ吉田秀和氏が評論活動を開始したのは、まったく同時期なのですね。

それから、戦後の作曲家には、戦死者が最も多かったとされる1920年代生まれ(敗戦時20歳前後)が少なくない。なかでも、戦後華々しくデビューした「三人の会」の團伊玖磨と芥川也寸志は、のちに全共闘世代のカリスマになった吉本隆明、三島由紀夫(敗戦時二十歳)とまったくの同年代。

こうした人達と同時代を生きてこられたり、戦後の音楽を熱心に追いかけている方々にとっては、今さら言うまでもない基本情報かもしれないのですが……。

  • 1910年代生まれ(「戦前派」)
    • (竹内好(1910/10/2-1977/3/3)敗戦時34歳)
    • (丸山眞男(1914/3/22-1996/8/15)敗戦時31歳)
    • 清水脩(1911/11/4-1986/10/29)敗戦時33歳
    • 山田一雄(1912/10/19-1991/8/13)敗戦時32歳
    • 武智鉄二(1912/12/10-1988/7/26)敗戦時32歳
    • 吉田秀和(1913/9/23- )敗戦時31歳
    • 伊福部昭(1914/5/31-2006/2/8)敗戦時31歳
    • 早坂文雄(1914/8/19-1955/10/15)敗戦時30歳
    • 戸田邦雄(1915/8/11-2003/7/8)敗戦時30歳
    • 柴田南雄(1916/9/29-1996/2/2)敗戦時28歳
    • 石桁眞禮生(1916/11/26-1996/8/22)敗戦時28歳
    • 大栗裕(1918/7/9-1982/4/18)敗戦時27歳
  • 1920年代生まれ(「戦中派」)
    • (吉本隆明(1924/11/25- )敗戦時20歳)
    • (三島由紀夫(1925/1/14-1970/11/25)敗戦時20歳)
    • 石井歓(1921/3/30- )敗戦時24歳
    • 入野義朗(1921/11/13-1980/6/23)敗戦時23歳
    • 畑中良輔(1922/2/12- )敗戦時23歳
    • 別宮貞雄(1922/5/24- )敗戦時23歳
    • 松下眞一(1922/10/1-1990/12/25)敗戦時22歳
    • 中田喜直(1923/8/1-2000/5/3)敗戦時22歳
    • 團伊玖磨(1924/4/7-2001/5/17)敗戦時21歳
    • 芥川也寸志(1925/7/12-1989/1/31)敗戦時20歳
    • 小泉文夫(1927/3/29-1983/8/20)敗戦時18歳
    • 園田高弘(1928/9/17-2004/10/7)敗戦時16歳
    • 松村禎三(1929/1/15-2007/8/6)敗戦時16歳
    • 黛敏郎(1929/2/20-1997/4/10)敗戦時16歳
    • 秋山邦晴(1929/5/22-1996/8/17)敗戦時16歳
    • 間宮芳生(1929/6/29- )敗戦時16歳
    • 湯浅譲二(1929/8/12- )敗戦時16歳
    • 矢代秋雄(1929/9/10-1976/4/9)敗戦時15歳
  • 1930年以後生まれ(「戦後派」)
    • (江藤淳(1932/12/25-1999/7/21)敗戦時12歳)
    • (石原慎太郎(1932/9/30- )敗戦時12歳)
    • (大江健三郎(1935/1/31- )敗戦時10歳)
    • 三木稔(1930/3/16- )敗戦時15歳
    • 廣瀬量平(1930/7/17- )敗戦時15歳
    • 武満徹(1930/10/8-1996/2/20)敗戦時14歳
    • 諸井誠(1930/12/17- )敗戦時14歳
    • 松平頼暁(1931/3/27- )敗戦時14歳
    • 外山雄三(1931/5/10- )敗戦時14歳
    • 林光(1931/10/22- )敗戦時13歳
    • 岩城宏之(1932/9/6/-2006/6/13)敗戦時12歳
    • 三善晃(1933/1/10- )敗戦時12歳
    • 一柳慧(1933/2/4- )敗戦時12歳
    • 石井眞木(1936/5/28-2003/4/8)敗戦時9歳
    • 高橋悠治(1938/9/21- )敗戦時6歳
    • 池辺晋一郎(1943/9/15- )敗戦時1歳