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現代田んぼ生活 辻井農園 このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2017-12-10 小説家になるのなら弁護士か医者か僧侶がいいらしい

「気がつけば、もう師走も10日ですな。うーむ。光陰矢の如し。歳月人を待たず。一寸の光陰軽んずべかず。・・・。」

「うーむ。あーた、あまり言葉を知りませんな。」

「いやいや、こんだけ知ってたら充分です。あ、少年老い易く学成り難し。ちゅうのもありまんな。」

「ちょっと意味が違うような気もしますけど。」


というわけで師走も10日です。


このところ週間天気予報には、いい意味で(?)裏切られてきていて、今日も日中はよい天気でした。それで午前中は車庫に広げてとりあえず自然乾燥させておいた大豆をコンテナにいれて、リフトで運び、またコンテナから乾燥機に入れる。この作業が手作業というかすべて箕を使っての作業なので、けっこう疲れます(笑)。


午後は大豆のあとの圃場を耕起しにトラクタで出かけました。調子よく二枚耕起したところで携帯に電話が「あーた、会議はじまりますけど?」と。寄り合いの会議をすっかり忘れていました。あわてて田んぼからあがって農政会館へ。いやはや。申し訳ないことでした。


夜、テレビを点けたら「救急救命24時」という北里大学病院を舞台とした番組をやっていて、あれこれ想うこともあり、目が離せなくなる。家族の健康、家庭の平穏、要するに「家内安全」ということだが、・・・(僕は中学生の頃、宮本武蔵の伝記を読んだからか、神だのみをすることにすごく抵抗があって、初詣でにいっても「神だのみはしません。頑張ります。頑張らせてください。」みたいなことをお願いしていたようなきがするのだが、これも考えてみれば、思いきり神だのみですな(笑)。あの頃は「家内安全」というような、曖昧で甘っちょろくてふざけたことを、神さんだとか、誰か他者にお願いすることに抵抗ありましたな。でも、今は、まあ「家内安全」みたいな、大ざっぱな幅広いお願いができるのならそれがなにより、という気持ちです。)

昔、たぶん開高健のエッセイだったと思うのだが、小説家になるのなら弁護士か医者か僧侶がいいと昔から言われている、という文章を読んだ。要するに、人間の真実があらわれるのを目撃できる職業ということだと思うのですが、なるほど、大きなトラブルや命の危機や臨終に立ち会うと「命」のダイナミズムを感じますわね。

僕はケガや病気が恐いのはもちろんだが、病院が怖いというか、検査が恐いというか、病気だと言われるのが恐いというか、憶病者なので、アレなんですが、医療関係者の方々のこちらがあたふたしているときの落ち着き具合をまず尊敬しています。ええ。


iTunesで「ポップヒッツ:1973」というのを聴いていたら、当時のヒット曲が聴けたのだが、1973年は僕が小学六年生なのである。で中学一年生ぐらいからラジオであれこれ音楽に関心をもって聴くようになり、ラジカセでエアチェックし始めた、その頃の音楽ですな。あの頃はいろんな音楽を聴きはじめた頃ですから、それがいつ頃の曲なのかはっきり意識していなくて、いつも新鮮でした。

まずはこれか。1972年にアルバムは出ていますが、この曲のヒットは73年らしい。あらら、どうもYouTubeとのリンクがおかしいぞ?


それから、ボールマッカートニーの「Live and Let Die」ええ、『007 死ぬのは奴らだ』ジェームス・ボンドロジャー・ムーアです。


それからもう一曲。中学一年生の時の印象的に覚えている曲。レイナードスキナード。『Free Bird』後半のギターがなんとも。