「査読と推薦の文化史」を誰か書いて欲しい

[念のため書き添えますが、音楽学の機関誌編集委員会には、別途、わたくしの返事&改稿原稿を送信しておりますので、もちろん先方からの公式のお返事はそれに対してなされるはずですし、その文面は、ここで不特定多数に読まれることを想定して書いているお話とは違って、「研究者コミュニティの一員であるあなた」へ「研究者コミュニティのひとり」として語りかける文体になっているのは言うまでもありません。わたくしも学会の会員であり、対面で正対して語り合う、というのが学会というコミュニティの作法であるという姿勢を(たとえ先方がその作法をぶっちぎった査読を行ったとしても)貫くのが、正攻法の議論というものだと思っています。そのような、いわば二人称で相手と向き合う応対に関しては可能な限りのことをやったうえで、そのやりとりの周囲に野次馬が増えるのは、私の側としてはむしろ大歓迎である、との判断から、以下の文章を出したわけです。そして「心ある野次馬」である「あなた」(リアルに、いまこの文章を読みつつある「あなた」ですよ、「あなた」!)への私の一番の希望は、この種の問題を考えるための材料として、「査読と推薦の文化史」を書きましょうよ、ということなのです。「あなた」が学者としてこの件に関心を持つのであれば!]

日本音楽学会の編集委員会から著者へ通知される査読結果は,ここ http://apollon.issp.u-tokyo.ac.jp/~watanabe/tips/review.html で推奨されているのとは似ても似つかぬ姿をしている。私の場合,投稿ではなく,向こうが書いてくれと言うから書いた文章で,しかも批評的な内容だったので、だったらもうひとつの本職ですから色々な備えをできるだけの心得はあるし、そういう事情で割合気楽に「査読への論評」ができるわけだが,先方から来るフォーマットは投稿論文への応答を流用しているらしく,他人への査読結果を見るチャンスなしに想像するしかない立場の人間としては,おそらくいつもこうなのだろうなあ,と思わざるを得ない。

奇妙な制度設計で投稿者(多くは駆け出しの若手)の精神を痛めつけておきながら,「最近の若手は覇気がない」とか平気で言う「先輩」とは何なのだろう,体育会系同好会?とか思ってしまう。

[ちなみに,このエントリー内の「、」は「,」に一括変換しています。それが『音楽学』の作法。「句点を一括変換してください」というのが査読の指示として来る,というのは,忘れていた私の不注意であるにしても,ものごとの形骸化を関係者が惰性で継承している様子が垣間見えて,半ば微笑ましく、でもそれを全部投稿者へ押しつけるのは野蛮な感じがする。やはり日本音楽学会は無意味にツッパリ過ぎではないか。理科系論文では,今も句点に「,」を用いるのが普通なのだろうか。『理科系の作文技術』を思い出す。横書きにカンマ句点こそ「悪しき封建制」を断ち切る戦後日本の科学の証し,これからは,音楽学者がプログラム等で横書きの文章を寄稿するときは,《作品名》とあわせて,科学者のエンブレムである「,」を使おう!]

理科系の作文技術 (中公新書 (624))

理科系の作文技術 (中公新書 (624))

木下是雄も退職後は山歩きが趣味だったらしい。戦後の「科学的」で「わかりやすい」文章術を指南する人たちの「山好き」が偶然なのか,それとも「山」は戦後日本の「科学精神」の守護神だったのか。
知的生産の技術 (岩波新書)

知的生産の技術 (岩波新書)

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直観的な予測では,査読 peer review (peer review 訳語として「査」読の語が適切なのか,改めて考えれば疑問だが)は,出版以前(グーテンベルク以前?)に学者・知識人が仲間同士(peer)で手紙を回覧して情報交換したことに起源があり,推薦状は,そうした回覧ネットワークに新しいメンバーを招き入れる作法に由来するのではないかと思うのだけれど,研究の大衆化(?)ののち,査読が「学術雑誌の証」となり,学者による自主検閲と,学者コミュニティにおける先行者の後進への暗黙の権力の行使というイニシエーション(これもひとつのハビトゥス?),ならびに校正作業の肩代わり,等々へと,歪みつつ「近代化」した,(学者コミュニティの相互批判や相互承認だけではない要因がどんどん増殖していった)というようなことではないだろうか。

いいのか,これで? と思いながらも,業績作りが先なので,「とりあえず通ればいいいいや」と若手研究者が面倒をやり過ごすように誘導されて,その結果,どんどん妙なことになってはいないか?

そのうち,査読と推薦をうまく回せないのは二流の学会,オーソドックスに営まれるのが一流の学会として格付けされて,掲載されても「査読論文1」とカウントされない学会が出てきたり,そのような学会を淘汰する「競争原理」が導入されたり,査読に「監査」(最近お役所がお気に入りであるらしい,第三者評価,とかですか)が入るようになったりして,

さらには,「透明性」を高めるために,

学会を名乗る団体は査読の経緯を(ちょうど批判版全集の校訂報告みたいに)公開することが義務づけられることになったりして?!

随想

随想

このエッセイ集には,蓮實重彦が推薦状をぶつぶつ言いながら書く,長いtwitterみたいな回が含まれている。

[補足:煩わしいので、ここからはもう「,」ではなく普通の句点を使います]

日本音楽学会の編集委員会から届いた査読結果を読んで、私が最初に連想したのはGHQの検閲手法です。戦前の大日本帝国当局の検閲は「伏せ字」で検閲があった事実の痕跡を残すやり方だったのに対して、GHQは、検閲があった事実がわからないように修正することを求めたと言います。日本音楽学会の査読もそのような志向を強く感じさせる形で運用されています。peer review と呼びうるような研究者相互の意見の応酬が投稿者と査読者の間で生産的に展開することをお膳立てするのではなく、「姿の見えない監督官」として、内容よりも書式や表記、体裁に強くフォーカスする文体の強制・矯正を、あくまで、執筆者が「自主的」に選んだ形になるように誘導する、もしくは、普遍妥当する正しいやり方であると断定して押しつける、そのような文体で査読結果が綴られます。

この学会は、日本の再独立直前の時期に結成されます。GHQの指導下で新しい学制を作り、運営し、戸惑いながらそこで学んだ人たちが作りました。

http://www3.osk.3web.ne.jp/~tsiraisi/musicology/article/msj.html

しかも、哲学美学系(ほぼ旧帝国大学系)の人たちはともかく、新生楽理科の関係者にとって、音楽を学問として取り扱うといっても、学問の作法を体系的に学ぶ機会がない手探り状態からの出発であったと推察されます。「GHQ」的な手法が制度化されてしまい、それが良くも悪くも今日まで残存してしまっているのではないか、と私には思えてなりません。

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ただし、検閲する者が姿を見せない「GHQ方式」がどうしてその後も存続したのか、そしてまた、「GHQ方式」をGHQが採用した背景に何があったのか、ということは別に考える必要がある。

ここは私もまだ勉強中ですが、放送文化(放送に伏流する啓蒙的・教育的配慮)ではないか、と直観的に思っています。

20世紀のニュー・メディアとしての放送(まずはラジオ)は、広域に無差別的・同時的に同一の情報を一斉送信する新しい形の通信で、それゆえに、やりながら徐々に出版等の従来の媒体とは違う形のレトリックを身につけていったに違いないと思います。とりわけ、テレビに取って代わられる以前のラジオの全盛期は、同時にニューディールやブロック経済やスターリニズムや枢軸国の全体主義といった「広域に無差別的・同時的に同一の情報を一斉送信」することがまことにふさわしい時代でした。そうしていよいよ戦争がはじまるとプロパガンダ合戦になったわけですが、ラジオが想定リスナーとするような「大衆」に対しては、読書する公衆としての従来の市民との対比で、「あくまで、個人が「自主的」に選んだ形になるように誘導する、もしくは、普遍妥当する正しいやり方であると断定して押しつける、そのような文体」が適切であるという判断もしくは経験則があって、そのような手法が鍛えられ、それが戦争終結後の「GHQ方式」へ引き継がれたのではないか。

われわれ自身のなかのヒトラー

われわれ自身のなかのヒトラー

で、さらに再独立後の日本で民間放送がはじまったときには、田中角栄の強い働きかけもあり、新聞という既存メディアによる放送ネットワークの系列化という他の国にはない形が完成して今日に至っているわけですが、ここには、様々な「放送禁止○○」という名の自主規制がある(あった)ことが知られていますが、放送自身が、そのような自主規制の存在を告げ知らせることは長らくなくて、やっぱり「GHQ方式」が継承されたようです。(そして佐藤卓己は、こうしたメディアとしての日本の放送の特質を「教育・教養としての放送」という戦前からの理念と関連づけて考えることができるのではないかと言う。)

テレビ的教養 (日本の“現代”)

テレビ的教養 (日本の“現代”)

私は、こうした放送(が表象するパーソナリティ)が、「大衆社会における品行方正」のモデルと見られている面が今もあるのではないか、という気がします。少なくとも、もはや戦前の音楽学校のように「孤高」ではなく、NHKの音楽教養番組やオーケストラの仕事に駆り出されることを積極的に意味づけなければならない、「戦後民主主義」下の官立音楽学校には、「放送的品行方正」(検閲や強制・矯正を自主的に選び取ったものであるかのように装う態度)を身につける積極的メリットがあったのではないか。

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音楽学会の不思議な「査読」は、一朝一夕に生まれたのではないけれども、起源を検証することが不可能ではないかもしれない「文化」であるように思えてなりません。実に興味深い。

まだやりとりが継続中なので、次はどんな「実例」を採取することができるのか、お返事を心待ちにしております。

メディアの生成―アメリカ・ラジオの動態史

メディアの生成―アメリカ・ラジオの動態史

日本の放送史だけを見ていると「ピースの欠けたパズル」のようになりがちだ、としてアメリカの初期ラジオ史を修士論文のテーマに選んだ1963年生まれの著者、水越先生が、メディア論の研究動機は「本当のところテレビが好きだった子供のころの経験が一番大きい」とあとがきで書いているのを読んで、心の中で拍手を送りたくなってしまった。(参考:http://d.hatena.ne.jp/tsiraisi/20130503/p1。)「テレビっ子」には、「放送的品行方正」をどうにかする世代的責任がある、と妄想でもいいから言ってみたい。

ニュー・ミュージコロジー: 音楽作品を「読む」批評理論

ニュー・ミュージコロジー: 音楽作品を「読む」批評理論

  • 作者: 福中冬子,ジョゼフ・カーマン,キャロリン・アバテ,ジャン= ジャック・ナティエ,ニコラス・クック,ローズ・ローゼンガード・サボトニック,リチャード・タラスキン,リディア・ゲーア,ピーター・キヴィー,スーザン・カウラリー,フィリップ・ブレッド,スザンヌ・キュージック
  • 出版社/メーカー: 慶應義塾大学出版会
  • 発売日: 2013/04/28
  • メディア: 単行本
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この本を手に取った理由はタラスキンの論文が入っていたからで、1980年代的な「ニュー・ミュージコロジー」への執念を訳者が2013年まで引きずっている背景がよくわからなかったのだけれど、ニューヨークで教えた経験もお持ちであるらしい訳者が、東京芸大の准教授に就任して周囲を見廻したら、「ここはどこ、今はなに時代」的な思いにとらわれることが、ひょっとするとあるのかもしれない、と、今回の査読の80年代から何も変わっていない書きっぷりを見て、心理的には納得できた。

でも、たぶんこれは「アメリカからの外圧」でどうこうなることとは違うような感触がある。かつて、音楽学会に「ニュー・ミュージコロジー」を上陸させるシンポジウムを企画する暴れん坊の若手だった吉田・増田両先生が、「お伊勢参り」とか「神官」とか言い合うのは、ある意味、そうなのかもしれなくて、だから、そういう風に、ある種の近代が産み落とした「ナショナルな権威」を近代主義で修正できるかどうか(近代に近代自身を修正するフィードバック機能があるかどうか)を一度試してみないとしょうがない気がするのです。

ヒロシちゃんが紫綬褒章をひっさげて学会の会長になったり、アベちゃんが二度目の総理になるのは、船が沈みそうなところで、最後の希望として、ひとまず近代主義でできるとこまでやってみれば、という「神託」だと考えるのがいいんじゃないか、と。

だから私はシニカルにはならないし、そうかといって、ドグマティックにもなりません。エンターティナーはタイタニック号が沈むまで花火を打ち上げたり、ヴァイオリンを弾いたりするのが業であろう。こちとら、きっと何か楽しいことがあるはずだ、と思って大学へ残って、いろいろあっても節を曲げずに生き延びる道を模索していたら「音楽評論家」(ただし地域限定)と呼ばれるようになって、そのうち誰が何を思ったのか、再び学会へ召還されて、査読などというものを受ける羽目に陥った、というお伽噺のような展開で、それ自体、面白すぎることですから。「明るい査読計画」ですよ。お気楽と言われるキャンパスライフを送ったとされる「テレビっ子」世代が、そう簡単にイニシエーションのワナに落ちるわけにはいかない。そんなことになったら、「音楽評論家」の仕事に差し支えます。