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現代田んぼ生活 辻井農園 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2018-08-18 畦畔の草刈りと「コシヒカリ」の登熟具合と『アフター・バッハ』

今日の朝は気温がぐっと下がって、気持ちのよい朝でした。

極早稲の「みずかがみ」の稲刈りがはじまっていますね。うちは「コシヒカリ」からなので、まだなんですが、一番最初に植えた「コシヒカリ」もずいぶん黄色くなってきています。とはいえまだまだ青いですが、稲刈りの準備もきちんと始めないといけません。

午前中は畦畔の草刈り。午後も畦畔の草刈り。大いに草を刈る。今日もわりと湿度が低くてカラッとした天気なので仕事がはかどりました。あと一時間刈れれば良かったのですが、ちょっと日没の時間も早くなってきていて、ま、切りのいいところで終了。草刈りした圃場は遅く植えた中晩稲の品種の「秋の詩」なので、まだ出穂していません。でも明日か明後日にも走り穂が出てきそうですが。


今日の甲子園の第4試合は滋賀近江高校秋田の金足農業。夕方、草刈りを終えて帰るとき、軽トラの中でいっしょに草刈りをした長男近江はどうやったんやろな?と言うと、どうもよくわからんが負けたらしい、などと言っていて、ほうか、ほら残念やったな、というような会話をしていたのだが、家について、草刈り機なんかをしまって、コンビニビールを買いに行き、帰りにラジオをつけたらNHKの7時のニュースをやっていて、話題が甲子園になった途端に、第4試合の滋賀近江高校秋田の金足農業の話題に。サヨナラ2ランスクイズだったということでした。2ランスクイズだけでも珍しいのに、サヨナラだと!

さっそくさっきYouTubeで確認。おおおお!3度繰り返し見てしまう。満塁でスクイズのサインかぁ、なかなか出せないんですよねぇ。監督が2ランスクイズのサインを出したのかな?もともと2ランスクイズのサインをつくっておいたとしたら、それもすごいことです、たぶん。いろいろ思うことはあったが、しかし、金足農業高校、2塁ランナーがいい判断でしたね。三塁のランナーコーチはちょっと止めてるような感じですけど。地方の県立の農業高校。全員、地元の秋田県出身。アルプススタンドの横断幕には農業高校だけに「雑草軍団」とありました。終日、草刈りをしていた百姓としては、ぐっと心を掴まれました(笑)。ほんとは初戦からずっと金農はチェックしています。と、言っても新聞記事だけですが。ずっといい試合をしていますね。


地蔵盆は本当は23日なんだが、23日は平日で親が手伝えないということなのだろうけど、今日、あちこちの地蔵さんで、地蔵盆がおこなわれていました。うちの近所の地蔵盆は21日ですと先日案内が入っていました。最近の地蔵盆は親があれこれ面倒を見つつ、親も楽しむ形の地蔵盆になっていますね。さっき通りかかった近所のお地蔵さんのところでは、数十名の親子が集まって、バーベキューやら焼きそばやら、ワイワイと楽しんでおられました。うーむ。いいねぇ。


お隣の家がバーベキューをやっておられます。あ、花火がはじまりました。若い夫婦が子ども連れで帰省です。元気な子どもたちの声と肉の焼ける匂いが僕の部屋にまで届いてきます。うーむ。いいねぇ。

うちも子どもが小さかったときには、二、三度、バーベキューをしたなぁ。


ブラッド・メルドーのCD『アフター・バッハ』が一昨日届いて、一昨日からずっと聴いている。CDが届いて、タイトルの意味がやっとわかる。ブラッド・メルドージャズピアニストということですが、バッハの『平均律クラヴィーア曲集』から何曲かを弾いていて、それにインスパイヤされるようにして自由即興演奏をする、という感じです。『平均律』からは「第1巻〜前奏曲 第3番 嬰ハ長調 BWV 848」「第2巻〜前奏曲 第1番 ハ長調 BWV 870」「第1巻〜前奏曲 第10番 ホ短調 BWV 855」「第1巻〜前奏曲フーガ 第12番 ヘ短調 BWV 857」「第2巻〜フーガ 第16番 ト短調 BWV 885」の5曲が選ばれています。僕にとってはバッハの『平均律クラヴィーア曲集』といえばグレン・グールドなので、聴き比べてみたりする。グールド1970年レコードが出ているのだが、録音はその頃として、僕が持っているのはCDなので調整はされているだろうし、今まで録音がスバラシイと思ってきたけれど、メルドーの方は最新録音だし、音の違いにちょっと驚いたりする。それとグールドを聴いてわかったのだが、メルドーは曲の全部を弾いていないんですね。もともとは前奏曲フーガという風になっていますが、そしてもちろんグールドは両方とも弾いていますが、メルドー前奏曲だけを弾いています。あ、BWV 857だけは両方弾いています。なるほど、だから印象がちょっと明るくなるのかな。というか、グールドのはテンポも含めてちょっとクセがありますからねぇ。もっともメルドーがやりたかったのは、バッハの『平均律』ではなくて、アフターバッハの演奏ですわな。これは、なかなか刺激的でカッコいいです。さすがです。

以前にも書いたかもしれないですけど、ブラッド・メルドーピアノは、どこかキース・ジャレットの昔のソロでたくさん弾いていた頃のムードに似ているんだなぁ。アルバムの最後に入っている「プレーヤー・フォー・ヒーリング」は、そこかしこにキース・ジャレットの響きというか匂いを感じる。それはそれでおもしろく楽しいのでいいのだが。

子どもピアノの発表会には、毎回欠かさず聴きにいっていましたが、うちの子どもの発表会では、バッハを弾く子どもは一人もいませんでした。ピアノの先生の発表も少しあるのですが、そのなかでもバッハはなかったような。まあ、ちょっと発表会向けではないというか地味ですからね。僕は子どもの発表会にバッハゴールドベルグ変奏曲の最初のアリアとあと一曲、あるいは、『平均律クラビーア曲集』の最初の Prelude & Fugue #1 In C, BWV 846と Prelude & Fugue #2 In C Minor, BWV 847とPrelude & Fugue #3 In C Sharp, BWV 848のどちらか。これでいったらどうや?むちゃくちゃカッコよさそうやけど。と何度か勧めたことがあるのだが、難し過ぎ、と即却下になりました。

バッハは、中学生のころ、友達に教えられて、トッカータフーガニ短調パイプオルガンとか、ブランデンブルグ協奏曲とか、何度も聴いたことはあるのだが、その後クラシック音楽とは無縁な時期が長く、村上春樹の小説でグレン・グールドを知って、またグールドバッハを聴くようになったのは、たぶん幸せでラッキーなことなんだろうな。

2018-08-17 終日、マルバルコウソウを抜くことと石垣りんの「雪崩のとき」

少し、黄色く色づいてきている田んぼも写っていますね。

うー。腰が痛い(笑)。

今日はなんだか空気が入れ替わって、秋の空気。カラッとしてましたし、風も吹いて,なんだか涼しい一日でした。それで、というか、昨日の続きで大豆の圃場のマルバルコウソウを抜く。朝飯前と午前中と午後と、つまり終日、大豆の圃場にはいつくばって草を抜きました。今日は母も手伝ってくれましたし、長男も午後からは手伝ってくれて、なんとか3反分抜くことができました。おかげで、しかし、腰が痛ーい。ひさしぶりにロキソニンの染みた絆創膏を貼って寝るか。


昨日も紹介したけど、高橋源一郎と読む「戦争の向こう側」伊藤比呂美石垣りんの詩を三つ朗読しています。「雪崩のとき」 「家」 「崖」これが三つともいいんですけど、どれか一つだけ紹介したいと思って。ちょっと悩んでこれにしました。


     雪崩のとき


    人は

    その時が来たのだ、という

    雪崩がおこるのは

    雪崩の季節がきたため、と。

    武装を捨てた頃の

    あの永世(えいせい)の誓いや心の平静

    世界の国々の権力や争いをそとにした

    つつましい民族の冬ごもりは

    色々な不自由があっても

    またよいものであった。

    平和

    永遠の平和

    平和一色の銀世界

    そうだ、平和という言葉が

    この狭くなった日本の国土

    粉雪のように舞い

    どっさり降り積もっていた。

    私は破れた靴下を繕(つくろ)い

    編物などしながら時々手を休め

    外を眺めたものだ

    そして ほっ、 とする

    ここにはもう爆弾の炸裂(さくれつ)も火の色もない

    世界の覇(は)を競う国に住むより

    このほうが私の生きかたに合っている

    と考えたりした。

    それも過ぎてみれば束の間で

    まだととのえた焚木(たきぎ)もきれぬまに

    人はざわめき出し

    その時が来た、という

    季節にはさからえないのだ、と。

    雪はとうに降りやんでしまった、

    降り積もった雪の下には

    もうちいさく 野心や、 いつわり

    欲望の芽がかくされていて

    “すべてがそうなってきたのだから

    仕方がない” というひとつの言葉が

    遠い嶺(みね)のあたりでころげ出すと

    もう他の雪をさそって

    しかたがない、しかたがない

    しかたがない

    と、落ちてくる。

 

    ああ あの雪崩、

    あの言葉の

    だんだん勢(いきお)いづき

    次第に拡がってくるのが

    それが近づいてくるのが

    私にはきこえる

    私にはきこえる。

               (1951年1月)

ラジオトークでも話してましたが、戦後まだ5年ほどで、変わってきてしまっていることを石垣りんは感じていたんですね。朝鮮戦争の頃になりますね。


今夜は旧暦の文月の七日。七夕です。はい。細目の月も天の川もなんだかぼんやり感じられます。

2018-08-16 大豆の圃場でマルバルコウソウを抜くことと「戦争の向こう側」と「獺

どうも中途半端な雨。昨日の夕方暗くなってきてから、少し雨が降ったのだが、朝には乾いていた。今日も終日曇り空で、ときどき雨が降るのだが、カラカラに乾いた土の表面だけを濡らして、また止んで乾いたと思ったら、また表面を濡らすという、そういう降り方で、どうなんだ?

そんな中、犬の散歩の後、朝飯前に大豆の圃場でマルバルコウソウを抜く。えーっとですね、今このあたりの大豆の圃場ではマルバルコウソウがよく話題になります。小さな朱色の朝顔の様な花をつけるのですが、その繁殖力たるやすさまじく、蔓を四方に伸ばして、大豆にまつわりついて、ほおっておくと大豆を覆い尽くすようになります。大豆コンバインで収穫しようとすると、蔓が絡みついていますから、コンバインが刈取ると、周りの大豆が蔓で引っ張られて抜けてしまうので、まともにコンバインで収穫できなくなります。

そういう経験が一度あるので、大いに懲りているのです。今年はね、猛暑の夏で、大豆の発芽がうまくいかなくて、大きなショックを受けているところで、大豆の圃場で、大豆が芽を出してこないと、その芽を出してこない空間には、必ず雑草が生えてくるわけですが、それがマルバルコウソウになってしまったわけで、最悪の状況です。仕方がないので、草取りに入ったわけです。ところがまあ、10a、一反の圃場は農機を使うとすぐに終わってしまうのだが、あーた、手で一本一本むしって御覧なさい(笑)、どれだけ広いか。1/4ほどむしったところで、空腹に負けて、中断して家に帰る。家に帰って遅い朝食を食べて、ゴロゴロしていたら天気も天気なので、また大豆の圃場に出ることができず・・・。ああ。


午後遅くから、しょぼしょぼ降る雨を見ながら、いただき物の「獺祭」を飲む。三年ほど前に日本の名酒を集めた北陸の飲み屋さんで、初めてコップ一杯の「獺祭」を飲んで、そのうまさに驚いた、と書いたら、「そんなにうまいですか!?」とコメントをいただいたのも覚えているのだが、なんとも雑味がないのが驚きです。これはこれで好き嫌いはあるでしょうね。でも酒造りの一つの指向として、私は大いに共感しています。まあ、でも23%まで精米する必要があるのかどうか、わかりませんが。50%精米の「獺祭」もスバラシイです。

僕は作っていませんが、「獺祭」の酒米の契約栽培をしておられる農家が、滋賀の湖北のこの辺りに増えているようです。嫁ぎ先で酒米をつくっているという小学校の同級生のYさんと二年前に話をしたら、「栽培基準が厳しくて最初、びっくりしたけど・・・。むふふふふ。」ということでした。そうか、むふふふふ、なのかと思ったのを覚えています(笑)。


昨日のNHKラジオ第一なんだけど、『高橋源一郎と読む「戦争の向こう側」』が、聞き逃しサービスで聴けます。高橋源一郎詩人伊藤比呂美と対談しながら、戦地を経験していない作家の文章を紹介していくのですが・・・。どれもおもしろかったですが、後半の石垣りんがところが、すごいですね。すごいです。

2018-08-15 終戦記念日と初秋と近江鉄道120周年と

13日(月)

午前中は畦畔の草刈り。午後共済組合のMさんと話。夕方、余ったというかまき切れなかった穂肥を農協に返却。それからまた畦畔の草刈り


14日(火)

午前中は畦畔の草刈り

午後は次女の部屋にエアコンを設置する工事なのだが、壁に穴をあけるし、設置場所や室外機の置き場所など、相談もあるので、立ち合ってほしい、13時から2時間ほど、と昨日電話を受けたらしいのだが、なかなか工事の人がやってこない。結局2時間ほど遅れてやってこられましたが、工事はものすごくテキバキでした。工事が全部終わったのは17時過ぎでしたが、「これで今日は終わりなの?」と訊ねたら、「いえ、まだ二件あるんです。」「まだ二件?」「暗くなってしまいますよ。」「そうなんですよ。ここのところ、そうなんです。」「バリバリ仕事して、稼ぐねぇ。」「いえいえ、この猛暑ですからね。注文が多くて、テレビのニュースでも、どんどんエアコンを使って下さい。命にかかわる猛暑です、みたいなこと言ってるでしょ。つい二、三年前までは、節電節電だったんですよ。」「ほんまやねぇ。原発事故のときなんか、節電一色やったけどね。」「電気工事の仕事なんで、文句もいえませんが、みなさんのこの夏の電気代は大丈夫なんですかね、わたしらの稼ぎよりも電力会社の稼ぎの方が・・・。これ以上は言いませんけど。(笑)」「ほんまやねぇ(笑)。しかし、これから二件は、大丈夫?」「仕事なんで。仕事はもちろんきちんとやりますよ。」

エアコン設置の彼は慌てて次の現場に向かっていきました。

私は線香だけ持って、お墓参りにいく。


15日(水) 終戦記念日

えーっと、正式名称は、「終戦の日」なの?「終戦記念日」なの?

午前中は、精米など。

午後は、お盆なのでと理由をつけて、うだうだ。お昼過ぎからビールを飲んでしまう。


終戦記念日なので、新聞はあちこちで終戦記念日特集をやっている。中日新聞では、「平和の俳句」が一日限定で復活していました。こういうのを読むと、俳句の「第二芸術論」についても、一言いいたくなるのだが、ま、それは今回はバス(笑)。

今日(15日)の中日新聞社説

「平和をつくるために 終戦の日に考える」

 きょう八月十五日は戦没者の方々を追悼する日であり、また同時にどうしたら戦争をなくせるかを考える日でもあるでしょう。二つの事例を引こう。

 一つめは、核兵器に関することである。

 英国アルゼンチンが戦ったフォークランド紛争ではこんなことがあったという。

 英国駆逐艦シェフィールドが、アルゼンチン軍の発射したフランスミサイルエグゾセで撃沈された数日後の一九八二年五月七日フランスのミッテラン大統領はサッチャー英首相から電話をもらったそうだ。


 ミッテラン氏はかかりつけの精神分析医アリ・マグディ氏のところへ予約より遅れて到着し、言い訳した。

 <すみません、先生。鉄のご婦人との諍(いさか)いを収めねばならなかったもので。我々がアルゼンチンに売却したミサイルのレーダーを無効化するコードを渡さなければ、四隻の原潜でアルゼンチンを核攻撃すると脅すんですから…核戦争を引き起こすなんて。私は引き下がりましたよ>(東京大学出版会UP4月号、長谷部恭男氏「巡洋艦ベルグラーノ撃沈 一九八二年五月二日」より要約)

 精神分析医の著作(日誌)にある話で電話の有無、内容は間接情報であって真偽はわからないが、ありえる話である。

 そうだとすれば、核兵器は実際には使わないにせよ、核の力をもって英国は戦争を有利に導いたことになる。

 過去の話にせよ、核の威力は絶大で、核保有国は非核保有国に対し絶対的優位にあるわけだ。

 その威力は少なからぬ国々にひそかに核を持ちたいと願わせ、実際に保有国を誕生させた。


 北朝鮮もその一つである。核の威力をもってアメリカを振り向かせ、独裁体制の保証という果実を得ようとしている。

 それと正反対の世界的動向が非核保有国が集まって進める核兵器禁止条約である。核兵器の開発・保有・使用などを法的に禁止し、昨年国連で採択された。ただし各国の批准は進んでいない。

 それでも核兵器に対する人々の考え方は、徐々に変わってきているのではないか。持つ・持たないの不公平、非人道性への倫理的拒絶、人類の破滅。サッチャー氏の逸話などは過去のものとし、核時代を非核の時代へと反転させる意思を世界は持つべきだ。そのうねりは始まっている。

 もう一つは、私たち自身のことである。

 敗戦の後、憲法九条をマッカーサー司令官とともにつくったとされる首相幣原喜重郎は回想している。一九〇五年九月、日露戦争の講和直後のこと。

 ロシアから賠償金もとれなかった講和を屈辱外交非難する東京日比谷の大会から流れた人々が、政府への反発から交番、電車を焼き打ちし新聞社も襲った。実際は政府には戦争継続の力はもはやなく、一方国民は徴兵と戦費のための増税で苦しんでいた。

 当時幣原は外務省勤務で、講和全権の外相小村寿太郎から以下の述懐を聞いている。

 小村には国民の反発は予期の通りだったが、故郷宮崎県飫肥(おび)の村に帰って驚いたそうだ。各所に小さなテーブルが出て酒が一杯ついである。小村の酒好きは知られている。一人の老人が小村の前にやってきて言った。

 「東京では大騒ぎしたそうですが、騒ぐ奴(やつ)らは、自分の子供を戦争にやった者ではありません。私は子供が三人あり、そのうち二人は満州で戦死し、残った一人も戦地におります。みんな犠牲になるものと諦めておりましたが、お陰(かげ)で一人だけは無事に帰って来ることと思います。全くあなたのお陰でございます」

 老人は戦争を終わらせた小村の洋服にすがって泣き、同じ光景が二、三あったという(幣原喜重郎「外交五十年」より)。

 外交官の苦悩が語られ、同時に戦争のもたらす根源的な悲しみが語られている。


 戦争は政府にとっては政治であり勝敗であるのだろうが、家族や個人には人の生死でしかない。

 国家を主語とした威勢のいい話は一時耳に心地よいかもしれないが、注意せねばならない。近隣国への反感をあおる政治家の言葉はよく聞き分けねばならない。

 戦争より外交である。武力より対話である。

 戦争が多くの人の命を奪うのなら、外交は多くの人の命を救うといってもいい。

 何も理想を言っているわけではない。反戦は普通の人々の現実である。国家を平和へと向けさせるのは私たちの判断と意思である。


昨日(14日)の中日新聞社説。「国家は国民を守るのか 終戦の日を前に」も新聞社が頑張って書いた感じがとてもありました。


これは、日本農業新聞のコラム。おもしろいですね。


いただいた田中一村絵葉書を眺めています。ブルーブラックインク万年筆で住所が書かれていて、思わず唸ってしまいました。「山村六月〜北日向にて」奥の棚田の水の反射が美しいです。奄美田中一村、日本のゴーギャンと言われたりすることもありますが、どこかゴーギャンに通じるムードはありますね。この北日向というのは、奄美のどこかなのかな?うーむ。


そういえば、今日、郵便局へいったら、記念切手がありました。「近江鉄道開業120周年記念」です。「あ、これいいですね。もらいますわ。」と言ったら、「すみません、ツジイさん、これ82円切手が10枚のシートなんですけど、1300円なんですけど、・・・。よろしいですか?」「え?そうなの?でもなんか、いい感じなので、買いますわ。」「でも、これそれでもわりと売れているんですよね。なんでですかね?」「うーむ。ま、なんかよくわかりませんが、いい感じなのは、確かですね。」などと、まんまと高い切手を購入してしまったが。500円ほどの差額は、どこに行くのだろう?

近江鉄道は、正月に多賀大社にお参りするときに、乗ったことがありますが、あんまり乗ったことはありません。走っている姿は何度も見てますが(笑)。給料取りだったころ、職場の人や若い人が利用していたのは、よく知っています。けっこう雨風に強くて、JRが運休していても動いていることが多かったような気もします。典型的な赤字路線なんだそうですが、西武グループのはじまりなので、決して廃線にはしないらしい、という噂がありますが、本当のところはどうかわかりません。


月曜日、畦畔の草刈りをしながら、雲の様子をiPhoneのタイムラプス撮影してみる。たぶん合計で3時間分くらいだと思います。よーく見ると虹が出ていたりしてます。山際では雨が降っているのでしょうが、雷さんもゴロゴロしてきてました。いつ見ても、雲の動きはダイナミックですね。地球の大きさの片鱗を感じます(笑)。

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2018-08-12 コンプレッサーの修理と0次健診

10日(金)

午前中は田回り。あちこち田んぼの様子や水の様子を見て回る。それから精米など。

午後はH社の技術者が一人、コンプレッサーの修理に来てくれる。三時間ほどかかるという。修理というかほとんど分解掃除、オーバーホールと言ってもいいくらいだ。若いわりにテキパキと作業をしていくので、この仕事は何年目?と尋ねると、12年目です、とのこと。今年30歳で、工業高校を卒業して入社したとのこと。コンプレッサーを専門にずっとやらせてもらってきて、こういう小さいものから、大きいものだと家ぐらいあるやつまで、扱えるようになってきたとのことでした。「そんな大きなのもあるの?」「ありますよ。工場なんかでも使いますからね。」「H社だと、たくさんお給料もでる?」「うちはH社のグループ企業ですからね。それに肩書きがつかないと、ぜんぜんですよ。せめて主任くらいにはなりたいですけどね。」「30歳では、まだ難しいの?」「そうですね、もう数年、40くらいになってくると、肩書きがついていいんですけどね。」などととてもフランクに話をしてくれて、話をしながらも、一度ばらしたピストンやらクランクやらを磨きながら、クランクの中のオイル交換、ピストンリングの交換もしてくれて、ピカピカにして組み上げてくれました。すばらしい。

故障の原因はドレンの水抜きが不十分だったからみたいです。たくさんの空気を圧縮すると含まれていた水蒸気も同時に圧縮されますし、圧縮されて高温になった圧縮空気が配管の中で冷やされると、飽和水蒸気量を超えますので水滴になります。ですから定期的にドレン(基本的に水ですが、タンクの中の錆なんかも混じって赤茶色になっています。)を抜かなければいけないのは知っていたし、たびたび抜いてきていたんですが、・・・。そういえば、昨秋に使ったときにドレン抜きをしていなかったような気がしてきました。ドレンがたくさん溜まるとタンクの中の圧縮空気量も少なくなってしまいますし、クランクピストンの油系のほうにまで、水が混じってくると故障します、ということでした。やれやれ、僕の管理ミスということらしい。


ま、ちょっと落ち込みながら、夕方から畦畔の草刈りに出る。


11日(土)

今日は弟の家族が帰省してくるので、朝飯前に畦畔の草刈りから10時に戻ってきて、ビールを買いにいっていたら、高速バス東京から大津へ帰ってくる予定の甥っ子が、高速道路が渋滞していて、朝の六時には大津に着いているはずが、10時をすぎてもまだ養老なので、サービスエリアで途中下車しようと思うけれども、迎えに来てもらえるでしょうか?と電話がはいる。迎えにいくので、下車するように伝えて、養老まで迎えに行く。思いがけないドライブとなったが、山下達郎のヒット曲をカーステレオで次々ガンガンと鳴らしながら、夏の楽しいドライブとなった(笑)。養老サービスエリアまで往復で一時間半弱というところでした。たしかに名神高速の下り線は混んでいてのろのろ運転だったが、なにかあったのか?帰省ラッシュなのかな?

というわけで、午後はみんなで食事しながら歓談するはずなのだが、僕は長浜市の0次健診の予約をしてあるので、挨拶だけして、健診会場へ。0次健診は長浜市京都大学が提携して、定期的に健診してデータを集めて、生活習慣病などの予防や治療に役立てようというものです。無料であれこれけっこう細かい健診をしてもらえるので、僕も参加しています。血液検査があるので、朝ご飯も昼ご飯も抜いて、水とお茶だけで我慢してきたし、検診に都合2時間半ほどかかったので、家に帰り着いたときには、腹ぺこ。「なかなか帰ってこんで、検査で即入院ということになってるんやないかと心配したで。」と言うことでした。三時間遅れて食事に参加。弟の家族もみな元気そうでなによりでした。


12日(日)

午前中は精米など。

朝からなんとも蒸し暑い。午前中からあちこちに入道雲がむくむくと湧き上がっている。

午後は結局、雨らしい雨は降らなかったのだが、曇ってきて雷さんのゴロゴロが聞こえてくるようになったので、田んぼには出ず、たまっている事務仕事など。

とは書いたものの、昨日飲み過ぎたので、どうにも身体がしんどかったのでした。いやはや。

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2018-08-09 超特急で新潟への旅

8日(水)

突然だが、奥さんと娘と三人の家族旅行で新潟にいくことになった。なぜ新潟なのかは誰にもわからない(笑)。米原から東海道新幹線東京から上越新幹線と乗り継いで、5時間ほど。三人分となると新幹線の料金はけっこうなお値段なのだが、このスピードと揺れの少ない快適性はさすがだなぁ、と感心する。とは言うものの、僕はほとんど新幹線に乗ったことがないので(笑)、今回の上越新幹線も初めての体験だ。開業して35年ほどになると、新潟駅のポスターで確認したけれど、そうか、そんなになるのか。

お昼に新潟着。ゆっくり昼食を食べて、マリンピア日本海という水族館に避暑に行く。動物園もわるくないが、夏は水族館がいい(笑)。本当は隅のほうのベンチでちょっと横になりながら、でっかい水槽の中をゆっくり泳ぐ大きな魚を眺めながら昼寝でもしたいところだが、そういう公序良俗に反するようなことは、家族も嫌がるので、まあ、ぼんやりした気分で、できるだけゆっくり泳ぐ魚をながめるのでありました。帰りにミュージアムショップで買い物をしたいというのでつきあったが、僕も手ぬぐいを二枚買ってしまった。ラッコイワシの手ぬぐい。美しく愛らしい。


夕食は、ネットで調べて、お皿が回っていない寿司屋さんにはいる。カウンターの中には染みひとつない真っ白の割烹着じゃないな、作務衣でもないし、あれはなんていうのか、とりあえず白衣だが、白衣の下にはネクタイまで結んでいたりする、若い職人さんが二人。髪は短く、顔をツルリと剃り上げて、爪の先まで清潔な手をして、いらっしゃいませ!と声をそろえて迎えてくれたぜ。カウンターはすでに混んでいたし、一見して家族連れとわかるので、奥の上がりの方へ案内される。新潟の地魚のにぎりセットから注文したのですが、いやー、何を食べてもうまかったです。シャリの量がちょっと少なめなのが(回る寿司との比較です(笑)。)、なんとも絶妙で、ふだんは小食の娘もぱくぱくと食べておりました。最後にいただいた味噌汁までうまかったなぁ。私の場合はビールの他に新潟は米どころ、酒どころでもありますから、地酒も一合づつ、オススメのを二種類、ほんのり冷やした冷酒をいただきましたが、なるほどいい酒でした。舌を洗いながら、次の寿司のうまさを引き立てますなぁ(笑)。

ホテルの部屋にどういうわけか、マッサージチェアがあったので、ずーっといろんなコースを選んで肩から足首までマッサージしてもらいながら眠ってしまう(笑)。

しかしなんだな、昔(考えてみれば20年ほど前か?)、北陸温泉旅館においてあったパナソニックマッサージチェアに及ぶものは、未だにありませんな。初めて足も含めてマッサージしてくれるタイプを知ったのだが・・・、まあ、初めての体験ということもあるだろうし、実際、大いに疲れていた、ということもあったのですが、もうこのまま死んでもいい、というぐらいの快楽でした。あの記憶はわすれられないなぁ。

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9日(木) 長崎原爆の日

ホテルの朝食はバイキング形式なんだが、味噌汁の旨かったこと!出汁は煮干しがはいっていることはわかったのですが、白みそでうまかったです。新潟の味噌はどうなってるんだ?

午前中は新潟市の歴史博物館へ。ええ、楽しくお勉強。高校の時、地理でも少し習ったのだが、信濃川阿賀野川の河口が近いことの、その辺りのいきさつと河口付近の村々の水稲作業の様子など、おもしろかったです。新潟港の発展の様子も楽しめました。

奥さんはお土産に笹団子を買いたい、といっていたのだが、歴史博物館を出たら、目の前に笹団子の専門店があるのを見つける。「うちは笹団子しか売っていないんですけど。」という声が奥から聞こえてくる。あまりのいい匂いにやられてしまって、出来立てのほかほかの笹団子を購入してしまう。お土産は最後に買う、というのが鉄則だが、そのまま新潟市の観光循環バスに乗ったら、バスの中に出来立ての笹団子のいい匂いが充満して、申し訳ないやら、うれしいやら(笑)。

昼食は新潟大学そばの有壬記念館のレストランでランチ。最初に出てきたショウガのはいったスープが絶品でした。


午後は奥さんや娘とは別行動となり、僕は坂口安吾の記念館「風の館」へ一人で行く。「風の館」ではちょうど「安吾新日本地理 仙台の巻」が’取り上げられていて「安吾政宗の城に乗り込む」という文章、ま、ドキュメンタリー記事ですが、に関する自筆メモなど、あれこれ資料が展示してありました。

まあ、それはそれとして、新潟出身の作家、文学者と言えば、だれ?と訊かれたら、一番に出てくるのは僕の場合坂口安吾です。どうかな良寛という答えも多いかもしれませんね。あと会津八一とか。もっとも小学生時代までしか新潟には暮らしていなかったようですが、「風の館」は安吾の生家の西大畑町にあります。旧市長公舎だったところです。

もうブログにも何度か書きましたが、学生時代に安吾にはまって、ぼーっとなっていた時期がありました。とにかくカッコよくて(笑)。小説も良かったけれど、評論とかエッセイの類にやられました。『堕落論』『続堕落論』『日本文化私観』『青春論』どれもこれもカッコよかったなぁ。


「風の館」を出たら、すぐそばに「どっぺり坂」と呼ばれる坂というか急な階段道があります。

観光案内板には「かつてこの坂上には、旧制新潟高等学校(1919年)やその後の新潟大学がありました。”六花寮”という学生寮が正面にあり、大志を抱き、青春を謳歌する弊衣破帽の学生達が、古町などの繁華街に通う近道として、この坂をさかんに利用していました。あまり坂を往来し、遊びの度がすぎると落第するぞという戒めの意からドイツ語のドッペルン(doppeln ; 二重にするという意)と洒落て「どっぺり坂」と名付けられました。ちなみにこの坂の階段は、及第点の60点に一つ足りない59段でつくられています。」と説明がありました。

わたしも、この「どっぺり坂」を下り、古町まで歩いてみました。気分は”大志を抱き、青春を謳歌する弊衣破帽の学生”ですが、暑さと寄る年波にには勝てず、大汗をかいてしまいましたが(笑)。

駅で二人と待ち合わせて、お土産をいくつか買い、また上越新幹線東海道新幹線と乗り継いで帰ってきました。

行きも帰りも、車窓から田んぼが見えると、どの田んぼもとてもよく管理されていて、田んぼの様子を見入ってしまいますな。

2018-08-07 猛暑は続いている。9日間。

あっという間に一週間は過ぎていきます。うーむ。今回も、9日分を一気にいくぜ。ということだが、前回は、どうも愚痴っぽい、ひがみっぽい文章が多かったような気がしているが・・・。うーむ。9日分を一気に書くのは初めてかもしれない。


30日(月)

午前中は、「秋の詩」に穂肥まき。それからお米の配達など。

午後は、ミネラル肥料をまく。


31日(火)

午前中は、「秋の詩」に穂肥まき。

午後はお米の配達ミネラル肥料をまく。

穂肥をまいていたら、田んぼの圃場の中に生えてくる雑草オモダカの白い花がいくつか見えた。なかなか美しい花ではあるのだが、花が咲いて種をつけるし、おまけに球根でも残る、というなかなか手ごわい雑草です。七月も終わります。七月尽。


1日(水)

午前中は穂肥をまく。コンプレッサーの調子が悪いので農機センターに修理依頼をしていたのだが、結局、メーカーのH社の技術者の人がみてくれることになったのだが、どうもピストンが固着していて、うまく動いていないらしい。買ってから9年間ほどメンテもなにもなくせっせと動いてくれていたのだが、・・・。「この手の修理は消耗品の交換ですから・・・」ということでしたが。いくらかかるんだ?

午後は精米など。それから穂肥をまく。

柳家小三治師匠落語というかマクラ「卵かけご飯」の影響かもしれませんが、暑い夏になると、卵かけご飯が食べたくなります。このところ日中の作業を避けて、朝ご飯の前に10時ごろまで仕事をして、それから一人朝ご飯を食べるという風になっている。小三治師匠は触れておられませんが、卵かけご飯に少しワサビを混ぜるのが、私の好みです。ええ、ぐっと大人の味になるぜ、とニンマリしながら、すすり混んでいます。


2日(木)

午前中は穂肥まき。

午後は精米など。


3日(金)

午前中は畦畔の草刈り

午後も畦畔の草刈り


4日(土)

午前中は、というか未明から無人ヘリ防除の薬剤調合の出役。

午後は畦畔の草刈り

田んぼから帰ってきた夕方、もちろん冷たいビールがうまいが、ビールのあとは梅酒のロックも悪くない。母はたいてい一年の梅酒で飲ませてくれていたが、奥さんは二年、三年、五年、十年と梅酒の古酒をつけたがる傾向があります。この一杯も奥さんが出してくれましたが、この色からすると五年ほどは経っているような気がしています。ええ、わるくないです。むふふふ。


5日(日)

午前中は畦畔の草刈り

午後も畦畔の草刈り


6日(月) 広島原爆の日

午前中は畦畔の草刈り

午後は直播きの研修会で、直播き圃場の現地研修で、マイクロバスで湖北地方のいくつも直播きの圃場を観てあるきました。こういう研修がいちばん刺激を受けるのでたのしいですな。早く播種してすでに穂が大きくなっている圃場もありましたが、だいたいがうちと同じで、出穂期で、耕作者さんからいつ播種して、施肥や除草剤の様子を聞きながら、稲の葉色や稈長、雑草の具合など、あれこれ、観察して回るのは一番の勉強かも。最後は座学とフリートークが40分ほどで刺激を受けました。

直播きの省力と効率の良さはわかるのですが、除草剤が前提の栽培方法なので、僕としては、もう一つ力がはいらないところです。


7日(火) 立秋

暦の上では今日から秋。立秋です。でも今日は風が吹いて、ありがたかったです。

午前中は畦畔の草刈り。午後も畦畔の草刈り

今日は高校野球の選手権大会、滋賀代表の近江高校が智辨和歌山と対戦。勝ちましたが、とてもいい試合でした。


9日分を一気に書こうとすると、忘れてしまっていることが多いな。


【思い出したこと 1】

しかしなんだな、この夏の猛暑はどうなっているんだろう。

前回にも書いたのだが、播種した大豆の芽が出てこないのには、まいりました。大いにショック。うちよりあとに播種された農家の大豆台風12号の雨もあって順調に芽が出てきているのに。たぶんね、ちょうど土がカラカラに乾いていた時期に播種したものだから、土中の水分を必至に集めて豆が膨らんだものの、あまりにも水分がなくなって、ちょっと膨らんだまましぼんでしまったのではないかと。つらいぜ。去年の分も挽回しようと、肥料も張り込んだし、溝も切り直したのに・・・。文句を言ってもせんないことではありますが。

8/2の中日新聞の一面は “7月天候「異常」と気象庁総括 猛暑・豪雨「30年に1度」級”


【思い出したこと 2】

高校野球がはじまった。100回大会。中日新聞のコラム夏の甲子園の感動や懐かしさを感じる理由について書いてあった、文章を全体として読むと最初の山田太一さんの逸話はいらないという感じがするが、球児の姿を観ると、自分の高校時代というか、青春時代をあれこれ考えたくなるのは、確かなような気がします。それが必ずしもスバラシイ記憶でなくても。

2018-07-29 長々とこの一週間。

23日(月)

午前中は精米など。

午後は大豆の播種。なんとか、播種は終えられたが、この猛暑の中、土がカラカラで水分がないので、播種しても、大豆が水分を感じて膨らんでこないのだ・・・。ま、もう播種の時期の最適期も逸してしまっているし、うまく育つことは期待薄だが、それでもまあ、なんとか芽を出して大きくなって、秋には枝豆になって、カープの野球をテレビで観ながら、あーだこーだと枝豆をつまみながらビールも飲みたいのだが・・・。去年は2位に10ゲーム差をつけて、ぶっちぎりでリーグ優勝したのに、日本シリーズを戦えなかったという、どうよ!と言いたくなる結末だったのだが、カープファンによる反乱、騒乱、一揆も革命もなく、ルールを受け入れたのだが・・・。まさか、こういうことが2年連続で起きるようなことになると、私は知りませんよ。2位のジャイアンツに8ゲーム差をつけて、ジャイアンツ自力優勝がなくなったそうですよ。どうなの?どうなの?どうすんだ?どうすんだ?えっ!おい!どうすんだ!?

というような、ビール飲みながら枝豆をつまむ秋は来るのか?大豆!がんばってくれ!ほんと、農業経営は天気次第なんだから。


今日も暑かったですね。41.1度ですと。埼玉熊谷


24日(火)

今日はね、暑かったけど、朝から北風が吹いて、長浜最高気温はどうだったんだろう?32.7℃でした。いや、充分暑いんですけど、この数日の猛暑と比べると風が気持ちよかったです(笑)。


午前中は畦畔の草刈り

午後は直播きの役員会。そしてその後は日没まで畦畔の草刈り


25日(水)

朝のうちに穂肥をまく。風がまったくなくありがたい。

五月五日のこどもの日に田植えした「コシヒカリ」の圃場では走り穂が出ていた。二、三日すれば穂が揃って出穂ということになりそうです。なんとか順調にお願いします。

午後は直播きの圃場などに穂肥をまく。すこし風も出てきたし、夕方には伊吹山の向こう側あたり、あるいは伊吹山地のあたりに、何度も稲光が走っていた。


26日(木)

今日も朝のうちは穂肥まき。蒸し暑くて大汗をかく。朝起きたときの体重と穂肥をまいてきて、シャワーを浴びたときの体重が、ほぼ2kgほど減ったのだが、2Lほどの汗をかいたということなのだろうか。


うーむ。今や、各部屋にエアコンがあるのは当たり前なのだろうか。今日また次女がいちおう勉強用の(?)部屋にしているところに、なにがなんでもエアコンをつけてほしい、と言うので、一台注文してきた。あらかじめ国道沿いの大手家電量販店の三店に電話で、今購入すると、いつ設置工事をしてもらえるのか、と訊ねると、8/13、8/14、8/23という返事だった。ま、この時期、工事も混んでいますね。お盆のころと言えば、すでに晩夏ですが、・・・。残暑厳しき折りも多々あるだろう、と結局、関西資本のJ電機にお願いすることにする。J電機のエアコン担当のKさん、饒舌にあれこれ説明していただいて満腹状態。結局2017年モデルをお値打ち価格で購入したが、ほんとうにお値打ち価格だったかどうかは、わからない。僕は大きな物を買うときは、たいてい「勉強しといてな。」とか、「その端数が、どうも、モヤモヤしてるで、そこはすっきりシューッとしとこかな。」などと値切る男なのだが、今回はエアコン担当のKさんの饒舌な口車にトントントンと運ばれて、その言葉が出てこなかった。だいたい最後の最後の支払の話になって溜まっているカードのポイントを使うかどうか、というところで「お客様、お誕生日がもうすぐなんですね。おめでとうございます。5%引かしてもらいます。」などと先手を打たれて驚かされたりしたので、まったくダメでした。桂枝雀さんの「壺算」の落語を聴いてから、価格交渉の余地のありそうなところでは「勉強しといてな。」と上品に切り出すのだが、今回はやられてしまいました。まあ、エアコン担当のKさん、この猛暑の夏はエアコンの知識はもちろんだが、あの饒舌で売りに売りまくっているのでしょうなぁ。よろしおまんなぁ。


午後は畦畔の草刈りに出る。長男と二人なのでペースがはかどる。今日も午後6時時前から雷の音が遠くから聞こえはじめて、風が冷たくなってきて、いかにも夕立の気配。ちょうど降り出す前に二枚刈り終えて、田回りに出たところで雷雨となる。乾ききった大豆の圃場には恵みの雨になったことだと思うが、しばらく激しい雨となる。夕立なのですぐに止みましたが。頭の上でゴロゴロピカー!バシーン!となると恐いものですな。意気地無しのレノン号は雷雨が去ってからも、クンクンクゥーン!とずいぶん泣いて(笑)いました。


27日(金)

昨日の夕立のおかげか、ちょっと気温が低めの朝であります。

午前中は穂肥をまき、畦畔の草刈り

午後は最初、提出期限を過ぎている生産記録をしゃにむに完成させて農協へ提出し、それから先月「通帳の残高不足で引き落とせませんでした。」などと厚かましくも、無礼なことを言ってよこす某大会社があったので、足下を見られたような、見透かされたようなイヤな気持ちになり(笑)、あちこち通帳を見比べてやりくりし、とりあえず残高を増やしておいた。そういう心臓に悪いことは言わないでほしいなぁ、大会社なんだから。たまには太っ腹なところも見せてほしいものだ(笑)。


午後はまた畦畔の草刈りにでる。雑草は刈って刈って刈りまくらねばどんどん伸びてくるんです。農業というのは、農を業(なり)とするわけですが、自分が育てたいと思っている作物以外は、みんな雑草だと思ってしまうわけで、ずいぶん自分勝手な、手前勝手なことになるわけです。まあ、それでも少しは自然の大きな恵みと循環のなかで作物を育てて、安全で安心して食べられて、しかもおいしいものを作ろうとしていると、急に「通帳の残高不足で引き落とせませんでした。」などと無慈悲で、意地悪なことを言われて、冷や水をかけられたような気分になってしまうわけです。

「というのはウソで、まあ通帳の残高管理能力が足りないだけですが・・・。しかし、通帳の残高管理能力って、なんだ?要するに稼ぎが足りないぜ、ということか?」

「稼ぎが足りないとは無礼であろう!」

「あーた、人は稼ぎの中で暮らしていくものです。収入の中でやりくりして暮らしていくんですよ。」

「わかっているよ、そんなことは。もう言わないでおくれ。」

「じゃあ、死ねと。」

「笑止。笑止。なんですそれは。別れろ切れろは、芸者の時に言う言葉…今のあしきには、いっそ死ねと云っておくんなまし。」

「あーた、なに言ってるんす(笑)。読んでる人にはなんのことかわかりませんよ。通帳の残高不足を指摘されて激高しているんですか(笑)。」

「いや、激高など、拙者には無縁じゃが、・・・。ま、手元不如意にて、ちと、苦労しておる。むはははは。あははははは。あはははは。」

「あーた、黄金バットですか?今どき、黄金バットなど、誰も覚えていませんよ。」

「なんじゃ、貴様、白けたことを申しをるのぉ。豪傑笑いを知らんのか?困り果てた小心者が自分を豪傑に見せるワザじゃがな。むふふふふ。」


D

28日(土)

今日は農事組合の役員で池とポンプ小屋周辺等の草刈り作業

雲が多くてそれほど暑くなくてありがたい。それでも大汗をかいていただきながら、みなさんに大変きれいにしていただく。


その後は精米など。


夕方から長男と畦畔の草刈りにでる。台風12号が近づいてきていて、風があってありがたいが、草丈がずいぶん伸びてきているので、自走式の畦畔除草機を動かしてくれた長男は苦労していた。僕は僕で道路脇の田んぼの大きな法面草刈りに苦労したのだが。

今夜は台風が通過する夜となるということだ。早々と暴風警報が出て、その後大雨警報も出る。


29日(日)

夜中、というか午前4時頃が一番風雨が強かったような気がする。雨戸を閉めた寝室の蒲団の中で聴いていたうつろな音なんだが。

起きてしばらくすると雨が止んだので、犬といっしょに田んぼを見て回ることにする。降水量は少なめだったようですが、風はけっこう吹いたようですし、今も吹いてます。

午前中は、事務仕事など。

午後は草刈りに出ます。


うーむ、さすがに一週間分を一度にアップしようとすると大変だわい。農業日誌は、これは、かかさず10数年毎日メモしたり書いたりしているけれど、それを記録した上で、ブログ用に書くのですが、なんですな。たとえば動画とかをブログに貼りつけたいとか思っていると、YouTubeにアップする必要があったりするので、これに手間取ったり、面倒がったりしていると、ブログの更新が遅れますな。あ、あと手書きのイラストを載せたい、とか思うとこれも確実に遅れます(笑)。


非農家というか、お客さんも含めて、昔からのツレからは一度もブログが長い、長過ぎるということは、言われたことがないのだが、農業関係者や同じ農家仲間からは「ツジイさん、ブログ、長過ぎません?」だの「よう、毎日、あんな長々と書いてやありますなぁ。」などと言われたことがあるのですが、ま、こんなにウダウダと長く書くとそれもむべなるかな、ということですわな。長くても読める文章ならいいのだが、そのあたりが、あーた、苦しいところです。


この台風でちょっと空気の流れが変わって、過ごしやすくなるとうれしい・・・。でも、それじゃ、あわててエアコンを注文した意味がなくなるしなぁ(笑)。

長々と読んでいただきありがとうございます。って、まあ、長々と書くブロガーはたくさんおられますけどね。

2018-07-22 猛暑はさらに続く

20日(金)

どうなっているんだ?といいたくなるほど猛暑が続いている。ああ。

午後は指導農業士会の懇談会と懇親会。懇親会は二次会に連れていってもらった。長浜の飲み屋街で飲むのは何年ぶりだろう(笑)。わりとよく混んでいるお店でした。


21日(土)

今日も暑い。だが二日酔い気味で午前中は草刈りがたいへんシンドかったです。お昼は早めに帰ってくる。飲み過ぎだって(笑)。


光ケーブルの工事をしたら、一年間多チャンネルの契約が無料です、という口車に乗せられて、地上波デジタルに、BSに、CATVのチャンネルも視聴できるようになったのだが、楽しみにしていたツール・ド・フランスの中継は有料チャンネルだし、競馬の中継も有料チャンネルだし、F1などモータースポーツ関係も有料チャンネルだったりして、観ることが出来ない。ま、そういうことだな。

ただ、ドラマや映画はいつもなにかをやっているという感じです。

もうすぐ『ミッション・インポシブル』の最新作が公開されるとあって、午前中から、最初の『ミッション・インポシブル』をやっていた。あのプラハのカレル橋の出てくるヤツ。最後の30分ほどを観たのだが、おもしろかった。って三、四回見てる映画なんだが。そしたら『MI:2』が続いてはじまって、お昼寝をしつつ、うつらうつらと観てしまう。うーむ、これって、観たことなかったのかな?と思って観終わったら、『MI:3』がはじまった。やれやれ。これはわりと好きで、最後まで観てしまう。でもおもしろいなぁ(笑)。

と、こんなことばかりしていては仕事にならないので、映画はここで切り上げて、15時半から田んぼに出る。相変わらず暑い。


22日(日)

午前中は地域の総出の草刈り。最初、村の下の川の法面の草を刈り、その後は川に入って、藻をあげた。長靴の長さよりちょっと深かったので、水が入ってきてぐしょぐしょだが、世の中は猛暑なので、これはこれで気持ちがいい。水の湧いてくる川でもあるので、梅花藻(金魚藻)なんかも花を咲かせていて、なんとも美しく気持ちがいい(笑)。その後は川から上がって堤防の草刈り

お昼は草刈りあとの懇親会でお弁当とビールをいただいて、懇親。

昼寝のあとは長男大豆の圃場に出て播種。あともう一枚だけになった。こんな時期に播種していては、豊作はまったく期待できないし、この猛暑で土がカラカラなので、うまく発芽してこないので、まったく心配である。いやはや。


長浜市議会議員選挙の投開票日。お昼に投票してくる。


しかし、なんだな、もちろんこのあたりだけ猛暑になっているわけではない、ということは重々承知しているが、どうなっているのだろう、この暑さは。グラフにしてみると・・・。赤い線を引いた30度のラインを越えたら、まあ真夏日で暑いということなのだが・・・。

極早稲の「みずかがみ」はすでに出穂して、穂が少し垂れてきていますが、早稲の「コシヒカリ」も、早く田植えされたところは走り穂が出てきました。今年は全体に生育が早めになりつつあるのかな?

猛暑のニュースは連日流れているが、なぜこんなことになってしまっているのか?という根本の説明なり、解説があまりないように思う。太平洋高気圧の上に、チベット高気圧が重なって云々、という話はあるが、なぜ、そういうことになってしまったのか、地球温暖化云々、気象が極端になりつつある云々、たぶん人間の今の暮らしぶりが影響していることは間違いないのだが。海水面が上昇して島が水没して国土が無くなってしまう国も出てくるだろう、という話は大変なことだが、生き物の分布や絶滅などにも大きな影響が出るし、農業だって甚大な影響を受けるのは間違いないし、すでに影響を受けつつある。お金を出せば食糧は手に入る、という問題ではない。


テレビが多チャンネルになったことで、カープの試合がテレビで放送されているのは、ありがたく、うれしいな。この三日間はマツダスタジアムジャイアンツカープの三連戦だったのですが、カープにとってはいい試合が続きました。といってもほとんど観られてはいないのだが・・・。西日本の豪雨災害で、広島にも大きな被害が出ました。マツダスタジアムでの試合は16日ぶりだったそうです。

2018-07-19 猛暑がつづく

17日(火)

暑い!朝飯前に畦畔の草刈りに出て、10時から朝食。このところこのパターンで早起きしている(笑)。しかし、夏の、日の出直後の、この時期の田んぼ、青田は、とても美しい。あーた、爽やかな朝の空気を吸い込みながら、この青田を眺めて御覧なさい。寿命が延びる気がしまっせ(笑)。ま、なかなかそれらしい写真は撮れないのだが。

その後、散髪に。この時間なら空いているかも、と思ったが、思いのほか混んでいる。ま、みんな思うことはいっしょ。

トラクタのエンジンの燃料噴射装置あたりの故障だったらしいが、修理されてきたので、午後は早速、大豆の圃場の溝の切り直しに出る。

それから田回りして、田んぼの水の確認など。


北海道を旅した友人から絵葉書が届く。戦没画学生慰霊美術館「無言館」から。大江正美、北海道生まれ 享年30歳 「人物」53.6×45.7という作品。ピカソ青の時代に通じるような作風だ。あれこれ思いをいたす。ありがたく、うれしい。


18日(水)

暑い!朝のうちに昨日の続きで溝の切り直し作業。そして遅い朝食。

午後は次女の学校で三者面談。新築なった校舎に初めて入る。

その後、昨日から切り直した溝をつないだりする。で、田回り。

そういえば、中日新聞の朝刊に「コメ自給、不安な未来 種子法廃止、揺らぐ不作の備え」という特報記事が載っていたが、なにを今更という気がしないでもないが、記事を書いて報せてくれるだけでもありがたい。


19日(木)

暑い!朝のうちに大豆の圃場のあちこちに除草剤をまく。

午後は遅くから大豆の播種。ふー、こんな時期に大豆の播種は初めてかも。準備もあれこれ手間取って、結局一枚だけしか播種できず。

そういえば、隣村の、じゃなくて隣村の隣村の田んぼ道に白い木槿の花が咲いていて、なんとも美しかった。いや、木槿と書いたが、自信はない。前回のブログで載せた赤い花も木槿だと思うのだが、確認できていない。木槿って、けっこう品種があるみたいですね。


夜は大麦栽培研修会。32年産は小麦に代わって、麦茶用の大麦栽培することになりました。


夕方、田回りをする頃には(田回りが終わってコンビニに寄る頃を含む)、すでに日没となっているのだが、この猛暑故なのかどうか、夕焼けが美しい。


そういえば、山形の百姓仲間のOさんに『Hendel's Messiah : A Soulful Celebration』というアルバムを教えてもらう。1992年の発売らしいが、いやー、いいわ。


今日はグラフは作らなかったが、猛暑が続いている。土がカラカラなので大豆の芽が出てこないのだが。いやはや。